失伝救出~妖剣士の惨劇

作者:白石小梅

●惨劇の残霊
 そこは、小さな村の中心にある神社の境内。
 響くのは、人々の泣き叫ぶ声。白雪を紅く染める血飛沫。血塗れで倒れ伏す、和装の一般人。
 血走った目を光らせ、呪詛を唱えながら、逃げ惑う人々を斬り伏せているのは……失伝職能『妖剣士』。
 敵の襲撃から村を守り、代わりに狂気に憑かれた、哀れな四人の亡者たち。
 それはどこか夢の中のように色彩の鈍い、現実離れしている光景……。

 その時、修羅場と化した境内に、正気を保った妖剣士たちが飛び込んできた。数は四人。別所で敵を迎撃し、帰還してきた者たちだろう。
「みんな……! そんな、よせ! やめてくれ!」
「駄目よ! もう……救えない。狂気に呑まれた仲間の後始末は……私達の責務! これ以上、罪を重ねさせるな! 人々を守れッ!」
 女妖剣士の悲壮な叫びと共に正気の妖剣士たちが突撃し、呪詛妖剣士たちは狂乱の刃で迎え討つ。
 血で血を洗う人間同士の闘争に、一人幼い妖剣士が膝を折って……。
「もうやだよう……こんなの……僕もいつか……あんな風に……」
「そん時は、あたしがお前のことを止めてやるよ……代わりに、あたしがああなれば、お前がやるんだ。さあ、剣を取りな」
 壮年の女に引き起こされ、少年は泣きじゃくりながら剣を振るう。
 やがて、境内に動く者は正気の妖剣士四人だけとなり、彼らは膝を折って黙り込む。

 そして、その四人の妖剣士を残して、景色がゆっくりと巻き戻る。四人の浴びた血はいつの間にか消え去り、神社の境内は遠くなり、人々の悲鳴がまた響き始め、呪詛に憑かれた妖剣士たちは殺戮を始める。
 そう。これは残霊。同じ惨劇を繰り返し再生する、地球の傷。
 正気を残した四人の妖剣士は再び虚ろな目で、仲間を討つために神社へ歩き出す。

 永劫に繰り返される、狂気に憑かれた仲間を討ち続ける幻影の中で、彼らが絶望に膝を折った時。
 寓話六塔『ポンペリポッサ』の作品『反逆ケルベロス』は完成する……。

●失伝者救出作戦
「初めまして。私は望月・小夜。皆さんを支援するヘリオライダーとして任務に就いています」
 小夜が語りかけるのは寓話六塔戦争の勝利後、ケルベロスとして失伝した職能に目覚めた者たちだ。
「地球文明はこの闘いにおいて、囚われていた失伝職能の関係者の人々を救出しました。更に、今現在も別の場所に囚われている失伝職能の関係者の方々の情報を得たのです」
 戦争後、得られた情報と予知によって、失伝者の人々は『ポンペリポッサ』の用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められており『大侵略期の残霊』によって引き起こされる『繰り返される惨劇に囚われている』ことが発覚した。
「彼らは死んだその日を永遠に巡る霊魂のように悪夢の中に囚われ、絶望に心を喰われた時『反逆ケルベロス』になってしまうのです」
 それは、唾棄すべき造反のプロセス。
 だが寓話六塔戦争に勝利した結果、彼らが反逆者となるまえに救出することが可能となった。
「ワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇の連鎖を打ち崩してください。彼らを、終わらぬ悪夢から救い出すのです」

 失伝者を悪夢に取り込む特殊なワイルドスペースは、失伝職能に覚醒した人間なら出入り可能。長時間その中にいればこちらも取り込まれかねないため探索などは不可能だが、作戦中に時間切れになるほどではないという。
「今回の救出対象は妖剣士の末裔、四名。現場にいる『彼ら以外の存在は全てが過去の残霊』です。一般人も風景も……何もかも。彼らはその中で『狂気に憑かれて一般人を虐殺する仲間の妖剣士を殺す』という悪夢を繰り返し追体験させられています」
 デウスエクスと闘える力に代わり、いつ発狂して世界に害為す存在となるかわからない者たち。発狂した仲間殺しは、当時の妖剣士の宿命だった。
 しかし、今はそんな縛りはもう過去のこと。
「彼らを悪夢から救い出すため、まず一般人を虐殺する発狂妖剣士を撃破してください。残霊ですから、皆さんでも十分に勝てるはずです。すると狂気に憑かれた仲間を殺した正体不明部隊として、救出対象の四人も続けて襲い掛かって来ます。彼らは悪夢に取り込まれた被害者ですから、本当に殺さないよう注意が必要です」
 闘いつつも説得し、武装解除して救出する。それが今回の目的だ。
「救出対象以外は全て過去の惨劇が残霊化したもの……失伝した職能の人々は、こんな闘いを続けていたのでしょう。しかし今は、彼らを縛った宿業も過去のもの。皆さんの先達を、救い出してあげてください。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
村正・千鳥(剣華鏡乱・e44080)
グルワーシ・ジユーシア(七天抜刀術伝承者・e44083)
八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)
島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107)
四宮・響音(ウェアライダーの妖剣士・e44111)
鋳楔・黎鷲(天胤剣零式継承者・e44215)
鏡月・凛音(狂禍髄血・e44347)
御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)

■リプレイ


 空間の境をくぐって進むのは、八人の妖剣士。
 その先にあるのは、時が歪んだ世界だ。
「道に舗装もなく、電線の影もない。これが……妖剣士の先達たちが守っていたころの世界……」
 御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)の視界には、鬱蒼と茂る自然林。
「正確にはその残霊だが……見事なものだな。まるで過去の世界そのもの。時代的にはいつ頃なんだ?」
 四宮・響音(ウェアライダーの妖剣士・e44111)が思わず呟く。
 林を抜けると、眼下には藁葺き屋根の家々が身を寄せ合っている。
「大侵略期……700年から400年前……いつだっけ。いや、残霊って、時代が混じってたりも、するんだっけ……」
 鏡月・凛音(狂禍髄血・e44347)が呟く通り、時代考証は無意味だ。大事なことは、ただ一つ。
「僕達の能力の歴史には、悲しい戦いがあったんだね……でも、昔は昔だ。今を生きる妖剣士に、こんな悲しい戦いは必要ないって教えてあげないと」
 八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)の言葉に、仲間たちは頷き合う。
 過酷な運命に擦り潰され、やがて失伝した職能。だがその力が紡いだ未来は宿命を断ち切り、彼らはここに蘇った。その事実だ。
 その時、悲鳴が響いた。村の奥に見える神社の境内で、人々が逃げ惑っているのが見える。
「あそこか……! 残霊とはいえ人々が虐殺されるのを黙って見ている趣味はない。皆、急ぐぞ……! 残霊妖剣士を手早く片付け、その後本題に入る!」
 先陣を切って走り出すのは、グルワーシ・ジユーシア(七天抜刀術伝承者・e44083)。そのすぐ後に、島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107)と村正・千鳥(剣華鏡乱・e44080)が続いて。
「ああ……! うちらかて、生まれた時代が違えばああなってたかもしれん。せやからこそ、今はできる限り助けなあかんな……!」
「ふふ、天才美少女の初陣! 過去の残霊まで救われて成仏しちゃうくらいに、華麗に飾らなきゃね!」
 そこで起きていることはすでに過去。それでもなお、その魂の救いさえも願う仲間たちの熱意に、鋳楔・黎鷲(天胤剣零式継承者・e44215)は口の端を吊り上げる。
「全てを救えるわけじゃない。現に、囚われている妖剣士たちさえ、全員を救出できるかわからないというのに……皆、甘いな」
 嘲笑にも聞こえるが、彼もまた本当はわかっている。
 この想いが決して、無意味ではないことを。
 八人の妖剣士は、過去と今とが入り混じる幻影の中へ、飛び込んでいく。
 待ち受けるのもまた……妖剣士だ。


 血走った目で呪詛を唱えながら、残霊剣士は剣を振るう。
 その凶剣が、泣き叫ぶ親子に振り下ろされる……その瞬間。
「正義の天才美少女ケルベロス剣士、千鳥ちゃん! 剣・参!」
 肉を断つ湿った音の代わりに、響くのは重い剣戟の音。それに宿った怨霊同士がぶつかり合い、呻きにも似た音が散る。
「ひっ……!」
 腰を抜かした親子の残霊に、別の残霊剣士が斬りかかる。だがこちらもまた、飛び込んできたのは一人ではない。
「俺でも……戦う事で誰かを支えられるなら。迷う理由はない……! 逃げるんだ。こいつらは引き受ける!」
 響音は言うや否や、親子を後ろに突き飛ばした。魂に餓えた一閃同士が激突し、腕の芯に痛みが走る。
 そして、その脇を突こうとする残霊剣士の足に、黒い影の如きスライムが食らい付いた。
「これは、残霊。残霊は、敵。敵は……そう、とりあえず、殺そう……でも、気を付けて。敵も、憑霊弧月や喰霊切りを使ってる……技は、同じ……」
 ブラックスライムに敵を足止めさせて、警戒を促すのは凛音。
 そして、飛び散る怨霊や呪いに削がれた魂を癒すのは、彼方の放つ銀の光だ。
「私達はケルベロスに助けてもらってここにいる。ケルベロスはヒーローよ! 私達も、今はもうその一員……! だったら、助けを求める人は絶対に助けてあげなきゃね!」
 そう。この八人は、妖剣士にしてケルベロス。それが過去と未来の、決定的な違いだ。
「ああ。敵は残霊、その上頭数はこちらが上。本番の予行演習にはちょうどええよ……! 押し切ったるわ!」
 乱月が体ごとぶつかるように斬りかかる。
 それを合図に全員が抜刀し、そして突撃。火花と怨嗟を散らす、剣戟の舞台の幕が上がる。
 だが、残霊剣士たちに怯む様子はない。唸りを上げ、がくがくと身を震わせながら剣を振り回す姿は、もはや人には見えない。
 一体と馳せ合いざまに、黎鷲の天胤剣【零式】が胴を抜く。
 だが、元は可憐な娘剣士であったのだろう敵は、今や傷など意にも介ささない。狒々の如く歯をむき出し、猿叫をあげながら斬りかかってくる。
「痛みすら忘れたのか……それほどまでに恨めしいのか。哀れな……」
 血塗れの刃と押し合う黎鷲の脇から、廿楽が飛び込む。敵が振り返ったその時には、月を斬る呪いの太刀筋が、その首と胴体を切り離していた。
「僕だって妖剣士の末裔だ。斬る覚悟は……してる! これで一体、討ち取ったよ!」
 凄惨な虐殺の場から灼熱の戦場と化した境内で、番犬たちの気勢が上がる。
 その時だった。グルワーシが、そこへ走り込んで来る気配に気付いたのは。
(「むっ……具足の擦れる音が四人分。予想より来るのが早いな」)
 七天抜刀術の構えで、残霊剣士の太刀筋をいなしつつ、振り返る。そこにいたのは、伝え聞いていた通りの四人組。
「な、なんだこれ……どういうことだ? あれは誰だ? 他里の妖剣士か?」
 若い男の妖剣士が、狼狽えながら若い女妖剣士を見る。彼女が隊の長なのだろう。女は厳しい目つきで戦場を睨んだまま、惑う男を制した。
「誰か知らないけど、今のうちに里のみんなをまとめて避難させるのよ。連中が勝つようなら……仲間を討たれた落とし前はつける」
 妖剣士たちは散らばり、それぞれに避難誘導を開始する。
「落とし前、か。喧嘩は後に回すが、やる気自体は十分といったところだな。やれやれ」
 斬りかかってくる残霊剣士を、竜の尾で足払いしつつ、グルワーシはため息を落とした。
 悶着は、避けられそうにない。

 闘いの流れは、数分の内に定まった。
 白雪の境内に、千鳥の刀が交差する。
「我流村正……かごめ、かごめっ! ……今だよ!」
 童謡と共に放たれた無数の剣閃が、一体の残霊剣士を包み込む。斬撃の檻の中、閉じ込められた残霊剣士を、袈裟懸けに斬って捨てるのは、響音。
 敵は血飛沫を噴き上げながら、仰向けに倒れ込む。
「すまない。その無念……俺たちの世代がきっと引き継ぐ」
 その隣では、奇声を発する残霊剣士が乱月の腕を裂くが。
「私が支えるわ! 構わず斬って!」
 彼方の刀が喰らった魂を吐き出せば、その傷は見る間に塞がって。
「任しや……! 足元行くえ!」
 言う間にその刀は地を滑り、足元を斬り払う。
 足首を失い、たたらを踏んだ残霊剣士の刀を、廿楽の刃が受け止める。圧し掛かってくる刃を、小さな体で押し返して。
「……っ! 死んだ者より……生きてる者の気持ちの方が重いししつこいんだよ!」
「その通りだ。残霊たちよ……もう成仏するがいい」
 冥福を祈る言葉が終わるよりも先に、残霊剣士の背に八つの刃が突き立った。
 それは、グルワーシの背戒伏技八卦。技が解かれるとともに、敵は膝から崩れ落ちる。
 最後の一体は、雄叫びを上げながら凛音と黎鷲へ斬りかかっていくが……。
「……冥土の土産に見ていくがいい。これが忌まわしき血の怨嗟、鋳楔の呪いだ」
「うん。助けられないのは、残念だけど……斬るね。バイバイ」
 二人の言葉と、抜刀とが重なった。
 馳せ合った後、最後の残霊剣士は二歩、三歩と歩を進めて……五体がばらりと崩れて落ちた。どちらの剣がとどめを刺したのかも、わからない。
「さて……と」
 誰かが、呟く。
 これで、ひと段落。残霊剣士は全滅し、里人の残霊たちもすでに逃げ去った。
 だが、これで全てが終わりではない。
 番犬たちが振り返れば、そこには具足に身を包んだ四人の妖剣士が、刃を構えて身構えているのだから。


 彼らは救出対象。生きている人間。殺すわけにはいかない。
 刃を握る手に、汗と緊張とが滲む。
「俺たちの仲間を……斬ったな」
 若い男の妖剣士が言う。滲む殺気を制してこちらの口火を切ったのは、彼方。
「落ち着いて。私達は敵じゃないよ。刀の狂気に呑まれたら斬るしかない……悲しい事だよね、私達も妖剣士だから分かるよ」
 言いながら、八人は刃を納める。敵意がないことを行動で示すために。
「里者が助かったことには礼を言う。だがね。呪詛に呑まれた者は、その仲間の手で葬るのが習わしだ……」
 だが、熟年の女剣士は刃を引かぬままにそう語る。
「彼らの事はすまなかった、刀の狂気に呑まれていた……残霊とは言え、救いたかった……俺達は敵じゃない。お前達とは戦わない」
 響音が見せるのは喰霊刀。妖剣士同士、分かり合えるものがあるはずだ。
「残霊……? え……あの人たち、残霊だったの?」
 少年剣士は震える声で、仲間とこちらを見比べている。崩すならば、彼から。その予定に従い、黎鷲が語り掛けた。
「ああ……お前達は偽りの記憶を植え付けられている。大侵略期など昔の話だ。最早狂気に染まり人を殺める妖剣士などおらず、仲間を斬る必要もない。今を生きる我々が果たすべき責務は人々と仲間を守る事だ」
 四人は衝撃を受けた様子だった。恐らく、何かがおかしいということは薄々気付いていたのだろう。
 だが同時に、運命は抜け出そうとする者を拒む。若い女剣士が、頭を振って叫ぶ。
「嘘をつくな! 妖剣士のものでない力を使うのを見たわよ! 恐らくこいつらは、人に化けた魔物どもの類! 皆、躊躇するな! 討て!」
 四人の妖剣士は、背を押されたように跳躍する。
 だがその実力は、いまだ訓練されていない番犬のもの。動きもまた、予想の範囲内。
 泣き縋りながら斬りかかって来る少年の剣を、鞘のままに千鳥がいなした。
「へい、少年! 剣ってのは泣いて握っちゃダメだよ! 剣とは今を斬り開き、先の道を目指すためのもの! 其れ即ち剣道! 変えたい今があるなら剣を取れ、顔を上げろ!」
 心のままにぶつけられた言葉に、少年剣士は腰が引けた。続けざまに声を掛けるのは、凛音。
「あなた達はもう、戦わなくて、いいんだよ? もう仲間を、斬らなくて、いいの。だからね、りんね達と一緒にいこ? 妖剣士の人も、他の仲間も、いっぱいいるよ。みんな、すごく優しいよ。だから、きっと仲間になれる。りんねもお友達、なりたいな」
「ほ、本当?」
 少年剣士は、しばらく惑ったのちに、剣を落とした。
「どういうことなのか、僕にはよくわからないけど……やっぱり、こんなのおかしい……友達になれるなら、僕はそうありたい」
 元々闘う意志の弱かった少年は、すぐに崩れた。だが、若い二人はその彼を叱咤せんとばかりに剣を振るってくる。
「舐めるな! 刀を抜け!」
 そう叫ぶ男剣士の剣を、黎鷲が受け止めて。
「信じろ……俺達は仲間を斬らない。この刃は仲間を斬る為のものではないからだ。喩え刃を向けられようとも、俺は抜くつもりはない」
「お前たちは私たちの仲間を斬ったじゃない! それが事実よ!」
「彼らの事はごめん……だからこそ、あなた達は絶対、救うよ。斬られたって斬らない……私達は仲間になれるはず! だって、私達はケルベロスだもの!」
 メタリックバーストで前線を癒しながら、彼方がケルベロスの名を叫ぶ。その言葉に、若い二人は記憶を揺さぶられたように剣を止めた。
 心の隙を突くように、畳み掛けるのは、乱月。
「その剣は誰に向けるもんや? 大事なものを奪おうとする輩に、敵に向けるものやろ? 気付きや。あんさんらは、ここで倒れた人らの、そんな想いを踏みにじるようなことをされてるんやで? 自分の生きる時代を思いだしや!」
「狂気に呑まれた同胞を殺す……確かにそんな時代もあったけど、今は違う。この悪夢の中では難しいかもしれないけれど、君達だって本当は妖刀の狂気を抑え込めるだけの力があるんだ。一緒に来てくれ。悪夢を終わりにしよう」
 そう言う廿楽も、二人が隙を見せても刃を抜かない。その態度に、男の方が力を抜いた。
「そんな夢物語とても信じられないが……でもあんたたちの目……話くらい、聞いてみるべきかもな……」
 これで二人目。
 意地になって刀を構え直す女剣士の前に、響音が胸を広げるように立ちはだかる。
「思い出してくれ。俺たちはお前達と同じ力を持つ者、そして神に終焉を与えるケルベロスだ! 共に戦おう……絶望の輪廻に囚われるな!」
 女剣士はしばしの間身構えていたが、やがて息を吐いて剣を降ろした。
「馬鹿馬鹿しい……私は信じないわ。でも抵抗しない人を斬るつもりはない……聞くだけ聞きましょう……」
 そう言うものの、彼女も心のどこかでその話を信じたいのだろう。
 これで三人が刃を納めた。
 全員の視線は隊の支柱らしい熟年の剣士に向く。彼女と向き合うのは、グルワーシ。
「若い者には若い者……だな。ワシは御婦人。お前さんに言葉を届けよう。喰霊刀は人の心を蝕み続けてきたが、ワシらは呪いなどに負けはせん。狂気を恐れながら戦う時代は、もう終わったのだ。彼らの戦いは無駄ではなかった」
 そう言って、彼は手を差し出す。悪夢を断ち切り、共に生きよう、と。
「なんだい。そうまでされちゃ、あたしが我を張るような理由なんざどこにもないじゃないか……」
 降参だとばかりに、熟年剣士は座り込む。
 番犬たちは理屈に依らず、一人一人と向き合ってその想いを示した。その上で無抵抗を貫かれれば、戦意を維持することは出来ないだろう。
 運命は、この瞬間に変わった。
 四人の妖剣士は、絶望の円環を外れたのだ。


 八人の間に、安堵のため息が漏れ落ちる。
 その時だった。周囲の光景がぐらりと歪んだのは。
 四人の妖剣士は緊張の糸が切れたように意識を失って倒れ込む。崩れる少年剣士の体を、千鳥が慌てて受け止めて。
「わわっ、と! みんな気を失っちゃった……未来が変わったから、過去の残霊が壊れたのかな……」
 凛音が振り返れば、剣士たちはすでに全員が抱えられている。そして、その姿は……。
「見て……鎧も、武器もないよ。洋服に、戻ってる。呪縛が、解けたんだね。みんな、助かった……よかった」
「やった……ケルベロスとしての初仕事、完了だね! みんな外に出よう!」
 彼方の言葉に、番犬たちは駆け出していく。

 ……こうして番犬たちは、異空間を抜ける。
 入った時は八人。出るときは、十二人となって。
 救出された同胞たちは、やがて番犬たちの新たな力となるだろう。
 呪われた過去の昇華を以って、新たな時代を切り開く失伝者たちの初陣は、幕を閉じたのだった……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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