聖夜略奪~堕天使達の聖餐

作者:朱乃天

「まさかアイツとクリスマスを過ごすことになるなんて、ね……。今まで何とも思っていなかったのに……」
 クリスマスイブの朝、一人の少女が姿見の前に立って、物思いに耽りながら身嗜みを整えていた。
 少女の名前は珠川・いずみ。ほんのひと月前に18歳になったばかりの女子高生だ。
 彼女はこれからとある男子と出掛ける予定になっている。その相手というのは幼馴染の少年で、高校までずっと同じ学校に通う仲だった。
 しかし今まで恋愛対象として見たことは一度もなくて。そもそも彼女は恋というモノに、全く興味を持っていなかったのだ。
 そんな彼女も、誕生日を迎えた日に告白されたのが切欠で。幼馴染だったその彼を、少しずつ恋人として意識し始めるようになっていた。
「……スカート履いてくと、アイツに笑われちゃったりしないかな」
 制服以外の時は殆どズボンで過ごす彼女にとって、スカート姿の自分を見るのは妙な違和感を覚えたりもする。
 心の中がむず痒く、これが恋なんだろうかと、鏡の中の自分の顔が仄かに赤く色付いた。
 少女がクリスマスの幸せムードに浸る中――その『災厄』は何の前触れもなく、彼女の下に降りかかる。
 目の前の空間が、突然裂けて亀裂が走る。そしてひび割れた空間の奥から、4つの影が不気味に近付いてくる。見た目は天使のようであり、しかし機械のような鋼の身体を持つその者達は、明らかに異形の存在だった。
「ひっ……!? な、何なのよ一体……!!」
 機械仕掛けの天使の魔の手が、少女に迫る。彼女は天使の内の一体に、抗う間もなく囚われて。そのまま卵のような天使の体内に取り込まれてしまい、残りの三体は、卵の護衛に就いて戦闘準備を整える。
「ワレラのシメイは、クリスマスがオワルまで、このバを守護スル事ナリ」
「さすれば、ゴッドサンタの敗北の証、ケルベロスのグラディウスを封印できるダロウ」
「この女から、クリスマスの力を絞りダシ、絶望にカエルのだ」
 天使の姿を騙ったダモクレス達。彼等の手によって、クリスマスに再び血の惨劇が起きようとする――。

 去年のゴッドサンタ事件から一年後。
 グラディウスを得たケルベロス達は、ミッション破壊作戦を幾度となく決行し、これまで多くのミッション地域を開放することに成功してきた。
「でもこうした状況は、デウスエクスにとっては思わしくない事態でもあるわけで。そこで今年もダモクレス達が動き出したんだ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を出迎えたのは、サンタガールに扮した玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)である。
 クリスマスらしさを演出しようと思ったか、照れ臭そうにはにかむ仕草を見せるが、それはそれとして。シュリは気を取り直して、予知した事件について語り出す。
 地球に潜伏していたダモクレスの潜伏略奪部隊『輝ける誓約』の軍勢が、クリスマスの力を悪用し、グラディウスを封じる為の作戦を仕掛けてきたという。
 ダモクレスは、クリスマスデートを楽しみにする女性の前に魔空回廊を使って出現し、儀式用の特別なダモクレス『輝きの卵』に女性を閉じ込め、呪詛を掛けてグラディウスを封じ込める儀式を開始する。
 但し『輝きの卵』自体には戦闘力が無い為、周囲には3体のダモクレスが護衛に当たり、ケルベロスからの襲撃に備えているようである。
 従って女性を救出するには護衛を倒す必要がある。この取り巻き達を排除できれば、後は女性を救出し、『輝きの卵』を撃破すれば良い。
 しかし、女性が囚われたままの状態で『輝きの卵』を倒してしまうと、中の女性も一緒に死んでしまうので、その点だけは特に注意してほしい。
「今回キミ達に救出してほしいのは、珠川・いずみさんという高校三年生の女の子だよ」
 ダモクレスは自宅で身嗜みを整えていた彼女を捕らえると、近所の公園に場所を移して、茂みの中に潜んで儀式を執り行っている。
 戦うべき3体の護衛の内の2体は防御型。残り1体は狙撃型という配分だ。
 防御型である『輝きの盾』は、剣を振り回して薙ぎ払ったり、障壁を展開させて守りを固めてくるようだ。もう一体、狙撃型の『輝きの杖』については、頭上の天使の輪から衝撃波を放ったり、杖から高威力の雷の矢を撃ち込んでくる。
 統率力のあるダモクレスらしい、連携の取れた相手だが、連携力と言うならケルベロスの方も負けてはいない。
「それとキミ達に一つ提案なんだけど。いずみさんを救出したら、デートのアドバイスを送ってみたらどうかな?」
 彼女にとっては初めてのデート体験だ。だからできる限りお洒落に着飾って、送り出してあげてほしいとシュリは言う。
 ――恋人として初めて過ごすクリスマス。少女の純真な恋心を悪用しようと企む偽りの天使達には、ケルベロス達の裁きの鉄槌を。


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)
夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)
火岬・律(幽蝶・e05593)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)

■リプレイ

●クリスマスの聖戦
 恋人達が愛を語らうクリスマス。祝福ムードに満ちた世界の幸せを、恐怖と絶望に塗り替えようと暗躍する者達がいる。
 人を愛する聖なる力を呪いに変えて、欲望を満たさんとする機械仕掛けの堕天使軍団。
 彼等はこれからデートに向かう一人の少女を捕まえて、グラディウスを封じる為の贄にしようと目論んでいる。
 このままでは少女の尊い命が犠牲になってしまう。そんな彼女の危機を救うべく、八人のケルベロス達が現場に駆け付け、ダモクレス達の前に颯爽と現れる。
「デート前のレディを狙うとは、お邪魔虫にも程がある。なんだ、リア充爆発しろと言うやつか?」
 わざわざクリスマスを狙って少女を襲う姑息なやり方を、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)は揶揄うようにせせら笑い、好戦的な態度で身構えながらチェーンソー剣を駆動する。
「自分達の失敗を何とかする為に、恋する女の子に手を出すとか……ホンットにふざけないでよって感じですねー」
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)も半ば呆れるように憤慨し、威嚇するかのように星の力を宿した剣を突き付ける。
「何方かが言っていました。折角のクリスマスなのに無粋な真似をする野暮クレスが、と」
 レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)が発する言葉は静かだが、堪え切れない程の強い怒気が含まれている。
「……それはさておき、彼女の想いを利用させるわけにはいきません――覚悟なさいませ」
 そう告げるや否や、レミリアは地面を蹴って敵の領域内に飛び込んで、螺旋を纏った腕を押し当て、鎧騎士の天使を一瞬の内に吹き飛ばす。この一撃が合図となって、戦いの幕が開かれる。
「黙れケルベロス共。貴様等が奪ったグラディウスの力、我等の手で封印させてモラウ!」
 もう一体の鎧騎士、『輝きの盾』の翼が眩く光り、光の壁を張って護りの力を強化する。
「そんな小細工は、俺達には通用しない」
 敵の動きを見極めたとでも言いたげに、火岬・律(幽蝶・e05593)が眼鏡を指で押し上げ扇を揮うと、仲間の闘志を奮い起たせて破邪の力が齎されていく。
「去年のアレはサンタさんからのプレゼントですので、貰ったモノを今更チャラにするというのは……ですね?」
 一度手に入れたのなら自分達の所有物である。元より話し合う余地などないのだと、ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)は溜め息混じりに苦笑する。
 それに少女の命が懸かっているこの戦いに、決して負けるわけにはいかないと。楯の窪みにアンプルをセットして、発生したガスが彼女を包んで、もう一人の残像を造り出す。
「クリスマスを楽しみにしている女性を捕らえるなど、許し難き行為です。ここは速やかに救出させて頂きます」
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)が決意を込めるように日本刀を握り締め、幼少より磨き上げた剣技を昇華させ、熟練された一撃を打ち込んだ。
「女捕まえて喜んでるクズが、オーク以外にも居んのかよ。ったく、世も末だな」
 巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)は蔑むようにダモクレス達を一瞥するが、その双眸はすぐに獲物を狙う狩人の目に変わる。
 手首に仕込んだパイルバンカーが、うねりを上げて噴射して。真紀が推進力で加速しながら距離を詰め、眼前の天使に触れて打ち込まれる小型の鉄杭が、障壁を打ち破って敵の身体を抉り抜く。
 そこへ夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)が、敵に隙を与えまいと追撃に出る。手にした刃は、赦しを乞う告解者のように。冷たい視線で相手を捉え、振るった鋭い一閃は――機械天使の鎧を断って、刻を凍らせ停滞させていく。
「……ってかさ、クリスマスの力だとか何か言ってたけど、何だそれ」
 ふと思い出したように罪剱が訊くが、そこに答えを求めているわけではない。クリスマスを悪用する愚かな目論見は、ここで終わらせるのだから――。

●堕天使達の狂餐
 少女が囚われた卵を護るのは、2体の盾と1体の杖。それなら先ず護りの要を倒そうと、盾の1体から各個撃破を試みる。
「女性の部屋に不法侵入した挙げ句に拉致監禁。マナー違反どころの話ではないな」
 不敵な笑みを浮かべるヒルダガルデの手元では、動力回転する剣が獰猛な唸り声を上げている。火花飛び散る鋸状の刃は、やがて青い炎に包まれて。豪快に薙いだ刃が鎧天使の剣と衝突し、重く弾けるような金属音が戦場中に木霊する。
「そんなコトハ愚問に過ギヌ。あの女も貴様等も、等しくあの世に送ってヤルのだからな」
 鎧天使はヒルダガルデの攻撃を押し戻すように剣を振り払い、斬撃が前衛のケルベロス達を威圧する。
「人の恋路を邪魔する連中は、馬に代わって全力で蹴っ飛ばす!」
 敵の攻撃にも環は怯むことなく強気に振る舞って。脚に力を溜めて鞭のように撓らせて、繰り出された蹴りの衝撃が、ダモクレスの身体を痺れさせるように鈍らせる。
「目障りだ――散り消えろ」
 律が精神を集中させて霊力を高めると、凝縮された力が白き刃に形成されていく。その刃を律が手に取り、一度振るえば解き放たれた力は嵐となって吹き荒れて。暴力的な激しい風が敵の五感を狂わせ、闘争心をも足踏みさせる。
「力無き人達を守る為、儀式は絶対に阻止します」
 人々の為なら命を散らすことすら厭わない。レミリアの意思は強固なまでに気高くて。少女と同じく恋人がいる境遇からか、まるで少女と自身を重ねているようでもあった。
 だからこそ、その幸せは自分の手で守りたい。込める想いは巨腕の御業を召喚し、力尽くで捻じ伏せようと鎧天使を鷲掴む。
 敵の1体へと火力を集中し、戦力を消耗させようとするケルベロス達。だがそう簡単に思い通りにはさせまいと、魔術師型の天使が頭上に浮かぶ輪を輝かせ、半円状の衝撃波を放って鎧天使を援護射撃する。
「ここで私達が退く訳には、負ける訳にはいかないのですよ」
 ゼラニウムが楯に接続された刃を掲げると、染み込ませた薬液が空に向かって散布され、仲間達の傷をヴェールで覆うように瞬く間に癒す。
「ボクの剣で守れるものがあるなら、その為に――ボクは戦う」
 恵の瞳には正対するダモクレスが映る。しかしその奥に見据えているモノは、天使の卵の中に囚われている少女の存在だ。
 目の前で彼女の命は奪わせない――冷静に努めようとする恵だが、心は対照的に熱く昂っていて。全ての力を刀に乗せて放った超重力の一撃は、光の壁を砕いて天使の身体を深々と断つ。
 深手を負った鎧天使は、態勢を大きく崩して片膝を突く。この絶好機を罪剱は見逃さず、風のように疾走しながら接近し、両手に魔力を宿して練り上げる。
 瀕死のダモクレスに向けて罪剱が手を翳す。すると煌めく何かが敵の体躯を絡め取り、身動きできなくなった鎧天使の全身から鋼を斬り裂く音が響く。
 其れは罪を裁く執行人の糸。あらゆるモノを切断する不可視の線は、決して逃れられない死へと誘う道標。
「――桜殺ぎて刻み穿つ」
 無慈悲に斬り刻まれた鋼の身体は塵と化し、その手が手繰る運命は、鎧天使の生命の時を終わらせる。
 ――貴方の葬送に花は無く、貴方の墓石に名は不要。
 天使を騙る機械兵の一体を始末して、最期を見届け終えた罪剱は、息を入れ直して緋色の視線を次なる標的に向ける。

 敵を一体撃破したことで、戦いに流れは次第にケルベロス側に傾いていく。しかし対するダモクレス達も必死に食い下がり、儀式を成就させんと一歩も引かず番犬達に立ち向かう。
 もう一体の輝きの盾が、形振り構わず剣を振るう。後方からは輝きの杖の光輪が飛んでくるものの、ケルベロス達はその都度耐え凌ぎ、被害を最小限に食い止めながら戦いを優位に進めるのであった。
「みんなに幸運をお届けです! このまま押し切っちゃいましょう!」
 環が操る小型治療無人機の群れ。『白猫』と名付けられた白い機体の回復部隊が、上空から薬液の霧を撒いて傷付く仲間を治療する。
「己が本分を忘れること無き様ように……今がその力を使う時です」
 ゼラニウムが嘗て教わったという『核破壊』の術。彼女はこの魔術を紐解き再編成することにより、そこに癒しの力を見出した。
「見つけました! これがあなたの『核』……『核共鳴』!」
 癒し手としての自分ができること。ゼラニウムは破壊の術を治癒力へと変換し、戦線を支える務めをここに果たす。
「こっちもラストナンバーと行くか。オレがパートナーだ。ノり遅れんなよ」
 真紀は敵をダンスパートナーに据えるようにして、アクロバティックなムーブで翻弄しながら鎧天使を攻め立てる。華麗な体捌きから繰り出される変幻自在の徒手格闘。刻むリズムは死へのカウントダウン。
 黒い魔力が棚引くステップは、舌舐めずりする蛇の姿を想像させて。凶悪な牙が鎌首もたげて喰らうが如く、真紀が高く跳躍しながら空中回転し、脳天目掛けて踵落としが叩き込まれると――ダモクレスの身体は糸が切れたように崩れ落ち、二度と動くことなく尽き果てた。

●少女に聖夜の祝福を
 2体の盾を討ち倒し、残すは輝きの杖1体のみだ。こうなるとダモクレスにとっては圧倒的に分が悪く、ケルベロス達の勢いを止める術はない。
 それでも儀式を絶対死守することが最大使命である以上、不退転の覚悟で徹底的に抗おうとする。
「我が命に代えてデモ、何人たりトモこの儀式の邪魔はサセン!」
 魔導天使が天に向かって杖を突き上げる。すると光が爆ぜるように迸り、渦巻く魔力の奔流が、紫電の矢となり射抜かれる。
 その直線上には罪剱の姿がそこにあり、万物を焦がす裁きの雷霆が、躱す間もなく間近に迫った時だった。
 ――斜線を遮るように一つの影が躍り出る。迫り来る雷を、ヒルダガルデが身を挺して受け止めて。灼けつく痛みも笑みを絶やさず耐えながら、地獄の炎を心に灯して己が気力を鼓舞させる。
「火よ、悪辣なる篝の王よ。烟る血潮は誰が為なるや。応え給え、示し給え」
 全身に滾る紅血が、蒼き猛火となって蔓延る災禍を灼き尽くして浄化する。ダモクレスの捨て身の攻撃も、地獄の番犬には通じない。後は最後の決着を付けるべく、ケルベロス達は怒涛の猛攻撃で勝負を賭ける。
「時間が勿体ないのでな。これで終わらせてもらう」
 律の眼鏡の奥に翳る深紫の瞳が鋭く光る。黒革のビジネスシューズに空の霊力纏わせて、刃の如く研ぎ澄まされた蹴撃が、鮮やかに決まって更なる傷を刻み込む。
「覚悟はいいか? 派手にブチかますぜ」
 ダンスを格闘技に用いる真紀の得意技。地面に両手を突いて逆立ち開脚し、高速回転しながら竜巻のような蹴りの乱舞を魔導天使に見舞わせる。
「……いい加減に眠ると良い。墜ちろ」
 戦場を駆ける罪剱の脚元が、炎を帯びて熱く激しく燃え上がる。煌々と揺らめく紅蓮は、命を輝きを映しているようでいて。偽りの天使に終焉を齎さんが為、煉獄の如き灼熱の蹴りを炸裂させる。
 一気に畳み掛けるケルベロス達の波状攻撃が、ダモクレスを死の間際まで追い詰める。手負いの天使に引導を――恵が腰を屈めて敵の懐に潜り込み、携えた日本刀に手を掛ける。
「断ち――――斬る!!」
 鞘から抜き放たれた渾身の一振りが、大気を裂いて敵を斬る。恵の全霊力を込めた剛の一太刀が、ダモクレスの動力源たる核を破壊する。
「この場に居合わせたことを悔やみなさい……全ては無へと帰すのです!」
 白刃のコルセスカに立てる誓い。レミリアが祈りを捧げるように魔力を注ぎ込み、雷光奔る刃を振り翳す。
 この戦いを終わりに導く為に振り払われた斬撃は、旋風を巻き起こしてダモクレスに襲い掛かる。もはや抗う力すら残ってない堕天使は、成す術なく刃の渦に呑み込まれ――そのまま吸い込まれるように跡形残らず消え散った。
 三体の護衛を撃破して、少女が囚われている卵の元へ駆け寄るケルベロス達。
 卵の中の少女は膝を抱え込むような姿勢で眠った状態で、自ら起きる気配はなさそうだ。
「とりあえず、引っ張ってみたら助けられるかな?」
 環が卵の中に手を伸ばして入れてみる。次いでゼラニウムも同じように手を入れ、少女を掴む。そして二人で少女を卵の中から引き摺り出して、無事に彼女を助け出す。
「失せ給え。恋のキューピット以外はお呼びでないよ」
 最後はヒルダガルデが剣を大きく振り被り、真っ二つに叩き割られた天使の卵は、爆発と共に消し飛んだ。

「どうやら気が付いたようですね。もう安心して大丈夫ですよ」
 少女を無事に救出し、程なくして彼女は意識を取り戻す。ゼラニウムはその少女こと――いずみが目を覚ましたことに気が付くと、微笑みながら優しい声で呼び掛ける。
「ヘイ、寝過ごしちまうぜ初デート。準備なんざそれだけありゃ問題ねーよ」
 さばさばした態度でいずみの背中を軽く叩く真紀。恋心よりも義侠心といった感じの彼女だが、それでも少女を快く送り出したい気持ちは変わりない。
「私も、ありのままでいいんじゃないかと思います。初デート、頑張って下さいね!」
 環はまだ恋をしたことがない身だが、恋する女の子は応援したいお年頃である。だから少女に掛ける言葉も等身大の彼女そのものであり、花も恥じらう乙女の不安な心を、環はお日様みたいなにっこり笑顔で明るく励ました。
「レディは愛らしく着飾ってなんぼ。服に合わせて髪もいじるか? 安心し給え、手先は器用な方さ」
 ヒルダガルデはいずみの姿を上から下まで余すところなく見回して。その初々しさに興味を抱いたか、言ったそばから少女の髪に手を添えて、指で梳かすようにふわりと撫でた。
「身嗜みはエチケットが大事です。余り難しく考えずとも、笑顔であれば貴女は十分魅力的ですよ」
 律がいずみにそっと差し出したのは、様々な花の香りを染み込ませたポプリの小袋だ。
 心地よい香りで心を落ち着かせ、リラックスして初デートを楽しんできてほしい。そんな律の気遣いに、いずみは頬を赤く染め、はにかみながらも笑顔を覗かせる。
「そうですね、お洒落は足元からとも言いますし。可愛らしいブーツは如何でしょう」
 どうせお洒落をするのなら、拘ってみた方が彼も喜ぶのではないか。
 レミリアの提案は、自分も同じだったからという経験に依るものであり。いずみに過去の自分を思い返していたのかもしれない。
 こうしてケルベロス達から恋の手解きを受け、いずみはお礼を言って彼とのデートに足を急がせる。
 少女の背中を見送るレミリアの手に握られた、螺鈿の糸で織り上げられた虹色の薔薇。それは去年のクリスマスの日、愛しい彼から貰った大切な贈り物。あの時の自分がそうだったように、この少女にも、幸せな時間を過ごしてほしいと願わずにはいられなかった。
 芽生え始めた新たな恋は、聖夜の魔法によって紡がれて。祈る気持ちはただ一つ――少女の未来に、祝福あれと。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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