顔を上げる。目に移るのは、ステンドグラス。
視界がにじむ。それがどんな絵をしているのかはもはや判別もつかなかった。
まるで世界が端から死滅していくようだと彼女は思う。すぐ近くで竜の鳴き声のような、翼を羽ばたかせるような、そんな音が聞こえてきていた。
……不意に。悲鳴を上げて隣で歌っていた仲間が倒れた。
彼女は思わず視線を落とす。……それは、ごく親しい仲間だった人のような、気がした。
「……あぁ……」
知らず、言葉が漏れる。
大聖堂をドラゴンが襲撃したのは、いったいいつのことだっただろう。
救いを求めてきた避難民を守るように、彼女たちは歌を歌い続けている。
彼女たちの歌はドラゴンを寄せ付けぬ力がある。
しかし、倒す力は無かったのだ。
そして、歌は確実に彼女たちを蝕んでいる。
倒すこともできず、ただひたすらに耐えるだけ。隣にいる同じ力を持つ仲間たちが倒れるのを見ながら、彼女たちにできることは歌うことしかなかったのだ。
「……」
歌を途切れさせることはできない。涙を流せばきっと声がとまってしまう。
座り込んではいけない。立ち上がることができなくなってしまう。
ただ、
また一人、仲間が倒れた。……ただ、いつまでこんなことを続ければいいのか。
こんなことを続けて何になるのか。
仲間たちの間で顔を見合わせる。
(「……こんなときに」)
――が、いてくれたなら。
言いかけて、彼女は目を伏せる。……今、何を考えていたのか。
やつらを、倒すすべなどあるはずは無いのに。今、自分は何を願ったのか。
わからないまま、彼女は歌い続ける。仲間たちとともに、仲間たちの死を見送りながら。
きっとこの、願いが途切れるその瞬間まで……。
●
「まずは、寓話六塔戦争での勝利を祝おう」
浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)はそういって一呼吸つく。それから少し微笑んで、
「……おつかれさま。あなたたちが無事で、よかった」
そう静かに告げた。それから一呼吸置いて、彼女は話を続ける。
「そして、知っての通り……と言えばいいのかな。この戦いでとらわれていた、失伝ジョブの人々を助けることができた。さらに、救出できなかった者たちの所在も突き止めることができた」
幸いなことだと、彼女は言う。曰く、その得られた情報とヘリオライダーの予知により、失伝ジョブの人々は『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められていることが判明したのだという。
「彼女たちは、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇……とやらを繰り返させられているらしい。要するに、覚めない悪夢を見せ続け、絶望させることにより反逆ケルベロスにする作戦だったようだ」
趣味の悪いことだと、彼女は嘯く。そして顔を上げると、少しだけ真剣な声音へと転じた。
「もっとも、その作戦が完了する前に諸君らが寓話六塔戦争に勝利したことにより、その計画は無に帰したのだがな。……いや」
区切るような、間の後で、
「この特殊なワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇を消し去り、諸君らが、この計画を完全な無にしてほしい」
そう、静かに月子は言い切った。
「まずは前提として……」
そして彼女は仕事の話をするときと同じように事務的に、話を続ける。
前提として、特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブの人々以外の人間は出入りする事が不可能である。
そのため、この作戦に参加できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスだけということ。
「仲間になったばかりで、実戦の経験も少ないかもしれないが心配は要らない。敵はドラゴンとはいえ残霊だ。しっかり心構えをして向かえば、きちんと仕事をこなすことはできるだろう」
ちなみに救出対象は5人。
ドラゴンは一体である。強敵ではあるが残霊なので、本物ほどの力はなく、油断しなければちゃんと戦って勝てる相手である。
「ちなみにそれ以外の死んでいくパラディオンや、避難してきた一般人はすべて残霊だ。残霊のパラディオンは死んで、また復活して、また死んでを繰り返している。……いや」
若干、皮肉げな形に月子の唇が歪む。また趣味の悪いことだ、とでも言いたいのであろう。しかしそれをやめて、彼女は「とにかく気にしなくてもいい」とそういった。
「それはそうと。この特殊なワイルドスペースに長く居ると同様にとらわれてしまう可能性がある。用事が済んだら早めに出ること。……彼女たちの悪夢を晴らしてやってくれ」
それで、説明は終わりだった。彼女は一度軽く目を閉じて、
「……『過去』は、変えることができない。助けることはできない。……でも、『今』は変えられる。……そうよね?」
目を開くと、そういって優しく笑った。
「あなたたちの中には、戦いに慣れていない人もいるでしょう。恐れる人もいるでしょう。今、この話だけでなく、遠い未来、戦うことによって苦しむことがあるかもしれません。この悲劇が、いつ現実となってあなたたちを襲うかはわかりません。……それでも戦うと決めたあなたたちを、わたしはとても尊いものだと思います」
だから、どうか気をつけていってきて。そういって、月子は話を締めくくった。
参加者 | |
---|---|
神子柴・甚九郎(ウェアライダーの光輪拳士・e44126) |
フェルディナンド・シルヴェストリ(まだ見ぬ世界を求めて・e44139) |
シュガレット・ルーネ(ウェアライダーの心霊治療士・e44237) |
桃園・映(オラトリオのゴッドペインター・e44451) |
梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458) |
ノンナ・シェーファー(はぐれヒツジ・e44474) |
イルシヤ・ウィール(酷寒・e44477) |
比良坂・小和(蒲公英の神子・e44604) |
ステンドグラスが砕けた。
破片を纏いながらドラゴンの爪は聖堂の中を掻く。そして……、
「そこまでだぜデカブツ、お前はオレ達がぶったおす!」
扉の向こう側から声がした。彼女たちは確かに、神の声を聞いたと思った。
神子柴・甚九郎(ウェアライダーの光輪拳士・e44126)が力強く宣言する。ドラゴンに指を突きつけて、突きつけてからその体格差に思わず瞬きひとつ。
「ヤベエ、やっぱでけえ……」
「待たせたな! 後は俺達ケルベロスがどうにか何とかするから、もう少しだけ頑張ってくれよな!」
フェルディナンド・シルヴェストリ(まだ見ぬ世界を求めて・e44139)もまた声を上げる。あげてから二人してドラゴンを見上げた。やっぱり凄いな。目と目で通じ合う一瞬。扉の向こう側から声がした。一人、歌を中断して問いかけたのだ。
「え? 神様? いやそんな大それたものじゃ……、いや~それほどでも……。あ、はい、先生すいません。真面目にします」
フェルディナンドがウイングキャットの『先生』からの突っ込みに耐えながら、扉の向こう側から聞こえた少女の声にこたえる。口だけでなくても動かす。一刻も早く、ドラゴンへと攻撃を叩き込むために。
「神様? 天使? 残念、ハユたちはケルベロスでーすっ!」
ばさりと翼を羽ばたかせ、桃園・映(オラトリオのゴッドペインター・e44451)が降下する。明るく天真爛漫な声に、「ケルベロスって何?」なんて扉の向こうで声が返った。
「うんうん、細かいことは気にしなーい! とにかくみんなー、もう大丈夫っ! ハユたちが助けにきたよっ! あと少しだから、もう少しだけ、頑張っててねっ」
ずびし。よくわからないものすごい安心感で映が言い切る。
「ええ、えっと、神様なんて……。いいえ、もちろん助けに来たの、ですけれど……」
反対にひゃーっと耳を揺らしたのはシュガレット・ルーネ(ウェアライダーの心霊治療士・e44237)だった。ぐりぐりハンマーを振り回して謎の準備運動のような仕草をする。照れているらしい。そんな初々しい少女を尻目に梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)が軽く扉の向こう側へと呼びかけた。
「そちらの事情はわかっている。決して大聖堂から出ないように。もう暫しの辛抱だ。……だから、どうか諦めないでくれ」
凛々しく、力強く。己の恐怖を押し隠して。実のところ自分もそちら側に引きこもりたいのだがそれは致し方ないと心の中は心の中。でも……、と硬い声がする。
そんな彼らの会話を聞きつけて、ドラゴンが方向を一つ上げた。聖堂の一部を砕きながらも、目的を果たせないそれはじろりと侵入者を睨み付ける。
比良坂・小和(蒲公英の神子・e44604)はその眼光に思わず息を呑んだ。
「……ううん、もうだいじょうぶなの! 小和たちはあれをやっつけられるのー」
手を広げドラゴンの前へと一歩踏み出す。……大丈夫だ、声は震えていなかった。足が震えていても、きっと見えはしない。
ドラゴンは応えるように一度羽ばたき、彼らのほうへと降りてくる。扉の向こう側から早くこちらにと悲鳴が上がる。
「大丈夫だ。他の皆にも伝えてほしい。辛かったら歌を止めて待っていて欲しい。座っても良いし、泣いても良いんだ。絶対に大丈夫」
ノンナ・シェーファー(はぐれヒツジ・e44474)が優しく声をかける。どこか王子様のような甘い台詞。けれども確かな真実味を持って、
「これは悪い夢だ。どうか飲まれないように気を強く持っていて……ドラゴンはぼくらが『倒す』から!」
言い切った。
……少女の声が、途切れた。
細々と続いていた歌が徐々に弱まり、そして消えていく。
「……本当に、お待たせしました。よく頑張りましたね」
その様に、イルシヤ・ウィール(酷寒・e44477)が声をかける。なるべく自分なりに優しく、落ち着かせるように気持ちをこめて。
「後は任せて下さい。あれは、俺達が、倒します」
そして確かな自身と共に言い切る。そして歌を歌い始めた。奇跡を願う歌は、とらわれていた人々を励ますように。その音に縛られて、ドラゴンがもう一度吼えた。
咆哮が地を揺らす。甚九郎は顔を上げる。ぐっと何かを堪えるように声を飲み込む。
「あの中で歌ってるあいつらの方がずっと怖かったんだ……」
深呼吸をひとつ。
怯んでいる場合じゃない。ビビってる場合じゃない。
扉の向こう側から人の泣く声がする。……今、自分たちは、彼女たちの希望になったのだ。
「……光輝、光臨 俺は俺の、為すべき事を!」
ならばすべて背負っていく。甚九郎の声と共に、戦いは始まった。
●
爪が走り腹を割く。わき腹をえぐる痛みとともに骨が砕ける嫌な音がした。
「ぅぐ……、ぁっ!」
悲鳴を押し殺しシュガレットは血塗れの手でハンマーを掴む。あれは偽物。あれは偽物と。心の中で繰り返す。
かまわず、竜の牙が迫った。弱った獲物をやすやすと噛み砕こうと襲い掛かる。
「……させ、るかっ!」
その牙がシュガレットの首を折る前に、甚九郎が飛び込んだ。抱きかかえるように押し倒す。
「! 足、が……!」
爪が真横を通過する。間に合わず右足がこそげた。けれども、
「大丈夫だ。これくらいの傷は無視できる!」
痛む足を踏ん張り、甚九郎は獣化した拳を全力で竜に叩き込んだ。反撃が来る前に一歩下がる彼と入れ替わるように映が前に出る。空中に浮かぶ道を描き突撃する。
「っ、ハユたちが盾になるの!」
追いすがろうとする追撃を受け流し、映は武器を叩き込んだ(プレイングで指定されていたグラビティと、活性化されたグラビティが違うため、活性化されたグラビティを基準になるべく意図を汲み取り描写します)。
爪の圧力でさえ息苦しくなる。気づいたシャーマンズゴーストのマンゴーさんが、静かに物言わぬ祈りをささげる。
「どうもありがとうっ!」
にっこり笑顔にもマンゴーさんは無口で微かに頷いた。そんな二人にも疲労の色が見られている。次撃を阻むように乙女の血染めの包帯が走った。
「……っ、紛い物と言っても流石は竜だ。あぁ、こんなことならさっさと引き篭もって寝ていればよかったな」
包帯は槍となって竜の身を貫いた。あぁ、いやになるなと彼女は嘯く。悠然と装っているも本当は少し怖がりで、緊張しいだ。梅花の飾りつけられた角が揺れれば、乙女はそんな震えを飲み込み前を向く。
「……なんて、な。ケルベロスとして覚醒出来たんだ。もう何も出来ない役立たずじゃない……っ!」
刺し貫かれ血を流し竜は悲鳴のような咆哮を上げる。
「効いているぞ! このまま緊張せず、終わらせよう!」
「……」
「な、なんだ!? 私は、き、緊張なんてしてないぞ!?」
ノンナが微かに微笑んだのに気がついたのか、乙女が声を上げると、今度はノンナははっきりと笑った。
「ううん、ごめんね。なんだか」
素敵で。とそこまでは声に出さずにノンナは顔を上げる。
視界いっぱいに竜が見える。こちらは怪我人多数で自分も血ではないナニカがはみ出していて被害甚大だが相手も同じようなものだからお互い様だ。そんなことを内心。もこもこノンナはもこもこな右手を武器にその巨体へと立ち向かう。
「ぼくはたぶん、そういうのがすきなんだ」
どこか歌うように口ずさむように。拳にあわせた呟きは、
「ぼくは誰かを守りたかった誰かの気持ち。かなわなかった、かつての戦いで倒れた人々のねがい。だから」
小さすぎて、誰の耳にも入らないけれど。
ただ竜だけがそれを聞いていた。踏みにじろうと爪を振り回した。それを体で受け、壊れながらも攻撃の手を緩めないノンナに、小和もまた前を向く。
「大丈夫なの。ドラゴンも弱ってるの。だから、あと少しで……」
美貌の呪い。言語化できない形の無い概念を竜へと押し付けるある種の捕縛術を小和は何度目か使用する。
「……っ」
竜の動くが鈍る。そのたびに視界が狭くなる。何事か口の中でつぶやいているのだけれど、何を言っているのか自分でさえも理解できない。
「……、――?」
違う。今はまだ。ペインドブキであるクレヨンを握り締め小和はかろうじて残った視界で前を見た。
「まだ、まだなの……!」
「くそ、大丈夫か!?」
何を言っているのか判らないが、攻撃も受けてないのに顔が真っ白になっていく小和にフェルディナンドが声をかける。大丈夫と、辛うじて聞こえた声にフェルディナンドは刀を握りなおした。
「あー。何って言うか、初っ端からほんとハードだな。お腹痛くなってきた」
半分冗談で、半分本気だ。攻撃を受けて傷だらけになったドラゴンは、それでも必死にその尾を振り回す。
なんと言う地獄だ。裕福で平和な家庭で育ってきたフェルディナンドにとっては、御伽噺の中にしかなかった世界が、そこにある。
仲間が傷つくのが苦しい。守るべき人がないているのは悲しい。怒り狂った敵は恐ろしい。ありとあらゆる命が重い。
「あぁ、でも……」
竜の向こう側には、空が見える。偽物の空だけれど。
てち、と、先生がフェルディナンドの額を叩いた。フェルディナンドは笑って頷く。
「そういうのも、悪くないと思うんだ」
無数の霊体を憑依させ、フェルディナンドはその武器を振り下ろす。イルシヤはぐ、と拳を握り締めた。
「あと少し……、です」
そのあと少しが、少し遠い。イルシヤは口を開く。希望のために走り続けるものの歌で仲間たちを癒す。
敵の傷は深い。けれども味方の傷も深い。
もっと、声を。イルシヤが声を大きくする。痛みで喉が焼けそうになった。……その時、
歌声がした。
ただし、特別な力は何も無い。本当にささやかな、ただの歌声。
イルシヤは振り返る。大聖堂の扉が開いていた。
そしてそこには、あの……、
「……!」
いいや、違う。扉を開け、歌っているのは彼らが守っていた人々だった。
何の効果も無い、ただの応援歌。けれども彼らは自分の意思で。助けに来てくれたケルベロスたちを守りたいと歌っていた。
イルシヤは目を細める。その歌声に大切な人の欠片を聴いた気がした。
「残霊と知らなかったとはいえ、定命を守ろうとした事は褒めてあげなくては、ね。あぁ……」
そして彼もまた口を開く。
「定命の者も、捨てたものじゃありませんね」
歌は共に響く。その言葉に押されるように小和は一歩。踏み出す。
「みんなのほうが怖かったのに……。つらかったのに」
若干泣きそうな声が滲む。意識の奥に沈みそうになっていた心が浮上する。
「小和、がんばるのー。……まけない、のー!」
そして駆けた。何かを振り切るように走り、強烈な蹴りを炸裂させる。
力強さに、乙女は緊張も忘れてひとつ口笛を吹く。小和の攻撃を叩き落さんとするその爪へ、まるで狙い済ましたかのように呪詛をこめた刃を閃かせる。
「やれやれ、天翔る乙女を阻むとは無粋な話だ。とはいえ君も死んでも生き返り続けて延々と戦い続けるとは真面目だな」
ふっと口の端をゆがめる。そして一呼吸、置いて。
「――君のその勇敢さは、少し羨ましいよ」
その腕を、叩き落した。
「……不思議だね。あなた達はとても弱くて、小さくて。けれども、とても強い」
悲鳴を上げてのたうつ竜。聖堂から守るようにその前に立ちノンナは二つのワイルドウェポンをあわせる。
「誰かを守りたかった誰かの気持ちも。こうしてぼく達を護ってくれるあなた達の気持ちも、きっとぼくの中に」
囁くような言葉と共にノンナは巨大な拳を叩きつける。
攻撃に弾き飛ばされた竜が、吹き飛ばされて後退し火を吐いた。断末魔の混じる炎は下級となって弾けるように飛ぶ。まっすぐに一番後ろにいる者たちへと向かおうとして、
「ちょぉぉぉぉっと待った! マンゴーさんと一緒に、ハユが! 盾になるよ!」
映がシュガレットととの間に割って入った。シュガレットは思わず身震いする。
「ご、ごめんなさ……。私、守られてばかりで……」
「大丈夫だよ!」
びし。とシュガレットの声を阻むように映は笑顔でピースサイン。
「ハユは絶対上手くいくって思うの! だから……!」
自分の体にかっこいい模様を描いて超回復。だからこっちは気にするなと暗に言っていて、シュガレットは小さく頷いてハンマーを旋回させた。
「私、そんな価値なんてあるのかな。守ってもらって、助けてもらって……」
少しだけ、物怖じするような口調。そんな声に、
「何いってるんだ! 仲間を! 女の子を! 守るのに、価値とか意味とかそんなものは関係ない!」
甚九郎がそう言った。シュガレットは視線をそちらに向ける。火球は彼女たちだけに行ったのではなかった。炎に焼かれた体。足の痛み。傷は消えても痛んだという事実は消えないだろうに甚九郎は竜の前に立つ。
「ただ、俺は俺の、為すべきことをする。そうだな。今はつまり……」
……不意に。
甚九郎の背後、影が揺らいだ。
「仲間の。後ろで歌う彼女達の。……そしてこの世界の、盾になることだ!」
甚九郎が僅かに姿勢を崩す。その背に庇われていたフェルディナンドが、その肩に足をかけて一気に駆け上がった。
地に足をつけてゆく甚九郎とは対照的に、フェルディナンドは空を走る。まるで軽やかに世界を駆ける冒険者のように。そして、
「さ、行こう! こんな悪夢、終わりにするんだ!」
満月を描くような孤はまっすぐに竜の首へと振り下ろされる。シュガレットは顔を上げた。
「……私に、ゆっくりで。のんびりで。……こんなに、遅くなってしまったのですけれど、間に合いますか?」
まるでハンマーに振り回されるような動きで、あわせてシュガレットも竜へと武器を叩きつけたのだった。
●
竜は一声泣いて、地に伏した。
「今のあ、当たりませんでした……!?」
シュガレットがびっくりしたように言う。相変わらずのんびりだ。
「まあまあ。とにかく外に出よう。ね?」
イルシヤが言う間にも、小和は駆けて閉じ込められていた少女達を抱きしめた。
「泣かないで。あれはむかしむかしの悪い夢なのよ。生きてるみんな、小和は助けられて良かったの」
「うん、急ごう。……さあ、君たちを悪夢から連れ出しに来たんだ」
ノンナがそういう。それで少女も、泣きそうな。嬉しそうな顔でその手を握り締めた。
「よーし、いこういこう! 動けない人はハユが抱えてあげるのっ」
「ああ。そうだよな。よく頑張ったな、お前らすげえよ!」
映と甚九郎が励ましあいながら彼女達を促す。
速やかに脱出は始まった。立ち去る直前、ふっとフェルディナンドは立ち止まる。
「俺、キミ達の分もきっと頑張るからさ……安らかに眠ってくれ」
「ああ。もう疲れたろう? ゆっくり休むと良い」
いつの間にか乙女が隣にいて、そういった。男らしく凛とした口調を心がけていたけれど、
その言葉の端に微かに、乙女のような優しさが滲んでいた。
作者:ふじもりみきや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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