ナオミの誕生日~きれいとごはん、それは幸せの魔法

作者:ほむらもやし

●厳寒の山中
 寒さが厳しい冬の間だけ、現れる氷の街がある。
 寒さが緩まれば、この街はたちまち崩れてしまう運命だけれども、気温の低い今ならば巨鎚の打撃にも耐えうる頑強さを持ち、同時に、澄んだ透明の美しさも持つ。
 夕方になれば、メルヘンの世界を模したような街並みには様々な色の明かりが灯る。
 照明の光を透過した氷は様々な色に変化したように見える。
 それら堅さ純粋さ、柔軟さは、若い頃に抱く、夢や理想のよう。
 どこまでも頑なに、迷わず、一直線に走り続けられる。
 伸ばしさえすれば、遠い彼方の星に手が届く。こんな白々しい嘘すら信じてしまう。
 そのようなことを思わせる、幻想的な光景の中、ある者は造形を楽しみ、ある者は将来を語り合う、またある者は過去に思いを馳せる。
 美しい物の前では、人は素直になれる。
 だから、どんなに過酷であっても、人は美しさに引き寄せられてしまうのかも知れない。

●まえむきに生きよう
 日記に前日の食事の内容などを書き連ねた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は、今年もまた、この日が巡って来たことを知った。
 そう、来たる12月25日は、31歳の誕生日。
 小さい頃であれば、お願いを聞いて貰えるとか、プレゼントを貰えるとか、何をおねだりするかを考える、楽しみもあったけれど、——流石にそれは無いわね。と苦笑いする。
 と言うわけで、せめて、ケルベロスの仲間たちと素敵な時間を過ごせればなと、ナオミは思い立つ。

「氷で作られた氷の街、冬季限定のテーマパークがあるんですけど、行ってみませんか?」
 その場所とは、北海道だった。
 しかも北海道でも、特に寒いと言われる場所に、それはあるようだ。
「ちょっと寒いところですけど、スキー場とかあるリゾート地ですから、怖くないですよ」
 テーマパーク自体はスキー場の中にあり、2000坪ほどの敷地が使われている。氷で出来た教会や宿屋、村長の屋敷や盗賊のアジトを模したダンジョンが作られており、そうした氷の建造物の中に入ることもできる。
 ナオミは「ちょっと」と言うが、日中でも気温は零度前後、日が暮れれば摂氏マイナス二十度ともなる厳寒の世界である。半袖やミニスカートで行けば、寒くてたまらないだろう。
 しかし、暗くなり始めてからのイルミネーションの美しさは際立っていて、遠方からも多くの人が訪れるスポットとなっている。
「あ、それから、この辺ではジンギスカンが名物らしいので、時間があれば、お腹いっぱい頂きたいですわね」
 焼きたて熱々のジンギスカンとしゃきしゃきとしたもやしの歯触りと想像すれば、心も身体も暖まること間違いなしである。なおジンギスカンの他にも、鹿肉もあり、注文をすれば食べられるらしい。
 今年も残り僅かだけど、綺麗なイルミネーションを楽しんで、お腹いっぱい食べて、皆で楽しい時間を過ごせば、細かいことなんて気にならなくなる、幸せの魔法が発動する、はず。
 穏やかに眉尻を下げると、ナオミは少女のように純真な笑みを向けてくるのだった。


■リプレイ

●氷の街にて
 猛烈な冬の嵐から一転、天候が回復したこの日、現出したのは無垢の世界であった。
「わわ、一面銀世界なのです!」
 普段目にしているのとは違う清らかな景色、そこにイルミネーション色を付けてゆく様に、ナティル・フェリア(パナケイア・e01309)の心は躍る。そして隣には、ミシェリュカ・フィルオージュ(静焔のフェヒター・e04227)がいる。
 とても幸せ。けれども、身体は震えていた。
「ひょっとして、寒いのかい? よかったらこれ。羽織るだけでも少し違うと思うよ」
 実は、二人にとって、これは初デート。
 荷物から厚手の大判のストールを取り出す、ミシェリュカの様子はどこかぎこちない気がする。
「あ、ありがとうございますなのです! えっと、えと、暖かいし何だか良い匂い……」
 ナティルも棒読みのように返す。緊張しているのかも知れない。
 そして、二人とも黙り込んでしまう。お互いに気を遣いすぎて会話は膠着状態にあった。
「一緒に中に入ろうか」
 街の入口にある教会。ゲーム風に可愛くデフォルメされてはいるがゴシック建築を模した見た目は直線的であり、ヨーロッパのいわゆる黒い森をイメージさせる。そして濃い青の光を透過する構造は目を見張る美しさだ。
 と言うわけで、お互いに譲り合い、じゃあ一緒にと、入口を潜ろうとした瞬間、ナティルは盛大に足を滑らせる。
「っと、危ない!」
 思いがけず、受け止めようとするミシェリュカと、同じようなイメージを思い描いていたナティルの身体が重なり合う。
「は、恥ずかしすぎなのです!」

 幻想的な光で飾られている教会の奥の方では甲高い靴音が響いていた。
 天井や壁面からの青い光に照らされて、リンゴのような赤い靴がそこかしこの氷の中に映り込む。その像が歩みに合わせて動く様を見ながら、カリン・エリュテイア(スカーレッドデッドガール・e36120)は楽しげな表情を、レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)に向けた。
「どうしたの?」
 思い詰めたような、レスターの表情にただならぬものを感じて、刹那の沈黙。
 カリン、キミが好きだ。
 どうか俺の恋人になって欲しい。
 胸に満ちる万感はさておき、シンプルに告げた。
「勿論。いいよ」
 一つ呼吸を挟んで、目を開き、けれども表情はのんびりした笑顔のまま。
「なって欲しい、って頼まなくとも、仲間として再会して、一緒に遊びに行くようになってから、私もそういう思いだった」
 二人の胸の内にある記憶は恐らく共通のもの。だから多くを語る必要は無かった。
 ――私の記憶を留めてくれてありがとう。カリンは確りとメモに書き留め、レスターは歌を捧げる。
 アウロラのトロイメライ。
 一見素朴だが、複雑な技巧を孕んだ曲、カリンも確りとリズムを合わせて踊る。自分の意思で歌い、踊る。それはこの日、二人で決めて、将来を約束した、未来への意思を表しているよう。
 上を見上げれば、反射を繰り返す青と緑の光がオーロラの如きに揺らいでいる。
 そんな自分たちの一歩先を行く恋人達の様子を目にした、ナティルとミシェリュカはそっと、教会を後にする。
「もう少し歩いてから、鹿肉ジンギスカンを食べに行こう」
「前に仰ってたやつですね。是非食べてみたいのです!」
 初心な2人を祝福するように、街の輝きが増して行くように見えた。

(「……ヤバい。頭の中が真っ白だ。何を喋れば良いんだ?」)
 今にして思えば、勢いだけでデートに誘ってしまったのかも知れない。
 メディア・ノクス(彼は白光を創らなかった・e29477)は、景色を楽しむ、橘高・栞(エクスバスター・e32561)の背中を眺めながら途方に暮れ始めていた。
 日はすっかり落ちて、空には星が煌めき、地上は闇、ただ人工の光のあるこの辺りは青と黄を基調とした無数の光の粒に彩られて、この世の物とは思えない、幻想的な街並みを作り出している。
「で、あたしたちここに何しに来たんだっけ?」
「う、うわ。そうだね、ここRPGに出てきそうだにゃ!」
「……あ、うん、たしかにRPGとか出てきそう。あそこにINNって看板もあるし。昨晩はお楽しみでしたね。とか言われたりするのかな? お楽しみ。って何よ。超ウケる――って、メディアくん、上の空?」
 そこに宿屋があったのは、偶然の悪戯、即ち運命であった。
「いや、ごめん! キミばっかり見てて全然周りを見てなかった! ごめんなさい!」
「あたしばっかり見てるとか、わ、わけわかんないし!」
「わわ、待って!」
 そういえばデートだと認識していたはず。瞬間、小さな胸が急に締め付けられる感じがして、顔を真っ赤にした栞は、メディアの手を握りしめると走り始めた。氷の街での全力疾走。幻想的な青い輝きが照れや意地を消し飛ばして行くようで、二人の心の距離は急速な縮まりを見せる。

 RPGの仮想空間が集う人の力によって素敵な冒険の空間と変わる様に、この氷の街もケルベロスたちが来てくれたことで、好意を抱き合う者たちにとって相応しい場所へと変容した。
「コートにマフラーにミトンにイヤマフ…と、いっぱい厚着してきましたけど……これでも、ちょっと寒い、です……」
 平岡・晴(紫苑の月纏う・e18786)の甘いけれど憂いを含んだ声。彼が此処に来たのは、桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)に誘われたからだった。氷で作られたダンジョンがあると嬉々として語る萌花姉様は素敵だったし、キラキラ光るダンジョンを一緒に探検できることには胸も踊った。
 が、寒い。
「寒さ対策はしてきたつもりだけど、それでもめっちゃ寒いね。まだ中なら寒さもましかも」
 と、声を掛けた萌花は晴の手を引いてダンジョンの奥へと踏み入って行く。
 大丈夫、ちゃんとぎゅっと手繋いでるからね。
 気分屋で我が儘に見えるけれど、ちゃんと歩くペースを合わせてくれていることにも、晴は気がついていて、その優しさで胸が一杯になる。
 天井から降り注ぐようなライトアップ、内と外から氷を透過する光、複雑な反射を繰り返すイルミネーションの煌めきは、見ていて飽きることは無かったし、なによりも姉様と一緒のこの時間がずっと続いて欲しいと、晴は感じている。

 時間はまだ五時過ぎだと言うのに、空も山も深夜の装いである。互いに街並みの造形について語り合いながら、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)とエイル・サダルスウド(星愛ディーヴァ・e28302)である。
「なるほど、可愛らしいだけではなく、西欧のテイストも取り入れているのだな……」
「せいおう? はわからないけど、氷の建物なんて初めて見た。それに光がぴかぴかきれい。ゼノアが買ってくれた絵本の世界みたい」
 エイルは手袋を外し、氷の壁面、ブロックのひとつに掌を添えてみる。微かに皮膚が吸い付くような感覚がして、
「ひやっ、冷たいと言うより、痛いのね……」
 離した掌の感覚が痛みから冷たさへ変化するのを感じながら、ゼノアの背後に回り込むと、マフラーの上に覗く頬を狙って手を伸ばした。
「えへ……びっくり。した?」
「……ああ。一瞬尻尾が逆立つ程度にはな」
 と、返す言葉と共に額を狙う空手チョップ。だがエイルは一歩分、離れすぎないように後ろに躱すと、悪戯っぽく、くるくると回って見せる。果たして、鏡のような氷の床の上でただでは済むはずも無く。
「……ほら、言わんこっちゃない」
 盛大に転びかけたエイルの下に滑り込み、ゼノアは片手で受け止める。普段の依頼ならこんな油断ありえないのだが、此処ではある意味隙だらけであり、想像以上に大ごとになってしまい、驚くと同時に少しシュンとした気分になる。
「ん、きをつける」
「握っておけ、また滑られるとたまらんからな」
 手袋を外して手を差し伸べるゼノア。手を伸ばすエイル、握り合った手はとても温かく感じた。

(「やばいナニコレ寒……痛い」)
 同じ頃、ダンジョン脇に配された宿屋の二階では、ヤム・ファラク(若き黒竜騎・e01864)が氷で出来たベッドで寝たふりをしていた。
「ヤム、起きなさい。今日は盗賊になるためにアジトに行く日でしょ?」
 ゆっくりと部屋に入って来た、時田・雫(銀と瑠璃の少女・e01806)が、本当の母親のように言うと、待っていましたとばかりにヤムは飛び起きた。
「……て、盗賊になるのかよ! なんて母親だ!」
 喧嘩別れの如くにヤムは駆け出して、盗賊のアジトを目指す。ダンジョンに入るや否や、いい感じのエイルとゼノアと鉢合わせるが気にしないことにして奥を目指す。
「まあ、あの子ったらやんちゃで困ります。おほほほ」
「……なんだ。あれ? そんなことよりも早くジンギスカン食いに行こうぜ」
「それなあに? たべたこと。ない。おいしい?」
 緊張した声でフォローを入れ、後を追う雫に手を振ると、2人は去って行くのだった。
「何があるかな。ん? これはまさか!」
 ヤムはダンジョンの最奥部と思われた場所で、照明で目立たなくされた隠し階段を見つけた。階段の下にもうひとつの部屋があり、無数のイルミネーションで彩られた極彩色の空間になっていた。
「それを見たからには無事に帰れると思うなよ?」
「やだ! ヤム、どうしよう」
 ドスの効いた盗賊のような声から初心な少女の如き声色へと、雫の一人二役。
「ええい、こうだ!」
「とうっ、てやっ!」
「今のうちに逃げるぞ!」
 そしてヤムも襲い来る盗賊をイメージしての大立ち回り。
 果たして、ダンジョンを全力で駆け抜けたヤムと雫は外に出ると、互いに顔を見合わせて笑い合う。
「ああ、走った、に走った、雫は大丈夫?」
「ヤムこそ背中は大丈夫なの?」
「問題ない、走って暖まったしな」
 言って背中に懐炉を擦りつければ、お返しにとそれを握り直して、手を繋ぐと、二人で歩き出すのだった。

 街の入口、教会の前にはちょっとした人だかりが出来ていた。
「氷の街、すごい! 見てみて、家も街灯も氷です!」
 その中心にいたのは、ロゼ・アウランジェ(アンジェローゼの時謳い・e00275)であった。
「ロゼさん、お誕生日おめでとう!」
 目で合図を送った、ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)が言うと同時、
「お誕生日、おめでとうございます!」
「ロゼ、誕生日おめでと! 君の生まれた今日いう日に感謝だ」
「えへへ……ロゼ、おたんじょうび……おめでと……!」
「ロゼ様、お誕生日、おめでとうござい、ますっ」
 祝部・桜(玉依姫・e26894)に続いて、パアンパアンと次々とクラッカーが爆ぜ、紙吹雪、薔薇のフラワーシャワー、さらに細かな氷の粒がダイヤモンドダストのようにキラキラと舞い散った。
 リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)とウイングキャットのベガの鳴らすタンバリンの音色が響く中、コートを脱ぎ放った、宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)とヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)の赤、そして黒のサンタクロースの装束姿が現れる。
「ロゼ、誕生日、おめでとう」
 ワンテンポ遅れて、ヴィンセントのクラッカーが爆ぜて、前後するように発動したゴーストスケッチがHappy Birthdayの文字を描く。
「ベルカナさん、ロナさん、ヴィンセントさん、リラさんに桜さん、季由さん、大好きな皆、本当にありがとう」
 こんな北の果てにわざわざ集まってくれた、6人の気持ちに思いを馳せれば万感が胸に満ちてきて、一人一人の顔を見つめるロゼの表情から笑顔が溢れる。
 ライドキャリバーのノラ号の背から三味線を受け取った、季由が祝いの曲を奏で始める。それは歌手であるロゼの為の歌だ。
「俺は君が……、皆が笑顔になれる、君の奏でる物語が大好きなんだ。だからこれからも応援してる!」
 真心から紡がれる歌と言葉に、曇りのない表情で応じつつ、お返しをしたい気持ちが自然な感情として湧きあがってくる。
「え! なんて素敵な教会! 中に入ってみましょ。絶対ロマンチックだもの、それに教会でロゼさんの歌、聴いてみたい!」
「うんっ、こおりのきょうかい……すごい。さんせいっ。わたしもききたい、な……(きらー)。きっと……ロゼのうたも、すてきにひびくの……!」
 ベルカナとリラが満面の笑みを見せながら、期待を込めて言う。心の中を覗かれたような気がしないでもないが、そんなことよりも、イルミネーションに彩られ、ライトアップされた氷の教会というステージは、歌手として見ればとても魅力的だ。
「じゃあ、行くよ。曲は、スネグーラチカより、親愛なるあなたへ。大好きなみんなに、目一杯の感謝を込めて!」
 果たして、教会の内部、巨大な薔薇窓を模したイルミネーションを背中にロゼは歌った。
 聞き慣れない、スネグーラチカという言葉が気にかかる者もいたが、紡がれる詩を聴いている内に、その些細な問題は氷解してゆく。愛すれば消えてしまう運命は、愛ゆえに死んでしまうよりも辛いことだが、普く概念としてXmasに思い起こされる。
 私は絶対に忘れません。
 Xmas、お友だちと過ごすのは初めてで、本当に楽しくて嬉しくて、スマートフォンで互いに撮り合った写真もみんなで撮った写真も、かけがえの無い思い出。
「うんっ、おしゃしん……とろう、とろう……! すてきなおもいで……またひとつ、できたね……!」
 薔薇窓から落ちてくる複雑な光は、今日、この場所に集った、ロゼ、ロナ、リラ、ヴィンセント、季由、ベルカナ、桜たちを祝福しているよう、そして写真に写った皆の表情も最高に生き生きしていて、この日の思い出を凝縮した宝石のように見えた。

 ぶっつけ本番のリサイタルが終わって、余韻が収まって、7人が去ってしまうと、教会は再び沈黙に満ちる。
 時計の針はまだ6時を回ったばかりであったが、気温はもう氷点下を下回って、寒さからか人影はかなり少なくなって来ていた。
「ついに31歳です。分かってはいるつもりでしたが、この寒さは、やはり堪えますわね」
 教会の前で、ぽつんとひとり、寂しいオーラを噴き上げているのは、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)であった。
 氷の街の美しさはもちろん堪能したが、ひとりで見て回っても感動を伝える相手も居なければ、感想を語り合うことも出来ない。最終的にはやることも無くなって来て、スマートフォンでゲームを始めかねないような、かなり情けない状況に陥っていた。
「ナオミさんはどの辺りを見て回りましたか? 普通の教会でも、神秘的な空気に満ち溢れていますけど、この氷で出来た教会は更に幻想的になっていて素敵ですー」
 そんなタイミングで、声を掛けてくれた、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が天使のように見えたのは無理のないこと。
「ダンジョンの地下の造形も素晴らしいですけど、一番凝っているのは教会だと思いますわ」
「そうなんですね。なら、ここでお祈りしたら、きっと御利益があるでしょう。――どうか、僕の友だち、皆に幸せが訪れます様に……」
 そんなタイミングで、メディアが栞に手を引かれて歩いているのが目に入って微笑ましい気分になる。と同時に、ナオミと同じように、ひとりで過ごしているバジルが純粋に他人の幸せを祈る様子に心が洗われた。
「今日は一日楽しみましょうね、それでは、よき一日を♪」
「ええ、バジルさんもね。寒いから気を付けて下さいませ」
 丁寧に会釈をして立ち去ろうとするバジルに、ナオミも丁寧な会釈で返すと、そろそろジンギスカンを食べに行くことを告げて、ゆっくりと歩き出す。

●ジンギスカン
 さて、そこから少し離れた場所に、美味しいと評判のジンギスカンのお店はあった。
 店内は氷の街の帰りに立ち寄ったケルベロスたちでごった返していた。
「これがジンギスカン……羊肉なの? 変わった鉄板。まんなか膨らんでる」
「たっぷり食っていいぞ。まだいっぱいあるからな」
 新しい体験に、興味津々のエイルに焼けた肉を勧めつつも、自分でも食べるゼノア。好み。面白みの無い普通の食事の風景であったが、それが出来るのは、心を許し合える者だけだろう。
「どうだい? ジンギスカンだけだと少し物足りなくなるよね。だから鹿肉なんだよ」
 一方、鹿肉を注文しているのはミシェリュカ。此処で鹿肉と言えば蝦夷鹿の肉のことで、赤身の強い濃い味の肉となる。知らない者が聞けば、ジンギスカンは野趣溢れる強そうな名前だが、使われる羊肉はの肉質は柔らかく、脂は甘く、クセも少ない。肉好きにしてみれば、これは違うと、手ぬるさを感じても無理はない。
「わ、これがミシェさんの推す鹿肉なのですね……はふはふもごもご」
 硬くは無いけれど、それなりに歯ごたえがある。味も濃い。
「……すごくお肉を食べているって感じがするのです」
 煙がもくもくと上がり肉の焼ける音が響くお店の中には、氷の街のような浪漫は微塵も無いが家庭的な温かさが溢れているように見えた。
「やっぱり、誰かとお喋りしながら肉を焼くほうがいいわよねぇ」
 でもひとりなら、好きな焼き加減で食べられる。取り分けなくてもいい。気も遣わなくていい。悪いことなんて何も無い。ごはんは幸せの魔法のはず——だから、今日はガンガン食べようと、ナオミは心に決めた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月4日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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