失伝救出~灰色世界に彩りを

作者:犬塚ひなこ

●桜が咲く世界
 そのワイルドスペースでは『大侵略期の悲劇』が繰り返されていた。
 季節は春。桜の攻性植物に取り込まれた人々を前に、幾人かの能力者――ゴッドペインター達は戦いを繰り広げている。
「行くよ、すぷらーっしゅ!」
「みんな、笑顔を絶やさないで。楽しく色を塗ることだけを考えて戦おうっ!」
 桜が舞い散る戦場には色とりどりの塗料が広げられ、力を削られた攻性植物は徐々に弱ってくる。もうすぐ勝てるよ、と陽気に戦う者達は敵の止めを狙っていた。
 されどゴッドペインター達は知っている。
 桜に取り込まれてしまった人々は決して助けられないのだ、と――。
「うう……」
「被害者のことなんて構っちゃダメ! 倒せばもっと楽しい世界になるよ!」
 思わず顔を伏せた仲間の少年にリーダー格らしきゴッドペインターが声をかける。俯いた彼もそうだね、と顔をあげて笑顔を浮かべる。しかし、ふとした呟きが零れた。
「でも……こんな時、あの人達がいてくれたらデウスエクスなんて」
「あの人達って?」
「あれ、何だっけ。どうしてかもっと頼もしい誰かが居る気がして……」
「変なの。さあ、みんな! 気を取り直してトドメをさしていくよーっ!」
 少年が思い出していたのはケルベロスの存在なのだろう。だが、自分達が大侵略期の人間だと誤認させられ、云わば洗脳状態のゴッドペインター達はケルベロスをはっきりと思い出すことが出来ない。
 そして彼らは今日もまた、偽りの空間で戦い続ける。
 繰り返される悲劇。されど楽しむ心を忘れてはいけない宿命。見た目こそ色鮮やかに塗り広げられてはいるが、其処はまるで色のない世界のようなものだった。

●神の描き手
 先日行われた、寓話六塔戦争。
 その戦いによって囚われていた失伝ジョブの人達を救出が叶い、更に救出できなかった者達の情報が手に入った。おつかれさまでした、と皆に告げた雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は今回の依頼の説明を始める。
「実は……失伝ジョブの人たちは『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められているみたいなのでございます」
 其処で彼らは大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返させられているらしい。それは失伝ジョブの人々を絶望に染めて反逆ケルベロスとする為の作戦だったのだろう。だが、寓話六塔戦争に勝利した結果、彼らが絶望に染まる前に救出することが可能となった。
 急ぎワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇を消し去って閉じ込められた人々を連れ戻して欲しい。そう願ったリルリカはぺこりと頭を下げた。

 そして、リルリカは詳しい救出状況を語る。
「特殊なワイルドスペースの中はずっと春が続いています。桜が咲いていて、それが攻性植物になって、ゴッドペインターさん達が討伐を繰り返す……という世界なのです」
 囚われているのはリーダー格の少女が一人と、少年が三人。
 彼女達以外の被害者や攻性植物は全て残霊だ。それらは残霊であるがゆえに弱く、少女達でも倒せるほどの力しか持っていない。だが、被害者も残霊であることに気付けないゴッドペインター達は人を殺してしまう罪悪感とも戦っている。
 それでも力を保つには笑顔と楽しさを忘れてはいけない。苦しい状況にいる彼女達を一刻も早く救い、不条理な洗脳を解いてやるべきだ。
「ですが、その世界は失伝ジョブの人々以外の人間は出入りすることができないのです。だからこの作戦に参加できるのは同じ力を持つケルベロスだけです!」
 乗り込む空間は桜の森。
 ケルベロスが森に入ると、ちょうど森の攻性植物が集まって一体の強大な攻性植物になるところに遭遇できる。その場には四人のゴッドペインターがおり、取り込まれた十数名の被害者ごと敵を倒そうとしている。
「皆さまがすることはひとつです。攻性植物をヒールしながら撃破して、取り込まれた多くの人たちを助け出すことです」
 彼女達も最初は不信がるかもしれないが真摯に声をかけ、協力を願えば共闘してくれる。被害者を救える戦い方があるのだと分かればポンペリッサの洗脳も解けるだろう。
「ワイルドスペースの中の悲劇は、実際に起きた過去が残霊化したものみたいです。被害者の残霊を生き返らせることはできませんが……偽りでもいいのです、残霊さんも助けてあげてください」
 そうすればゴッドペインター達を絶望から救うことが出来る。
 敵を円満に撃破した後、彼女達を外の世界にひとりでも連れ出せば依頼は成功。新たな仲間を迎え入れられることにも繋がるだろう。
 そしてリルリカは、お願いします、と祈るように両手を重ねた。


参加者
パージ・ロッケンベルグ(えいえんのストリートボーイ・e44087)
遠野森・空(虹描き・e44142)
矢島・塗絵(神絵師・e44161)
潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)
幽舟・雪(騒人墨客・e44343)
ナノ・ナノナ(ナノなのなのナノナノナなの・e44360)
由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)
御厨・ラモン(ワールドパレット・e44367)

■リプレイ

●偽りの色彩
 其処は桜の花が舞い散る場所。
 淡く美しい色に染められた森には今、人々を取り込んだ攻性植物が蔓延っている。
「みんな、いくよ! 楽しく明るく倒しちゃおう!」
 巨大化した桜の樹を前に戦闘態勢を整えていたのは異空間に囚われたゴッドペインター達だ。彼女達は自分が大侵略期の人物だという洗脳にかかっている。
 相対する敵は残霊。
 助けられないと思い込まされている被害者達も同じ残霊だ。心を痛めながら人々ごと敵を倒さないけれならない。そんな状況でも明るく振る舞うゴッドペインター達の心は今、絶望と希望の狭間で揺れていた。
 そして、彼女達が巨大桜に攻撃を仕掛けようとした、そのとき――。
「助けに来たぜ!」
「正義の味方、ケルベロスここに参上」
 駆け付けた御厨・ラモン(ワールドパレット・e44367)と矢島・塗絵(神絵師・e44161)の声が戦場に凛と響き渡った。
「あなた達、誰?」
 ゴッドペインター達は予想外のことにきょとんとしている。由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)は現状を一瞥し、瞳に残霊達を映した。
「面白くない色だよね。こんな色じゃ、あんまりだよ」
「ナノ達が何者かとかそういう説明は後なのけど、とにかくナノ達は君達の味方でそしてあのヒト達を助けられるなの!」
 ナノ・ナノナ(ナノなのなのナノナノナなの・e44360)も自分達は協力しに来たのだと語り、被害者達を示す。パージ・ロッケンベルグ(えいえんのストリートボーイ・e44087)も真剣な眼差しを向けて語り掛けた。
「被害者を殺さず、デウスエクスだけを殺す方法があるんだ! だから、おれたちケルベロスの話を聞いてくれ!」
「ケルベロス……どこかで聞いたことがあるような」
 すると、パージの言葉に少年の一人が反応する。遠野森・空(虹描き・e44142)はそれを好都合だと感じて具体的な戦闘方法を告げていった。
「本当は殺したくなんかねぇんだろ。みんな殺さなくて済むんだ」
「無理に、笑おうとしないで下さい」
「……!」
 空に続けて幽舟・雪(騒人墨客・e44343)も癒しながら戦えばいいと伝え、ゴッドペインター達に真摯に意思を伝える。
 すると雪の言葉によって少女達の表情が一瞬だけ揺らいだ様子が見えた。
 そのとき、敵が花弁を散らして此方を攻撃してきた。
「わあっ!」
 狙われた少年が目を瞑った瞬間、すかさず潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)がその間に割り入る。一撃を肩代わりした煉児は大丈夫かと問い、痛みを堪えた。
「とりあえずだが、疲れてるんじゃないか? 身体じゃなくて、な」
 しかし、もう大丈夫。此処からは自分達が居ると拳を握った煉児に少女達は期待の眼差しを向け始めたようだ。
 ラモンは良い調子だと感じ、明るく笑ってみせる。
「辛い時には助けを呼びな。それが一番だろ?」
「そうそう。本当の楽しいを俺らが描いてあげるからさ、ね?」
「分かったよ。あなた達の……ケルベロスの力を信じてみる!」
 空が双眸を細めて問うと、少女は笑顔を浮かべて答えた。洗脳は未だ解けていないので番犬がなんたるものかは分かっていないだろう。だが、雪や京夜、パージやナノの姿勢を見ていれば信頼できる者達だということは理解できたはずだ。
「決まりね。さあ一緒にデウスエクスを倒して捕らわれてる皆を救い出すわよ」
 塗絵は改めて身構え、少年少女達と同じ方向を向く。
 正義のヒーローは困ってる人のいる場所には必ず駆け付ける。そして、悲しみを全て消し去るもの。番犬達が抱く意志は胸の裡に強く巡っていた。

●救うべきもの
 桜の攻性植物は此方を屠らんとして襲い来る。
 だが、ワイルドスペース内の敵はそれほど強くはないらしい。勢い余って殺してしまわぬように戦う術が必要だ。
「う~ん、この状況は面白くは無いよね」
 京夜は状況をしかと認識しながら首を横に振る。其処へ翼を広げた空が宙を翔け、鮮やかな虹を描いていく。
「ハレルヤ!」
 光の翼が描くのは煌めく色彩。虹の奔流を笑顔で振り撒く空は、光から生まれる痺れで以て敵の動きを制した。
 煉児も仲間に続き、己の前に光の盾を具現化させる。
「残霊だろうと何だろうと犠牲にしなくて済むならその方が良いな」
 此方の出方を見ているゴッドペインター達にはまだ残霊のことを伝えてもぴんと来ないだろう。そっと呟くだけに留めた煉児は敵を見据える。
「ねえ、ここからどうすればいいの?」
 リーダーの少女は僅かに戸惑い、様子を窺っていた。
 京夜は見ていて、と告げてから鎧型の御業を顕現させる。敵に癒しを施す彼の傍ら、塗絵はこうすればいいのだと教えた。
「大丈夫、全然問題ないわよ。ケルベロスは今までに幾度となく同じように捕らわれた人を救ってきたんだから」
 塗絵は自分達に倣って癒しを敵に向けるゴッドペインター達に励ましの言葉を掛けていく。実際には自分もケルベロスになって日が浅く、救ったのはもっと実力がある者達だ。しかし、今は塗絵達が救う立場。
 落書きの怪物が放たれる中、雪も力を紡ぐ。
「この力はそれが大切なのはわたしも知ってます。それでも……泣くのも、怒るのも、我慢しなくて良いんです。次に心から笑うためには、きっと」
 墨絵で空中に浮かぶ道を描いた雪は高く跳躍した。そして、滑るように道を滑走した彼女は容赦なく桜を攻撃していく。
 そこにゴッドペインターの少年達がテンションの上がる背景を描き、敵を癒す。
 パージは良い流れだと感じ取った。だが、これまで絶望に囚われかけていた彼らからは未だ戸惑いめいた感情が見える。
「見た目は色彩に溢れてるけど、塗り手自身からイカす気配が感じられない」
 おれはこんなの、認めない。イカす気配のない絶望の色彩なんて認めてやるものかと口にしたパージはインクを飛ばし、ケルベロスの印を地面に描いた。
 耐性の加護が広がり、ナノはありがとう、と仲間に告げる。
「皆助けてこんな灰色のこの世界を、繰り返される絶望を、全部鮮やかに塗り替えて見せるなの!」
 気合いの勢いに乗せた截拳撃を放ったナノ。その一閃が重い衝撃を敵に与えた。すると相手は桜を散らして己を癒す。
 ラモンは攻性植物の加護を消そうと狙い、空中に道を示した。
「俺達はケルベロスに助けられた。なら、今度は俺たちが同志を助けなくちゃな!」
 救う者。救われる者。
 立場が変わっても意志は同じ。番犬としての思いは受け継がれているのだと感じたラモンが容赦のない突撃で敵を穿った。
 そのとき、空はふと少年達が不安がっている様子に気付く。まだ楽しく描くことを忘れていない彼らだが、本当に成功するのかが心配らしい。
「大丈夫。ね、もっと楽しい方が良いじゃん?」
 俺らに任せてよ、と心からの言葉を伝えた空は黒液を敵へと解き放つ。おなじ仲間が苦しんでいるというのに放っておけるわけがない。
 空の抱く思いを空気で感じ取った煉児は深く頷き、敵の動きを注視する。
「どうしようもない状況じゃないんだ。俺達が、『仲間』に、力を貸してやればな」
 煉児は攻性植物が枝を鞭のように撓らせた瞬間を見逃さなかった。
 たとえばこんな風に、と地面を蹴った煉児はゴッドぺインターの少女を庇い、この程度ならば耐えてみせると宣言する。
「あ、ありがとうっ」
「まだまだ。荒療治になるが、辛抱してくれよ?」
 少女からの礼に快く答えた煉児は、次は樹に囚われた人達に呼び掛けた。光盾が人々ごと敵を癒していく最中、京夜も回復を重ねてゆく。
「よし、それじゃさっくっと塗り替えてっちゃおうか」
 愉しい楽しい色にね、と片目を瞑った京夜はふたたび護殻の力を施した。
 其処にナノが放つカラフルなマルチプルミサイルが放たれ、パージが空中に描いた落書きが力を持って動き出す。
 少女と少年達もラモンの指導のもと、其々に攻撃と回復を担っていた。
 色とりどりに彩られる戦場。
 その光景はまさゴッドペインターの戦いそのもの。
 塗絵は皆を励ますように翼を広げ、ふわりと空を舞いながら大自然の護りで癒しを振り撒いていく。こうすることで少女達にオラトリオとしての姿を見せようとした塗絵だったが、すぐに飽きて地面に降りた。
「……まあこんな感じ。違和感なく見てくれてるわね」
 少女達は侵略期の人間だと思い込まされているが元は現代人。封じられた意識下ではケルベロスや多様な種族のことも知っている。それ故に違和を覚えていないのだと感じた塗絵は安堵めいた思いを抱いた。
 そうして、ケルベロスとゴッドペインター達は見事な連携を重ねていく。
「あと少しです。頑張りましょう」
 雪は仲間達に呼び掛け、鳥獣戯画めいた落書きを放った。雪が描くのは他の者達のようにカラフルではないが、其処に彩りがないわけではない。
 色彩での鮮やかさはなくとも、それは見た者の心に彩りを与える。これが自分の戦い方だと行動で以て示した雪は、戦いが終わりに近付いていると感じていた。
 同様に転機を悟ったラモンは拳を強く握る。救う為に施す癒しの手は決して止めず、ラモンは高らかに声をあげる。
「世界の全てを描くにはこの戦いも必要なのさ!」
 ――さあ、お前の色を俺に見せてくれ。
 共に戦う者達へと向けた言葉はまるで、心に巡っていくかのように森に響いた。

●笑顔の花
 攻性植物はかなり弱り、動きも鈍くなっている。
 しかし、番犬と絵師達が癒し続けたことで囚われた人々の苦しみは和らげられているようだ。空は自分達の作戦が成功していると感じ、ナノもこのままいけば完璧に勝てると信じて援護にまわる。
「皆、ぜったい助けるなの!」
 だから負けない。負けたりしないと心に誓ったナノは、桜の森の色彩にも負けない鮮やかな背景を周囲に描いた。
 パージも攻撃を続け、煉児も今こそ畳みかけるべき時だと判断する。
「悲劇は終わらせる!」
「――切り裂き、縛れ。我に宿りし怒りの蛇よ」
 刹那、煉児の詠唱と共に鞭状に変化させた混沌の水が迸る。蛇紋を描き、敵を縛りつけた一閃に合わせる形でパージと塗絵が怪物を描いた。
「無事に解決できるかわからなかったけど……問題ない結果が出そうね」
 実は自分も心配していたの、と何処か悪戯っぽく零した塗絵に、ゴッドペインター達がくすりと笑った。彼女達の心にはもう、不安など微塵もない。
 京夜は絶望を振り払えると信じ、掌を高く掲げた。
「それじゃ、行くよ。こんな所には長居は無用だからね」
 これが最後の癒しになると察した京夜は戦場に舞い、仲間達を癒やす花のオーラを降らせていった。
 桜にも負けぬ彩りの中、雪はゴッドペインターに視線を向ける。
「あなた達は、わたし達と一緒に立ち向かうと決めてくれた。さあ……あの人達を、笑って助けだしましょう」
 全員で、と告げた雪の緑の双眸が敵を映した。
 其処から放たれる百鬼夜行の怪物達が敵を穿ち、ラモンとナノも攻勢に入る。
「泣き顔を笑顔に変えるのが、俺たちゴッドペインターの楽しみだろ!」
「笑顔ってすごく素敵なの!」
 二人の言葉と同時に地裂の一撃、そして色彩に溢れた弾丸が戦場に齎された。
 だが、攻性植物も煉児を狙って花を飛ばす。パージは誰も倒させはしないと決め、胸に満ちる思いを言葉にしていく。
「これが、おれたちの――デウスエクスを殺す、ケルベロスの、イカすタグだ!」
 地面に描いた印は極彩色となって巡った。
 これは誰かが犠牲にならなきゃいけない絶望の色彩じゃない。誰も犠牲にならなくてもいい。ハッピーエンドを導く色彩だ。
 皆が立ち続け、最後まで戦う。それこそが希望の証。
 空は仲間達に頼もしさを覚えながら、最後の一閃を与えに駆けた。
「誰も悲しまなくて良いようにしてあげる。大丈夫、俺はその為にいるんだから!」
 光の翼で宙に虹を描き、空は心から笑う。
 絵筆から生まれた虹が満ちる青空を翔ければ、ほら。明るい未来と笑顔はすぐ其処に見えるはず。だから、と空が放った力は深く巡り、そして――。

●此の先の色彩
 桜の樹が崩れ落ち、舞い落ちた花弁が周囲に広がっていく。
 それと同時に囚われていた人々が解放された。気を失ってはいるが皆が無事だと気付いたゴッドペインター達はこれまで以上の明るい笑顔を見せる。
「や、やった……!」
「すごいよ、皆を助けられたんだ!」
 少年達がはしゃぐ中、ラモンとパージは穏やかな気持ちを覚えていた。
 空も頷き、用意してきた飲み物をゴッドペインター達に勧める。
「お疲れ様。大丈夫だった?」
「怪我はないみたいだね~。はい、これどうぞ」
 京夜もがさごそとポケットを漁り、取り出した飴玉を渡していく。雪は少年少女達が飴と飲み物を受け取って笑う様を見つめ、静かな安堵を抱いた。
 そして、桜の森を一度だけ見遣った塗絵はゴッドペインター達に声をかける。
「無事救い出せたわね。でも、あとまだ救い出す人が数人いるの」
「うん? もう全員助かったんじゃないの?」
 不思議そうな少女に対し、煉児が何か思い出さないかと問いかけた。ナノも改めて自分達のことを話しながらところてんを勧めていく。
 何故ところてんなのかと少年達は首を傾げたが、それはさておき。
「ケルベロスって言葉、聞き覚えがあるって言ってたよな」
 ラモンが先程のことを示すと、はっとした少女が顔をあげた。パージは彼女達が記憶を取り戻しかけているのだと悟り、少女に手を差し伸べる。
「ここはお前達が居るべき場所じゃないんだ」
「さあ一緒に現実へ帰りましょう」
 塗絵も森の出口を視線で示して少女に呼び掛けた。
「そっか……わたし達は――」
 何かを悟った様子の少女は目を細めた後、ケルベロス達をしっかり見つめる。
 この世界は偽物だ。それでも人々は救いを得てひとときの平和が戻った。だからきっと、此処はこれで終わり。
 そして、明るく微笑んだ少女と空の手がそっと重なった。
 その様子を見守っていた煉児はこれで良いと薄く笑み、目を細める。
「これでお前達とは仲間って事だ」
 やがて彼らは少年と少女達と共に歩き出す。
 そうして、ケルベロス達は偽りの空間から無事に脱出した。色彩あふれる森も、悲劇の戦いもすべてが嘘で、これからは『本当』が始まる。
 此処から歩む先にあるのはきっと、そう――本物の色に満ちた無限大の世界だ。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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