聖夜略奪~あまくてあつい

作者:ヒサ

「うーん」
 インナーを身につけた娘は、ベッドカバーの上に広げた二セットの服を前に悩んでいた。この上にどちらを着るか、と。
 一つは普段の彼女らしい、淡い桃色をメインとした可愛らしいもの。こちらを選んだ場合、この後逢う予定の恋人はまず間違いなく彼女を誉めてくれるだろう。
 もう一つは暗めの赤が印象的な、大人びたもの。彼女の憧れを体現し得る、やや背伸びした衣装──友人は似合うと保証してくれたけれど、恋人の反応は予測出来ない。
「気に入って貰えなかったら悲しいけど……でも、挑戦はしたいんだよねえ。折角クリスマスなんだもの。……でもなー」
 彼女自身、来年には二十歳になる身。そろそろ子供扱いは、と年上の恋人を思い浮かべ、未だ化粧を施していない為に少々薄い眉をきゅっと寄せた。が、とても大切にして貰っている数々の思い出が一緒に思い出されて彼女は頬を緩める──抱える悩みが幸せなそれである自覚は十分にあった。
 その傍らに魔空回廊が開いた事に彼女が気付いたのは、敵の体内に捕らわれてからの事。
「──良シ。デハ我ラは警戒にアタル」
 驚きと混乱、遅れて状況を把握したゆえの恐怖に声も出ない彼女へ、現れたダモクレス達は冷たい視線を遣ったのみだった。

「ダモクレスが、グラディウスのチャージを邪魔しようとしているようなの」
 昨年ゴッドサンタから奪った兵器を用い、ケルベロス達が幾度ものミッション破壊を成しているのを看過出来ぬという事なのだろう。篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はそう伝え、敵の作戦の阻止をケルベロス達へ依頼する。
 春先に死したコマンダー・レジーナの指揮下にあった潜伏略奪部隊『輝ける誓約』を元に強化を施した軍勢が動くのだという。今回の作戦の為に彼らは四体一組で行動し、クリスマスを恋人と過ごす事を楽しみにしている女性を狙い、クリスマスの力を奪おうとするようだ。
「支度をしている女性のもとへ現れて、卵型のダモクレスの中に閉じこめてしまうの。それで、彼女から奪った、クリスマスの力、を使って、グラディウスを封じ込める儀式をするみたい」
 それが完了するまでは、同行した三体が護衛につき、戦闘力の無い卵──『輝きの卵』を護り、ケルベロスの襲撃に備えているようだ。
「なのであなた達には、護衛の三体を倒して、女性を助け出して、卵を壊して欲しいのだけれど……先に護衛を倒しておいて貰わないと、女性を助けて『から』卵を壊す、のはとても難しいと思うから、順番にお願い」
 護衛達は卵に危害が及ばぬよう守る。無論、儀式を終えるまでは中の女性も無事で居させなくてはならないので、護衛が活動している間は卵を放置しておいても不都合は無い筈だ。逆に、戦闘の混乱の中でケルベロス達が卵へ手を出せば、中の女性も命を落としてしまう事になる。
「それで、護衛の敵なのだけれど。三体で協力して戦う前提で造られているからかしら、彼らはそれぞれ役割に特化した性質を持っているようなの」
 今回まみえる敵に関しては、扱う技のみならずポジションも判明しているという事。仁那はメモ書きを提示し読み上げて、敵の外見や能力等をケルベロス達へ伝えた。
「女性は恋人と……でーと、かしら。お出掛けする事をとても楽しみにしているようなの。彼女が遅刻したりしないよう、余裕があればフォローしてあげて貰えると、良いかも」
 無論、戦いに敗北し儀式の完了を許してしまえばそれは叶わない。卵の儀式は最期に自爆を伴うという──中の女性ごと。
 人々がこの日を楽しく過ごす事もまた、尊い事であろうからと。ヘリオライダーはケルベロス達へ勝利を乞うた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)

■リプレイ


 今回は被害者の命や肉体の危機といった観点からは幾らか余裕があった為もあり、ケルベロス達はまず、第三者が巻き込まれぬようにと近隣の住民達へ予め警告をしに向かった。
 現場は単身者向けの小さなアパートで、隣り合う部屋は右と下に一つずつ。手分けして訪ね、彼女の救出に来た旨を手短に説明すると、邪魔にならぬよう近隣住民を連れて外出しておくのでその間に彼女を頼む、と彼らは頭を下げた。間取り(1K)の都合上、在宅していては危険なのだと。
「皆様の為にも、無事に終えねばなりませんわね」
 負けられぬ理由が増えたと決意を新たにし。全員が揃ってから彼女の家を訪ねた。玄関から手狭な台所を抜けて広い奥の部屋へ。ダモクレス達はケルベロス達の来訪を察知した上で、防衛の為だろう、室内に留まっていた。
「──迎撃開始」
 壁際に背の低い家具が並ぶ室内は畳数ゆえのみならず広々としていた。見える範囲に物が少ないのだ。これならば十分に暴れられるとフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が微笑む。長毛のラグを踏み荒らさざるを得ない事は気懸かりだったが。
 卵が進める儀式の影響ゆえか、取り込まれた女性は静かに目を伏していた。声を掛けれど反応は無い──おそらく今は意識自体が無いのだろう、体は弛緩しきって動かない。
「急がねばな」
 彼女に外傷は無い様子である事に彼らはひとまず安堵して。しかし悪夢に囚われているやもしれぬその心を思いナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)は敵達を睨んだ。
「ったく、リア充爆破とかビルシャナかよ」
 低く洩れたぼやきには、正確には『(物理)』が挿入されるのだろう。敵の目的を遂げさせては、物品のみなれど結構な被害が出る。
「あらー、それでしたらオークではございませんー? 無防備な女性を襲う辺りがー」
 暖められている室内だからこそ許される彼女のキャミソール姿は、そのままを他人に見せる想定のものではあり得なく、
「……うん、急ごうか。時間も無いだろうし」
 意識は無くとも相手は年頃の女性、気遣って男性陣はやんわりと視線を外していた。友人に同意してヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が、壁に掛かる時計へ目を遣る。
「……共に祟り往くぞ蝕影鬼。『メリー祟リマス』だ」
 デウスエクスに贈るものなど呪いのみと、藁人形片手に祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)はビハインドを連れゆらりと前へ。
「悪ぃ、少しの間だけソッチ頼む」
「暫しお時間を下さいまし。お召し物をお護りしたく存じますわ」
 彼女が応じて頷くのをやや退いた位置から確認したキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は、シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)と共に寝台側へ回り込む。敵を刺激せぬ為にと戦闘態勢は取れず、暫しの不利益をもたらす事を詫びた。それでも仲間達ならば耐えてくれると信じ、無論だとばかり皆が即座に請け負ってくれた事に喜んだ。
(「特別な日、大切なもの、は……壊しては、いけない、のだ、と」)
 護る為に出来る事をと。敵の注意を惹くべく神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)が敵前衛へ突撃し。
「尽忠ゆえとはいえ貴様らの悪辣外道は見過ごせぬ、いざ尋常に勝負致せ!」
 高らかに言った服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)の手に出でる炎の幻竜が、視野を広く取っていた敵後衛を襲った。


 ヴィルベルが杖をかざし雷壁を巡らせ、まず前衛の護りを固める。晒した額に獄炎を揺らめかせたフラッタリーの金瞳が獲物と捉えるのは少女の蹴りを受けたばかりの敵。
「先ズハ補給ヲ妨ゲテ差シ上ゲマセウ」
 敵が連携して戦うというならばそれを乱す。不可視の刃が治癒を阻む呪詛を纏い、城の名を持つ強固な金属塊へ傷を刻む。だがそれを堪え振るわれる巨拳は音の繰り手の援護を受け風刃を伴い此方の前衛を苛んだ。応じてイミナは、裂けた白い肌に滴る血をそのままに癒しの花色を散らす。一時的に二名を欠いた程度で容易くつけ込ませる気は毛頭無い。被害が拡大する前にとナディアが踏み込み音の加護を砕くべく拳を見舞った。
 眼前のダモクレス達は機微を解し得ぬモノなのだろう、敵後衛及び女性を捕らえる卵はケルベロス達の動きに不審を示し、慎重に距離を保ち動いた。それゆえ寝台から衣類の回収は無事叶い、手を伸べたキソラが纏めて攫ったそれらはシグリッドの腕へ預けられる。
「大丈夫そ?」
「ええ、お任せ下さいまし」
 柔らかな布山越しに二対の空色が笑みを示す。巻き添えの危険を仲間達が排除してくれているからこそ彼らは台所へ続く扉までを無事に退がり終え、少女だけがそれをくぐった。
(「……まだ、準備の段階、でしょう、か」)
 敵陣を窺いあおは考える。此方がそうであるように、あちらも未だ攻めに本腰を入れているようには見えない。ならば、と己の動きへ意識を向ける。以前同様の戦術で挑んだ時は周囲に結構な負担と心配を掛けてしまったゆえに、今回は急ぎ詩を紡いだ。
 前線での攻防の隙を狙い、敵中衛の爪が鋭さを増して閃く。毒持つそれは、展開する前衛達を薙ぎに迫り、護衛を務め終えて戻ったキソラが幼い少女を背に庇う。自陣の矛らへ破呪の力を付すべく振るわれる彼の扇の陰、翻した衣の裾だけで凶爪を撫でたフラッタリーの唇が紅に艶めき弧を描く。纏う護りゆえに吹き散らした風が渦を巻き、次をと踏み込むケルベロスの歩みをかき消す。敵の音が此方の加護を破る為の暴力を撃ち放ち、追撃を試みる城塞を、その護りを崩す為の刀が迎える。
「さっさと壊れろ」
「足掻きは無駄と知るが良い!」
 獄炎焦がす艶鬼が、花色の瞳に怜悧な敵意を燃やす女傑が、眼前の標的を注視するように。黒翼を翻す拳闘家はその奥、援護に動くもの共を制すべく極値を刻む熱を操る。無明丸の拳は傷を奏で、後を託し得る者達の存在ゆえに少女は磊落に笑い軽やかに舞う。
「お待たせ致しましたわ!」
 やがて戻ったシグリッドが、敵に依る轟音の残響をかき消す如く声を張った。杖より雷が爆ぜ、崩された護りを築き直す。自身の傷が癒えるのを見、イミナの歩は攻める為にと向きを変えた。
「……忌まわしく呪わしい聖夜の礎になると良い」
 彼女が手にした杭が敵前衛へと叩きつけられる。金属が鈍い音を立て、籠められた呪力が標的の内部を冒しその挙動を縛し行く。
「さて」
 早々に受けた傷と、共に盾役を務める主従の負担を量り、キソラは敵中衛の有する鋭敏さを奪いに動く。捨て置くには危険なそれを、爪ごと叩き折るに似て蹴り砕き。虹の尾にも浚いきれぬ残色は、今は暫しと見逃した──かの敵は危険な攻撃手ではあるが、それにばかりかかずらうわけにも行かない。己が務めはあくまで自陣の攻めの援護、現在の攻撃目標は敵前衛、作戦は護りを順に削ぎ落とす形での各個撃破。そう、例えば、敵が此方の癒し手を見極めその無力化を狙うように。
「っ、頼む」
「──蝕影鬼」
 主が指示の詳細を口にするより早く、ビハインドが後衛の少女を護る。奏でる音の加護を受けたばかりの、質量と速度を伴い放たれた敵の拳が生んだ衝撃は、サーヴァントからその姿を保つだけの力を奪った。
「……それでワタシ達の呪いから逃れられるなどと思われては困るがな。……気分だけでも『ホワイト祟リマス』にしてやろう。温度は判るのだろうな?」
 纏う雷の加護にて身を灼く熱から逃れ得て、イミナの声は淡々と変わらず強く、その手は冷気を御した。

 治癒に専念する者が無事で居ることで、他の者が攻撃へ注力し易い状況が調う。ケルベロス達の攻めが加速する中、戦況を見遣ったヴィルベルの声が響いた。
「早いとこ倒れてくれない? この後予定が詰まってるんだよ」
 彼が伸べた手に黒流体が滴る。蛇の形をしたそれが敵前衛へ牙を剥く。
「ああ勿論、それまではしっかり守っててくれるんだよね、それ」
 硬く軋む不協和音、敵の歌い手が護りを紡げど既に遅い。癒しを妨げる呪詛を重ねた事と標的への攻撃を集中させた事によりケルベロス達は、癒し手を従えた頑強な城をしかし長くは保たせず打ち崩し得た。青年の翠眼が見るのは『彼女』ではなく『卵』、敵をモノと、マトと、嘲弄する如き色。
「──ああもう、お前は」
 相変わらずの友人の様にナディアが嘆息した。受けて青年の呼吸が刹那微かに攣れた意味など、きっとダモクレス共には解らない。
「まあ、概ね異論は無いが。姫君を捕らえる悪者は存えぬのが道理だ」
「……だよねえ」
 緊張が緩むように微かに笑う音。細めた翠が敵へ向き、
「ちょっと色々立て替えて貰うんでよろしくね。──ねえ、こっちも陣形頼んで良い?」
「はいよ、チョット待ってて」
 肝が冷えた分の慰謝料的なものとか、と敵へと放つ毒の支度を進めるヴィルベルの依頼に応じ扇が風を切る。次にケルベロス達が狙うは爪使いの背後に護られた音使い。
「──我等の使命ハ、此ノ場を護ル事」
 壁を失った敵後衛はまず、炎熱を受け続け消耗している己の治癒を為した。だがそれも無為と、彼女らはすぐに知ることとなる。敵中衛が割り込みを試みたがそれを警戒していたキソラに依って阻まれる。更に、そちらへ踏み込んだ無明丸が炎を重ね浴びせた。未だ暫くを待たせる事となる爪使いを冒すのが凍傷だけのままでは勿体無い。
 その爪に依る傷は濃い毒を帯び、音波や重圧以上にケルベロス達を苛み続けたものの。
(「祟様、は既に、お疲れの、筈……」)
「……手間を掛けた」
「ありがとう存じますの、この先はお任せ下さいまし!」
 他者の傷を引き受け深手に喘ぐ盾役を案じてあおが、早い段階での治癒をと術を紡ぐ。幻影が害を為す前に祓われる様に、仲間達が安堵して。これならば広く護りを撒き重ねても良かろうと判断しシグリッドが杖を掲げる。こちらの守護を損なわんとする音使いを早々に排すべく、フラッタリーが轟砲を撃ち放つ。
「神ノ絡繰トテ逃ルゝ事能ワズ。滅ビヲ唄ヒ啼クガ良イ」
「──覆い尽くせ」
 攻めの手を休めた仲間に代わりキソラが紡いだ鎖は、同族の為に伸べられた金属爪を絡め取った。それにより孤立した歌い手は砲撃に呑まれ沈黙する。残る一体はそう至る以前より、遺されようとしていた音の加護を砕く為に傷を負わされ続け既に瀕死。為した青年達の手は緩む事無く、単独でも攻守共に対応出来るだけの能力を持たされた筈の機体とて、ケルベロス達の連携の前には最早無力。
「……儀式、ヲ」
 歪んだ声で紡がれた願いは、決して叶いはせぬままに。


 音無き詩が空洞となった卵を砕いた。残骸の傍にイミナが屈む。ドリームイーターじみた儀式を試みたダモクレスに興味を抱いたようだ。場所を譲ったあおが視線を転じると、件の女性が意識を取り戻し身を起こしていた。彼女の体に被せた羽織の持ち主であるナディアが状況と経緯を説明すると、彼女はさっと青ざめる。
「わ、あ、どうしよう、は、早く支度──服はー!?」
「す、すぐお持ち致しますわ!」
「落ち着いて下さいましー。急ぐ時こそ焦りは禁物でございますのよー」
 寝台へ目を遣った彼女が狼狽え声をあげ、シグリッドが急ぎ衣類を退避させた洗面所へ回収に向かう。時計を確認する彼女の視線を追ったフラッタリーがおっとりと宥めに掛かった。
「時間とか行き先とか判ったら教えてな」
「あ、少々お待ち下さいましね、まだ少し……」
「……だろうねえ」
 揉める前にと台所へ退避していた男性陣は室内から洩れ聞こえてくる騒ぎに頷き、戦いの影響で荒れたであろう近隣の部屋を看にと腰を上げた。

「──なので最寄りの駅まで行けば良いそうなのじゃが、わしらで運んでやれば良いのではないかえ?」
「それだと髪とか大変な事にならない?」
 暫しの後。彼女から聞き出した予定を携帯電話越しに伝える無明丸の言にヴィルベルは、お薦めしかねると首を振った。彼女を連れて飛べる者には事欠かぬし地上が渋滞する可能性も考えられはしたが、候補の衣装はどちらもスカートだった筈、とキソラも難しい顔になる。
「ぬう。おなごは大変じゃのう……」
 若々しい少女の肌の持ち主が今ひとつ理解していない声で唸る。そもそも高い所怖いです、などと当事者の泣き声を、集音範囲を広げたマイクが拾っていた。
「取り敢えず時間指定してタクシー呼んどくな。ソッチも準備ヨロシク」
 適当な所で切り上げ終話する。が、間を置かず携帯電話は再度の着信を告げた。
「すまんな、男性の意見も聞かせて貰えないか」
 そう言ったナディアが再度マイクの範囲を広げる。わたくし大人っぽいのも良いと思いましてよ、無理にとは申せませんけれど、といった声は勧めているというよりは宥める色が濃い。当人のあまりの悩みぶりに、どちらへも推しきれずに居るようで。
「あー、オレは赤。好みがナンであれ、彼女の心意気を無碍にする相手じゃねぇだろ」
 彼女がこうまで悩むのだ、見合う度量を持つ者の為の筈、とキソラは事前に伝え聞いていた彼女の向上心を肯定した。
「そうだね。背伸びした方が距離も縮まるんじゃない、とでも」
 多様な意味を含む大人の意見は、未だ少女の域を脱しきれていないと思しき娘の耳に直接入れるのが憚られたか、ヴィルベルは声を潜めた。が。
「ああ、良いですわねぇー。高いヒールなどお召しになってー、お相手の腕に縋ってしまえば良いのではございませんー?」
 室内でそれを聞き取ったフラッタリーは何気ない調子で、か弱い所を見せて庇護欲その他をそそってしまえ、などと吹き込んでいた。
「人伝の話で申し訳ございませんがー、事に依っては更けて猶離れ難くも──」
「待った、それ以上は待ってくれフラッタリー」
 手伝いに鞄や小物を並べていたあおの耳を塞いだナディアが話を遮った。動けなくなった少女はされるがままに静止。歯切れ悪く眉を寄せる最年長の様子にシグリッドは首を傾げていて、無明丸は皆を見渡しきょとんとしていた。
「わわわわ私そんなつもりは……いえ、全く考えなかったわけでは……、けど」
 当の彼女は真っ赤になって俯いていた。
「……もし甲斐性無しだったなら、祟るのを手伝うくらいはしても良いが」
「だだだだ大丈夫、大丈夫です、あの人は笑ったりなんかしないでくれる筈ですもんっ」
 イミナの言に震えながらも拳を握った彼女が赤い衣装に手を伸ばしたのは、それからすぐの事で。
「次はお化粧ですわね!」
「うんと綺麗にして驚かせてやれ」
「普段なさらないのでしたらー、髪は結い上げるのも新鮮かとー」
 柔らかい色が集まる中に交ぜられた新品の赤い紅が目立つ化粧道具類が並ぶ隣に、少女らしい華やかな色を揃えたパレットが広げられ。
 女性同士の話を聞き過ぎる前に早々に通話を切った男性陣が急かさざるを得なくなり三度目の通信を試みるのはそれから十数分後の事。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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