雪色シフォンとお喋りな夜

作者:深水つぐら

●雪色シフォンとお喋りな夜
 景色の移ろう様を見ていた。
 誰もが心踊る煌めきなのは十二月に起こる聖夜の楽しみを想うからだろうか。その象徴とも言える星のオーナメントを手にしたギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は、一同を望むと静かに微笑んだ。
「仕事を頼みたい。と言っても、今回はヒールを含む修復作業だ」
 言ってギュスターヴはオーナメントを机に置くと、広がっていた商店街の見取り図へと指を向けた。
 その商店街はデウスエクスに破壊された町のもので、昔はクリスマスの催し物があっていたという。特に洋菓子店が多くあり、それぞれの店でクリスマスをモチーフとしたお菓子がたくさん販売されていたそうだ。
 ケルベロスにはこの商店街のヒールによる修復作業の依頼が来たのだ。そしてもうひとつ、このクリスマスの催しを手伝いもお願いされたという。
「商店街には植木鉢に入ったゴールドクレスという木が店先に配布されている。クリスマスツリー用に店の人達が資金を出し合って調達したものでな。飾りつけを頼みたいそうだ」
 飾りは商店街側でも用意しているがケルベロス達が持って行ってもいいだろう。その場合は公共物に飾るので常識的なものに止めておいた方がよさそうだ。
 なお、夕方からはツリーの点灯も行うそうで、スムーズにいけば点灯式などできるかもしれない。
 飾り付けが終われば、洋菓子店のシェフらが協力して考え出した『復興記念』のクリスマス・シフォンケーキが配布されるという。
 それは雪の様な白い帽子を被ったシフォンケーキ――雪シフォンと名付けられたそのケーキは、同じレシピで同じものを復旧を頑張った絆の証として初日のみの配布となる。
「このケーキは復旧を手伝ってくれたケルベロスにも提供してくれるそうだ。休み処として解放予定の空き店舗で食べられそうだな」
「そこ、スッゴク素敵な建物なのデス」
 ぴょこんと話に飛び込んできたのは、カラン・モント(華嵐謳歌・en0097)だ。先に確認に行ったとの事で、地図の中央――空き店舗があると言いう場所を指示した。
 それはかつて銀行だった古い建物だという。アールデコ調の建物の破損は幸い少なく、修復すれば暖炉も使えるそうだ。のちに商店街の交流サロンとして使用される予定で、今回はケルベロス達にお掃除してもらえば好きに使って構わないという。
「家具は据え置きのソファとテーブルぐらいデスけれド……お掃除スればちゃんと使えそうデシタ」
 かつての窓口は硝子もないとの事で、バーカウンターの様に扱うのも一興かもしれない。なお、飲み物に関しては紅茶や珈琲等の準備をギュスターヴするとの事だ。
「ちょっとシタお茶会、デスネ」
 にこにこしながらカランが星のオーナメントを拾うと、楽しそうにその表面を撫でていく。その様にため息を吐いたギュスターヴは、改めて一同を見回すと小さく微笑む。
「希望の火を灯しに行く仕事だ。もしよければ手伝ってくれんかね」
 誰かの為に、誰かと一緒に過ごす。
 そんな時間を作る為に。
 微笑んだギュスターヴの目は穏やかな色をしていた。


■リプレイ

●星を
 冷たくなった手がじんと痛む。
 息で手を温めた紡は不意に響いたイチカの声に振り向いた。
「どれもかわいいなあ。あ、ホラ。リボンのもあるよ!」
「ほんとだ、どれもかわいい!」
 はしゃぎながらハートのオーナメントに金のリボンを巻き付けると、クリスマスツリーに飾っていく。揺れるハートは紡が思うイチカの印だ。それらを付け終わった後で、紡はイチカから輝く銀の星を手渡された。
「えへへ、本物の星に負けないような所にね!」
「はいはい、この夜でいちばん綺麗に輝くところ、ツリーのてっぺんに飾ってあげる!」
 ウィンクひとつと共に星が座したのはこの夜で一番綺麗に輝くところ――その煌めきを眩しそうに望んだ律は、自身の手元に視線を戻すと真珠色の電飾をそっとツリーに取り付けた。
 予定の点灯式に間に合わせ為にと急く彼は、見慣れた黒龍を見かけるとお疲れ様ですと声を掛けた。ふとその手が付ける物が気になって尋ねてみれば星だという答えに頷く。
 それが彼の口癖である『希望』の象徴だと思い合点がいくと、律は手にした林檎の飾りをツリーへと伸ばした。
「珈琲、楽しみにしています」
「ああ、気に入ればいいのだが」
 黒龍の答えの後に周りを見ればもう大方の飾りつけも終わり、そろそろ夕闇が迫っている。祝福の火が灯る瞬間はもうすぐ――その煌めきが色を増す様を眺めた宿利は、穏やかに目を細めるとテーブルで座す友へに声を掛けた。
「素敵なクリスマスを過ごせそうね」
 彼女の言葉に志苑は頷いて眼前の雪シフォンに頬を染めた。その隣では蓮が自身の珈琲に口を付けている。そんな彼のお皿へ、ひとりチョコレートシフォンを選んだ宿利が自身のシフォンケーキを切り寄せれば、幸せのお裾分けと微笑みが咲いた。
 パチパチと鳴る火の音に志苑は眩し気に目を細め、それが新しい想い出になったと実感する。
「暖炉っていいですね、あるだけで暖かく感じます」
 薪の焼ける音と揺らめく火、蓮もまたどこか安心を覚え、そんな居心地の良さの中で味わうシフォンケーキや賑やかなクリスマスツリー達は、自分達の時間を特別にする気がした。
「いえ、一緒だといつでも特別です」
「そうね、三人で過ごす時間は少し特別な日常を、もっと特別にしてくれるよね」
 だから、この時間に感謝を。
 二人がそう笑えば蓮もちらりと一瞥を投げる。言葉にするのは容易いがそうしなくともきっと伝わる。それがわかっていると二人の娘が微笑めば、男は立ち昇る香ばしい珈琲の香りにほうと息をはいた。
 そんな溜息に至福を交えた和は、口の中で解けた雪シフォンの甘さに身震いした。疲れた体に染み渡る糖分に感動しつつも、先ほどシフォンケーキをくれたリーズレットへお返しケーキを差し出した。
「はい、プレーンも。あーん」
「ん~! おいひぃぃ!」
 そんな至福の食べ比べに、和のボクスドラゴンであるりかーが甘噛みで水を差せばリーズレットはピンと来る。
「ははーん! さては嫉妬だな!」
 その言葉に困った顔をした和がりかーにもシフォンケーキを食べさせれば、満足げに喉を鳴らす姿が見えた。自分もととリーズレットが自身のボクスドラゴンである響の口へシフォンケーキを運ぶが、当のドラゴンはどこ吹く風と目を細めるばかり。
「ほら、響! そんなジト目でこっちみてないで、『あーん』だ!!」
「ははっ響ちゃんはツンデレやなぁ」
 ようやくケーキを口にした相棒が満足そうな姿になると思わず笑ってしまう。やっぱり美味しいものはみんな同じ――そんな舌鼓を打つのは大人びたお店に背伸びする三人組だった。
 シフォンケーキを待つ間に先に到着した珈琲達。それを頼んだ二人のナイトは姫の前で相反する反応を見せていた。
「シズネもブラックにしたんだね……苦いの飲めたの?」
「う、うるさい……」
 正反対の二人にミニュイは心配そうになるが、シズネが見栄を張ればにぱっと明るい笑みが舞った。
「にがにがなの飲めるのカッコいいね、大人って感じだねぇ!」
 ふわりと溶けるのは君の笑顔。その煌めきに惹かれてやってきたシフォンは同じチョコレートだった。
「なんだ皆チョコ味じゃねぇか!」
「もぉ、違う味分けてもらおうと思ってたのに」
 ミニュイがぷうと頬を膨らませるが、急に別の色を見せるとぱっと花の様に綻んだ。同じ物を頼んだのは三人の気持ちが変わらず仲良く繋がっているから――その言葉に嬉しさと笑みが零れる。
「じゃあ、違うお味のケーキは帰ったらラウルちゃん作ってね」
「もちろんオレの分もあるだろ?」
 ミニュイの可愛いお願いにシズネが乗るとラウルは勿論と頷いた。
 素敵なお茶会の続きはお家で。そうして口にした雪シフォンの美味しさに三人の顔が綻んだ。

●甘い色
 ふわりと香る甘い匂い。その持ち主に視線を奪われた鈴花は藍の瞳を嬉しそうに細めた。
「雪シフォン! これ、食べたかったのです!」
 憧れの菓子を切り分ける鈴花をルーファスは眩しげに眺めていた。甘い心地の余韻浸る恋人を見遣れば、桜色の頬紅がほんのり浮かんでいるが、その口元にちょこんと座るのは。
「お、口元にケーキが」
「……え、付いてます?」
 その言葉に鈴花は手を当てようとするがルーファスの長い指に阻まれた。男の親指がケーキの欠片を攫い、その舌がぺろりと食べてしまう。
 後に残るのは赤面のまま目を丸くする鈴花の顔ばかり。そんな様子にルーファスは何やら理解したらしく、自分のケーキを切ると鈴花の前に差し出した。あーんと促す相手にぽわりと少女の頬が染まる。
「……あーん、じゃありません!!!」
 その後に響いた声は本音というより照れ隠しで。そんな賑やかさに負けず劣らず、楽し気な談笑を続けるのは、【ハゥル】の仲間達だった。幾人かの前には青く躍る焔――暖炉の前では聊か見にくいが、それでも薄暗い店内ならば不思議な様を堪能出来る。
「ははあ、なんとまあ、豪快だこと」
 クラレットの言葉通りに火を付けられた砂糖はブランデーと一緒に淡く溶け揺れている。その様子にローデッドは自身の瞳を瞬かせるとほろ、と藍の地獄火を漏らした。見比べる様に覗き込めばダリルの笑う声がする。
「確かにローの左目と似ているね」
「赤色、青色、地獄のものにも似ている」
 続けた釧は退屈していない様で、興味ありげに炎を覗いた。クリスマスにはお誂え向きの彩りをそっと珈琲の中へ落とし込めば、消えた火の香りからブランデーが香った。そうして登場したシフォンケーキを前に、釧がケーキ消失事件が起きない様にと祈ればクラレットは口を尖らせた。
「私のケーキはひと口もやらんでな!」
「大丈夫、誰も取らない」
「取らねェっての」
 消失事件とは恐ろしい。警戒しつつケーキを味わい始めた彼女に、ダリルとローデッドが声を掛ければその様子が少しだけ緩んだ。そんな用心深い紅一点とは反対に、釧とシフォンケーキの味見を始めたダリルはその甘さに微笑む。
 柔らかな甘味、口解けの良いチョコレート。持ち帰りたい誘惑は美味しいと感じるから――そういえば、今の顔触れと一緒にいる時はいつもそうだった気がする。今年はそんな機会に多く恵まれたと思えば、自然と其々の口から来年の縁を願う言葉が溢れた。
「……ま、来年もヨロシクドーゾ、ってとこで」
 ローデッドが乾杯の代わりにカップを持ち上げれば、それに続く様に他のカップも続いた。
 ふと、ブランデーの匂いが香る。
 ゆるりとした眩暈を覚えるアルコールの――そんな香りを吸い込むと、労いの言葉を受け取ったという黒龍は傍らのメイザースの言葉に頷いた。
 カウンターに背を預け、今日施した自分のケルベロスとしての務め――窓外の煌めく木々に目を細める。自分に出来る事ををしてこんなに素敵なご褒美が貰える。戦いだけがケルベロスの仕事ではないのだと改めて思うのだ。
 そう、だからヒールの結果故か洋菓子店の一角にほんのりと光る蔦が寄り添っていてもきっとご愛敬だ。
「……おっと、これは内緒だよ?」
「悪い男だ……」
 喉の奥で笑う黒龍にメイザースは微笑むと聖夜の奇蹟、と嘯いた。それは今日の菓子の様に甘い物――そのひとつを噛み締めながらヴィは自身のシフォンケーキを雪斗の皿へ寄せた。
「ね、雪斗、これ美味しいよ? 一口食べてごらん」
「ん? ヴィくんのも貰ってええの? ありがとう!」
 冬に咲く花の様に笑った雪斗が一口食べると、今度は彼もまたヴィに自身のケーキを差し出した。二人が互いの雪シフォンに舌鼓を打てば、その美味しさがこれまでの記憶を呼び起こした。
「もう二年かぁ……ほんまに楽しくてあっという間やった」
 初めてのお出かけもケーキだった。そこから始まった楽しくて仕方がなかった二年の思い出は今この瞬間へと続いている。
 毎日毎日楽しくて、とても幸せで、紡ぎ続ける想いは色褪せない。
「それも、雪斗のおかげだよ。ありがとう」
「こちらこそありがとう。ヴィくんのお陰で毎日幸せ」
 お互いの顔を覗き込めば、眩い程に透き通る青と緑の瞳があった。その目に映る一瞬をこれからも想い出として紡いで生きたい。
 二人の胸に同じ思いが溢れると、自然とその顔に笑みが零れた。

●雪の声
 窓辺に灯る輝きは、降り始めた雪を多彩に染めていた。
 その色を映した様な雪色の帽子を被ったケーキを掬って口へ運んだ途端、摩琴の目が瞬き美味しいと声が上がった。
「本当……このケーキ凄くふわふわで甘くて美味しいですね……」
 クルスの頬がほんのりと紅に染まる。その様に摩琴はにこりと笑う。楽しい胸の内のままに女の子が話すのならやっぱり。
「クルスは好きな人いるの?いないなら理想のタイプは?」
「「……す……好きな人……ですか……? ええと……」
 事も無げに投げかけられた質問にクルスが赤面しながら『優しくて安心できる方』と答えると、摩琴はきゃあと黄色い声を上げた。けれどもトークである以上自分にも降ってくる訳で。
「マコトさんはどんな人が理想なんですか…?」
「え!? ボク?? えとね、その、ボクの別の面を見つけてくれる人、かな?」
 思わぬ反撃に動揺しつつも、今はそんな人はいないと続け、茶を一口――そうして唇を離した真也は、太陽の騎士団の仲間達が賑やかに自身のシフォンケーキに見せる反応を嬉し気に眺めていた。
「たまには皆でこういうのんびりとした時間もいいな」
 穏やかな時間。興味津々にシヴィルがシフォンケーキに夢中になる姿は、太陽の騎士らしい微笑ましさだ。そんな中でふとツリーを眺めていたアヤメがクリスマスに過ごす誰かへの思いを馳せた。
 こうして気の置けない仲間と過ごすのもいいが、聖夜に特定の誰かと傍に居るのは憧れるものだ。
「そういえばこのメンバーで、そういう相手がいる人って居る?」
「ああ、クーゼには恋人がいたのではなかったか?」
「そう言えば、クーゼさんにはお付き合いしている女性が居られましたね。以前、お見かけしましたが可愛らしい方でしたよ」
 ロベリアとシヴィルの言葉に当のクーゼは沈黙を行使する。
 恋人――思わぬ事実にエステルは一度身を固くしたが、すぐにアヤメはどうなのかと話を振った。どうやら相手はいないが好みのタイプはあるらしい。
「頼り甲斐があるけど、ちょっとぬけている人、かな」
 普段は頼りたいけど、たまにはボクが力になってあげられる様な関係に成りたい――そういうエステルはどうなのだと問えば、同じくおらず語ったのは『かっこよくて頼もしい人』という理想だった。
「俺もそんな素敵な恋人が欲しいっす~」
 明るい調子で憐が羨むも自分はどうなのかと尋ねられると、あっさりとした答えが返った。
「今はもっと強くなりたいっすね。足手まといにならなくなったら、そーゆーの真剣に考えてみるっす」
 それはそれで憐らしいのかもしれない。そんな彼とは対照的にシヴィルは珍しく縮まって赤面していた。
「恋愛の話か。そういった話は、苦手なのだがな」
「ボクは相手なんていないけど顔が良くて現金引き落とせたら最高だね!」
 理想も現実も混じるフェルディスの答えに、アヤメはくすりと笑う。それでも、彼女が零した自分を受け入れてくれる人と言う願いは誰もが持つ儚い願いだ。だからこそ口にした事で視線を引いていたと知ればどきりとして、フェルディスは慌てて手持ちのフォークをぴょこんと振ると、他の人はどうなのかと問い返した。
 自分にはそんな殿方はいないと答えたロベリアが、真也に視線を向ければ苦笑いするのが見えた。
「恋……か。俺はそんなものをしている暇はなかったな。少年兵として生きるために必死に戦ってきたからな」
 手元に揺れる紅茶の波に過去を映した青年は、自身に掛けられた言葉が呪縛である様に恋をしている暇はないのだと思い出す。望まれた英雄になるには心が入る隙間はないはず――言葉の後で口を閉じた真也に、フェルディスもまた唇を噛んだ。
 暇はなかった。彼の事情とは聊か異なるが、自分もそんな暇はないのかもしれないと思った。何故なら利益だけで人を血で染めた私が誰かを好きになるなんて――。
「ほい、おかわりっす」
 視界の端に積もる雪を差し出された紅茶の温もりが溶かしていく。それが完全には溶けずとも、温めることはできるのだと知ると、フェルディスは憐に礼を告げると改めて仲間達の笑う眩しさに瞬きをした。

●笑う刻
 ほうと息が漏れると芳醇な香りに満たされる。
 注がれる視線に気が付いた夜は、小町に笑うと唇を開いた。
「口付けすれば君も味わえるんじゃない?」
「来年まで我慢するわ」
 お酒が飲めるまでは駄目だと手を振ると小町はさっと皿のシフォンケーキを切り分けた。好みを知った上で互い違いの市松模様の様に取り換えられたケーキを見ると、それが同時であった事に思わず笑みが漏れた。
 それほどチョコレートが好きだという夜に、好みの味まで聞いてしまっては二月に約束ができてしまう。
「バレンタインに期待するからね?」
 そうして零したウィンクひとつ。それがいけなかったのか。
「何そのスマートなおねだりまでの流れ! イケメンか! イケメンだ! 知ってた! 贈らせて貰いますともぉぉ……っ」
 咄嗟に飛び出た小町の本音に、夜は瞬のの後に大きく笑った。
 用意していた建前はどこに。ころころと漏れた本音がここに。
 唇噛み締める娘の、いとをかし――飴色の天井を彩る幾何学模様へ回っていたナディアの視線が、ようやく隣のヴィルベルへと辿り着くと、ふわふわのソファーに背もたれかかった。
「私が贈った植物は元気か?」
「あぁ、すくすく育ってるよ」
 どうやら先程のツリーを見て思い出したらしく、ナディアの質問にヴィルベルは嬉しそうな微笑を見せる。
 君に貰った植物は自分にとって可愛い子。そこから紐解かれた今までの歩んだ記憶に、ヴィルベルはくすぐったく笑うとぽつりと希望を零した。
「今度はどこに行こうか」
「あ。すまん聞いてなかった」
 途端、ヴィルベルの穏やかな笑みがちょっぴり凍り付く。その手がみゅにゅっとナディアの頬に伸びると、当の彼女は甘んじてその罰を受け入れる。
「……ひゅまんて」
 許してもらたのか、もらえなかったのか。不思議な二人の時間に燻るのはちょっと不安でそれでも愛おしい時間。それはいちるの眼前で燃える火のようだった。
「すごいや、お砂糖とお酒が燃えてる」
「溶かされる砂糖がまるで雪のようだな」
 同じ様にカップを覗き込む信倖がそう告げると、いちるは傍に寄る彼の顔を一瞥する。ほろと燃える青火は白い砂糖の上で揺れ、まるで揶揄う娘の様だ。だがそれ以上に美しい。
「信倖の炎みたいで、綺麗」
 輝く様ないちるの言葉を信倖は反芻すると、自身の腕に手を当てた。
 ああ、そう言われると、この炎も悪くはないな――。
 ふと、スプーンの上に置かれた砂糖が崩れると、音も無く珈琲の中へと沈んでいく。それを見た二人はようやく雪シフォンにも辿り着いてふわふわの生地にフォークを入れた。
 甘くて美味しいケーキと珈琲を共にお喋りが進むのは当たり前の事で。
「来年も、色んな所に遊びに行こう」
「ああ。来年も、楽しめるといいな」
 今年の素敵な思い出はこうしてちゃんと出来たから。微笑みの後で恥かしくなったのはアラタも同じだった。金の瞳がちらりと覗くのは、久方振りに会ったラスキスだ。憧れとして在り続ける彼女とのお茶の時間は変わらず新鮮で、挨拶を終えても落ち着かなかった。
 山程の質問を抱えてもなおラスキスは穏やかな笑みで答えを広げていく。
 里帰りに見えたもの――懐かしさの後に喪したものが在ると実感した。はぐらかすには不器用な、けれどもその様が愛らしいくも愛おしくもある。その空気を得たアラタは、叶うならと懇願する。
「アラタには無いものを持つラスキスが、らしく笑ってたら、もっといい」
 アラタの告げたものは何を意味するかは分からない。けれどもその瞳から見えた感情を嬉しく思う。ラスキスが懐かしむ様に彼らの居場所の様子を問えば、アラタの口から変わらない日常の様子が飛び出してくる。そうして零れた笑みにふと思った。
「おかえりなさい、ラスキス」
「――ただいま」
 クリスマスは縁の日だ。それは誰もが何かの縁を掴むという。去る者と在り続ける者。其々がまた出会う為に、今宵はゆっくりと更けていく。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月31日
難度:易しい
参加:38人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 6
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