●冬が訪れ、黄色く染まる
1枚、また1枚と色を失い、冬色に染まっていく森。陽光を浴びてなお肌寒く感じる道を、しわくちゃの顔で柔和に微笑んでいるおばあさんが杖片手に歩いていた。
おばあさんは空のキャンパスに描かれている乾いた色彩を見つめながら、寂しげな声音で呟いていく。
「少し前まではイチョウが見事だったんだよ……なんて、語らっていたよね」
左側に少しだけ視線を送った後、視線を落としてため息1つ。
「ほんと、昔はよく一緒に来たよね。今も私はこうして、散歩してるんだけどさ……?」
小さく肩を落とした時、足元に扇状の黄色い葉っぱが落ちてきた。
「枝にイチョウの葉っぱでも残っていたのか……」
確かめようと顔を上げかけた時、イチョウの葉は数を増す。
1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚……数え切れぬほどのイチョウの葉が足元を埋め尽くした時、焦った様子で顔を上げた。
見開かれた瞳の中、満開の桜の如く黄色い葉っぱを咲かせているイチョウが一本。
驚きすくみ上がるおばあさんに、ゆっくりと枝を伸ばしていき……。
おばあさんがイチョウの木に……攻性植物に飲み込まれていくさまを、鬼縛りの千ちゃんは眺めていた。
「人は自然に還るのが一番なんだから。これって、人助けよね」
ふふんと得意げに胸を張る中、イチョウは完全におばあさんを飲み込んだ。
その正面と思しき幹を向けてきたから、千ちゃんは先端に赤い実の付いた茨の鞭をしならせ告げていく。
「さあ、行きなさい。あなたの求める物はあっちにあるわ、たぶんね!」
示されるがまま、攻性植物は千ちゃんに背を向け移動を開始した。
その姿を満足気に眺めていた千ちゃんもまた、森に紛れるようにして何処かへと消えていく……。
●攻性植物討伐作戦
ケルベロスたちと挨拶を交わしていくイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255) 。メンバーが揃ったことを確認した上で、説明を開始した。
「東京都の町外れにある小さな森に、植物を攻性植物に作り替える謎の胞子をばらまく人型の攻性植物が現れたみたいです」
その胞子を受けたイチョウの木が攻性植物に変化し、その場にいたおばあさんを襲って宿主にしてしまったようだ。
「なので、急ぎ現場へと向かい攻性植物を退治してきて欲しいんです」
イマジネイターは地図を広げ、発生場所である小さな森とそこから直線距離上にある市街地にチェックを入れた後、その中間点辺りにある公園に丸をつけた。
「攻性植物は概ね、この森から市街地へと直線的に侵攻してきます。ですので、この公園で待機していれば、迎え討つ事ができるかと思います」
また、森から公園へ至るまでの間に住む者たちは、木々がなぎ倒されていくような音を聞き自主的に避難していたりする。その連絡もある程度回っているため、避難誘導は最小限に抑え戦いに集中することができる。
一方、人型の攻性植物はすでに撤退しているらしく、遭遇することは困難だろう。
「続いて攻性植物について。数は1体。説明の通り、イチョウの木が元になっている攻性植物ですね」
姿もまた、葉を黄色く染めたイチョウの木そのもの。
戦闘方針は攻撃優先、目に映るものを全て破壊すると言った勢いで攻撃を仕掛けてくる。
グラビティは3種。
戦場を侵食し複数人の心を奪う埋葬形態。
束ねた葉の中心に光を集め焼き払う、光花形態。
黄色い葉を花吹雪のように舞い散らし、複数人を斬り裂く落葉形態。
「それから……取り込まれてしまったおばあさんは攻性植物と一体化しているため、普通に倒すと死んでしまいます。しかし、攻性植物にヒールをかけながら戦うことで、戦闘終了後に攻性植物に取り込まれていた人を救出できる可能性があるんです」
もちろん、救出を目指せば厳しい戦いになるだろう。
「それでも、叶うのなら……」
おばあさんの救出を。
以上で説明は終了とイマジネイターは資料をまとめ、締めくくった。
「おばあさんは、その森を散歩することが日課だったみたいです。おじいさんが亡くなる前から、ずっと」
これからも、おばあさんが思い出とともに歩いていけるように……。
「ですから、どうか……叶うなら、救出を……」
参加者 | |
---|---|
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018) |
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858) |
月海・汐音(紅心サクシード・e01276) |
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830) |
烏羽・光咲(声と言葉のエトランジェント・e04614) |
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) |
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485) |
シャーロット・ファイアチャイルド(炎と踊る少女・e39714) |
●黄の色彩を残すため
紅葉は欠け、茶は増える。今年も訪れるかもしれない凍てつく色彩に備えるため。
木枯らしが秋を運び去っていく公園では攻性植物に想いを塗りつぶされてしまったイチョウを倒すため、それに囚われてしまったお婆さんを救うため、8名のケルベロスたちが集まっていた。
人払いを済ませ、各々の形で攻性植物を待つ中……何かが力強く走っているかのような地響きを感じた時、月海・汐音(紅心サクシード・e01276)が呟いていく。
「イチョウ、綺麗なものよね。もう一度被害者が思い出と共にイチョウを見上げる日が来るためにも……失敗は出来ないわね」
視線の先、木々の狭間。
黄色い葉っぱを散らしながら公園へと近づいてくる、黄色の葉を背負し大樹が一本。
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)が悲しげに目を伏せ、身構える。
「Charmant……今度の子もとても立派な子ですの」
「これを人助けとか、善意の押し付け? だと思うが。こんな終わりは認めない、死ぬなら寿命で死んでもらおう」
仲間たちの前に立ち、長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)はオーラをたぎらせた。
戦意を示す彼らに気づいたのか大樹は……イチョウを元とした攻性植物が速度を緩め始めていく。
足代わりの根がケルベロスたちの間合い一歩手前で止まった時、シャーロット・ファイアチャイルド(炎と踊る少女・e39714)が元気な声を上げた。
「シャーロット、ぜえーーーったい、おばあさんを助けるの!」
言葉に、笑顔に込められている想いがどのようなものなのかはわからない。
ただ、意気込みの力強さは、高まっていく気合は、お婆さんを救い出すための原動力となることだろう。
●冬を嫌い、黄に染める
「イチョウはイチョウらしくしてりゃいーのに、さっさとばーさんを離しやがれ、ですっ!」
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)が爆破スイッチを押し込み、カラフルな戦いの狼煙を上げていく。
力が高まっていくのを感じながら、汐音が勢い良く大地を蹴った。
「速さで勝負よ」
根を大地に晒しながらも威風堂々と鎮座する……言葉を変えれば根ざしているかのように鈍重な構えを取っている攻性植物との距離を詰め、赤く輝く魔鎌を横に振り抜いた。
赤き軌跡を描き切り、横一文字の傷跡を刻み込む。
「……抵抗もまるでないわね。防御面はそこまででもない、かな」
「その分、気をつけないとね」
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が横に並び、ゲシュタルトグレイブで幹を穿つ。
穂先に伝わる電流がほとばしり、攻性植物の全身を駆け抜け――。
「っ、来やがる、ですっ!」
――影響を受けた素振りも見せず、何枚ものイチョウの葉が花のような形を造り始めていく。
二葉はテレビウムのふたばちゃんねると共に前へと踏み込み、汐音とリリーを下がらせた。
さなかにも光は葉の群れの中心に収束し、地上へと向けられていく。
集まる葉の形から光の行く先を推測し、二葉はふたばちゃんねると共に軌道上へと移動。
仲間たちを護るため、オーラを全開にして光を――。
「そこだ」
――光が放たれんとした時、葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)の放つ螺旋が集まる葉の中心を貫いた。
否応なく光は減じ、二葉が受け止める力もさほど強いものではなくなっていく。
それでも、構えを解いた二葉には炎が宿り無事とはいい難い状態だ。
「治療するわ」
烏羽・光咲(声と言葉のエトランジェント・e04614)が羽根をはためかせながら矢をつがえる。
治療のための矢が二葉を癒やしていく中、影二は音もなく影に紛れた。
各々が得意のスタイルで攻性植物に立ち向かいながら、連携をはかっていくケルベロスたち。
今はまだ躊躇うことのない攻撃が重ねられていく中、汐音が攻性植物の背後と思しき方角へ回り込む。
「……」
視線の先、枝の近く。
お婆さんと思しきシルエットが浮かんでいた。
「……」
視線を外し、魔鎌を振るう。
新たな傷跡を刻んでいく。
さしたる変化を見せぬ攻性植物の幹を、影二の拳が激しく揺さぶった。
「……今はまだ、耐えろ」
それは攻性植物へか、それともお婆さんへの言葉か。
ただただ音が風に紛れるまま、影二は散りゆくイチョウの狭間で気配を消す。
荘厳、淑やか、鎮魂、詩的な愛……様々な言葉をつけられた長寿の木が、あるべきでない悲しみを生み出す前に倒すため。
囚われているお婆さんを救うため、再び仕掛ける機会を伺って……。
「身動きも出来まい……!」
影二の放つ稲妻を帯びた手裏剣が幹の中心に突き刺さる。
5本の根が爆発し、散りゆく木っ端が担い手たるゴロベエの体を掠めていった。
「……そろそろかな」
ゴロベエが見つめる先、両手の指で足りぬほどの傷跡が刻まれている幹。色彩の駆けた枝葉、失われている根。
倒しきってしまうわけにはいかないから、多くのケルベロスたちは足を止めていく。
「がんばれ! がんばれ!」
シャーロットは両手から聖なる光を放ち幹の傷跡を癒やし始めた。
一方、シエナは根を踏み越え手を伸ばせば届く位置に到達し、自身に宿す攻性植物のヴィオロンテを差し向けていく。
「Pour inviter! さぁ、あなたが求める物はここにいますの!」
内包する力が枝葉を、根を再生し、見た目だけは出会った時のように戻していく中、シエナは心にも直接語りかけていく。
叶うなら、攻性植物も救いたい。
そのための方法もあるはずだ……と。
もっとも……攻性植物は応えない。
ただただボクスドラゴンのラジンも含めた治療の力だけを受け取りながら、ゆっくりと枝葉を揺さぶり始めていく。
散りゆく葉は刃に変わり前衛陣へと降り注いだ。
ふたばちゃんねるが凶器を振るい降り注ぐ葉を散らす中、二葉は炎を昂ぶらせていく。
「植物は植物らしく、炎に焼かれてやがれ、ですっ!」
滾る熱が葉を焼き、根を伝い幹を焦がしていく。
樹皮が弾ける音も聞きながら、光咲は羽根を広げ高らかなる歌声を響かせた。
葉により傷ついた仲間たちを癒やすため。
次もまた攻性植物に立ち向かうための力を与えるために。
大丈夫。順調に攻撃する事ができている一方、過度にダメージを与えてしまうこともない。
攻性植物に治療を施すたびに枝葉は、根は減り、消えない傷跡も増えている。
討伐に、救出に近づいている。
「……」
余裕の生まれた状況で、瞳に浮かぶのは少し前の景色。
紅葉の頃はたいそう綺麗な景色だったと思わせる黄色い葉吹雪。
思い出も、景色も、それを愛する人も、決して壊させるわけにはいかない。
だから……!
●イチョウの木は再び
「まだまだ元気に、あなたを……!」
シャーロットが聖なる光を放ち攻性植物を包んでいく。
再生の気配を見せない根を枝葉を、傷だらけの幹を横目に捉えつつ、リリーが側面へと踏み込み虚ろなオーラを纏いし小ぶりな鎌を振り下ろす。
抵抗なく鎌は軌跡を描き、幹に新たな傷跡を刻んでいく。
「そろそろ……!」
討伐へ向かっても良いと促そうとした時、攻性植物の体が激しく震えた。
散りゆく葉が刃となりて前衛陣へと降り注いでいく。
中心にゴロベエが突っ込んだ。
全身をオーラで抱いたまま、多くの葉を受け止めるため。
真面目に生きている人を助ける。ただ、それだけを心に秘めて……!
「……お婆さん、このままこんな死に方をしたら、あの世で待ってる旦那さんが泣いて悔やむと思うよ? だからもうちょっと頑張ってな」
葉が地面を埋め尽くすと共に構えを解き、仲間たちへと視線を送った。
シエナが歩み寄り、今一度優しく語りかけていく。
「Accepter……さぁ、わたし達の元に来るですの」
まっすぐに見つめ、手を伸ばす。
反応することなく、攻性植物は全身を激しく震わせていた。
望みは叶わぬだろうと、ケルベロスたちはお婆さんを救うことに注視し攻撃を仕掛けていく。
なおも抵抗せんというのか数少ない根が地面に差し込まれた時、影二の棒手裏剣がその動きを縫い止める。
地面に力が注がれる前に、根は灰色の石と化す。
「……最早動く事も叶うまい」
「続いて」
石化した根を踏み砕き、リリーは螺旋の舞を練り上げる。
「応じ来られよ、外なる螺旋と内なる神歌に導かれ、その威光を以て破壊と焦燥を与えん」
誘うは荒れ狂う磁気嵐。
差し向けるは攻性植物の中心か。
逆巻く力にとらわれて、攻性植物は木っ端を散らす他には動けない。
だから汐音は距離を詰めた。
渦の中心へと狙いを定めた。
「……さあ、お婆さんを手放しなさい。その有様を穢すことなく……斃れなさい」
魔鎌を横一文字に振り抜いて、幹を真っ二つに両断する。
幹がゆっくりと倒れゆく中、枝の近くからお婆さんが飛び出してきた。
すかさずゴロベエが飛び上がり、お婆さんを抱きとめていく。
「……良かった」
両腕に感じる温もりが、耳に届く寝息が、お婆さんの無事を教えてくれていて……。
地面とぶつかり、砕けたイチョウ。
落葉と混じればまるで大樹を描いているかのよう。
そんな黄色い色彩に満たされた公園で、影二はゴロベエに……お婆さんに歩み寄った。
「……消耗はしているが、命に別状は無いようだな」
改めて容態を確認し、仲間たちに安堵を与えていく。
お婆さんを病院へ届ける者、気をつけていても生じてしまう戦いの爪痕を癒やす者、イチョウを攻性植物に変えた存在を探る者に分かれ、各々行動を開始した。
存在を探るために攻性植物の足跡を辿り始めた光咲は、同道するリリーに話しかけていく。
「何か見つかると良いのだけどね」
「逃げたとは聞くけど……まだ近くにいるはず。森に隠れているはず……よね」
幾度も繰り返されてきたこの事件を、少しでも早く収束させるために……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|