●怪力無双
秋の澄んだ空気を裂くように、渦巻く歪みから現れたエインヘリアル。
周囲を見渡して一人の青年に狙いを定め、跳躍して目の前に降り立つと、困惑する青年を一掴み、まるで果実を絞るかのように握りつぶす。
滴る鮮血と、轟く雄叫び。
降って湧いた惨劇に、誰かが悲鳴を上げた。
それを合図として蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々を、一人、また一人と捕らえ、引きちぎり、投げ捨てる。
加減を知らずに玩具を壊してしまうような、そんな幼稚さで築きあげられていく肉の山。
血塗れのアスファルトの上で動くものが己だけになっても、その飢えは満たされない。
次なる獲物を求める、その唸り声が街に響く――。
「エインヘリアルの出現を予知しました」
ケルベロスたちを集めたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)だが、何やら覇気がない。
その原因は、予知した事件の内容に有るようだ。
「場所は東京都町田市、多くの人が行き交う駅前です。魔空回廊を通して現れるエインヘリアルは生まれたばかりで、力を高める為に子供から大人まで手当たり次第に殺害、グラビティ・チェインを略奪します。賑やかな街は一転、血の海と化してしまうでしょう……」
獲物を狩り尽くしたエインヘリアルは成長し、魔空回廊を通って帰還してしまう。
それを防ぐためには、現れたその場で撃破しておくしか無い。
「敵は一体だけ。簡素な鎧兜を身につけ、扱う技は音速の拳と追尾するオーラの弾丸、気を溜めての回復など。知性は低く会話も出来ない程度ですが、自らの敗北を感じ取って魔空回廊への逃走を図ることは出来るようです」
魔空回廊では、デウスエクスの力は飛躍的に上昇する。
もし逃がしてしまった場合、追撃にはかなりの危険が伴うだろう。
「本能的に負けず嫌いな所があるようですので、上手く煽り立てながら戦えば、逃走を許すこと無く撃破できるかもしれません」
戦場が人通りの多い場所ゆえに、一般市民への避難誘導も考えなければならない。
その辺りの事も含めて、作戦はケルベロスに一任するとセリカは伝えた。
「エインヘリアルと言えども、生まれたばかりでグラビティ・チェインの吸収も満足に行っていない個体。皆さんならば、十分に撃破することが可能なはずです。どうか人々を守ってください。お願いします」
参加者 | |
---|---|
シェラーナ・エーベルージュ(剣の舞姫・e00147) |
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466) |
アルトゥーロ・リゲルトーラス(エスコルピオン・e00937) |
リリキス・ロイヤラスト(庭園の桃色メイドさん・e01008) |
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227) |
山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885) |
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107) |
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155) |
●ご協力お願いします
ケルベロスたちは、行き交う人々の合間を縫って戦場へとひた走る。
その最中で、パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)と、リリキス・ロイヤラスト(庭園の桃色メイドさん・e01008)は自己の身分を提示して、周囲へと呼びかけた。
「俺たちはケルベロスだ!」
「この付近にデウスエクスが出現します! 直ぐに、近くの建物へと避難してください!」
ケルベロスの証たるコートとカード、その二つに加えて、パーカーとリリキス自身から溢れる魅力のような何かは、耳目を集めるには十分であった。
怪物が現れるとあっては、従わない理由もない。
人々は連れ立って避難していくが、依然として、駅周辺には多数の利用客が居る。
その中の幾らかは、既にバスロータリーの上方に浮かぶ渦のような空間の裂け目――魔空回廊に気が付き始めた。
「まぁ、間に合わないわよね」
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が零すと共に、魔空回廊から暴力の化身の姿が垣間見えてくる。
虐殺劇の幕開けまではもう幾ばくもない。
だが同時に、ここまでは予知された内容、想定している通りの流れにすぎない。
「パーカー、リリキス。二人共、頼んだわよ」
言うが早いか、刀を抜いて駆けるシェラーナ・エーベルージュ(剣の舞姫・e00147)に、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)、山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885)、アルトゥーロ・リゲルトーラス(エスコルピオン・e00937)が続く。
最後に蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)が追走しようとした時、リリキスがその手を掴んだ。
「凛子さん、お気を付けて。貴女一人の体じゃないんですから」
付き合いの長い二人だ。リリキスとしては、本心から相手の身を案じての言葉であろう。
とはいえ、今まさにデウスエクスの脅威が迫る場面では、言葉の選択に少々誤りがあったかもしれない。
関係性が変化し、成熟しつつあることもそれに拍車をかけた。
「一人の身体でないって……まだそういうのは早いですからっ!」
僅かに顔を紅潮させた凛子が答えた時には、リリキスは既に警官の協力を得るべく交番に向かっていた。
代償は後で払わせよう。そう決意して刀を抜き、翔び立つ凛子。
「随分とまぁ、余裕なことで」
二人を見送って呆れ顔のパーカーは、駅員の協力を得るために改札口へと走った。
●喧嘩は相手を選ぼう
「グォォォ!!」
魔空回廊を這い出たエインヘリアルが、天をも貫く咆哮を上げる。
生まれたばかりとは言え、己がすべき事は本能で承知している。
そこらを動き回る『餌』を取り込み、より大きく、より強くならねばならない。
人々の倍以上ほども有る体躯に、筋骨隆々とした太い手足を備えた怪物は、跳躍して一人の青年の前に降り立った。
目の前に現れた怪物に、腰を抜かしへたり込む青年。
エインヘリアルの腕がその体に伸びようとした、その時。
「おーにさんこーちら♪」
聞こえた声、その主が現れるよりも先に、幾重もの衝撃波がエインヘリアルを襲った。
何を警戒するわけでもなく、ただ人狩りに臨もうとしていた怪物。
その動きは、二振りの刀を振るうシェラーナにとってはあまりにも愚鈍すぎる。
「てーのなーるほーへー♪」
子をあやす様にと言うべきか、それとも愚鈍さを嘲笑う様にと言うべきか。
空を切る刀の音を手拍子代わりに合わせ、シェラーナはエインヘリアルを挑発する。
しかしその巨体にとっては、視界の端にちらつく花簪など羽虫のようなものだ。
衝撃波を手で払いのけ、再び伸ばした腕に、今度は鋭い蹴りが放たれた。
「卑怯者め。我らを捨て置き、か弱き者に手を出すか」
照道の閃光のような一撃がエインヘリアルの腕、その肘部を捉えた。
武道に通ずれば、自ずと体の構造について知識も増えていく。
そして、急所を的確に蹴りこむことなど、照道には造作も無い事だった。
「さぁ、早く逃げるのだ」
痛みに悶絶するエインヘリアルと青年の間に割って入り、避難を促す。
青年は震える声で礼を言うと、這々の体で立ち上がり、去っていく。
その先では、警官や駅員が危険を顧みずに職務を全うしていた。
「落ち着いて! ケルベロスの方が既に到着しています!」
「改札は開放してあります、そのまま駅舎内に入ってください! 慌てずに、急いで!」
パーカーとリリキスの指示を受けて、人々を誘導していく協力者たちのおかげか、避難は確実に進んでいる。
おおよそ、収容できるだけのものを匿った建物には、アルトゥーロがキープアウトテープを張って、万が一にでも人が戦場に紛れ込むことを防ぐ。
誘導が終わるまでは、あと少し。
腕を押さえ、雄叫びを上げたエインヘリアルの前に、今度は漆黒の塊が降る。
「我が嘴を以て……貴様を破断する!」
ジョルディが振るった鉄塊剣を、エインヘリアルは両腕で受け止めた。
魔力で強化された肉体でなければ、その両腕ごと体を両断されていたであろう一撃。
それを力任せに跳ね除けるが、剣のめり込んでいた部分から血が滲み、滴り落ちた。
「ガァァァ!」
次々と湧き出ては、鬱陶しくまとわりつき、動きを阻害する。
ケルベロスたちに苛立つエインヘリアルは、ジョルディの漆黒の体躯、その正中線の中心に音速の拳を打ち込んだ。
吹き飛ばされ、アスファルトを幾ばくか捲って静止したジョルディだが、僅かにへこんだ鎧をさすると、首を傾げる。
「エインヘリアルとは、この程度なのか?」
期待はずれだとばかりに、大げさな手振りをすると、エインヘリアルに向けて指招き。
「来い、相手になってやる!」
黒騎士は巨体を待ち構えるが、まともに一撃を貰っていて無傷というわけもない。
凛子がそれとなく気を流し込んで治療を図る間に、猛進するエインヘリアルの背後には白衣が忍び寄る。
「――ッ!」
感じた気配にエインヘリアルが身を捩ると、先程まで頭があった場所をライトニングロッドの石突が通過していた。
もしも直撃していれば、頭蓋ごと抉り取れたかもしれない。
「……寒気くらい感じてくれたかしら?」
アイオーニオンの、鋭い銀の瞳に射抜かれ、エインヘリアルの戦意が僅かに揺らいだ。
じりじりと後退する怪物を、ケルベロスたちは取り囲んでいく。
●煽りもプロ級です
「お待たせしました、これより加勢します!」
避難指示を終え、合流してケルベロスチェインで魔法陣を作るリリキス。
その姿に、餌を逃がされた憎さが沸き立つ。
エインヘリアルは両手を握って突き出すと、メイドに向けて気弾を放った。
が、当たり前のようにそれを庇った凛子が、突き出した拳で気弾を呆気無く消滅させる。
自分より遥かに小さい女に、いとも簡単に攻撃を相殺されたエインヘリアルは、相対する者たちの異質さにたじろぎ、暫し硬直した。
「……どうした? エインヘリアルさんよ。強いんだろう? 勇気持って向かって来いよ」
パーカーに煽られても、足を前に運ぶことが出来ない。
強大な暴力の化身として現れたエインヘリアルは、一方的な虐殺を産み出すはずだった。
蓋を開けてみればどうであろう。
虐殺どころか、命を狙われているのは自分の方ではないか。
ちらりと、後ろを見やれば、宙空には渦を巻く魔空回廊の入り口が未だ揺蕩っている。
そこへ向かって、たった一歩。
後ろに運んだ足を、弾丸が掠めた。
「おいおい、これから相手をしてやろうってのに、もうお家が恋しくなったのか?」
予定していた作業を終えて射撃位置を確保したアルトゥーロが、銃口から燻ぶる硝煙を吹きつつ笑う。
「まさか、私たちに恐れをなしたのでしょうか」
「エインヘリアルと言えども、大したことありませんね」
二人のメイドが、視線を絡めてくすくすと笑い合う。
「それとも、恋しいのはお家じゃなくてママの方かしら~?」
シェラーナの言葉に、ジョルディは指をさして大笑い。
「その図体で親に泣きつくか! とんだ腰抜けだな!」
「仕方あるまい、勇者と吹聴しておきながら力無き者を狙うような者たちだ。エインヘリアルというのも、高が知れているな」
言葉の内容は理解できなくとも、自らがバカにされて居ることだけは十二分に分かる。
「――とんだ失敗作が産まれたものね」
アイオーニオンの呟きが、沸点を超えさせる駄目押しとなった。
「……グァォォォ!!」
三度、吠えたエインヘリアルは、ケルベロスへ向かって突進した。
――掛かった。
怒りで我を忘れれば、もはや魔空回廊に逃げることもあるまい。
掃いて捨てるほどに居た人々も既に避難を終え、ケルベロスたちが全力を振るう為の障害となるものはない。
「覚悟は出来たか? ……いや、聞くだけ野暮だな」
暴力装置となったエインヘリアルには、もう誰の声も届いていない。
「(まともな頭を持ってないんじゃあな……)」
振るう力に意味を持たないものなど戦士ではない。
そんなものが相手では、楽しむべくもあらず。
アルトゥーロは帽子をかぶり直すと、二丁の相棒で狙いを定める。
●真綿で絞めるように
力任せの突進を、ジョルディがその身一つで受け止めた。
まるでレスリングのように取っ組みあうと、体格に勝るエインヘリアルはジョルディを上から押しつぶすように力を込めていく。
己の足が地に沈み始めても、ジョルディは全く動じない。
何故なら――。
「重騎士の本分は守りに有り!」
その強靭な肉体も、重厚な鎧も、その本懐は守る事だ。
押しても引いても動かない、黒騎士によって釘付けにされたエインヘリアルに、忍び寄る二つの弾丸。
一つはシェラーナの放つ影、そしてもう一つはアルトゥーロが撃つ蠍毒。
二種の毒がエインヘリアルの肉体へ潜り込み、その体を蝕んでいく。
例え屈強な肉体を持とうとも、体の内部から起きる刺激に強くなるわけではない。
悶えるエインヘリアルに向かって、ジョルディは六枚の翼を開く。
その一枚一枚から放たれる、無数のミサイル。
至近距離からの爆撃に吹き飛ばされ、エインヘリアルはもんどり打って転げまわる。
「そんなに痛いなら、薬を塗ってあげましょうか? あぁ、でも……馬鹿につける薬はこれしかないのだけれど」
のたうち回る姿を傍観していたアイオーニオンは、取り出したカプセルを投げつけた。
それはデウスエクスを苦しめ、死に至らしめる殺神ウイルス。
「アァァァァ!!」
悲鳴か、それとも気の昂ぶりか。
エインヘリアルは叫び、肉体を気でコントロールしようとする。
しかし、傷は一向に塞がろうとせず、毒も上手く体から抜けていかない。
思うように動かなくなりつつある身体に鞭打って、ようやく立ち上がってみれば、そこには腕組みする照道。
敵の前での佇まいとしてはまるで無警戒にしか見えない。
エインヘリアルは力まかせに拳を振るうが、それは顔面を捉える間際で受け止められる。
「全くもって、力の使い方がなっていないな」
涼しい顔をしたまま、照道は蚊でも払うかのように拳を押しのけると――。
「ガルド流霊武術の力、とくと見よ」
エインヘリアルのみぞおちに、軽く掌底を叩き込んだ。
洗練された動きから放たれる達人の一撃は、力とはそれを扱うものの技量次第なのだと、エインヘリアルにその身を持って指南する。
「ったく、あいつらの方がよっぽどおっかねぇな」
平然と接近戦を挑む者たちから離れ、パーカーは杖を取り出して念じる。
可愛らしい犬へと変化したそれの背を叩き、狙うべき敵を定めて放つ。
「お犬様、任せたぜ」
――あいつはあんまり美味しくなさそうだがな。
呟いた主人の言葉は聞こえていなかったか、銃弾のように飛んだ犬はエインヘリアルの腹に食らいつき、その肉を抉った。
牙を通して入り込んだ魔力がこれまでに重ねてきた毒の効果を増し、より大きな苦痛を与える為に体内を這う。
「ガァッ……グァァ……!」
もはや肉体は朽ちていくばかり。
それでも、せめて一矢報いてやりたい。
戦うという本能だけで突き動かされ、進んだ先にいた凛子に向かって振り上げた拳は、アスファルトを抉るだけでかすりもしない。
――リリキスの持つ獄奪術の一つ、蒼縛陣。
足元に描かれていた魔方陣が生み出す蒼い焔に焼かれ、エインヘリアルの体には寸分ほどの力も入らなくなっていた。
河原で斬首を待つように、項垂れるエインヘリアル。
「……我が名において、集え氷よ」
その前で刀を構えた凛子は集中し、神速の斬撃を放つ。
崩れ落ちたエインヘリアル。
その斬り跡は凍り付き、陽光に照らされて華のように輝いていた。
●ご苦労様であります
「お疲れ様でした」
刀を収めた凛子はリリキスの腕に抱きつき、その感触に慌てる彼をからかう。
乳繰り合う二人はそれとなく置いておき、照道は荒れたアスファルトに手を当てた。
「これもガルド流霊武術の一つ……」
流し込まれた癒やしの力が、戦いの傷跡を消し去っていく。
修復された部分は、ややカラーリングが変わってしまっているが、見た目が変質してしまうのはヒールグラビティの常だ。
機能には全く問題ないのだから、このまま利用して貰えばいいだろう。
他の者たちは避難していた市民を解放して、ことの終わりを知らせている。
程なくして、この地には日常が戻ることであろう。
片がついたことを確認して、パーカーはファミリアの犬を撫でつつ辺りを見回した。
「……あぁ、居た居た」
交通整理に当たる警官と、利用客に運行案内をする駅員を見つけ、その一人一人に声をかけていく。
人的な被害が出なかったのは、彼らの協力あってのものだ。
「これからもよろしく頼むな」
下っ端の苦労は何となく察する所があるのだろうか。
見かけによらず丁寧に、協力者たちを労っていくパーカー。
彼の去り際に、警官たちは敬礼で応えたのだった。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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