失伝救出～楽しみの仮面

■リプレイ

●魔女の檻
　暗闇の森をケルベロス達が走る。
「……ここにもまだ囚われの者がいるのだな」
　森の木々を潜り抜け、天瀬・水凪（仮晶氷獄・e44082）が呟く。
（「私が戦う事で彼らを救う事が出来るなら」）
　喜んで血に塗れましょう、そんな固い決意を抱き先頭を走るのはウーゴ・デメリ（ヴィヴァルディデメリ家現当主・e44460）。ドワーフ故に夜目の効く彼は、僅かな光源で的確に森の奥への道を見出している。
　戦うために苦渋の決断を行い続けている彼らは、ウーゴに幼き日の姉の姿を思い起こさせる。見捨てなければならないというのはどれほどの苦痛なのか。
（「早く助けないと」）
　周りを不安にさせないためそんな感情は表に出さず、ウーゴは森を行く足を速める。
　侵入の際、木々がざわざわと、まるで森の中枢に集まっていくような異様な気配があったた。囚われているゴッドペインター達も、恐らくはそこだろう。
「これを悪趣味っていうのかな」
　魔女の所業にノルシェ・ヴィンテル（雪花・e44948）は表情を動かさず言葉を零す。その目的が心をへし折るためのものだとは言え、悪意に囚われそれでもなお戦い続ける彼らの精神的な有り様に彼は驚きと悲しみを覚える。
（「けれども今の状況でのその強さは――）
　果たして本来のものなのか、と同時に疑念を抱く。
「戦いってさ。きっと楽しいことだけじゃなくって、色々と辛いことって多いよな」
　囚われの失伝者を思い、石動・真吾（ウェアライダーの光輪拳士・e44539）が呟く。ランプを腰に下げ森を駆ける姿は狼のようだ。
「助けるべき人を、傷つけてまで、楽しむ『振りをする』ことは本意では無い筈、です」
　長身の青年、崎守・蒼銅（妖剣鍛士・e44271）が控えめな口調で想いを口にする。
「ええ。その為にも、取込まれた方達は助けられると示しましょう！」
　纏う鈍銀色の鎧の重量を苦にせず、本屋・辰典（断腕・e44422）が朗々と返す。

　一本の大木が森の奥に聳え立っていた。よく見ると沢山の植物が絡み捻れ一つの形を形成していることが分かる。合間に苦悶の声を上げる人の顔を露出させたそれの前には色彩豊かな四人の姿があった。
　その間に小さな影が割り込む。
「だ、誰？」
　突如現れたコートの少女の姿にゴッドペインターは戸惑いの声を上げる。
「助けにきたよー？　みんなだけじゃないよー？」
　みんなもだよー！　と、エミー・ボブス（地球人の土蔵篭り・e44472）が仲間たちの姿を示す。
　疲弊し、膝を屈しようとしたゴッドペインター達の間を癒やしの風が通り抜ける。
「これは……？」
「……助けに来ました」
　戸惑う彼らにアンクを掲げた水凪が応え、
「救出の加勢に参りました」
　辰典も落ち着かせるように語りかける。その姿はまるで、物語にある民を守る騎士のよう。
（「暗いし、捕まった人達の声も痛々しいし……なんかもう泣きそうだよぉ……」）
　大樹を見上げ、その威圧感にケルベロスになり立てで戦闘自体がまだ怖い焚本・果菜（涙目のハテナ・e44172）は涙目になっている。
　けれども、ここで逃げ帰るわけにはいかない。
「助けに来たよ！ あの人達を助けるのに私達に作戦があるんだけど、応援お願いしても良いかなっ！？」
　勇気を振り絞り、戸惑うゴッドペインター達に務めて明るい声で援軍に来た事を告げた。

●囚われの人々
　その直後、果菜がボロボロのバスタードソードで伸ばされた蔦を切り飛ばそうとするも、束ねられた蔦の弾力で力を殺がれてしまう。相手に呪縛がかかってない、万全な状態では難しいようだ。だが蒼銅の刀が追撃として緩やかな弧を描き大樹の枝を斬り落とす。
　その間、ノルシェがエクトプラズムで前衛の傷を塞ぎ、同時に真吾が射手座の加護を中衛へと付与する。
「私達がデウスエクスも倒し、囚われた方々を救ってみせます。……見捨てないで済む方法はあるのですよ」
　どこか緊張感を殺ぐように穏やかな、けれどもしっかりとしたウーゴの言葉。
「時代は、変わったんだよー？　みんなも、変われるよー！」
「時代……？」
　エミーがそう告げるも、ゴッドペインター達はよく分からないという表情。彼女のケルベロスコート姿にも戸惑いしかなかったように、彼らにかかっている認識操作はそう簡単に崩れるものではない。
「人々を励まし気力を保ち、十分な治療をしながら戦うことで攻性植物を弱らせ剥がすことができるんです」
「本当にそんな事が……？」
　辰典の説明にゴッドペインターが考えてもみなかった事を聞いた風な反応を示す。
「はい。ただ、慎重に進めても痛いでしょうから……宜しければ、彼等を励まし続けてあげて下さい。どちらかと言えば、あなた達の得意分野ではありませんか？」
　丁度そのタイミングで、大樹に刻まれた傷が修復される。水凪が大自然と大樹を霊的に接続して癒やしたのだ。
「ずっと頑張ってきた君たちはすごいね」
　消炭の瞳のシャドウエルフが切り出す。
「でも無理しすぎてない？　体だけじゃなく心も。……もしそうなら、僕らの話を聞いてほしい」
　傷はそれほど深くないし、表情も楽しそうには見える。けれどもノルシェには彼らの心が薄氷の上に立っているようなものに見え、それを少しでも和らげるために言葉を紡ぐ。
「その技術は、戦場で、仲間の心を、支える為に、人々の希望の為に、あるものです。……忘れないで、下さい」
　創り手の心が悲しければ作品も悲しく、曇ってしまっては輝きも消えてしまう。作り出すものこそ違えども、創り手でもある蒼銅は彼らに本当の希望を捨てて欲しくないのだ。
「痛かったり、悔しかったり、怖かったり……戦いって色々と辛いことって、多いよな」
　真吾がゴッドペインター達に語りかける。
「でもさ、そういう時こそ胸を張って、腹の底から叫んでやるんだ。『何くそ、こんなもんじゃ負けねーぞ！』って」
　彼らに必要なのは多分、抑圧ではなく目の前の巨大な敵を倒してやるという気合と勇気になんだと真吾は考える。戦う為に楽しむ心を失う事ができない彼らが、敵を倒すごとに苦しみを背負う状況も砕いてやるのだと。
「犠牲はもう必要ないんだ。だから、君たちが本当に楽しいって思えるようになるんだよ」
　それを今、見せるからと大樹にノルシェが向き直る。
「笑顔を絶やさず、楽しいことを見よー！」
　それはゴッドペインター達が口にしていた言葉と同じ。けれども今は本当に目の前にある可能性なのだと、エミーは言う。
「一緒に、助けよー？」
「……どれだけやれるかはわからないけど、やってみる」
　信じていいのか、迷う素振りを一瞬見せたが、意を決したようにゴッドペインター達が答えた。

　大地を断ち割るようなウーゴの槍の強烈な一撃に大樹は一瞬蠕動を止め、呼吸を合わせた辰典、そして果菜が精神を集中させ大樹を爆破、攻撃の手を妨害する。反撃とばかりに蔓草のような植物が伸びてを捕えようとするが、ウーゴがそれを庇う。
「ごめん、ごめんね。絶対痛いよね、でも私達が絶対助けて見せるから今は我満して……！」
　残霊のあげる呻き声に果菜が呼びかけ、
「暫くの辛抱です。必ず、そこから助け出します」
　だから、生きる希望を捨てないでください。と、ウーゴも呼びかける。
　彼らに聞こえているのかは分からないが、それでもそうせずにはいられないのだ。
「……足りない。お願いします」
　水凪が要請、即座にノルシェも大自然の守りを発動し、大樹に残った傷を修復、さらに蒼銅が金属片混じりの蒸気を大樹に吹き付ける。それは傷を癒やすと同時に護りの加護を与えるものだったが、ダメージ調節が必要な今回は必ずしも不利なものにはならない。
　妨害手の水凪が大樹を癒やす事に徹し、必要なら助力を頼る事で不足を補っているため、今の所残霊にも死者が出る様子はない。
　それでも、苦痛の声は止まない。
「本当に大丈夫なのか？」
「はい！　遠慮はいりません！」
　漏れ聞こえる苦痛の声に不安げな声の彼らを辰典が後押し。当時に実在していたかもしれない、力を使えなくなったゴッドペインター達の末路を想像した辰典は、助けを求める声を聞き流してまで戦いを続ける彼らの気概に敬意を抱く。だからこそ、気丈な彼らが救い出すのだと。
「ちっとばかし時間はかかるが、この木偶の坊をひっぺがしてやっからよ。だから絶対、諦めるな！」
　俺たちが絶対助けてやる！　大樹に捕らわれた一般人の残霊に真吾が呼びかけつつ、狼のものへと獣化した右腕を叩き込む。
「わたし達はケルベロス。必ず助ける故、諦めないでほしい」
　水凪の静かな、けれどもしっかりとした励ましが響く。ゴッドペインターも攻撃を躱しつつ、自身の回復と呼びかけを行っている。
　大樹に黒薔薇のような花が生じ、光線を放つ。進路上にいたのは水凪、しかしそれを辰典が割り込み受け止める。そのフォローにエミーが怪しく蠢く幻影を即座に飛ばした。
　上方からの衝撃が大樹を襲い、花弁を散らし幹を揺らす。飛び上がった蒼銅の飛び蹴りが直撃したのだ。味方と呼吸を合わせ、攻めと守りの緩急をつける彼の立ち回りは程よく大樹の生命力を削り、かつ動きを縛りつつあった。さらにウーゴがその美貌――本人としては兄姉に劣等感を抱いているものの、一般的にはそう呼ばれるそれから放たれる呪いを大樹へと集中させて動きを縛りつけ、さらに釘を生やした辰典のバールの一撃が枝を払い、呪縛をさらに加速させる。そしてその傷は水凪によって大樹が弱り過ぎないように癒される。
　大きく戦況が変わることのないまま戦闘は続いていく。

●檻を砕く
　果菜のバスタードソードが攻性植物の蔦を切り飛ばす。今回の作戦では一般人の残霊を救う為に敵を癒やしつつ回復不能なダメージを蓄積させる事が重要だ。けれども根本的にダメージ量が足りなければケルベロス達側にもダメージが蓄積されてジリ貧になる可能性があった。それを防ぐ為に、敵の火力を削ぎつつ果菜は攻撃に専念している。
　大樹の枝の動きが停止する。しかしまだ、生命力は残っているはず。
「来ます！」
　夜目を利用し動きを注視していたウーゴが警告、ほぼ同時に大地から植物が溢れた。前衛が植物に呑まれ混乱に陥ろうとした瞬間、水凪が癒しの風を送り彼らを正気に戻す。催眠による標的の混乱は同士討ちのみならず今回の状況では厄介なものとなる。しかし、それはケルベロス達も織り込み済み。事前に耐性を備えていた上に、
「絶対、助けるよー！」
　エミーが癒やし手としてステップを踏み、花弁のオーラを撒いて仲間を癒やし叫ぶ。それは一般人への言葉であると同時にゴッドペインター達への言葉でもあった。自分を救ってくれたケルベロス達のように、救う。それができない代償は彼らの命。その強い思いは失敗するのではないかという不安にもなり、一つ間違えれば頑迷ともなってしまうのかもしれない。
（「もっと効率的に、最善を」）
　けれどもその根底にあるのは人を助けること。少しでも多く、確実に救うためにと彼女は努力を重ねるのだ。
　エミーに続き、ノルシェの癒やしの風が大樹の根の蹂躙を受けた前衛を吹き過ぎ、それでも足りなかった分は真吾が黄金に輝く掌で解除する。具体的な敵の体力までは分からないが、大樹もかなり消耗してきている。そう見て取った真吾は攻撃を控えている。
　反撃の刀を蒼銅が振るう。その弧を描く一閃は鮮やかに蔓を切り飛ばし、幹に深い傷を刻む。
　動きを止める呪縛が重なれば、その分急所に当たる可能性も上がる。このまま攻撃するのはまずいと判断した果菜が全身の守りを固め、攻撃を控える。
　攻撃の手が止んだと見た大樹が花から光線が放たれ、侵食から仲間を庇った分のダメージと合わさり消耗の大きい辰典を直撃。
「あなたは、ケルベロスです」
　自身に言い聞かせる暗示の一言と共に、辰典が懐から取り出した薬を噛み砕く。仮面を被っているのは彼もある意味では同じだ。足りないものをあるように見せ、勝利に必要のないものを抑え込み、討神を成す為に薬塊をも用いる鈍銀色の甲冑騎士。それが彼。そう簡単に崩れるものではない倒れようものではない。
「大丈夫。まだ行けますよ」
　更にウーゴの口から特殊な歌が紡がれ、傷を癒やしフォロー。
（「彼らが過去の存在で、たとえ救っても意味はなくとも」）
　できることやれることの最善を。それが彼らの救出と安寧に繋がると信じるノルシェ、そして水凪が大樹に大自然の力を注ぎ込み、捕らわれた人々ごと傷を癒やす。
　しかし、思ったよりも傷は修復されなかった。大樹は明らかに消耗しているのにヒールもほとんどその傷を修復する事がなくなっている、ということは頃合いなのだろう。
「鬼哭、啾々。我が身が振るうは怨恨の刃。――偽神に呪われし『偽神狩り』の、刃」
　勝負所だと判断した蒼銅の詠唱、それに呼応するように喰霊刀から殺意が膨れ上がる。そして、怨恨を晴らすような荒々しい偽神狩りの剣戟が大樹の急所を深く抉り裂いた。
「さあ、斬りましょう伐りましょう『まだまだ足りないもっと俺を振るえ偽神を刻ませろ』」
　穏やかな雰囲気が好戦的なものへと変化、どこか狂気すら纏う彼の様子にゴッドペインター達は戸惑ったが今はそちらを気にしている場合ではない。
「もらちゃんなのちゃん、いっくよー！」
　もきゅもきゅした鼠の姿をとったファミリアロッドが翼持つ姿に変身、さらに正義の使者へと変身を遂げて突撃する。はためく赤いマントと額に燃えるマークはヒーローの名に相応しく、大樹を大きく揺さぶった。
　ワイルドスペースに入る前、少々気負いすぎていたように見えた彼女のそんな姿を見て安堵しつつ、ウーゴが稲妻を纏う高速の突きを放ち、槍を大樹に食いこませる。さらに真吾の背中の後光から光線が射出され、続けて稲妻を纏った騎士の槍が大樹を穿ち、ノルシェの斬撃が敵を剪定する。
「これで終わりよ！」
　そして、果菜の縦の斬撃、さらに横薙ぎの一閃が深く食い込み、それが大樹の残霊に終わりを与えた。

●隠すことなく
　枯れ果てた大樹から果菜と蒼銅が急ぎ一般人を引きずり出す。全員意識はないが、呼吸はしっかりしていた。
　安心したのか、ゴッドペインター達がへたり込み、彼らにノルシェとウーゴ、辰典がヒールをかける。
「早くこの森を出よう。また惑わされてしまわないうちに」
　魔女の罠はこの空間に侵入したケルベロス達にも作用する。もっと楽に、確実に戦うことはできなかったかなとエミーが思考に入りかけていたが、のんびりする暇もなさそうだ。
「また……？　ああ、あなた達は……」
「さあ、行こう。真っ白な未来に、みんなの笑顔に満ちた世界を描くんだ」
　洗脳が解けかけたゴッドペインター達を真吾が笑顔で促す。

　そしてケルベロス達は森から脱出する。
　彼らの去ったその空間には、もはや囚われた者はいない。

作者：寅杜柳	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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