決戦鬼蓮の水ちゃん~鬼蓮咲かせるその前に

作者:柊透胡

 鬼蓮――オニバス、と読む。一年生の水生植物で、夏頃に巨大な葉を水面に広げる。「鬼」の所以である大きな棘は植物全体に及び、特に葉の表裏に生えるトゲは硬く鋭い。
 一年生故に、春の発芽を経て、夏に紫の花を咲かせ、秋から冬に掛けては種子の状態で水底で眠りに就く。今は冬。「オニバス生育地」として保護区に指定されている香川県善通寺市の『前池』も、ひっそりとしたものだ。
「……ふん」
 保護にご協力ください、と呼び掛ける看板を睨みつけ、少女は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。紫の前髪を掻き分けるように、新芽のような角が覗く。
「希少野生生物? 天然記念物? 人間共で数を減らしておいて抜け抜けと」
 両手のヨーヨーを弄びながら青いワンピースを翻し、少女は池縁に立つ。
「まあ、いいわ……今日は、大晦日だったかしら。今年の穢れは今年の内に。人間共に、植物を苦しめてきた罪を贖わせてやるわ」
 ばさりばさりと背中の蓮の葉を翼のように羽ばたかせ、花粉めいた何かを、静かな池に降り注いでいく――。
 ボコボコォッ!
 俄かに泡立ちだす水面を見下ろし、少女は意地悪く唇を歪める。眦きつい翠の瞳を眇めた。

「彼女が見付かったって、本当でござるか!?」
「お待ちしていました、メルクロフさん。どうぞこちらに」
 駆けて来た銀髪の少女、マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)に頷き返し、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開く。
「では、定刻となりましたので、依頼の説明を始めましょう……秋口より暗躍していた攻性植物、『人は自然に還ろう計画』の5体の内1体を発見しました」
「場所は、『前池』でござるな?」
「はい。メルクロフさんの見立て通り、香川県善通寺市『オニバス生育地前池保護区』に『鬼蓮の水ちゃん』は現れます」
 一年生水草のオニバスは、冬の間は種子の状態で水底に在る。それを「鬼蓮の水ちゃん」は無理矢理、攻性植物に成長させて手駒にしようとしているのだ。
「前池から少し離れた所には、四国霊場八十八ケ所の75番札所『善通寺』があります。鬼蓮の水ちゃんが現れる大晦日には、除夜の鐘も突かれます」
 鬼蓮の水ちゃんは、夕方頃に前池に現れる。育てた攻性植物で善通寺の参拝者を襲う気だろう。
「これまでの事件と同様、1人でも攻性植物の宿主となれば厄介です。ですが、今回は、そうなるまでに少し時間の猶予があります」
 種子から成長させる為、前池のオニバスが戦力となる攻性植物となるまで、時間が掛かる。その間、鬼蓮の水ちゃんは単身、前池にいる事になる。
「これまでは、攻性植物が宿主と同化した後のタイミングでしたが、本件はヘリオンから前池に直接降下する事で、オニバスの攻性植物化の前に、鬼蓮の水ちゃんとの対峙が可能となります」
 流石に降下地点には些か誤差が生じる為、奇襲は成立しない。時間を置き過ぎると攻性植物が増える事になるので、降下後は急ぎ駆け付け、問答無用の開戦が推奨される。
「戦闘中はオニバスの攻性植物化も中断されますから、戦い始めれば増援の心配はありません。ここで彼女を倒す事が出来れば、『人は自然に還ろう計画』に最初の楔を打つ事となるでしょう」
「水ちゃん、許すまじ!! 必ずや、引導を渡すでござる!」
 何を思い出したか、マーシャは拳を握って息を巻く。その隣で、創は粛々とタブレットの情報を確認した。
「前池は、比較的小さな池です。周辺は民家もありますが、池縁で戦えば、一般人を巻き込む心配はありません。ただ、オニバスは希少野生生物に指定されています。群生地である前池自体は荒さぬよう、池に入るのは避けて戴ければと思います」
 時間帯は夕刻ながら、ケルベロスならば日没前に決着を付けられるだろう。
「鬼蓮の水ちゃんに配下はいません。武器は……トゲトゲのヨーヨーを両手に1つずつ持っています。又、攻性植物としての力も侮れません。油断は禁物です」
 見た目は神秘的な少女だが、既に完全に攻性植物と同化している。一連の事件から、人間を憎む攻撃的な性質が窺える。説得の類は不可能と見てよい。
「好戦的ですが、けして蛮勇ではなく、寧ろ不利を悟れば逃走、再び暗躍しようとするでしょう。是非とも、今回で決着を。ヘリオンより武運をお祈りしています」


参加者
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)
雪城・バニラ(氷絶華・e33425)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●鬼蓮咲かせるその前に
 大晦日、黄昏刻――同じ市内に在って、四国霊場八十八ケ所の75番札所「善通寺」と対照的に、「オニバス生育地前池保護区」の近辺は寧ろ閑静だ。
 年の瀬に訪れる者もいない鬼蓮の池に、彼女はいる――次々とヘリオンから降下したケルベロス達は、すぐさま前池目指して走り出す。
(「大晦日、今年最後の相手にふさわしい強敵ね」)
 池縁の人影を認めるや、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)は冷たい空気を大きく吸った。
「鬼蓮の水ちゃん、わたしが学んできたすべてをかけて勝負よ!」
 宣戦布告が響き、閃いた蹴打は鋭く風を切った。紫の髪を揺らし、彼女はサイドステップでスターゲイザーをかわしたのだ。
 機敏と裏腹に、その外見は神秘的でさえある少女。漸く『人は自然に還ろう計画』の黒幕を捉えた――ライドキャリバーのまちゅかぜより飛び下り、マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は啖呵を切る。
「おぬしらを追いかけて早3ヶ月。水ちゃん、今日ここで引導を渡してみせましょうぞ!」
「ふむ、攻性植物の企み、ここで1つ潰しておくとするか」
 少女の姿にも油断せず、ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)は豪放に笑み拳を鳴らす。寒気の最中、闘志が燃える。
「よお、会いたかったぜ」
 今回の決戦まで『人は自然に還ろう計画』と無縁だったケルベロスが半数以上を占める中、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は鬼蓮の水ちゃんが作った攻性植物とも戦っている。子供を巻き込む所業に憤懣やる方なしだ。
「その体も小さな個体から奪ったのか?」
 少女は蔑んだように翠眼を眇めるのみ。
(「この水ちゃんさんも、元は自然を愛する普通の少女さんだったのでしょう。攻性植物にその心根を歪まされてしまったのかも知れませんね……お可哀想に」)
 憐れむように、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は眉根を寄せる。
「水ちゃんさんを倒して、支配の軛から解放して差し上げましょう」
「嗚呼、にくったらしいケルベロス……黙っていれば言いたい放題。初対面に名乗る礼儀すらないなんて、躾のなってない駄犬の群れね」
 鬼蓮の水ちゃんはトゲトゲのヨーヨーを両手に身構える。
「いいわ。私自ら、植物を苦しめてきた罪を贖わせてやる」
「本当に植物を苦しめてきたのはどちらでしょうか」
 ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)の口調は、慇懃ながら冷ややかだ。駆け付けた時、泡立っていた池の水面も今は静かだ。鬼蓮の水ちゃんの意識が、ケルベロスに向いた証左だろう。このまま新たな攻性植物の誕生は、阻止せねばならない。
「植物を攻性植物へ作り変える行為そのものが、全然自然じゃないです。正に自然を破壊する行為ですよね」
「無理矢理に咲かせようなんて、狂い咲きも良いところ」
 本来のオニバスの開花は夏の頃。その儚さこそが花の趣深い所だけれど。
「人に危害を加える攻性植物は、放ってはおけないわね」
 岳の正論に応じて淡々とした雪城・バニラ(氷絶華・e33425)の言葉に、剣呑帯びた声音が返る。
「駄犬の分際で、やれるものならやってみなさいよ!」
 ディフェンダーが動くより先に、ブンッと空裂く唸りが奔る。避ける暇も与えず、ヨーヨーのトゲトゲが最寄のルチアナを抉る。海の羽衣を切り裂いた。
 斯くて、戦いの火蓋は切って落とされる。早速、小ぶりな槌を掲げ、岳は生命を賦活する電気ショックを飛ばす。
「なるほど。刺のある言動が多いようだが、さて番犬の牙とどちらが鋭いだろうな?」
 慌てず騒がず、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は黒き鎖で前衛を守護する魔法陣を描いた。

●攻防一体
「カッカッカッ! さあ、戦いを始めようか!」
 指1本の突きで敵の気脈を断たんと、ドルフィンの竜輝甲【亢竜】が豪快に唸る。続いて、マーシャの拳が獣のそれに変わる。
「いざ、尋常に勝負でござる!」
 拳にグラビティを集中、高速かつ重撃を放つ。特にマーシャの技は、本来は狙い付けずとも敵に届く、筈だった。
「む……」
 だが、ドルフィンの突きもマーシャの拳も、鬼蓮の水ちゃんの頬を掠めるに留まる。一旦、拳を構えた広喜も眼力で命中率を量るや、すぐさま肩並べる前衛にオウガ粒子を放出した。
 敵味方問わず、他の命中率など知る由もない。だが、最も実戦経験を積んでいる広喜自身がそうなら、他は推して知るべしか。
「はぁ……寒いわね……」
 気怠い呟きそのものが呪。バニラの超低いテンションが、攻性植物の体感温度を下げる。幾許かの霜が青いワンピースを覆うも、身動ぎ1つで払われた。
 バニラの凍える闘気は列型グラビティだ。単体相手では色々と勿体無い。
 鬼蓮の水ちゃんは、池縁から動かない。必定、二重の半円状に囲みながら、ダリルは敵の退路を断つ位置取りを思案する。
(「泳いで逃げられても厄介ですが」)
 そう言えば、完全包囲するべく彼女を池縁から引き離す算段は個々任せだった。ならば、敵が逃げる気を起こさぬよう立ち回らねば。
 仲間の様子からして、こちらも強化が必要だろう。ダリルの独特の声音が、失われた面影を悼む歌を唄う。とは言え、「寂寞の調べ」が齎すのは破剣の力。それ自体は命中率に関与しない。尤も、敵のカードも判然としなければ、備えるに越した事は無い。
 戦い始めて数合。鬼蓮の水ちゃんの手の内が徐々に見えてくる。ヨーヨーのトゲトゲで装甲を抉り裂き、或いは縦横無尽の紐が鋼質を帯びて縛する。
「っ!」
 そして、鬼蓮の葉が羽ばたくや、毒の花粉が一帯に撒かれた。
 被れば判る。ヨーヨーの技は敏捷に長け、攻性植物の花粉は理力を帯びる。多くは何れかに対応した防具で備えていたが、防具耐性も構わず、鬼蓮の水ちゃんはケルベロスを痛め付けていく。
「もっと、楽しませてくれる?」
 愛槍「アブソリュート・ゼロ」に稲妻を纏わせ、バニラは突進する。よくよく狙いながら、それでも万全でない戸惑いも幾許か。
 痛撃の一方で回避に長ける。攻防共に優位なポジションは1つしかない。
「キャスター、だね」
「だろうな」
 アルシエルの断言に、広喜も頷く。となれば、まずは「全員の攻撃が当る」状態とするのが肝心だ。
 ドラゴニックハンマーを構え、轟竜砲を放つアルシエル。広喜は再びメタリックバーストを使う。一輪木馬のまちゅかぜもキャリバースピンで援護する。
 今回はスナイパーも多い。だが、足止めに専念するのはアルシエルのみで、一斉攻撃が叶うには時間を要する。その間、ルチアナはドレイン技で持ち堪える消極的な動きで、相手の油断や深追いを誘う作戦だ。
「カカッ、ここで仕留める故に覚悟する事じゃな!」
「拙者も負けぬでござる!」
 対照的に、ドルフィンはあくまでも強気で、マーシャは笑顔を絶やさない。
「……こほっ」
 一方で、毒花粉に咳き込んで見せるダリル。実際は防具のお陰で大分和らいでいるが、弱っているものとして集中的に狙われるなら尚良しか。
 とはいえ、前衛が本気を出し難い現状では、わざわざ不利を装う必要も無さそうなのがもどかしい。
「皆さん、頑張って下さい!」
 ケルベロスの眼力は、敵味方問わず体力の程まで把握し得ない。故に、岳は仲間のダメージを量らんと目を凝らす。
 時にメタリックバーストを撒き、エレキブーストで癒し続けた。

●転機
「ほら、まず先に俺を壊してみろよ」
 己の死に頓着無い広喜は、盾となるにも躊躇いは無い。今もヨーヨーの打撃に身を晒してにやりと笑む。
 ちなみに、ディフェンダーは刹那の間隙に滑り込んで仲間を庇う。その挙動は反射的で、特定の攻撃を見越したり、誰かを目して庇う余裕はない。だからこそ、防具選びと回復が大事だ。
「このエアシューズはメツェライの、簒奪者の鎌はエピリアの素材でできてるの」
 ジリジリとした攻防の中、ルチアナはこれ見よがしに武装を誇示する。
「蒸気の踵と尾ひれの旗にひるみなさい!」
「デウスエクスの身ぐるみ剥いで悦に入るなんて、とんだ正義の味方だわ!」
 時に舌戦も繰り広げて更に数合。ふと空気が変じたのは、果たして気の所為か。
(「捕り囚われろ」)
 ダリルの紫煙が渦を巻く。真綿のようにふわりゆらりと漂いながら――これまではヨーヨーの風圧に散じていた煙が、消えず鬼蓮の水ちゃんを取巻くに至った時。ダリルは漸く時が来たと悟る。
「よしっ」
 戦況の天秤は傾き出せば早い。応酬が変わらず苛烈であろうとも、勢いに乗れば自然と攻撃は畳み掛けられる。
「水ちゃん! 人は自然に還ろう計画とは何でござるか!?」
 計画の遂行に至った経緯と最終的な目的を。その時、マーシャが問えたのも気持ちにゆとりが出来たからか。
「ハッ、そんな事……私は優しいから、教えてあげる」
 鬼蓮の水ちゃんが唇を歪めた次の瞬間。ヨーヨーがマーシャへ強かに叩き付けられる。
「くっ!」
「お前がデウスエクスと戦ってどれくらい経つか、知りたいとも思わないけど」
 鋭い棘は、容易くマーシャの柔肌を抉り裂く。
「今更、敵の言葉が、全部真実だと信じるの? おめでたい頭ね」
 【王護之型】矢倉囲いを講じる暇もなく、蛇のようにのたくったヨーヨーが巻き付くや、一気に引き絞られた。
「マーシャさん!」
「だ、大丈夫……」
 全身朱に染めながら、踏み止まれたのはディフェンダーの打たれ強さ故。荒い息の彼女へ、岳が急ぎウィッチオペレーションを施す。
 人形めいて表情変えぬ、攻性植物のダメージの程は判らない。だが、不意に鼻を鳴らして顔を顰めた。
「こんな馬鹿馬鹿しい質問するなんて、随分余裕じゃない。私も嘗められたものね」
(「まさか!?」)
 アルシエルに注意の暇があればこそ。ケルベロスの打撃を両のヨーヨーで弾き、鬼蓮の水ちゃんはその反動をも利用して跳躍。濡れるのも構わず池の浅瀬に降りる。
「口先だけの死に物狂いとか、興醒めだわ」
「こっちこそ逃がさないよ……この惑星でいちばん尊い力の波よ」
 強がりの憎まれ口の裏の意図を察したルチアナの呼び声に、池がザバリと波立つ。アクア・アルタの握撃に続き、轟竜砲が、フォーチュンスターが、ガトリング掃射が、ドラゴニックミラージュが、螺旋氷縛波が、ペトリフィケイションが、黒影弾が。逃さぬ一心の遠距離集中砲火――それでも、少女は倒れない。
「じゃあね、お馬鹿さん達」
 ケルベロスの攻撃を凌ぎきり、鬼蓮の水ちゃんが身を翻そうとしたその時――ビクリと小柄が強張った。

●憎悪潰えず
「……く、あ……」
 行動を阻害する厄の発動率は、低い。そして、今回の編成にジャマーはいない。敵の火力を抑え切れず、痛撃を複数のヒールで凌ぎながらも、ケルベロス達は丁寧にパラライズの技を重ねてきた。1番必要な所で発揮されたのは、その根気の成果だ。
 この瞬間、流石に池を大切にとは言ってられない。池の中で不自然に立ち尽くす少女目掛けて、ケルベロス達渾身の攻撃が殺到する。
「カッカッカッ! これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ!」
 荒々しく水面が波立つ。ドルフィンの体内で練り上げられたドラゴンオーラが、強烈に鳩尾へ叩き込まれる――その名も、竜打乱「地竜八卦掌」。
「その信念と共に還るがよい。そう自然の一部にのう!」
「どうぞ枯れて、おやすみなさい」
 この期に及んで、逃がさない。ダリルのロッドがファミリアに変じるや、薄暮に翔ける。
「西方より来たれ、白虎」
 四獣降臨:白金虎――呪を込めた弾丸を放ち、四神白虎を召喚するアルシエル。その鋭き虎の爪牙は、攻性植物の強固さえも容易く切り裂く。
「今宵のうどんはまた格別でござるよ!」
 大晦日なら蕎麦だろう……否、オウガメタル「【金剛】鬼鋼」の事だった。マーシャの戦術超鋼拳は強かに、小柄を打ち据える。
「この……っ!」
「遅いわよ、貴女の死角、見切ったわ」
 漸く動けた鬼蓮の水ちゃんの影より、雪晶模る刃が閃く。絶対零度の名の下に、バニラのシャドウリッパーは氷の様に冷たく、美しい。
「ひとはいつかだれでも自然に還るものよ。それを暴力や恐怖で強いる事はできないわ」
 ダメ押しにルチアナの旋刃脚が閃き、岳のファミリアが「宝石モグラのカード」に変化する。
「モグラさん、行きますよ! ジュエルモール、ドライブ!」
 大地の力を重撃に替えて。宝石モグラを象るのは、ジルコン――石言葉は、やすらぎ。
「植物達を大切にしたいと願っていた本当の気持ちを、どうか思い出して下さい!」
「うるさい! 人間如きが植物を騙るな!」
 人の姿に惑わされそうになるが、鬼蓮の水ちゃんは既に攻性植物そのものだ。歪むどころか、宿主となった少女の意識はもう残っていない。
 ぐらりと傾ぐ身が池縁に投げ出される。すぐさま立ち上がるも、死相に染まった緑の眼差しが映すのはルチアナの武装であり、ドルフィンの戦籠手。
「……お前ら人間に、何も、渡さない」
「水ちゃん!」
 咄嗟に伸ばしたマーシャの手が空を掴む。最後まで人間を拒絶して、鬼蓮の水ちゃんはヨーヨーを手繰る。
「だったら……全部ぶち壊してやるよ」
 広喜の右の拳、掌部パーツが青い地獄の炎に包まれる。ゴウと寒気に啼いた鋼の拳は、少女を真っ向から――青いワンピースごと小柄を貫いた。
「悪いな、加減出来なくてよ」
 返事は、無い。目を見開いたまま、少女の身体は足元から崩れていく。枯れ果てた草が粉々になるように。青いワンピースも、鬼蓮の葉の翼も、トゲトゲのヨーヨーも。
 カシャン――。
 最後に若芽のような鬼角が池縁に落ちて、硝子砕ける如く霧散した。

「お疲れ様」
「ああ、中々のよき戦いであったわい。植物とはいえ侮れぬのう!」
 アルシエルの労いに、ドルフィンは清々しい笑みを浮かべた。強敵と戦いを好む彼にとって、今回は満足行く一戦であったようだ。
 アルシエルにしても、多少の無茶も何とかしてくれる仲間との戦いは、悪くないと思う。かつては1人で戦い、1人で生きてきたヴァルキュリアの少年は、幾つもの依頼を通して信頼を覚えた。その経験に新たな頁が加えられる。
「本当に、何も遺さなかったでござるな」
 些か踏み荒らされた池と周囲も、ダリルとアルシエルのヒールで元通り。コギトエルゴスムは勿論、少女の遺体も、ヨーヨーすら欠片も残っていなかった。バニラは些か残念そうで、マーシャも小さく溜息を吐く。
 少女が失せた池縁に立ち、岳は静かに祈る。
「倒す事でしかお救いできず御免なさい……」
 だが、命は巡る。来年の夏にはきっと、池一面が赤紫色の安らぎを咲かせるだろう。
「地球の重力の元、どうか安らかに」
 ルチアナも、鬼蓮の水ちゃんと犠牲者の為に、鎮魂歌を歌う。その歌声が消える頃――善通寺に参るのか、遠くに聞こえる子供達のはしゃぐ声。年越しの賑わいに、広喜は嬉しそうに笑み零れた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月8日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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