●歌うパラディオン
「避難民の収容は終わりましたか……」
胸で手を組み、祈るように、老齢の聖職者が言った。
とある山間にある、小さな教会。その中である。
決して広くはないその礼拝堂では、老若男女を問わず、多くの人々が、絶望の表情を浮かべ、息をこらし、肩をひそめ合っていた。デウスエクスの襲撃から逃れてきた、避難民たちである。
その周囲では、聖職者のような恰好をした、これも様々な年齢の、十名ほどの男女が、避難民たちを守るように、立っている。
「上手く追手から身を隠せていればいいのですが」
聖職者の一人が言った。
「……どうやら、気づかれたようですわね」
窓から空を警戒していた、聖職者の一人が言う。と、同時に。
教会を、振動が襲った。刹那、教会の天井が裂け、木片が降り注ぐ。
避難民たちの悲鳴がこだまする中、聖職者たちは天を睨みつけた。
天井に空いた巨大な穴。
そこから除くのは、巨大なドラゴンの頭である。
「そこにいたか」
にやり、と。
ドラゴンが笑う。
「皆さん、歌いなさい!」
老齢の聖職者が言うや、張りのある声で歌を歌い始める。それは、古より伝わる「戦いと継承の歌」。敵軍の霊的防護を破壊する、清浄にして聖なる奇跡の歌である。
その歌に秘められた奇跡の力により、ドラゴンはその皮膚にいくつもの傷をつけられ、たまらず顔をひっこめた。
だが、とたん、歌声が止んだ。老齢の聖職者は苦しげに呻くと、片膝をついた。
「司祭さま!」
聖職者の一人が駆け寄ろうとするが、
「私の事は構いません、相手はまだ倒れていません、歌い続けるのです!」
奇跡の代償は大きい。その命を削りながら、血を吐きながら、パラディオン達は歌い続ける。
気づけば、老齢の聖職者は倒れ伏し、動かなくなっていた。
彼だけではない。一人、また一人と、パラディオン達はその命を燃やし尽くし、倒れていく。
(「このままでは、全滅してしまう……」)
歌いながら、聖職者の一人が、胸中で呟いた。
だが、その時は訪れない。
その聖職者は気づかない。
いつの間にか、倒れたはずの仲間が、再び戦列に復帰していることに。
歌い、死に、蘇り、歌い、死に、蘇り、歌い、死に、蘇る。
これは永遠に終わらぬ絶望。覚める事のない悪夢。
(「こんな時……彼らが居てくれれば、デウスエクスなんて」)
そう思いながら、聖職者は首を傾げた。
(「彼ら? 彼らとはなんだ? デウスエクスに勝てる、そんな者、居るわけないのに……」)
記憶の混濁。何かを思い出そうにも、迫る脅威がそれを許さない。
パラディオン達は歌い続けるしかないのだ。
その心が完全に折れるその時まで。
●パラディオン救出作戦
「さて、ようこそ、新たにケルベロスとなった、失伝ジョブの諸君。君達とははじめまして、という事になるのかな。私はアーサー。ヘリオライダーだ。事件の予知、君たちへの作戦の説明、果ては事件現場へ君たちを送り届ける、そう言った事を行う。まぁ、君たちを支援する、裏方のようなものだ。よろしく頼む」
集まったケルベロス達に、笑顔で一礼しつつ、アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は言った。
「さて、先の戦争の事は知っているかな? 寓話六塔戦争だ。この戦いに勝利した我々ケルベロスは、この戦いで囚われていた失伝ジョブの人々を救出した。さらに、この戦いでは救出できなかった失伝ジョブの人々についての情報を得ることに成功した。その結果、今回の事件を予知することに成功したのだ」
アーサーが言うには、失伝ジョブに目覚めた人々は、『ポンぺリポッサ』というドリームイーターが用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められているという。その中では、大侵略期に実際にあった悲劇の事件が残霊によって再現されており、その悲劇の戦いを、失伝ジョブの人々は当事者として、繰り返し体験させられているらしい。
「失伝ジョブの彼らは、ワイルドスペースの効果により、自分達を『大侵略期の人間』であると誤認しているようだ。そうして当事者となった彼らを心から絶望させ、その心の隙を利用して反逆ケルベロス化させ、利用するつもりだったのだろう」
だが、寓話六塔戦争の勝利の結果、敵の作戦についての情報や、ワイルドスペースの場所を予知する事が出来、失伝ジョブの人々が反逆ケルベロスとなる前に、救出する事が可能となったわけだ。
「君達には、この特殊なワイルドスペースに潜入し、失伝ジョブの人々を救い出してほしい」
さて、今回の作戦の舞台となる『特殊なワイルドスペース』だが、これは『失伝ジョブを持つ人間以外は出入りできない』という特性を持つ。
「つまり、失伝ジョブである君達だけしか、この作戦を遂行できないという事だ」
今回潜入するワイルドスペースでは、『とある山間の小さな教会に避難した人々を守るために、自らを犠牲にしながら戦うパラディオン達』というかつてあった悲劇が再現されている。
「避難民、ここの最高責任者である老齢の聖職者、そしてこの世界の囚われた失伝ジョブの人間5名を除くパラディオン、全てが残霊……つまり、幽霊のようなものだ。敵であるドラゴンも残霊だ。君たちには、ドラゴンを倒し、この教会に集った残霊、そしてパラディオン達を守ってやってほしい。そうすれば、囚われた失伝ジョブの人々は希望を取り戻し、本来の自分を取り戻すだろう」
ワイルドスペースは特殊な空間ではあるが、戦闘にデメリットになる様な効果はない。普段通りに動き、戦えるだろう。
ドラゴンは本来強力な敵であるが、残霊と化した今回の敵は、かなり弱体化している。とは言え、元々強力な敵ではあるので、注意して戦ってほしい。
戦場は、教会の外、礼拝堂付近になるだろう。
障害物などはないため、存分に戦ってほしい。
「この特殊なワイルドスペースには『自分達を大侵略期の人物だと思い込んでしまう』と言う効果がある、と説明したが、これは君たちも例外ではない。戦いを終えたら、5名のパラディオン達と共に速やかに脱出してほしい。君たちの無事と、作戦の成功を、祈っているよ」
そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出したのだった。
参加者 | |
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天ヶ崎・芽依(オラトリオのパラディオン・e44129) |
和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186) |
シャーロット・ミザリオ(一死報国・e44279) |
渡会・雪(サキュバスのパラディオン・e44286) |
黒姫・楼子(うろこひめ・e44321) |
ニコラス・アストン(星を見る人・e44540) |
ロリーナ・ティアラハート(アリスの失くした温もりの面影・e44553) |
アデライード・バスティア(レプリカントのパラディオン・e44632) |
●絶望の歌、悪夢の中で
もうどれほど歌い続けているのか。
もうどれほど仲間が倒れたのか。
それすらもわからない。
教会そのものへの損害を避けるため、いつしか戦場は、その前庭へと移っている。
ドラゴンは、避難民たちをあえて襲わなかった。
まるでなぶるように、パラディオン達を攻撃し続ける。
パラディオン達は――失伝者たちは、ただ歌う。歌う。
折れないように。倒れないように。
いつまで歌い続けなければならないのだろう。
いつまで立ち続けなければならないのだろう。
いっそ、皆のように、死んでしまえば。
何も考えなければ。何も感じなければ。
楽になれるのだろうか。
失伝者たちの心を、真っ黒な何かが塗りつぶす。
それは、諦めと言う感情だ。そして、それに心が塗りつぶされた瞬間、人は絶望するのだ。
光なき、暗黒の空間。もう戻る事の出来ない、深くて暗い場所へ。
落ちて行けば最後。
でも。
――どんな時でも、希望の光はさす。
「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
旗が、はためいていた。
失伝者たちは、輝く旗を、見た。
シャーロット・ミザリオ(一死報国・e44279)が、掲げる『技巧剣「インテグレイト」』から伸びた、薄いグラビティの膜が、旗のように、風にたなびいた。
「我が名はシャーロット・ミザリオ、弱きを救い悪を挫く、勧善懲悪たるケルベロスである!」
聞き覚えのある言葉。
思い出せないけれど、その名は、何か心の深い所で、大きな安心感を失伝者たちに抱かせた。
――ケルベロス。
それは、希望が名乗る名。
「お待たせ。もう安心していいよ!」
シャーロットがふり返り、そう言った。教会のパラディオン達は、驚きに目を丸くした。
●希望を謳う者たち
虹を纏い、ひとつの影が降下する。天翔ける虹はまっすぐに標的――デウスエクス・ドラゴンへと降下。奇襲に近い形でその直撃を受けたドラゴンが、悲鳴をあげた。
その影は反動を利用して飛びずさり、失伝者たちの前に着地する。
「もう大丈夫ですよ」
影――ニコラス・アストン(星を見る人・e44540)が、穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「救いの手は……希望はここに。私達が竜を討ち、皆様をお守りします」
ニコラスの言葉に、失伝者の一人が声をあげた。
「ドラゴンを倒すだって?」
その言葉に続いたのは、当のドラゴンだ。
「ふざけたことを」
ドラゴンが威嚇する様に吠えた。
「確かに多少の力はあるようだが、その程度で我らドラゴンに勝てると思うか!」
「カッカッカ! 勝てるのさ、それが!」
男の声と共に、半透明の、仏像の手の様な物がドラゴンを縛り上げる。
和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186)の御業である。
ドラゴンが、苦悶の声をあげた。
「ドラゴンだと? それがどうした、ただの空飛ぶ爬虫類じゃないか!」
アデライード・バスティア(レプリカントのパラディオン・e44632)が、あえて大声で叫んだ。失伝者たち、残霊たちに届くように。
絶望に対抗しうる力はここにあるぞと宣言する様に。
ドラゴンの巨体に、アデライードの蹴りの一撃が突き刺さる。直撃を確認し、
「――こい。こてんぱんにしてやろう、大蜥蜴!」
宣言する。
「おのれ……何者だ、貴様ら!」
ドラゴンが叫ぶ。
「そうでしたわね。あなた様は、知らないのですわね」
淑やかに歩くは着物の女性。黒姫・楼子(うろこひめ・e44321)は、ふぅ、と息を吐くと、一足飛びでドラゴンへと接近した。そのまま、手でドラゴンの肉を引き裂く。
「私たちはケルベロス。人々に希望を。あなた様には絶望を。届けに参りましたわ」
「ケル……ベロス。そうだ、何か、覚えが……」
楼子の言葉に、失伝者たちの一人が呻いた。
と、戦場に、歌が響いた。
それは、希望の歌。希望を運ぶ者たちの歌。
天ヶ崎・芽依(オラトリオのパラディオン・e44129)の歌によって、ケルベロス達の活力が増していく。
「ここは任せて、皆さん逃げてください!」
そう言う芽依だが、本音を言えば、戦う事は怖い。震えそうになる身体を、意識して抑えている。でも、今は。今度は、自分達が誰かの希望になる番だ。
だから、震えたりしないで、にっこりと笑うのだ。
「……大丈夫です、私たちはケルベロス。悪い神様も倒せちゃう存在なのです!」
「その通りです……! ドラゴン! 貴方の相手は我々ケルベロスがいたしましょう!」
渡会・雪(サキュバスのパラディオン・e44286)が放つ呪いが、ドラゴンの動きを鈍らせる。
「笑わせるな! 我々ドラゴンにとって、貴様ら等アリにすぎん!」
ドラゴンが、その言葉を体現するかのように、巨大な後ろ足を持ち上げると、柳帥を踏みつけにかかる。
「あ、危ない!」
失伝者の一人が叫ぶ。
「ぬぅ!」
柳帥が両手を掲げ、ドラゴンの後ろ脚を受け止める。衝撃を物語るように、地面がずん、と陥没した。
だが、柳帥は潰されたりはしない。もちろんダメージは多少あったのではあろうが、
「カッカッカ! わしを潰すには、重さがたらんな!」
タイミングを見て、飛びずさる。ドラゴンの後ろ脚が何もない空間を踏みつけ、地響きが鳴った。
「失伝の方達を……貴方達の手駒にはさせません……!」
ドラゴンの攻撃の隙をついたロリーナ・ティアラハート(アリスの失くした温もりの面影・e44553)の撃ち放つ竜砲弾が、ドラゴンに着弾。たまらず悲鳴をあげる。
「ドラゴンを相手に……まともに戦っているのか……?」
斬霊パラディオンの一人が、呆然と呟く。
「ここは私達に任せて、避難民の皆さんを連れて安全な場所へ!」
雪が、パラディオン達に向かって言った。
「私たちの力は見ていただけたはずです……必ず、皆さんを守って見せると約束します!」
雪の言葉に、
「貴方がたには、避難民の方達を護るという大切な仕事があります……!」
ロリ―ナが続く。
「ですからドラゴンは私達に任せて、貴方がたは彼らの側について差し上げて、安全な場所へ……!」
「ですが、あなた達だけでは……!」
パラディオン達が食い下がる。ロリーナは微笑むと、
「大丈夫です……私たちが、あなたたちに、希望を、届けて見せます」
(「そう……今度は、私が皆を……助ける番……!」)
胸中で、言葉を続けた。
「……分かりましたわ。お願い、します」
1人のパラディオンの言葉に、パラディオン達は頷いた。
「ご武運を……!」
パラディオン達はそう言うと、教会の中へと退避していった。
と――。
「図に乗るなよ、人間如きが!」
狩りを邪魔され、攻撃を受け……怒りに震えるドラゴンが、咆哮をあげる。
「それはこっちのセリフだよ!」
シャーロットが叫び、駆ける。
「これ以上、お前の好きになんてさせない――!」
巨大なドラゴンの懐に潜り込み、組み付く。妨害されるかのようなその動きに、ドラゴンの注意が否応なしに向けられる。
「さて……彼らの希望となれるよう、最善を尽くしましょう」
ニコラスが突き出した手のひらから、炎のドラゴンの幻影が現れる。
「私も神父です。例え過去の幻影とはいえ、神聖なる場所をあなたのようなものに何度も汚されるのは、些か気分が悪い」
その静かな怒りを体現したかのように、幻影は激しく燃えた。そのままドラゴンへと襲い掛かり、ドラゴンの身体を炎の中へと沈めていく。
「カッカッカ、熱いか! では冷ましてやろうか!」
柳帥が笑いながら、『氷結の槍騎兵』を召喚する。駆け出した騎兵の槍の一突きがドラゴンへと突き刺さり、その身体が凍り付いたように固まってしまう。
「今度はあたしたちが! 皆を助ける番だ!」
アデライードが叫び、圧縮したエクトプラズムを放つ。
「我が一族には、龍とは愛に生きる純粋な生き物と伝わっているのに……」
楼子が嘆くように、呟いた。所作はたおやかに。しかし攻撃は苛烈に。鉄爪による切り裂き攻撃は、硬いドラゴンの鱗をもものともせず、ドラゴンの鮮血を吹き出させた。
「いえ、よき神霊たる『龍』ではなく、ただの『竜』ですか。ならば容赦も遠慮もいりませんね」
「ほざけ、虫けらがァ!」
ドラゴンは、元々強力なデウスエクスだ。残霊となり、能力が格段に落ちている。とは言え、それでも強敵には違いない。
ケルベロス達の攻撃を受けてなお、ドラゴンは吠え、立ち上がる。
ドラゴンが息を吸い込む。一拍を置いて吐き出されたものは、全てを焼き尽す灼熱のブレスだ。それはケルベロス達を襲い、その身を炎に晒させた。
わずか数秒、しかしあまりにも激しい炎の嵐が去った時、
「皆、頑張ってください!」
それでも、ケルベロス達は立ち続けていた。芽依は叫び、仲間たちを鼓舞する歌を歌う。
今まで失伝者たちが歌っていたのが絶望に潰された歌声であるなら、芽依が歌うのは、希望の歌だ。
「では、デュオと行きましょう」
雪も目を閉じ、歌い始める。希望の為に走り続けるものの歌。
「私も歌います! 私の歌……みんなの心に届いて……!」
ロリーナが歌うのは愛の歌。世界を愛する者を慈しむ、癒しの歌。
トリオによる美しい音色が、空に響いた。
3人の歌は、やがて一つの歌となる。愛と希望の歌。癒しの旋律。3人は、ケルベロスの仲間だけでなく、この声が失伝者たちに――いや、残霊も含めて、全ての絶望の淵にいる者達へ届くように、精一杯、歌を紡ぐ。
全ての者への希望となるように。
全ての者への力となるように。
「この力……一気に畳みかけよう!」
シャーロットが技巧剣「インテグレイト」を構え、跳ぶ。落下の勢いも利用し、大上段から剣を振り下ろし、ドラゴンの尻尾を切断した。
「が――ああああ!」
ドラゴンがたまらず悲鳴をあげる。間髪入れず、ニコラスが続いた。チェーンソー剣が火花をあげて、ドラゴンの鱗をズタズタに切り裂く。
「黒で隔てば、皆別つ!」
叫び、柳帥が墨でドラゴンの翼に線を引く。黒の染料によってひかれた一本の線。それは、切断線。この線を引かれれば最後、すなわちその通りに両断される。『切断の黒(セツダンノクロ)』。
ドラゴンの翼が、半ばから両断された。血しぶきを飛ばし、吹き飛ばされた翼の半分が、大地に落下する。
「痛いでしょう、苦しいでしょう。ならばこれにて仕舞いとしましょう」
楼子の言葉に、視線を向けたドラゴンが見たものは、不思議な光景であった。
水の龍と、天に出現した巨大な鏡。
それは、魔力によって再現された、黒姫一族の『ご初代様』、高梨家の黒姫と大沼池の黒龍の物語。
「悪しき竜よ、我が血の呪怨によりてとくと去ね! 『奇勝録・黒姫山絶愛縁起(キショウロク・クロヒメヤマゼツアイエンギ)』!」
ドラゴンは、出現した水の龍に飲まれ、天の鏡から放たれた光に照射される。
「おのれ……おのれぇ……」
断末魔の声をあげながら、ドラゴンはまるで幻のように消え失せたのだった。
●悪夢の終わり、新しい今の始まり
「倒したのですか……あのドラゴンを……!」
ドラゴンを撃退し、教会へと入ったケルベロス達を迎えたのは、パラディオン達と、避難民たちの驚きの声であった。
「はい、もう大丈夫です……」
芽依が言った。
その言葉に、パラディオン達が、避難民たちが、歓声を上げる。
その様子を見て、芽依は、少しだけつらそうな表情だった。
「もう、大丈夫です。ずっと未来で、私たちは、戦っています。もう誰も……絶望なんてさせません……」
一人づつ。一人づつ。人々が消えていく。幻のように。最初から存在しなかったかのように。
彼らは、残霊だ。再現された過去の記憶、幻に過ぎない。
でも、それでも。例え一時の幻でも、希望を抱いてくれたのだとしたら。
「どうか安らかに……」
雪が呟いた。
「私たちの歌……届いたのでしょうか……」
ロリーナの言葉に、
「ええ、きっと。皆、とても……嬉しそうでしたから」
雪が答えた。
例え幻だったとしても、ケルベロス達は彼らを立派に守ったのだ。
そして、絶望を打ち払い、確かな希望をその胸に抱かせた。
それは、どれほど素晴らしい偉業だろう。
「……あの子にも……私の歌……届くといいな……」
胸に手をやって、ロリーナは呟いた。想いを届けたい人は、この夢の外にも、まだいるのだ。
さて、人々がすっかり消えさった礼拝堂に、5人の人間だけが残った。
捕えられていた失伝者たちだ。少し前までは聖職者風の服装をしていた彼らだったが、今は、様々な格好をしている。捕えられた時に着ていた衣服であろう。
そしてそれは、彼らが希望を取り戻し、本来あるべき記憶を取り戻したという事である。
「あ、ありがとうございます」
失伝者たちの内、一人が言った。
「皆さんのおかげで、助かりました……!」
「カッカッカ、全員無事なようで何より!」
柳帥が言った。ケルベロス達の的確な行動の結果、救出対象全員を、欠ける事なく救出する事が出来たのだ。
「せかすようで悪いけれど、すぐに脱出しないと危ないんだ」
シャーロットが言う。
「早くしないと、また今の悪夢に囚われてしまうんだ。今度はボク達も例外じゃない」
「長居は無用です。すぐに移動になりますが……傷などはありませんか?」
ニコラスの問いに、
「はい、皆、すぐに動けます」
失伝者たちが頷く。
「では、参りましょう」
楼子が言い、失伝者たちを気遣う様に歩き出した。
教会の外に出る。どれだけ時間が立とうとも、夢の中では景色の変化はない。
ケルベロスと失伝者たちは、可能限りの速度で脱出を開始する。
「絶望の夢か……」
アデライードが呟いた。
「この夢を創り出した者……いつか、必ず」
その呟きは、他のケルベロス達にも届いていた。
悪夢の檻を維持する存在。
計画を指揮した存在。
それらはまだ健在だ。
今は、まだ、それらに迫る事は出来ない。
――だが、いつか、必ず。
新たな戦いへの決意を胸にしながら、ケルベロス達たちは、繰り返す悪夢からの脱出に成功したのだった。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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