夢に見る剣客

作者:雨乃香

 随分と昔に打ち捨てられた廃ビルの一角、タイヤで作られた打ち込み台や、ささくれて使い物にならなくなった竹刀、そんな何者かの鍛練の後が伺える場所で向かいうあ二人の少女の姿があった。
 両者の背丈にはほぼ違いはなく、一方はその手に木刀を、もう一方は大きな鍵を、しっかりと握り、目の前に立つ相手の姿をしっかりと見据えている。
「お前の、最高の武術を見せてみな!」
 鍵を手にする少女の言葉に、木刀を手にした少女が一足飛びで間合いを詰め斬りかかる。
 上段からの一撃を鍵を寝かせ受けた少女に対し、引き戻された木刀が間髪いれず横凪ぎに襲いかかる。
 絶え間のない緩急をつけた攻撃から、時折放たれる、意表をついた蹴りの一撃や、足払い、それらをものともせず鍵を持つ少女は繰り出される全ての攻撃を悠々と受けきって見せた。
 そうして、再び向かい合うと、鍵を持つ少女は残念そうに肩を竦めて、口を開く。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 鍵を手にした少女がその言葉をいい終える頃には、木刀を持つ少女の胸には深々と鍵が突き刺さり、その意識を一瞬にして奪い去っていた。

「皆さんには昔憧れていた人、というのはいるでしょうか? 例えばお世話になった先生、テレビに映るアイドル、はたまた著名なスポーツ選手」
 首を傾げ、集まったケルベロス達へと視線を送り、問いかけたニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089は、一時の間を開けてから、ケルベロス達をこの場に集めた本題について話し始める。
「そんな憧れからが、とうの昔に潰えたと言われる剣術を再現しようと修行を重ねていた一人の少女が、幻武極という名のドリームイーターの襲撃を受けてしまったようです」
 幻武極は自分に足りない武術を求めさ迷うドリームイーターであり、今回少女が襲撃されたのもその一環であろうとニアは喋りながら、少女のおかれた状況について説明していく。
「今回幻武極のモザイクは晴れることはありませんでしたが、襲われた少女の目指していた武術を元にしたドリームイーターが出現してしまったようですね。少女の意識を取り戻すためにも、皆さんにはこの出現したドリームイーターを叩いてほしい、というわけです」
 ドリームイーターが現れたのは普段少女が鍛練に使っていた人の寄り付かない山中の廃ビル内部のため、特に人払い等は考えず、戦闘にだけ意識を向けてほしいとニアは言う。
「ドリームイーターを産み出す元となった少女の実力はともかく、ドリームイーター自体は彼女の理想とする武術の使い手です、子供の創造力というのは逞しいものですから、舐めているといた見目を見ることになるかもしれませんね?」
 首を傾げおどけながらニアは地図情報や今回の作戦についての詳細を携帯端末からケルベロス達へと送信すると、かけてあったコートを手に立ち上がる。

「そうそう、現場は雨が降っているようですので一応しっかりと防寒対策を忘れずに、屋根のある場所とはいえ、冬の雨は気温がぐんと下がりますからね、風邪を引かないように用心していきましょう」


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)

■リプレイ


 雨降る冬の夜の外気は身を切る程に冷たく、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は何も言わず、静かにコートの前を掻き合わせる。
 窓ガラスの嵌っていない古びた廃ビルの内部は、雨を凌げる事を除けば外と大差は無く、柱ばかりが立ち並ぶ殺風景なその内装は見るものの心までもを寒々しくさせる。
「冷えますねぇ、流石にもう冬らしい空気になってきたようです」
 コツコツと響くクロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)の足音がコンクリートの建物の中反響し、やがて雨音に消えていく。
 降り続く雨の音は激しく、しかしどこか遠い。
「どうやらお出迎えのようです」
 足音に気づいたのか、あるいは最初からそこにいたのか、闇の中浮かび上がる白い刃を目にしたウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)は呟き、武器へと手を伸ばす。
 刃に次いで浮かび上がるおぼろげな輪郭は、華奢な和装の女性の体。抜き身の刀を手にただ佇んでいるだけだというのにその姿に隙はなく、ケルベロス達の足はしこでピタリと止まる。
 顔をモザイクに覆われたその剣客に意識を向けながらも周囲に視線を彷徨わせていたセレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)が廃ビルの中、横たわる少女の姿を見つける。
「マイヤ、任せるわね」
 その言葉にケルベロス達は少女の居場所を確認すると、互いに視線を交わして小さく頷き合い、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は、深呼吸を一つ、ボクスドラゴンのラーシュの頭をなでながら、かがみこむと、その耳元で囁くように声をかけ、
「ラーシュは皆と一緒に行って」
 相棒が了承の頷きを返すのと共に、飛び出した。
「セレス、お願い!」
 翼を羽ばたかせ、前への推進力として駆け出したマイヤ視線を受け、敵の意識を引こうと前に踏み出すセレス。
 彼女の動きに反応し踏み出そうとした剣客の出鼻をくじく様に、その眼前を舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)の放った蹴りが掠める。当てるつもりで放った一撃であったが、敵が一歩後ろへと退いた事で紙一重で避けられた。
 そこに響く、クロハの靴底がコンクリートの床をしっかりと捉えて上げる摩擦の音。闇を裂いて炎を纏う強烈な蹴りの一撃が敵を目掛け襲い掛かる。
 とっさにそれを立てた刀で防ぐ剣客であったが、威力を殺しきることは到底できない。吹き飛ばされた体は廃ビルを転がり、埃を巻き上げ、次の瞬間にはなぜかその刃がクロハへと迫っている。
 ダメージを受けながらもそれを最小限に押し止め、一瞬にして体勢を立て直した剣客の刹那の反撃。
 燃え盛る腕を掲げ、その一刀をクロハが受け止めると、甲高い金属音が響き、再び刃が翻る。二度、三度と、音が響き、炎が揺れ、それを反射する刃が闇の中揺れる。
 緩急をつけた敵の攻撃に徐々にクロハは押されていく。一対一であれば、いかに強靭なケルベロスといえど、そう長くは持たないだろう。
 だが、ケルベロスは一人ではない。
「卑怯などとは思わないでくださいね? こちらはアナタ方程、頑丈ではありませんので」
 言葉と共にチャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)は横合いから立て続けに銃弾を放つ。
 手足を打ち抜かれた剣客の動きが鈍り隙を見せた瞬間に、クロハは大きく退いて距離を取る。
 再び敵が構え直した時には、既にケルベロス達が散会を終え、包囲を完成させている。
 一歩前に進み出た蓮の周りをキラキラと輝くオウガ粒子が覆い、周辺の仲間達の感覚を鋭敏に強化し、セレスの張り巡らせた雷の障壁が守りを固める。
「あちらも、問題ないようですね」
 敵を包囲しつつ、闇の中でも微かに光る蜂蜜色の瞳で、ウエンは、少女を安全な場所まで運びこちらへと駆け戻ってくるマイヤと、なぜか着ていた羽織のなくなっている日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)の姿があった。
「さぁ、こっからが本番だぜ」
 仲間と合流した朔也の上げる声に呼応するように、周囲に浮かび上がる無数の紙兵。
 展開されたそれらを率い、ケルベロス達は剣客へと向かって飛び掛る。


 暗い廃ビルの中、繰り返し瞬く光と、響く剣戟の音。
 ケルベロス達と剣客は互いに一歩も退く事は無く、一進一退の攻防を繰り返していた。
 八人を相手に立ち回る剣客は足を止めることなく、その動きでケルベロス達を翻弄しながら切り結ぶ。
 ウエンと蓮、沙葉の三人が前に立ち、代わる代わる仕掛ける攻撃に対し、敵は刀を合わせ、いなし、時に不意をついて切りかかり、攻撃を繰り出す。
「力には負けません。絶望も致しませんから」
 言葉と共にウエンは攻撃を繰り出し、鋼と鋼が打ち合わされる音が響く。
 一進一退の攻防は、否応無く精神を高ぶらせ、ウエンの顔には歪んだ笑みが浮かぶ。
 そうして前で戦う三人を一歩引いた位置から援護するのは、マイヤとセレス。息の合った連携で前衛に立つ仲間達の隙をフォローし、その間に朔也の振りまく輝く光の札が仲間達の傷を癒し、前線へと再び送り出す。不意にその回復の手を絶とうと敵が動けば、チャールストンとクロハの二人の牽制が敵を制し、蓮がその前に立ちふさがる。
 じりじりと続くその攻防は緊張感を増し、何か一手食い違えば一瞬で流れが傾く、そんな様相を挺し始めていた。
「これ程の域の技を具現させる憧れとは、いったいどれだけの想いなのか」
 剣を合わせ、切り結ぶ間に、湧き上がる想いが沙葉の口から自然と漏れる。
「私にはないものだ、それでも私は何故これを選んだのか」
 過去の己が何かを訴えかけてきているような、そんな胸のざわめきに、沙葉は首を振って前を向く。今は目の前に敵に集中しなければならない、と、
 踏み込み振るう刀の切っ先が敵の体を捉える。今までよりも深く刃の埋まる感覚、それに違和感を覚える沙葉。
 敵の踏み込みが今までよりも半歩深い。
 つまるところそれは、次に帰ってくるその斬撃もまた半歩先へ。
 切っ先が自らの喉元を切り裂く光景が脳裏に浮かび、赤い鮮血が闇の中に散る。
 しかしそれは沙葉の血液ではなかった。
 割って入った蓮の上半身を袈裟に切りつけた一刀は深くその身を抉り、膝を突いた蓮の首元を目掛け、再び跳ね上がった白刃が狙いを定める。
 その一閃はしかし、横合いから主人を助けるために飛び込んだ空木の体当たりによって空を切る。僅かに稼がれたその時間に、ケルベロス達は動く。
「ラーシュ!」
「遍く照らし、その身を癒やせ! ッ、九曜も手伝ってくれ!」
 マイヤの呼びかけに答えたラーシュが蓮の体を引きずり後方へと放り、それを受け止めた朔也がウイングキャットの九曜と共にすぐさま治療に当たる。
 大きく崩れたケルベロス達を前に、たたみかけようとする敵の行く手を阻むべく、マイヤの起こした爆発を受け、しかし怯むことなく敵は前に進む。
「嫌なもの程気に掛かる。気に掛かるから縛られる。さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?」
 その足を止めさせたのは、セレス口から紡がれる言葉だった。
「どれだけ貴女が速かろうが、私の言葉は貴女に届く、届く以上は――逃がさないわ」
 喉元に手をあてて彼女の紡ぐ言葉は力を持ち、蓄積された幾つもの傷や魔力を再び呼び起こし、その動きを鈍らせる。いかに体裁きの優れる目の前のドリームイーターとて、音からは逃れること敵わない。
 剣客はそれ以上の攻勢を、一度打ち切りはしたものの、以前しとめられたわけではない。
 治療中の仲間守るように攻撃を仕掛けるケルベロス達の猛攻を前に、敵もまた退く事は無い。
 目まぐるしく攻守の入れ替わる戦い。
「そんなに動くと疲れるでしょう。ですから少しは、休んでみるのも悪くないと思いますよ」
 いくら動き回ろうとも疲弊の色を見せない敵の足を止めるべく、チャールストンの放った弾丸が敵の両足を貫通し、コンクリートの床を砕く。
 一瞬傾ぐ剣客の体、だが、両足を広げそれは倒れることなくその場に留まる。
「遊ぶつもりはありませんので!」
 その隙を突いてウエンが敵の体へと触れる。すると彼の瞳と同じ色を持ったパズルのような光の箱が瞬く間に敵を包み込み、内部を満たす電磁波が敵の体から自由を奪う。
 チャールストンと、ウエン、二人がかりの攻撃で敵の体の自由を奪い、作られたその大きな隙に、床を蹴り、天井を蹴り、降下の勢いを載せたクロハの蹴りが敵の体を捉えた。
「それは彼女が求めた憧れですよ。無粋な夢喰いに触れられて良いものではありません。ここで潰えろ、夢喰い」
 穿たれた胸元から広がる不鮮明なモザイク、強烈な一撃に吹き飛ばされる剣客の体。
 それが地面に放り出されると同時、受身を取り、立ち上がった瞬間、目の前には治療を終えた蓮の姿があった。
「取り戻させてもらう、それはお前の夢じゃない」
 赤黒く闇に溶ける、蓮の体に不釣合いな豪腕が唸りを上げ、雷と風を纏い、敵の体を切り裂く。確かな手応えと、感触。
 その威力に破壊されたコンクリートから巻き上がる粉塵が晴れると、そこには未だ敵が立っていた。
 体中至る所が元の着物姿を維持できずモザイクに変わり、それでもなおそれは、少女の理想を映して立つ。
 その眼前に、唇を食み、沙葉は立つ。


「決着をつけようか」
 剣客と向かいあい、沙葉がそう零す。
 数え切れないほどの斬撃に、服に血を滲ませ、その長い黒髪も戦いの中乱れきった沙葉、大してケルベロス達のありとあらゆる攻撃に、今にもモザイクに解けて消えてしまいそうな程に不鮮明な剣客の体。
 互いにその体には無数の傷を刻み、満身創痍の状態。
 それでも互いの刀を握る手からは少しの力も抜ける事はなく、向き合う二人の間に一切の隙はない。
 慎重に間合いを計り、じりじりと距離が詰まる。
 張り詰めたその空気に、誰もが息を呑み下手に手出しをすることができない。迂闊に手を出した瞬間、四肢のどこかを斬り飛ばされる、そんな映像が脳裏に浮かぶ。
 先に動いたのは沙葉だった。
 握りしめた獲物に力をこめれば、その刀身は青白く輝く刃を纏い、踏み込み駆ける彼女の軌跡を闇の中に残す。
 それを受けて剣客も動く。
 ふっとその姿が闇に掻き消えたかと思えた瞬間、沙葉の眼前にひらりと、白刃が閃く。
 青い刃がそれを打ち払い、息つく間もなく、白と青の剣閃が幾度となく打ち交わされる。
 雨の音すら掻き消す澄んだ剣戟の音。
 いつまでも続くかと思われたその終わりは、唐突だった。
 上段から振るわれた一刀を、下からすくい上げるように青い刃が切り裂く。
「この刃は、未来を切り開くための刃だ……!」
 半ばから切断された刃が、モザイクに変わるよりも早く、勢いのままに体を回し、横に振りぬかれた沙葉の刃が十字を形作り、剣客の体を真横に切り裂く。
 剣客の手を離れた刀が薄汚れたコンクリートの床に落ち、無機質な音を立てた瞬間、それは形を維持できなくなりモザイクへと解けて消えた。


 夜の街に響くくしゃみの音。
「風邪でもひいたかなー……?」
 暗く闇に沈む町の中、ぽつんと明かりの点るコンビニの前、朔也はぶるりを身を震わせる。
「やっぱ、悪いから羽織返すよ」
「いいって、家に着くまでは着ときなー」
 朔也と並びコンビニの軒先に立つ意識の戻った少女は、バツが悪そうにしながら羽織を返そうとするものの、朔也にきっぱりと断られ渋々とその温かさを感じていた。
 しかし、そうしてやさしくされるのにも耐えられなかったのか、少女はケルベロス達に向かって、深く頭を下げる。
「アタシの軽率な行動のせいであんた達にはわざわざ迷惑かけちまって、悪かった」
 夜な夜な軽率に行動していた自分の行動を恥じる少女。
 その肩に優しく手を置いて、ウエンは気にしなくてもいいと、声をかける。
「ただ、あなたの夢も守りたかったんです」
 まっすぐなウエンの言葉と視線に、少女は恥ずかしそうに目を逸らし、俯いて、
「どんな形でも努力する姿勢は嫌いではない。その気持ちはいつまでも持っていて欲しい」
「そうですね、思う一念岩をも通す、と言います。アナタが目指す理想が現実となりますように」
 続く、蓮とチャールストンの言葉に耳まで真っ赤にした少女は顔を上げる事もできず、タバコを燻らすチャールストンは小さく口の端を歪める。
「そうだ、せっかくだから、あなたが憧れているという剣客について、聞かせてくれないか?」
「オレもそれは興味あるなー」
 沙葉と朔也の言葉に、助かったとばかりに、自らの憧れの存在について少女は語りだす。回りのケルベロス達はそれに相槌を打ったり、時折質問を投げかけたり、自分の事を話したりと、人気の無い深夜のコンビニの前、話題は尽きることは無い。
「あったかい物買って来たよ」
「これで問題なかったかしら?」
 そこに、コンビニから出てきたマイヤとセレスの二人は、湯気を上げる肉まんやおでん、ホットドリンクを抱えながら合流すると、それらを配りながら話へと加わっていく。
 それからどれほど話を続けただろうか、
「そろそろ、風邪をひく前に帰りましょうか」
 まだ暖かな缶コーヒーをカイロ代わりに握り締め、折を見て口にしたクロハに、ケルベロス達は頷いて歩き出す。少女もその輪へと加わり、近くの駅までの道を歩いていく。
「もうすぐ年越し、我々もしばしの休息を楽しむくらいは許されるでしょう」
 不確かな未来にそんな願いにも似た呟きに、誰もが苦笑し、月明かりも無い雨の降る夜の街を歩いていく。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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