失伝救出~霧と蒸気に沈む街

作者:犬塚ひなこ

●霧と血と絶望と
 ガス灯の燈火がぼんやりと街を照らす。
 濃い霧に包まれた煉瓦通りはそれでも視界が不明瞭で、一寸先もよく見えない。だが、そのような路をまるで自分の庭のように駆ける少年達が居た。
 彼等は薄汚れた軽装の腕に機械仕掛けの装備を纏っている。その腕には食料品が抱えられており、片方の少年は満足気に笑った。
「へへっ、楽勝だな」
「ソーセージに瓶詰めに、今日はパンも盗って来れたぜ!」
「これで腹を空かせた皆も喜ぶだろーな。……おっと気を付けろ、追手の機械兵だ!」
 彼らはダモクレスが闊歩する街の地下に隠れ住むガジェッティア達。今日の食糧調達班である二人の少年は追手を掻い潜りながら隠れ家を目指す。
 何とか機械兵から逃れ、隠れ家の入口であるマンホールを潜った少年達はハイタッチを交わした。
 だが、二人は妙な物音が響いてきたことに気付いてはっとする。顔を見合わせた少年達は急いで水路奥の隠れ家に駆けつけた。すると、其処には――。
「みんな……!?」
「オヤ、未ダ鼠ガ残ってイタカ」
 隠れ家は無残に破壊され、周囲には壊されたゴーレムや皆で作った機械の破片が転がっていた。その中心には鎧兵士の姿をしたダモクレスが立っている。
 何よりも、その手には死した仲間の首が提げられていた。滴る血が地下道を濡らす様を青褪めた顔で見つめ、少年達は食料品を取り落とす。隠れ家で待っていた仲間は全滅。今や自分達の命すら危ない。
 そして、機械兵が立ち竦む少年達に近付こうとした瞬間。
「安心シロ、すぐにお前タチも仲間と同じヨウに殺してヤル」
「――逃げるぞ! 来い!」
 片方の少年がもうひとりの手を取って一目散に駆け出した。機械兵達は彼らを一瞥しただけで急いで追い掛けることはせず、その場の死体を見下ろす。その様はまるでいつでも彼らを殺せるという余裕をもっているかのようだった。

 やがて、少年達は地下水路の片隅に身を隠す。
 膝を抱えた少年は震え、止め処なく溢れる涙を拭いながら嗚咽を零した。
「畜生。こんなとき、あの人達がいてくれたら……」
 そのとき彼は自然と或る存在を思い出していた。だが、すぐにそれが誰であったのか忘れてしまい、不思議な感覚をおぼえる。悲しみと違和感、そして恐怖。負の感情に囚われた少年達には今、じわじわと絶望が迫っていた。

●機械兵とガジェッティア
 寓話六塔戦争の勝利。
 それによって囚われていた失伝ジョブを持つ者達が救出され、更に救出できなかった者の情報が得られた。イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は現状を説明し、新たな予知が視えたと話す。
「どうやら、失伝ジョブの人々は『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められていて、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返させられているようです」
 これは彼らを絶望に染めて反逆ケルベロスとする為の作戦だったのだろう。
 しかし寓話六塔戦争に勝利した結果、ワイルドスペースに乗り込むことができるようになった。内部で繰り返されている悲劇を消し去って欲しいと告げ、イマジネイターは真剣な眼差しを仲間達に向けた。
 件の空間は失伝ジョブの人々以外の人間は出入りする事が不可能だ。その為、この作戦に参加できるのは失伝ジョブを持つ者だけとなる。
「敵はガジェッティアの拠点を襲撃したダモクレス部隊です。残霊なのでケルベロスになったばかりの皆さんでも倒すことが出来ます。ですが……」
 今回の目的は囚われているガジェッティア達に希望を与え、其処から救出すること。
 ただ敵を倒しただけでは彼らの絶望を晴らすことはできない。救出対象の少年達に自分達と機械兵の戦闘を直接見せなければ希望は齎されないだろう。
「救出対象は二人の少年です。戦いをかなり長引かせて彼らが戻ってくるのを待つか、或いは何人かが先にガジェッティア達に合流して、素早く拠点に連れてくる必要があります」
 そして、ケルベロスがダモクレスに打ち勝つ力を見せてやればいい。
 残念ながら襲われて死した仲間も残霊だ。襲撃を止めることはできないが、生きている少年達は救える。その為にどうか力を貸して欲しいとイマジネイターは願った。
「それから……ワイルドスペース内に長く居ると、閉じ込められている人々と同様に皆さんも空間に飲まれて洗脳される可能性があります。戦闘終了後は速やかに撤退してください」
 叶うならば、ガジェッティア達と一緒に。
 そんな未来が訪れることを信じていると伝え、イマジネイターは静かに目を細めた。


参加者
一二三・睦(小夜逐い・e44074)
ルフィア・シーカー(シャドウエルフのガジェッティア・e44075)
眠姫・こまり(矛盾した眠り姫・e44147)
舘脇・アオイ(月暈の剣士・e44234)
千種・侑(冥漠の碧天・e44258)
崎守・蒼銅(妖剣鍛士・e44271)
アティテイル・クロゥクシゥ(地底のそこぬけ少女・e44294)
フルルズン・イスルーン(フルルン滞在記・e44361)

■リプレイ

●希望と絶望
 薄暗い地下水路を歩み、先を目指す。
 大侵略期の悲劇を繰り返しているという空間内にて、フルルズン・イスルーン(フルルン滞在記・e44361)はきょろきょろと辺りを見渡す。
「うーん変わったところだねぇ」
 何か良いものあるかな、と呟くフルルズンは傍として首を振った。
 すぐ先には悪しき気配が感じられる。一二三・睦(小夜逐い・e44074)は其処こそがガジェッティアの拠点であり、ダモクレスに襲撃された場所だと察した。
「同胞がワイルドスペースに囚われているのなら救ってやらねば。何としても反逆ケルベロスなんかにはさせてたまるか!」
 行くぞ、と皆を誘って駆けた睦に続き、千種・侑(冥漠の碧天・e44258)が戦場となる一角へと向かう。がんばるね、とそっと意気込んだ侑は小さな拳を握った。
「ぼくは、ケルベロスのひとに助けてもらったから」
 おなじようにみんなを助けたい。
 そう願う少年は仲間と共に現場に踏み込む。舘脇・アオイ(月暈の剣士・e44234)は三体のダモクレスを確認し、挑発めいた言葉を向けた。だが――。
「あら、ポンコツのお出ましね。でも……これは酷いわね」
 其処に広がっていたのは血と死の匂いに満ちた凄惨な光景だった。
 斬り落とされた少女の首、苦しんだ表情のまま息絶えたらしき少年達の亡骸。血溜まりの中に立つダモクレス達を睨み付け、アティテイル・クロゥクシゥ(地底のそこぬけ少女・e44294)は首を横に振った。
「わあわあ、何てことを……! こんなのってないです!」
 このダモクレスも死した少年少女もすべてが残霊だ。だが、許せるものではないと感じたアティテイルは掌を握り締めた。救出すべき少年達もこの光景を見て逃げるしかなかったのだと思うと心が痛んだ。
 そんな中、機械兵達も此方に気付いて戦闘態勢を整えた。
「鼠が増えたカ。お前タチも排除シテヤロウ」
 睦とフルルズンは身構え、侑も気をしっかりと持つ。
 そして、ケルベロスとダモクレス達の視線が交差した瞬間、戦いの幕があがった。

 同じ頃、救出対象の元に向かう者達が居た。
 ルフィア・シーカー(シャドウエルフのガジェッティア・e44075)は水路の片隅で震えている少年達を発見し、手を差し伸べながら声をかけた。
「待たせたな、助けに来たぞ」
「……誰だ?」
「貴様らもガジェットを使うのだろう? 私も同じ、ガジェッティアだ」
 訝しげな少年に対し、ルフィアは宝石型のコアを装填した銃型ガジェットを見せる。それによって彼らの警戒は解けた。此方を仲間だと感じたらしき少年達だが、その表情には不安と絶望が垣間見える。
 眠姫・こまり(矛盾した眠り姫・e44147)は茫洋とした瞳を向け、戦場になっているであろう拠点の方向を指さした。
「わたし達があの敵をやっつける……よ? だから一緒に行こう……?」
「いや、でも……」
 怯えに支配されている少年は首を縦に振ろうとしない。崎守・蒼銅(妖剣鍛士・e44271)は致し方ないことだと感じながらも思いを語る。
「僕、も。はじめは喰霊刀と、向き合うことだけしか、出来ませんでした」
 だが、今、助けてくれた人達と遠いながらも同じ場所に立って、こうして少年達を助けに来た。だからこそ助けに来たのだと告げる蒼銅は真っ直ぐな眼差しを向けている。
 こまりも彼らを見つめ、懸命に呼び掛けていく。
「希望はある……よ? わたし達が希望……」
「……仲間の仇を、討てるのか?」
 すると片方の少年が顔をあげた。ルフィアは勿論だと告げ、身を翻した。
「付いてこい、今こそ反抗の時だ」
「急いで、下さい。もっと大切な物を、喪ってしまう、前に」
「分かった……行くぜ」
 蒼銅も皆を誘って戦場に続く道を示す。少年達が立ち上がったことを確認したこまりはちいさく頷いた。
 そうして――番犬達は救う為の戦いに続く一歩を踏み出した。

●戦いの行方
 機械兵とケルベロスの攻防が巡る戦場は闘いの熱が宿っていた。
 敵は自分達だけでも倒せる相手ではあるが、救出対象の少年達と共に倒すのが今回の目的だ。ダモクレス達は容赦なく弾丸を放つが、番犬達は護りに入っていた。
「まっててね、すぐカイフクするから」
 侑は痛みを受けた仲間を支えるべく、刀が宿す魂を癒しの力に変えた。
 その間にアオイと睦は周囲の様子を窺い、フルルズンも治療用小型機を飛ばして援護にまわってゆく。
 アティテイルは攻撃を仕掛けているが、それも敵を牽制する目的だけのものだ。
「どーん! っといきますよ。でも、まだまだ倒してあげません。だって――」
 氷の一閃を放ったアティテイルは気配を感じ、にこりと笑む。
 すると背後から幾つもの足音が聞こえて来た。
「みんな、大丈夫……? ふたりを連れて来た……よ」
 駆け付けたこまりが戦闘中の仲間達に声をかけ、自分よりも大きな竜槌を構えながら臨戦態勢を取る。その後ろには件の少年達が見え、フルルズンはやっときたね、と笑みを浮かべた。
「さて、おねーさんの良い所バッチリ見せてあげようか!」
「我々ケルベロスと共にいればもう大丈夫だ! さあ、一緒に戦うのであれば正義の味方として共に敵を倒そうではないか」
 睦は高らかに宣言し、理力を込めた星の力を顕現させる。
 戦場を彩る星で少年達を勇気付けようと狙った一閃は見事に敵を穿った。蒼銅も刃を構え、少し戸惑う様子の彼らに声をかける。
「力は、出来る限り、お貸しします。僕らは、その為に、来ました」
 そして、蒼銅は絶対零度の手榴弾を解き放った。此処からが本番、つまりは敵討ちの始まりだと示した蒼銅は喰霊刀を握り、鋭い眼差しを敵に差し向けた。
「水と温度を支配する事の意味を教えてやるのだ! ふははは!」
 フルルズンもここぞばかりに氷結ストロングくんと名付けた手榴弾を投げ放つ。絶対零度の氷嵐となった衝撃は戦場を包み、手痛い衝撃を敵に与えた。
 ルフィアも身構え、己のガジェットにカイヤナイトを装填する。
「我らの戦い、目に焼き付けておけ」
 魔力を宿した銃から解き放たれるのは氷の弾丸。ルフィアのガジェット捌きを見た少年達は意を決し、其々に武器を構えた。魔導石化弾が放たれていく中、アオイはさらりと髪をかきあげる。
 そして、双眸を緩く細めたアオイは呪詛の力を刀に巡らせた。上段に構え一瞬だけ力を溜めた彼女はひといきに刃を敵に向けて斬り下ろす。
「裏剣・呪吼閃……はっ!」
「みんなで、全力でテキをたおそう」
 華麗な斬撃が機械兵を斬り裂く様を見つめ、侑は決意を口にした。
 自分の役目は誰も倒れさせないこと。ダモクレス達がミサイルを発射してくる攻撃に対し、侑は死霊魔法を紡ぐ。此処で行われた惨劇の記憶から抽出された魔力は癒しに変わり、仲間達の傷を塞いでいった。
 もう何も遠慮はいらない。そう感じた睦は縛霊手を大きく掲げた。
「小官達の力、思い知るといい!」
 睦の言葉と共に勢いよく光弾が発射され、機械兵を貫く。睦にとって、同じ力を持つ人達が敵に利用されようとしていることが我慢ならなかった。
「エラー発生、エラー……――」
 強い思いが込められた一閃は強く巡り、一体目のダモクレスを打ち倒す。
「やったやったー! 次もどんどんいきましょう!」
 アティテイルはぴょこんと飛び、残る二体の敵へ視線を移した。そして、ちいさな身体で敵の間を縫うように駆けたアティテイルは烈しい地裂の一撃を見舞う。
 其処にこまりが続き、赤く染まった翼を広げた。
「必ず助け出してみせる……よ? わたしと同じ思いは嫌、だから……ね」
 小さく呟き、こまりが放つのは禁呪禍術の矛盾。
 漆黒の焔が地を駆け、機械兵を追い詰めていくかのように迫る。負による負の破壊の力は迸り、対象の力を大きく奪い取った。
 蒼銅も攻撃の機を見出し、呪怨の刃を振りかざす。
「『俺の錆になるにゃ、てめぇは斬り甲斐がねぇ、ってな』」
 先程までとは打って変わった激しい言葉を紡いだ蒼銅は一瞬で敵に肉薄した。美しい軌跡を描く斬撃はまるで月の煌めきを宿すが如く機械兵を斬り裂く。
 アオイも敵を狙って己の力を解放した。
「父さんと同じようには出来ないけど……それでも!」
 強い意志を抱いたアオイは速さの限界を超えた動きで駆ける。あまりの速さに一瞬だけ彼女が四人に分身したかのような光景が見えた。そして、鋭い追撃は二体目のダモクレスを弱らせた。
 ルフィアは次で決めると誓い、地面を強く蹴り上げる。
「しかし、ワイルドスペースか。あまり好き好んで居たい場所ではないな」
 周囲は異空間。洗脳の力もあるのか、ルフィアは脳が揺さぶられるような感覚をおぼえた。そして、ルフィアは流星を思わせる蹴撃を敵に見舞った。
 それによって二体目の機械兵が倒れ、地に伏す。
「すごいな! ケルベロスってのはかなり強いんだな」
「そうだな。でも、俺はずっと前から知ってた気がするんだ」
 するとガジェッティアの少年達が首を傾げる。フルルズンは洗脳が解けかけているのだと察し、うんうん、と頷いた。
「詳しいことはあとで! 今はみんなで最後の一体を倒そうか!」
 おねーさんに任せて、と胸を張ったフルルズンは動力装甲から魔導金属片を含んだ蒸気を解放した。堅牢な防御となったそれは実に頼もしい。そう感じたアオイは中指で眼鏡のブリッジを上げ、戦況を窺った。
 フルルズンに続いてこまりが竜槌を振り下ろし、蒼銅も刃で斬りかかってゆく。
「負けない……よ?」
「『鉄屑共、すぐに解体してやるから覚悟しておけ』」
 重い衝撃と対象の魂を啜る一閃が重なり、ダモクレスは体勢を崩した。
「そろそろ終わりにしようではないか!」
「えへへ、絶好調のまま勝ちますよ!」
 睦は己が抱く呪いの力を敵に向け、アティテイルは戦言葉を紡ぐ。侑はそんな仲間達に信頼を抱き、唇を引き結んだ。
「ぼくはまだ小さくて、力もないけど……」
 ――あのひとたちのわるいユメを、晴らしてあげられたらいい。
 真っ直ぐに抱いた思いと共に侑は掌を高く掲げる。そして、其処から広がった輝く粒子は勝利を導く光のように宙に舞った。

●倒すべきもの
「小癪ナ、鼠共ガ……」
 敵は疲弊しきり、最早脅威ではなくなった。
 睦は共に戦う少年達に視線を送り、ルフィアも目配せで以てトドメの時を報せる。
 フルルズンは今こそ全力を尽くす瞬間だと悟り、ルーンが刻まれた筒状の装置を装備に増設していった。
「セットデバイス、オープンコード――『ハガル』!」
 自信に満ちた高らかな声と同時に砲塔部分から冷気と雹の礫がばら撒かれていく。容赦のないそれらは敵を貫き、機械鎧を傷付けていった。こまりは其処に隙を見出し、赤く光る翼を広げてゆく。
「みんな、いく……よ」
「――迅雷颶風閃!」
 突撃するこまりの呼び掛けに応える形でアオイが駆け、怒涛の連撃を叩き込んだ。侑も仲間達に続き、攻勢に入る。
 もう癒しは必要ない。今はただ終わりに向けて畳みかけるだけ。
「最後まで、イッショウケンメイがんばるよ」
「俺達だって!」
 侑の言葉にガジェッティア達が頷く。そして、無数の霊体を憑依させた侑は敵を汚染する鋭い一閃を浴びせかけた。
 蒼銅は抵抗すら出来ぬ敵を睨み付け、鬼哭の刃を見舞いに向かう。
「鬼哭、啾々。我が身が振るうは怨恨の刃」
 ――偽神に呪われし『偽神狩り』の、刃。
 詠唱とともに妖刀の殺意を解放した蒼銅は怨みの力を太刀に込めて放った。敵の鎧が無残に剥がれ落ち、機械部位があらわになる。
 アティテイルは今こそチャンスだと思い、指先を真っ直ぐに敵に向けた。
「おいでませ魔界のツタさん! ぎゅうっとからめてとらえてください!」
 宝石を媒介として発動された魔力はツタとなり、機械兵の足元を絡め取っていく。それによって動きが鈍った敵を見据え、ルフィアは銃を構えた。
 この偽りの世界を壊す為、発射された氷の弾丸が真正面から標的を貫く。
「そこで見ているといい。悪夢は、此処で終わりだ」
 おそらく、次の一撃で終わる。そう感じたルフィアは少年達に呼び掛け、フルルズンとアオイは仲間に終わりを託した。お願いね、と告げられた言葉に頷き、睦は解いた血染めの包帯を振るう。
「さあ、歌で動けなくしてやろう。一、二、三……」
 そして、数え唄が紡がれ終わった刹那。呪が戦場に広がり、戦いは終結した。

●新たな世界へ
「……俺達、勝ったんだな」
「ええ。これで仇は、討てた、はずです」
 少年達は壊れたダモクレス達を見下ろし、静かな勝利に噛み締めていた。戦いの熱を治めた蒼銅は静かに頷いて答える。だが、現場に転がっている仲間の亡骸への思いは上手く処理出来ていないようだ。
「つらいよね。でも、ホントウは……」
「ふたりに知って欲しいことが、ある……の」
 侑は意を決し、こまりも真実を伝えるべきだと考える。アオイは自分が話すと決めて一歩前に出る。
「残念だけど君達と一緒にいたのは残霊。つまり、この世界は偽物なの」
「そんな、でもあいつらとはずっと仲間だったんだ!」
「そうかもしれません。でも、よく考えてみてください」
 少年は頭を振ったが、アティテイルがやさしく諭してゆく。
 彼らが侵略期にいるはずのないケルベロスという存在を思い浮かべていたこと。そして、本当に番犬達が目の前にいること。
 すると少年達がはっとする。フルルズンは、そういうことだよ、と告げて異空間の出口に繋がる道を示した。
「ボク達と一緒にこの世界を出よう。ね?」
「あまり長居すると小官達も危ういらしいんだ。勿論、貴方達もだ」
 フルルズンが手を差し伸べ、睦も彼らを誘う。
 逡巡する少年達の様子に無理もないと感じたアオイは一度息を吐いてから、気を取り直してちいさな笑みを浮かべた。
「悲しみは抱いたままでいいわ。でも、これからは私達が君達と一緒にいるから。大丈夫、そう易々といなくなったりはしないわ」
 軽く片目を閉じたアオイの言葉に少年達は顔を見合わせる。そして――。
「残霊だったとしても死んだ仲間のことは大切だった。絶対に忘れない、けど……俺達はまだ生きていたい」
「うん、だから一緒に行くよ。外の世界に連れていって欲しい」
 二人は、助けてくれてありがとう、と礼を告げてケルベロス達の後に続いた。
 ルフィアは出口を目指しながら、少年達のガジェットに目を向ける。
「ふふふ、君たちのガジェット少し私に預けてみないか? いや少しだけほんの少しだけだから。な? な?」
 悪いようにはせん、と迫る彼女に少年達は少し困っている様子。
 和やかに変わっていく空気を感じ取りながら、蒼銅は薄く双眸を細めた。侑はそっと頷き、こまりとアティテイルも安堵を抱いた。
 そうしてケルベロス達は偽りの世界から脱出した。
 得たものはきっと、ちいさくとも確かな希望。新たな未来が今、此処から始まる。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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