決戦第八の魔女～嘲り嗤う怒りのディオメデス

■リプレイ

●救出作戦
　降下のタイミングは同時だった。予知された現場上空に到達すると、クレーエ・スクラーヴェ（白く穢れる宵闇の・e11631）は、別班の紗神・炯介とハンドサインを交わし、すぐさまヘリオンから飛び降りていく。
　ラハティエル・マッケンゼン（マドンナリリーの花婿・e01199）が仲間達の背を叩き送り出すと、自身もヘリオライダーにサムズアップを決め最後にラペリング降下した。
　眼下に広がる光景に、緊張が走る。
　必死に逃げる少年と、それを追う魔女。今にも少年に手が届きそうな程に距離を詰めていた。
　だが、間に合う――。
　共に戦う総勢十六名の番犬達が一斉に地を揺らし降下した。魔女と少年の間に割り込むように着地――着地後すぐさま互いの目標を確認する。
「おっと、これは驚いた。ケルベロスの登場だ」
　第八の魔女――怒りのディオメデスが喜色の笑みを浮かべた。
「よう、少年。その石、守った甲斐があったな。ほら、ケルベロスが来てくれたぞ」
「もう大丈夫だよ！　ここにはケルベロスがいる──信じて！」
　クーゼ・ヴァリアス（竜狩り・e08881）と別班の大成・朝希が少年へと声をかける。その視線は魔女を油断なく睨み付けていた。
　すぐに全員が一斉に戦闘態勢へと移行する。武器を構え、魔女との距離を計る。
　番犬達の頼もしい声に頷く少年。
「う、うん……うわっ！？」
「いいぞ。そのまま、しっかりと石を握っているんだ！」
　別班のアンゼリカ・アーベントロートが少年を抱き上げ、援護で付き添う市松・重臣（爺児・e03058）と共に土手の向こうへ走りだす。
「お主も宝物も必ず護るで、安心しとくれ！」
　そうだ、とクーゼが声をあげ、ディオメデスへと牽制の一打を放つ。
「さっさと連れてけ。それまでしこたまアイツぶん殴ってるからよ」
　相馬・竜人（エッシャーの多爾袞・e01889）が愛用の髑髏の仮面を被りながら二人を急がせた。
「困るなぁ。せっかくの獲物が逃げちゃうじゃないか」
　笑みを浮かべるディオメデスはしかし、殺気を爆発的に放ち、番犬達を威嚇する。
「心配すんな、大切な物ならココにあんだよ――！」
　竜人が髑髏の仮面を指しながら、一気に魔女に肉薄すると流星纏う蹴りを繰り出した。
「結構高ぇんだぜこれ。喰うつもりで突いた怒りに、逆に食い殺されねえようになぁ？」
　仮面の奥から睨みを利かせる竜人は、蹴りの反動で上空に飛び上がりながら竜砲弾を放ち、魔女を釘付けにする。
　それを合図に番犬達が一斉に飛びかかった。
　クーゼが落雷に似た斬撃を飛ばし相手に打ち据えると、魔女へと斬りかかる。
「君も大切な物をもっているのかな？」
「俺の大切な物？　そりゃぁあこの刀に決まっているだろう。砕けるものなら、壊せるものならやってみろ。この性悪魔女どもが！」
　反撃する魔女の一撃を受け止めながらクーゼが離れると同時、コンスタンツァ・キルシェ（ロリポップガンナー・e07326）が愛用の銃を構え弾丸を放った。
「人の大事なモノをさんざん壊して……もー怒ったっす！　これまでのだれより美味なる心？　ふざけんな。だれかが何かを大切に想う気持ちはアンタ達に比較されるようなもんじゃねっす！」
「ふふふ、ははは！　いいよ、その怒り！　私に喰わせておくれよ！」
　コンスタンツァの怒りを感じ取り、魔女が堪えきれず笑う。そして笑いながら馬蹄で疾走し、コンスタンツァを踏みつぶすように突撃した。
　すぐさまリティ・ニクソン（沈黙の魔女・e29710）が魔術切開による緊急手術を行い回復させると、自身もアームドフォートの主砲を放ち攻撃に参加する。
「形あるものはいつか壊れる。それは仕方ない。だけど――」
　リティは主砲を放ちながら自身の想いをぶつける。
「――だけど、わざと壊して持ち主の心まで壊そうとするお前は……お前らだけは許せない」
「そうだ、もっと怒りたまえ。その怒りが私のモザイクを晴らしてくれる――！」
　馬蹄で疾走する魔女へ、エヴァンジェリン・エトワール（白きエウリュアレ・e00968）が天空高く舞い上がると、手にしたお守り「ｈｉｍｍｅｌ」に触れ、心に冷静を纏う。それは大切な、大切な、父から貰ったお守りだ。静心のまま一気に急降下すると美しい虹を纏う蹴りを浴びせる。
「……大切な物を、壊したいのでしょう。目の前で揺れているわ」
　エヴァンジェリンがお守りを見せながら言葉を紡ぐ。
「このお守りが、アタシの命に等しく、大切なもの。壊せるものなら、壊してみなさい。アタシは絶対に、守り切るから」
　エヴァンジェリンのお守りに対する並々ならぬ想いを前に、ディオメデスは目を輝かせた。
　そこに割り込むように、クレーエが流星帯びた蹴りを魔女へと放ち、重力の楔を打ち込む。そうして、魔女へと身につけた指輪を見せ付けた。
　それは大事な彼女との約束の証。婚約と結婚を意味する二つのリングは揺らぐ事のない絆の証だ。
「これが、そんなに壊したい？　けどね指が千切れでもしない限り、僕が動ける限り壊させはしないんだから」
　そう言いながら、クレーエは素早く上体を捻ると、炎纏う蹴りを放ち魔女を蹴り飛ばした。
　蹴り飛ばされたディオメデスは、自身の傷をモザイクで補修しながら番犬達を見渡すと、とびきりの笑顔で口を開いた。
「ははは、最高の品々だ。それを壊された時きっと私達のモザイクが晴れるだろうさ！」
　両手を広げ、今日という日を感謝するように声を上げると、更に今まで以上の殺気を放った。
「さあ、私達のモザイクを晴らさせておくれ！」
　怒りと悲しみを奪う悪しき魔女達がその力を解放する――。

●嘲り嗤う怒りのディオメデス
「ここまでくれば安心じゃろう。いいか、決して近づいてはならんぞ」
　重臣の言葉に少年はこくりと頷くと「ケルベロスのおじさん、がんばって！」とエールを送る。
「おう、安心して待っとんじゃぞ。すぐ片を付けてくれるわ」
　少年の頭を一撫すると、重臣は仲間達が待つ戦場へと駆けだした。
　――戦場は激化していた。
　魔女ヒッポリュテと魔女ディオメデスの分断は上手く行われていた。各班がしっかりと担当する魔女の注意を引き、連携を取らせないように魔女達を別れさせていた。
　しかし、たとえ連携がとれてないとしても、パッチワークの魔女の名は伊達ではない。人数の欠けている番犬達は、その力に圧倒され押し込まれていく。
　だが、番犬達は負けるわけにはいかなかった。
「心に燃える不滅の炎は天下御免のフランドール、人呼んで黄金炎のラハティエル！　マッケンゼン流撃剣術、一指し舞うて仕る！」
　ラハティエルがカタナソードを立て堂々と名乗りをあげると、ディオメデスへと挑みかかる。
　ディオメデスの怒り喰らう一撃を紙一重で躱すと、勢いそのままに電光石火の蹴りを放ち、流れる動作で弧を描く斬撃を喰らわす。
「無辜の民を襲い、大切な品々を破壊し、自らの欲のままに怒りを喰らうなど、断じて許さん！　忌々しき禍根、いまここで断つ！」
　地獄の炎纏う一撃を放ち魔女を後退させるラハティエル。
　そうして開いた間合いを詰めるように竜人が動く。
「テメエら全員やってることは徒労以外の何者でもねえが、テメエは特に無駄だな」
「へぇ、どうしてだい？」
「はっきり言ってやるよ。怒りってなあ自分だけのモンだ。他人から奪ってキレてもよ、そりゃ怒った気になってるだけなんだよ！」
　流星を纏いながら何発も荒々しく蹴りを放ち、ディオメデスに楔を打ち込んでいく竜人。攻撃を受け止めながら、しかし笑みを零し続けるディオメデス。
「私は別に怒りたいわけじゃない、失った怒りを取り戻したいだけさ、だから奪い取る。これが一番だろう？」
「そうやって他人の怒りで自身の欠損が埋められると思ってるその思考が気にくわねぇんだよ！」
　生命の「進化可能性」を奪う超重の一撃を放ち、ディオメデスを凍結させながら、竜人は間合いをとった。
　入れ替わるようにクーゼが走る。
「約束したからねぇ。無様な姿は見せられないな！」
　サーヴァントのシュヴァルツと共に、その傷口を広げる一撃を放っていく。モザイクを噴き出しながら反撃する一撃をその身で受け、耐える。
「大事なモノを壊して嗤うその精神が解らないね……まぁ夢喰いの事なんて解りたくもないけど」
「アナタは、たくさん壊したわ。取り返しのつかないものだって、あった。これ以上、絶対に、何も壊させないわ、怒りの魔女……！」
　クレーエとエヴァンジェリンが走る。クレーエへと放たれる怒り喰らう一撃をエヴァンジェリンがその身を盾に受け止めると、その隙を狙ってクレーエが飛びかかり、傷口を正確に切り広げていく。連携するようにエヴァンジェリンも肉薄すると超高速の突きを繰り出し、神経を焼き切っていった。
「お前等が仲間を傷つけるなら、その倍の早さと強さで治してやる。仲間や人々を、これ以上傷つけさせない」
　傷つく仲間達を、リティが必死に回復していく。苛烈なディオメデスの攻撃を前に、仲間達を支えていくのは、それだけで一苦労だ。
「誰も……倒させない！　それが私の心だ！」
　全身全霊をもって仲間達を支える、リティの働き無くしてはこの戦いは成立しなかっただろう。
　怒りと悲しみの魔女に関わる報告書の全てに目を通したコンスタンツァ。どれもこれも、胸が痛む内容だった。
　魔女が少年をさして言った「これまでのどれより美味なる心」。許せなかった。何かを、誰かを大切に想う情熱を魔女達なんかに比較して欲しくなかった。
「アタシが参加した依頼には子供の形見を壊されたお母さんがいたっす。あの人の怒りと悲しみ……アンタたちに理解できるっすか！」
　コンスタンツァは感覚を研ぎ澄ましながら、巨大竜巻を引き起こす弾丸を放つ。荒れ狂う竜巻が魔女を飲み込み、薙ぎ倒していく。
　絶大な一撃を喰らってなお、魔女は番犬達を嘲り嗤う。
「ははは、どうした？　もっと怒りたまえ。その怒りが私のモザイクを晴らしてくれるのだから！」
「ふん、そう易々と怒りをくれてやるものかよ！　怒りの意味もその重みも、わからぬまま倒れるがいい魔女よ！　覚悟せい！」
　合流する重臣が疾駆しながら竜砲弾を放ち、魔女を釘付けにすると、ファミリアを射出し、その傷口を広げていった。
　八人が揃い、番犬達の連携が確かなものとなる。
　今だ余裕を持ち続ける魔女との戦いは続いていく――。

●怒りはモザイクに消ゆ
　死闘は続いていた。
　八人が揃い互角の戦いが繰り広げられる。だがディオメデスの力は熾烈にして苛烈。圧倒的な攻撃の前に、回復不能ダメージが蓄積していく。
　また憤怒へと誘うディオメデスの嗤いが回復役のリティを襲い、回復の阻害が行われた。番犬達はフォローに努めたが、結果防戦に廻る場面もあり、戦いは中～長期戦へと進んでいた。
　激化する攻防。力を振り絞り、ディオメデスへと攻撃を集中していく。
　ラハティエルと重臣が連携しながら、攻撃を加え、竜人とクレーエがそれぞれ追撃を行う。コンスタンツァが重い一撃を放ったと見れば、ディオメデスの反撃をエヴァンジェリンとクーゼがその身を盾に受け止めた。
「アタシは、盾。守り抜く為に、此処に居る。簡単に払いのけられるなんて、思わないで…っ」
　互いに譲らぬ戦い。だが、それも終わりの時が来る――。
「――！！」
「ははは、もう限界のようだね」
　リティに襲いかかるディオメデスの怒り喰らう一撃を、クーゼが受け止める。その瞬間膝が折れ、地に倒れ伏した。回復不能ダメージが限界まで到達したのだ。
「だいぶ手こずらせてくれたけど、まずは一人目だ」
　クーゼへと襲いかかる止めの一撃。
　だが、その時――。
「ワタシの望みは……悲しみは、最後マデワカラなかったナ。だが、アア……コノ戦いが、オワルのは少しダケ――」
　離れて戦っていた悲しみの魔女ヒッポリュテの断末魔が聞こえた。
　別班がヒッポリュテに止めをさしたのだ。
　ディオメデスの動きが止まる。構えを解き肩を竦めた。
「あぁ……やられてしまったのかヒッポリュテ。残念だよ、君とは長い付き合いだったのに」
　片割れを失いながらも怒りを覚えないディオメデスは、番犬達に向き直ると相変わらずの調子で言った。
「とはいえ、これは多勢に無勢だ。ここは大人しく引き上げさせてもらうよ」
　逃がすわけには行かない――番犬達が反撃を厭わず魔女へ飛びかかろうとしたその時、ディオメデスの動きが硬直する。
　不思議そうな顔で足下を見る魔女。
「逃がしはしないさ……この性悪魔女――！」
「――！　この――ッ！！」
　倒れ、戦闘不能となったクーゼが最後の力を振り絞り魔女の足を掴み逃亡を阻止していた。
　慌てる魔女がクーゼへと手にした鍵を突き刺そうとする。だが、その一瞬の逡巡、隙を番犬達は逃しはしない。
「援護します。もう一息……頑張りましょう！」
　駆けつけた別班の仲間達が癒やしのグラビティを放つ。回復を中心とした援護と共に、番犬達が一斉に攻撃が仕掛けた。
「終わりよ！」
「逃がしはせぬぞ、怒りの魔女！」
「……捕まえた」
「邪悪な魔女よ、我が黄金の炎を見よ！ そして、絶望せよ。フッ……」
「逃がさねぇ！　ここで殺す！」
「終わらせる――」
「この弾には被害者たちの怒りと哀しみがこもってるっす！　今……仇を討つっすよ、みんな！」
　放たれるグラビティの奔流。各人が、自身の全力の牙を魔女の喉笛に突き立てる。防ぐ事叶わないその一撃は、確かに魔女の心臓に重力の鎖を打ち込むことに成功した。
　一歩、二歩と後退するディオメデス。
　終始変わらなかったその顔が引きつるように歪む。
「ははは、まいったねぇ。命が失われるというのに怒りが沸いてこないなんて――」
　そう言い残すと、一瞬にしてその身体がモザイクの塵へと消えていった。
　一時の静寂――次第に歓喜が呼応する。
　戦闘不能を一名だした大激戦の末、ついに怒りと悲しみの魔女が起こす事件に終止符が打たれたのだった――。

●守り抜いたもの
　戦いが終わり、番犬達が傷ついた身体を癒やす。
　別班の仲間が「皆で迎えに行きましょうか」と声を掛けてきた。番犬達は頷き腰を上げた。
　土手の向こうで手を振る少年。番犬達に気づき駆け寄ってくる。
「大切な石、取られないですんだよ！　ありがとう！」
　大切に手に持つ石を見せてくる少年。綺麗な青色の石がそこにあった。
「綺麗な石ね」「良いお守りだな」「大事にするんだぞ」
　番犬達と少年が和気藹々と会話する。少年の顔に笑顔が浮かんだ。
　少年が石を天へと翳す。太陽の光が吸い込まれ少年の瞳に青を移し込む。石を覗き込む少年の瞳には、どんな未来が映っているだろうか。
　怒りと悲しみを奪う魔女がいた。多くの犠牲の果てについに魔女は倒された。
　一人の少年の心の拠り所を守れたことを、番犬達は心から誇りに思うのだった――。

作者：澤見夜行	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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