ありふれた夢の、よくある終わり。

作者:河流まお

●二人の夢
 午前三時。都内のとあるライブハウスの一室に二つの人影がある。
 一つは血を流して倒れる女性の姿。もう一つは鴉のような濡羽を全身に生やした異形の姿。ビルシャナだ。
「……ね、サヤ。もう一度考え直して。バンド解散なんて冗談だよね?」
 行われる行為は凄惨なる拷問。優しく問いかけるその口調が逆に恐ろしい。
「あ、うぐ、あぁあ……ッ!」
 指を捻じ切り、足を砕き。
 死なない様に、意識を失わない様に、ところどころでヒールをかけながら、一つずつ丁寧に骨を砕く。
 そんな言葉では尽くしがたい暴行を行いつつビルシャナは言葉を続ける――。
「ほら、あの高校3年生のときの学園祭を思い出して。二人でステージに立ってさ。学校中が最高に盛り上がったよね」
 懐かしむように目を細めるビルシャナ。
「二人で曲作りして、一生懸命練習して。確かに大変だったけど、二人で諦めなければきっとまたあの時みたいなライブが出来るよ」
 ビルシャナと半融合し『人』としての形を失った者に、そんな道が残されているはずもないのだが、狂気に憑りつかれた彼女はそんなことにも気が付かない。
「サヤが私をバンドに誘ってくれた」
 その瞳には、もはや過去しか映っていない。かつてあった輝いていた過去。
「一人だった私に、誰かと共に奏でる音楽の素晴らしさを教えてくれた」
 かつて女子高生バンドとしてデビューし、世間を一時だけ騒がせた二人。
 だが世間に出てからは人気が伸び悩み、すぐに厳しい現実に直面することになった。
 つまるところ、それはありふれた夢の、よくある終わり。
 人は夢だけでは生きていけないのだ。
「だ、だめ、だよ……ミヤコ。
 もうお金が、無い。家族にお金を無心するのは、もうイヤなの。ちゃんと就職して、これからは親孝行、したい……。
 もう終わりにしないと、私たちの人生は、前に進めない……」
 息も絶え絶えだが、なんとか言葉を絞り出すサヤ。
 だが――。ビルシャナはそれを許さない。
「解散なんて、認めるものかッ!」
 鉤爪のついた剛腕が振るわれる。
 くちゃ、という粘質の水音と共に壁が血で染まった。


 予知を語り終えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がゆっくりとその瞳を開き語り出す。
「一週間後の深夜、都内にあるライブハウスでビルシャナが殺人事件を起こします」
 ビルシャナ召喚者『ミヤコ』と被害者の女性『サヤ』は二人組のバンドとして音楽活動をしていたが、ここ数年間は人気が振るわず、今年で解散することをリーダーのサヤが持ちかけたらしい。
 ミヤコはそれを裏切りと捉え、ビルシャナと復讐の契約を結ぶことになる。
「罪のない被害者がビルシャナの犠牲となってしまう前に、皆さんの力で助け出して欲しいのです」
 ライブハウスのオーナーにはセリカのほうから事前に連絡をしておくとのことなので侵入方法を考える必要はない。
 ビルシャナは『夢』を諦めた被害者を強く恨んでおり、出来る限り苦しめてから殺したいと考えているようなので、もしケルベロス達の姿を見ればビルシャナはまず邪魔者の排除を優先してくるだろう。
「とはいえ、戦いで追い詰められれば道連れにするために被害者を優先して攻撃するかもしれません。十分注意してください」
 現場から逃がしてしまうのが手っ取り早いかもしれないが、あえて現場に残して守りながら戦うことも可能だ。
「なぁ、ビルシャナと半融合したっていう女性。彼女を救うことは出来ないのか?」
 ケルベロスの言葉に、セリカは思案しながら唇に手を寄せる。
「可能性はゼロではありません、ですが――」
 セリカが示した解放の手順は2つ。
 まず半融合した人間の中のビルシャナの影響力を弱めるために、敵のグラビティ・チェインを削って瀕死の状態まで追い詰める必要がある。
 さらにその上で、ビルシャナと契約した者が人間の心を取り戻し、復讐を諦めて契約の解除を宣言しなければならない。
 契約解除は、心の底から行わなければならないので、「死にたくないなら契約を解除しろ」といった説得では効果が無いだろう。
「今回のビルシャナ契約者にとって、その復讐を諦めるということは『夢を諦めること』と近い意味を持つので、説得は難しいと言わざるを得ませんね……」
 今回の依頼の成功条件はビルシャナの撃破のみであり、一般人の生死はこれに含まれていない。
 つまり説得を試みるかどうかはケルベロス達の判断に委ねられるということだ。
 説明を一通り終えたセリカが改めてケルベロス達に向き直る。
「……皆さんにも叶えたい夢がありますか? 諦めきれない想いがありますか?」
 真っ直ぐに一人ずつの眼を見るセリカ。
「契約者のミヤコさんにとって、夢のきっかけとなった『最初の想い』とは、なんだったのでしょう? その心を思い出させることが出来れば、もしかしたら――」
 そう説明を結び、セリカは「どうか、宜しくお願いします」ケルベロス達に深く一礼するのだった。


参加者
浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)
エリザベス・ポター(藍の蝶華・e03822)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)
フェリシア・アケノ(憑かせ屋・e42288)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)

■リプレイ


 煌々とした月が見下ろす東京の夜。
「時間ですね。行きましょうか」
 時計に目を落としていたリチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)が静かに時を告げる。
「おっけー。まっアタシに任せといてよ」
 予知までの時間つぶしにと音楽を聴いていた名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)がイヤホンを外しながら二カッと笑う。
 ライブハウスにほど近い路地で待機していたケルベロス達が動き出す。正面玄関の鍵はオーナーの手回しで開かれるので侵入に手間取る事は無い。
「さて、ビルシャナは……と」
 薄暗いロビーで耳をすますと、奥のほうから女性の声が聞こえてくる。
「ステージのほうですね、急ぎましょう」
 浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)が駆けだす。
 雪崩れるように乗り込めば、ステージの上で被害者に向かって鉤爪を振り下そうとしているビルシャナの姿が見えた。
「おっと、ちょっと待ってもらおうか」
 敵の姿を認めるなり真っ先に動いた空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)。
 一陣の風となった彼女が強烈な廻し蹴りを放ち、敵の爪を弾く。
「ッ!?」
 突然の強襲にバランスを崩してたたらを踏むビルシャナ。
 この隙に被害者サヤの手を引いて後方へ下がらせるウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)。
「こ、こちら、へ。大丈夫、大丈夫。……ね?」
 突然の状況に混乱している被害者のサヤだったが、ウィルマにギュッと手を握られ、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「あ、あの、あなた達は、もしかして……」
「ええ、ケルベロスよ」
 安心させるように柔らかく微笑むフェリシア・アケノ(憑かせ屋・e42288)。
「相棒さんに怖い目あわされちゃったけど、それでも元に戻したいと思ってくれるなら、協力頼める? あの子がどんだけ大切かって、伝えてあげて欲しいのよね。
 話せるタイミングはフェリシアさん達で何とかするヨ」
 フェリシアになんとか頷きを返すサヤ。
「は、はい」
 ケルベロス。この日本に住むものなら『彼等』を知らぬものは居ないだろう。デウスエクスと戦う人類の守護者。
「あはっあひ、あはは」
 対する敵、ビルシャナ契約者のミヤコが笑いだす。その狂気を宿した瞳には、人間としての理性は感じられない。
「あは、まさかケルベロスがあたしを殺しに来るなんて」
「止めに来た、というほうが正しいかな」
 かなり根深いところまで融合しているらしい、と敵を観察しながらエリザベス・ポター(藍の蝶華・e03822)。
 今回ケルベロス達が選んだ作戦はビルシャナと半融合したミヤコをも救おうとするものだ。だが――。
「――あたしを止める?」
 当のビルシャナにはケルベロスは邪魔者としてしか映っていない。
 油断なくケルベロス達を見定めるビルシャナ。その中の一人に目を止めて、ビルシャナが意外そうな声を上げる。
「ん? あなた、もしかしてUC?」
 同じ音楽業界に身を置いているせいだろうか、ミヤコはウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)のことを知っていたようだ。
「……知っているとは光栄だ」
 こんな状況で無ければ素直に喜べるのだが、と複雑な心境のウルトレス。
「あは、まぁ邪魔するなら、誰であろうと排除させてもらうわッ!」
 ぐぐ、と屈み四足獣の様な姿勢を取るビルシャナ。


 横薙ぎに振るわれたビルシャナの孔雀炎が響花に襲い掛かる。
「――くッ」
 咄嗟に鉄塊剣の刃を盾代わりにしてこれを防ぐ響花。
「ミヤコさん、やめなさいそれ以上は! サヤさんは本心でバンドを辞めたかったんじゃない。バンドを辞めるしか選択は無かったのよ!」
 逆巻く熱風が肌を焼き焦がすが響花は怯むことなく叫ぶ。豪炎を押し返し、返す刃のデストロイブレイドで反撃に転じる。
「まあ、よくある夢と現実の葛藤と妥協ですね。何かを得る為には、何かを失わなければならない」
 リチャードが懐から取り出したのは燐を塗り込んだ蝙蝠型の手裏剣。投擲と同時に摩擦熱で発火し、薄闇を切り裂くように舞う。
「生活の安定を得るか夢を取るか……難しい所ですね」
 小さく吐息をつくリチャード。
 全ての人が夢を叶えられるわけでは無い。残念ではあるが、それが現実というものだ。
 だが、ビルシャナはそれを否定するかのように爪を振り回す。
「だまれ黙れ! まだあたしたちはやれる! きっとチャンスは残っているんだッ!」
 痛いほどの絶叫をあげながら暴れ狂うビルシャナ。
「それなのに! サヤは夢を捨ててあたしを裏切った! 殺してやる、必ず殺してやるッ!」
 『夢』は人が生きてゆく原動力である。だがその反面、生き方を縛る『呪い』のとしての側面も持っているのだ。
「ミ、ミヤコ……」
 親友の変わりように言葉を失っているサヤ。
「夢破れる、です、か。ま、あ、よくあることと、いえばまったくその通り、ですが」
 その剥き出しの感情を炎と変えて暴れ狂うビルシャナを見て、笑みを浮かべるウィルマ。
「サヤさん」
 ウィルマに呼びかけられてビクリと肩を震わせるサヤ。
 サヤを避難させなかったことはケルベロス達にとっては一種の賭けだった。
 危険策ではあるが、もしかしたら彼女がミヤコの心を取り戻す鍵になるかもしれない。だからこそ――。
「あなたも、よく、聞いて、よく、考えて、ください」
 サヤを庇うように立ち、ウィルマが敵にサイコフォースを仕掛ける。肩口から爆破され仰け反るビルシャナ。
「そりゃま、夢を叶えられる奴なんて一握りなんだよね。だからそのうえでどの程度折り合いをつけていくか、なんだろけどネ」
 マインドシールドを展開して仲間のサポートに努めるフェリシア。
 敵は体力こそ高いようだが、その攻撃は得たばかりの力に振り回されるような雑なものだ。序盤から有利に戦闘を進めていくケルベロス達。
「ミヤコさん。貴方は、貴方の夢を自分で壊しているように僕には思えるんだが……まぁ破滅に向かうようなその行動はビルシャナによる思考誘導かな」
 シャドウリッパーで敵に十文字傷を刻み付けながらエリザベス。
「ん~、アタシ思うんだけど。やっぱ好きなことだけやって生きて行くっつーのは無理なんじゃない?」
 立方体型のガジェットを戦闘形態へ変形させながら玲衣亜。
「アタシだってやれるもんならそうしたけど、そうは行かねーからこうして働いてんだよね!」
 轟竜砲が着弾しビルシャナの巨体を壁に叩きつける。
「お、当たった。さっすがアタシ!」
 そこにすかさず追撃を叩き込むウルトレス。
「ライブハウスだしな。音量には遠慮なしだ」
 ベースギターを激しくかき鳴らすウルトレス。その演奏に合わせて放たれるのは硝煙まとう鉄弾の雨。肩や腰に担架した銃器による集中砲火だ。
 急所を両手で護りながら、この追撃を耐え凌ぐビルシャナだが、そこに詰め寄るモカ。
「貴女たち二人に言いたい事がある。まずミヤコさん!」
 疾風迅雷の速度で放たれる旋刃脚。翻るドレスが華のように咲き誇る。
「貴女はサヤさんと二人でバンドを続けているうちに、彼女に依存するようになっていないか?」
 ガードを搔い潜り、正確無比に敵の急所を捉えるモカの連撃。
「一人に戻る事が怖いのか?」
「く……ッ」
 モカの猛攻から何とか逃れたビルシャナが荒い息を吐き出す。
「そしてサヤさん、働きながらでも音楽は続けられるだろう。有名アーティストだって、無名の頃は働きながら音楽をやっていた者も多い」
 サヤのほうを振り返りながらモカ。
「夢は、精神か身体が死んだ時に終わるものだ。生き続けている限り、夢は追い続けられるのだ!」
 凛として言葉を放つモカだが、サヤは俯く。
「わたしも、諦めたくはありません、でも……」
 解散を決めたサヤの意志は思いのほか強いようだ。そして、そのサヤの言葉にビルシャナは絶望の表情を浮かべる。
「裏切り者め……殺してやる、殺してやるわ、サヤぁ!」
 叫びがライブハウスに木霊する。

 ●
 狂乱して暴れ狂うビルシャナだったが、時間の経過と共に力の差は如実に現れてきた。
「ぐ、負ける……あたしの夢が、終わってしまう……!」
 ミヤコの脳裏に敗北の二文字がよぎる。
「せめてあなただけでも! 殺してやるわッ!」
 悲鳴のような叫びをあげながらサヤに孔雀炎を放つビルシャナ。だが――。
「だ、め――!」
 サヤを庇い豪炎に身を躍らせるウィルマ。サヤが負うはずだったダメージを肩代わりしてしまい膝をつくものの、それでもミヤコに問いかける。
「……このままこの人を殺め、れば、す、すっきりして、不満がなく、なって、満足? ……本当に?」
 その言葉は真っ直ぐ、射抜くようにミヤコに突き刺さる。
「夢を諦めないのも、彼女を恨むのもいい。でも、いっしょの夢を見た相手がいなくなってしまうのは、寂しくはありませんか?」
 いつしか吃音が薄れていた。足元をふら付かせながらもなんとか立ち上がるウィルマ。
 フェリシアが「無茶をするね」と呟きながら赤光(レッドライト・ヒール)で治療に取り掛かる。
「あたしが、サヤを、殺せば……?」
 ようやくそれが意味することを深く考え始めるミヤコ。思考誘導の力が薄れかけてきたようだ。
「そろそろですかね」
 敵も頭が冷えてきたらしい、とリチャードは攻撃の手を緩める。
「私は夢に燃える若人と共感するには色々経験しすぎていますし、さりとて説得するにはちょっと若すぎますし、良い説得方法が浮かびませんね。皆さんにお任せします」
 どこか飄々とした様子で説得を仲間達に一任するリチャード。
 慎重に言葉を選びながら響花が続く。
「夢を追って実現させるのは恰好良いわ。でも社会に出て大人になれば知ったはず、夢だけじゃ生活は出来ない」
 ライブハウスで仕事をしている響花にとって、解散してゆくバンドを目にしたことは一度や二度ではない。
「貴女達二人とも会場を借りたり、楽器購入の為に金を工面したでしょう? サヤさんも解散を決めるのは辛かったはずよ。ミヤコさんも分かってるはずでしょう?」
「……う」
 響花の言葉にミヤコは思い出す。
 バイトして初めて買ったギターのこと。嬉しくて顔がにやけて、思わず夜中だというのにサヤに自慢しにいったこと。
 あの頃はただ純粋に音楽が楽しかった。
「私はバンドを解散したり辞めた人を沢山見たけど、皆好きだったわ……音楽が。ミヤコさん、貴女は音楽が嫌いになってもいいの?」
 響花の言葉にミヤコは言葉を詰まらせて俯く。
 手加減攻撃に切り替えながらエリザベスが続く。
「貴方が大事にしている筈の過去は、もっと輝いていたはずだ」
 そう語りながら、エリザベスの脳裏にふと浮かぶのは自分自身の過去。もはや失われ、取り戻せない故郷の想い出。
(……僕だって、あんな事さえなかったら、もっと……)
 過去の記憶に縛られ、復讐に手を染める自分に、過去の栄光に縋ろうとするミヤコを説得する資格があるのかは判らない。でも――。
「その思い出にいるサヤさんを、無残に傷つけようとして。貴方がそこまでしていた綺麗だった夢を、血で汚してしまって……それでいいのか?」
 でも、彼女たちなら、きっとまだ間に合うはずだ。
「あんたの夢ってのは、また世間からチヤホヤされる事なのか? 違うだろ。あんたの望みは、唯一の理解者、真の友達と共に過ごす事だ」
 エリザベスの言葉を頭の中で反芻しているミヤコへゆっくりと歩み寄るウルトレス。
「その友達に棄てられたと思って逆上しているだけだ。ここでサヤを殺したら、あんたは永遠に独りぼっち。誰にも理解されず、振り向いてもらえず、ただ死んでいくだけ」
 身を屈めて目線を合わせて語り掛けるウルトレス。
「あんたの一番大切なモノ、サヤと過ごした時間。分かってるはずだ。壊しちゃいけない。護るべきものだと」
 ウルトレスの言葉にミヤコは思い出す。
 高校時代なかなかクラスに馴染めなかった自分が、音楽を通じて初めて得ることができた友達がサヤだった。嬉しくて楽しくて、自分の世界がすっと広がったかのようなあの感覚。ずっと忘れない思い出だ。
「ねね、アタシあんたらの曲を聞いてみたんだ」
 音楽プレイヤーを掲げながら玲衣亜。作戦開始前に聞いていた音楽はどうやらそれだったらしい。
「正直アタシは嫌いじゃないよ、いいカンジじゃん!」
 世辞も偽りも無く、ひまわりの様な笑顔を咲かせる玲衣亜。
「でもそれは個人的な感想。悲しいケド、これでも食っていけないんだな~って」
 全く、世知辛い世の中だと思わずにはいられない。デウスエクスの侵攻で日本は超ピンチだってのに、お金とかいう経済構造は相変わらず元気にご健在なのだ。
「でもさ、食って行きながらアンタの好きな音楽が出来るように、夢の形を変えるってのも一つの手じゃね? たとえば、えーと……」
 と、頭を捻る玲衣亜に響花が助け船。
「バンドの経験を生かして作詞家や作曲家を目指している人もいますね」
「そうそう、それ! もっかいよーく考えて。アンタも、そしてサヤさんも幸せになる方法を考えないと!」
 なんて、生意気言ってゴメンね。と照れ隠しで笑う玲衣亜。
「いや、いい考えだと思うぞ」
 モカが頷く。そしてミヤコに語り掛けるフェリシア。
「夢は終わるものだけど、終わった夢が無価値だったか決めるのは自分自身だよね。得た物は、色々あるでしょ。それはミヤコちゃんのこれからを支えてくれるよ」
 そう、夢を諦めてもそれまでの全てが失われてしまうわけでは無い。
 積み上げてきた努力や、共に夢を見た仲間は人生の糧として残る。
 後ろを振り返れば、きっと自分が歩んできた道が見えるはずだ。
「少なくとも、もうミヤコちゃんは一人じゃないし。やり抜いてきたガッツだってあるでしょ」
 フェリシアの言葉にミヤコは頷きを返す。涙が零れ落ちた。
「でも、でも、あたしは……サヤに酷い、ことを、してしまった」
 皆の視線がサヤに注がれる。
「バカ。この忘れんぼ……」
 泣きながら駆け寄り、デウスエクスとなってしまった親友を抱くサヤ。
「……ずっと友達だって、高校のとき約束したでしょ」
 震える手でサヤを抱き返すミヤコ。その鉤爪はもう振るわれる事は無い。
 そして――。
 その夢と、復讐を捨てて。ミヤコはビルシャナとの契約解除を叫んだ。
「仕上げですね」
 リチャードの降魔真拳がミヤコの身体の中に巣くうビルシャナを撃ち抜いた。
 全身に覆われていた黒い羽が光の粒子となって消えてゆく。
 救出作戦、無事成功だ。

 仕事を終えて壁に寄り掛かりながら煙草に火をつけるウルトレス。その視線の先には響花の手当てを受けるミヤコとサヤの姿がある。
 夢を諦めた二人。
 だが、それでも生きていれば道は続く。
「いつか昔の栄光と挫折を、笑って話せるようになってくれ」
 煙の中で、そう小さく呟くウルトレスだった。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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