失伝救出~ロスト・インシデント・ロンド

作者:鹿崎シーカー

 廃墟めいた街の路地裏を、ボロ衣めいたローブを着た一団が駆ける。影から影へ滑り込み、表通りの様子を伺う。はためく上衣の下から水じみた質感の手足をのぞかせ、荒い息を押し殺しながら見つめる先には、触手に締め上げられた女性達と十体近いオークの集団。ひび割れた道路を軽い足取りで歩くオーク集団の会話が風に乗ってローブ達までやってきた。
「ところでよぉ兄弟。こいつら、ホントに女なのかァ?」
「あァ?」
 前を歩いていた一匹が怪訝そうに振り返る。触手に捕らえた女性を見上げ、問いかけたオークに視線を戻す。
「そりゃあお前、女に決まってんだろうがよ。女連れて来いって言われて男狩るヤツがいるか?」
「それがよォー、いたんだよ……ポロのヤツがさ」
「ポロが? 何やらかしたんだ?」
 食いついてくる別個体。問いかけたオークはニヤリと笑い、勿体ぶって話し始めた。
「アイツ、いつも通りに狩りして帰ってきたんだよ。当然ターゲットは女だ。そうだろ?」
「当たり前だろ」
「当たり前だなァ」
 下卑た笑顔を浮かべながらオーク達が相槌を打つ。話し手は立てた人差し指を左右に振ると、続けて語る。
「そう、ポロもそうだと思ってたんだよ。そのつもりで狩りやってたんだ。けどな、獲物の一匹が……なんとビックリ! 女みてーな男だったんだよ! 女みてーにイイ顔した男だったんだ!」
「ブッハハハハハハ! おかしなこともあるもんだ! ……で、ポロとオンナ男はどうなった?」
 話し手オークが眉をハの字にして首を振った瞬間、オーク達が一斉に吹き出した。
「マジかよ」
「ブハハハハハハハハ! ついてねーなァ!」
「ご愁傷さんだぜ」
 笑い声に合わせて手や腹を叩く音が響く。ローブの誰かがキツく歯軋りをし、隣の者に止められた。オーク達の会話は続く。
「それでちっと不安になっちまってよ。今ちょっとその辺で確かめようと思ってな。オレ、間抜けやって死ぬのはゴメンだからよォ……ちゃんと仕事するために、な? な?」
 身振りを加えて論じる話し手。聞き手に回ったオーク達は喉を鳴らして笑うと互いに顔を見合わせた。
「オレ達はなんも見てねー。なぁ?」
「ブヒヒヒ……そーだなぁ。なんも知らねー」
「なぁんも聞いてねぇ。ブククククク……」
 話し手オークは密かに笑んで列を抜け出す。適当な廃墟に駆けこんだのを見届けたローブの一人の、水めいた質感の腕が刃に変わる。
「行くぞ。一匹仕留める」

 十数分後。しとどに降る雨の中を、ローブの一団が濡れネズミになりながら走っていた。先頭の男に背負われた少年のすすり泣く声が雨音に混じる。少年を背負った男は走りながら告げる。
「おい、泣くな」
「だって……あの二人……」
 二人分の血にまみれたローブを抱きしめ、少年が涙ながらに言う。満身創痍で立てなくなった仲間の顔を思い出しつつ、男が叱咤を口にする。
「泣くな。二人はまだ死んでいない。傷を癒やし、戦い続ければ、いつかは……」
「いつかっていつだよ!!」
 絶叫が路地に反響していく。少年は目元を男の肩に押しつけ、乱暴に涙をぬぐう。
「そう言って、何度も何度も戦って、みんな死んでったんだぞ……。必死になって、誰も助けらんねーで……なのにあいつら、みんなのことゴミみてーに殺してって……あんな奴に……あんな奴らにッ……!」
 しゃくり上げ、血を吐きながらの訴えに、共に走る一団が押し黙る。足元の水溜まりを蹴りつけ、先頭の男は枯れた瞳でつぶやいた。
「だからって諦めたら終わりだろう。戦えるのは、俺達だけだ」
 仲間からの返答は無い。重い沈黙にのしかかられつつ、彼らは雨の街を駆け抜けた。


「クリスマスより失伝者救出が大事……お正月より失伝者救出が大事……」
 クマの浮いた目でぶつぶつ呟きながら、跳鹿・穫は資料を手にした。
 過日、ケルベロス側の勝利に終わった寓話六塔戦争において、救出できた失伝者達より救出できなかった失伝者達の情報を入手。この情報とヘリオライダーの予知の合わせ技を使った結果、残る失伝者達の居場所が特定できたのだ。
 彼らの居場所は、寓話六塔の一角『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースの内部。このワイルドスペースは捕らえた者を『大侵略期に生きた失伝者その人』であると『誤認』させ、当時の悲劇を繰り返し再現する機能を持っている。
 失伝者の力は重い代償を要求するが、ケルベロスのそれほど強くはない。囚われた人々は自分達の力ではどうしようもない悲劇を何度も追体験させられており、心が折れ始めているようだ。このまま放置すれば彼らの心は闇に堕ち、ドリームイーター配下のケルベロスとなってしまうだろう。
 解決法はただ一つ。このワイルドスペースに突入して悲劇を阻止し、人々に希望を与えた上で脱出させること。それを皆にやってもらいたい。
 今回のワイルドスペース内部に閉じ込められているのは、ワイルドブリンガーの系譜に連なる者が五名。中では『侵略黎明期、半ば廃墟と化した街で人間狩りに勤しむオークに絶望的な戦いを挑む』夢が繰り返されており、オークの残霊が十体のさばっている。
 オークも人間狩りに遭った一般人も残霊、あくまで幻ではあるものの、ワイルドスペースの誤認を受けたワイルドブリンガー達にとっては本当のこと。デウスエクスに対して力及ばず、物資の困窮もあって一般人の救護もままならない状況だったようだ。無力感に打ちひしがれかけ、諦める寸前の彼らに希望を灯したいならば、残霊のオークを全滅させて一般人を一人残らず救出する他無い。
 ただ、このワイルドスペースは、失伝者のみ出入りができる特殊仕様。そのため、作戦に参加できるのは、失伝ジョブに目覚めたケルベロスだけとなる。幸いにして相手は残霊。本物ほど強くないので、覚醒したばかりの者でも十分に勝機はある。
「えー、最後になるけど……このワイルドスペースの誤認機能はケルベロスになった失伝者のみんなにも効果があるんだよね。だから、長時間は止まれない。作戦が終わったら、ワイルドスペースに飲まれる撤退してきて。……みんなの初陣に、武運がありますように」


参加者
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
刀崎・薊(へっぽこ退魔忍・e44260)
田中・レッドキャップ(血塗れ朱帽子・e44402)
オーズ・ユースティティア(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44421)
クリストファー・フローリア(オラトリオのゴットパパ・e44453)
ガスト・ドライブ(レプリカントの妖剣士・e44577)
御囲・気吹(ドワーフのゴッドペインター・e44586)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ

「うッ!」
 コンクリート壁に打ちつけられた少年が床に突っ伏す。閉じかける目を必死で開いた彼の視界に、倒れたローブの男と彼に暴行を働く傷だらけオークが映った。
「ハァーッ……ナメた真似しやがってクソがァッ!」
「ぐぁはッ!」
 腹を蹴られ血を吐く男に、オークは濁った瞳を怒りに燃やし連続ストンプ!
「どうしてくれんだッ! せっかくのお楽しみがよォーッ! あァッ!?」
 丸太めいた踏み付けが足を潰し、肩を砕き、顎を蹴る。打撃音に混ざる苦悶の声。目を怒りに燃やしたオークが男の心臓を狙った瞬間、触手の生えた背に刃が突き刺さった。肩越しに振り返った豚を、腕を刀に変えた少年が真っ直ぐにらみつけていた。
「や……やめろッ……!」
 直後、少年は触手に捕われ上下逆さに釣り上げられる。その脳天がハンマーじみて地面に叩きつけられる! 数度繰り返し打ちつけたのち、オークは血みどろになった少年をにらむ。
「ムカつくクソガキが……脳みそブチまけたあと手足千切って女の前でファックしてやる!」
 少年を捕らえた触手が上がりしなった瞬間、その横顔に飛び蹴りがめり込んだ! ガスト・ドライブ(レプリカントの妖剣士・e44577)は蹴り足に力を込める!
「ブガッ……!?」
「吹っ飛べッ!」
 足が蒸気を噴出し、オークを弾丸めいた速度で蹴り飛ばす! 着地したガストの後方、葉巻をくわえて降り立ったヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)が溜め息じみて紫煙を吐いた。
「おいガスト。一人で突っ走っていくな。追いつけねえ」
「悪いな。だが間に合った」
「まあな。……ん?」
 ふと、ヴィクトルは薄汚れたコートの腕を見下ろした。血みどろで横たわるローブの男が鬼気迫る表情で袖口をつかみ、荒い呼吸を繰り返す。
「なあ、あんた達……誰だか知らないが、あいつらの仲間じゃないんだろう……?」
 ヴィクトルの目が葉巻の先に向けられる。
「ああ、そうだな」
「なら、早く逃げた方がいい。今のを聞きつけた奴らが来るぞ……」
「それでいいんだよ」
「……何?」
 男の腕が横から取られ、そっとコートの袖から外される。水に溶けた墨汁めいて黒い瘴気をまとったベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)は穏やかに微笑むと、男の手を優しく握った。瘴気が腕を伝って男に流れ、胴体に達し、傷口をふさぐ。その時、ガストに蹴られたオークが復帰し、天に怒りの叫びを上げた。
「なんだってンだよクソがァアアアアッ! グアアアアアアアアアアッ!」
 長い咆哮が曇天に響き木霊する。突風に巻き上がる粉コンクリートの粉塵。うっすら灰色に染まるオークの後ろに、十体近いオークが進み出てくる。下卑た嘲笑を浮かべる彼らの触手には、ぐったりとした女性達。現れたうち一匹がボロボロのオークの肩をひっぱたく。
「あンだぁ? 激しくお楽しみだったのかァ?」
「うるせえ!」
 ツバと一緒に吐き捨てる豚のそばで、押し殺した笑いが起こる。ギラギラ輝くオークの目線がベルローズに絡みついた。
「見ろよ、新しい女いるぜ。なんか黒ェけど」
「男殺して肉にして……ブヒヒ! あれは誰のモンにする!?」
「決まってんだろ」
 会話が途切れ、オークが一斉に身を低くする。足の筋肉が膨張!
「早い者勝ちだ」
 直後、十体同時に飛び出した。地鳴りを轟かせて迫る豚の群れを前に男は覚束ない足取りで立ち上がる。
「まずい、早く……ぐっ!」
 揺らぐ彼を支えるベルローズ。先頭のオークは触手で背後の地面を打って跳躍、脂ぎった手を伸ばす!
「ブヒヒヒヒヒ! いっただきィーッ!」
 その時である! 曇り空が銀色に光り、雲を貫いた巨大流星が突出したオークを押し潰した。アスファルトが砕け散り、様々なカラーインクの飛沫が四散。爆心地を覆い隠した粒子の中から、どもり気味の声が飛び出す。
「そ、そこまでです……これ以上は許しませんっ!」
 銀粒子の霧の内から虹の光があふれ出す。堂々たる中年の声。
「この世界、まさしく絶望塗れの絵空事! 悪しき虚飾の夢舞台!」
「さぁ、もう悲劇は閉幕だ。ここから先は、夜明けを告げる舞踏の時間」
「散々繰り返された悪夢のループ。その流れ、俺達が全部塗り変える! 援軍のお出ましだぜ!」
 ハスキーボイス、決然たる声とともに霧が渦巻き、竜巻と化して破裂した。カラーペイントをぶちまけた地面の真上には、竜型の光をまとわりつかせたオーズ・ユースティティア(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44421)。金と黒の燕尾服を着、複数の浮遊風景画に囲まれたクリストファー・フローリア(オラトリオのゴットパパ・e44453)。豪奢なワインレッドレオタード上に、コウモリめいた翼を生やした真紅のマントを羽織った田中・レッドキャップ(血塗れ朱帽子・e44402)。カートゥーンめいた巨大な骸骨海賊のパイレーツハットに立った御囲・気吹(ドワーフのゴッドペインター・e44586)。身長の倍近い大きさの強化外骨格を装着した刀崎・薊(へっぽこ退魔忍・e44260)はオークに刀を突きつけた。
「拙者等、地獄の番犬ケルベロス! 魔性を滅ぼす勇者也!」
 仲間の背後で気吹が投げ落としたバックパックをキャッチするベルローズの隣で、ヴィクトルは苦笑しつつ煙を吐き出す。
「大それた即興劇だな? クリス」
「ハッハッハ! 遅れてすまないねえヴィクトル君! まぁヒーローは遅れてやってくるものだ。許してくれたまえ!」
 陽気に笑うクリストファーをよそに、ベルローズがローブの男にバックパックを押しつける。
「あれの相手は私達が引き受けます。皆さんは女性の護衛と避難を」
「ま、待て。あんたらはどうする?」
「こっちは任せろ!」
 気吹は海賊の頭上からサムズアップ。肩越しに笑顔を見せた。
「あいつらは俺達でぶっ飛ばす。だから、戦えない人を助けてやってくれ!」
「あの、突然ごめんなさい……でも、どうしてもあなたたちを助けたくて……」
 上目遣いのオーズと数秒視線を交わし、ローブの男は身をひるがえした。少年を抱え上げて廃屋へ。同時に、立ち止まっていたオークの一匹が地を踏みしめた。
「お別れは済んだか? ヒーロー様方」
 喉を鳴らして笑う豚達は自由な触手をうごめかせ、唾液を垂らす。
「ブヒヒヒヒ……なかなかどうしてイイのがいるぜ……悪かァねえ」
 薊はパワードスーツの手の平を上向け、無表情で手招きをする。
「拙者等を倒せたら、この身を好きにしてもよかろう。まあ、貴様等外道畜生には到底できないでござろうがな!」
「言いやがるぜ……オレはなァ」
 オークの一匹が足に力を入れてジェットスタート! 触手が一斉に薊へ伸びる!
「テメーみてーな生意気な女をファックすんのが大好きなんだよォーッ!」
 構える薊の前にオーズが割り込む。襲いかかる触手を前にした彼女は瞬時に土下座じみた姿勢を取った。両手両膝が光輝く!
「すみませんごめんなさいこの通りですから! 許してくださいっ!」
 オーズの足元に光の円が広がり縁からエネルギーを噴水めいて噴射した。直撃を食らい宙を舞うオークを合図に気吹の巨大海賊が海賊刀を振り回す! 遅れてスタートしたオークの群れに横薙ぎ一閃が炸裂し、剣閃から大量のインクが爆発! まとめてノックバックする豚達にクリストファーとレッドキャップが迫った。
「さあて、では始めるとしよう!」
「蹂躙しよっか。一匹ずつ……愛してあげる!」
 空を裂くように絵筆を振るうクリストファー。光線じみて一直線に伸びた銀色の架け橋の上をギロチンに似た処刑斧を振り上げて疾走! 体勢を立て直したオーク二体が伸ばした触手を細切れにして着地、一匹の零距離まで踏み込んだ。
「ブヒ……!?」
「えへっ」
 驚愕する豚に舌をちろりと出して笑いかけ、目を見開く豚の首に右手の処刑斧を叩き込む!
「あなたのッ! とっても固くて! 太いッ!」
「あッ、がッ!」
 苦悶する豚の頭を左手でつかみ、可憐にウィンク。
「けど大丈夫。絶対に堕としてあげるからっ」
 刃をねじ入れ無理矢理首を引き千切る! 噴き出した鮮血を全身に浴び恍惚とした表情を浮かべる彼の背後でヴィクトルは紫煙を吐いた。不気味なケタケタ笑いとともにネズミ獣人の亡霊二体が現れオーク達の足元めがけ手の平から水晶玉を連射! 着弾とともに爆裂したエネルギーが斬り裂かれ、一瞬にして女性達を捕らえた触手がバラバラに。オーク達の背後に抜けたガストは振り向いて跳躍、女性二人をキャッチした。
「薊ィ!」
「応ッ!」
 外骨格のジェットエンジンをうならせ薊はガストを追うオークの群れに特攻! コマめいて回転し数匹を血飛沫とともに跳ね飛ばした。
「ヒャッハーッ! 屠殺でござる!」
 外骨格の腕から刀が現れ、大振りの斬撃を見舞った。隙間を抜けたローブの一団が女性達をかっさらって路地裏へ駆ける。そちらに気づいたオーク二体が目を血走らせて触手を伸長!
「待ちやがれェ! オレの女ァ!」
「おっと君達こそ待ちたまえ!」
 触手の前に複数の風景画がタイルのように並んで壁となり、全弾防御。横並びになったオーク二体の背後を取ったクリストファーは絵筆をV字に走らせ銀の絵の具を塗りつける。前につんのめった二体は怒りの形相で振り向いた。
「……おや、ぐほぉッ!」
 燕尾服の腹にオークのダブルパンチが命中! 体を折ったクリストファーをオーク達の触手と拳とキックが襲う。
「邪魔すしてんじゃねえぞクソがァッ!」
「やめてくださいごめんなさい!」
 オーズのドロップキックが片方を蹴り、もう片方を光線で打ち払う。ベルローズが両手を地面につくと同時にクリスを黒い瘴気が包み込んだ。直後に二体分の触手がオーズを拘束! 青ざめるオーズの目が怒りに燃える豚の視線とかち合った。
「ひっ……!」
「ガストさん!」
「了解だ! 気吹、飛ばすぞ!」
 ベルローズの声を受けたガストは蒸気を噴出しながら肉迫し、触手を斬って高速ダッシュキックで二体まとめてふっ飛ばす! 飛来した彼らをすくい上げるように海賊刀を振るって打ち上げた巨大海賊の頭上、気吹のランドセルからコミカルなゴーストが出現! 気吹は宙の豚を真っ直ぐ指差した。
「撃てッ!」
 ゴーストの水鉄砲がインクを噴き出し二体のオークを塗り潰す。その時、突如巨大海賊がバランスを崩す。巨体全体に触手を巻きつけた一体のオークが海賊を激しく揺さぶった。
「調子こいてんじゃねぞオラァッ!」
「っ……!」
 ハットにしがみついた気吹の頭上、インクまみれの二匹が落下し彼ごと落ちる! 落下したオーク二体と海賊を揺らした一体が気吹を向いたその時、ベルローズの瘴気から飛び出した黒い鎖が三体の足元に突き立ち地面ごと三匹を瞬間凍結。赤く上気した頬と潤んだ瞳のレッドキャップと拳を握ったヴィクトルが素早く接近!
「大丈夫だから。すぐに済むから。だから……あなたの中に入れさせて?」
「You vill not vin! フンッ!」
 処刑斧と鉄拳が三匹を破壊! 氷像のひと欠片を口に含んだレッドキャップの隣、ヴィクトルが振り返る。そこには二体のオークが並び立ち、触手と腕でそれぞれ人を締め上げていた。気絶した女性を抱えたローブの少年。二人の首にあてがった腕に力を込めつつ、二体は唾を飛ばして喚いた。
「動くんじゃねえ! こいつを死なせたくなきゃあ大人しくしてろ……!」
「女と、こいつの仲間を連れて来いッ! 全員だ! それと交換で解放してやるッ!」
「…………!」
 ベルローズの目が鋭く光り、二体の背後に黒い瘴気が間欠泉めいて噴き上がる! 飛び出す複数の浮遊風景画、遅れて筆を手にしたクリストファー。クリスはローブの少年を見下ろし、絵筆を手に取る。
「少年よ。絶望に塗れた絵空事の世界は、この私が塗り潰そう! 見たまえ! これが希望! まさに芸術というものだッ!」
 銀色が塗られた浮遊風景画から大量の銀の針が放たれる! それらは触手を貫き削り傷つけて切断し、オーク達に突き立っていく。千切れた触手から解き放たれる二人を烈風がかっさらう。近くの屋上に二人を連れて出現したガストの号令!
「やってくれッ!」
 直後に二体の胸を腕が貫通。心臓を握りしめたレッドキャップは妖しく笑う。
「あなたのココ、大きいのね? ふふ、ドクンドクンしてるかわいい」
 両腕を一度に引き抜き心臓を握り潰す。顔に大量の血液を打ちつけて跳び下がるクリストファーとレッドキャップ。穴の開いたサボテンじみた様相の二体の周囲を分身した薊が取り囲む。刀に映り込む、大量の血を流すオーク達!
「括目して見よ! 我が忌まわしき宿業の元に汝を斬殺せん! さらばだ、我が最愛にして憎悪すべき魔性よ。咲き誇れ、曼珠沙華!」
 薊の分身が交錯。次の瞬間、オーク二体が血の華と化して四散した。


「ケルベロス……?」
「ん。いちから話すと長いんだけどな」
 適当な廃屋の内部。ローブの一団を前に気吹がうなずく。広げた非常食をつまみつつ手早い説明を聞いたローブの少年は、自分を膝に乗せた薊を見上げる。
「じゃあ、姉ちゃん達ってめっちゃ強い人?」
「強いのはお主等もでござる。逆境の中、折れずによく頑張られた……」
 優しい微笑みを浮かべ、ローブ越しに頭をなでる。
「ともあれ、君達は解かれたのだ……これまで良く頑張ったね。戦いに傷ついた心を癒せるのは芸術だけ。これを……」
 クリストファーの肩をヴィクトルがつかむ。
「脱出が先だ。外で渡せ」
「……むぅ、それもそうか」
 渋々と絵画を収めたクリスの隣でヴィクトルはくゆる葉巻の煙をみながらつぶやいた。
「ま、なんだ。要するに、お前さん達の現実はこんな所じゃあないってことだ。外に出りゃ、ちっとは未来も希望もあるさ。……お前さん達を待ってる奴らも、大勢いるしな。出れるか」
「出来てるぜ。ていうか早く出ようぜ。こいつももう限界っぽくて……」
 レッドキャップを背負ったガストが呆れ気味に言う。黒鉄の背中でレッドキャップは蚊の鳴くような声で訴えた。
「き、気持ち悪い……ナマ豚は……だめかぁ」
「当たり前だろ。背中で吐くなよ?」
 溜め息を吐くガストをよそに、非常食をたたむ気吹がふと、顔を上げた。
「そういや、ベルローズは?」
「……ここに」
 小さな声とともに、ベルローズが廃屋に入った。血の気の失せた顔で、足取りも覚束ない。少年を背負った薊が彼女の顔をのぞき込む。
「顔色悪いでござるな。良ければ背負うでござるが」
「いえ、大丈夫です。なんでもありませんから……」
 二人を横目に、オーズは目線を泳がせる。
「あの、すみません。厚かましいようですが……よければ、一緒に……」
「頼む。いい加減、くたくたでな」
「決まりだね」
 うなずいたローブの一人に、クリストファーは大仰に両手を広げた。
「では諸君! もはやここに用はない! いざ、我が家へ!」

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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