失伝救出~絶望を作り出す装置

作者:ほむらもやし

●再生される悲劇
「ダモクレスども、もう追ってこないみたいだよ」
 胸までの汚水の中を進んでいた少女は後ろを振り返った。誰かに終われている気配はもう無い。
「へへっ、何度も同じ手に引っかかってさ。チョロいもんさ」
「まったくだ。にしても、クセえし……」
 先頭を行く男は天井に殴り描かれたギリシャ数字を見上げると、腕時計のネジに指を添える。するとほんの短い間、秒針が青白い光を帯びて進むべき方向を指し示す。
「次は右か、さあみんな待ってる、急ごう」
 ガジェッティアたち3人は、頭上に乗せた荷物が汚水に浸からないように先を急ぐ。
 数分後、仲間の待っているアジトに近づいた3人は、入口に寄りかかるように立つ少女の人影に気がついて、ホッとした様子で荷物を掲げて見せた。
「アンナじゃないか、どういう風の吹き回しだ?」
「ははは、ジャガイモもたっぷりだ。うまいプラツキが食いたいな」
「デーヴィッド、にげて——」
 次の瞬間アンナと呼ばれた人影は鋭い何かに貫かれて、千切れた身体の上半分だけが、汚水に落ちる。
 果たして、ガジェッティアたちが目の当たりにしたのは、ダモクレスの部隊に襲撃されるアジト。
 助けてくれる者など、この世界の何処にも居ない。助け合って生き延びようと、誓い合った仲間が、蹂躙され、弄ばれ、殺され行く様に目を瞑り、3人は逃げるしか出来なかった。
●ヘリポートにて
「寓話六塔戦争、お疲れ様。ギリギリの厳しい状況が続いたけれど、見事な戦いだった。囚われていた失伝ジョブの人たち救出できたことも素晴らしかったと思うよ。で、早速で済まないのだけど、これについて続報が得られたから、可及的速やかな対処をお願いする」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は戦勝ムードを払うように、救出できなかった失伝ジョブの人たちが、正に今、反逆ケルベロスにされる危機にあると告げた。
 今から救助に向かう失伝ジョブの人は、いずれもガジェッティアだ。
 男性が2名に女性が1名の計3名。今は、『ポンペリポッサ』が用意したワイルドスペースの特殊な効果によって、『自分が大侵略期に生きている』と思い込まされていて、デウスエクスに対抗できるケルベロスの存在も記憶にはない。
「敵の筋書きは、このワイルドスペース内で、大侵略期の残霊同士が引き起こす悲劇を見せつけて、ガジェッティアたちの心をへし折り、反逆ケルベロスに仕立て上げることだ。だから、僕らはこのお膳立てを利用して、この残霊が引き起こす悲劇を、ガジェッティアたち目の前で食い止めて、消し去って、希望を取り戻す」
 しかし、このワイルドスペースには、人間では失伝ジョブの者以外は出入りが出来ない特殊さがある。
「ケルベロスになったばかりの君たちに無理強いはしたくないけど、できれば今すぐ現地に向かって貰いたい。お願いできないかな?」
 敵となる残霊ダモクレスの戦闘力は高くはないと言っても重荷であることには違いない。
 しかも今回の作戦は救助されるガジェッティアたちの目の前で悲劇を食い止め、希望を与えることが肝となる。
 つまり、戦いを3人の到着まで長引かせるか、別行動の仲間がガジェッティアと合流してアジトに急がせるか、何かしら手を打たなければいけない。
「周囲の地形は下水道の内部のように迷路状になっているけど、両方の位置は分かって居るから迷う心配ない。念のため地図も渡しておくけれど、迷うことについては懸念する必要はない」
 3人の移動速度を上げさせるには、荷物を捨てさせるのが前提だろう。だが命がけで盗って来た物資だ。
 それに勝てないかも知れない相手と共闘を呼びかけても、応じてくれるとは限らない。
 理屈や言葉のあやなどではない。危機を伝えようとする、あなたの必死さが必要かも知れない。
「ワイルドスペースの中で発生している悲劇は、実際に起きた過去の悲劇が残霊化したものだろう。ダモクレスを倒しても、助けられるのは救出対象の3人だけで、既に残霊である他の人は助けられない。悔しいかも知れないがそこは堪えてくれ」
 ワイルドスペースの特殊な効果は、時間と共に救助に向かうあなた方にも影響を与える。
 だから急いで下さい。時間を掛けすぎると、あなた方も助けようとした人たちと同様に、ワイルドスペースに囚われてしまうから。そう厳しい表情で締めくくると、ケンジは出発しようと、呼びかけた。


参加者
板谷・辰太郎(地球人のブラックウィザード・e44096)
ドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)
オーロラ・トワイライト(怪奇探偵・e44452)
ソシア・ルーンフォリエ(ヴァルキュリアのパラディオン・e44565)
レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)
彩瀬・舞桜(サキュバスの心霊治療士・e44628)
ラスタ・ハンサルト(闇払い・e44772)

■リプレイ

●出会い
「あんたがデーヴィッドかい? アンナって子に頼まれてねぇ……あんたらのアジトが襲われてるらしい。悪いが、急いで向かってくれないかい?」
「はいそうですか。と信じられるとでも? おまえは誰だ。なんでそれを知っている?」
 3人のガジェッティアと同じように胸まで水に浸かった、板谷・辰太郎(地球人のブラックウィザード・e44096)の呼びかけであったが、デーヴィッドは疑念を隠そうとしなかった。
「まって、こんなところにまで来るくらいよ。何か事情があるのかも」
 後ろの方に居た女の子が、けんか腰はよくない、ちゃんと聞こうと、ツッコミを入れると、デーヴィッドもそれもそうだなと渋々頷いた。
「アンナさんの探してた人たちですか? 彼女から貴方たちに助けを呼ぶ様にお願いされたので探していました。あの子が危険です、急いで彼女の下に向かってください!」
 アンナはアジトで待っているはずだ。待っていれば会えるのに、わざわざ探すはずが無い。レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)の続けた言葉が不信を決定づけた。
「では、このまま急ぐことにしよう」
 荷物を抱えたまま、先を急ぐ三人はそれ以上言葉を交わそうとはしなかった。
 多少の齟齬があったとしても、——力を合わせて危険に立ち向かおう。その真剣な気持ちさえ伝えられれば、説得は上手く行っただろう。嘘で辻褄を合わせて、思い通りに人を動かそうとしても、上手く行くはずは無い。

●並行する時間
 説得が不調に終わるのと時を同じくして、アジトではレジスタンスの残霊たちとの接触した6人と、ダモクレスの残霊との戦端が開かれようとしていた。
 増水時にしか起動しないはずのポンプが前触れも無く呻りを上げて、重装甲の騎士の如きダモクレスが2体出現する。
 繰り返されようとする惨劇、だが、その出現を予め知っていれば、迎撃はたやすい。
 まず、ソシア・ルーンフォリエ(ヴァルキュリアのパラディオン・e44565)の歌声が響く。懐中時計の形をしたアリアデバイスを握りしめ、聖なる紋様を浮かべて声を張り上げる。そこに込められるは、失われた愛しい想い。たとえワイルドハントに歪められた世界ではあっても、歌のもつ力は祝福となって、オーロラ・トワイライト(怪奇探偵・e44452)に、もたらされる。
 ケルベロスとしての初めての戦いが、同胞の救出となるとは。その責任の重さに、彩瀬・舞桜(サキュバスの心霊治療士・e44628)の手は震える。
 残霊とは言っても、ここにはレジスタンスの人たちも居る。ダモクレスの引き起こした惨劇の記憶から生み出されたのが、ダモクレスの残霊であるならば、此処に居るレジスタンスの残霊は、きっと助けたい、生きたい、死にたくない、けれども叶わなかった——そんな惨劇の記憶から生み出されたのかも知れない。そう、全てがワイルドハントの創作であると解釈するにはあまりにもリアルなのだ。
 刹那に思考を巡らせて、舞桜は左の敵に狙いを定める。
「今度は私たちが希望を伝える番です」
 世界を変える信念、どこまでも明るい笑顔と共に突き出したペイントブキから放たれた色料がダモクレスの装甲を鮮やかに彩った。
「趣味の悪いことをしますね……一刻も早く3人を解放してあげたいものです」
「その前に、この戦いを乗り切りらないと、いけませんね」
 ドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)と、レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)は恐らくは数分内に会えるであろう、ガジェッティアたちに思いを巡らせながら、敵との距離を測る。純粋な命中率だけを見れば、数値は絶望的で、それが2体もいると考えればかなり悪い状況だと気づく。
「ミサイル攻撃ですよ、爆発してしまいなさい!」
 展開された二人分のミサイルポッドから炎が噴き上がり、大量のミサイルが飛び上がる。発射直後に迷走するような放物線を描いたミサイルは、終端誘導の段階に入るとまるで生きているかのように目標に向かい、吸い込まれるように二体のダモクレスに殺到した。直後、連続する爆発で湧き上がる炎がアジトの内部を埋め尽くし、逃げ場を求める火炎は通路や階段を吹き抜けて、金具もろとも鉄扉を吹き飛ばした。

「なんだ?! 今の爆発は——アジトの方からだぞ!」
 熱を帯びた空気の流れと共にネズミの群れが天井を走ってくる様を目の当たりにして、デーヴィッドは、数秒の苦悩の末、声にならない叫びと共に荷物を投げ捨てて、狂ったように汚水の中を進み始めた。
「ああっ、なんてことをするの、大事な食糧を!」
「馬鹿野郎っ! 死んじまったらどうにもならねえ、食べ物はまた盗って来れる!」
 短い言い争いの後、ガジェッティアたちは、結局、荷を棄てて先を急ぐ。そして会話に割り込むことも出来なかった辰太郎とレナが複雑な気分を抱いたまま後に続く。
「やはり、苦し紛れのウソは碌なことにならねえな」
「そうですね……。ですが、出来ることはやりましょう」
 自分たちには、ガジェッティアたちが見たことも無い、デウスエクスを討ち滅ぼす力がある。
 それは必ず希望になるはずだ。

 レジスタンスの残霊を蹂躙するだけの簡単なお仕事のはずが、想定しない反撃を喰らってダモクレスの残霊は戸惑っているようにも見えた。だからといって、目の前の人間を皆殺しにする目的は変わらないのだが。
 レンズのような瞳で布陣する6人のケルベロス、下水道に繋がる階段の方に逃げて行くレジスタンスの姿に視線を向けながら、2体のダモクレスは態勢を立て直すべく自動修復機能を発動する。
「仕切り直しと言うわけだ。なかなか慎重な敵のようだね」
 ラスタ・ハンサルト(闇払い・e44772)が呟くように言った。
 別行動の仲間との合流までは長くても五分ほどだろう。確か、ヘリオライダーは戦闘力は高くないと言っていたはず。しかしよく考えれば、楽に倒せるとは言っていなかった。
「ウソは言っていないが、歯切れの悪い言い方だな」
 内蔵したガジェットを起動して噴き上がる蒸気と共にバリアを展開したオーロラであったが、色々と細かいことも気になっているようで、表情が浮かないように見えた。

「どうしておまえらはそんなに余裕があるんだ?」
 泥水に塗れながら進む、デーヴィッドが、辰太郎とレナに向かって、吐き捨てた。
「俺は戦う理由ができたから戦っているだけ……だからなあ」
「このままあなた方が、敵の兵士に仕立て上げられてしまって良いわけが無いでしょう!」
 答えを聞いたデーヴィッドは、あまりの驚きに目を丸くする。反逆ケルベロスなどという概念は理解もちろん理解出来ないが、全く違う思惑を持って此処にいることだけは理解した。
「まるで……、俺らとは違う世界に暮らしているような、言いようだな」
 地下に潜ったレジスタンスを待っていたのは、悪臭を放つ泥沼、不衛生であった。充分な食べ物にありつけずに衰弱して死んで行く仲間たち。多少は腕が立つガジェッティアであっても、ダモクレスが支配する街から食糧を盗み、運び出すのは命がけのことだった。成功させなければ自分も仲間も死ぬ。ひと袋の小麦粉、数個のジャガイモが命綱というのが、このワイルドスペースに囚われたガジェッティアが見てきた日常だ。

 愛しい者に捧げるようなソシアの歌声、続けてウイングキャットのミラの羽ばたきが清らかな気配を散らす。
「私たちの力は通じる……!」
 ペイントブキで宙を薙ぐ舞桜の腕の先に、現れたのは極彩色、桁のない陸橋の如く描かれたムーブメントは敵へと繋がる道、楽しげに滑走し、加速の勢いとに万感を加えた突撃に、左側のダモクレスの巨体が飛び壁に激突して白い蒸気を噴き上げる。
 間髪を入れずに、前に出たドロッセル。絶対に決めると気合いを込めて繰り出したレゾナンスグリード、その巨大な口が何も無い宙を噛んだ。
 ケルベロスとなって初めての実戦。しかも通常とは異なる状況。それなのになぜ、本気を出さずとも敵と互角以上に渡り合えると思えたのか。受け止めた攻撃のダメージも敵の戦力も想像していた以上で、辰太郎とレナの合流後に本気を出すなどという考えが、非現実的な楽観に過ぎないことを思い知らされる。
「魔導石化弾、発射!」
 凜とした叫びと共に、レイナは拳銃形態と変えたガジェットの引き金を引く。白く揺らめく煙を残して、狙い違わず弾丸は左側のダモクレスの巨大な胴に命中する。
 広がる石化の効果に装甲が奇妙な音を上げ裂け目から蒸気が噴出する。ダモクレスの意識が傷口に向いた機を狙ったかのように、シャーマンズゴーストのライアの放った原始の炎が襲いかかる。それと前後するようにラスタの描く魔方陣が清らかな光を放ち、前衛に立つ者たちの傷を癒して盾の加護を与えた。
(「歌姫なんて柄ではないのだがね。……幼い頃から馴染んでいた歌が、こんな形で役に立つとは」)
 オーロラは歌う。定められた未来からの解放の歌を、その声は確りと響き渡り、攻め手を封じる楔となった。

●合流〜攻勢
「かなり苦戦しているようだな。こっちも言葉足らずで手こずった、悪かったねぇ」
 辰太郎の発動した、ディスインテグレート——触れたもの消滅させる虚無魔法が、ダモクレスの分厚い装甲に球形の窪みを刻み、続けてレナの流星の輝きを帯びた蹴りが、左のダモクレスを床に叩きつける。
「いいえちょうど良いです。此方で計り始めてから、間も無く5分です」
「結果オーライってとこか。——そういうわけで、まぁ見てなよ。ケルベロスがデウスエクスを屠るところをさ」
 ソシアに返した、辰太郎は続く言葉と共に、デーヴィッドらガジェッティアの3人、そしてレジスタンスの残霊たちに視線を向けた。
「ケルベロス……?」
「そうです。私たちはケルベロス、デウスエクスに死を届ける人々の希望の光、ですよ」
 積み重ねたバッドステータスより、2体のダモクレスには戦闘開始当初の精彩さは無くなっていた。しかも攻撃を集中させた左側の個体の疲労と消耗は明らかだった。
 あらゆる物をカンバスにしてしまうが如き、色料のドリップが左のダモクレスに襲いかかり、その体表の全てを鮮やかな極彩色で覆い尽くす。やはりアートはには爆発がよく似合う、そんな笑い声が聞こえたような気がした瞬間、本当に大爆発が起こって、左側のダモクレスは木っ端微塵に砕け散って消滅する。
「……なんだと。本当に倒してしまいやがった!」
 その様子を目の当たりにした、デーヴィッド、アーサー、エリザベス、3人のガジェッティアの表情は色めく。
 片割れを倒されて、右側のダモクレスは敵意を剥き出しにする。だが同時に怯えているように見えた。
 次の瞬間、ダモクレスの背後に、不意に黒い気配が立ち上がる。それは、呪われた刀の握りしめて、その力を呼び醒ました、ドロッセルであった。
「この時を、待っていました……ここからはわたしも本気で行きます!」
 繰り出すのは、漆黒の焔へと姿を変えた炎を纏わせた刀の一閃。それはダモクレスの装甲を紙のように裂くと同時に、どす黒い業火を燃え上がらせる。
「太古の暴君よ、我が武器にその牙を宿して敵を喰らい尽くしなさい!」
 レイナの薙いだ恐竜の顎の如きオーラの輝きが大きく引き裂かれた傷口をなぞると同時、数え切れないほどに重ねられたバッドステータスが一斉に花開いた。
「早く倒してしまおう」
 全身を覆うオウガメタルを鋼の鬼と変えたラスタの拳、そしてシャーマンゴーストのライアの振り下ろす爪撃が炎に包まれたダモクレスに襲いかかる。
 拳の衝撃に目も眩むような火花が散り、揺らぐダモクレスの巨体を撫でた爪撃は傷痕ひとつ残さずに魂だけを斬り裂いた。
「さあ、そろそろ仕上げだ」
 オーロラが再び定められた未来からの解放を求めて歌い上げて、ダモクレスの攻め手を封じ込めて、続けて辰太郎が魔導石化弾を撃ち放てば、遂にダモクレスは膝を着く。
 果たして、レナの呪詛を載せた斬撃が振り下ろされると、ダモクレス——正確にはダモクレスの残霊は呆気なく崩れ果て、モザイクを散らしながら消えて行く。後には焼け焦げてひび割れた床が残っているだけだった。

●帰還へ
「皆さん、大丈夫でしたか? もう安心ですよ」
 戦いも終わったし、その様子も見せたし、もうこんなワイルドスペースに用はない。
 明るく語りかけるレイナに続けて、辰太郎が素直な気持ちで続ける。
「俺たちは仲間が欲しいのさ。一緒に戦ってくれる仲間がね」
 共に来れば、デウスエクスに対抗する力を得られるかもしれないという、辰太郎の言葉に3人は「すごい!」と目を輝かせる。ダモクレスとの戦いを目にした、デーヴィッド、アーサー、エリザベスの3名は、未だ現代の記憶を取り戻してはいないが、何も疑うことなく辰太郎の言葉を受け入れた。
(「まだ、大丈夫そうだな」)
 手の甲に書いた自分の名前を生年月日と、自分の記憶の中にあるそれが一致することを確認したオーロラがホッと息を漏らす。救助対象の信頼も得たようだし、行きと同じように帰れば何も問題は無いはずだ。
 記憶に異常は無かったが、不思議なことに地図を見なくても分かる程に下水道の構造に詳しくなっている気がした。
「言われてはいましたが。長時間留まるのは、本当に危険そうですね」
「あまりのんびりしている時間はないです、早く脱出しましょう!」
 舞桜の言葉に駆け足のポーズを見せる、ドロッセル。そしてソシアとレナが同意を示し、一行はワイルドスペースの出口を目指して、焼け焦げた階段を降り始めた。
「アンナ、そしてみんなも、聞いてくれ、俺たちは強くなってもどってくるぞ!」
 デーヴィッドの呼びかけに歓喜の声が上がる。
 そんな、かりそめの喜びに湧く残霊たちの姿に、ソシアは何も言えずに目を伏せた。
 真実を告げれば、3人を苦しめることにしかならない。
 残霊である者はこの場所を離れることは出来ない。
 このワイルドスペースを出られるのは、救出された3名のガジェッティアと、自分たちだけだ。
 そして記憶が戻れば、ここで繰り返されている悲劇も忘却の彼方へ消えるのかも知れない。
 救助した3名がワイルドスペースの外に出るのを確認し、最後に外に出ようとする舞桜は後ろを振り向いて、悪臭を放ち続ける下水道に、暫し黙祷を捧げた。
(「過去を救う術は分かりませんが、未来は私たちが過去から受け継いだ力で、人々を救い希望をもたらしますね……」)
 ワイルドスペースの外は、鬱蒼と茂る藪の中だった。
 藪の外にでると、冷たい風が吹き寄せて来たけれど、頭上には青空が広がり、太陽の光がきらきらと降り注いでいた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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