不機嫌な白いバラ

■リプレイ

●白い花に寄せて
　雪化粧が薄く施された庭園の一角に巨大な白い花が鎮座していた。
　攻性植物化したクリスマスローズ。
　ウェディングブーケ職人の伴藤・番作がその花に取り込まれているのだが、彼の姿は見えない。地中に埋まっているからだ。助けを求める声も聞こえない。意識を失っているからだ。
　声を持たぬ花と声を出せぬ人間の他には誰もいないため、庭園は不気味なまでに静まり返っている。
　しかし――、
「拙者、攻性植物に囚われた市民の救出任務に参加するのはこれで四度目でござる！」
　――その不気味な静寂を元気な声で吹き飛ばし、闖入者が降り立った。
　人型ウェアライダーのマーシャ・メルクロフ（月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659）だ。
　彼女に続いて、他のケルベロスたちも次々と着地した。
「四度目ともなれば、もう慣れたもの……と、言いたいところでござるが、油断は禁物。慢心せず、邁進する所存ですぞぉーっ！」
　マーシャの宣言の語尾に『べんべん！』という音が重なり、雷刃突の力を帯びた矢が風を切った。音も矢も三味線型の妖精弓から放たれたものだ。
　白い花弁に矢が抉り込み、防御力が削り落とされていく。
　間を置かずに命中率と回避力も削られた。黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内（双頭の豹・e05753）の獣撃拳と、オラトリオのグレッグ・ロックハート（泡沫夢幻・e23784）のスターゲイザーによって。強大な火力で攻性植物を早々に倒してしまうと番作の命も危うくなるので、ダメージ系の状態異常を伴うグラビティを用意してきたケルベロスはいない。マーシャに限らず、今回のチームの全員がこの種の任務の経験者なのである。
「番作さんは返してもらいます」
　両手にゾディアックソードを持って、人派ドラゴニアンのクロコ・ダイナスト（牙の折れし龍王・e00651）が攻性植物に突進した。軌道に沿って小さな雪煙が上がっているが、足跡は一つも刻まれていない。翼を用いて体を微かに浮かせているのだ。
「そして、思い知ってもらいます！　貴方たちの行為はすべて無駄だということを！」
　ここにいない元凶――鬼縛りの千ちゃんたちに怒りの声をぶつけつつ、攻性植物に星天十字撃を打ち込む。
　二条の刃が離れるか離れぬかのうちに木馬型ライドキャリバーのまちゅかぜがキャリバースピンを仕掛け、地に着いている花弁の下部を轢き潰した。主人のマーシャに言い含められているので、炎の状態異常を付与するデットヒートドライブは使わない。
　だが、攻性植物のほうは遠慮することなく、炎のグラビティで反撃した。
　周囲の光を集めて破壊光線を放つ光花形態である。
　白い光線が伸びた先にいたのは、オラトリオのアイヴォリー・ロム（ミケ・e07918）。
　しかし、黒い影が射線上に割り込み――、
「無粋な飛び道具だな。仮にも花なんだから、もっと色気のある攻撃をしろよ」
　――自らの体で光線を受け止めた。
　陣内だ。
　すぐさま、アイヴォリーがグラビティ『蜜繞（アンクルート）』を発動させた。芳醇なバターの香りが漂い、黄金色の生地が攻性植物の一部を覆っていく。
「これは番作さんのブーケを待っている花嫁さんたちの分です！」
　生地は瞬く間に溶け消えたが、ダメージは残った。パラライズとともに。
「再来年の春の挙式に備えて予約してる花嫁候補さんたちがいるっていうんだから、随分と気の長い話よねえ」
　そう言いながら、千手・明子（火焔の天稟・e02471）が『病葉』を収穫形態に変えて、黄金の果実の光を照射した。
　光を受けたのは前衛陣だが、すぐに中衛陣も別の光に異常耐性を付与された。シャドウエルフの新条・あかり（点灯夫・e04291）がライトニングロッド『タケミカヅチ』を振るい、ライトニングウォールを展開したのだ。更に『先生』の仮称を持つウイングキャットが清浄の翼で後衛陣に異常耐性をもたらした。
「お願い、アラタさん」
「おう！」
　あかりの声に応じて、先生の主であるレプリカントのアラタ・ユージーン（一雫の愛・e11331）が攻性植物に迫る。
　攻撃ではなく、治癒のために。
「頑張れ、番作！」
　地中の番作を（声が届かないと知りつつ）励ましながら、アラタは攻性植物にウィッチオペレーションを施した。
「アイヴォリーが言ってただろう？　素敵なブーケを楽しみに待ってる人たちがいるんだ。その腕と心で、いっぱい幸せにしてやらないとな！」
「……わたしも幸せになりたいですぅ」
　呟きながら、クロコが攻性植物に旋刃脚を放った。彼女は戦闘時に気分が高揚すると人格が豹変する（というよりも、本来の人格に戻る）のだが、ウェディング云々にいろいろと思うところがあるためか、心の波は『高揚』というレベルに達していない。だからといって、旋刃脚の一撃に手加減（足加減？）はなかったが。
　一方、グレッグは少しばかり気が高ぶっていた。
　怒りによって。
（「我慢ならんな。俺と同じ花が悪用され、罪なき人を傷つけているなんて……」）
　そう、グレッグの頭髪を飾る花はクリスマスローズなのだ。
　しかし、彼は怒りを表すこともなければ、怒りに呑まれることもなく、冷静に任務に臨んでいた。
　攻性植物を倒すために。
　番作を救い出すために。
（「敵を仕留めることができても、市民を助けることができなければ――」）
　心中で自分自身に語りかけながら、鏡の中で見慣れた花（大きさは違いすぎるが）を殴りつける。縛霊手を装着した拳で。
（「――割りに合わんからな」）
　縛霊手から網状の霊力が伸び、攻性植物に絡みついた。
「今だ」
「承知！」
　霊力の糸を引いて後退するグレッグと入れ替わるようにして、マーシャが攻性植物に殴りかかった。グレッグの拳は縛霊手に覆われていたが、彼女の拳を包むのは幕末の空気を再現したバトルオーラだ（再現といっても、あくまでもマーシャが抱いている幕末像だが）。
「維新の足音に震えるがいいでござる！」
　超音速のハウリングフィストを叩きつけられ、白い花弁がぐらりと揺れる。花弁だけでなく、葉も苦しげに痙攣した……が、それは苦しさだけが生んだ動きではないらしい。痙攣に合わせるように葉の一部が裂け、禍々しい蔓触手形態に変わった。
　その蔓触手形態の攻撃を受けたのは陣内。
　しかし、彼は表情を変えることなく、回し蹴りの絶空斬を蔓触手に浴びせ、ジグザグ効果で状態異常を悪化させた。
「タマちゃん……」
　負傷した恋人を気遣いながらも、あかりが攻性植物にウィッチオペレーションを施した。彼女は自分がやるべきことを心得ているし、仲間のことも信頼しているのだ。
　その信頼に応えるべく、明子が動いた。
「実を言うと、こうやって回復役に専念するのは初めてなのよね」
　マインドリングをはめた手をかかげ、光りの盾で陣内の傷を癒していく。
「とはいえ、けっこう向いてるんじゃないかしら。ほら、わたくしってば、癒し系ですから。仮に向いてなかったとしても……その時はヴァオさんがフォローしてくれるわよね？」
「任せとけーい！」
　自称『癒し系』の言葉を受け、ヴァオ・ヴァーミスラックス（憎みきれないロック魂・en0123）が『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。
　お世辞にも優秀なフォロー役とは言えない彼をフォローすべく、玄梛・ユウマがサークリットチェインの魔法陣を描き、陣内のウイングキャットが清浄の翼をはためかせ、仲間たちの守りを固めていく。
　もちろん、敵に対するヒールも続いてた。
　そして、攻撃も。
「番作のことは任せましたよ、アラタ」
　二度目のウィッチオペレーションをおこなっているアラタに声をかけて、アイヴォリーが跳躍し――、
「先程の攻撃は花嫁さんたちの分でしたが……これはいろいろ未定な音々子とわたくしの分でーす！」
　――自らの怒りと悲しみに根占・音々子の感情も上乗せして、攻性植物に旋刃脚を食らわせた。
「がおー！」
　オルトロスのイヌマルが咆哮し、ソードスラッシュで追撃した。
　アイヴォリーの剣幕に少しばかり怯えながら。

●雪のうた
　戦いが始まってから、十数分が過ぎた。
「寒い……」
　グラビティ『群青』で仲間たちのジャマー能力を上昇させながら、比嘉・アガサが吐き捨てた。いつにも増して不機嫌そうな顔をしている。
「ヴァオ。この寒さ、なんとかしてよ」
「よーし！　ギター神たる俺の演奏で熱くなれぇーっ！」
　アガサに無茶振りされると、ヴァオは今まで以上に激しくギターを奏で始めた。その様子を見るアガサの目は（きっと彼女が感じている物理的な寒さ以上に）冷ややかだったが、『ギター神』は気付いていない。
「甘え方の下手な奴だな」
　アガサの態度に苦笑しながら、陣内が獣撃拳を攻性植物に叩きつけた。
　その後方でグレッグがバスターライフルのトリガーを引いた。
　ゼログラビトンのエネルギー光弾を受けて攻性植物の花弁が大きくひしゃげ、次の瞬間、光弾が跳ね返された……ように見えたが、違った。放たれたのは光弾ではなく、あの白い光線。
　それはゼログラビトンの軌跡を逆走してグレッグに向かったが――、
「拙者の屍を越えていけでござる！」
　――マーシャが盾となった。
「すまん。大丈夫か？」
「心配御無用。この程度の攻撃で怯んでいたら、幕末の動乱に散った偉大なる先人たちに笑われるでござるよ」
　グレッグに余裕の笑顔を返しつつ、敵に蹴りを放つマーシャ。
　蒸気機関を有したフェアリーブーツが茎にめり込み、攻性植物の体が傾ぐ。
　地面との角度が垂直に戻るよりも早く、クロコが幾度目かの星天十字撃を決めた。
　続いてアラタが動いたが、例によって攻撃ではなく、ウィッチオペレーションをおこなうためだ。もっとも、それが敵への最後のヒールになることを彼女は確信していたが。
「目を覚ませ、番作。そろそろ――」
「――お仕事再開の時間ですよ。貴方のつくるクリスマスローズのブーケ、きっととびきり美しいのでしょう？」
　アラタの後を引き取り、アイヴォリーが攻性植物めがけてエクスカリバールを振り下ろした。
　そして、あかりがバスターライフルを構えた。
「番作さん……僕が結婚する時まで元気でいてくれなきゃ困るんだよ」
　と、小さな声で呟きながら。
「なんてね」
　そう付け加えて、トリガーを引く。
　またもやゼログラビトンが攻性植物に命中し、またもや花弁がひしゃげ、またもや光が放たれた。
　もっとも、その光は反撃の光線ではない。
　断末魔の光だ。
　やがて、光は消えた。
　そこに攻性植物の死体は残っていなかった。光とともに散り、大気中に溶けていったのだろう。
「終わりましたね」
　クロコが緊張の肩を解き、肩を落とした。
「そうね」
　明子が微笑を浮かべて頷いた。
「フローレスフラワーズを用意してきたんだけど、使わずに済んで良かったわ」
「使いたくなかったんですか？」
「うん。だって、可愛すぎるじゃなーい」
「……」
　なにも言えないクロコであった。

●いつしか時は過ぎゆきて
「ありがとうございます」
　土にまみれた男が深々と頭を下げた。
　その前で呆然と立ち尽くしているのは、彼を地中から掘り起こしたアイヴォリーとアラタ。彼女たちの頭上を舞う先生も目を丸くしている。
「だ、誰ですか、このヒト？」
「いや、誰もなにも番作だろう……たぶん」
　二人が当惑するのも無理はない。番作の容姿は音々子曰く『七福神の布袋さんみたいな感じ』のはずだが、そこにいるのは痩身の美男子だったのだから（スキンヘッドだけはそのままだった）。攻性植物に養分を吸収されて、余分な肉が削げ落ちたらしい。
「もう布袋さんとは言えないでござるなー。さしずめ、妖しい魅力で後家さんに取り入るイケメン生臭坊主といったところでござろうか」
「他に適当な例えはないのか……」
　日本通を自負するマーシャのコメントに呆れるグレッグ。
「ところで――」
　と、変わり果てた番作に陣内が声をかけた。
「――あんたのこれまでの作品の記録があったら、見せてくれないか？　いや、俺は花の絵を描くのが好きなんでね。ちょいと後学のために見ておきたいんだ」
　何人かが密かに苦笑を漏らした。理由を問われたわけでもないのに『後学のために』という取って付けたような嘘を口にせずにはいられない不器用さに対して。
「番作さんの過去の作品なら、ネットでも見られますよ」
　クロコが陣内にスマホを差し出した。
「どれも綺麗ですよね。私も思わずポチって予約したくなりましたけど……やめました。今のところ、縁がなさそうですし。いや、『今のところ』だけじゃなくて、一生かも……」
「あたしにも縁がないだろうね。まあ、どうでもいいけど」
　と、ぶっきらぼうに言い捨てたのはアガサだ。
　番作が無事であることを確認すると、もう用はないとばかりに彼女は庭園から立ち去ろうとしたが――、
「おいおい、比嘉ぁ～」
　――『ウザい教師モード』とでも呼ぶべき状態になったヴァオが行く手を塞いだ（このモードの時は教師になりきり、相手を姓で呼ぶのだ）。
「つれないこと言っても、先生にはお見通しだぞ。本当はウェディングブーケに興味あるんだろぉ？　ほらほら、ツンケンしてないで皆と一緒にブーケの写真を見……りゃえっ！？」
　アガサから無言の一撃を食らい、地に沈むヴァオ。
　彼を救うためにユウマが慌てて駆け寄ったが、手遅れだった。
「ヴァオさんが息をしてませぇーん！」
　そんなコントじみたやりとりも明子の耳には届いていない。
　彼女は番作に詰め寄り、説教をしていたのである。
「そもそも、どうしてウェディングブーケ限定なの！？」
「いや、どうしてと言われても……」
「ウェディングブーケ限定だと、相手のいる女性しか寄ってこないでしょ！　普通のブーケを扱えば、素敵なシングルの女性客とお知り合いになれるかもしれないのよ？　なぜ、そういう発想に至らないの！」
「……す、すいません」
『ナンデ僕ガ叱ラレテイルノ？』という疑問を顔に現しながらも、明子の迫力に気圧されて謝る番作であった。
　とはいえ、明子も叱りっぱなしというわけではない。声のトーンを変えると同時に話題も変えた。
「再来年まで予約済みということは、それ以降の予約ならＯＫということよね？　じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
　そこで言葉を切り、あかりを見る。
　バスターライフルを構えた時の少女の呟きを明子はしっかりと聞いていたのだ。
「あの……」
　陣内とともにスマホを覗き込んでいたあかりが明子の視線に気付き、番作に語りかけた。
「何年後になるか判らないけど、いつかボクにもブーケをつくってほしい。木香薔薇とジャスミンに翡翠色の葉、アクセントに天使の羽を添えた……そんな感じのブーケを」
「季節は五月くらいかな」
　と、陣内が話に加わった。あかりと目を合わせずに。そっけない調子で。
「その時期なら、木香薔薇もジャスミンも咲いてるだろう。まあ、なんというか……きっと似合うんじゃないか、うん」
　陣内の頭に乗ったウイングキャットが目を細めて喉を鳴らし始めた。主人のそっけなさが演技であることを証明するかのように。
　ウイングキャットの反応を見るまもでなく、他の者たちも陣内の心中を悟り、先程と同じように苦笑している。
　いや、苦笑ではなく、馬鹿笑いしている者もいた。
　息を吹き返したヴァオだ。
「なはははははは！　こいつ、照れてやんのぉ！　やーい、やーい！　たぁ～まちゃんは照れ屋さん♪　わっかりやすぅ～い照れ屋さん♪　照れ照れ坊主のデレデ……るぅえっ！？」
「ヴァオさんが息をしてませぇーん！」
　陣内の繰り出したデコピンによってヴァオが吹き飛び、ユウマが再び悲痛な叫びを発する。
　そんなコントの第二幕に退きながらも、番作はあかりに微笑んでみせた。
「任せてください。他の皆さんの分も喜んでお受けいたしますよ。もちろん、お代はいりません。命の恩人なんですから」
「いえ、お気になさらず。ケルベロスとして当然のことをしたまでです」
　引き締まった表情を見せて、アイヴォリーがきっぱりと断った。もっとも――、
（「無料ウディングブーケの優先予約権……すごく欲しい！　だけど、権利を手にしたところで、それを行使できる日が来るかどうか判りませーん！」）
　――表情と言葉に反して、胸中では悲しい想いが渦巻いていたが。
「なんにせよ、番作が無事でよかった」
　心で泣いてるアイヴォリーの肩を優しく叩きながら、アラタが言った。
　そして、番作にエールを送った。
「丹誠を込めて育てた花々を束ねて一つのブーケにするっていうのは、とても楽しそうだな。もちろん、楽しさだけじゃなくて、苦労もあるんだろうけど……でも、どんなに大変でも、沢山の人に幸せを与える番作の仕事はとても素敵で立派だ。これからも続けてくれよ！」」
「はい」
　土まみれの『イケメン生臭坊主』のような顔を綻ばせて、番作は力強く頷いた。
（「幸せを与えてきた、か……」）
　と、グレッグがアラタの言葉を心中で復唱した。
（「一人の命を救うことで、その『一人』が多くの人々に与えるであろう小さな幸せを守ることもできたわけだ。なかなか割りに合う任務だったな」）
　グレッグの胸に……いや、他の者たちの胸にも、改めて湧き上がってきた。
　自分がなしたことの誇らしさと満足感が。
　これに勝る幸せは他にないかもしれない。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年12月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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