聖夜略奪~この手は君のため

作者:地斬理々亜

●君がこの手を好きと言ってくれたから
 クリスマスデートはもう目の前。
 幸福感に満ち溢れた様子で、気合を入れて身だしなみを整える者は、数多いだろう。
 桃村ルカも、そんな中の一人だ。
 マンションの一室で、彼女はデートのために身支度をしていた。
「よし! 完璧♪」
 乾かし終えたマニキュアの具合を確認し、ルカは満足げに一つ頷く。
「『素敵な手だね』って言ってもらえたもの。手のコンディションは、パーフェクトにしておかないとね」
 彼氏の言葉を思い返して、恋する乙女はほんのり頬を染める。
「さてと、あとは……えーっと、ハンドクリームどこ置いたっけ……」
 ルカが立ち上がろうとしたその時、不意に、魔空回廊がその場に口を開けた。
 中から、機械天使達が姿を現す。
「え……?」
 呆然とするルカ。その足首が引っ張られた。
 卵のような形状をした機械天使の体内へ、ルカは引きずり込まれていく。
「いやああぁ、誰かああぁぁっ!!」
 悲鳴が虚しく響き渡る。
 かくして、ルカは卵に囚われた。

●ヘリオライダーは語る
「昨年のゴッドサンタの事件、覚えていますか?」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は口を開いた。
「クリスマスに発生した、かの事件を解決したことで、私達はグラディウスを得ました。これによってミッション破壊作戦を行うことが可能になり、去年一年だけでも数多くのミッション地域を解放することができました」
 牡丹はわずかに微笑み、再び表情を引き締める。
「ですが、この状況はデウスエクスにとっては許しがたいものなのでしょう。地球に潜伏していたダモクレス、潜伏略奪部隊『輝ける誓約』の軍勢が、クリスマスの力を利用して、ケルベロスが持つグラディウスを封じようと、作戦を仕掛けてきました」
 一拍置いて、続ける。
「ダモクレスは、クリスマスデートを楽しみにする女性の前に魔空回廊を使って現れ、儀式用の特別なダモクレス『輝きの卵』に女性を閉じ込めると、グラディウスを封じ込める儀式を始めます。『輝きの卵』自体には戦闘力がなく、周囲に3体の護衛ダモクレスがおり、ケルベロスからの襲撃に備えています。その護衛3体さえ倒せば、女性……ルカさんを『輝きの卵』の内部から救出して、『輝きの卵』を撃破することが可能になります」
 牡丹によれば、介入が可能になるのは、ルカが卵に囚われた後からだという。
 現場は、ルカが住んでいるマンションの一室だが、周辺住民は警察が人払いしてくれるそうだ。
 つまり、ケルベロス達は、戦闘のみに集中する形で作戦を立てて良いのだ。
「3体の護衛は、協力し合って戦闘を行います」
 『輝きの盾』はディフェンダー。大剣による強力な斬撃と、生命力を食らう光の弾丸による攻撃、それに、大剣を構え防御を固めるヒールを用いる。
 『輝きの爪』はジャマー。治癒を拒む傷を穿つ右の爪と、複数人の装甲を切り裂く左の爪を使い、さらに加えて、両の爪を振るって広範囲に衝撃波を放ちジグザグに刻む攻撃も行う。
 『輝きの音』はメディック。強力に味方の傷を修復する音、味方の悪影響を除去する音の、2種類のヒールを使い分ける他、ケルベロス側のエンチャントを破壊する音を出す攻撃をも使ってくる。
「無事にルカさんを救出できたとしても、彼氏とのデートの約束の時刻まで、時間の余裕はなくなってしまうでしょう。可能ならば、デートに行くためのオシャレを手伝ってあげるのも良いかもしれません。特に、仕上げがまだの、ルカさんの手の手入れ……ハンドクリームの差し入れなど、ですね」
 牡丹はそう締めくくる。それは、彼女がケルベロス達の確実な勝利を信じている、その証とも言えた。


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
クラリス・レミントン(奇々快々・e35454)

■リプレイ

●護るもの
 ケルベロス達は、事件現場であるマンションの一室に踏み込んだ。
 部屋の奥に、ルカを取り込んだ輝きの卵。それを護るように、3体の機械天使が陣取っている。
「3体揃って仲良くパーティー……にしては、ちょっと物騒過ぎるんじゃない?」
 護衛達を見やって、クラリス・レミントン(奇々快々・e35454)は、ガスマスク越しに声を投げかけた。
「ケルベロス、来襲。ケルベロス、来襲。クリスマスが終わるマデ、このバを守護セヨ」
「承知」
 機械天使達は声を掛け合い、ただちにケルベロスへの攻撃に移る。
 輝きの盾による大剣の斬撃が、エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)を襲った。だが、エリオットはその傷をものともせず、続いた輝きの爪の一撃から、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)を庇う。さらに、輝きの音が放った前衛への攻撃は、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が、椿木・旭矢(雷の手指・e22146)の分までその身で受けきった。ディフェンダーによる被害軽減である。
「乙女のデートの邪魔とはカッコ悪いぜ」
 ウタは不敵に呟く。彼の地獄化した右半身、その炎が燃え盛った。
「黒曜牙竜のノーフィアより輝きの卵たちへ。剣と月の祝福を」
 ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は、言い放つとともに床を蹴り、輝きの盾の後ろに回り込む。
「こっちだよ、っと!」
 鋼の装甲など関係ないと言わんばかりに、ノーフィアの竜爪が輝きの盾の身を貫く。
 ノーフィアのボクスドラゴン『ペレ』は、自身の属性をエリオットに注入し、傷を癒した。
「……」
 和希は黙々とバスターライフルを構えると、一条の凍結光線を輝きの盾へと放った。
 彼の光線を受けて凍てついた敵へと、次に向かったのは、旭矢。
「彼女はこれから幸せにならねばならんのだ。こんな時に死なせるわけにはいかない」
 跳躍からの、旋刃脚。旭矢の鋭い蹴りが決まった。
「命を弄ぶ者に負けるわけがない!」
 ウタの全身が地獄の炎に覆われた。インフェルノファクターによる自己回復である。
「恋する乙女が、デートに可愛らしく心をときめかせるなんて、そりゃぁ素晴らしいエネルギーが発生するでしょうよ」
 春日・いぶき(遊具箱・e00678)が口火を切る。
「でも、それを貴方達にくれてやる義理は、ありませんよね。どちらかと言うと僕らサキュバスが欲した方が自然では?」
 このいぶきの言葉に反応したのか、機械天使が言った。
「この女のクリスマスの力ハ、ワレラが絞りダシ、絶望にカエルのだ」
 それを聞いたいぶきは一瞬目を伏せる。
「僕らが、それを止めましょう。横恋慕ですらないデートの邪魔なんて、無粋の極みです。馬に蹴られてなんとやらってやつですよ」
 いぶきはウイルスカプセルを輝きの盾に投射した。治癒を阻む殺神ウイルスは、命中。
「そうだね、とりあえず……馬の代わりに、番犬に蹴られてもらおうか」
 クラリスが静かに呟く。
「大事な日を台無しにするのは、少しばかり……いや、かなり頂けないね」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)が口にした。
「準備もあるだろうし、早く終わらせてあげないと」
 ルカのことを考えてアンセルムは言い、重力を宿す蹴りを輝きの盾へと見舞った。エアシューズの描く軌跡が、流星のごとく煌めく。
(「グラディウスのおかげで、どれほど多くの地域が解放され、どれほど多くの人が救われたか」)
 エリオットはグラディウスのことを思う。決して封印などさせるわけにはいかない、と。
「何より、ルカさんを犠牲にすることがあってはなりません。必ず守りましょう!」
 彼は剣を高く掲げた。
「いざ行け、ここに集いし勇士達よ。敵の軍勢、恐るるに足らず。勝利は、我らと共にあり!」
 鬨の声とともに、古の騎士団の英霊が呼び出される。『英雄騎士団の凱歌(トライアンフオブブレイブナイツ)』は、前衛の仲間達を鼓舞し、破邪の加護を与えた。
「もちろん。聖夜に一般人の血は流させない。グラディウスもルカもクリスマスも、絶対に守ってみせる!」
 クラリスは言い切り、漆黒の巨大な矢で輝きの音を射抜いた。

●怒涛の勢い
 輝きの爪は、攻撃を行うとともに、ケルベロスに対し、防御力低下や回復阻害の効果を与えてくる。
 それらを除くメディックは、不可欠ということができただろう。今回の作戦では、いぶきとペレがその任を担っていた。
「生とは、煌めいてこそ」
 いぶきの『粉硝子(コナガラス)』が、仲間の血を止め、傷を癒す。同時に、輝く皮膜のように変化した硝子が、仲間達を守る盾となった。
 いぶき達のヒールは、的確かつ適度。輝きの爪の攻撃による悪影響は、ほぼカバーすることができていた。
 これにより、他のケルベロス達が、憂いなく攻撃に回ることが可能になる。
 スナイパー、ディフェンダー、それにクラッシャー。豊富な攻撃役によるグラビティの数々が、最初のターゲットである輝きの盾の体力を、じりじりと削っていった。
 加えて、ジャマーに陣取ったクラリスの行動もある。すなわち、敵の回復役こと輝きの音への牽制である。
 クラリスがローラーダッシュの摩擦熱で生んだ炎は、放たれる蹴りとともに、輝きの音の体を包み、次第に勢いを増していく。
 輝きの音は、初めのうちこそ、自身の受けた炎やパラライズは無視し、より窮地にある輝きの盾をヒールしていた。だが、その無視にも限度があった。戦いが中盤に差し掛かる頃には、輝きの音は自己回復に追われ始め、輝きの盾をヒールする暇がなくなっていた。
「ヒールは、マダカ!」
「分かってイマス、デスガ!」
 協力し合って戦闘を仕掛けてくる、そんな敵軍が混乱に陥っている。その事実は、ケルベロス達による作戦の優秀さを如実に表していた。
「さて、そろそろか」
 輝きの盾をじっと見やった旭矢が、機は今だと判断し、奥の手を解禁する。すなわち、『雷の剛腕』である。
「さあ受けてみろ……ただではすまさん……!」
 旭矢は数多の稲妻を招来する。絡み合いながら落ちるそれは、さながら剛腕のごとく、激烈な勢いでもって輝きの盾を打ちのめした。
「……輝きの卵ヲ……護ラナケレバ」
 全身から白煙を上げながらも、輝きの盾はまだ動きを止めない。

●天使の運命
「しぶといね!」
 超重力の十字斬りを輝きの盾に叩き込みながら、ノーフィアが思わずこぼす。傷ついたウタを癒したペレが、こくりと頷いた。
 和希が輝きの盾へと達人の一撃を打ち込み、それから言う。
「大丈夫です。おそらくは、あと一押しです」
 それから和希は、アンセルムへと振り向いた。
「アンセルムさん、とどめを」
「ああ。分かったよ、和希」
 普段は他人を苗字で呼ぶ彼らが、下の名前で呼び合うのは、親友の証。
 コンビネーションを発揮し、動いたアンセルム。彼は床を蹴り、壁を蹴り、影のように、輝きの盾へと接近した。
 そのまま音もなく、アンセルムは斬撃を放つ。
 シャドウリッパーのその一撃で、輝きの盾の首が落ち、重い音を立てて床に転がった。
 盾役がいなくなってしまえば、敵の戦線が崩壊するまで、あとは、あっという間である。
 みるみるうちに体力を削られた、輝きの爪。その金属製の頭蓋が、旭矢のルーンアックスに叩き割られた。
「あ、アア……」
 輝きの音は状況を把握したらしい。輝きの卵の護衛は、自分のみになってしまったと。
「ソレデモ、私ハ……!」
 これ以上、自分をヒールしていても押し負けるだけである。よって、輝きの音は、壊す音をケルベロス達へと放った。
 旭矢と和希の前に飛び出した、ウタとエリオットが、その身で攻撃を受ける。耳からわずかに出血するものの、大きなダメージではない。
「ん、終わりにしよっか」
 ノーフィアが、その硬く鋭い爪でもって、輝きの音へと超高速の一撃を与える。
「――退いた、退いた」
 クラリスの影が蠢き、真っ黒な猫を象った。にゃあ、と鳴いた猫は、輝きの音の足元へと駆けていく。『黒猫影路(アンラッキー・パス)』。あとには大きな災いだけが残される。
 旭矢の振りかざしたドラゴニックハンマー、『赤日』が凍結を伴う超重の一撃を与え、いぶきが投射したウイルスが輝きの音を蝕む。エリオットが連射した弾丸は、敵を爆炎に包んだ。
「焔摩天からは逃げられないぜ」
 ウタは、紅蓮の炎で渦を作り出した。『地獄の一撃(ゲヘナストライク)』、その裁きの炎が輝きの音へ向けて放たれ、身を苛んだ。
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう」
 アンセルムは空気中の水分を凍らせ、無数の氷槍を作り出す。『氷霜の楔』は、敵の体へと打ち込まれた。
 直後に輝きの音へと肉薄した和希が、内なる世界より『狂気』の片鱗を解放する。形なき『暴食』の事象として、それは顕現した。
「喰い尽くせ……ッ!!」
 和希のグラビティ、『狂気解放/喰(クラエクラエ)』。断末魔のような咆哮と赤黒い色を撒き散らして、『それ』は、機械天使を貪り喰らった。
 完全に動かなくなった無惨な残骸が、後に残される。
 戦いは、ケルベロス達の完全勝利で終わったのだ。
 こうして、ルカは、ケルベロス達により、輝きの卵から救出される運びとなった。
「じゃあね!」
 空っぽになった輝きの卵は、ノーフィアの『収縮する世界(デモリションスフィア)』によって、超重力で千切られ、その命を終えた。
「あばよ。地球の重力の元で安らかに眠ってくれ。クリスマスの調べでも聞きながら、な」
 ウタの奏でる鎮魂曲が、静かになった部屋に響き始めた。

●彼女の手
 少しして、ヒールや片づけの済んだ部屋で、ルカは目を覚ました。
「う、うーん……これって、一体……」
「細かい説明はなしだ」
 旭矢が時計を指し示してみせる。
「えっ、もうこんな時間!?」
 あわてるルカに、ハンドクリームが差し出される。
「これ、良かったら。……待って」
 傷にも使えるクリームを出したノーフィアは、はたと、あることに気づいた。
(「男の子らが選んだクリームのがおしゃれだー!?」)
 軽く衝撃を受けるノーフィア。
「好きな人形にさわ――じゃなかった、人と手を繋ぐ時に、クリームで手がべたべた……というのは、ね」
 男子その1、アンセルムが差し入れしたのは、柑橘系の微香を持つ速乾性のハンドクリームである。
 人形やぬいぐるみを触る時にはガサついた手もベタついた手もNG、という、彼の個人的欲望がたっぷりなクリームだが、相手への気遣いという点ではバッチリだろう。
「同意だな。あまりべたつかないもので、かつ、繋いだ手に残り香があったら素晴らしい。ということで、俺のオススメはこれだ」
 男子その2、旭矢が推したのは、『ほんのりローズのさらさらクリーム』である。モテたい旭矢であるからこその、女子への優しさが感じられるチョイスだ。
「わわ、ありがと! どれにしようかな……」
 どれも捨てがたいと、目移りしていたルカの視線は、クラリスの手元に奪われる。
 そこには、赤いリボンが結ばれた、愛らしいハート型の小瓶があった。

「これで準備バッチリ」
 ルカはクラリスが持参したクリームを選び、嬉しそうに手に擦り込んだ。
 蜜蝋で作られたクリームは、べたつくことなく、しっとりとルカの手を優しく保湿した。
 また、ルカの唇は、エリオットの差し入れたリップグロスのおかげで、艶やかに潤っていた。それに、かじかまぬようにといぶきが渡したカイロも、ルカはしっかり持っている。
 ペレが、ルカを応援するかのように、その肩をぽんと叩いた。
「ご武運を、なんてね」
「まあ頑張れ」
「キメてこい!」
「どうか、素敵なクリスマスを!」
 アンセルムやウタ、旭矢、それにエリオットの声援を受けて、ルカは。
「ありがとう! いってきまーす!」
 デートへと、元気良く出発した。
(「素敵なひと時を過ごせますように」)
 その背を見送り、和希はそっと願う。
 きっと、ルカは彼氏と手を繋いで、幸せな時を過ごすことだろう。
 ほのかに甘い、カモミールの穏やかな香りとともに。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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