悪意の鉄拳

作者:青葉桂都

●不満をぶつける男
 もう日も完全に沈み、暗くなった学校から打撃音が響いていた。
 音の源は、戸口に『拳闘部』という看板がかけられた建物。
 中では、体格のいい部員が、ひたすらサンドバッグを叩いている。
「……くそっ、なんだってあいつが主将に選ばれたんだ。俺より弱いくせにっ。くそっ、この野郎!」
 ぶつぶつと不平を呟きながら、ひたすらにサンドバッグを叩く。
「ちくしょう、サンドバッグなんか殴ったって気が晴れやしねえじゃねえか、あの嘘つき主将め。やっぱり人間を殴らねえと……」
 ベンチにかけていたスポーツタオルで乱暴に汗を拭く。そばには『武内鉄男』という名前がマジックで書かれたバッグが置いてあった。
「ナトリもそう思うな。せっかく鍛えてるのに、あんなの殴ってるなんてもったいないよ」
 独り言に応えが返ってきて、彼は思わず振り向いた。
 そこにいたのは、黄色い髪をして、黄色の薄布だけをまとった少女。
「背も高いし、腕だってこんなに太いし。お兄ちゃんはとっても素敵だよ」
 ナトリが微笑むと、鉄男の身体が黄色い炎に包まれる。
 そして、ほどなく彼は炎の中から姿を現した。
 ……いや、最早彼は先ほどまで存在していた武内鉄男ではない。
 頭部は天井まで届くほどで、彼の体より大きかったサンドバッグが小さく見えた。
 軽くそれを叩いただけで、固定していた鎖が千切れ、打撃痕のあたりから空中に砂が飛び散る。
「体の調子はどう? 大丈夫だよね? それじゃ、グラビティ・チェインを集めてきて。お兄ちゃんならたくさん集められるって、ナトリは信じてるからね」
「ククク……俺を選ぶとは、あんた見る目があるぜぇ……。ナトリ様、みんな殴り殺してやるから、期待しててくれよなぁーっ!」
 少女に向かって答えると、今やエインヘリアルと化した鉄男は、猛然と扉に向かう。
 軽いジャブで扉を砕くと、彼は部室を飛び出した。

●ボクシングジム襲撃事件
「どうやら、エインヘリアルがボクシングジムに挑戦するらしいぜ」
 八代・社(ヴァンガード・e00037)は集まったケルベロスたちへと告げた。
 有力なシャイターンが、最近活動している。
 彼女たちは『死者の泉』の力を操り、炎で焼き尽くした男性をその場でエインヘリアルにできるらしい。
「現れたエインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇した状態で、人間を殺してチェインを奪おうとするようだ」
 今回、エインヘリアルになるのは高校のボクシング部員らしい。
「変化したそいつは、部室を飛び出したその足で、近くにあるボクシングジムに道場破りをしかけるってわけだ。選ばれたこの俺に挑戦させてやるとか、戯言を吐いてな」
 社の顔に嘲りの表情が浮かんだ。
「ボクサーとしての本能がそうさせた……と言えば少しはロマンがあるのかもしれんが、まあジムが明るくて目立ってるのが狙われた理由だな」
 ジムにいた者たちを皆殺しにした後は、さらに周辺の建物を順に襲っていく。
 そうなる前に、止める必要があると社は告げた。
 ヘリオンで急行すれば、敵がジムにたどり着くのと同じくらいのタイミングで現場に到着できるはずだ。
 社の後ろに控えていたドラゴニアンのヘリオライダーが、敵についての説明を始めた。
「今回遭遇する敵は、エインヘリアルが1体だけです。彼を生み出したシャイターンはすぐに姿を消すようです」
 エインヘリアルの攻撃手段は格闘、それも主に拳によるものだ。
 まずはマシンガンのような激しい連続ジャブ。これは範囲を制圧し、敵の足を止める与える効果がある。ちなみに衝撃波で遠距離まで届く。
 また、相手の攻撃に合わせて放つカウンターで、武器を封じつつ攻撃することもある。
「そして強力なストレートパンチも隠し持っています。コンビネーションパンチで追撃もでき、体力のない方なら当たり所が悪いと一撃で倒されるほどの威力があります」
 ただし大振りで当たりにくい攻撃であるため、ある程度体力が減って追い詰められるまでは使いたがらないそうだ。
 戦場となるボクシングジムは数人の一般人がいる。ただ、事前に避難させるとエインヘリアルは他の場所で暴れようとするかもしれない。
 敵は自己顕示欲が強く、自分が選ばれた人間だと思っているので、うまく挑発してケルベロスを先に狙うように仕向けるといいだろう。
「ま、結局は自分より弱い相手にしかイキがれないチンピラまがいのデウスエクスだ。せいぜい身の程を知ってもらうとしようぜ」
 ニヒルに笑って、社は最後にそう告げた。


参加者
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
篁・メノウ(紫天の華・e00903)
リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)

■リプレイ

●選別された者
 夜の空気はだいぶ冷たくなっていたが、走るケルベロスたちの動きが気温程度に左右されることはなかった。
「……今まで失敗ばかりだったのに……」
 ボクスドラゴンを連れた神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)が走りながらふと、呟いた。
「ついに選別を成功させるシャイターンが……」
 鈴のついた青いリボンを揺らしながら、少女は目を伏せる。
「余計なことしてくれちゃってるよねー、鈴ちゃん。でもさ、まずは目の前の問題を片付けなくちゃね」
 黒衣の少年が笑顔で鈴に声をかけた。
 一見すると軽薄そうなルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)だが、やるべきことはやる男だ。
「ムカつくよね。自分が強いからって、それで人の上に立てると思う奴って」
 リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)の吐き捨てるような声が、薄暗い町に響いた。
「社くんみたいな人を見てるから、なおさらね」
 この場にはいないものの、今回の事件を調査した仲間の名を彼女は口に出した。
「そうね。リナリアちゃんの言うとおりだと思うわ」
 ふわふわとした巻き毛の鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は、灰色の瞳に辛辣な光を宿している。
 纏もまた、彼とは普段から付き合いのある間柄だ。
 2人をはじめ、その人物が店主を務めるカフェにしてサルーン『フィフス・ムーン』に出入りする者が今回のメンバーで半数以上を占めていた。
「社さんがとんな人かはよく知らないけど、ムカつくのはわかるよ。ううん、残念って言うほうが近いかな」
 二人の会話に篁・メノウ(紫天の華・e00903)もまた、ツインテールにした髪を元気に揺らして同意の声を上げた。
 明かりの漏れているジムが前方に見えてきた。
 扉を殴り壊した巨体が建物に入っていくのを確かめ、ケルベロスたちは速度を上げる。
「さぁて、マスターの代わりの私らがアイツをぶん殴ってきちゃるわ!」
 霊力を宿した木刀を一振りして、蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)が加速する。
 他のケルベロスたちも、急ぎジムへと接近していった。
 建物の前で眼鏡をかけると、リナリアの表情が真剣なものへ変わった。
 壊れた扉の向こうでエインヘリアルがジムのボクサーたちに挑戦しているようだ。
 三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)が攻撃を仕掛けようと身構えた瞬間、敵が振りむいた。
 さすがに不意を打たせてはくれないらしい。
「そこの大きくてノロマそうな男子、何してるの? みみっちい事してるの?」
 藍色の髪をした少女の挑発に、敵が怒りの表情を見せる。
「なんだぁ、このガキィ……でけぇ口叩きやがってよぉ。俺に挑戦してぇんだったら、受けてやるぜぇーっ!」
 威圧的に怒鳴るが、るむケルベロスなどいるはずもない。
「ならば挑戦させてもらおう……弱者を蹴るのは好きじゃないが、仕方ない」
 ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)の言葉にエインヘリアルは一声吠えて、そして拳を振り上げた。

●破壊する拳
 エインヘリアルの左拳が機関銃のごとくケルベロスたちに襲いかかる。
 襲いかかる拳から、リナリアのサーヴァントであるミミックの椅子が纏を守った。
「とにかくサンドバッグになってでもみんなを守り抜きなさい!」
 カラフルな爆発を起こしながら、リナリアが椅子へと命じた。
「見たか! これが俺の力だ!」
 衝撃で後退させられたケルベロスたちへ、敵が吠える。
 纏は笑う彼の姿を見据え、椅子の横を抜ける。
「御機嫌よう、あなた。人の器に納まらぬ力を手に入れた体は如何?」
 言葉に含まれた剣呑な空気を、果たして感じ取るほどの知能が敵に残っているのか。
「最高に決まってるだろぉぉーっ! なにもかもが小さく見えるんだぜぇっ!」
「気分が良い? それは結構。でも困ったわ、はしゃいでる所申し訳無いのだけれど、わたし、あなたにぴったりの言葉を知っているの」
 可愛らしく首をかしげて見せる。
「――弱い犬程、よく吠える。ってね!」
 言葉と共に放ったのは、切り裂くような鋭い蹴り。
 3mを超すであろうエインヘリアルのみぞおちへとつま先が食い込む。
 手ごたえはあったが、敵は微動だにせず拳を振りかざす。
「もー頭が悪い男子はすぐ手が出るー」
 嘲るような言葉と共に、いさなが如意棒で拳を払いつつ敵を打った。
「貰い物の力がそれほど誇らしいか。所詮は他者から与えられた力で図に乗っているだけの雑魚だな」
 ルチルが斧を敵の頭部へと振り下ろし、彼女のミミックであるルービィが続いて敵の脚に噛みついた。
 エインヘリアルの意識は、対峙している4人に注がれているようだ。
 残る4人が一般人たちのほうへ向かっていることなど、気にしていない。
「みんな、デウスエクスの攻撃に巻き込まれないように、すぐに逃げてよ!」
「ケガしてる人はいる? いるなら、誰かおぶってあげてね!」
 メノウやルアの呼びかけに頷き、ジムにいた人々が壁際を伝って戸口に向かう。
「安心しなよ。あいつは私たちが片付けるから、追って来やしない」
 カイリも誘導を手伝っていた。
 薄闇の中、オラトリオの翼で羽ばたく鈴の姿がランプの明かりに照らされていた。
「この明かりについてきてください。安全な場所まで誘導します」
 少女を追って、人々がジムから離れていく。
 だが、一般人たちが逃げていく間にも、エインヘリアルの攻撃は続いていた。
 リナリアは自分の動きに合わせて繰り出される拳から身を守る。痛烈な衝撃が彼女の体を走り抜けた。
「自分が一番強い。強いから自分がトップだ。そんな幻想を抱いてる輩っているよね」
 敵の顔をリナリアは見上げた。
 眼鏡越しに見える男の顔は、手に入れた強大な力に酔っているように見える。
「強いってのはそんな安いものじゃないのよ。例えば、うちの旅団の団長ね。彼は強い――けど強いだけじゃない。皆の中心になる優しさや厳しさを兼ね備えてる」
 生命の源泉たる血液の色をイメージする。
「だからね。バカみたいな幻想は彼の代わりに打ち砕かせてもらうよ」
 周囲に具象化されるのは、血の色をした結界。もっとも、打ち砕かせてもらうと言いつつ、それは攻撃のために作り出したものではない。
 イメージにより強固に構築した結界が、リナリアの受けたダメージを治癒していた。
 さらにルチルもリナリアへと視線を合わせてくる。
「思考を染めよ。わたしの言葉だけが今のお前の真実だ」
 目の光を介して送り込まれる情報が、体の不調を上書きしてくれた。
 仲間たちが一般人を避難させるのにかかった時間はせいぜい数分といったところか。
 とはいえ、エインヘリアルの攻撃を受けながらの数分は短くなかった。
 メノウは他の仲間たちよりも少し早く、戦闘に戻った。
 少女が舞うと、黒と銀の光が茶色いツインテールと共に踊る。
「清き風、吹き荒れろ! ――回復術、”青嵐”!」
 舞はやがて風を呼び、グラビティをはらんで吹き荒れた。
 前衛で敵と対峙する者たちの周囲を包み、風は邪悪なる力を削ぐ盾となる。
 回復しながら、彼女は前衛の仲間たちがの負傷を確かめていた。
(「ホントはあたしも拳で勝負したいけど……回復は大事だもんね」)
 武術道場の娘としての想いが心に浮かび、しかしメノウはすぐにそれを打ち消した。
 己が想いにかまけて役目をおろそかにするのようでは、力に溺れる相手を笑えない。力に酔っているだけのあの化け物と同じだ。
「残念だね、くすぶってた頃のほうが、よほど強かったろうに」
 呟いた少女は、メス代わりに刀を仲間へと向けた。
 他の仲間たちも、メノウからそう遅れずに戻ってきた。
 ルアは移動していくボクサーたちを見送ると、戦場を振り向く。
 カイリが距離を詰めながら一般人を遠ざける殺気を放った。
 暴れまわる敵へ、ルアは得物を構えた。
「今のアンタ見てれば、なんで選ばれなかったのがわかるよ。腕っぷしの強さだけじゃ、主将は務まらないんじゃない?」
 攻撃が最大の効果を発揮するタイミングをうかがいながら、彼は声をかける。
「それがわからないまんまなら、ずっと主将にはなれないよ」
「ふん、主将か。なりたかったらしいなぁ、俺は」
 彼は鼻で笑った。
「もうどうでもいいさ。もっとすげぇもんに選ばれたんだからなぁーっ!」
 ジャブの連打がルアといさなに襲いかかるが、ルービィとリナリアがかばう。
 シャイターンに選ばれるより、部活の仲間に選ばれることのほうが価値があるはずなのに、もう彼にはわからないのだ。
「バカなこと吹き込まれて調子に乗っちゃったんだろうけど、もうオシマイだよ! ちゃんと反省してよね!」
 まずは動きを止めなければならない。
 抜きはなった日本刀が弧を描いて、エインヘリアルの急所を切り裂いていた。
 ランプで人々を誘導していた鈴も、戻ってくると天を翔るかのごとき蹴りで、敵の動きを重力で縛る。
 再びエインヘリアルの咆哮が響くが、まだその巨体が倒れる様子はなかった。

●砕ける拳
 8人全員がそろって繰り出す攻撃を食らい……時折かわしながら、エインヘリアルは拳を激しいジャブを繰り出していた。
 素早く動くその太い腕を、大きく振りかぶる。
 ルチルはとっさに、纏の前に飛び出す。
 予備動作の大きさ故に、致命的な場所に当たるのはどうにか避けた。
 それでも痛烈な衝撃が、彼女の存在証明たるオーラを越えてルチルの体を打つ。
「ようやく少しは本気を出したと言うところか。だが、私は立っているぞ。まだ甘く見ているのなら、それがお前の敗因となるだろう」
「ちくしょう……なんで倒れねぇ!」
 あざけるような言葉を投げかけるが、けして油断できる相手ではないことを、ルチルはちゃんとわかっていた。
(「むしろ……下手な当たり方をすれば一撃で倒れてもおかしくはないな」)
 それでも、彼女は最後まで仲間の盾として立ち続けるつもりだった。
 痛みを顔に出さぬようにこらえるルチルの横を抜け、仲間たちが攻撃を加える。
 雷をまとったカイリの木刀が雷の速度で貫いたかと思うと、纏が降魔の力を宿した拳で敵の体力を奪い取る。
 天翼の指輪から生み出した剣で敵にプレッシャーをかけたところに、ルアが指にはめた輪ゴムで狙いをつけた。
「俺も当たったことあるけど、地味に痛いんだよね~。今度はアンタに当ててあげるね♪」
 グラビティを乗せた輪ゴムをぶつけると、苦痛のうめきをあけまてエインヘリアルの動きがさらに鈍る。
 その間に、リナリアの血の色の結界とメノウの心霊手術、リュガのインストールする属性がルチルを癒してくれた。
「この程度で強いとか言っちゃうの? 女子一人も倒せないのに?」
 子供向けのスニーカーに見える靴でいさなが重力を操った重い蹴りを放つ。
 動きを止めたところに、渾身の力を込めてルチルは蹴りを放ち、答えを教えてやった。
「お前は強い、だが我々はその更に上にいた。それだけだ」
 高速の演算から叩きつけた一撃は鋼のような肉の鎧を打ち砕く。
 大振りの攻撃は読みやすいが、エインヘリアルは拳の早さで攻撃を無理矢理当ててきていた。
 高速の拳がカイリを狙うが、椅子が代わりに受けて転がった。
「やってくれたわね……。速さ勝負ならねぇ、私にだってプライドがあるのよ! さあ……限界までギアを飛ばしていくわよ!」
 カイリは敵を翻弄するかのように自身の速度を上げた。
「我が身模するは神の雷ッ! 白光にッ、飲み込まれろぉッ!」
 周囲を駆け巡りながらも、カイリが攻撃をしかけたのはあえて正面。自身の体を霊子分解し、創世の雷を呼び起こす。
 霊力を帯びるほどに振り続けた木刀が雷そのものとなった。
 一閃が敵を引き裂く……だが、攻撃は終わりではない。カイリのは攻撃を呼び水として、仲間たちが立て続けに仕掛けたのだ。
 左側からルチル、右側からいさな、少女たちが軽々と振り回す斧が連続で敵を捉える。
 3人の攻撃の間に、纏の準備が整っていた。
「届かせるわ。届くと信じたもの」
 彼女が攻撃と共に放っていた魔力の波はすでにエインヘリアルに浸透している。
 そして、敵の体が内部から炸裂した。
「身の程はお分かり頂けたかしら、駄犬」
 爆発の中から、ボロボロになった敵が現れた。
 カイリたちの連続攻撃で、限界は間近だ。
「この……やりやがったなぁぁっ!」
「自分の力がわかってないから、そんなんだから弱いんだ」
 いさなは怒りのままに吠える敵へ、横合いから声をかけた。
 メノウたちは回復を確実に続けていたが、それでもなおルチルやリナリアにはもうストレートパンチを受ける余裕がなかった。
 反射的にエインヘリアルは彼女へと拳を向ける。
 大振りのその動きと、鈍らせ続けていた動きと、攻撃をかわしやすい距離を取っていたことがあわさって――拳は斧で受け流され、藍色の髪を一房契取っただけに終わった。
「よっと、遅いねー弱いんだねー」
 二度はかわせないと感じつつも、いさなは余裕だったかのように声をかける。
「努力に唾を吐いて逃げた人間はね、救えないんだ。ごめんね」
 幾度目か雄叫びを上げる彼に、もう時間は残されていなかった。
 2つのスイッチをリナリアが押して敵を爆破する。
 鈴は敵が体勢を立て直す前に、遠距離から一気に接近した。
「エインヘリアルにさえされなければ主将さんと仲直りもできたかもしれないのに……」
 ありえたかもしれない未来に想いをはせながら、天使の少女は狼の闘気を纏う。
「……せめて、同じ拳で引導を渡してあげたいと思います。お父さんの奥義で」
 巫術の力が少女の拳に眩い狼のエネルギー体をまとわせる。
 オラトリオの翼を広げた鈴は、拳に宿る神狼が導くままに突き進む。
 光の矢となった拳が、胸板を貫いた。
「認められたかったんですよね、自分の強さを……」
 自分も同じだったからこそ、鈴にはわかるような気がした。彼女もまた……まだケルベロスではなかった頃、父に認められていた弟がうらやましかったから。
「お休みなさい。強かったですよ、武内鉄男さん……」
 拳を握る少女の背後で、巨体が輝きの中に消えていった。
「救えないんだよね……誰か、この人の家族に報告に行く人はいるかな?」
 メノウが仲間たちに問いかける。
 もしいるならばつきあうつもりだと言いながら、見る影もなく壊れてしまったジムに彼女はヒールをかけ始める。
「余計な事してくれちゃったシャイターンはもういないんだっけ……。どーこ行っちゃったかな~。潰しとかないと、また同じことしちゃうよね」
 ルアは周囲を見回した。
「お腹すいたし、美味しいもの食べて……じゃなくて、情報収集して帰ろっと♪」
 軽い調子で告げる少年の目は、真剣なものだ。
 選別した仲間を倒され、シャイターンがなにを想っているのか、誰にも分らなかった。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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