聖夜をぶっとばせ

作者:土師三良

●聖夜のビジョン
 雪降る夜。
 高架下の空き地に十一人の男女が集まっていた。
 内訳は男が六人、女が五人。
 別の視点からの内訳は人間が十人、元人間が一体。
「ねえ、みんな」
 元人間――サンクロースの衣装を纏ったビルシャナが十人の男女に語りかけた。
「クリスマス・イブは誰と過ごすんだい? ……って、訊くまでもないか。ははははは!」
 確かに訊くまでもない。
 そこにいる十人の男女は五組のカップルなのだから。
 全員が遠くを見るような目をしているが、それは愛する者が傍にいるという幸福に酔っているからではなく、ビルシャナに洗脳されているからだろう。
「そう、イブは恋人と過ごさなくちゃいけない。君たちのようにね」
 洗脳を強化すべく、ビルシャナは熱っぽく語り続けた。
「それが人のあるべき姿だ。家族だの友人だのとイブを過ごす奴は人として終わってるよ。まして、シングルで過ごす奴なんか、もう虫ケラ以下だよね! そう思わない?」
「オモイマース!」
 と、声を揃えて答える五組のカップル。
 洗脳されているためか、ビルシャナに向かって『おまえもシングルじゃん!』とツッコミを入れる者は一人もいなかった。

●サイファ&音々子かく語りき
「お一人様で悪いか、ゴルァー!」
 怒髪天を衝く……いや、怒ネジマキ天を衝くような勢いでヘリオライダーの根占・音々子が咆哮した。
「そう叫びたくるビルシャナが山口県山口市に現れましたので、皆さんの手でギッタンギッタンにしてください!」
「叫びたくなるっていうか、もう叫んでるじゃん。とりあえず、落ち着こうよ」
 ヘリポートに集まっていたケルベロスの一人――サイファ・クロード(零・e06460)が『どうどう』とばかりに音々子をなだめだ。
「で、そのビルシャナはどんな奴なの?」
「『イブは恋人と過ごすべき』という教義を広めようとしてるビルシャナでして、恋人以外の誰かと過ごす人やシングルで過ごす人を思い切りバカにしてるんですよー」
「うーん。カップルで過ごすのは結構だけれど、そうじゃない人たちを見下すのは感心しないね」
「でしょ? だから、皆さんの手でギッタンギッタンにしてくださぁーい!」
「いや、落ち着こうってば……ちょっと確認するよ。毎度のごとく、そのビルシャナは一般人を自分の信者にしてんのかな?」
「はい。五組のカップルが洗脳されちゃってます。皆さんがビルシャナを攻撃すれば、各カップルは『ここで心中だ!』とばかりに二人で一緒に盾になるでしょうね」
 信者たちを犠牲にしたくなければ、彼らを説得して正気に返さなくてはいけないのだ。ビルシャナを『ギッタンギッタン』にする前に。
 説得といっても、洗脳下にある信者たちに理屈は通じ難い。インパクトを重視して事に臨むほうがいいだろう。
「向こうは恋人とのイブを推しているわけだよね」
 と、サイファが言った。
「だったら、こっちは逆に『イブを一人で過ごす楽しさ』みたいなものをインパクトをもって推していけば、洗脳を解くことができるのかな」
「あるいは『恋人以外の存在と一緒に過ごす楽しさ』を推すという手もありますよ」
「恋人以外の存在って?」
「家族とか親戚とか友達とか同僚とかサーヴァントとかですね。そういう人たちを実際に連れてきて、信者たちの前で仲良しっぷりをアピールすれば、更に効果が上がるかもしれません」
「なるほどー」
「他にも『恋人とイブを過ごすことのデメリット』を容赦なく指摘するという説得法もありますね」
「そんなデメリット、あるかなー? 玄人の俺でもちょっとすぐには思い浮かばないけど……」
 サイファが首を捻っている間に音々子のほうは怒りがぶり返してきたらしく、大きく息を吸い込み、再び咆哮した。
「では、行きましょう! ふざけたビルシャナをギッタンギッタンのメッタンメッタンのグッチョングッチョンにするためにぃーっ!」
「……ホント、落ち着こうよ。ね? 落ち着こう?」


参加者
ディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)
シルフィリアス・セレナーデ(善悪の狭間で揺れる・e00583)
ペテス・アイティオ(また笑顔を取り戻すといいな・e01194)
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
サイファ・クロード(零・e06460)

■リプレイ

●寂シクナンカナイヨ……
 雪の降る寒い夜であるにもかかわらず、ビルシャナと五組のカップルがいる高架下の空き地はとても暖かそうに見えた。
『しあわせオーラ』とでも呼ぶべきものを全員がこれでもかとばかりに発しているからだ。
 だが、そのオーラは――、
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ、参上っす!」
 ――シルフィリアス・セレナーデ(善悪の狭間で揺れる・e00583)の名乗りとともに雲散霧消した。
 可愛くも痛々しいポーズを決める自称『魔法少女』の全身からは殺気が放たれているが、彼女の目的は恋人たちをビルシャナの洗脳から解き放つこと。憎きリア充どもを地獄の底に叩き落とそうとなどとは思っていない。
「さあ、撲殺タイムの始まりっすよ!」
 ……いや、思っているかもしれない。右手で握ったライトニングロッドを左の掌に軽く打ち付けながら、シルフィリアスは恋人たちをねめつけた。粛清を宣言する独裁者の眼差し。
「やめて、シルフィリアスさーん!」
 ケルベロスたちが空き地に次々と現れ、そのうちの一人――オラトリオのペテス・アイティオ(また笑顔を取り戻すといいな・e01194)がシルフィリアスを止めた。
「な、なんなの、このダークな世界!? いきなり殺す気満々じゃないかー!」
 殺気と狂気に圧倒されていたビルシャナが我に返り、悲鳴にも似た叫びを発した。
 ここでシルフィリアスが剣呑なリアクションを示せば、よりダークな世界になってしまうところだが――、
「いやいや、それにしても!」
 ――彼女が口を開くよりも早く、サキュバスのサイファ・クロード(零・e06460)が割って入った。
「こうして見ると、どのカップルも完璧だね。いや、ホントに。玄人のオレでも付け入る隙がないほどに完璧! こんな完璧なカップルを前にしたら、ぐうの音も出ないね。もう、ひれ伏すしかない」
 言葉の通り、膝をついて頭を垂れてみせるサイファ。
 玄人の太鼓持ちも逃げ出すようなその持ち上げっぷりによって、ビルシャナと恋人たちは毒気を抜かれた。
 そこに生じた隙を衝き、モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)が語りかける。
「完璧であろうがなかろうが、恋人と過ごすクリスマスというのは良いものよね。でも、沢山の仲間とクリスマスを満喫するのも楽しいのよ」
 そして、彼女はペテスを指し示した。
「見ての通り、私たちは問題児の集団。妄想癖のあるアブない人とか」
「ん?」
 と、ペテスが首をかしげた。ビルシャナや恋人たちも首をかしげている。判らないのだ。シルフィリアの凶行を止めた少女が何故に『アブない人』呼ばわりされているか。
「残念な美人とか」
 モモが次に指さした対象は、オラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(淡空の華・e02234)とサキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)。両者ともに目が死んでいる。
「奥さんに愛想をつかされたバツイチとかね」
 最後に指を突きつけられたのは、高架脚の前で体育座りをしているヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。こちらは目が死んでいるかどうか判らない。皆に背を向けて、顔を両膝の間に沈めているからだ。
 ちなみに彼の横では二藤・樹(不動の仕事人・e03613)が同じ姿勢で座っていた。
「でも、そんな私たちにも一緒にパーティーを楽しめる仲間がいるわ。だから、ぜんぜん寂しくない」
「めちゃくちゃ寂しそうなんですけどぉーっ!? 君、説得力をどこかに置き忘れてるよぉー!」
 ビルシャナが大声でツッコミを入れたが、モモは耳を貸すことなく、恋人たちに微笑みかけた。
「現に貴方たちもこうして集まってるじゃない。これ、ちょっとしたパーティーができる人数でしょ。イブにまた集まって、カノジョたちの手料理を食べ比べてみるのも悪くないんじゃないかしら。もちろん、カレシの料理でもいいんだけど」
「食べ比べか……いいねぇ。やっぱ、特別な日には美味しいものを食べたいよね。うんうん」
 と、何度も頷いたのはオラトリオのディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)。
「でもさ。クリスマス・パーティーに参加したら、カロリーがバカ高いケーキを貪ったり、大量のお酒をガブ飲みしたくなるけど、そんな豪快というか下品なところって恋人に見られたくないでしょ?」
 ディルティーノが問いかけても、恋人たちはなにも答えなかった。だが、全員が気まずそうな顔をしている。いろいろと思うところがあるのだろう。
 それを見て取り、ディルティーノは更に揺さぶりをかけた。
「恋人よりも、気心の知れた友達と一緒に食べるほうが楽しいよね。いわゆる男子会とか女子会みたいな? もちろん、一人で食べるのもあり。僕なんか、毎年クリスマスにはケーキを一人で百個たいらげてるし」
「……ごめん。今、『百個』って言った?」
 サイファが確認すると、ディルティーノは頷いた。
「うん。百個だよ。まず、一つめをむんずと掴んで、まるかじり! それがまだ残っているうちに反対の手で二つ目を取って、またまるかじり! 口の周りがクリームだらけになってもお構いなしに食べ続ける! 一人だから、ホールケーキを切らなくていいし、砂糖細工のサンタ人形の争奪戦もおこらなーい!」
 恋人たちは呆気に取られていた……が、ディルティーノの飯テロじみた攻撃ならぬ口撃が効いたらしく、今にも涎を流しそうな顔をしている者もいる。それに腹が鳴る音も聞こえてくる。おそらく、カップルの女性陣の何人かはイブに備えて厳しいダイエットを敢行中なのだろう。

●悲シクナンカナイヨ……
「ディルティーノ様の仰るとおりですわ。一人の食事って、本当に素晴らしいんですよ」
 淡雪が口を開いた。『ここからは毒心者のターン』とばかりに。
「一人居酒屋、一人焼き肉……誰に気兼ねする必要もなく、好きなだけ食べられて、もうサイコー! え? お一人様に対する憐憫の眼差しにどうしても耐えられない? そんな繊細なかたでも大丈夫。『デートの下見やフリマガ等の取材の振りをする』というテクニックを極めれば、もう人目を気にしなくて済みますわ」
「いや、そのテクニックを極める手間暇で恋人を探そうよ」
 ビルシャナが至極なもっともなことを言ったが、淡雪は華麗に聞き流した。
「食事に限った話ではありません。一人なら、寝食を忘れて美少年ゲームに熱中しても、そしてプレイ中に変な笑みをずっと浮かべていても、誰にも文句は言われませんわ。クリスマスに期待はずれのプレゼントを押しつけられることもありませんのよ。だって、自分へのご褒美として、本当に欲しかったものをゲットできるのデスカラー」
 彼女の声は朗らかだった。不気味なまでに。しかし、目はあいかわらず死んでいる。
 その目から涙がこぼれ落ちると、テレビウムのアップルがハンカチをそっと差し出した。
「君、泣いてるじゃん! めっちゃ泣いてるじゃん!」
 頬を濡らす淡雪に指をつきつけて、ビルシャナは叫んだ。
「泣きながら自慢されても、ぜっんぜん羨ましくないかんね!」
「……はたして、そうかな?」
 と、横手から声をかけてきた者がいる。
 ヴァオの横に座っていた樹だ。
 彼はゆっくりと立ち上がった。
「淡雪の涙を笑える者がここにいるわけがない。なぜなら――」
 振り返り、恋人たちを指さす。
「――君たちもまた、かつては悲しきシングルだったのだから!」
 空き地に衝撃が走った。愕然とした表情を見せる恋人たち。これが漫画なら、彼らの背後では稲妻のベタフラが閃いていることだろう。
「誰もが最初はシングルだ。思い出せ。恋人ができる前の自分を。世界中のカップルを殲滅せんと誓った日を……あの頃の君たちは一人だけど、決して独りじゃなかったはずだ。右を見れば、同じ悲しみの涙を流す友がいただろう」
 切々と訴えながら、樹は実際に顔を横に向けた。視線の先にいるのは、涙を流し続ける淡雪。
「左を見れば、同じ嫉妬の炎を燃やす友がいただろう」
 今度は別方向を見た。視線の先にいるのは、武器を手にしたシルフィリアス。
「そんなかつての仲間たちが今、君たちに『撲殺タイム』なるものを仕掛けようとしているんだぞ。彼女らに手を汚させるくらいなら、いっそのことその手をまた取って、ともに走り出そうじゃないか。そう……俺たちの嫉妬はこれからだぁーっ!」
 恋人たちに再び背を向けて、急勾配を駆け上がるようなポーズを見せる樹。
 そして、背中を丸めたままの状態でヴァオが呟いた。
「俺たちはようやく登り始めたばかりだからな。このはてしなく遠い嫉妬坂をよ……」
 ビルシャナと信者たちは反論の声をあげなかった。なんだかよく判らないが、樹の言動にちょっと感動してしまったらしい。
「でも、嫉妬というのは危害を加える形ばかりで発露されるわけじゃないぞ」
 そう言いながら、リーズレットが手を背中に回した。
「『にぎやかし』という形も忘れてはいけない。君たちの周りにもいるだろう? 熱々な恋愛ライフを囃し立て、盛り上げてくれる奴らが。ほら、こーんな風に!」
 背中からバズーカ型のクラッカーを取り出し、頭上に撃ち放つ。
 盛大な炸裂音とともに色とりどりの紙吹雪が舞い散った。
「どうだ? 皆がカップルになってしまったら、君たちをこうやって賑やかしてくれる者は一人もいなくなるんだぞ? その事実に気付け! 理解しろ! 悟れ! お願いだから、判って! 私の目から鼻水が出ないうちにぃ!」
「いや、もう出てるし! 思いきり泣いてるし!」
 ビルシャナがようやく我に返り、またツッコミを入れた。彼の言うようにリーズレットの目は涙に濡れている。
 もっとも、恋人たちの目も悲痛な色を湛えていた。ケルベロスたちの捨て身の攻撃に胸を抉られているのだろう。
 このままではいけないと思ったのか、ビルシャナは顔を嘲笑に歪めてみせた。
「なんだか哀れすぎって笑えてきたよ。つまるところ、恋人がいない敗残者たちが吠えてるだけだからね。はははー」
「僕、恋人いるよ」
 と、ディルティーノが反駁した。
「『お金』という名の素敵な恋人がね」
「それ、悲しすぎるだろ!」
「悲しくない。お金さえあれば、なんでも好きなだけ食べられるんだから」
「結局、食欲に行き着くのかよ!」
 そう叫ぶビルシャナ(嘲笑していたはずが、ツッコミ役に戻っていた)に対して、リーズレットも強がり……ではなく、強い信念を語った。
「確かに私に恋人はいない。でも、いいの。だって、可愛いリトルデーモンたちがいるんだから!」
「おー!」
 と、リーズレットの言葉に応じて『リトルデーモン』なるものたち(ようは彼女のファンである)が歓声をあげた。その数は三人と四体。淡雪、瑞澤・うずまき、彼女らに腕を掴まれて強引に立ち上がらされたヴァオ、アップル、ボクスドラゴンの響、オルトロスのイヌマル、ウイングキャットのねこさん。サーヴァント以外の面々は、『リズ命』と記された法被を着ている(ヴァオの場合は『着せられている』と言うべきか)。そして、例によって目が死んでいる。今の歓声も生ける死者のそれだった。
 そんなソンビ集団を背後に並ばせて、リーズレットはビルシャナを半眼で睨みつけた。
「さっきから偉そうなこと言ってるけど……自分だって、恋人いないよね?」
「い、い、いないわけないじゃん!」
 判りやすい狼狽振りを見せながら、ビルシャナは否定した。
「こう見えても、四……いや、五マタかけてるし! 今、その中の誰とイブを過ごすか考えてるところ! あー、迷うわー。すっごい迷うわー!」
 聞いてるほうが悲しくなる――そんな嘘だ。
「やれやれ」
 と、その悲しい嘘を小さな溜息で吹き飛ばしたのは、高架脚にもたれて煙草をくゆらせていた玉榮・陣内。
「恋人の有無なんて、どうでもいいだろう。誰かが傍にいなけりゃ不安でしかたないってのはガキの証拠だ。賑やかな街の中で独りを楽しめるようになってこそ、オトナってもんだぞ」
 煙草を手にしたまま、余裕ある『オトナ』の姿を恋人たちにアピールしてみせる陣内。
 それを冷やかな目で見ながら、淡雪が樹に囁いた。
「あの人、あんな風に振る舞ってますけどね。本当は歳の離れた可愛いカノジョさんがいるんですよ」
「ふーん」
「お一人様を装った恋人持ち――そんな裏切り者こそ、私たちの本当の敵かもしれませんわね」
「そ、そうだね」
 適当に相槌をうつ樹であったが、心中では冷や汗を流していた。
(「言えない。『最近、俺にも恋人ができました』なんて……」)

●虚シクナンカナイヨ……
 ビルシャナと恋人たちの顔にも嫌な汗が流れ始めた。
 ペテスがいきなり一人芝居を始めたからだ。
「んっ、んくっ……もう! ショウくんったら、やめ……あ! りゅーくん!?」
 友人のショウくんに強引にキスされているところを恋人のりゅーくんに見られてしまう。そういうシチュエーションらしい。
 一人芝居といっても、ある意味では『一人』ではないし、『芝居』でもない。ショウくんとりゅーくんは存在するのだから。ペテスの脳内に。そして、このドラマは現実に起きているのだから。ペテスの脳内で。
「『もうそいつに近付くな』って……でも、いつも友達優先で私を放っておいたのはりゅーくんじゃないですか! そんな私の話を聞いてくれるのはショウくんだけだったんですよ! しょうがなかったっていうんなら、私だってしょうがなかったんです!」
 妄想劇場で三角関係に翻弄されるペテス。
 ビルシャナと恋人たちも理解できただろう。彼女が『アブない人』呼ばわりされた理由が。
 その『アブない人』に押し止められていたシルフィリアスはもう殺気を放っていない。自分よりも過激な人間を目の当たりにして、頭が冷えたのだ。
 やがて、愛憎劇の一幕が終わり、ペテスは現実の世界に戻ってきた。
「……このように恋人同士の関係は破綻の危険性と常に隣り合わせなのです」
 隣り合わせどころか、ペテスの存在そのものが『危険性』のような気もするが。
「イブという特別な夜なら、危険性は更に増すでしょう。私たちみたいに三角関係のもつれがなかったとしても、イベントのプレッシャーや当日のすれ違い等の要因がありますから」
「そうっす」
 と、シルフィリアスが頷いた。ペテスの危険性に対する懸念と恐怖をとりあえず心の脇に押しやって。
「特に『当日のすれ違い』というのは大きいっすね。だって、クリスマスは平日なんすよ? 誰もが休めるわけじゃないっす。あと、あちしが言うのもナンですけど、『クリスマスとバレンタインにはカップルを撲殺してもいい』と考えてる人はけっこう多いんすよ。イチャつくのは自由っすけど、そういう人たちをあんまし刺激しないほうがいいんじゃないっすか」
「でも、刺激できるのも今だけかもしれないよね」
 絶対に口にしてはいけない言葉をうずまきがぽつりと漏らした。小さな声だが、聞く者に与えるダメージは絶大だ。
 そして、彼女はうつろな目で恋人たちを見回した。
「だって、来年のイブも今の相手と一緒とは限らないでしょ。いえ、もしかしたら、イブが来る前に……」
「やめろぉー!」
 ビルシャナが両手を広げ、うずまきの前に立った。邪視じみた眼差しから恋人たちを守るかのように。
「僕の信者たちは絶対に別れたりしない! 来年も、再来年も、そのまた次の年も……仲睦まじい恋人としてイブを過ごすんだ! 永遠にぃーっ!」
「永遠に? すごい! やっぱり、君たちは完璧なカップルだ!」
 と、声をあげたのはサイファだ。
「恋人というのはやがて伴侶となり、家族となる――それが幸せの道だとオレは信じていた。でも、君たちは違うんだね。あくまでも『恋人』のまま!」
「え? いや、ちょっと待って……」
 口を挟もうとするビルシャナを押しのけて、サイファは恋人たちに手を差し出した。
 握手を求めているのだ。
「このビルシャナの教義に殉じて、君たちは回り続けるわけだ。『結婚』というゴールに決して到達することのない虚しいループを! その覚悟、オレにも伝わった。どうか、そのまま愛する人と結ばれることなく、死ぬまで独り身を貫いてくれ! そう、死ぬまで! 独り身を! 辛いだろうけど、ホントに辛いだろうけど……オレは応援してるよぉー!」
 だが、握手に応じてくれる者は一人もいなかった。
 皆、洗脳から解き放たれて、この悪夢のような場所から逃げ出したのである。

 数分後、ビルシャナはケルベロスとの激闘の末に灰と化した。
「さあ、帰りましょうか……」
 と、誰にともなく言ったのは淡雪。
 目が死んだままの彼女を見て、モモが苦笑した。
「もう暗い! 暗いって! 私が手作りのケーキやチキンとか用意してあげるから、ちょっと早めのクリスマス・パーティーをしましょうよ」
「やったー!」
 と、歓声をあげたのはもちろんディルティーノだ。
「やっぱり、沢山の仲間と一緒に食べるのもいいよねえ。たとえ、皆の分まで食べて怒られちゃうという結果が待っているとしても」
「いや、そんな結果は阻止するから。あと、最初に言っておくけど、ケーキは百個も用意できないわよ」
 言葉を交わしながら、空き地から去っていくケルベロスたち。
 その背後でビルシャナの灰が風に飛ばされ、雪と混じり合って消え去った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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