失伝救出~暁光は絶望の闇を貫く

作者:譲葉慧


 高く分厚いコンクリートの壁が延々と巡らされている。壁の中へと通じるのは、輪をかけて頑丈な鉄の門扉たった一つのみ。その構えは、侵入者を拒む意思そのものだった。
 だがそれは、突如虚空から現れた竜牙兵達……デウスエクスにとって、意に介する程のものではなかったようだ。
 人の手では到底開けないだろう鉄扉は、竜牙兵達の手にした剣や鎌から放たれるグラビティにより容易に傷つけられ、凹まされる。
 壁内の者達は、この侵略に為す術がないのかと思われたその時、鉄扉が一度大きく揺らいだかと思うと、軋み音を立てて両側に開き始める。
 その向こうには、全身くまなく甲冑に覆われた者達が、剣を構え、整列していた。その様は騎士道物語の騎士そのものだ。
 鎧を鳴らし、彼らは竜牙兵に応戦せんと、門外へと踏み出した。
「……一時だけでも凌げ、『彼ら』が来るまでの辛抱だ」
 最前線の甲冑騎士の一人がそう呟いた。近くの甲冑騎士達が胡乱気に応える。
「何を言っているんだ、エコー。この果ての地には誰も来やしない」
「エコー、しっかりしてくれ。今となっては、あんたが最古参なんだ。とにかく、こいつらを退けなければならん!」
 そうだった。デウスエクスを滅ぼす者など居るはずはない。エコーと呼ばれた甲冑騎士は心の奥にちくりと刺さった違和感を振り払い、片手半剣を手に、敵陣へと飛び込んだ。

 なぎ払い、叩き斬る。甲冑騎士の膂力に任せて振るわれる片手半剣は、大抵の物ならば砕き、拉げてしまう威力を持っている。
 しかし、10体程の竜牙兵は、倍する数の甲冑騎士の攻撃に耐えぬき、その苛烈な反撃は、数の劣勢を覆しつつあった。
「! リマ!」
 竜牙兵の星辰の力を込めた斬撃が、一人の甲冑騎士を真正面から斬り伏せた。辛うじて立つ甲冑騎士リマは、取り出した携帯注射器を震える手で鎧の隙間から刺した。
 と、リマのふらつきが止まる。いや、止まっただけではない。竜牙兵へ組みつくその動きは、今までに比べ、明らかに俊敏さと膂力を増していた。
 標的を仕留めたリマの腕は、己の力に耐え兼ね、あり得ない方向に曲がっている。それでもその腕を振るい、竜牙兵に攻撃を続けていた。
 その姿を見、周囲の甲冑騎士達も意を決し、次々と己に注射器を刺す。戦闘力を増強しなければ、応戦すら叶わない。
 この戦場で、躊躇いは贅沢品だったのだ。

 一つの戦いが終わった。
 竜牙兵は退けた。しかし、出撃した甲冑騎士のほとんどは倒れた。
 生き残ったエコーは、まだ息のあったリマの側に手当のため跪いた。だが、瀕死と思えぬ動きでリマの腕がエコーの首を絞めようとする。
 リマの瞳に映るのは、もはや敵しかいなかったのだ。エコーは、敵しかいない世界からリマを解放する。刃の閃きをもって……。
「戦死者は?」
「15名だ……」
 大きすぎる代償だった。
 だがすぐに欠けた命の補充がなされるだろう。薬物投与や肉体改造の末に、人間の限界を超え生き残った命が。
 しかし……その為に、どれだけの命が耐え切れず散るのか。そして、生き残った者も、敵を倒すために戦い、狂った末に、遂には自分の世界に敵しかいなくなるのだ。
 そうまでして、守るべきものは、なんだ?
 立ち尽くす甲冑騎士達に応えるものはない。彼らに寄り添うのは、地に長く伸びる自身の影だけだった。


 ケルベロス達の力により、東京上空に出現したドリームイーターの本拠、ジュエルジグラットへのゲートは鍵をかけられ、閉じられた。
「寓話六塔戦争は勝利に終わったな。赤ずきんも倒したし、失伝ジョブの者達の救出もなった。そして未だ囚われている失伝ジョブの者の情報も得た」
 マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242)は、常の彼女ならぬにこやかさでケルベロス達を労ったが、すぐに任務だ、と真顔に戻った。
 救出された失伝ジョブの者や、そうでない者からも、失伝ジョブのケルベロスへと目覚める者が出始めていた。
 ヘリポートでマグダレーナの話を聞いている者たちにもそういったケルベロスが混じっている。
「持ち帰った情報の分析と予知により、囚われた失伝ジョブの者達の居場所がわかったのだ。糸を引いていたのはポンペリポッサだ。奴の膳立てした特別誂えのワイルドスペースに、失伝ジョブ者は囚われ、手駒にするための洗脳をされている。急ぎ洗脳を解き、救出せねばならない」
 そこで言葉を切り、マグダレーナは眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
「洗脳の内容なのだがな……ワイルドスペースの中に、大侵略期の残霊を留めて、当時の絶望的な状況を、失伝ジョブ者に繰り返し追体験させているのだ」
 もはや嫌悪の情丸出しで、ふんと鼻を鳴らすと、マグダレーナは続ける。
「失伝ジョブ者は、自分が大侵略期に生きた失伝ジョブ者と思い込まされている。デウスエクスに抗う術を持たなかった時代だ。いずれは、何度も襲い来る絶望に負けてしまい、反逆ケルベロスとなるだろう。それがポンペリポッサの狙いよ」
 失伝ジョブ者に希望を取り戻し、奴の企みなど、跡形もなく挽き潰してやれ、そう言い、マグダレーナは戦場となる特別なワイルドスペースについて語る。
「だが、ポンペリポッサのワイルドスペースに侵入できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスのみなのだ。しかも長居はできん。同様に大侵略期の悲劇に巻き込まれてしまう」
 少し心細げな顔をしたケルベロスに、マグダレーナはにやりと笑って見せた。
「案じるな。相手は竜牙兵10体だが、残霊だ。実際の竜牙兵よりも弱い。目覚めたばかりでも対応できるはずだ」
 参考にと、マグダレーナは一般的な竜牙兵の写真を側のヘリオンの壁に貼り付けた。骸骨姿のデウスエクスが、ゾディアックソードや簒奪者の鎌を持っている。うっすらと身体を覆っているのはバトルオーラか。
「ワイルドスペースに現れるのも、こんな感じの奴らだな。そして、そこで奴らは高い壁に覆われた施設の入口を襲おうとする。そして迎撃に出た甲冑騎士達20名程と戦闘になるわけだが……」
 救出対象が20人も? 驚きの声を、マグダレーナは手を上げて制した。
「失伝ジョブ者は5人で、残りは残霊だ。……大侵略期に死んだ甲冑騎士のな」
 自分の言葉で下りた沈黙を、マグダレーナは己のしゃがれ声で強引に破り、説明を続ける。
「甲冑騎士たちはお互いをコードネームで呼んでいる。失伝ジョブ者のコードネームは、エコー、ゴルフ、オスカー、ロメオ、タンゴだ。だが、彼らだけでなく、出来れば残霊の甲冑騎士達も守ってやってくれ。それが失伝ジョブ者の絶望を砕く一助になるはずだ」
 その他にも、希望を取り戻す方法はあるだろうが、それはお前達の方が私よりも得手だろう。そう言い、マグダレーナはもう一度にやりと笑った。
 そこで、出発の刻限が迫ったのを報せるように、ヘリオンが唸りを上げた。マグダレーナはヘリオンに向かって頷いてみせ、ケルベロスの為に搭乗口を開いた。
「囚われた騎士達に、道を示してやれ。彼らが携えた剣は何を斬り伏せるためにあるのかを。身に纏う甲冑は、何を守る為にあるのかを。お前達なら出来る、私はそう信じているぞ。では出発する!」


参加者
雪野・紫郎(爽やかな狂戦士・e44112)
神凪・龍(戦闘僧・e44137)
黒杣・クダン(黒月如件・e44154)
風見・律(無垢なる暁闇・e44220)
本屋・辰典(断腕・e44422)
玖櫻・佳鵡(臆病な演劇好き少年・e44454)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)
毛利・周(黒鋼の騎士・e44554)

■リプレイ


 現の風景が幻へと溶け合ってゆく。そして、気が付くと、ケルベロス達の周りは先程とがらりと趣を変えていた。草木さえまばらな荒れ地、日中ながらくすんで精彩を欠く空。無味乾燥な世界は、人を拒んでいるように見えて、実は迷い込んだ者を取り込もうと付け入る隙を眈々と伺っているだけであるのが、ケルベロス達にはわかっていた。
 このワイルドスペースは、失伝ジョブの力を持つ者を捕え、洗脳するために作られたものだ。そして今まさに洗脳が行われている。失伝ジョブ者救出作戦のため、自らも失伝ジョブの力に目覚めたケルベロス達は引き込まれる危険を冒し、この地に立ったのだ。
 この世界自体に意思があるかのように、ケルベロス達は一方向に引き寄せられる感覚を覚えた。それに従い進めば、自ずと災禍の中心へと辿りつけるはずだ。
 ワイルドスペースの招きには、微かに媚びる気配が混じりこんでいる。雪野・紫郎(爽やかな狂戦士・e44112)は、自分を侵そうと狙う食虫植物の媚態が、かつてない高揚の炎を呼び起こすのを感じた。生じた熱が血へと伝わり、五体を駆け巡る。
「楽しそうだな、シロ―。逸るのだろう?」
 風見・律(無垢なる暁闇・e44220)の声に、紫郎はただ笑んで見せた。
「お先にどうぞ、りっちゃん。僕はすぐ後に続くよ。連携って大事だからねぇ」
 誰が合図をしたわけでもないが、ケルベロス達は真っ直ぐに戦場を目指す。もう、戦端は開かれているかもしれない。到着の遅れは、失伝ジョブ者達の心に蔓延る絶望の染みを広げる時間と等しい。
 暁の光となって、夜の底を彷徨う者達へ告げるのだ。果てなき夜が、遂に退く時が来たと。

 どこまでも伸びる高い壁、堅牢とただ呼びならわすには足りない、ひたすら分厚い鉄扉。そしてそれらを前に行われている死闘が、ケルベロス達の眼前に開けた。
 今までデウスエクスとの交戦は、他者の担うものだった。ケルベロス達は、初めてその当事者になるのだった。玖櫻・佳鵡(臆病な演劇好き少年・e44454)の速度が落ち、なびいていた薄桃色の長い髪が地面すれすれに落ちた。
 彼の全感覚が、赤ずきんに囚われていた、短くて長い時を思い出していた。心を得て直ぐに体験したその感覚が、彼の足を止めさせようとする。だが同時に、それは彼を戦場へと起たせる力でもあった。ドリームイーターの卑劣を、許してはおけない。
(「絶対に、助けますから!」)
 かつての自分達と同じ思いをしている彼らは、自分達と同じく誰欠けることなく救い出されなければならない。佳鵡が戦場を見据えたその時、彼の横を抜け、神凪・龍(戦闘僧・e44137)が死闘の地へと疾走していった。その形相は、デウスエクス撃滅の意思そのものだ。仲間みな、きっと思いは同じなのだろう。佳鵡も龍に並ぶ勢いで駆ける。


 やや離れた間合いから、竜牙兵が、ゾディアックソードを一薙ぎする。斬るというよりも星霜の魔力を解き放つ為の動作だ。接近戦中の甲冑騎士達が巻き込まれ、魔力をもろに受けた数名の身体に氷が張り付き、冷気の煙を上げた。
 氷の張り付いた甲冑騎士の一人を狙い、気の一撃が飛んだ。避けようがない精度でまさに命中せんとしたその時、漆黒の甲冑姿が立ちはだかり、その身で一撃を受け止めた。鍛え上げられた甲冑は、竜牙兵の一撃を受けても穿たれるどころか、さしたる傷を受けているようには見えない。
 突如の闖入者に対する甲冑騎士達の動揺を防ぐため、毛利・周(黒鋼の騎士・e44554)は、片手半剣とリボルバー銃を掲げ、大音声で名乗りを上げる。
「甲冑騎士、毛利・周。……同胞として助太刀させて貰う」
 その間に、前衛を務めるケルベロスが、甲冑騎士達と竜牙兵の間に割って入るように位置取りする。
「お待たせして申し訳ありません。……よく今までここを守って下さいました!」
 戦場に響き渡るのは、本屋・辰典(断腕・e44422)の声だ。そして傷ついた甲冑騎士へ、心の底からの思いを声色に乗せ、語る。たった一言の言葉は、劣勢の戦いを強いられる戦士を奮い立たせる力を持っていた。明らかに自分達を上回る癒しの力を受けた甲冑騎士は、はっと息を飲んだ。
「加勢は有難いが……相手が悪すぎる。君達は扉の奥へ退いた方がいい」
 癒されたのとは別の甲冑騎士がケルベロスに鉄扉を示した。人の守護者たる彼らにとって、任務放棄は端から考えも及ばないらしい。
「もう、大丈夫だから……ケルベロスが、来たから!!」
 佳鵡が叫ぶ。失伝者達の意識の底に沈んでしまった対デウスエクス決戦存在を。
「みんな、忘れちゃったのかい? 僕らは正義のミカタってやつだよ。正義の番犬、ケルベロス、ってね」
 洗脳された心を揺さぶる佳鵡の言葉を、ゆっくりなぞるように、紫郎は言い含める。何人かの甲冑騎士達に戸惑うような様子が見えた。彼らが失伝ジョブ者なのだろう。残りの甲冑騎士達は、ケルベロスという言葉を聞いても、反応する余裕もないといった様子で継戦している。
 やり取りの間も、竜牙兵達は攻撃を絶やさない。回転しながら飛来した簒奪者の鎌が、一人の甲冑騎士を切り裂いた。先程星辰の一撃を受けた上の追撃に、甲冑の隙間から噴き出した。彼の動きは鈍っていないが、決して浅い傷ではない。
 魔力の氷で傷ついた甲冑騎士達の回復が急務だ。黒杣・クダン(黒月如件・e44154)は、癒しの念を込め、地面にケルベロスチェインを滑らせた。鎖は戦士達の足元を巡り守りの陣を描き出す。甲冑騎士達の負傷がみるみるうちに癒えてゆく。
「あんた達を助けに来た。あの骸骨兵士どもは俺たちケルベロスに任せて、下がってろ」
 退くよう説くクダンの口調は素っ気ないが、低く抑えた声に隠し切れず混じる優しい調子が、耳に心地よい。だが、クダンや仲間達の説得の言葉は重々理解しながらも、甲冑騎士達はやはり退く選択肢は取れないようだった。それが変え難い彼らの性分なのだろう。しかし、強力な支援を受け、彼らの意気が目に見えて上がったのはケルベロス皆に見て取れた。生還どころか勝利すら覚束ない戦いに、光明が見えたのだ。
「……ここで挫けていては何も変わらない。さあ、脱出するぞ。……俺は戦う。戦いたければ好きにしろ。戦うかそこで見てるかも……お前たち次第だ」
 龍が大きくあぎとを開き、炎を吐く。ずらりと並んだ長く鋭い牙と、竜牙兵を睥睨する眼光は、炎よりも恐るべき、死の宣告に他ならない。炎が身体にちらつく竜牙兵が、周に簒奪者の鎌で斬りかかり更に炎上した。それを目敏く狙ったのは、今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)だ。
 低い姿勢から一足で炎上する竜牙兵の前へと至ると、その胸の真ん中を指一本でかるく突く。攻撃とも思えない動作だが、指から流し込まれた気は荒ぶって、竜牙兵の四肢の神経伝達をばらばらにするのだ。竜牙兵は抗うように身体を動かしたが、耐え切れず手足を縺れさせながら倒れ、煙のように消え去った。
 一拍遅れて、紫郎と律はもう一体の竜牙兵を仕留めにかかる。紫郎の周りに浮遊するガジェットの群れから放たれた光線は、宙の一点で収束し目を射る眩さで竜牙兵を覆う。光の余韻に紛れ、律は竜牙兵の正面に飛び込んだ。両手両足にまとうのは、一族で最も忌まわしき血だ。紫郎とは裏腹に、残像が周囲を赤黒く塗り上げるほどの乱打を浴びせ、鎧ごと骨の体を穿ち、地面に叩きつける。その手応えに反し、竜牙兵の消滅は空に溶けるように呆気ない。
 立て続けにに竜牙兵達を葬り去ったケルベロスの技に、甲冑騎士達から抑えきれず驚愕の声が上がった。数で倍してようやく倒せるデウスエクスを、こうも鮮やかに倒す者を彼らは知らなかったのだ。今が機である――律は甲冑騎士達を顧みた。
「騎士達よ! 何の為に剣を手に取った! その胸に抱いた誇りは如何なるものか! 弱きを護る為と言うのならば、その目を見開きとくと見よ!」
 残る竜牙兵達に、休みなく仲間達が攻撃を仕掛けている。佳鵡の小柄な身体が変形し、着ている甚平をかき分け、幾つものミサイル発射筒が展開する。煙の尾を引く誘導ミサイルが発射され、大音量と共に接近戦にあたる竜牙兵達を打ち抜いて行く。律は尚も言葉を続ける。
「広がるは地獄の如き現状であろうとも、敵はもはや打ち倒せぬ万魔の群れに非ず! 偽神殺す牙は此処に在り!」
 デウスエクス屠る者、ケルベロスここに在り。ケルベロス達の言葉とそれを裏付ける戦いは、洗脳という名の靄を晴れさせてゆく。
 辰典は、未だ傷が残る甲冑騎士の肩にそっと手をかけ、兜の隙間からその目を覗き込んだ。
「あなたは、ケルベロスです」
 ……そして。
(「俺もケルベロスです」)
 人が肉体の限界の手前で自ら填めた枷を越えるため、辰典が己にかけた言霊であり、遂にケルベロスとして覚醒した道標でもある言霊は、甲冑騎士の傷を最初から無かったかのように治してゆく。
 洗脳が解けてゆくと同時に、失伝ジョブ者の外見を偽っていた幻が消えてゆく。スーツ姿の勤め人らしき青年、制服を着た少女、部屋着のままの女性等々……現代日本の服装だ。今やはっきりと自我を取り戻した彼らは、先のクダンの言葉通りに後方へと下がってゆく。戦場に残った甲冑騎士は15名、彼らは過去を映した残霊なのだろう。
「悪夢はボク達の手で終わらせるんだ。いっくぞーっ!」
 日和が跳躍し、拳を竜牙兵の脳天から叩きつける。体重の乗った一撃はめり込まんばかりの衝撃を与え、それ以上の勢いで拳が竜牙兵の精気を貪る。
 失伝ジョブ者の洗脳は解けた。だが、目の前の竜牙兵の残霊は残ったままだ。これを倒して初めて、本当にこの悪夢を終わらせることができるのだ。

 すでに半数の竜牙兵が、倒され戦場から消えていた。周は前へと戦線を押し上げながら、両手で持った片手半剣を大きく振り回した。刀身が竜牙兵の体や鎧はもとより、防ごうとする得物にも阻まれるが、全てを力任せに薙ぎ払う。
「……敵からの攻撃は此方が引き受ける。攻撃を絶やすな」
 周の台詞に従い、甲冑騎士達は一体の竜牙兵に向けて攻撃を集中させる。肋骨が何本もあらぬ方向を向いた創痍の一体は、10名以上の甲冑騎士達に総攻撃を受け、消えた。
 竜牙兵達の攻撃対象は定まらず、ケルベロスと甲冑騎士達の双方へ攻撃が加えられている。クダンは戦況の推移を逐一観察し、仲間達の負傷状況を見極めていた。彼の操るケルベロスチェインは地面を縦横無尽に奔り、守りの陣を保ち、死せる魂の封じられたオーブは、仲間に一寸先の未来を視せ、戦う意思の支えとなる。
 これではまるで、正義の味方みたいだ。この戦場で支援と回復を担う自分を省みて、クダンはほろ苦い思いを噛みしめた。自分が操る魔術は、犠牲の上でしか成り立たない禁呪だ。そして携えたオーブは、禁呪により蓄えられた魂の器だ。
「けど、こんな畜生に正義なんて言葉なんか似合わないだろうな」
 戦場の喧騒に紛らし、クダンは一人ごちる。だがその力が戦場で人を救っているのには違いない。今は為すべきことを為す、出来る事はそれだけなのだ。
「結構楽しかったけど、もうそろそろ終わりだねぇ、りっちゃん?」
 紫郎は、宙に浮かぶガジェットの一部パーツを、出力調整のために組み替えている。勿論出力は最大だ。
「ならば、急がねば獲物がなくなるぞ、シロ―。この通りにのう」
 律は両手に絡む血染めの包帯に怨念を憑かせ、すっぱりと横に薙ぎ、竜牙兵を1体葬った。残りは後2体。大急ぎでガジェットを組み上げ、紫郎は幾度目かの白光を戦場に放った。極大の光線は竜牙兵の全身を包み、膨大なエネルギーは竜牙兵の存在を消し去ってしまう。光が去った後、そこには元々誰もいなかったかの如く、欠片の痕跡も残っていなかった。最後に残る竜牙兵に向け、仲間達の集中攻撃が向けられる。
「光と闇に蝕まれるがイイんだわ!」
 左手に光、右手に闇を宿した日和は、相反する力同士が反発する腕の中に竜牙兵を引き込んだ。荒ぶる力は竜牙兵を殴打し、引き裂き、或いは圧縮する。力に翻弄され、耐え切れなかった竜牙兵は粉々に粉砕され、土くれのように崩れ落ちて消えた。
 10体いたはずの竜牙兵の痕跡は、僅かに戦いで踏み荒らされた地面に残るのみだ。竜牙兵の残霊に向け、龍は手向けの言葉をかける。
「せいぜい成仏しておけ……」
 寒々と乾いた荒野の風が龍の言葉を乗せ、何処かの空へと吹き去っていった。


「さってと、厄介な連中が消えてったし、僕らも早々にお暇しようかねぇ」
 用件が終われば、ワイルドスペースに用はない。紫郎は今もまだ自分達を求め手を伸ばそうとする気配を感じていた。落ち着かな気に周囲を警戒している佳鵡も、きっと同じなのだろう。
「早くここから脱出しよう! 説明は後で!」
 日和は、救出した5名の失伝ジョブ者をワイルドスペースの出口へと急かした。彼らの怪我はヒールされ、支障なく動ける状態だ。現代の記憶を取り戻して、今の戦いを目にした彼らは、疑いなくケルベロスの言葉を受け入れてくれた。
「あんた達は何も覚えていないかもしれない。けど、この戦いで僅かでも次に進むべき道があると感じたのなら、その意に従うべきだ。少なくとも俺たちケルベロスは、あんた達の力が必要だ」
 脱出の道すがら、クダンは失伝ジョブ者に語りかけた。彼らがケルベロスとして目覚めたならば、共に戦おう。彼の言葉に、失伝ジョブ者達は同意を返す。いつの日か、この中の誰かが、彼の言葉を引き金に覚醒する日が来るかもしれない。
 そうして、一向はワイルドスペースの出口へと着いた。先に脱出する失伝ジョブ者の背へ、龍は声をかける。
「……そうは見えないだろうが俺は僧侶だ。おまえたちの無事を祈らせてもらう」
 この上もない災難に見舞われた彼らが、日常の平穏な暮らしに戻ってゆけるように願い、龍は現実世界へ帰ってゆく彼らを見届けた。
 失伝ジョブ者の脱出が終われば、後は自分達が脱出して作戦完了だ。
「敵の策の一つを潰し、儂等の戦力増強にも繋がった、これで一件落着じゃな。よきかなよきかな」
 朗らかに締めくくり、律は脱出していった。皆もその後に続いてゆく。そして、辰典と周、甲冑騎士二人が残された。二人とも、壁と鉄扉のあった方を見遣っている。
 誰一人欠けることなく戦い抜いた残霊の甲冑騎士達は、ケルベロスに礼を言い、壁内へと戻って行った。閉じてゆく鉄扉の向うで彼らは整列し、最後までケルベロスに敬礼していた。
 彼らはかつてあの壁と鉄扉の前で戦い、そして逝った者達だ。現代の地球は、彼らの命で贖われた礎の上に立っている。
(「先達よ……貴方達の奮戦があればこそ、今の我らがある……感謝を……」)
 周と辰典は暫し黙礼し、ワイルドスペースを脱出する。守るべき者たちの居る世界へと。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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