光陰矢の如し

作者:雨乃香

 冬の早朝、冷たい澄んだ空気の張り詰める小さな道場の中、向かい合う二つの人影があった。
 一方は道着に弓を手にした長身の女性。
 もう一方は対照的に、小柄な少女であり、その手には身の丈に近い大きな鍵が握られている。
「お前の、最高の武術を見せて見なよ」
 煽るように少女の口にした言葉が、静寂を破り道場の空気を震わせる。
 それに応えるかのように、女性は弓に矢をつがえながら自ら距離を詰め、蹴りを放つ。
 少女が板張りの床を蹴り、後方へと回避すると同時、弓から解き放たれた矢が少女の頭部を目掛け空を走る。
 常人であれば反応すらできないであろうその一矢を、少女はやすやすと指先で掴み、軽い動作で放り捨てる。
 そこから幾度となく繰り出された女性の攻撃は全て少女に受けきられ、腰に下げた矢筒の中身が空になった瞬間、
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 少女のそんな言葉とともに、女性の胸元は大きな鍵に貫かれ、その体は冷たい床の上に静かに倒れた。

「気づけばすっかり寒くなって冬真っ盛り、外では雪がちらつき、こたつでニアが丸くなる季節ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?」
 ニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は湯気をあげるマグカップをケルベロス達の元へと配膳しつつ、にこやかに笑いつつ首を傾げる。
「そんなお外に出るのが辛い季節であっても、あちらは待ってくれないのがケルベロスの辛い所ですね」
 軽くなったお盆を片付けてやれやれと、肩を竦めたニアは携帯端末を手に、今回ケルベロス達を呼び出した用件について話し始める。
「幻武極、武術家を襲って周り、自分に足りない武術を求め戦うドリームイーター」
 名前くらいは聞いたことがありますよね? とケルベロス達に軽く確認をした後、ニアは話を続ける。
「今回もまた一人の武術家が襲撃を受け、その結果、幻武極のモザイクが晴れることこそなかったようですが、代わりに生まれてしまった新たなドリームイーター、これを皆さんには討伐してもらいたい、というわけです」
 続くニアの説明によれば、被害者は山奥の道場で修行を重ねている途中であったため、幸いにも近隣に人里はなく、周辺被害について考える必要は今のところないということだ。
「さて、こちらのドリームイーターですが、被害者となった武術家の理想としていた武術を使うとのことで、なんでも弓と近接格闘を組み合わせた独特の武術を使ってくるようです。遠近隙もなく、なかなか厄介そうな相手ですね?」
 詳しい戦闘データについては後程メールしておきますね、と告げながらまだ湯気のあがるマグカップに口をつけグッと口に含み、その熱さに暫し悶絶してから平静を装って口を開いた。
「しゅ、周辺被害は考えないでいいとはいえ、あまり悠長に構えていられる状況ではないですからね? 相手は武術家、自らの強さを試そうと戦いの場を求めています。さっと現地入りして、さっさと実力の違いというのを見せつけてあげてください」


参加者
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
一羽・歌彼方(黄金の吶喊士・e24556)
ロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500)
ブルーノ・フロストハイド(凍てる械弓・e40208)

■リプレイ


 小鳥の囀りの響く、早朝の森の中。
 人里からほど遠いその場所にポツンと建つ古びた道場の一角、居並ぶ的を見据え、弓を手に佇む女性が一人。道着に袴、高く結われた黒髪に、顔を覆い隠す狐の面。
 しんと静まり返る道場の中、それは微動だにすることなく、ただ佇んでいる。
 風が吹き、木々がざわめいても、動くことのなかったその女性が不意に顔を上げる。
 その視線の先から飛来する矢が、的の前、地面に音をたてて突き立つ。
「たのもー!」
 次いで響く、舌足らずな少女の声と、明確な敵意を示す気配。
「さぁさぁさぁ!  戦の場を求めるのならばどうぞこちらへおいでませ!」
 凛と通るまた別の大きな声に、女性は弓を手にしっかりとした一歩を踏み出す。
 古い床板が音を立て、微かに軋んだ。


 道場からやや離れた木々の少ない開けた一角、そこに集まる八つ人影。
「これで、でてきてもらえるでしょか?」
「勝負を売られて逃げる武術家はいないでしょう」
 首を傾げ口にするのは、第一声を放った多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)、それに対し自信ありげに大丈夫だと頷くのは、続く啖呵を切った一羽・歌彼方(黄金の吶喊士・e24556)だ。
「うまくいくといいんですが……」
 二人のそんなやり取りを眺めながらも、まだ戦場の空気に慣れないらしいブルーノ・フロストハイド(凍てる械弓・e40208)は、自らの放った矢の飛んでいった方角、道場の方から視線を外さないでいる。
「あー楽しみったらねえわ――何発持つか」
 そんなブルーノとは対照的に、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は拳を握りしめながら、まるで聞かせるかのように声を張り上げ、周囲へと敵意をばら蒔き、近づいてくるであろう敵、ドリームイーターをしきりに挑発している。
 ガントレットを装着した腕を回し、いつでも準備はできているとばかりに体を動かすサイガも、このような安い挑発に乗って敵が隙を見せてくれる、等と言う甘い考えはしていない、あくまでも戦う意思を見せる事で敵を引き付ける為の行為に過ぎない。
「さてこれで、相手はどううって出てくるのか、見物ですわね」
「どのようなみわざがみられるでしょうか」
「そうですね、とても、楽しみです……♪」
 お膳立ても整い相手を迎え撃つばかりという状況の中、初めて相手にするであろう敵の戦い方に興味津々と言った様子のエルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)と月霜・いづな(まっしぐら・e10015)の二人に、それとは違う、どこか恍惚とした様子でロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500)は熱っぽい笑みを浮かべている。
 一部が気を緩めつつも、誰もが周囲を警戒する中、誰よりもは早くそれに気づいたのはティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)であった。
「正面上空、真っ直ぐに来る」
 その言葉に、ケルベロス達は上を見上げる。冬の弱い朝日を反射して微かに光る幾本もの矢の雨。木々の合間を縫い、それらがケルベロス達を目掛け襲いかかろうとしていた。
「ふふふ……先ずはその一撃、私が頂きますね♪」
 言葉と共に軽やかに地を蹴ったロフィが誰よりも早く飛び出したかと思うと、顔の前、両の手を交差した彼女は降り注ぐ矢をその身を持って受け止める。
「っ、ふ、くっ……」
 白い肌に矢じりが深々と突き立ち、赤い花を幾つも咲かせる。
 腕と言わず腹と言わず、無数の矢がその体に刺さり、肉を咲いて、傷を広げる。易々と骨すらも貫くその痛みに、ロフィは怯むどころか、熱いくぐもった喘ぎを漏らす。
 その声が途切れる間もなく、上空から襲い来る矢とは反対に地を滑るように移動し接敵してきていたドリームイーターは弓を持たぬ片手で、ロフィの腕を深々と貫く矢を握りしめ、自分の方へと引き倒しながら、同じように矢の突き立つ腹部へと容赦なく膝を叩き込む。
 鈍い矢の折れる音ともに、傷口が広げられ、ロフィの体が易々と吹き飛ばされる。
「天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
 すぐさまいづなの唱える祝詞が風を巻き起こし、吹きすさぶ花吹雪がロフィの傷を癒す。
 仲間の安否を気遣いながらも、ロフィの治療はいづなへと任せ、他のケルベロス達は、武術家を模したドリームイーターを迎撃すべく攻撃を仕掛けている。
「へぇ、おもしれーじゃん?」
 一連の攻撃を目にしていたサイガは、口調とは裏腹に笑っていない真剣なその眼差しを敵に向けながら、一撃。拳を振り上げ殴りかかる。
 その攻撃を必要最低限の動きで避けたドリームイーターが一瞬で矢をつがえ、その至近距離からサイガの頭に狙いをつけた瞬間、振り抜かれたサイガの拳の起動を謎巣ように伸びる黒鎖が敵の体をがんじがらめに縛り上げ、
「いざ往くは、一条の矢が如く――!」
 上空、敵の頭上を押さえていた歌彼方が言葉と、文字と共に、敵を目掛け降下する。
「我は印す、力ある文字。その意は『飛翔』『疾風』『雷光』『流星』――!」
 構えられた槍とパイルによる刺突攻撃。
 胸元を貫かれたドリームイーターの体は大きく傾ぎ、傷跡がモザイクへと解け、串刺しにされた体が拘束から逃れる。
「見せてもらいましょうか、自慢の武術とやらを」
 その先には既に武器を構えたエルモアが敵を待ち構えていた。
 至近からの発砲を身を屈めて避けたドリームイーターは、そのままその体勢を利用し足払いをかける。
 軽く飛び、それを避けたエルモアが着地するより早く、張り詰めた弓から解き放たれる一条の矢。
 首を捻りなんとかその一矢を避け、着地と同時、お返しとばかりに蹴りを返すエルモア。矢を放った姿勢からでは反撃も叶わず、大きく飛びすさるドリームイーター。
「銃で弓に負けるわけには!」
 距離が離れた瞬間、互いに獲物を構え、両者は躊躇いなく攻撃を放つ。
 エルモアの放った言葉の通り、彼女の打ち出した光弾は敵の放った矢を飲み込んで直進し、そのまま敵の体を捉える。


 光が収まり、周囲の草花を飲み込み止まった着弾地点でドリームイーターは依然弓を手に立っていた。
「さすがにそう易々とは終わらないか」
 ティーシャはそう呟きながら、手にした装備の引き金に指をかけ、敵の動きを見据えている。
 砲手として立ち回る事の多い彼女は、少なからず学ぶこともあるだろうと敵の一挙手一投足に気を張りつつその隙を伺う。
 ドリームイーターの方もそれを承知しているのか、周囲を囲むケルベロス達の動きに目を配りつつ、仕掛けるタイミングを探っているようだった。
「ジョナ、いこう!」
 その均衡を破ったのはタタンとその相棒たるミミックジョナであった。
 二手に別れ、息を会わせての左右からの同時攻撃。
 小動物の如く森を駆け飛びかかるタタンと、真っ赤な体躯を隠すこともなく敵に向かって駆け寄るジョナ。
 迎撃か回避か、一瞬の判断が遅れたドリームイーターの足首にジョナの牙が深々と突き刺さり、敵が動きを止めたそこに、小さな体躯と、無駄の多いフルスイングからは想像もできない破壊力を秘めたタタンの一撃がクリーンヒットする。
 たまらず吹き飛ばされた敵の体は地を転がり、受け身をとって敵が立ち上がったところを目掛け、ティーシャの放った砲弾が追い討ちをかける。
 派手な爆炎と土埃の舞う戦場の中、立ち上がったドリームイーターは体勢を建て直すべく、視界の悪さに紛れ大きく距離をとろうと、腰を屈めたところで、
「悪いけど、目印付けさせて貰うよ」
 それを逃がすまいと放たれたブルーノの矢が、敵の胸元を貫き遠目からでもはっきりと視認できる青白い魔方陣を浮かび上がらせる。狐の面の下、唇をぎりと噛むドリームイーター。
「退くって選択肢もなくなったわけだが、どうすんだオイ?」
 サイガの言葉通り、ブルーノによって目印をつけられた敵にはもはや退いて態勢を立て直すという選択肢もなければ、逃げ出すなどという手をとることもできない。
 故に目の前の敵が取る手段は、一つだけだ。
 瞬きの間に矢を番え立て続けに二発、ブルーノへ向かって矢を放つ。
 地を蹴りその攻撃を避けたブルーノとの距離をつめたドリームイーターはそのまま頭部を目掛け蹴りを放つ。
「この弓は精密機械なんで、ちょっと……勘弁してくれませんかね」
 先ほど目にしたその攻撃を読んでいたブルーノは間一髪、弓を立てその一撃をすんでの所で受け止めた。
「なんという、うつくしき、みわざでしょう」
 一連の流れるようなその動きに、確かに関心しているのだろう、いづなはたどたどしくその技を褒めつつもしかし、
「なればこそれ、それは手にした方のものにございます」
 所詮は真似事でしかないそれを否定しながら、その手の中満月を思わせる光球を練り上げ、ロフィへとそれをぶつける。
「ゆめのなごりは、むげんにおかえりなさい」
 いづなの言葉と共に、その内なる凶暴性を解き放たれたロフィが、荒々しく地を蹴り、獣の如くドリームイーターへと飛び掛る。
 振り上げた拳に寄り集まるオウガメタルが一回りも二回りも大きな拳を形成し、あらん限りの力を持って振り下ろされる。
 轟音と共に地が揺れる。
 度重なる攻撃にすでにガタが来ていたドリームイーターの体を襲う、強烈な一撃。
 狐の面が宙に舞い、体の左半身が形を維持できず不確かなモザイクの靄へと変わる。それでもなお武器を手放さないのは、元となった武術家の弓という武器を持って近接戦闘をこなそうとしたその気概の表れか。
 しかしその手にした武器すらも、次の瞬間にはティーシャの放った光弾によって、形を成していない腕と共に消し飛ばされた。
 元となった武術すら再現できなくなった哀れな敵を前にサイガはその姿を眺め、興味を失ったかのように、肩を落としその体を鋼鉄の爪で撫でる。
「所詮はコピー、血反吐はいて得た対価がでねえのなら――知れてんな」
 手を抜かれたその一撃すら、避けることもままならないドリームイーターはそれでもなお、膝をつくことはなく無く、立ち上がると。目の前に立った、エルモアと歌彼方を正面から見据える。
「美しく、実践的な武術でした」
「ですが、勝負あり、ですね」
 エルモアの構えたライフルがその頭部を照準し、歌彼方の構えたパイルバンカーの穂先はその喉元に突きつけられる。
 ドリームイーターの口から声とは形容しがたい、奇怪な音が発せられ森を振るわせる。
 それは悔しさからくるものか、あるいは己が力を試せた事への喜びか。
 音が収まると同時、二人の攻撃がドリームイーターの頭部を破壊し、その姿はモザイクに解け、虚空へと消えていった。


「本当に直るもの、なんですね……」
 静寂を取り戻した森の中、戦い中荒れ果てた森が元の姿へと戻っていく姿を目にしながらブルーノは感心したように呟く。
「そんなにめずらしい、でしょか?」
 その目前、周囲の被害を癒すタタンは慣れた様子で首を傾げつつブルーノへと聞き返す。
 ブルーノとタタン、一回り以上も歳が離れた二人のその様子は別段珍しい物でもない。
「何度か目にする機会はありましたが、こうして自分の手でというのは何分」
 自分の手をまじまじと見つめるブルーノの姿に周囲のケルベロス達も自分の初心を思い出しながら、軽く笑みを浮かべながら作業に従事している。
 市街地のように複雑な建造物も無い森の中の修復はそれほど時間もかからず終わりを告げる。
 時計を見ればまだ昼というには随分と早い時間だ。街へ降りたとしても開いていない店のほうが多いだろう。
「せっかくですから道場の方も見に行きましょうか。わたくし好みの戦い方でしたし、なにかしら学べることもあるかもしれませんわ」
「だな」
「被害者の方の安否も気になりますしね」
 時間の余裕があることもあり、ケルベロス達はそう言葉を交わしながら冷たい空気の満ちる森の中をゆっくりと歩いていく。
 この後、長々と女性武術家の熱心な武術の講義を受けることになろうとは、この時はまだ誰も予想していなかった。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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