――古き好き時代を髣髴とさせる、赤煉瓦の町並み。海が近いのだろう。風向きによっては潮の匂いが鼻腔を擽る。
そんな自然の香りが、忽ちキナ臭い焼煙に掻き消された。
シュゴォォォッッ!
赤黒い鱗が、陽の光を鈍く弾く。何処からともなく飛来したドラゴンは、気儘に炎を吐き、尾の一振りで赤煉瓦の町並みを倒壊させ、戯れに逃げ惑う人々を鋭い爪で串刺しにしていく。
「……っ!」
町を一望する小高い丘の上からその一部始終を見ていた少年が堪りかねず飛び出そうとして、長身の青年に引き止められた。
「駄目だ。ドラゴンが去るまで、私達に出来る事はない」
「わかってる! だけど!」
悔しさに身を震わせ、少年は古木の杖を握り締める。
「こんな時、彼らがいてくれたらドラゴンだって」
「彼ら……誰の事だ?」
怪訝そうに首を傾げる青年。青年と尚も暴れ続けるドラゴンを見比べて――少年は、シュンと肩を落とす。
「……ごめん、デウスエクスに勝てる奴なんて居る筈無いよね。そんな、夢みたいな話、ある訳ないんだ……」
「疲れているんだろう、気にするな……ほら、そろそろ、ドラゴンも飽きてきたようだな」
残虐の限りを尽くしたドラゴンは、焦土と化した町並みに関心を喪ったのか、徐に首を返して去っていく。
「行こう……仕事の時間だ」
青年の言葉に頷き返し、少年は黙りこくったままの少女の手を引く。
そうして、町に戻った3人は、片っ端から建物をヒールし、怪我人を癒していく。
共通して、古木の杖を手に、自然素材を活かした儀式服を纏う彼らは――心霊治療士。エクトプラズムで疑似肉体を造り外傷を塞ぐ、治療術に長けた霊能力者だ。
だが、如何な心霊治療士と言えど、死者までは癒せない。
「今日も、犠牲者が多く出たな」
青年のやるせない呟きにビクリと身を震わせ、とうとう少女は嗚咽を漏らす。
「も、もう……やだぁ。あたし達の力じゃ、皆が死んでいくのを止められない」
悲痛な叫びに、青年は慰めるように少女の髪を撫でる。少年は唇を噛み締めている。
「……泣くのは後にしよう。俺達のヒールを待ってる人はまだ沢山いるんだ」
己の無力を嘆くのは他の2人も同じ。それでも、人々の為に懸命に杖を振るい、ヒールを施していく――そうして町がある程度復興すれば、ドラゴンの襲撃がまた全てを破壊するのだ。繰り返される惨劇に、心霊治療士達の心が絶望に染まりきるのは、時間の問題だった。
「まずは寓話六塔戦争、お疲れ様でした。『青ひげ』の完璧な対空防御には私も焦りましたが……『赤ずきん』を撃破してジュエルジグラットの侵略を防ぎ、数あるドリームイーターの企みも先んじて阻んだ素晴らしい戦果だったと思います」
静かに所感を口にする都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)の表情は、心なしか綻んで見えた。だが、すぐに真顔に戻ると、タブレットの画面を一瞥する。
「そして、失伝者の檻に囚われていた『失伝ジョブの末裔』の皆さんを救出し、更に、救出の叶わなかった失伝ジョブの方々の情報も得られました」
得られた情報とヘリオンの演算により、判明したのは――浚われたままの失伝ジョブの人々は『ポンペリポッサ』の手で特殊なワイルドスペースに閉じ込められ、大侵略期の残霊が引き起こす悲劇を繰り返し体験させられているというのだ。
「失伝ジョブの人々を絶望に染め、反逆ケルベロスとする作戦だったと推測されます」
しかし、寓話六塔戦争に勝利した結果、彼らが反逆ケルベロスになる前に救出する事が可能となった。
「この特殊なワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇を消し去って下さい。閉じ込められた人々の救出をお願いします」
創は粛々と説明を続ける。
「特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブ以外の人間は出入りする事が不可能のようです。 その為、この作戦に参加出来るのは、失伝ジョブのケルベロスだけとなります」
創が感知したワイルドスペースには、3名の「心霊治療士」が閉じ込められている。
「赤煉瓦の町が暗赤のドラゴンに襲われ、壊滅します。戦う術のない心霊治療士達は、ドラゴンが去るのを待って町をヒールし、怪我人を癒しますが……死者まで蘇らせる事は出来ません」
無力感に苛まれながらも必死に町を復興する心霊治療士達だが……町が復興してもドラゴンの襲撃でまた壊滅するの繰り返し。その度に、犠牲者を救い切れない自責の念も繰り返す。囚われた心霊治療士は20代半ばの青年と、10代の少年少女の3名。彼らが希望を持つ事が出来れば救出可能だ。
「ケルベロスの皆さんが町を襲うドラゴンを撃破出来れば、彼らに希望を与えられるでしょう」
戦いぶりによっては、或いは、心霊治療士達もヒールで援護してくれるかもしれない。
「赤煉瓦の町を襲う暗赤のドラゴンは、炎のドラゴンブレスを吐きます。又、太い竜尾で一帯を薙ぎ払い、鋭い爪で敵を貫きます」
ドラゴンは強敵であるが、残霊なので本当のドラゴン程強くない。ケルベロスになったばかりの8人がかりでも撃破は可能だろう。
「町の中央に広場があります。そこで迎え撃てば、丘の上から町を窺う心霊治療士達にもよく見えるでしょう」
尚、特殊なワイルドスペースに長く居ると、閉じ込められている人々と同様、ケルベロス達も悲劇に呑み込まれてしまう可能性がある。戦闘終了後は速やかに撤退するに越した事はなく、調査等の余裕は無さそうだ。
「ワイルドスペースで起こる悲劇は、実際に起きた過去の事象が残霊化したものと思われます。救出対象者以外は全て残霊です。犠牲者を助けられないのは残念ですが……この救出作戦が行えるのも、寓話六塔戦争の勝利の賜物。戦いに慣れていない方も多いでしょうが、悲劇に閉じ込められた人々の救出を、宜しくお願い致します」
参加者 | |
---|---|
仁江・かりん(ウェアライダーのブラックウィザード・e44079) |
水貝・雁之助(ウェアライダーの零式忍者・e44098) |
掛茶屋・タルト(駆け出しパティシエール・e44167) |
シアニ・ケインズ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e44214) |
セミリア・リンカー(放浪の紋章術士・e44242) |
メリーベル・クリストファー(常在サンタクロース・e44345) |
ムフタール・ラヒム(熱砂と歩む黒狗・e44354) |
クーパー・ルーシェ(ウェアライダーの妖剣士・e44584) |
●真実の癒しを届けに
赤煉瓦の町並みは、幻と思えぬ質感があった。それでも作り物めいて見えるのは、ケルベロス達が救出者だからだろう。
シャァァァァッ!!
暗赤のドラゴンの襲撃は、ケルベロス達が広場に陣取って程なく。
「町のみなさーん! あのドラゴンは私達に任せて、早く逃げてくださーい!」
ドラゴンの咆哮に文字通り割り込み、シアニ・ケインズ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e44214)は朗々と声を張る。怯える人々も残霊なのは百も承知。
(「私達失伝継承者にも救える力が有るんだって所、心霊治療士達に見せないとね!」)
チラと肩越しに窺えば、確かに小高い丘に人影が3つ。
「目を開け、耳を澄ませ、忘れた野郎共は思い出せ! 俺達はケルベロス、神殺しの猟犬だ!」
声量には自信がある。クーパー・ルーシェ(ウェアライダーの妖剣士・e44584)はドラゴンへ、その実、丘の心霊治療士達へ名乗りを上げる。
「こんなえげつねェ所に延々とかよ、ゾッとしねぇ話だな」
彼らは何度、町が破壊され人々が死んでいく様を見てきただろう。無力感と悲嘆は察して余りある。溜息を吐くムフタール・ラヒム(熱砂と歩む黒狗・e44354)。
「ずっと囚われて同じ事を繰り返し続ける、どれほど辛い事だろう」
「命を助けたい気持ちを、こんな形で壊そうとするなんて……何としても助けてあげないと!」
大いに憤るセミリア・リンカー(放浪の紋章術士・e44242)は、丈短いタンクトップにミニ丈のプリーツスカート姿だ。冬でも身軽な装いより、ゆうらりバトルオーラが揺らぐ。
「僕達でそのループから解き放ってあげよう」
「ああ、癒しても癒しても手から零れ落ちるなんざ何処の賽の河原だっての……これ以上、手前等の好きにはさせねえ。俺の借りを返すのも兼ねて、全力でぶっ潰していくぜ!」
丘の彼らにもよく見えるよう、アニミズムアンクを高々と掲げるムフタール。眼前のドラゴンに、そして元凶たるドリームイーターに、水貝・雁之助(ウェアライダーの零式忍者・e44098)は宣戦布告する。
(「借りは返す主義なんでな。ケルベロスに助けられた良い意味でも……デウスエクスに虐げられてきた悪い意味でも」)
残霊は過去の残滓だ。当時の人々は悲痛に耐え続け、不死のデウスエクスは強奪者だった。
「だが、今は違う。此れ以上奪わせねえ!」
ぶっきら棒に言い放ち、零式忍者は怒りを滾らせる。
「よし。詰まらねぇ小話は打ち切りと行こうぜ、なぁケルベロス」
「みんなで力を合わせて、ドラゴンさんの残霊さんを倒しちゃいましょう!」
赤眼を糸のように細めるクーパーに応えたのは、底抜けにハイテンションなサンタ娘――メリーベル・クリストファー(常在サンタクロース・e44345)。ふんわりした紅白のスカートを翻し、元気一杯に応援の体勢だ。
欠片も怯まぬ仲間の様子に、掛茶屋・タルト(駆け出しパティシエール・e44167)は頼もしげに頬を緩める。
(「お菓子職人としてもケルベロスとしても未熟だけれど。みんなと一緒なら」)
失伝の素質が覚醒出来たのは、きっとケルベロスの勇姿に憧れたからだ。
(「……次は私が頑張る番だよね?」)
ボウルを小脇に、ミラクルホイッパーを握るタルト。仲間がいるから、初陣だって大丈夫。
「さぁ、そこの暴れん坊! 私達『ケルベロス』が君の相手だよ!」
――定命の分も弁えぬ身の程知らずが!
シアニの挑発に、胴声が響き渡る。ギョロリと上空から睨まれ、仁江・かりん(ウェアライダーのブラックウィザード・e44079)の小柄がビクリと竦む。
(「大きなドラゴン、すごく怖いです……」)
それでも、ランドセル型のミミックと並んで踏ん張った。
囚われの3人は、もっと怖い思いをしているかもしれない。悪い魔女が見せる悪い夢は、ここで終わらせる!
「行きますよ、いっぽ。これはぼく達、せいぎのみかたの……ケルベロスの、はじめの一歩です!」
●残霊、されどドラゴン
――――!!
咄嗟にかりんがセミリアを庇うも、暗赤の竜尾は前衛を抉った。
「メリーベルちゃんがガンガン回復しちゃいますよ!」
アニミズムアンクを一振り。メリーベルはオラトリオヴェールを編むも、範囲ヒールでは回復しきれない。
(「クラッシャー? いや……」)
シアニが爆破スイッチを押せば、カラフルな爆風が後衛を彩る。メリーベルとムフタールは心霊治療士だ。丘の3人の目にも留れば良いと思う。
「いっぽは負傷者を守りながら、ドラゴンをガブガブしちゃってください!」
ミミックに声を掛け、ドラゴニックハンマーを構えるかりん。轟竜砲が轟くと同時に、ランドセルが牙を剥く。息の合った連携ながら、ドラゴンは翼の一打ちでかわしてのける。
「えっと、最初は攻撃を当たり易くするのが良いんだよね?」
確認するように呟き、タルトはミラクルホイッパーで空のボウルをまぜまぜ。水あめのようなグラビティ生地をブンッと一閃! 投網のように広がるが、竜躯を捕え切る前に払われた。
セミリアのゾディアックソードの切先がアストロロジカルシンボルを描くや、星座のオーラを飛ばす。幸い竜鱗に爆ぜるが、クラッシャーの一手にも拘らず浅い。氷結にも至らなかった。
バラマキスプラッシュもゾディアックミラージュも、列型グラビティだ。単体相手では色々と勿体無い。
(「なるたけ派手に立ち回らないとね、心霊治療士達にも見えるように」)
その点はまず、成功だろう。負けじとムフタールもエクトプラズムを圧縮。
「見えざる弓を引け!」
シャァァァァッ!!
狙い付けた霊弾に抉られ、怒りの咆哮が轟く。ケルベロスの攻撃の度、ドラゴンの挙動が周囲の建物を巻き込んでいく。
「本当に胸糞悪い光景だな」
心霊治療士の尽力を嘲うような無雑作を忌々しげに吐き捨て、雁之助は天高く跳躍。
「俺達が断頭台代わりに地獄へ叩き込んでやる!」
だが、虹纏う急降下蹴りは長首の一振りで避けられた。
敵はドラゴンと言えど、残霊。戦闘経験の浅い失伝者でも渡り合える筈。だが、シアニは眼力が報せる命中率で悟る。
痛撃の一方で回避に長ける。攻防共に優位なポジションは1つしかない。
「キャスター、だね」
「……ちっ」
シアニの断言に、クーパーは思わず舌打ちする。なるほど、初手の憑霊弧月が外れた訳だ。
(「飢狼丸、まだ暴れやがるか」)
息子がケルベロスとなって2年。その間、クーパーは喰霊刀の怨念を抑えて来た。
(「ノーグに持たせなくて正解だった、流石だな俺」)
内心で自画自賛するも、飢獣の狂気を扱いきれぬ実感に顔を顰めた。
●戦いの礎は
シュゴォォォッッ!
赤煉瓦にグラビティが鮮やかに爆ぜ、応酬にドラゴンの炎がケルベロス達を舐める。
「ありがとう! 良い子にはプレゼントをどーぞ!」
庇ってくれたいっぽに、喜び楽しみ嬉しさを全部詰め込んだヒールを贈るメリーベル。
(「うーん……最初に同調すれば良かったかも」)
攻撃は苦手で回復に専念しているが、ドラゴンの攻撃は苛烈だ。仲間がダメージを被らない機会はなく、メリーベルも鋼の意志を試みる暇がない。
「いっぽのヒールのお返しです!」
ブレス攻撃に巻き込まれ掛けた町の住人を庇っていたかりんは、後衛にゴーストヒール。「惨劇の記憶」がより胸に迫るのは、背後の残霊の所為か。
(「これが、救えなかった過去の出来事だとしても……目の前で誰かが傷付くのはいやです!」)
「暁の一撃を!」
ムフタールの蹴打は流星の如く。心霊治療士達を鼓舞する為にも、ドラゴンを挑発したいが……現状はまだ早い。中々攻撃が届かないもどかしい状況が続く。
「まだか!」
ファナティックレインボウは未だ当らず。雁之助は悔しげだが、恐らく、それは幸いだ。
怒りは、五分五分と発動率は高い。雁之助の体力は、かりんのミミックとさして変わらないが、実戦経験の差は如実に身のこなしに顕れる。更に、ドラゴンの攻撃と彼の防具耐性は合っていない。ディフェンダーであろうと、連続して痛打を浴びれば最後まで保たないだろう。
「どうにか降りてきてくれないかなぁ」
家屋を足場に近接の技も届くが、上空からの威圧感にタルトは眉を顰める。
「……あ、同じ技ばかりだと避けられちゃうんだよね?」
柔軟に形を変えられ且つ丈夫な水あめをイメージして道を描く……代わりに、ライトニングロッドにグラビティ水あめを固めるや、屋根から跳躍して叩き付けた。
厄付けを期待し、稲妻突きを放つべく地を蹴るセミリア。その軌道を追い、シアニのチェーンソー剣が唸る。飢獣の呪詛を載せ、クーパーの斬が美しい軌跡を描く。
「面白可笑しく書かれてェなら前に出な!」
猛る勢いのまま、気炎を吐くクーパー。その刃を戻す暇もなく、鋭爪に呪的防御ごと腹を貫かれた。
「が……っ!」
思わず身を折る彼に大自然の護りを敷き、少女は明朗に謳い上げる。
「どんなに傷付いても、メリーベルちゃんが全部戻して治して癒してあげます!」
「私も、ササっと描いて……よし完成っ!」
尚残る傷に、セミリアが盾をイメージした紋章を素早く描き付けた。
「これで……丈夫な体にしちゃいますっ!」
どんな強力な攻撃も厄も、命中してこそ。8人の経験に差があればこそ、何より大事は「全員の攻撃が当る」ようにする事だ。反撃の起点はスナイパーだろうが、足止めを意識したのはムフタールのみ。それも、時にヒールに手が割かれてしまう。
残霊であろうと8人で対等の敵だ。けして優位ではない。それでも、ドラゴンの痛打を複数のヒールで凌ぎ、弛まず攻撃を続けるケルベロス達。
――――!!
ジャマーのエフェクトは当れば重い。シアニの遠隔爆破が、ドラゴンに重ねて爆ぜる。竜尾が前衛の足を纏めて刈るが、痛撃頻発の序盤に比べて確実に威力は落ちている。
じわりじわりと、ケルベロスの攻撃は、効いている。
「心さえ折れなければ、人類に負けなんてないんですから!」
メリーベルは元気よくヒールで戦線を支え続ける。前向きの思いが丘に届く事を願いながら。
●希望の名は、ケルベロス
「幸せのイマジネイションをお菓子に乗せて!」
漸く、光明が一筋見えたか――グラビティ水あめの道を滑走し、突撃を敢行するタルト。甘やい突貫に続き、セミリアのゲシュタルトグレイブが奔る。稲妻帯びた一撃は今度こそ竜躯を貫く。
(「ぼくは『にえ』から、せいぎのみかたになるのです」)
小柄の底から勇気を奮い立たせ、かりんは懸命に熱持たぬ水晶の炎を操る。
「脆いな、残霊とは言えどこの程度か、ドラゴン……刮目しろ!」
叫びと共に降った雷撃は、ムフタールの天秤が量ったドラゴンの罪の重さだ。
「ちょいと手ぇ貸してくれ! やられっぱなしじゃ終われねぇだろ!」
憑霊弧月を振るった勢いで振り返ったクーパーは、明らかに丘の3人へ呼び掛ける。
――小煩い犬風情が!
目障りと感じたか、ドラゴンの爪が妖剣士に迫る!
「ぐうっ!」
間一髪で遮った雁之助の血潮が飛び散る。
「昔は……守りたい命を守れない後悔が、多くの涙が流れたかもしれねえ」
息も荒く、金の眼光が炯炯とドラゴンを射抜く。
「けど、今は違う! ケルベロスが! 血の涙を流しながらも足掻き続けた奴等の子孫の俺達が! お前をぶっ倒して皆を守る!」
――小癪に囀る若造が!
「ダメっ!」
盾ならぬセミリアは動けない。ドラゴンの爪が再度雁之助を抉る。
「オンコロコロセンダリマトウギソワカ! 薬師如来よ御身の加護を我等に与え給え!」
辛うじて立つも、雁之助のダメージは己の守護結界やメリーベルのヒールだけでは到底足りない。攻撃に代わり、セミリアも気力を注ごうとしたその時。
――相次いで、大自然が共鳴したようにさざめいた。
「これって」
じわりと、雁之助の傷が塞がっていく。振り返ったセミリアの視線の先に――3つの人影。駆けてきたのか、肩で息しながら少年少女が古木の杖を掲げている。
「……まさか、ドラゴンと互角に戦う人がいるなんて」
「ケルベロス……?」
戸惑いの表情に覗くのは希望か――その間に、年嵩の青年がエクトプラズムを練る。
「微力ながら、私達も手伝います。どうか、あのドラゴンを!」
「ありがとう! きみ達の癒しの力は、ぼくやみんなの助けになってます」
炎に晒された肌を、エクトプラズムの擬似スキンが優しく覆う。感謝を告げて、かりんはドラゴンに向き直る。いっぽもエクトプラズムでファイティングポーズだ。
「さぁみなさん、やってやりましょう!」
メリーベルの鼓舞に背を押され、ケルベロスの攻撃がドラゴンに殺到する!
「ようやく俺も俺自身の手で、この目の借りを返せるってわけだ」
かつて、クーパーの目はデウスエクスに痛め付けられた。首謀者は既に討たれたが、それはさて置き。両手の喰霊刀の暴走を自ら煽り、クーパーは不敵に笑む。
「面白ェ話のタネの為だ、俺の八つ当たりに付き合ってもらうぜぇデウスエクスさんよぉ!!」
荒れ狂う喰霊殲神剣――喰霊刀究極奥義の痕を覆うように、色弾が幾重にも炸裂する。威力を重視したセミリアのペイントラッシュに続き、シアニが召喚した幻は無数の虫の群れ。
「……この地で死した小さき命よ、集いて我らの敵を貪り喰らえ」
シアニの一族に伝わる禁呪は、ドラゴンにも臆さず群がり腐らせる。
ガアァァァァッ!
初めて絶叫したドラゴンは、堪え切れず地に墜ちる。
「今日もおいしく出来上がりそうね?」
すかさず、まぜまぜしながら駆け寄ったタルトが、敵に向けてグラビティなホイップクリームを飛ばす。
――おのれおのれぇっ!
吐き散らされたドラゴンの炎の息を、メリーベルと心霊治療士達のヒールが鎮火させていく。
「お前らの癒しの力も俺等の力になる! 無力なんかじゃねえ!」
心霊治療士達に声を掛け、雁之助は零式鉄爪を構える。
「手前等の虐げてきた奴等の痛み、何倍にもして返してやるぜっ!」
死の淵で得た「零の境地」を拳に載せて、強かに叩き付けた。
「見せ場は心霊治療士に譲ろうか」
「迷子にならないように、連れていってあげてください」
悪戯っぽく笑むシアニ。かりんから銅貨を受け取り、ムフタールは黄泉への渡し賃で目蓋を撫でる。
「ケルベロスに目覚めたばかりの僕ら相手にこの様とは、笑わせる」
冷ややかに言い放ち、翳した手は確実に竜の気を掴む。
黄泉の渡し守が魂をあるべき場所に送り届けるように。光輪に与する御手は容赦なく悪しきモノに引導を渡した。
「積もる話は後だ、さっさとズラかるぜ!」
斯くて、ケルベロス達は囚われの3人を救い出し、帰還する。
「こ、これは……寝る前に襲われて!」
ワイルドスペースを出た3人は、それぞれ現代の衣服に戻った。青年はスーツに、少女は学校の制服に。パジャマ姿の少年の慌てぶりが、ケルベロス達の笑みを誘った。
作者:柊透胡 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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