イブニングエメラルド

作者:藍鳶カナン

●イブニングエメラルド
 完璧に磨きあげられた硝子窓から菫色の宵が見えた。
 ホテルの一室、高級感と機能美を巧みに融合させたエグゼクティブスイートで、何ひとつ不自由ない資産を持つと一目で知れる青年が光に宝石を翳す。
 明るい黄緑に煌くペリドット。
 古代エジプトでは太陽の石、ハワイでは女神ペレの涙と呼ばれ、夜の仄暗さでもその眩い煌きと色が沈まぬことからイブニングエメラルドとも称される宝石。
 宝石の美しさに瞳を細めつつ、彼は携帯端末で通話していた。部下らしき相手と話すのは明日このホテルで逢う人物のこと。大金を積んで招聘したジュエリー作家だ。
「丁重にお迎えするように。何しろ、私の最愛の女性に贈るイブニングエメラルドの指輪を創ってもらう作家なのだからね」
 その女性は真実、最愛の存在なのだろう。彼の瞳に溢れんばかりの愛おしさが燈る。
 だが、
「――で、全て終われば二度と仕事ができない体にしてやれ。作家の『最後の最高傑作』を贈りたいんでね。何、人生二回はやり直せるだけの金は積んでやったんだ、隠居しても問題なかろう」
 彼は酷薄な笑みで通話を終えた。そのとき。
 この場には彼しかいないはずなのに、背後で唐突に女の声がした。
「ああ、豊かな財力もその揮い方もとても魅力的。まさに私の選定に相応しい男ね」
「誰だ!?」
 振り返った青年が最期に見たものは、激しくも妖しく燃える緑の炎だった。
 力ある緑炎を放ったのは、高く結った緑の髪と踊り子めいた扇情的な装いが印象的な女。炎彩使いと呼ばれるシャイターンのひとり、緑のカッパーの眼前で、青年を燃やし尽くした緑炎の中から光り輝く大きな人影が現れる。
 煌びやかに輝くのは金とイブニングエメラルドで彩られた鎧と、明るく眩い緑にきらめくイブニングエメラルドの剣。
「思ったとおり、絢爛豪華ね。さあ、今度はその宝石の剣を揮ってグラビティ・チェインを集めなさい。私が迎えに来るまでに、存分にね」
「仰せのままに。貴女様に選ばれた私なら造作もないこと」
 絢爛たる武具を纏うエインヘリアル。広々としたエグゼクティブスイートさえ狭く思える大きな偉丈夫が恭しく膝をつく様に笑み、女はふわりと姿を消した。

●選定
 宝石の剣が真っ先に薙ぎ払うのは硝子窓。
 高層階のエグゼクティブスイートからエインヘリアルが飛び降りる先は、ホテルが擁する広大な庭園だ。彼はグラビティ・チェインを奪うべく、まず庭園を散策しているひとびとを殺すだろう。その次はホテルの中へ目を向けるか、庭園を越え市街へ向かうか。
「そこまでは判らなかったけど、全速でヘリオンを飛ばすから、エインヘリアルが庭園へと降りた直後にあなた達に現場へ降下してもらえる。そこで、仕留めて」
 死者の泉の力を導く炎でエインヘリアルを生みだした炎彩使いは姿を消したあと。
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はケルベロス達をヘリオンへ案内しつつ、説明を続ける。既に宵だが庭園灯が燈され視界に問題はないこと、避難勧告も手配するが、殆ど猶予がないこと。
「だから、出来れば最初の二、三分くらいはあなた達全員で猛攻撃を浴びせて、攻め立てて欲しいんだ。あなた達を倒さなければ一般人を襲えない――って相手が感じるくらいにね」
 一旦そう思ったなら、敵はケルベロスと戦うことを優先する。
「エインヘリアルが揮うのはイブニングエメラルドの剣とその輝き。グラビティの属性とか効果で言えばマインドリングの力に相当するね。厄介なのは彼の立ち位置がメディックってところかな。破魔と浄化があるから、油断しないで」
 生み出されたばかりとはいえ、敵の自意識は完全にエインヘリアルのもの。
 炎彩使いに焼き尽くされた青年の記憶があるとしても、それは映画や小説で観たものにも似た他人事のように感じられるだろう。ゆえに、敵にとって人間達はただの糧。
 シャイターンに選定されるだけあって、青年は善人とは言えない人物だった。
 だが、最愛の女性への愛情はきっと、心からの、真実のものであっただろう。
 けれどその想いも完全な無となった。
「だからこのエインヘリアルは誰を殺すのにも躊躇いがない。でも、あなた達なら一般人が犠牲にならないうちに彼を撃破してくれる。そうだよね?」
 挑むような眼差しに確たる信を乗せ、遥夏はケルベロス達にヘリオンの扉を開く。
 さあ、空を翔けていこうか。生まれたばかりのエインヘリアルのもとへ。
 太陽の石、女神の涙。
 歓喜や幸福、そして夫婦愛を意味する宝石。
 そんなイブニングエメラルドの指輪を最愛の女性に贈ろうとしていた地球人の男性は――もう、この世のどこにもいない。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
月井・未明(彼誰時・e30287)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)

■リプレイ

●太陽の石
 天も地も菫色に浸る。
 寒風躍る宵空から見下ろす菫の水底はさながら宝石箱を覗くのにも似た煌びやかな夜景、だが凍てる風に身を躍らせたケルベロス達が目指す先は深い緑と柔らかな庭園灯に彩られた広大な庭園だ。
 庭園を擁するホテルの高層階から氷の飛沫めいた硝子の破片が爆ぜ、眩い金と緑の煌きを纏う巨躯が庭園へ飛び降りたのは此方より一瞬先、その煌きを追うよう冬風を突き抜ける。
 降下位置の微調整はほぼ不可能、仮に翼飛行を使うとしてもタイムロスなしには困難だ。
 けれど、
「ネロ! 思いっきりやったって!!」
「勿論だとも。さあ、全力攻勢を御覧じろ!」
 仲間の降下位置を瞬時に把握し即座に活かすのは、確りと連携のとれたケルベロス達には容易いこと。冴ゆる宵風にネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の掌が踊ればたちまち幻影竜の灼熱がエインヘリアルの巨躯と視界を右から焦がし、左からは夢を凝らせたような輝きの珠が喰らいついた。偶然彼女と挟撃が叶う位置へと降り立ったキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)の気咬弾だ。
『な――』
「僕らがお相手務めるよ、勇者様」
「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……なんて」
 何者だと誰何する間さえ許さず、一気に地を蹴ったゼレフ・スティガル(雲・e00179)が真っ向から叩き込むのは沈まぬ夜に地獄の炎燈した大剣、炎が金とイブニングエメラルドの鎧を眩く輝かせた刹那、蛇なんですけどね、と秘めやかな声でエインヘリアルの背を撫で、八柳・蜂(械蜂・e00563)が宵に奔らせるのは影を思わす黒き大蛇。
「我等ケルベロス、お主を止めるためなら鬼にも蛇にもなる者ぞ!」
「ああ、他所には行かせねえ。在るべきところへきっちり送り届けてやる」
 大蛇が背から敵を捉えて牙を剥いた次の瞬間、セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)が凛然たる声音と六連星に雷を重ねた穂先で金と緑の鎧を貫き、砕けた煌きやしぶく血潮ごとメィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)が息吹かせた絢爛たる夢が呑み込んだ。
『成程、定命の狗どもが私を狩りに来たというわけか……!』
「御名答。その石に惨劇の色は似合わんよ」
 宵にも眩い、陽光に輝く新緑を思わす煌き。
 平和や豊穣、夫婦愛を意味する宝石の剣が閃くより速く、避難するひとびとと敵との間に滑り込んでいた霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)が揮う如意棒が刃ごとエインヘリアルの肩を打つ。ロップイヤーを躍らせる月井・未明(彼誰時・e30287)も一般人への射線を遮るよう立ち回らんとした。が。
 敵は己の倍の背丈を持つエインヘリアル、此方の頭越しにでも遠距離攻撃を撃てる相手の射線を塞ぐのは至難の業だ。庇えるのもディフェンダーのみとなれば、
「狙うなら大物にしておけよ。勇者により多く愛が与えられるのは古今東西のお約束だ」
『威勢のいいウサギだね、だが一理ある。大物ならそれらしい様を見せてもらおうか!』
 敵の意識を自分達へ惹きつけるのが最善策。
 挑発的な声とともに寒風を裂くのは弓弦の音、妖精の加護宿す矢が敵の腕を貫いた瞬間、鮮烈なイブニングエメラルドの輝きが未明達後衛陣へ襲いかかった。けれど其々に夜の色を纏うウイングキャットとテレビウムが盾となり、傷に構わず爪と刀で反撃に出る。
 巨躯を包囲すべく駆け、四方八方から浴びせる猛攻勢。
 全てが命中とは流石にいかなかったが、花を散らし橘の香を引くネロの竜の槌が打ち込む超重の一撃、そして暴風めく爪撃で幻影の雪柳と相手の血華を咲かせたセツリュウの痛打でキアラが見抜く。
「読めたんよ、力技で来られると避けづらいみたいやね!」
『――!!』
「ならばその弱点、遠慮なく衝かせてもらおう」
 手首に四つ葉が煌く少女の降魔の拳、それが敵の脇腹を容赦なく打てば、すぐさま奏多が銀を媒介に弾丸を生成、狙撃手の恩恵を存分に活かして、敵意を煽るよう相手のこめかみで盛大に炸裂させた。続け様に撃ち放つ轟竜砲でエインヘリアルの膝を三重に砕き、メィメが更に気を惹くべく言葉を紡ぐ。
「炎彩使いか、つまんねえ女に膝をついたもんだ。あんたの女が泣くぜ」
『私のではないね。燃やし尽くされて死んだ男の恋人だろう?』
 だが返ったのは、読み終えた物語の登場人物を語るがごとき声。
「……あんたの、女だろ」
「メィメ、違うんよ! 望の時とは……!」
 無意識に編ターバンごと髪を掻きあげて、普段より一段と掠れた声を洩らした彼の意識をキアラの声が引き戻す。
 記憶があるとしても他人事のようなもの、事前に聴いていたとおりだ。あの眩い夏の日にドラグナーとなった青年とは違う。夏に出逢った彼は心も望みも彼のままであったけれど、眼前のエインヘリアルの心はもう、死んだ地球人男性のそれではない。
 ――それじゃあ、あんた自身の、望みは。
「心も望みも全部焼き尽くされて、終わってしまったんだよ。――もう、ね」
 仲間の胸裡を掬うよう呟いて、柔く苦く笑んだゼレフの刃が宵風を裂く。
 突き立てた刃から敵の裡を灼く銀白の炎は、相手が忘れてしまった熱を贈るもの。けれどそれでも死んだ男性の想いの熱は戻らないと、痛いくらいに理解していた。
 絵に描いたような非道ぶり、されど唯ひとりを心から愛して。
 ある意味とても人間らしかった地球人男性は、もう、この世のどこにもいない。

●女神の涙
 艶めく深緑に真紅や雪白の椿が咲く冬の庭園。
 だがそこに宵闇にも明るい新緑に煌く剣閃が奔り、眩い輝きが迸る。メィメめがけて降り落ちたイブニングエメラルドの剣を蒼銀の手甲で受けとめ、キアラは薄荷緑の双眸で間近に宝石の煌きを見た。うちの瞳も、こんな風に見えたんやろか。
 ――さあ、あなたの瞳をよく見せて、キアーロ。
 母の声、頬に触れる手のぬくもりが甦る。
 父譲りの瞳の色と、娘でなく息子として見るがゆえの愛情。けれど、それでも。
「キアラ! 一瞬でいい、目を瞑ってくれ!!」
「未明!?」
 不意に響いた仲間の声を信じて目を閉じれば、優しい冷たさが目蓋に触れる。
 数珠石に金銀の水引花、甘い木犀に僅かな月夜草、凍てる露を加え送火で蕩かした未明の魔法薬が痛手を潤し技の絡め手を強めたなら、即座に翻ったキアラの脚が刃のごとき蹴撃で敵の手首を打った。その隙を逃さず奔ったのは氷青の双眸よりも冴ゆる奏多の斬撃、軌跡に舞い散る氷片も眩い黄緑を映して煌く様に、二人の眦が微かに歪む。
「もうおらん彼が企んどったことは許せへん……けど」
「ああ、殴ってでも止めていただろうな。彼が、生きていたなら」
 権力者に処刑される占者、離島に監禁される職人。
 秀でた技能ゆえの悲劇は枚挙にいとまがなく、だからこそ天占屋たる娘も鍛銀屋たる男も死んだ青年の目論見には憤りを禁じ得ない。けれど感性の鋭さゆえに、やるせなさも鮮明に胸に沁みるのだ。
 こんな恋の終わりは、あまりにも。
「……彼の愛は、歪で重いですね」
 冷えた唇はそう紡ぐのに、蜂の胸奥にはそれほど想われた女性への羨望が燈る。
 肌身で識るのはいつだって唐突な終わり、刃で描いたのは愚かな女と己を笑うような細い三日月。だが冴え冴えとした月の斬撃は、エインヘリアルの右肘を深々と斬り裂いた。
 腱も関節も裂かれ、敵は堪らずイブニングエメラルドの輝きを癒しに変える。メディックゆえの強大な治癒力に浄化、加えて光が盾となるが、
『全く侮れんな、君達の牙は』
「御褒めに与り光栄至極、その護りの輝きもネロ達が見事散らして御覧に入れよう」
 絢爛と悪辣孕む振袖から覗くネロの竜爪が閃き、高速の一閃を追った奏多の音速を超える拳が吹き飛ばしたエインヘリアルを受けとめるよう、ゼレフが純然たる破壊力と成した己がグラビティ・チェインを叩き込めば、続け様の破魔に盾が消えぬはずもない。
 竜爪撃はあくまで爪を揮う技。別の型を望むなら独自の技を編み出さねばならぬと脳裏に刻み、研ぎ澄ませた狙いを武器に風へ舞ったセツリュウは、冬の宵空を流れる星となった。連なる流星はメィメの蹴撃、三重に叩き込んだ星の重力の手応えは確かなものなのに、彼は苦さを飲みくだす。
 ――身を滅ぼしちまうくらいの強欲だ。
 ――死んだくらいじゃ片づけられねえだろ。
 向けるつもりだった言の葉が宛なく消える。
 無という形に『片づいた』のだ。死んだ地球人男性の望みは。
「行け未明、あんたも喰らわせてやれ!」
「ああ、そのつもりだ」
 敵が癒しに手を割くなら自陣の癒しの要たる未明が打って出る好機。
 ――おれは怒っているんだ。
 表情には見えずとも輝きを弥増す陽色の双眸が少女の憤りを示す。地を蹴る靴に燈るのは鮮やかな熱、死んだ青年に同情はできずともその命も恋も断ち切った理不尽への怒りは胸を灼き、遣り場のない感情を放つ代わりに炎の軌跡を描けば、心へ添うように一声鳴いた夜色翼猫が梅花咲く輪を重ねて放つ。
 菫の宵に溢れる新緑の煌き、閃く宝石の刃。
 それらが完全に自分達のみを標的としている様に淡い笑みを引いて、ゼレフは琥珀越しに眼を凝らす。宵にも鮮明な輝きの軌跡を読み雪色の裾を翻し、太陽の石たる敵の剣を白夜の大剣で受けきった。
「まるで神話の英雄みたいだねえ」
『ああそうだ。私は選ばれし英雄だ――!』
 強敵相手、剣士同士の鍔迫り合いに心躍るのも、もういない青年へ馳せる幾許の寂しさも確かな真実。
 最愛の女性の薬指を飾れなくなった青年。
 最愛の女性との時の終わりに、薬指に光る誓いを葬った自分。
 ああそうだ。眼前の敵が揮う力は、魔法の指輪の力に酷く似ている。
「ほんに、憂き世は侭ならぬものだの」
「嗚呼そうさな、こんな恋の終わりに出逢えば尚更に」
 鍔迫り合いの終焉は達人の一撃。疾風と化したセツリュウが暴風の爪撃で続けば、幻影の白花や紅の血華とともに散る無数の氷片が強く新緑に煌いた。歓喜や幸福、夫婦愛の宝石。嘗て夢見た日はもうセツリュウには遠く、けれども誰かと想いを交わした経験がなくとも、愛しいひとに贈られた宝石で指を飾る幸福はネロの胸に光を燈す。
 事を知れば件の女性は泣くだろう。
 だが夜の娘は降魔の一撃を迷わず敵へと叩き込む。
 瞳を射抜かんばかりのイブニングエメラルドの輝きが前衛陣を呑んだが、凍てる身を飾る黒ごと身を翻した蜂は右手の短剣で輝きを弾き、伸べた左腕でネロへの光を遮った。
「見惚れてしまうよ。大丈夫かい、蜂」
「ええ、平気です。これくらいなら、痛くないもの」
 手套の裂け目から零れる地獄の紫炎にも構わず、漆黒の鏡めく短剣を躍らせる。
 腕を犠牲に護ったひとから拒絶されたときからいつだって、大切なひとの大切に一歩足りなくて。浴びた氷片が伝う頬を皮肉に緩めた。
 重たくて自分勝手な想いはきっといつか壊れるわ。たぶんね。
 ――嗚呼、だけど。

●イブニングエメラルド
 一片たりとも身勝手さを含まぬ恋も愛も、きっと在りはしないのだ。
 喪失の悲嘆は身近なもの、壊れるほどの嘆きも絶望も尊敬する背にずっと見てきたから、何時だって誰だって手放せるよう奏多は生きてきた。
 失うことに呑まれてしまわぬために。
 だのに、死んだ青年の非道に憤る心に、迷わず愛せる彼への羨望も萌す。
 何時か手放さねばと思っていた愛しい蜂蜜色の眼差しは決して失えぬものになっていて、それに気づいた途端に心が立ち竦んだ。
 ――俺は、どうしたらいい?
 だが惑う心とは裏腹に戦場駆ける身体は冴えを増す。襲い来る輝きを如意棒で斬り裂いた刹那、瞬時に生成した弾丸が眩い銀光とともに敵の左胸に風穴を空けた。
 未明とセツリュウへの光を引き受けたのはキアラと蜂、
「うちはスゥの応援でだいじょぶなんよ!」
「分かった、ならおれは蜂を!」
「助かります、ありがとう」
 夜色テレビウムが張り切って流す星の動画、その煌きごと凝らせるようキアラが気咬弾を撃ち込めば、未明は冷たくも優しい夜を滴らせたような魔法薬を蜂へと贈る。踵を鳴らし、癒しに潤された左腕を伸べれば蜂の意のまま大蛇が敵へ躍りかかった。
 駆け続けるのは、盾で在り続けるのは。
 ――大切な子達と、大切な存在を抱くひとを護るため。
「最期まで付き合うよ、君の晴れ舞台にね」
『誰が、最期など……!』
 燃ゆるゼレフの地獄の炎が絶大な痛撃となれば、エインヘリアルは苦悶の声とともに光の癒しを溢れさせる。だが瞬く間に盾は砕かれ、間断ない攻勢が癒えた以上に彼の命を削る。
 望まぬ、恋の終わり。
 それによって生まれた存在へ未明も馳せた。愛しい痛みごと魂に『未明』の名を刻んで、駆け続ける足に炎を燈す。
「真実恋が『あった』なら、欠片も残さず燃え尽きろ」
 きっとそれが、喪われたものへの送り火になるだろう。
 強く炎に輝いたイブニングエメラルドに軽く瞠目した奏多の如意棒が一直線に敵の鳩尾を打てば、堪らずに身を折った巨躯の懐へとメィメが跳び込んだ。極彩色の夢を操るのは彼の得意とするところ。だけど。
 豪奢な華燭の典、花嫁姿で微笑む恋人、そんな真夏の夜の夢を見せても相手の心はきっと震えはしない。ならばと歯を喰いしばり、鋼の鬼を重ねた拳で深々と鎧を穿つ。
 ――あんたの女があんたに会いたいって望んだ時、おれはどう向き合えばいいんだ。
 選定によって完全に無になった想い。
 だが恐らく、彼にはその女性こそがこの世に唯ひとつの宝石だったはず。
「きっとその輝きの前では、彼もただの男だったのだろうね」
「ん、歪な愛情やったとしても、彼にとっては翳らん光やったと思うんよ」
 終わりを導く銀白の炎を贈るゼレフに、降魔の力を拳に宿したキアラが続く。炎彩使いが現れずとも彼はいつか非道の報いを受けただろう。けれどこんな終わりは悲しくて。
 悔しい。
「口惜しさも抱いて、我等は駆け続けて行こうぞ」
 零れた少女の言葉を掬って、星彩の穂先に雷を燈してセツリュウも馳せた。眼前の煌きに負けぬ光を琥珀の双眸に宿し、彼の、己の愛の断絶に胸が軋むのを堪えてまっすぐ貫いて。
 盛大に罅割れた鎧が煌きの破片を散らす。
 ひときわ鮮烈に輝くイブニングエメラルド、だがその剣の力が解き放たれるより夜の娘が術を織り上げる方が速い。屠られた先達へ哀悼を、我が身へは贄たる仔羊の血肉を還元し、ネロは術を発動させた。
 もういない誰かが恋人へ贈るはずだったその輝石。
「どうか、輝きの鈍る前に消えておしまいよ」
 ――砕け散れ、夜の宝石。
 稀なる魔術が敵の存在そのものを捻り潰す。
 明るいオリーブグリーンの輝きが溢れだす。
 イブニングエメラルドの光となった彼が消えていく様を奏多は余すことなく見送った。
 火山の女神ペレの涙と謳われるこの宝石は、浄めの火たる力を持つとも言われている。
 ならば、選定された魂でも綺麗な場所に行けるかも、なんて。
 ――そんな奇跡を願うくらいは、良いだろう?

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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