氷原のトムテたち

作者:五月町

●彩り壊す光
 17時にもなれば、冬の空は早々に夜を迎えに行ってしまう季節。ゆっくりと影に包まれていくだけの凍れる湖上に、ぽつり、ぽつりと灯りがあらわれた。
 点していくのは地元の子どもたち。とんがり帽子の妖精にあやかって、『トムテ』と名付けた円錐型のシェード。色とりどりのそれらの中には、分厚い氷を溶かさぬように、蝋燭を模したLEDランタンを閉じ込める。
 熱はもたない。けれど見るからにあたたかな光を持つ色とりどりの『帽子』たちは、天然のスケートリンクを華やかに彩る。
 その中央には、ひときわ大きなとんがり帽子。内側に仕込まれた投影機が、真っ白なトムテをステンドグラスのツリーに変える。

 はしゃぐ子らの声が響くころ。
 湖に接する雑木林の一角から、顔をのぞかせる気配があった。
 からだは夜の闇よりなお暗く、時折体表に走る青白いひかりが、そのシルエットを浮かび上がらせる。
 それは古びたシェードランプであったもの。──体に潜り込んだ小さな小さなコギトエルゴスムによって、ダモクレスへと生まれ変わったもの。
 それは生まれた瞬間から、光あるところに餌がある、と知っていた。
 作り足された大きな両腕を杖のように使って、ダモクレスは氷上へ進み出る。分厚い氷も色とりどりの光も、冷たい水に沈めるために。子どもたちの命を、己が糧として奪い取るために。

●彩りを守るもの
「──なんてこと、許す訳ないよね!」
 齎された予知に、茅森・幹(紅玉・en0226)は力強くそう宣言した。集まったケルベロスたちにも同じ思いを見て取ると、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)の小さな眼が一瞬、オーナメントのようにきらりと光る。
「そうだな。シェードランプのダモクレス、あんた方に任せよう。奴さんが虐殺を始める前に撃破してくれ」
 湖畔を通過する引っ越しトラックから転がり落ちたのか、それとも扱いに困った誰かが故意に捨てていったのか。ランプの身の上は知れないが、人を苛むものとなってしまったことには変わりないのだ。
 頷く仲間たちに、グアンが語ったところによれば──現場は、冬場はわかさぎ釣りなどで賑わう小さな湖であるという。釣りの解禁はまだだというが、今頃はもう分厚い氷で覆われて、近隣の子どもたちの格好の遊び場となっているらしい。
 ダモクレスは、湖畔と近接する雑木林の片隅に姿を現す。湖の端と雑木林との間には道路が通っており、ここで迎え撃つのが良いだろうという。
「奴さんの体はシェードランプ相当だが、ダモクレス化で巨大な機械腕を手に入れていてな。傘の下から放つ強烈な熱線の他は、この腕で攻撃してくる。切り取った手先をドリル化して飛ばしてきたり、両腕を突き立てて起こす地割れに巻き込んだり」
 いかに分厚い氷であろうとも、熱にしろ衝撃にしろ、直接一撃を受ければひとたまりもないだろう。察した様子の仲間たちに頷いたグアンは、大丈夫だと口の端を吊り上げた。
「守り抜けるだろうよ。人の命を背に負った時のあんた方は、ことに頼もしい」
 自分もまた頼もしいひとりで在りたいと、幹は拳を握り締める。
「子どもたちをがっかりさせたくないもんね。命は勿論きっちり守るよ。遊び場も、トムテの灯りも一緒に」
 欲張りに全てを守り抜けば、子どもたちの笑顔が氷上に迎えてくれる。そんな未来図をはっきりと胸に描いて、ケルベロスたちは冬の湖へ飛び発った。


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
落内・眠堂(指括り・e01178)
スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
楝・累音(襲色目・e20990)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
苑上・郁(糸遊・e29406)

■リプレイ


「あれがトムテですか。そういった存在は初めて聞きましたが──」
 成程クリスマスと関わりあるものかと、アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)は首肯した。厚い氷に覆われた湖の上には、それらしい彩りを燈す三角帽の灯りが、子どもたちの往来に合わせてゆっくりと動き回る。
「大切な遊び場も子ども達も、必ず守り抜くのです……っと、きゃあ!?」
「うわっと、待って待って!」
 拳を突き上げた苑上・郁(糸遊・e29406)の笑顔が唐突に遠退く。その腕を慌てて掴んだ茅森・幹(紅玉・en0226)は、残念ながら格好よく助けるには至らなかった。でーんと氷上に転がったものの、なんとか自力で起き上がり、助け起こした郁の手を引いてじりじりと湖上を進む。
 呼ぶ声に振り向いた子どもたちの前で、なんとか止まった郁の視線は彼らと同じ高さ。これから怖いものが来るから、隠れていてほしい──そう語りつつも、
「でも、お姉さん達にどーんとお任せあれ!」
「すぐやっつけちゃうからね、待っててよ!」
 照れ笑いの明るい顔、交差するガッツポーズ。子どもたちの不安はあっという間に萎んでいった。
「そう、急いで──スケートの練習の成果を見せる時ですよ」
 斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)の朗らかに呼び掛ける声が、退避する子どもたちの背を明るく押し出した。その間に、残るケルベロスたちは湖を守るように油断なく布陣する。持ち込んだいくつもの灯が、薄闇に溶けそうな足元を明るく照らしていた。
「あかり、殺界形成は任せたよ」
「うん、任された」
 楝・累音(襲色目・e20990)にぴこりと耳を揺らし、新条・あかり(点灯夫・e04291)は心を鎮めた。その静けさが辺りに伝いゆくように、生まれた結界が生き物の気配を遠ざけていく。
 ──そしてその中に、ただ一つ。
 大きく変質した体をがちゃつかせ、殺気を露わに飛び込んでくる命があった。

 あかあかと光を湛えた輪郭は、確かにランプを思わせる。しかし、明らかに異質のものに変わり果てていた。
「本当は知ってるんでしょう? その願いが叶わないってこと」
 ふわり、降り注ぐ風の花の雨が、柔い光の夢を喚び敵を惑わす。暖かな幻想に頬を染められながら、ううん、とあかりは首を振った。
「それは『あなた』の願いじゃないんだよね」
 生じたのは何者の怒りか。迸る熱量からあかりを守るように蹴りを降らせる眠堂は、彼には珍しい洋装に微かに身動ぎをする。
「……お前も嘗ては命のそばに在ったもの。そのとうとさを、思い出せねえか」
 星連れる一撃を受け、浮かび上がる青白い光はダモクレスのもの。つんと鼻先に滲む痛みは寒さのせいか、それとも──。
 しかし落内・眠堂(指括り・e01178)は、それを顔には見せない。
「煌らかな子どもたちの声は、もう餌としか思えなくなってしまったかい?」
 険を含むスプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)の声が、伸びる重力の鎖とともに敵に絡みつく。その間に、朝樹は朝陽にも似る光の粒子を装甲からふわりと漂わせた。
「疾く憂いを祓い、子供達に安堵の燈を灯しましょう」
 仄淡い笑みはそれよりも一足早く、並び立つ仲間たちに力を燈す。彼への一抹の気掛かりを視線の端に残しつつ、得た力を掌に握り込んで、累音は敵前へ飛び出した。
「お前さんも元は、闇を照らす暖かな灯りだったろうにな」
 胸の底に灼きつくような思いを、背後に顕れ出でる竜の姿に変える。吐き出す炎が敵の姿を覆い尽くしても、そこへ飛び込んでくる郁の脚は、敵の真芯を逸れることなく星の輝きで貫いた。
「──お帰り」
「お帰りなさい、二人共」
「ただいまです!」
 穏やかな出迎えに並ぶ笑み二つ。ユラ、と動かした視線の先に、テレビウムの玉響もちょこんと飛び込み武器を振う。見送った幹はあかりの視線に頷き、敵の動きを封じる一撃を解き放った。
 攻め込まれるままだったダモクレスが、両腕を地に突き刺した。四方へ走る地割れが前衛を飲み込むも、
「我ら、主の敵に鉄槌を下す者。汝、怒りを放ち、戦場に嵐を起こす脅威になれ──!」
 真白い翼を大きく広げ、天を指すリリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)の杖が仲間への祝福を招く。受けた痛みを拭いゆく眩い力は、向けられた悪意から仲間を守るよう。
「人々を照らす存在であったものが変わってしまったのは残念なことですが……それはそれ」
 アルルカンの瞳が好戦の気に染まる。緩やかに流れ出す歌声に、跳ねる剣戟が音もなく添う。白銀から黄金へ、きらきらと移り咲く花の幻影で惑わしながら。
「これはケルベロスの仕事として、禍根を残さぬように致しましょう」
 夜影に巧みに気配を溶かしたあかりのナイフが、死角から襲い来る。仲間の連ねた術を広げてゆく不可視の斬撃に、アルルカンはすかさず踊る刃を続かせる。
 地から引き抜いた大爪が、迫る攻撃を振り切るように飛んだ。怒りの矛先はそれを誘ったあかりのもとへ、しかし踏み込んだスプーキーに阻まれる。
「スプーキーさん──」
「その怒り、今度は僕が引き受けよう」
 凪いだ笑みは一転、低い怒りにすげ変わる。軽々と地を離れた長い脚は、虹を纏い一直線に降り落ちた。
「怒り心頭といったところかい? 僕も少し怒っているよ。子供達の命は……断じて貴様の糧ではない」
 狙われた小さな命たちは、奪われた命に重ね見ずにはいられない。地に叩きつけられたダモクレスの鈍い呻きを、内から爆ぜる一撃が奪い去る。
「ええ、その通り。そしてここも、貴方の遊び場ではありません」
 握り込んだ掌で術を放ったのは朝樹。
 唇だけを緩めた青年の眼は、どこまでも澄んだ陽光の色を帯びていた。


 多くの術に封じられながら、ダモクレスは飛ぶ爪、放つ熱線で必死に足掻く。
 封じ込めるケルベロスたちも無傷ではいられない。這い上る石化の術でさらなる戒めを与えながら、累音は後方を振り返る。
「済まんが回復は任せる」
「はい! ……ユラ、お願いしますね!」
 螺旋を込めた郁の一打が硝子を砕き、敵の行く手を塞ぐ。その隙に玉響が映し出した賑やかな映像は、傷ついたスプーキーに力を届けた。
「ああ──これは、愛らしくも頼もしい応援だ」
 和らぐ仲間の眼差しに横目で微笑みつつ、郁は一瞬の隙を突き、月をなぞる斬撃を刻み重ねた。入れ替わりに踏み込む眠堂の腕に、鋼がするりと巻き付いて、螺旋の力が深く渦巻く。
 望まぬ命を受けずとも、ものには心が宿ると眠堂は信じている。それだけに、望まぬ形を強いられるランプの姿は、結ぶ口に微かに苦い。
「忘れられるだけのものにはしねえさ。……俺が代わりに覚えていてやるから」
 この顛末も、モノへ戻ったその姿もきっと。そう胸の内に誓い、叩きつけた掌の一撃が即座に翻る。指先に現れた符から透き通る腕が伸び、それ以上の狼藉を諌めるように敵を縛り上げた。幹の連ねる一撃が、束縛をいっそう堅固なものにする。
 ダモクレスの反撃は成らない。冴えた青い光を放ち、むずかるだけの生ける機械に哀しげな眼差しを向けて、リリアは目の前に光の壁を築き上げた。
 敵前に三重に重ねた護りは、余すことなく仲間を守る。
「ごめんなさい。でも、誰も倒れさせるわけにはいかないの。子どもたちの笑顔のためにも──皆の楽しい時間のためにも……!」
 祈るようなリリアの声に微かに耳を揺らし、あかりは眩い光の層を突き抜けた。ひび割れた硝子の奥に輝く命を、奔る切っ先で奪い取る。その熱量ごと、叶わなかった願いごと、生きる我が身に受け継ぐように。
 振り上げる腕が空振った。劣勢に呑まれゆく敵に、
「反撃はお終いですか? それならせめて、夢を贈りましょう」
 アルルカンはそう嘯く。憐れな機械を映し出すのは、彼という獣の『牙』たる短剣。結ばれた虚像が軋りを上げるダモクレスに何を見せているのかは、誰にも分からない。
 流れ弾が万に一つも湖へ向かわぬよう、忙しく穴を埋め合うケルベロスたち。身に馴染んだ戦場を縦横無尽に駆け抜けながら、惑う敵へ照準を定めたスプーキーは迷いなくトリガーを引いた。
「星屑を召し上がれ──Shoot the Meteor!」
 銃口から飛び出す銃弾は、甘く色めく小さな星を象る。愛らしい見目とは裏腹に、容赦なく硝子にめり込んだ銃撃は決して甘くない。
 自らの影を掻き消す美しい輝きに、ぐらつく機体を持ち上げたダモクレスは見た。轟音とともに頭上に降りた雄々しい雷の獣、その振り下ろす両の脚から、ばちりと爆ぜる電撃の波が解き放たれるのを。
 雷獣の肩に在る眠堂の眼差しは、冴えてなお慈しむようにダモクレスを見据えている。ひとつの心の終わりを見届けるように。
 己が心にある思いをないものとするように、朝樹は眼差しを染めた切ない色を一瞬で押し込めた。代わりに指し示すのは、終わりの国へ続く迷妄の霧の道。
「──逝く道を拓くから、昏き冥府を明るむ燈火となりなさい」
 黄泉路が薄紅の花色に染まる。取り囲む敵を認められずに、狂おしく光を強めるダモクレス。累音は嗜めるように、穏やかな囁きをその背後に落とした。
「そうだな。そろそろ終わろうか──命も、光も、奪う事はお前さんの本来の形ではなかろう」
 謳う声、刀をなぞる指が、累音の力を溶かしていく。輝く切っ先から翔び発つは、青き夢見鳥。そのはばたきをしゃにむに追った機械の腕から、蝶より変じた冴えた炎が伝いゆく。心囚われ、僅かな力を吸いとられ、雪の上にめり込んだ機体に郁が迫る。
 誰かの手を離れる前は、きっと沢山の光を掲げてきただろう。郁の心に湧くものは、敵意ではなく──感謝の言葉だった。
「きっと貴方の光で癒された人が、いっぱいいますよ。お疲れ様……ありがとう」
 螺旋の衝撃を伝える掌底が、叶うなら人の手の温もりも伝えてくれればいい。送り出す郁の掌を横目に、リリアは再び彼女の主に癒しの力を乞い願う。
 傷ひとつ残らない湖、絶えることなきトムテの灯。届けた力はきっと、子どもたちの笑顔を蘇らせる。──ケルベロスの心だけに、ほんの少しの切なさを残して。
 幹の術の軌跡を跳び越え、駆けゆくのはあかり。顔には現れないけれど、秘めた思いは少し下向く尖り耳が語っていた。
 湖上で見送るトムテたちの映す光は、このランプにも幸せな夢を誘ってくれるだろうか。暖かい思い出だけを持って逝って欲しい──だから。
 頼むな、と眠堂が繋いだ思いに頷いて、優しい少女は前を見る。
「きちんと引導を渡すよ。おやすみ──どうか良い夢を」
 鋭く切り裂く一撃に反して、寄せる思いが熱を持つ。
 ひどく尖った光は尽きて、辺りは静寂に包まれる。けれど、彼方の湖上に浮かび上がるとんがり帽子の光たちが、濡れかけた心を暖めるように伸びていた。
「……寂しく、なかったか?」
 投棄されたランプの破片を拾い上げ、眠堂が語りかける。寂しかったのかもな、と頷いて、累音は目を伏せた。
「今度こそ──お疲れさん」
 切なさは胸に抱いたまま、誰かが行こうと口を開く。
 湖上のひかりのもとに、守り得た賑やかなものたちの笑い声を迎える為に。


 はしゃぐ子どもたちの声が近い。案ずる親たちの声が少し低く混じる。
 眩い夜を取り戻した湖畔を眺めて待つ火岬・律に、待たせたと詫びるスプーキーも、きらきらとした響きに心揺らしていた。
 彷徨う眼差しはきっと過去を重ね見ている。きっと心細いのだろうと聡く察する律に、男の誘いは意外なもので。
「僕等も靴のまま、滑ってみないかい?」
「──ほ」
 本気ですか、の言葉が返る前に、悪戯な笑みが氷上に誘う。呆れも驚きも上らぬ唇から溢れたのは、労いだ。
「転倒は予測の上、ですが……冬の精も、今日の英雄達には贔屓を働くかもしれませんね」
「はは、それなら君への加護は、僭越ながら僕が務めよう」
 辿々しく進む湖上に光が走る。かつて男が守れなかったものを、
「……護りましたね」
 何とは告げずに青年は告げる。声が微かに含んだ熱は、ありがとうと笑うスプーキーの瞼を少しだけ、温もらせた。

「一緒に楽しみましょう、ラハティエル!」
 婚約者の眩い笑顔に、ラハティエル・マッケンゼンは見惚れる思いだ。こんな寒さの底にあっても、美しい光の中にあっても、リリアはなんて綺麗なのだろう。
「でも……その、わたしは不器用なのだけど」
「なに、転倒の一回や二回、何を怖れることがあろうか!」
 暖かな手を添えるラハティエル。君と一緒ならどんなことも楽しいんだ──そう大きく笑うひとに、リリアは同じ気持ちではにかんだ。
「あっ……!?」
「おっと」
 冷たい氷に背を預け、抱き止めるラハティエルの胸の中、真っ赤になって詫びる恋人の熱が愛しくて──、
「ご、ごめんなさい……、!?」
 返事の代わりに小さく、唇を落とした。

 夜色の男の驚く顔に微笑みかける視線を奪い、朝樹は月織・宿利の前へかしずいた。
「今日は僕とお付き合い願えますか」
 あれとではなく、と含む笑みに誘われて、宿利は氷の上へ進み出る。妖精めくトムテたちと色映すツリーの狭間をすり抜けて、互いの身に色を宿しながら、気づけば溢れる笑み。
「思っていたより運動神経いいのね。私も得意なの」
 言葉より確かな腕前に、朝樹は静かに目を細める。それならさしずめ、トムテ達に囲まれた彼女は白雪姫か。
 くすぐられたようにはにかんで、でも王子様にはまだ──と紡ぐ冗句。
「今宵は朝樹くんが素敵な魔法をかけてくださるかしら?」
「ええ、今宵は僕が独占させて頂きましょう」
 躊躇いない言葉に驚く前に、延べられた手。トムテの輪から拐い出す思いがけない力強さに、ほんの少し惑いつつ、二人は重ねた手に祈った。──互いの掌に幸運の来たることを。

 面影通う青年と、その傍らの知己の笑顔。滅多なことで色を見せない藍染・夜の瞠目に、因縁でもあるのかと察した累音はことさら愉しげに声を上げた。
「さて、郁。センセイとして、上達したかしっかり確認しなくちゃな?」
 仕事の前のアレは、と揶揄う男に、さも心外と胸を張る郁。
「履き慣れた靴なら怖くありません、よ……!?」
 けれど踏み出す一歩で世界が回り、気づけば支えは両側の、逞しく揺るがぬ二つの腕。
「……余り変化はなかったか」
「累音コーチの教え方が甘かったんじゃない?」
 震える膝は生まれたての子羊か、それとも囚われた両腕はさながら宇宙人か。きょとんと目を瞬いて、それでも郁はたじろがない。
「帰る頃には氷上の女神になってやるのです……!」
「ほう、大きく出たな」
「帰りが楽しみだね」
 見守る男たちの傍らをひとつ、ふたつ、トムテの灯がすり抜けていく。みっつ、よっつ、色を違える人の在り方のように。
 ふらふらと追う郁に軌跡を並べ、光の暖かな方へ。道分かつ人も共にある人も、ここではそれぞれの輝きに染まる。

「じ、実は初スケートだったりするんだよね」
「そうなんだ? ちょっと意外だね」
 これから知れる楽しみに、邪気なく笑って誘う幹。恐る恐る爪先を滑らせて、あかりはなんとかバランスを取る──けれど、
「み、ミンミン……」
「なんだ、スケートは苦手だったか? そら、お手をどうぞ」
「ひゃ、あっ……わ、わ、すべるっ」
 腰の引けてしまう少女を援ける眠堂は、慣れぬ洋服に防寒具で身を固め、それでも難ない足取りからスマートさが滲み出る。
「……眠堂くん、そっちの手」
「ああ、引き受けた!」
「えっ、ちょっ……わぁぁ」
 にやり笑った男二人に引き回されて、寒さにほんのり染まった少女の耳が震えた。珍しく上擦る声が、子どもたちの声に風に、あっという間に溶けていく。

 往来する燈も子らの装いも、響く声の色も鮮やかだ。アルルカンは喉の奥で小さく笑い、そうでなければと目を細める。
「この季節、この時期は──楽しくあってほしいですからねぇ」
 ブーツの爪先を氷に乗せて、ついと風に身を任す。冬の夜気と光の共演に、戯れる機会などそうはない。
「……守れて何よりです」
 白い吐息が呟きを隠す。悪意にもその薄靄に消されることなく、華やかなトムテたちはいつまでも夜を染め上げていた。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。