聖夜略奪~決戦は聖夜に

作者:零風堂

●この一夜で決着をつける!
 早めのシャワーで汗を流し、身体を目覚めさせる。この日の為にエステに通い、ホットヨガと岩盤浴とで、最高のコンディションを整えて来た。
 鏡の前に立っているのは、これまでで最高の自分自身。肌の潤いを保つクリームを塗りながら、ムダ毛のチェックも忘れない。
「完璧っ……!」
 鏡の中の自分に言い聞かせるように、笑顔で呟く。
 いや、もっと控えめに微笑んだほうがいいだろうか?
 そんなことを考えながら、細心の注意でメイクを進めていく。アイシャドウを艶っぽく、濃くなり過ぎないように引いて、睫毛もいつもより長めに盛る。
 唇は……、ラメ入り? ううん、私にはそこまで似合わない。ここは普通に、薔薇を思わせる紅でいこう。
 そして、ここぞという日の為に準備した、ちょっとお洒落な下着。ついにこの封を解く日が来たのか……。神妙な面持ちで身に纏い、まさに決戦に挑む戦士の気持ちで、服装を整えていく。
 スーツ? いやいや折角のデート、ここはとっておきのワンピースの出番? いやいや、レースの綺麗な上着もあったはず、コートに合うのは……。

 コートの色合いを確かめようとしたところで、異変が起こった。
 女性の目前で空間が歪み、4体の機械天使がその姿を現す。
「な……!?」
 驚く女性を、機械天使の一体『輝きの卵』が、体内に引きずり込み、閉じ込めてしまう。
「ワレラのシメイは、クリスマスがオワルまで、このバを守護スル事ナリ」
 屈強そうなボディを持つ機械天使が、輝きの卵の前に陣取って言う。
「さすれば、ゴッドサンタの敗北の証、ケルベロスのグラディウスを封印できるだろう」
 槍を携えた機械天使が、その横に控える。
「この女から、クリスマスの力を絞りダシ、絶望に変えるノダ」
 ひゅんっと鞭を鋭く構え、機械天使は輝きの卵を護衛するように構えるのだった。

●聖夜の襲撃
「昨年は、ゴッドサンタの事件がありましたが……」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう言って、事件についての話を切り出した。
「あの事件を解決したことにより、我々はグラディウスを得ることができました。そしてグラディウスを用いたミッション破壊作戦により、多くのミッション地域を開放する事が出来ました」
 なかには実際に、ミッション破壊作戦に関わった人もいるかもしれませんね、とセリカは付け加える。
「多くのミッションを破壊するというこの状況は、我々にとっては非常に良い事です。ですが、デウスエクスにとっては見過ごせないことなのでしょう。地球に潜伏していたダモクレスの潜伏略奪部隊『輝ける誓約』の軍勢が、クリスマスの力を利用して、ケルベロスが持つグラディウスを封じる作戦を仕掛けてきたのです」
「グラディウスを、封じる……?」
 セリカの言葉に、ケルベロスたちにも動揺が走った。
「輝ける誓約のダモクレスたちは、クリスマスのデートを楽しみにしている女性の前に魔空回廊を使って出現し、儀式用の特別なダモクレス『輝きの卵』に、その女性を閉じ込めてしまいます。そして、女性を捕らえた『輝きの卵』を使って、グラディウスを封じ込めるための儀式を行います」
 それならば、早く女性を助けないと。というケルベロスたちに、セリカも頷く。
「儀式用のダモクレスである『輝きの卵』自体には戦闘力が無いようなのですが、周囲には3体のダモクレスが護衛についており、ケルベロスからの襲撃に備えているようです」
 護衛ダモクレスを倒し、女性を救出して『輝きの卵』を撃破してほしいというセリカに、ケルベロスたちも頷いた。
「敵はケルベロスを迎え撃つべく、女性の住むマンションの屋上で構えているようですので、そこに降下して戦いを挑みましょう」
 それからセリカは、敵の能力についても説明を加えていく。
「輝ける誓約の3体の護衛は、それぞれのポジションで、協力して戦闘を行います。皆さんと戦うのは、クラッシャーを担当する『輝きの槍』、ジャマーを担当する『輝きの鞭』、ディフェンダーを担当する『輝きの城』の3体です。輝きの槍と輝きの鞭は、それぞれの武器を用いた攻撃を行い、輝きの城は、味方を守護する無人機を放出したり、ミサイルポッドでの攻撃を主に行うようです」
 協力して戦う相手を、上手く切り崩さなければならないだろう。
「護衛の3体を倒せば、『輝きの卵』の内部から女性を救出することが可能になります。もし『輝きの卵』に女性が捕らわれたままの状態で、『輝きの卵』を破壊してしまうと、中にいる女性も一緒に死んでしまいますので注意してください。くれぐれも、護衛の3体から倒すようにお願いしますね」
 心得た、と話を聞いていたケルベロスたちも頷いた。
「儀式が終了すると、輝きの卵は自爆して、そのエネルギーをグラディウスの封印に使うようです。勿論、自爆した場合、輝きの卵の中にいる女性は死亡してしまいます」
 グラディウスの封印を防ぐことも、女性を救い出すことも、どちらも成功させたいところだ。
「この女性は、クリスマスのデートをかなり楽しみにしていたようです。それを邪魔するなんて、とても許しがたいことだと思います。ただ、無事に救出できても、彼氏とのデートの約束まで、時間の余裕は無くなってしまうかもしれません。もし可能ならば、デートにいくお手伝いをしてあげても良いかもしれませんね」
 その辺りは、得意な方にお任せしますとセリカは微笑むのだった。


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
アム・クローズ(導く者・e24370)
リエラ・ガラード(刻腕・e30925)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
金剛・小唄(ごく普通の女子高生・e40197)

■リプレイ

 誰もが皆、大切な人と共に、温かく穏やかな時間を過ごす――。
 それが聖夜。本来ならば今日という日を、恋人と過ごすはずだった女性がひとり、機械の卵に捕らわれていた。
「女性の恋路を邪魔するとは、無粋の極みだ」
 ヘリオンから降下し、ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)はダモクレス達の待ち構えるマンションの屋上に着地する。
「来たカ、ケルベロス!」
 ダモクレスの潜伏略奪部隊『輝ける誓約』の機体が反応し、女性を捕らえた輝きの卵を守るように展開する。
「出迎えご苦労様ね。このアムちゃん様が、あなた達を導いてあげましょう!」
 そこにアム・クローズ(導く者・e24370)が羽衣のような光の翼を広げ、神々しい雰囲気を演出しながら現れた!
 敵味方問わず視線を集めながら、アムは微かに笑みを浮かべ、寂寞の調べを奏で始める。
「原型を留めないくらいに叩き潰したところで、女性の受けた恐怖は拭えないだろうが……、少なくとも、俺の気は晴れる」
 ラギアは鞭を携えた敵に狙いを定め、冷気を吐き出す。大気さえ凍りそうなその冷凍ブレスを追うように、自身もダッシュで敵との間合いを詰める。
「グ……」
 輝きの鞭がギシギシと凍った身体を軋ませるが、動きを取り戻すより先に、ラギアが目前に迫っていた。星と月の模様が彫り込まれた白銀の篭手から、魔氷に覆われた爪が伸びている。
「貴様らごと目論見を叩き潰してくれるわ!」
 ラギアの竜爪が凍った相手をぶん殴り、砕けた氷がきらきらと美しい輝きと共に散っていく。
「オノレ……、許サン!」
 衝撃で僅かに後退りながらも、輝きの鞭は手にした鞭を振り出してラギアを打ち、身体に巻き付けて締め上げ始めた。
「グラディウスを封印させはしません。そして大切なデート、それを邪魔する奴はもっと許しませんっ!」
 リエラ・ガラード(刻腕・e30925)が飛び込んで、白く輝く剣を振り上げる。全身にみなぎる力を叩き付けるように、思い切り輝きの鞭へと振り下ろした。
 がきん! と硬く大きな金属音が響き、リエラは反射的に跳び退った。
「散レッ!」
 輝きの槍が雷光を穂先に煌めかせながら、リエラへと突進を仕掛けていたのだ。
(「避け切れない!」)
 一撃がリエラに命中するかと思われた瞬間、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が、庇いに入る。
「リア充爆発しろ、がまさか現実になってしまうとは……。非リアの怨念おそるべし」
 東西南北は言いながらも改造スマートフォンを構え、自身のダメージを確認する。痺れるような痛みがあるが、まだ、戦える。それだけ認識すると、口元に不敵な笑みを浮かべて見せた。
「何を隠そう、その念を送っていたぼっち代表として、いたたまれません。絶対に女性を助けます!」
 明日への誓いを熱き魂で。ニートヴォルケイノの溶岩が噴き上がるが、敵陣の守護を担当する輝きの城が前に出て、それを受け止める。そのまま装甲の下から、無数の輝くミサイルをばら撒いてきた。
 きゅどどどどどどっ!
 光と共に弾け、轟音と熱が広がってゆく。
「クリスマスデートを期待してる女の子を利用するなんて、許せない!」
 金剛・小唄(ごく普通の女子高生・e40197)は閃光に目を細めながらも、敵意を表情に浮かべていた。ウイングキャットの『点心』に命じ、清らかな力を翼から仲間へと分け与えてゆく。
「世の中全ての女の子の敵だわ!」
 小唄の闘志に呼応するように、全身の装甲から光の粒子が放出されていく。それは敵のミサイルで乱れた戦列を立て直すかのように、仲間の感覚を研ぎ澄ませていった。
「聖なる夜、星に願いをってな」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)は愛用のゾディアックソードを操り、屋上に守護星座の陣を描き出す。そこから立ち昇る光が力となり、仲間たちを守護し始めた。
「儀式の終了、デートの約束……。時間は大事でございます」
 ぽつりとだけ呟き、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は剣を抜いた。バケツヘルムの下から微かに、地獄の炎が溢れて見える。
「さっさと早めに、片付けてしまいましょうねえ!」
 その一撃は、静と動を体現したかのようだった。ゆらりとした動きから一瞬で飛び込み、その動作と剣の重量を、一気に敵へと叩き込む。
 ラーヴァは目前の輝きの鞭の位置と、卵の位置とを確認し、僅かに横へと動いて調整する。
 流れ弾であっても輝きの卵に当てるわけにはいかない。神経を研ぎ澄ませながら、ラーヴァは再び地を蹴った。

「……ふむ」
 ケルベロスたちと、輝きの軍勢との戦いが始まってから、こっそりと卵の様子を窺う者があった。
 紅・マオーと相棒のわんこさんだ。
 敵を殲滅する前に輝きの卵が破壊されると、女性に危険が及ぶと聞き、その守護に駆けつけたのである。
 捕らわれた女性を励まそうと考えていたマオーであったが、今は彼女に意識が無さそうだ。
 ならばとマオーはわんこさんと共に、攻撃が来ないようにと構えるのであった。

「クリスマスのサプライズには、ちぃっと趣味が悪いんじゃねぇか?」
 揶揄するように言いながら、グレインが屋上を駆ける。振り出された鞭を、身を反らして避けつつ、ちらりと敵の姿を見据えた。
 輝きの軍勢。昨年、ゴッドサンタを破られたダモクレス達の雪辱戦――。
「一年越したぁご苦労なこった」
 言葉と同時にグレインは、屋上に広げた星座の陣に星辰の力を注ぎ込んだ。輝く光が、後方の仲間達にも、守護の力を与えてゆく。
「ティニ、導いてあげるわ!」
「はいっ!」
 アムの指示で、ティニ・ローゼジィ(レプリカントの螺旋忍者・en0028)が銃を抜く。撃ち出された弾丸にも負けぬかと思えるようなスピードで、アムは輝きの鞭との間合いを詰めていた。
 冷気を帯びたアムの手刀が、輝きの鞭の胴を打つ。しかし相手は怯まずに、その腕と鞭を振るい始める。
「むっ……!?」
 鞭が絡み付いたのは、ラーヴァだ。重そうなその身体を易々と持ち上げ、思い切り叩き付ける!
 がごんと階段に繋がる部屋の壁にぶつかり、大きな音が響き渡った。
「……なかなか格好良い機械天使じゃあありませんか」
 パラパラと壁の破片を散らしながら、ラーヴァが立ち上がる。兜の奥からその闘志を示すかのように、地獄の炎がちらちらと漏れる。
「やりがいがあるというものです」
 雷の霊力を剣に集め、ラーヴァが鋭く突きを繰り出した。立ち塞がるように割り込んで来た輝きの城がその一撃を受け止めて、そこに輝きの槍が武器を振り回しながら突っ込んでくる!
「好きニハ、やらセン!」
 暴風のような斬撃が駆け抜ける――が、そこには小唄が立っていた。
 仲間を守るために勇気を振り絞り、攻撃を受け止めたのだ。
 痛い――。敵の刃は容赦なく、小唄の身体を裂き、痛みを刻み付けていた。
「クリスマスだから女子力もパワーアップするよ! ……愛の力でね!」
 この痛みが、クリスマスを平和に過ごそうとしている人たちに向けられるなんて、許せない。
 そんな思いが、小唄の力となって胸から溢れ出してくる。
「女の子って何でできてるの? お砂糖とスパイス、そして素敵ななにもかも♪」
 小唄の女子力が、戦いに傷付いた者の心を癒してゆく。それが何よりの活力になる。そう信じて――。
「…………」
 山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)もディフェンダーとして、敵の攻撃の矢面に立っていた。
「宣誓! ケルベロス達を守り、乙女の恋路を繋ぐことを誓いますなのね!」
 そこに駆けつけたミステリス・クロッサリアが、オリジナルのかき氷機でかき氷を作り始める。
「ソイヤアアアアアアアアアアアアアッ!」
 そして太郎の口に、気合いと共にぶち込んだ! 頭がキーンとして多少驚いたものの、お陰で意識がハッキリしたような気がした。
 東西南北のテレビウム『小金井』が、応援の動画を流し始める。
「ふむ、やはりこの職人の動画はツボを押さえて……、っと失礼」
 東西南北が体勢を立て直しつつ、輝きの鞭へと向かい始めた。
「リア充憎しでも、お仕事はちゃんと果たします! 僕の背骨は避雷針、きたれ臨界、破れ限界!」
 東西南北の体内で圧縮された高圧電流が、輝きの鞭を貫き、痺れさせる。
「クリスマスを何だと思ってるんですかっ!? その作戦、絶対阻止してみせますっ!」
 動きを止めた輝きの鞭をリエラが狙う。地獄の炎弾を撃ち出すが、輝きの城が庇いに入ってきた。
「ガガ、防御ヲ、固メル……」
 そのまま光の城壁のようなものを生み出して、輝きの鞭を守り始める。
「邪魔をするなら、打ち砕くまで」
 ラギアが炎を武器に纏い、輝きの城へと突っ込んでゆく。迎え撃とうとする城だったが、そこに無数の砲撃が突き刺さった。
「……今です」
 機理原・真理のアームドフォートが、一斉射撃を食らわせたのだ。
「……!」
 僅かに生まれた虚のタイミングを逃さずに、ラギアは渾身の炎を、城のど真ん中に叩き込んでいた。

●聖夜の光は誰のために
「さあ、景気づけだ!」
 グレインがスイッチを押すと、色鮮やかな爆発が発生する。
 その爆風を背に、東西南北が駆け出した。
「そりゃボクはリア充爆発しろが口癖ですけど、まさか実現するとは……。責任を感じなくもありません」
 戸惑うような表情を浮かべながらも、しっかりと改造スマートフォンを握っている。
「このままじゃ寝覚めが悪い。月子さんは絶対に助けだします!」
 ごちん! スマホの角が、輝きの鞭の眉間にめり込んだ。
 しゅたっ、と決めポーズを取る東西南北の後ろで、輝きの鞭の身体に亀裂が走り……、そのまがガラガラと、崩れ去っていった。
「オノレ……!」
 輝きの城が怒りの声を滲ませながら、ミサイルをばら撒いてくる。
「ああ、痛い。でもこれは必要な事なのね! ライフで受けるわ!」
 アムは何故か嬉しそうにしながら、古代語の詠唱を始める。ちらりと目配せした先でティニが頷き、パイルバンカーを手に突っ込んでいく。
 ティニが凍気を纏った杭を打ち込むのと同時に、アムの魔法光が輝きの城に命中する。そこから敵の身体が、石のように変化し始めた。
「我が名は光源。さあ、此方をご覧なさい」
 ラーヴァが、眩しく輝くほどに灼けた重い金属矢を連続で射ち出していく。少しずつ、硬そうな敵の装甲に、亀裂が広がっていった。
「喰らえよ! 女子の本気を込めた拳を!」
 小唄が咆哮と共に飛び出し、重い拳で殴りつける。
「うおおおおおおーーーっ!」
 その拳が輝きの城の装甲を破り、内部を破壊し、崩れた破片が更に砕かれてゆく。
 小唄が攻撃を終えたときには、もはや瓦礫しかそこには残っていなかった。
「クッ……!」
 輝きの槍が、やぶれかぶれとも取れるような猛然とした勢いで突っ込んでくる。
「おっと!」
 だがグレインがその軌道を見切り、剣で穂先を地面へと叩き付けた。
「流星と共に散りな!」
 そのまま脚に星のオーラを生み出して、敵の胸元へ蹴り込んで吹っ飛ばす。
「逃がさん……!」
 ラギアの如意棒がぐんと伸び、間合いがずれた輝きの槍を思い切り打った。その勢いで、輝きの槍はガシャンと屋上のフェンスに釘づけにされる。
「私も『光の剣』を持っている身として、負ける訳にはいきません」
 リエラの右腕から、刀身に力が集まっていく。光が圧縮され、暴れるような極光が、その刃を形作った。
「切り裂け、アガートラムっ!」
 閃光はひと振りで、輝きの槍の身体を両断し、爆発させる。その軌跡を彩るように、虹色の粒子が、微かに宙を漂っていた。
「……」
 敵の最後と、その代償に生じた負担を確かめるように、リエラは小さく息を吐くのだった。

●聖夜を取り戻して
「うおおおおおおーっ!」
 小唄が迅速に輝きの卵へと突撃し、その檻を破って女性を救出する。
「うう……」
 怪我がないかを確認し、小唄は彼女をそっと揺り起こした。
「……あれ? ここは、私は……?」
「もう安心だ。ケルベロスが戦い、あなたは助かった」
 マオーに言われ、女性――月子はハッと意識を覚醒させる。
「そうだわ、私……、変な連中に襲われて……。ありがとう! ケルベロスの皆さん!」
 月子のお礼に、ケルベロスたちも満足そうにひとつ頷いた。
「無事救出されたが、デートはこれからだ」
「大変、時間が無いわ!」
 月子が慌てて身を起こし、そこへグレインがクリーニングを使用して、身だしなみを整える。
「他の対処は、みんなに任せる」
 細かい気配りは不得手だと、グレインは胸中で付け加えた。
「あんたは自分の事に集中しときな」
「……ありがとう!」
 月子が笑顔で答え、髪と化粧を整え始める。
「これでどうでしょうか、お姉ちゃん? 大丈夫、きっと間に合うよ」
 小唄が持ち前の女子力で、テキバキとヘアスタイリングと化粧を手伝っていた。
「ファッションには疎いですが……大丈夫、アナタはそのままで十分魅力的です。どんな服よりアナタ自身が一番可愛いですから」
「お世辞は良いのよ、お世辞は! だからって裸で出掛けるわけにはいかないんだから!」
「……どうしましょう、ファッションには疎いんですよね。でも男ならスカートとストッキングにぐっとくるんじゃないでしょうか」
 東西南北がキツめに突っ込まれて心に傷を負いながらも、スマホでファッショントレンドを検索していた。
 ラーヴァもアイズフォンを使用し、目的地への最適なルートと、目印になりそうな建物をラギアとアムに伝えていく。
「こんな状況も越えられたのですから、本日の幸運は貴女の味方でございます」
 少しだけ畏まって、ラーヴァが月子に向き直った。
「貴女自身もきっとお強くなられたことでしょう。ではご武運を」
 ラーヴァに月子は親指を立てて応え、外へと飛び出す。

「ちょっ、無理無理、それムリ!」
 ラギアはお姫様抱っこしてデート場所まで月子を送ろうとしたが、あまりに恥ずかしいのと、彼氏に見られると困るという月子の主張により却下された。
「それなら、一緒に肩を貸すわ。待ち合わせに間に合わせないとね」
 アムがラギアと一緒に、肩を貸すような形で飛行してはどうかと提案し、そちらが採用された。
「大丈夫よ。貴女はイケてるわ! 襲われた事に比べたらなんてことないわよー!」
 慣れない飛行に戸惑う月子を励ますように、アムが話していく。
「ヤッちゃいな! 何をとは言わないけど!」
 素直になれないらしい彼女に、アムは勇気をおすそ分けして導くのであった。

「行ってらっしゃい。がんばって」
 飛び去る影に向け、リエラが小さく手を振りつつ、笑顔でエールを送っている。
「ミステリス・クロッサリアはクールに去るの」
 そんな感じで戦いを終え、ミステリスなどはライドキャリバーで夜の街を駆けていった。

「さあ、ハッピーエンドを掴んできてください!」
 東西南北は月子たちを見送ってから、小さく溜め息を吐く。
「はあ……ボクもリア充になりたい……」
 俯き呟いて、東西南北は傍らのティニに声を掛けた。
「ティ二さんは恋した事あります? 人を好きになるってどんな感じなんでしょうか?」
「恋ですか? ええと……。正直、私にはまだわかりません」
 突然の質問に目を……、丸くなっているかどうかは見えないが、驚いた様子でティニは答える。
「そうですか……。あんな風にドキドキできるならきっとステキな事なんでしょうね」
 東西南北は月子の様子を思い出しながら言う。
「きっとそうだと思いますよ」
 その言葉に、ティニもしみじみと頷いた。
「決戦に願いを……、か。ティニはあるか?」
 また、月子は今夜のクリスマスデートを『決戦』というように表現していた。それを思い出してか、グレインが話に加わる。
「願いですか? 私の戦いは、虐げられている人々をお助けすることですから、そういった人々が傷つかずに済むのなら、それが願いと言えるのかもしれません」
「そうか。俺は……、願うなら、今日はこれ以上は何事もなく平和に、かね。あとは暖かくしてのんびりといきたいもんだ」
 やれやれといった様子で話すグレインに、ティニも頷く。
「そうですね。折角の日なんですから」
 こうして静寂を取り戻した特別な夜は、人々の暖かな時間を包みながら、ゆっくりと更けてゆくのであった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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