雪に荒獅子

作者:皆川皐月

●椿心知る者
 さくさくと雪を踏みしめる音に、雀が飛ぶ。
 白い息を吐き手を温めながら、一人の老人 三島・伸一郎が椿の手入れを始めた。
「今日も寒いが、良い天気だ。お前たち、今日も咲いてくれてありがとうなぁ」
 穏かな声で一つ一つの木に声を掛け、水をやり、落ちた花を拾い集め、萎れた葉や変色した葉を切り落とす。地道な作業に精を出していた。
 着古された作業着の背に、『寺町椿祭りの会』の字を背負い、首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら、ひい、ふう、と切れた息をゆっくり整える。
 眩い朝日に目を細め、瑞々しく咲く椿たちを眺めては、幸せそうに微笑んだ。
「今年のお祭りは青年会が……ええと、えすえぬえすっていうのでな、お前さんたちを宣伝したんだ」
 随分お客さんが来てくれるらしい。いやあ、良かった良かった。と嬉しそうな声。
 このちょっと大きな独り言は椿への語りかけ。随分前に、植物は話しかければ元気になる!というテレビの紹介を見て以来、伸一郎自身が当番の日には欠かさずしている日課のようなもの。
 ふと伸一郎は『荒獅子』の名札を持った八重咲で古木の大椿を見る。
 花の中央部に縮緬状に咲く花弁が特徴的な、美しい花。その綺麗に咲いた一輪を、まるで薄氷に触れるような手つきで確認すると、静かに息を吐く。
「お前さんも私と同じで随分と年だ。今年も咲いてくれて、ありがとう」
 ほっとした顔で伸一郎が荒獅子に背を向けた時、その姿を鋭い目で見つめる紫を纏った少女……鬼薊の華さまが空中に浮いていた。
 丸い背を睨み付けたまま、黙って荒獅子に花粉のような物を振りかける。
 ごきり。突然鳴った堅い物が軋むような異音に首を傾げた伸一郎が振り返った瞬間、瞬く間に飲み込まれてしまう。
「自然を破壊してきた欲深き人間どもよ。自らも自然の一部となり、これまでの行いを悔い改めるがいい」
 華さまの冷たい声に従うように、荒獅子は覚束無い足取りで歩き出す。


「堂道さんが危惧なさった通り、椿の攻性植物による事件が予知されました」
 集まった面々へ席を勧め終わると同時に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が配ろうとした資料は、気さくに手伝いを申し出た堂道・花火(光彩陸離・e40184)が代わりに配布した。
 花火も席に着いたのを確認すると、セリカは説明を開始する。
「場所は千葉県のとあるお寺の裏、件の椿 荒獅子は『鬼薊の華さま』と名乗る人型攻性植物が撒いた胞子により、攻性植物へと作り替えられてしまいました」
 変化した際、不幸にもその場に居合わせた一般人、三島・伸一郎という老人を襲い宿主として取り込んだとも付け加える。
「急ぎ現場に向かい、三島さんを宿主とした荒獅子を倒してください」
 粛々と説明は続き、資料の2枚目が捲られる。
 事件の発生は朝の7時頃。現場には荒獅子は1体のみ。そして、重要なことが一つ。
「取り込まれた三島さんは荒獅子と一体化しているため、通常通り撃破すれば荒獅子と共に亡くなってしまいます。ですが、荒獅子に対しヒールを掛けながら戦うことで、戦闘終了後、荒獅子に取り込まれていた三島さんを救出できる可能性があります」
 厳密に言えば、ヒールグラビティで荒獅子を癒したとしても、ヒール不可能なダメージは蓄積される。よって蓄積ダメージによって、粘り強く荒獅子を攻撃して倒すのだと、セリカは資料を通し説明した。
「荒獅子の攻撃は加護を壊す斬りつけ、優美な大輪での喰らい付き、鋸の様な葉で並ぶ防具への斬りつけの3つです。防御に秀でているようですので、その点もお気をつけ下さい」
 資料の最後を示しながら、今回の事件を起こした鬼薊の華さまは既に姿を消しています。と静かな声で告げる。

 一通りの説明が済み、ヘリオンへの案内準備をしながらセリカがぽつりと呟いた。
「巻き込まれた三島さんは、椿祭りのため一生懸命椿の世話をなさっていたそうです」
 撃破が済んだ後、椿祭りの散策をなさるのも良いと思います。と淡く微笑んだ。
 勢いよく席を立った花火は資料をポケットにしまうと気合いを入れる。
「オレ、三島さんもお祭も守って、思いっきり楽しんでみせるッス!」
 頑張るッスよ!と屈託なく笑った花火が、慣れた足取りでヘリポートへと駆けだした。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
幸・公明(廃鐵・e20260)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858)
岩堂・立志(木陰土竜・e37337)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)

■リプレイ

●静かなる朝
 鳥の声も遠く、人の気配は無い。ただただ恐ろしいほど静まり返った寺の裏。
 ず、ず、と重たい物を引き摺る音が響く。石畳を過ぎ砂利を踏む音に変わった時、荒獅子が鎌首をもたげた。
 柔らかに靡いた空野・紀美(ソラノキミ・e35685)の髪が、僅かに苺色に透ける。ぎゅっと手のゾディアックソードを握り締め、荒獅子を見据えた。
「自然破壊してるのは、ほんとかもしれないけどね……でもでも、だいじにしてくれる人を捕まえるのは間違ってると思うっ!」
 きゅうっと釣り上げられた藍の目よりも尚青い色で、御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858)の瞳は凪ぐ。
「三島さんも、まさか手塩にかけた椿に取り込まれるとは思ってなかっただろうから……絶対、無事に助けなきゃ」
「だな。育てる方も育てられる方も、これから見せ場だっていうのに水差されちゃたまんねーよな」
 愛用のライトニングスコップを肩に担いだ岩堂・立志(木陰土竜・e37337)は溜息をつく。と、その顔を覗き込む二つの影。右ににっこりと笑う幸・公明(廃鐵・e20260)。左に悪戯っぽく笑う堂道・花火(光彩陸離・e40184)。双方共に立志と同じ案件を数度熟したことがある仲だ。
「あれは怖くないですか?」
「荒獅子、怖くねッスか?」
 ほぼ同時に指し示したのはゆらゆらと異形の大輪をゆらす荒獅子。覚束無い動きは変則的で明らかに異様。小石につまずいたのか、がくんと前へ突き出された頭がこちらへ近付く。
「こ、怖くねーし!!」
 鍔を握ったヘルメットを勢いよく目深に被れば、当の公明と花火は少しにんまりと、悪戯の成功したような顔だった。そんな三人の肩を叩いたのはエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)。朝日に透けた金髪に咲くエリカの花が神々しさを添える爽やかな笑顔で背を押した。
「ほら、出来る限り最善を尽くそうぜ」
 そうですね、と笑った公明の足はハコに噛み付つかれ叱られていたのは此処だけの秘密。
 賑やかなやり取りを横目に、ふと微笑んでいたルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)だが、切り替えるように髪を掻き上げながら目を細める。
「彼が愛した花と彼を守らなければ、だな」
「はい……公園にしろ、遊歩道にしろ、木々が元気にそして綺麗でいられるのはボランティアの人のお陰なんですよね……」
 改めて知りました。と辺りを見回したのはクロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)。
 ちら、と荒獅子の方を見る。目は伺えないがたぶんこちらを見ている。
「ひぃ、すみません!だいそれたお願いなのですが、み、皆さんが楽しみにしている椿祭りの邪魔なんで……」
 とんと、軽やかに地を蹴る音。
「さっさと退いて、三島さんも返し……うう。ち、力ずくでも返してもらいます!」
 怯えを含むのは声だけ。技のキレに怯えも躊躇いもなく、電光石火の蹴りが容赦なく最も樹皮の薄い幹を打つ。みしりと、クロコの肌でも感じられた深い手応えと鈍い音。
 声帯を持たぬ獅子は、声なき声を上げて身じろいだ。

●形なき心
 大輪が大きく左右に揺れて、艶やかな花が散る。
「荒獅子、たとえ人間が憎くても……お前の抱く伸一郎さんは、違うだろう」
 人である己の感覚での言葉。しかし、ルビークは思う。もし植物に――荒獅子に意志があるのなら、咲いたことに感謝を述べる人を憎むというのは違うのではないかと。
 救出の対象である伸一郎の様子を観察しながら、抜き身のrunoに雷を纏わせた。
「君をずっと大事に守り、そして愛した人を、これ以上苦しめないでくれ」
 哀願するような言葉とは正反対の鋭さと重量を以て神速の突きが葉を散らせば、舞い散る葉の中をエリオットが駆ける。
「まあ、アレだ。少し揺れるかもしれんがな」
 舞い降りた流星は花弁を散らし雪を舞い上げると、降り注ぐ朝日と遜色無い輝きは前へ前へと蠢く根を縫い留めた。
「必ず。必ず、助けるから……!皆、頑張ろうね!」
 伸一郎を助けたい思いを胸に、ねむるが前衛の足元へ鉄茨で描いた守護法陣を輝かせるのと同時、薄雪の地面に立志が愛用のスコップを突き立てる。
 突き立てたことを合図に土の小モグラ達を呼び出し、号令を掛けるようにライトニングスコップの切っ先で荒獅子を示せば、従順な小モグラ達が集い合わさり一匹の大モグラとなった。
「穴掘ってるだけと思ったら大間違いだ」
 立志の言葉は命令。大モグラは見かけによらず素早い動きで地面を泳ぎ、土を掻き分ける大モグラの鋭利な爪が荒獅子を肉薄する。
 唸ることはなく、ただ幹を撓らせ葉を振るう荒獅子の姿はまるで痛みにのたうつよう。
 役目を終えて崩れいくモグラの背後から、星が翔ける。きらめきを引いて宙を舞う花火だ。
 あまり花に詳しくない花火自身の感性が揺さぶられるほど、荒獅子は美しい。ただ見事の一言に尽きる。それでももう、花火は心を決めていた。
 捻りからの重力を纏った踵落としは落星、断つような一蹴に紅の花弁が舞う。
「誰かをこれ以上傷付けたり殺してしまうなんて、絶対させないッス!」
「そうですね。俺達も行きましょうか、ハコさん」
 未だ取り込まれたままの伸一郎の様態に変化は無い。ならばと、公明が縛霊手の祭壇を展開する。
 長期戦を見据えて大量に散布された守護紙兵が前衛の周囲を漂えば、合わせたハコが紙兵と同じく白い身で紙を掻き分け飛び出した。
 エクストプラズムが作り出したのは草刈り鎌。見かけによらず切れ味の良い鎌を勢いよく振り回し、鋸葉を切り落とす。
「おじいちゃん、ぜったいぜったい助けるからね!」
 荒獅子の様子を横目に、紀美は伸一郎に声を張る。
 未だ囚われの伸一郎に意識は無いであろうと知りながら、それでも言葉通りに必ず助ける道を目指す手がゾディアックソードで描くのは黄道十二星座が一つ、自身が生まれた乙女座の煌めき。その輝きが、前衛に異常への耐性を授けていく。
 ぶるりと荒獅子が震えるや、手の様な枝を撓らせ鋸葉を一閃させた。
「させません、よ!」
 鋭利な葉が前衛を切り裂く直前、クロコの前に出た公明が身を挺す。
 鋸葉が公明達盾役を突風の様な勢いで一斉に切り裂くも、まだ動ける範囲。
「公明さん、まっかせて!」
「ありがとうございます、空野さん」
 ざっと前衛を見回し、素早く動いたのは紀美。体を張った公明へ真に自由なる者のオーラで包み込み滴る血を止め傷口を塞げば、小さな礼には笑顔を返す。
『う、うぅ……あぁっ!』
 荒獅子が軋む幹の痛みに悶えながら、腹に抱えた伸一郎を抱き込む。
 すると捕らわれている伸一郎が微かに苦しそうな悲鳴を上げた。
 花の影に半ば被っていても分かる。顔を青白くさせ、隙間から覗く皺ついた手を痙攣させていたのだ。
「御花崎、いけるか!」
「うん!させないんだよ、荒獅子。三島さんは守ってみせる……!」
 一早く気が付いたエリオットの声に、ねむるが素早くウィッチオペレーションを展開。傷付き抉れた幹を縫合すれば、伸一郎の呼吸が安定する。
 しかしケルベロス達へ抵抗するように首をもたげた荒獅子が、大輪の花を振り回す。荒れた様相のまま、手近で声を上げたエリオットを喰らわんと迫った時。
「フォローする」
 鼻腔を芳醇な香りを遮ったのは、ルビークの冷静な声と続く炸裂音。
 喧騒の中、白銀の瞳を研ぎ澄ませ極限まで精神を集中させたルビークのサイコフォースが荒獅子の赤を散らした。タイミングを見極めた一撃に、荒獅子は声無き悲鳴を上げる。
 だが、この長い救出戦は始まったばかりだ。

 削り合うやり取りはメンバー同士の連携があればこそ、繊細な均衡が保たれている。
「伸一郎さんは、椿にとっても、俺達にとっても、大事な人だ。だから助ける……必ず」
「そ、嫌だよねぇ。後味の悪い結末になんかさせんよ」
 言葉に誓いを乗せて雷光纏うsuliの銀柄に手を滑らせたルビークと、稲妻を纏わせたエリオットのゲシュタルトグレイブが、荒獅子を十字に貫いた。
「いや。させてたまるか、だな!」
 幹が割れ、樹液が飛ぶ。
 ミシミシと軋む音がいくつもいくつも静寂を割っていく。
 荒獅子がいくらもがこうと、花を散らせども、ケルベロスは決して手を緩めない。
 互いにフォローしあうことは勿論、近距離で伸一郎の様子を交互に見極める前衛盾役達と、決められていた声掛けの算段。応える仲間が居るからこそ揺らがない安定。
 そして、たたらを踏んだ荒獅子を逃す事無く、猛る龍王の闘気を纏ったクロコの右腕が貫く。他の椿を傷付けまいとしながらも、クロコが攻撃に重きを置いたことが輝いた。
「右腕を失えど龍王と呼ばれし我が闘気に一片の衰え無きことをその身で味わうがいい!」
「……大丈夫、三島さんは傷つけさせませんから」
 ルビークや立志、エリオットと共に冷静な色を保っていた森の瞳が瞬く。繊細に紡ぐオペレーティングは、公明だけが扱える生命機能に干渉するプログラム―Order No.7―。
 短い呼吸を繰り返していた伸一郎の為、荒獅子の傷が塞がれる。
 大輪が、ふるりと震える。もう弱々しい枝葉が必死に伸一郎を抱きしめているようにさえ見えた。
「荒獅子……あなたはとても、美しいんだね」
「うん。とってもきれい。真っ白に真っ赤な椿は、ね」
 伸一郎のため荒獅子の治療を引き受けていたねむると、仲間の怪我を中心に的確な癒しを施していた紀美の声が重なった。椿の甘い香りと朝日の日差しの中で白い吐息と共に、ネモフィラの花と桃色のリボンが寒風に舞う。
 二人の手によって苛む毒は予防され、葉嵐が裂いた傷は瞬く間に塞がれる。皆々、残っている傷はそう多くなく、伸一郎に至っては無傷。幾度荒獅子が番犬を覆う加護を裂こうとも、二重三重の守りは荒獅子には破り切れなかった。
 それでも足掻き喰らい付く花と、番犬の首を折らんと絡む枝が盾役の目を遮るなら、第二の目となったのは花火。
「三島さん、あと少し耐えて下さいッ……!?」
「させねぇよ」
「安心しな、全力で助ける」
 三島さんも、仲間も。暴風のように後衛の花火と紀美に迫った鋸葉を、ヘルメットを目深に被った立志と、痛みを感じさせないような顔で飄々としたエリオットが受け止める。
 行けと促すペリドットとエバーグリーン、二つの瞳に頷いた花火が全力で走る。
 薄雪を蹴散らし、土を食み蠢く根を越え、最も深い懐に一歩。
「荒獅子。お前は止めるし、三島さんは助けるッス!」
 有言実行。翻ったオレンジ色のパーカーは太陽のような明るさで、赤い地獄を零す降魔の拳が大輪の荒獅子を貫いた。

●花ひらり
 真っ赤な花が爆散する様は祭の花火のよう。薄雪に落ちては幻のように消えていく。
 徐々に朽ち行く枝葉から落とされた伸一郎を立志が受け止めた。
「三島さん、大丈夫かな?」
 恐る恐ると覗き込んだねむるに他のメンバーも続けば、身じろいだ伸一郎がゆっくりと瞼を上げる。
「わ、私は……いや、君達は誰だい?」
 戸惑いながらも穏やかな声で尋ねた伸一郎の横へ、クロコがそっと膝をつき事の次第を説明する。静かに耳を傾けた伸一郎は力なく笑うとクロコの手を借りて立ち上がり、ゆっくりとケルベロスへ頭を下げた。
「皆さん、ありがとう。いやぁ、こんな……まさかあの子が、荒獅子がそんな……」
 皺の刻まれた頬を滑る涙が朝日に照らされる。
 そっとハンカチを手渡したねむるに、すまないと小さな声で礼を言いながら顔を拭う伸一郎の腕を、紀美が掴む。突然の行動に驚く暇も与えず、頬を上気させはしゃいだ紀美が指差したのは伸一郎の胸ポケット。
「ね、ね!見て!おじいちゃんこれ!ねえこれ、蕾じゃない?」
 戸惑いながらも伸一郎が胸元から取り出したのは折れた一本の枝。
 もしかして。
「あ、あのそれ、椿の……荒獅子の枝、ですか?」
「お、お、お嬢ちゃん!お兄さんも!すまない!本当にすまないんだが、手伝いをっ……」
 伸一郎のポケットに残っていたのは、たった一本の椿の枝。クロコの声にハッとして喜びに動揺する伸一郎の背をルビークが支え、手伝いを申し出たクロコやねむる、土に慣れた立志が率先して指示に従った。
 興奮の中で整えられたのは、椿 荒獅子の挿し木。本来挿し木をする時期には早いが、温室で育成すればまた彼の大輪が見事な花をつけるだろう。
「ありがとう……!本当にありがとうっ……!」
 先程までの悲しい涙から一転。喜び咽び泣く伸一郎が順繰りにケルベロスの手を取り、握手を交わした。

 どぉんと、祭りの開催を告げる大太鼓が鳴る。
 既に修復された椿園を巡る人々の笑顔は幸せに包まれ、『寺町椿祭りの会』の法被を着た案内役達は訪れた客の案内に忙しない。それでも、ケルベロスと共に祭の会場へ向かう伸一郎を見れば、笑顔で手を振った。
「すっげー人……なんか攫われ、うっ」
「大丈夫か」
 人混みに攫われそうになったルビークが引き、人通りの少ない道の脇を譲る。照れくさそうにヘルメットを被り直した立志の小さな礼は、賑やかな祭囃子に飲み込まれた。
 売り子の声が盛況な縁起物の屋台に、エリオットがシャッターを切る。積み上げられた縁起物熊手は活気と同じくらい賑やかで。
「最善を尽くした甲斐があるってもんだな」
「そ、そうですね……ひぃ!?」
 ドラゴニアンのお嬢さん!と屋台の売り子に絡まれたクロコが悲鳴を上げて隣に立つ裾を掴めば、掴まれたエリオットはついつい助け舟を出す。
「おや、ハコさん良い花弁が拾えたんですか?」
 一方、人混みに紛れてはいけないと公明に抱えられたハコはというと、椿園でこっそり見つけて集めた綺麗な花弁をややドヤ顔で主人に見せびらかしていた。
 使役と主人の微笑ましい光景を横目に、ねむると花火も祭の賑やかさに笑顔になる。
「椿の花っていろんな色と形があるんだね。綺麗。薔薇みたいに花弁が重なってる……」
「本当に凄いッス……でもやっぱり、」
 三島さんが育てた荒獅子が、一番綺麗。
 町中を彩る椿を観察しながらも、そっと微笑みあって荒獅子に思いを馳せる。
 すごいすごい!と右を向いては写真を撮り、左を向いてはシャッターボタンをタップする紀美は年相応の賑やかさ。
「おじいちゃん、またきれいな椿、たーっくさん咲かせてね!楽しみにしてるね!」

 屈託の無い少女の笑顔に、伸一郎は笑い皺を増やして微笑んだ。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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