雪花に願う夜

作者:小鳥遊彩羽

 はらはらと小雪が舞う夜。
 街の一角にある広場ではクリスマスマーケットが開かれ、華やかであたたかな明かりと人々の笑い声が満ちていた。
 だが、突如として異変が起こる。
 広場の入り口から上がる悲鳴。すぐ側の交差点に出現したエインヘリアルが、周囲にいた人々に襲い掛かったのだ。
「オラ、逃げてみろ! 惑え、叫べ! そして虫のように潰れて――死ね!」
 星宿す大剣の一振りが逃げ惑う人々を薙ぎ払い、斬り捨て、叩き潰し――交差点から進撃を始めた巨躯はやがて広場に至る。
 平和な日常だったはずの世界は瞬く間に凄惨な光景で塗り替えられた。
 次々に築かれてゆく屍の山の中、エインヘリアルの哄笑が響き渡っていた。

●雪花に願う夜
 雪の舞う夜に起こる、エインヘリアルによる人々の虐殺事件。
「トキサさん、それは……」
「うん、クィルくんが心配してくれたおかげで、こうして予知することが出来たんだ」
 クィル・リカ(星願・e00189)の案じるような眼差しにトキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は笑って頷き、改めてケルベロス達へと向き直った。
 現れたエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしく、放っておけば多くの人々の命が無残に奪われるだけでなく、人々に恐怖と憎悪を齎し、地球におけるエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられるのだという。
 急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルを撃破してほしいというのが今回の依頼だ。
 エインヘリアルが現れるのは、とある街の一角。
 すぐ側にある広場でクリスマスマーケットが開催されており、多くの人々が行き交っている交差点――その中心部だ。
 エインヘリアルはゾディアックソードを持ち、それを力任せに振るうような豪快な戦い方をしてくる。一撃が重いが、ケルベロス達が力を合わせれば決して負けるような相手ではないだろう。
「人々の避難誘導については、俺の方で警察の皆さんにお願いしておくから。だから、彼らに任せて、君達は戦いに集中して欲しい」
 そして、戦いが無事に終わったら、クリスマスマーケットを楽しんでくるのもいいかもしれないね、とトキサは付け加える。
 広場の中心に据えられた巨大なクリスマスツリーを囲むように、クリスマスらしい飾り付けがされた屋台がずらりと並び、見て回るだけでも異国に迷い込んだような気分になれるだろう。
 一つ一つ手作りの民芸品や、可愛らしい人形、ツリーに飾れるオーナメントなどなど、並ぶ雑貨や小物類はどれも見るだけでも目の保養になるし、露店ではシュトーレンや焼き立てのソーセージやグリューワイン、ホットジンジャーエールなどを味わえる。
「多くの人々が心惹かれて集う場所……だからこそ、エインヘリアルも現れたのかもしれません、ね」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が添えた言葉に、トキサも頷いて。
「ですが、悪夢を現実のものにするわけにはいきません。――皆さん」
 参りましょう、とクィルは仲間達へ信頼を込めた眼差しと共に告げた。


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
シャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)

■リプレイ

 星の大剣を担いだエインヘリアルが、人々の行き交う交差点の中心部に現れる。
 突然の脅威にパニックに陥った獲物達へ剣を向けようとしたその巨躯は、次の瞬間、弾かれたように顔を上げた。
 刹那、『空』から――ヘリオンから降下してきたケルベロス達が、エインヘリアルを囲むように散開する。
 ケルベロスが戦場へ降り立つと同時に、待機していた警察が動き出した。共にヘリオンから降りた幾名かの同胞達が、警察の避難誘導の手伝いへと回る。
「何だ、いきなりケルベロス共のお出ましかよ」
 巨躯の男はふんと鼻を鳴らし、手にした星の大剣を横薙ぎに振り抜いた。
 唸る風から生まれた獅子のオーラが牙を剥き、後衛へと襲い掛かる。
「お前の思い通りには、させない!」
 だが、すぐさま身を挺した宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)とシャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)が、後衛陣へ踊りかかった獅子の牙を代わりに受け止め、星のオーラを散らした。
「フィエルテさん、私は季由さんの回復に当たります」
「羽菜さんっ、では、私はシャーリィンさんを!」
 二人のメディック――風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)が季由へ魔法の木の葉を纏わせ、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)がシャーリィンへ生命を賦活する電流を飛ばし、同時に力を高める。
 クリスマス前の楽しい雰囲気を壊させるわけにはいかないと、羽菜は強い意志を胸に灯して敵を見据えた。
「お前の相手は俺達だ、外道! さっさと退場してもらうぞ!」
 勇ましく響いた声は季由のもの。ヒールドローンを展開させながら、季由は同時に傍らの翼猫にも呼び掛ける。
 光瞬き笑顔が生まれるクリスマス――たくさんの喜びと幸せが満ちるその日を、季由は好ましく思う。だからこそ、
「なぁミコト、笑顔を守るのも俺達の仕事だろ?」
 季由の声に応えるように翼猫のミコトもぱたぱたと翼を羽ばたかせ、清涼なる守りの風を皆の元へ運んでいた。
「さあ、夜をはじめましょう。わたくしたちの時間よ、ネフェライラ。……貴方にとっては、明けない夜になるのだわ」
 親愛なる『魔女』よ、わたくしは貴女の謳になる――。
 シャーリィンが紡ぐのは夜告げの謳(ファタ・モルガーナ)。大いなる女王の名を持つ魔女の力が、デウスエクスを討つための確かな力となって前衛陣へ宿る。同時に舞い上がった箱竜のネフェライラは星空の煌く瞳を瞬かせながら、巨躯目掛けて夜空色のブレスを吐き出した。
「楽しさで溢れる街中に、不吉な影は落とさせません」
 皆が楽しい時間を過ごせるよう力を尽くすと、クィル・リカ(星願・e00189)は掲げた掌から竜の幻影を放つ。
「クリスマスを前に楽しむ人々を襲おうとは実に罪深い。雪が舞い散るより早くあなたを倒し、人々の笑顔を守って見せましょう!」
 クィルの言葉に同意するように力強く頷き、ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)が続いた。
「決してその剣を人々に向けさせはしませんよ!」
 何よりも、この後に待っている愛しき少女とのデートのために。ギルボークは全力で、空の霊力を帯びた刀でエインヘリアルが負った傷を更に斬り広げた。
 衝撃にたたらを踏んだ巨躯の元へ、白金の軌跡に星の煌めきを乗せた重い一撃が落ちる。
「そんなに暴れたいなら……いいぜ、遊んでやるよ。楽しめるかは保障しねぇけどな!」
 翼猫のルネッタが澄み渡る風を招く傍らで、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は常の穏やかな雰囲気から一転、研ぎ澄まされた刃のような瞳でエインヘリアルを見据えて。
「チッ、次から次へと……!」
「そんな乱暴なのはつまり……独り身でクリスマスを過ごすことへの鬱憤晴らしに来たとか? ……リア充爆発しろという概念は種族を超えるのですな」
 己の感覚を研ぎ澄ましながら、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)はやんわりと、挑発めいた言葉を投げかけた。
 偶然にも、この先の広場で開かれているのはクリスマスマーケット。たくさんの品々が縁を求めて並ぶその場所の近くに、エインヘリアルが現れたというのならば。
「まぁ、仮にアナタがここに何かを買いに来たとしても……我々は『高い』ですよ。アナタの腕前で買えますかな?」
「――ハッ! 何故害虫を駆除するのに俺が金を払わなきゃならねえんだ!」
「あなたは、あなたが害虫と呼ぶわたし達に敗れて、この世界から消えるのよ。……記念日を前に、準備する人々の楽しみを――奪わせないの」
 胸元で揺れる古い銀の十字架を握り締め、アウレリア・ドレヴァンツ(瑞花・e26848)は沸き起こる想いを言葉に変える。
 黒鎖を手繰り、描き出すのは魔法陣。溢れた光は強靭な守りの力となって、前衛陣を包み込んだ。

 巨躯から繰り出される重い一撃に備えて守りを固めることに重点を置きつつ攻撃を重ねるケルベロス達は、事前に練った作戦に加え、同胞達による援護も受けながら、終始安定した状況で戦うことが出来ていた。
「この、虫けら共がッ!」
 戦いが始まった頃よりも大分余裕を失っているエインヘリアルが、剣に星座の重力を纏わせ、力任せに叩きつけてくる。それを受け止めたシャーリィンは衝撃に意識を絡め取られそうになるが、胸に灯る想いの力で何とか凌ぎ切る。
 満月の光宿す瞳で真っ直ぐに巨躯を見つめ、シャーリィンは告げた。
「あたたかいから、人々の願いが集う、そんな日だもの。――それを虐殺で穢すことは、誰であっても許されないのよ」
 シャーリィンが自らに宿すは破壊のルーン。フィエルテが重ねて魔術切開による共鳴の癒しを施せば、直後、続いた羽菜は癒しが足りていると判断し、攻撃の手を選んだ。
「演舞において視線を引き付けることも重要な役割ですよ」
 羽菜はわざと鈴鳴りの音を響かせ、エインヘリアルの意識を一瞬だけ自分に向けさせる。
 すると、その隙にエインヘリアルの肩口が大きく爆ぜた。
「……っ!?」
「――余所見をしている暇はないぜ?」
 極限まで高めた精神力を解き放ったラウルが不敵に笑う。
「皆、あと少しだ!」
 そう言って季由が押したのは翼猫のミコトを模った爆破スイッチ。愛らしい鳴き声と共に色鮮やかな爆発が起こり、力ある風が前衛陣の背を押して。
 その力を受け取ったギルボークが、エインヘリアルとの距離を一息に詰めた。
「ボクの、光……」
 ギルボークが愛しき人を思うこと極限まで研ぎ澄まされた集中力から放たれた、一瞬の抜刀術による目にも止まらぬ一太刀が巨躯へ刻まれる。
「この……ッ!」
 追い詰められたエインヘリアルは地面に守護の星座を描くが、齎された癒しは雀の涙と言っても過言ではなかっただろう。
「さて、短い間でしたが、そろそろお別れの時が近づいてきているようですな」
 チャールストンの銃弾は寸分違わずに巨躯の足を捉え、男は支えを失ったかのようにその場に膝をつく。
「――夢も視ずに、眠って」
 アウレリアが伸ばした指の先で白き蕾が花開き、射し込む茜に朱く紅く――狂おしいほどの燃える赤に染まってゆく。
 囁かれた祈りの言の葉が花を散らし、視界を茜で覆い尽くせば、夢を視る心すら砕かれる。
「咲き裂け氷、舞い散れ水華。――終わりです、エインヘリアルの罪人よ」
 紡いだクィルの周囲に展開するのは光る水。そこから象られた水の華が差し向けたのは、艶やかに凍る一筋。
 氷はエインヘリアルの急所を真っ直ぐに貫いて煌めきと共に舞い散り、一つの終焉を齎したのだった。

 エインヘリアルは跡形もなく消え去り、残された戦いの爪痕へ羽菜が花と共に祈りを込めて舞い、アウレリアを始めとする皆もそれぞれの想いと共にヒールを施す。
 やがて舞う雪を染める淡い幻想の色彩が修復の完了を告げると、日常と賑わいを取り戻したクリスマスマーケットへ、ケルベロス達は各々の相手と共に繰り出していった。

 互いのために選んだ贈り物と一緒に、待ち合わせはツリーの前で。
 チャールストンが差し出したのは、クリスマスの情景を映したスノードーム。籠められた想いと労に感謝し大切に受け取ったカームが代わりに差し出したのは、ひっそりと構えられたお店で見つけたという、掌に収まるサイズの銀の羅針盤。
「星の導きを信じるあなたにはきっと、と……どうかしら?」
 くるりと返せば銀瑠璃の星空が巡る星座盤にもなる精巧な作りのそれに、チャールストンもまた、尽きぬ感謝の想いを口にする。
「……にしてもこうも綺麗なツリーを眼前すると、願い事をしたくなりますね」
 何気なく言葉を落とし、チャールストンは皆の幸せな時間が続くよう、願いを添えた。
 永遠に叶えられるものではないけれど、せめてこの雪花が消えるまでの間は。
 その隣でカームもまた、華やかに煌めくツリーに祈りを込める。
 時に迷い悩めど目指す道を、在り様を、――彼がこの先も歩みゆけるようにと。

 故郷のそれとは違うクリスマスマーケットの賑わいに、フィオナは興味津々といった様子で視線を巡らせる。
 二人の翼猫達はじゃれ合って遊んでいたが、季由の翼猫ミコトが隙あらばソーセージを狙おうとするのをフィオナの翼猫キアラが呆れた様子で見ていたのはここだけの話だ。
 一人よりも、二人で楽しんだほうが景色も心もきらきらと輝いているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 季由がふと目に留めたベルのオーナメントをフィオナの角へ飾ってみれば、フィオナは小さく頬を膨らませて。
「人の角をツリーみたいにして! ……でも、うん。こういうのも楽しいね」
 頭を振ればからころと鳴る音が心地良く、フィオナはすぐに楽しげな笑みを綻ばせた。
「ベルのオーナメントには魔除けと喜びの意味があるんだってな! だから、フィオナが笑顔でいられるように!」
 屈託なく笑う季由に更に笑みを深めて、フィオナはお返しにと、すぐ側の店先で揺れるマフラーを彼に贈るのだった。

「シャーリィンさん、綺麗なランプがいっぱい、です……!」
 マーケットに溢れるたくさんの素敵で可愛い、そして綺麗な品々に、フィエルテは年相応の笑みを覗かせかながらシャーリィンを呼ぶ。
 並ぶのはクリスマスらしい、赤や緑の硝子を散りばめてツリーに見立てたステンドグラスのランプや、あるいは花や月などをモチーフにした幻想的な光を放つランプ、などなど。
「見ているだけでも、心があたたかくなるような……そんな、世界ね。フィエルテちゃんは、ぬいぐるみが……気になっていたのでしょう? それなら……一緒に行きましょう?」
 そうして次に訪れたぬいぐるみの店で、フィエルテはサンタの服を着た兎のぬいぐるみをお迎えすることにしたよう。
「……せっかくだから、わたくしも、うさぎさんにしようかしら。お揃い、で」
「いいんですか? わ、ありがとうございます……! お揃い、ですね」
 兎のぬいぐるみを、二つ。一緒に並べて顔を見合わせた二人は、まるで内緒の秘め事のように微笑みを交わした。

「クリスマスリースを手作りしてみたいの。モミの木の枝を使って可愛くするのよ」
 松ぼっくり、木の実、お星さまに赤いリボン、想像の中で一つ一つ飾られてゆくリースに、アウレリアは柔らかく微笑みながら亮に問う。
「プリザーブドフラワーは何が良いかしら?」
「プリザ……、――花は、赤いゼラニウムとかは?」
 うっかり噛んでしまいそうになるのを何とか堪えつつ亮がそう答えると、早速リースにゼラニウムを当てはめ、その愛らしさにアウレリアは仄かに頬を染め同意して。
「俺は、揃いのグラスが欲しいんだ」
 言いながら亮が手に取ったのはゴブレットグラス。これなら小さくて持ちやすいだろうという気遣いにアウレリアは嬉しそうに笑みを深めて、ふと手元を見やればグラスに咲く金木犀に瞬かせた瞳を柔く細めた。
(「亮はロマンチストなの」)
 そっと零した囁きは、胸の内で密やかに綻ぶ。
 アウレリアのご馳走と、このグラスに注いだグリューワインでクリスマスの夜に交わす杯は、アウレリアにとっては初めてのもの。
 また一つ増えるお揃いに、あたたかな幸せを紡ぐ。

「ヒメちゃん……ツリー、きれいだね……」
「綺麗ですね……やっぱり少し寒いですけれど……」
 冷えた夜風にふるりと身体を震わせるヒメノを見て、ギルボークはすかさず温かい飲み物とお菓子を買いに屋台へ走る。
 生姜と葡萄のホットジュースで乾杯すれば心も身体も温かく。クリスマスの定番のおやつとも言える真っ白なシュトーレンは雪に良く似合う。
「ボクくん、何だか今日は楽しそうですね? これもクリスマス効果でしょうか……?」
 そう言って微笑むヒメノを見つめながら、ギルボークもまた、優しく柔らかな笑みを覗かせて。
「来年もまた一緒にこんな風にクリスマスを過ごせたらいいな……」
 そうしてぽつりと落とした願いに、確かなぬくもりが寄り添った。
「もちろん来年も、よろしくお願いしますね」

 陣内の隣に立つあかりは、エイティーンのおかげで普段と違って大人びた姿で。
 屋台でグリューワインを選ぶ陣内に対し、あかりが頼んだのはホットアップルサイダー。
 身体を温める甘さと互いの口元から登る白い息に、あかりは小さく耳を揺らす。
「……そういえば、なんでエイティーンだったの?」
 答える代わりに、陣内はそっとあかりを抱き寄せてキスをした。
「――こういうことさ」
 仄かにワインが香る、シナモンの味のキス。
 腰が抜けてしまいそうなのは、きっと、アルコールに当てられたせい。

 ぬくもりを傍らに、ふと夜が目を留めたのは、優しい笑みを湛えた天使の少女のオーナメント。並ぶ幾つかの中から最初に目に留まった一人を手に取って、
「この子、君によく似ているよ」
「……私に?」
 目を瞬かせた宿利が浮かべた微笑に、夜は己が手に取った天使の少女の微笑みを重ねて。他に欲しいものはあるかと尋ねれば、宿利はそっとささやかなおねだりを口にした。
「……クリスマスは、君と一緒に居たい。どうかしら……?」
「俺と居ることがプレゼントになるの? ――良いよ。俺で良ければ、喜んで」
 ほんの少し強張った宿利の表情を溶かす雪のようにふわりと笑み返す夜を見て、宿利も柔らかく目を細める。
 こうすればなお温かいと、夜は繋いだ手を引き寄せ、指を絡めて繋ぎ直した。
 いつもより深く繋いだ手。傍らにある体温は、確かなもの。
「――君の傍にいると、心も温かいね」

 華やかな光と賑わいに埋もれながら、ラウルとシズネはクリスマスを彩り笑顔を添えてくれる品々を探して歩く。
 ツリーの頂を飾る綺羅星や、甘い香りが心擽るパンドーロ。どれも魅力的で迷うけれど、一年に一度の特別な日だからこそ――選ぶ眼差しはとても真剣で。
「クリスマスには美味いもん食わせてくれるんだろ?」
 シズネのささやかな期待とわがままに、勿論と満面の笑みで答えたラウルは、ふと見やった先にいた、サンタ帽を被った黒猫のぬいぐるみに文字通り一目惚れ。
 その愛らしさに夢中になって見つめていると、彼の視線を追いかけたシズネが納得したように頷いて。
「なんだ、ソイツが欲しいのか?」
「……連れて帰ってくれるの?」
「クリスマスのお願いは叶えてやるもんだからな」
 シズネの優しさが嬉しくて破顔しながら、ラウルはそっと囁いた。
「俺にとってのサンタは……君だね」
 来年も、その先も一緒に、『きみ』の願いを叶えられますように。

 甘いものを食べたりあたたかな飲み物にほっとしてみたり、人ごみに紛れるようにうろうろとクリスマスマーケットを彷徨う蜂。
 そんな中でも見つけたのは、ふわふわもこもこまっしろな空にお星さまが瞬く一枚のひざ掛け。それをお土産にして一息ついた蜂の視線がふと見つけたのは、ジエロと共に向こうの通りへ流れていったクィルの姿。
 その横顔は遠目に見ても楽しそうで、蜂は義弟のその姿が見られただけで、心が満ち足りていくのを感じた。

 はらはらと雪が舞う様子は、寒いけれど綺麗で。
 雪の中のお出掛けも悪くはないなとジエロは何とはなしに思いつつ、夜風に当たって冷たくなったクィルの手を温めるように確りと握って、二人で光と賑わいに溢れる市を巡る。
「無事にクリスマスの準備が出来そうで、ほっとしました。欲しい物、探しに行きましょう」
 二人で過ごす家のドアに飾れそうなタペストリーを探すジエロの傍ら、クィルのお目当てはオルゴール付きのスノードームのよう。
 互いに求める物に出逢えることを願いつつ、探す時間も選ぶ時間も、その一瞬一瞬が楽しくて、緩む頬は止まらぬまま。
 来たるその日はもう少し先だけれど、当日は勿論、その日までに詰まっているたくさんの楽しみを数えてゆくのもまた楽しくて。
 傍らにある笑顔を見やり、クィルはそっとおねだりを一つ。
「ジエロ、ホットジンジャーエールが飲みたいです」
「そうだね、寒いから……あったかい飲み物が丁度良いね」
 二人で飲んで温まりながらの帰り道。伝うぬくもりを抱き締めて、雪が舞う景色と二人だけの時間を楽しみながら――家へと続く路を、ゆっくりと歩いていく。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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