日蝕の戦乙女

作者:真魚

●死の歌姫の元で
 さいたま市大宮区。冬の冷たい風は、扉開け放たれたコンサートホールの中まで流れ込んでいる。
 その内部に、本来いるはずの観客達は一人もおらず。
 喧噪の代わりに響き渡るのは、戦いの剣戟音だった。
「……ふん、なかなかしぶといじゃない」
 ギターを手にした黒髪の少女が、好戦的な笑みを浮かべながら言葉紡ぐ。
 対する暗橙色の髪の女性は、鋭い視線で少女を睨んだ。金の瞳の奥には、燃える感情が浮かんでいる。
「救いも容赦もなく、破壊するだけです」
 冷徹に、慇懃無礼に、響く声。彼女の背中で、赤黒い光の翼が大きく開く。
「ではこれで幕引き――いえ、凡俗な貴方にもわかるように言い直してあげましょう。――さっさとくたばれ」
 揮われるは、闇色の長大な槍。赤き亀裂は炎燃えるように、真っすぐ少女へと突き出され――しかし、その一撃はするり身を翻した少女に躱される。
「甘い、甘いわっ! さっさとくたばるのはあんたの方よ、ケルベロス!」
 高笑いと共に、少女がギターを振り上げる。風に躍るマント、その中に見える少女の胸部は白骨化していて――同じく骨でできたギターの鋭利な先端は、武装した女性の身体を容易に切り裂いた。
 生気を感じさせない白い肌に、紅い傷が刻まれる。
 そのまま倒れこんだ戦乙女を見下ろして、死神の少女は可笑しそうに笑った。
「さあ、もっとあたしの歌を聞きなさい! その命がチケット代よ!」
 爪弾くギター、その弦より生まれるは炎。朦朧とする意識の中、敗北を感じた女はそれでもうわごとのように声を零した。
 ――ああ、ああ、愛しい貴方。

●日蝕の戦乙女
「先の『王子様』との決戦で、行方不明になっていたオランジェット・カズラヴァ(日蝕の戦乙女・e24607)が見つかった」
 集まったケルベロス達を、ぐるり見回して。高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)が語るが、その表情は浮かないもので――不安げな顔する仲間見て、怜也はゆっくりと言葉を続ける。
「俺が『視た』オランジェットがいたのは、埼玉県さいたま市大宮区のコンサートホール。……ああ、知ってるやつもいるだろう。ミッションが発生していて、死神『ブラックパール』が観客を襲うのを阻止するため、お前達に戦ってもらっている場所だ」
 暴走したオランジェットはブラックパールと単身戦うが、敗北してしまう。それが、ヘリオライダーの予知である。なぜ、戦闘となったのかはわからない。暴走したケルベロスは、デウスエクスに対して無謀な戦いを挑むことが多いから、ミッション地域に突入することもあるだろうが。
「というわけで、今回はオランジェットの救出を頼む。今から向かってお前達が到着するのは、彼女が戦闘不能となった直後だ。まだ、命に別状はない。しかし救出が遅ければ、ブラックパールに殺されたり連れ去られたりするかもしれない。その前に、助け出してくれ」
 もちろん、ミッションはデウスエクスの侵略拠点だ、安易に向かえば返り討ちに遭う。そのため、同時にミッション破壊作戦も行うと、赤髪のヘリオライダーは語る。
 そして、男が取り出したのは七十センチほどの光る小型剣。
「これが、グラディウス。すでに作戦概要を知ってるやつもいるだろうが、俺が説明するのは初めてだしな。改めて、しっかり聞いてくれ」
 グラディウスは、通常の武器として使用できるものではない。その代わり、この剣の所持者は『強襲型魔空回廊』を視認することができ、破壊することすら可能となる。
「ミッションの破壊が成功すれば、デウスエクスの地上侵攻に大きな楔を打ち込むことができる。しかしグラディウスは一度使用すると、グラビティ・チェインを吸収して再び使用できるようになるまで、かなりの時間がかかる。一回一回が大事な作戦となるから、こっちもきっちりやってきてくれよ」
 くるり、グラディウスを手の中で器用に回して見せて。怜也は頷くケルベロス達を頼もしく見ながら、大宮区の地図を広げた。
「さて、目的地はここ。強襲型魔空回廊があるところはミッション地域の中枢だからな、通常の方法で近付くのは難しい。だから今回は、俺のヘリオンを利用して高空からの降下作戦を行う」
 強襲型魔空回廊の周囲は、半径三十メートル程度のドーム型のバリアで囲われいる。このバリアにグラディウスを触れさせれば強襲型魔空回廊を攻撃できるので、高空からの降下であっても、ケルベロス達であれば十分に攻撃が可能だ。
「八人のケルベロスが、グラビティを極限まで高めた状態でグラディウスを使用し、強襲型魔空回廊に攻撃を集中すれば、一撃で破壊することだって不可能じゃない。今回だめでも攻撃のダメージは蓄積するから、今後も作戦を続けることでいずれ破壊することができるはずだ」
 強襲型魔空回廊の周囲には、強力な護衛戦力が存在するが、高高度からの降下作戦を防ぐことは彼らにはできない。
 また、グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させ、グラディウスを所持している者以外に無差別に襲い掛かる。これもまた、護衛部隊に防ぐ手段はない。彼らが混乱から立て直す前に、素早く撤退を行う。グラディウスは貴重な武器、無事に持ち帰ることもまた、ミッション破壊作戦では重要となってくる。
「だが、グラディウスの攻撃の余波でも敵を完全に無力化することはできない。他の雑魚はなんとかなるが……ブラックパールとは、戦闘になるだろう」
 雷光と爆炎に、混乱する敵。その隙に、ブラックパールの側に倒れているオランジェットを救出することは可能だろう。その後、ブラックパールとは戦闘になる。周囲の敵が態勢を整える前に、この強敵を倒し、素早く撤退する。それが今回の作戦になると、語って赤髪のヘリオライダーは小さく息を吐き出した。
「いいか、大事なのは短期決戦。時間をかけすぎるような作戦は採らないようにしてくれ。もし、時間がかかりすぎて脱出前に敵の態勢が整ってしまったら、降伏するか暴走して撤退するかしか手がなくなっちまう。……暴走したやつを救出しに行って、また暴走するやつが出るとか。そんな笑えない展開はなしにしてくれよ」
 言葉紡いで、にやり笑って。ケルベロス達一人一人にグラディウスを手渡すと、怜也はヘリオンの扉を勢いよく開いた。
「さあ、行くぞ! 仲間の救出と、ミッション破壊。やることは多いが、お前達なら絶対できる! そして、無事に皆で帰ってこい!」
 最後の言葉は、願い篭めるように。そして頭下げたヘリオライダーは、内部へ駆け込むケルベロス達へいってらっしゃいと声かけたのだった。


参加者
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
ソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
フィーユ・アルプトラオム(禁忌の血を解放つ少女・e27101)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)

■リプレイ

●想いで穿て
 乾いた風が吹き荒れる、さいたま市大宮区の上空。ケルベロス達は、地上に展開された強襲型魔空回廊目指してヘリオンより飛び降りる。
 眼下に広がる、広範囲のバリア。それを睨みながら、巫・縁(魂の亡失者・e01047)はグラディウスを構えた。
(「私がここに来た理由は決まっている。助ける為だ、他でもない大事な人を」)
 先の赤の女王との戦い、戦線離脱を余儀なくされた彼が恋人の暴走を知ったのは、戦い終わった後のこと。その時から、迎えに行くと決めていた。
 風はらむ黒衣の上で、小ぶりのメダリオンが強く輝く。一年前に彼女くれたそれにそっと触れてから、縁はグラディウス握りしめ声張り上げた。
「あの時私が弱かったから暴走させてしまった、独りにさせてしまった。だからこそ、待ち望んでいたこの地に来た! ここで私が行かなくて何時行けと言うのだ! もう二度と大事な人の手を離してたまるものか! その為にも貴様らという存在は邪魔なのだよ! 待ってろ、今助ける! グラディウス、力を貸せ!」
 縁の声に応えるように、グラディウスが熱を持つ。
 彼の決意を耳に、神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)もその紫色の瞳を地上へ向けた。
 この作戦へ参加する前、赤の女王の報告書を読んだ。そのきっかけは些細なものだったけれど、その内容は切ない気持ちを抱かせて。助けなきゃ、そう思えばいてもたってもいられなくて、彼は今ここにいる。
 少しでも力になりたい。そんな想いを、彼は短い言葉に篭めて叫んだ。
「さっさとどきな!」
 瑞樹の声を後押しするように、そして縁に寄り添うように。フィーユ・アルプトラオム(禁忌の血を解放つ少女・e27101)も、桃色の髪を風に流しながら落下していく。彼女の表情は、いつになく険しい。
(「パパには絶対悲しい思いはさせたく無いですの……私の命を投げ捨ててでも絶対に助けて見せますわ!!」)
 行方不明だったママも、パパと同じくらい大切。ならば、救うのは絶対。そして、ママを痛めつけた者にはそれ相応の代償を支払ってもらう。
「手の込んだ邪魔をしますわね……ママを救出する為にもその程度の障害は壊させて頂きますわよ!! グラディウスよ私に力を貸しなさい!! この一撃で終わらせて見せますわ!!」
 少女の叫び、グラディウスを強く強く握りしめる手には憎しみが溢れ。
 そんなフィーユに続けて降下するのは、旅団『銀の腕』の仲間達だった。
「死神め、さいたまの民だけでなくオランジェット殿まで弄ってくれるとは……許さん」
 ぎり、とグラディウス握りしめて。クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)は、その切っ先をバリアへ向けながら高らかに叫ぶ。
「我は巨獣! このさいたまの地を死神の魔の手より解放し、我らの、掛け替えの無い仲間を救うべく参上した緋の巨獣なり!」
 緋色の衣と髪、金の瞳は燃えるように。名乗り通りの迫力で、彼女は刃を構える。
 続けて、グラディウスを突き出したのはロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)だ。
(「ランジェちゃんを助けるのは当然だけど、こっちもケリつけて帰ろうか」)
 常にデウスエクスに襲われる危険のある世界だからこそ、コンサートホールのような文化的な場所は大切。そこを占拠している死神のことを、ロベリアは見逃せないと思っていた。
 歌姫気取りに観客を蔑ろにする役者は三流以下。そう死神に教え込んでやろうと、ロベリアは口開く。
「そこはお前が居ていい場所じゃ無いよ! さっさと場所を空けてもらう!」
 仲間を助け、ミッションを破壊するため。決意固く挑む仲間達に、ソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)はそっと微笑む。
(「そうよ、ランジェちゃんを助けてあげないとね」)
 オランジェットとは、かつて夢喰いの依頼で知り合った。あれは確か彼女にとっての初依頼で、その後縁の繋がる機会はなかったけれど――一般人を守り、味方を癒す彼女の姿を思い出せば、誰かを助けたい気持ちが故に間違えてああなったのだと想像できる。
 優しい彼女を、救いたい。敵に余計なことはさせない。想い胸に、ソフィアもまたグラディウスを握りしめて。
「コンサートの押し売りとか、売れないバンドだってやらないでしょうに。さっさとこの場所を返してもらうわ」
 告げる言葉、伸ばす腕。
 それに合わせるように、ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)も降下しながらグラディウスを振り上げる。
「面倒な時期に面倒なところで面倒なことしてくれたおかげで余計なリスク背負ったじゃないか! 憂さ晴らしさせてもらう」
 それがどこへ向けられた言葉か、彼女は口にしない。けれど篭められた感情は確かに強く、グラディウスが反応する。
 続けて、豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)も刃を向ける。此度の作戦は、あくまで人質救出が主。けれどミッション破壊も、手抜きはできない。
「人と道が行き交う交通の要、大宮の地を、再び我らの手に! 人々を死で支配せんとする冥府の歌姫から、今こそ……この地と捕らわれの姫君を取り戻すとき! 命を弄ぶ死神を地獄へ追い落とさん! 進め猟犬!」
 その叫びは、仲間達を鼓舞するように。ケルベロス達が切っ先向けたグラディウスは、降下の勢い乗せたままに強襲型魔空回廊のバリアへと接触した。
 瞬間、弾ける雷光、膨れ広がる爆炎。
 その光の中、彼らはコンサートホールへと着地する。
 ――そして顔を上げれば、そこには驚いた様子のブラックパールと、倒れ伏すオランジェットの姿があった。

●死神と戦乙女
「ケルベロス……!?」
 驚嘆の声上げるブラックパールを見るやいなや、縁とフィーユが地を蹴る。目指すは、ブラックパールの足元に倒れたオランジェット。
 その狙いに遅れて気付いた死神が、慌ててギターを構える。けれど、それを阻止せんと瑞樹が虹纏う飛び蹴り喰らわせ敵の動きを止める。
「くっ……!」
 声を漏らし、仰け反るブラックパール。その隙に、縁はオランジェットを優しく抱きかかえた。彼女の顔を見る。暴走により姿は変わっているけれど、確かに大切なひとの顔。その無事に僅かに安堵の笑み浮かべ、今度は退避しようと駆け出す。
 そんな縁とフィーユとすれ違いに、ロベリアの放った竜砲弾が奔り敵へ迫る。
「今いい場面なんだ、邪魔しないでよね」
 笑み見せ言葉紡ぐ彼女の腰で、光るは銀の懐中時計。
 そこに刻まれしエンブレムは絆の証で、同じ心を胸に宿したクオンがブラックパールへ肉薄する。
 最中、一瞬だけ縁の腕中のオランジェットへ視線向けて。緋色の少女は、暴走した姿の仲間へ僅かに瞳伏せる。
(「敵を打ち倒し巫殿を護る為……この姿に、か。それはそれで已む無し、だ。ならば後は戻るだけ」)
 ――同じ旅団の仲間として、貴方の物語を、悲劇の物語として完結させる訳には行かない。
 思い向けるは、刹那の出来事。その間にもクオンはブラックパールとの距離を一気に詰めて、真正面へと迫っていた。
「さあ彼女を返して貰うぞ」
 巨獣の如き威圧感を見せながら、緋色のオーラ纏う拳を死神へと叩き込む。近距離の一撃は音速を超える速さで繰り出され、その衝撃にブラックパールの体は後方へと吹き飛んだ。
 更に攻撃重ねようと、ミスルが腕の攻性植物を蔓触手形態へと変化させる。自在に伸びるその蔓は、死神の足へと伸びてその動きを鈍らせた。
「この……っ!」
 畳みかける攻撃に抗おうと、死神の少女はギターを振り上げる。鋭利な部分で叩き切ろうと揮われた一撃の狙いは瑞樹へと――しかしその攻撃は、ロベリアのビハインド、イリスが割込み受け止めた。
「なっ……!」
 虚をつく襲撃、続けての攻撃、敵はまだ浮足立っている。その隙をつくように、姶玖亜は『フォーリングスター』の銃口を死神の足元へ向ける。
「さあ、踊ってくれないかい? と言っても、踊るのはキミだけだけどね!」
 言葉と共に、撃ち込まれる銃弾は絶え間なく。止まぬ銃撃に、ブラックパールは慌てて足掻き逃げ惑う。その様は確かに一人踊っているようで――その隙に、縁とフィーユは無事後方まで移動していた。
「頼んだぞ、義娘よ」
「はい、パパ」
 交わす言葉は短くとも、二人の気持ちは通じている。
 身動きとれぬ状態で、それでも視線は縁を追うオランジェット。そんな彼女に、言いたいことは山ほどある。けれど今はその時ではないから、縁は戦線に復帰するため背を向ける。
 フィーユもまた、オランジェットを守るように敵との間に立ち塞がった。此度の暴走、何も咎めようとは思わない。ただ彼女が願うのは、早く戻ってママの笑顔を見ることだけだ。
 決意固く『Magica Fencer』握りしめるフィーユの横では、縁のオルトロス、アマツも静かに闘志に燃えていた。彼にとっても、いつもご飯をくれるオランジェットは絶対に助けたいひと。その瞳で敵を睨みつけ、白き霊犬はブラックパールの体を炎で包み込んだ。
 救出という、第一目標は達成できた。安堵しながら、姶玖亜は強襲型魔空回廊の様子をちらり確認する。
「どうやら、破壊には一歩足りなかったようだね」
「残念ながら、そうみたいだな」
 頷き返すは瑞樹、使用後のグラディウスをベルトにしっかり挟んで、彼は仲間のグラディウスの無事をも確認する。
 ――さあ、後は目前の敵を倒して離脱するだけ。
 ケルベロス達の視線が注がれる中、やっと態勢を立て直しつつあるブラックパールは、不敵な笑み浮かべてギターをギュインと爪弾いた。
「ふん、もうちょっとでその子の命をもらえそうだったのに。まあいいわ、観客が一人じゃつまらないと思ってたのよ」
 言葉と共に、死神の赤き瞳が敵意に染まる。けれどそれにも構わず、ソフィアは時間を凍結する弾丸を発射した。
 炸裂するグラビティ、嗤う死神。彼らの力と力がぶつかり合う戦場は、ここに整ったのだった。

●全ての力で
 目指すは短期決戦。ケルベロス達の戦法は、まさに目的と手段の一貫したものだった。
 瑞樹の与え続けた怒りの効果で、死神の攻撃の半分は彼に向かう。更にそれを守り手の一人と二体が庇えば、十分にダメージの分散が可能だった。
 ダメージをコントロールし、その間に狙撃手が敵を確実に撃ち、攻め手達の命中精度を上げる手助けとなる。
 完璧な作戦を前に、ブラックパールは次第に圧倒されていく。
「ふ、ふんっ! なかなかやるじゃない!」
 それでも、言葉は強気なままに。死神の少女は、ギター爪弾き炎を生み出す。広がる炎が狙うは後方のケルベロス――しかし縁と、ロベリアのミミックであるヒガシバが駆けてその身で庇い、被害を最小限に留める。
 重ねて癒し手であるミスルが前衛に花びらのオーラを降らせ、フィーユが自身の腕を傷つけ血の力を開放する。
「私の薔薇よ咲き誇りなさい!」
 凛と響く声、生まれるは大量の真紅の薔薇。優しくも気高き香りと姿は、後方の仲間達の傷も炎も消し去っていく。
 手厚い癒し、だから攻め手は多少の無茶だってできる。支えてくれる仲間達に感謝しつつ、瑞樹は敵上空目掛けて跳躍した。
「天翔ける竜の如く!」
 急降下、その足に纏うは雷撃。その蹴りはブラックパールの脳天へと叩き込まれ、高威力の一撃に少女の体が揺れる。血を流し歯噛みする死神を前に、ケルベロス達の攻勢は止まらない。
 敵を真っすぐ見据えるソフィアの赤き翼が、聖なる光を放つ。
「さあ、あなたの罪を数えなさい」
 鋭き声は、かつての調停者のように。収束された光は全てブラックパールへと注がれて、罪を灼く攻撃に敵は思わず声上げた。
「罪、ですって……! あたしの崇高な歌が理解できない、あんたになんか!」
 非難の声、それにもソフィアは笑うと、罪の重さを決めるのは結局裁く側なのだと涼やかに語った。
 更に何か反抗しようする死神だが、それはさせぬと姶玖亜の星持つリボルバー銃が銃撃の雨を降らせる。しつこいわね、と避けようとするブラックパールへ、ロベリアは両腕を真っすぐ向けて。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 声を合図にするように、彼女の腕の地獄が無数の刃へと変形していく。巻き起こる剣風、それに乗せて敵に迫る刃達は舞い散る花のように。傷口蝕む地獄の一撃に、死神は短い悲鳴を上げることしかできない。
 痛みに震える、少女へさらに畳みかけようと。武器構え身を低くするのは、クオンだ。
「今だ! くらえっ!」
 腰落として勢い溜めて、弾けるように駆け出して。武器を投げ捨てブラックパール目掛け突撃する姿は、巨獣の如き荒々しさで敵も戦場も蹂躙していく。
 苛烈な攻撃、動けなくなる死神。そのダメージを見て取って、クオンは声を張り上げた。
「巫殿!」
 今こそ、とどめを。促す仲間に頷いて、縁は『斬機神刀『牙龍天誓』』を静かに構える。
「凡俗な貴様にもわかるよう再度言ってやろう。――さっさとくたばれ、とな!」
 咲き乱れよ、百華龍嵐。言葉と共に振るわれる鞘は、圧倒的な力で少女の体を大地ごと打ち割る。その一撃に死神の血飛沫が戦場を華のように彩って――間髪を入れず鞘振り上げれば、少女の体が天へと打ち上げられる。
「くっ……そん、な」
 無念の声、手放すギター。その言葉を最期に、ブラックパールの体は地に落ちる前に掻き消えた。

●おかえり
 戦い終えた、安堵の中。フィーユはオランジェットに泣きすがり、彼女の帰りを喜ぶ。
 そんな義娘の頭を、優しく撫でて。縁は恋人をお姫様抱っこすると、その耳に囁いた。
「お帰り、だ」
 その声に、ぬくもりに、オランジェットは落ち着いたように瞳を閉じる。ヒールするのは、撤退の後に。暴走の理由を知った縁は、怒ることも説教することもないだろう。
「言いたいことは山ほどある人も居るだろうけど、そいつは帰りのヘリオンの中でもいいさ」
 せっかく救出したのに、帰れなくなったら笑えない。そう語って姶玖亜は、仲間達に撤退を促す。それに同意する瑞樹とロベリアも、この後の再会の時間はそっと見守ろうと心に決めて。
「さあ戦いは終わりだオランジェット殿。皆の元へ、彼の元へ帰るとしよう」
 皆、待っているから。クオンの声掛けに周囲が頷く中、ソフィアはオランジェットへ険しい表情を向ける。
「さて、暴走して心配させた報いを受けないとね」
 そう語りながら、ぽんと叩くは縁とフィーユの肩。
 ――罪の重さは、裁く側が決めるものなのよ。
「でも、子供を泣かせるようなことはしちゃダメよ」
 そういたずらに笑った彼女に、恋人と義娘がつられるように微笑む。そして彼らは、コンサートホール出口目掛けて駆け出した。

 大切なひとを抱きかかえ、周囲のケルベロスに支えられ。
 こうして彼らは、誰一人欠けることなくオランジェットの救出に成功したのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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