聖夜略奪~幸福奏鳴

作者:犬塚ひなこ

●鏡の前で
 聖夜にひらかれるピアノの演奏会を思い、彼女はちいさく微笑んだ。大好きな夜想曲を演奏する会に一緒に行ってくれるのは最近付き合い始めたばかりの彼氏。
 心穏やかにピアノの音色を聞けること。そして、クリスマスに共に居られること。
 少し先の未来を思うと胸が高鳴り、期待が膨らむ。
「髪はアップにして少し巻いて、メイクはそれほど派手にしないで……」
 ネイルも整え直しておきたいし、この日の為に選んだ洋服に似合うアクセサリーも選ばなければいけない。鏡の前で身支度を整える女性はときめきを抑えられずにいた。
 待ち合わせの時間まで少し余裕がある。しっかり身支度を整えたいと考えた彼女は気合いを入れ直す。
 だが、そのとき。彼女の背後に突如として魔空回廊がひらいた。
「何……!?」
 其処から出てきたのは輝く卵めいた機体。更には三体の輝きの誓約の軍勢――輝きの腕と呼ばれるダモクレス達が現れる。
 そして――女性は助けを呼ぶことも出来ず、一瞬にして卵の内部に囚われてしまった。

●輝きの卵
「皆さま、昨年のゴッドサンタの事件は覚えていらっしゃいますか?」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は去年のクリスマスに起こった事件について話し、その結果としてグラディウスを用いたミッション破壊作戦を行えるようになった旨を語った。
 この件はケルベロスにとっては非常に良い事だが、デウスエクスにとっては許しがたいものなのだろう。リルリカは関連する予知が視えたと話し、詳細を告げてゆく。
「地球に潜伏していたダモクレス、潜伏略奪部隊『輝ける誓約』の軍勢がクリスマスの力をつかって、グラディウスを封じようと作戦を仕掛けてきたのです」
 ダモクレスはクリスマスデートを楽しみにする女性の前に魔空回廊を使って出現した。
 そして、特別なダモクレス『輝きの卵』に女性を閉じ込めて儀式を開始する。その内容とは女性からクリスマスの力を略奪し、それを暴走させて自爆する事でケルベロスが持つグラディウスのチャージ機能を誘爆させるというものだ。
「ダモクレスは襲った女性の家の裏手にある庭にて儀式をはじめようとしています」
 作戦の要となる輝きの卵自体には戦闘力はないが、周囲には三体のダモクレスが護衛についてケルベロスからの襲撃に備えているようだ。
 その護衛ダモクレスさえ倒せば輝きの卵から女性を救出することができる。
 そうして、リルリカはぺこりと頭を下げて番犬達に願った。
「お願いです、皆さま。明るい未来のためにも女の人を助けに行ってあげてください!」

 予知通り、敵の数は四体。
 そのうち一体は戦闘能力のない輝きの卵。
 残り三体は『輝きの腕』という鎧を纏った女性風の姿をしたダモクレスだ。
「輝きの卵はとっても弱くて一撃で壊れてしまいます。ですが、中には女の人が閉じ込められているので壊すと一緒に死んじゃいます。絶対に攻撃しないでくださいませ!」
 そのうえ、三体のダモクレスが卵を護っている。
 庭にいる敵に近付けば攻撃してくることが予想されるので、戦いの中で女性を助け出すことは不可能に近い。そのため、護衛ダモクレスをすべて倒すことが先決となる。
「輝きの腕たちは回避力と命中率が高くて、とても素早いのでお気を付けください」
 甘く見ていると返り討ちに遭うこともあるので油断は禁物。
 三体の敵さえ倒せば輝きの卵から女性を解放することは容易だ。何よりも先ず輝きの腕達を撃破して欲しいと願い、リルリカは真剣な眼差しを仲間達に向けた。
「楽しいクリスマスのデートを邪魔するなんてひどいです! きらきらで素敵なクリスマスが過ごせるように皆さまのお力で解決してあげてください」
 また、無事に救出できてもデートの約束の時間までの余裕はなくなるだろう。もし可能ならばお洒落を手伝ってやるのもいいかもしれない。
 リルリカはぐっと掌を握り、きっと良い未来が掴めるはずだと信じて微笑みを浮かべた。
「皆さまが行ってくださるなら、リカは心配なんてしません。
 だってケルベロスは――倖せな未来を創れる力をもっているのでございますから!」


参加者
安曇・柊(告罪天使・e00166)
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)

■リプレイ

●聖夜前に
 愛しい人と共に過ごすひととき。
 それはかけがえのないものであり、大切な刻であるはずだ。しかし今、時間どころか未来までが儀式によって奪われようとしている。
「其処までだよ!」
 三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)の凛とした声が響き渡ると同時に、今まさに儀式が始まろうとしている庭にケルベロス達が駆けつけた。
「やはりケルベロスが訪れたか」
「排除する。構えよ」
 対するダモクレス達は此方の到着を予測していたらしく、中央に控える輝きの卵を守る形で布陣する。
 あの中に女性が囚われているのだと確かめたアイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)は忌々しげに敵を見遣った。
「姑息な真似をしてくれる、人質とでも言うつもりか」
「楽しくクリスマスを過ごそうとしている人を、儀式の生贄にはさせません」
「最初から爆破目的とは迷惑な電子レンジもあったものだよ」
 同じく、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)もミミックのバイくんと共に敵を強く見つめた。ミカ・ミソギ(未祓・e24420)も皮肉を交えながらダモクレスを見据え、その身にブラックスライムを纏わせる。
 刹那、鋼の腕を構えたダモクレス達が先手を取った。
「……私だって忙しいんだけれどね」
 その動きを逸早く察した花道・リリ(合成の誤謬・e00200)は刃の柄に手をかけ、敵を一瞥する。来るわよ、と短く告げた彼女は刀を振りあげ、鋭い一撃を斬り放った。
 リリの言葉に安曇・柊(告罪天使・e00166)も即座に反応する。
「させません。今日は大切な日なんですから……!」
 機械腕の一閃をその身に受けながら柊は星の光を顕現させた。その眩さに輝きの腕の一体が引き付けられ、柊に狙いを定めてゆく。
 其処に生まれた好機を掴み取り、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は地面を蹴る。高く跳躍した纏は宙で華麗に回転し、流星の如き一撃を見舞った。
「そうよ。折角のクリスマスデートに水を差すだなんて、例えデウスエクスじゃなくても無粋極まるわ!」
 更に纏に続いた千尋が仲間達に加護を宿し、アインが旋刃の一閃を浴びせかける。メリノは仲間を守る形でしかと戦線に立ち、ミカも蹴りを放つ。
 仲間達が次々と攻勢に入る中、霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)はウイングキャットのエクレアと共に援護に入った。
「大事な演奏会もクリスマスもいい思い出にして戴かなくてはいけませんわね」
 大切な日の大切な思い出。
 それを失くさせぬ為にもダモクレスを倒して輝きの卵から女性を救い出す。必ず、と心に誓った番犬達は始まりゆく戦いを確りと見つめた。

●儀式の阻止
 輝きの腕達はケルベロスを倒さんとして襲い来る。
 振るわれる白銀の腕の軌道を見極め、メリノはバイくんと一緒に一撃を受け止めにいった。重い衝撃がちいさな身体を穿ったが彼女とて番犬のひとり。
「必ず、助け出します、から」
 痛みに耐えたメリノは輝きの卵の中にいる女性に向け、決意の言葉を紡いだ。
 そしてバイくんに目配せを送ったメリノは爆破スイッチを押す。鼓舞の煙が戦場に広がる中、ミミックは敵にがぶりと噛み付きにいった。
 その間に標的の横に回り込んだリリが高く跳躍する。
「アンタらも暇じゃあないのでしょう」
 だからさっさと終わらせましょう、と告げるが如くリリが放つ流星の蹴りが炸裂した。しなやかな身のこなしで身を翻したリリはすぐさま射線をあける。
 其処へ放たれたのはミカが解き放った黒液の一閃。
「折角の日に無粋な手のお節介はお断りさ、迅速に片付けさせてもらう」
 リリ達と同じ敵に狙いを定め、一気に穿ったミカは青の双眸を鋭く細め、敵の動きを注視する。来る、と口にしたミカは二体が同時にアインを狙い打つと察した。
 柊も同じ事に気付き、ウイングキャットの冬苺を伴って駆ける。
「僕だって、たまには怒ります。人の恋路を邪魔すると、ケルベロスに食い千切られちゃうんです、よ」
 その行動によってアインは守られ、柊達はしかと身構え直した。
 反撃として妖精の矢を放った柊に続いて冬苺が引っ掻きを敵に見舞う。アインは仲間に視線で礼を告げてから拳を強く握り締めた。
 そして、降魔の力を宿したアインは強い眼差しで敵を捉える。
「悪事をおいそれと見逃せるものか……返して貰うぞ」
 一撃が輝きの腕を打ち貫いた隙を狙い、纏も蹴りを見舞おうと狙った。だが、回避に重きを置いた標的はひらりと纏の攻撃を躱してしまう。
「もう、やり辛いわ!」
「大丈夫、抜かりなく援護させて貰うからね」
 思わず文句を零す纏の背後には千尋が控えていた。敵の特性は此方とて理解している。千尋が放った光輝の鋼粒子は仲間達に広がり、加護となってゆく。
 纏は千尋に、頼りにしているという意味を込めたちいさな笑みを向けた。
 その間にもダモクレス達は此方への攻撃を確実に当ててくる。リリが迎え撃ち、メリノと柊は後衛に向けられた光弾を庇いに走った。
 ちさはエクレアを呼び、清浄なる翼の癒しにに桃色の霧を重ねる。
「彼氏さまと過ごす時間を楽しみにする気持ち、こんな所で奪わせたりしませんわっ」
 もちろん誰一人として仲間を倒されたりなどもしない。
 そう誓うちさの回復が戦線を支える中、ミカは更なる攻勢に出た。水色の光翼を広げて飛ぶように駆けたミカは刃を大きく振りあげる。
「其処、隙だらけだ」
 月光めいた煌めきを宿した刃は鋭い一太刀となって輝きの腕を斬り裂いた。
 それによって、これまで集中攻撃を受けていた一体が揺らいだ。これを好機と見たアインは攻撃を一気に叩き込むべきだと皆に告げる。
 敵は卵を守っているが、此方も守っているのは同じ。それが似て非なるのは儀式の為か、人の命を救うかの違いがあるからだ。
「さて、ここから押していくか」
 炎を纏ったアインが先陣を切り、其処から怒涛の連撃が始まる。
 激しい焔が敵の身を包み込んだかと思うと柊による石化魔法が解放された。冬苺とエクレアが尻尾の輪を舞い飛ばし、メリノが獣化させた腕で一撃を叩き込む。
 だが、別の個体がメリノの身体を弾き飛ばした。
「今がチャンス、ですっ」
 されど身を翻したメリノはそのまま敵を引き付け、仲間に呼び掛ける。ちさはすぐに傷を負った仲間へと治療を施す。
「私が癒しますので、攻撃はお願い致しますわっ」
 痛いの痛いの飛んでいくのですわ~、と愛らしい詠唱を紡いだちさはメリノの痛みを和らげていく。リリは仲間達の思いを受け止め、敵を鋭く見据えた。
 リリは変形させた竜槌を振るいあげ、轟竜の砲撃をひといきに撃ち込む。それは大打撃となって一体目のダモクレスを沈めた。言葉こそ紡がずにいるが、リリはちゃんと知っている。
 この戦いに勝つということは倖せな未来を繋ぐということ。
 リリが残る二体のダモクレスに目を向けると、柊やアインも狙いを定める。相変わらず敵からの攻撃は烈しいままだが、ケルベロス達は果敢に戦い続けた。
 体力を削られようとも守り手の柊達は相互に癒しを施しあい、ちさが全力の援護にまわる。その間にミカやリリが確実に攻撃を当て、アインと纏はより大きな衝撃を与えてゆく。それに加えて千尋が攻撃と援護の両方を担うことで戦いは上手く巡っていた。
 纏は自分を支えてくれる彼女に愛しさを覚えながら、更なる力を紡いでゆく。
「このまま残りも倒しちゃうんだから!」
 誓いの心を力に変えた纏は敵の足元から赤き衝撃を噴出させた。同時に千尋が敵との距離を詰め、機械部位をあらわにした一閃を放つ。
 言葉を投げかけずとも自然と繋がる纏と千尋の連携は敵を大きく弱らせた。
「よし、行けそうだよ!」
「止めをお願いします……!」
「うん、頼んだよ」
 千尋は二体目が倒せると踏み、柊とミカも仲間に声をかける。その声に反応したメリノは頷き、先ず疲弊した仲間を癒す力を紡いだ。
 胸に溢れる想いを紡ぐように、微かに大気を揺らして歌う。癒しのうたが光を惹き寄せて小花を模り、広がる。祈りの形が顕現する最中、メリノは願った。
「幸せそうな人が、不幸になるのは見過ごせません。だから……バイくん!」
 名を呼ばれたミミックは舞うように跳び、武装を具現化させる。
 それはまるで輝きの腕に対抗するような大きな戦籠手。次の瞬間、殴り伏せられた二体目のダモクレスが戦う力を失った。

●未来の為に
 残る輝きの腕は一体。
 卵は妙な音を立て始めているが、ケルベロス達は戦いの終わりを見据える。ミカは確かな勝機を感じ取り、リリとアインも頷きを交わす。
 柊は冬苺に最後まで仲間を守り続けるように願い、自らは攻勢に出来た。
「目を離さないで、ください。ほら、消えてしまうかもしれないから」
 柊がそっと囁いた刹那、闇に浮かぶ儚い星のように美しく瞬く光が現れる。見逃せば最後、失ってしまうかもしれない。消えてしまうかもしれない。強い焦燥感めいた思いを敵に与えた柊は自分に意識を集中させた。
 彼が敵を引き付けた隙を狙い、ちさは攻撃に移る。
 エクレアに後の癒しを願ったちさは竜槌を振るいあげ、輝きの腕に向けて激しい砲撃を撃ち放った。
「幸せな時間を壊そうとした対価は払って戴きますの」
 だが、ちさから与えられた衝撃に耐えたダモクレスは反撃に入る。メリノを狙った一閃は重く、少女の身体が吹き飛ばされた。
 されどメリノは懸命に耐え、代わりに鼓舞の爆風を巻き起こす。
 目指すのは、皆が笑顔でクリスマスを迎えられる未来。
「もう少しだけ、待っていてください、ね」
 メリノの援護を受けたアインは間もなく訪れる終幕を感じ取る。そして、手綱を媒体に電撃で作られた馬を召喚したアインは一気に敵へ突撃してゆく。
「終わらせてやる。駆けろ……オーキスッ!」
 その猛々しい姿は戦場に翔ける風の如く。怒涛の一撃が見舞われる中、纏と千尋は再び視線を交わした。
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、よ」
「馬に蹴られて……ってね」
 アインの雷騎馬を見遣った二人はくすりと笑み、魔力を紡いでいく。
 奏で唄い舞い遊ぶ銀刃は燦めき、ユニットから起動された光刃が更なる煌めきとなって戦場を舞う。輪廻と雪花。重なりあった纏と千尋の力はダモクレスを深く貫いた。
 其処へ翼を広げたミカが駆け、全神経を集中させる。
「これが君達に贈るプレゼントだ。光閃の先を見せてやろう」
 なんてね、と目を細めたミカは絶大な光粒子量を収束させ、敵に突撃していった。
 眩い光が辺りを包み込む最中、柊とちさは敵の最期を悟る。リリは次で終わりにすると心に決め、掌を掲げた。
「卵の中の子もお急ぎなんですって。と、いうことで、さっさと消えて」
 静かな言の葉と共に企鵝の翼鏡、つまりペンギンの親子達が顕現する。
 ていっていていっと輝きの腕を次々と攻撃したそれは輝きの腕を見事に打ち倒し、そして――愛らしいペンギンの鳴き声が響き渡り、戦いは終結した。

●約束の時
 敵は全て地に伏し、仲間達は静かに頷きあった。
 ミカは慎重に、残された卵を壊さぬように操作していく。すると卵が開き、囚われていた女性が外に排出された。
「ううん……あれ?」
 はっとした彼女は現状に気付き、ケルベロスが自分を救ってくれたのだと悟る。
 ちさは女性に怪我や不調がないことを確認して笑みを浮かべた。
「怖い思いをしましたわね。でも、もう大丈夫ですわっ」
「待ち合わせの時間がもうすぐなんでしょう?」
 事情は知っているのだと説明した纏は時間の許す限りで身支度を手伝いたいと申し出た。絶対に素敵にするわ、と微笑む纏の傍らでは千尋が感慨深く頷いている。
「はい、よろしくお願いします」
 女性は乱れた髪を押さえ、期待の眼差しを向けた。
 そして、お洒落タイムアタックが始まりを迎える。
「まずは僕から、です。お手をどうぞ」
 仕事道具を広げた柊が担当するのは臨時出張ネイルサービス。いつも店でやっていることだからと笑んだ彼の手際は良い。
「僕もこのあと待ち合わせなんです、けど。僕は彼女が一生懸命お洒落をしてくれたんだなって思うとそれだけで凄く嬉しくなるし、幸せな気持ちになります」
 だから貴女も、と告げる柊の言葉は優しい。
 彼がネイルを施し終えた後、次に女性の前に座ったのはリリだ。
「メイクくらいならばしてやれるわよ。……安心なさい。これでも薄化粧派なの」
 その隣ではメリノが興味深そうにメイクの様子を眺めていた。化粧を施されている女性もリリの手の優しさを感じているらしく嬉しそうな様子だ。
「メリノ、それ取って」
「はい、お手伝いします、ね」
 リリの言葉にメリノが頷き、示されたチークを渡す。メリノと同じく、お洒落には疎いアインは彼女達を見守っていた。
 そして、最後は化粧と同時並行のヘアメイク。
「わたしもね、これからダーリンと待ち合わせ」
 髪を軽く巻き、編み込んでアップヘアにしていく纏は実に楽しそうだ。ほどよく出したおくれ毛でバックスタイルも愛らしく見えるように施せば愛らしく仕上がる。
 纏に必要な道具を都度渡してやる千尋は、どきまぎしているらしき女性に、頑張れ、という意味を込めて親指を立ててやった。
 そうして、ケルベロス達のメイクとドレスアップが完了していく。
「タクシーでも呼んでおく?」
「既に手筈は整えてあるよ。いま到着した」
 リリが軽く問うと、ミカは玄関先に車が止まった様を示した。そう、と何処か満足そうに頷いたリリはすっかり準備が整った女性の前に立つ。そして、リリは髪に咲く百合を手折って差し出した。
「少しでも目立って、彼にすぐに見つけて貰えるように」
 とっとと見つけてもらいなさいよ、と伝えたリリに続いてメリノとちさが微笑む。
「どうぞ、素敵なひとときを楽しんできてください、ね」
「クリスマスはこれからですし、頑張ってきてくださいませ」
「はい、ありがとうございました……!」
 女性は百合を大事そうに抱き、礼を告げてからタクシーへと駆けていく。彼女が過ごす時間が善いものであるよう願い、アインはその姿を見送った。
 そしてアインは鎧装機馬に跨る。
「別件を済ませてくる。なに、良からぬ組織を一つ爆破するだけだ」
 サンタ衣装を纏い、メリークリスマス、と告げてクールに去ったアイン。その様子を見た柊もはっとして自分にも約束があるのだと立ち上がった。
「いけない、急がないと」
 それでは、と全速力で飛び去った柊にくすりと笑み、纏も自分のそろそろ待ち合わせ場所に向かおうと思い立つ。
 無事に事件を解決した番犬達は視線を交わし、もう一度頷きあった。
 じゃあ、と告げて帰路についたリリ、バイくんを連れたメリノ、エクレアを撫でるちさや、纏を途中まで送る千尋も、皆それぞれの日常に戻っていく。
 聖夜に近付いていく刻を思い、皆の背を見送ったミカは思う。
 ――どうか幸せな時を、と。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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