炎彩を映す栄華

作者:深淵どっと


「いやぁ、食べた食べた、まぁまずまずの料理だったな。それじゃあ私は部屋で休むので、後は適当に片付けておいてくれ」
 豪勢なテーブルに食器、そしてそれに並ぶ飾り立てられた料理の数々。
 一人で食べるには明らかに多すぎるそれらの大半を残したまま、着飾った男は席を立つ。
「あの……旦那様、残った料理はいかがなさいましょうか?」
「うん? あぁ、捨ててしまっていいんじゃないか?」
 使用人の言葉に適当に答え、男は一人自室へと戻っていく。
「――豪華な料理に高価な調度品、あら、このお酒も最高級? 随分と人生が楽しいみたいね」
 それは、部屋の扉を閉めた瞬間だった。
 自分しかいない筈の部屋に潜む、人影の気配に男は驚き振り返る。
「だ、誰――」
 しかし、防犯装置に手を伸ばす間すら無く、男は緑の炎に包まれてしまう。
「栄華を極めた者こそ、私に選ばれるに相応しいわ。さぁ、その力で、今度はグラビティ・チェインと言う富を集め尽くしなさい?」
 炎の中に元の男の姿は無く、現れたのは人間離れした体躯を持つ、荘厳たるエインヘリアルであった……。


「……ふむ、やはり、ビーツーくんの調査した人物の1人と一致するな」
「そうか……できる事なら、事が起こる前に止めたかったが……」
 フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)の予知を聞き、件の男性を調査していたビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は軽く視線を落とす。
「気持ちはわかる。だが、キミの調査が無ければ、事態はもっと深刻な状況になっていただろう」
 資料を閉じ、フレデリックはヘリポートに集まったケルベロス達へと振り返った。
「聞いての通りだ、『炎彩使い』と呼ばれるシャイターンの1人に、また動きがあった」
 今回襲われたのは、都内のある豪邸に住む男性。
 大企業の社長を務める彼は、その事業の成果として莫大な財産を築いており、その財力に任せた豪遊の数々がシャイターンの目に止まったものと思われる。
「今から向かえば、キミ達は彼がエインヘリアルへと変えられた直後に家に到着する事になるな」
「まだ家には使用人が何名も残っているようだな。まずは彼女達を避難させる事が先決か」
 ビーツーの言う通り、エインヘリアルはシャイターンから受けたグラビティ・チェイン回収の命令を実行しようとするだろう。
 だが、こちらがそれを全力で阻止しようとすれば、流石に無視はできない筈である。
「使用人を庇う、エインヘリアルの気を引くように攻撃する……何でもいいので、とにかく敵の矛先をこちらに向けさせてしまえば、後はいつも通りだ」
 だが、敵もエインヘリアルになったばかりとは言え、戦闘力は決して低くは無い。
 油断せず、しっかり作戦を立てて臨むべきだろう。
「今ならば被害は1人も出さずに終わらせる事ができる。頼んだぞ」


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
片白・芙蓉(兎頂天・e02798)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)

■リプレイ


 晩餐から数分。使用人達は不意に、屋敷を震わせた轟音に作業の手を止める。
「あら? 旦那様、お休みになられるのでは――ひ!?」
 次いで扉の向こうから響く、異様な重さの足音に声をかけるが、返ってきたのは雇い主の声でもなければ、扉を開く音ですらなかった。
 返ってきたのは、もっと近くで響く轟音。そして、扉ごと瓦礫と化して吹き飛ぶ、壁の一部。
「危ない!」
 次の瞬間、視界を遮る土埃の中、瓦礫に晒された使用人の前に鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が立ち塞がる。
 だが、もうもうと立ち込める土埃の向こうより、更に追い打ちをかけるようにして飛来する刃の嵐。
「ジゼルカ、力を貸してね。行くよ!」
 無差別に飛び交う剣刃に、ケルベロスも一般人である使用人達も見境は無い。
 逃げ遅れた使用人に襲いかかる刃に割り込んだのは、暗赤色の影。天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)のライドキャリバー、ジゼルカだ。
「芙蓉、攻撃は俺達で食い止める。避難を頼む」
「フフフ、任せなさい! 郁、ユリア、行くわよ! さぁさ、良い子はお逃げなさいなっ!」
 グレッグ・ロックハートを初め、サポートの仲間達も身を挺して使用人達を守る中、片白・芙蓉(兎頂天・e02798)は郁、ユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)と共に彼女達の避難を始めていた。
「どこへ行くつもりだ? そいつらは私の糧となる仕事が残っているぞ!」
 しかし、土埃の晴れた先に立ち塞がっていたのは、人の身を捨てたエインヘリアルの巨躯。
 最早、元の姿、人としての思考は失われ、その力はこれまで自分に尽くしてきた人々から全てを奪うために振るわれようとしていた。
「悪いけど、そうは行かないよっ!」
「ねえねえ、わたし達といっしょに遊ぼうよ。その方が、楽しめると思うな!」
 だが、当然それを好きにさせる程ケルベロスも甘くない。動き出したエインヘリアルの足元を穿つ、無数の弾丸が動きを阻んだ。
 そのまま転がり込むような素早い動きで、懐に潜り込んだ篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)は、トリガーを引き続けながらガトリングガンをエインヘリアルの脚へと半ば叩き付ける。
 そして、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)の振るう如意棒は、不規則な動きで武装の具現化を準備する腕を弾く。
「蛮行はそこまでだ。これ以上の被害は出させないよ」
 目にも留まらぬ流れるような連携の最後を飾るのは、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)の放つ神速の刺突。
 雷を纏う霊剣の一撃は、エインヘリアルの足を止め、こちらに意識を向けさせるには十分だったようだ。
「ちぃっ! 邪魔をするならば、貴様らからだ!」
「臨む所だ。ここから先へは一歩も進ません」
 音を立て、仲間達の守りを固める鎖の中心に立ち、ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)はエインヘリアルの前に立ち塞がる。
 まずは、仲間達が使用人の安全を確保し戦線に戻ってくるまでが一つの山場と言えるだろう。
 性格の良し悪しは別にしても、彼自身に罪は無い。だが、エインヘリアルと成り果て、人類の脅威となったしまった今、ケルベロスがやるべき事は一つだ。
 そして、それ以上に、片付け切れないままエインヘリアルの攻撃で吹き飛んでしまった料理の残骸を見て、ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)はキュッと眉根を寄せる。
「お残しするのは駄目だけど……ご飯をこんな風に粗末にするのは、もっともっと駄目なんだよ! 絶対、許さないんだからねっ!」


「えーと、これで全員ね。怪我も無いわね? よし、急いで戻るわよ!」
 交戦開始から数分。ビーツーの調査資料や、ルリナの用意した邸内の見取り図のお陰で、芙蓉、郁、ユリアの3人は既に使用人達を屋敷の外へと避難し終えていた。
 今から戻れば戦線にいなかった間の穴もすぐに埋められるだろう。芙蓉が念のためにテープで入り口を塞いでいる間、郁は不安そうに屋敷を見上げる使用人達に声をかける。
「大丈夫だ、ここは俺達に任せて、少し待っていてくれ」
 その言葉に彼女達も少しだけ、気持ちが落ち着いたようだ。
「それじゃあ、行きましょうか? みんなも中で頑張ってる筈だわ」
 屋敷の中では激戦が続いているのだろう。断続的に響く激しい音を聞き、ユリアは2人と共に戦線へと向かうのだった。
 そのエインヘリアルとの戦いは、際どい攻防が続く状態にあった。
「ふん、中々しぶといではないか。だが、果たして後何発、保つのかな?」
「勝った気になるにはまだ早いぞ。これしきでやられる程、やわじゃないんでな」
 人数が欠けている今、エインへリアルの攻撃より仲間を守り、戦線を支えているのは主にビーツーとライドキャリバーのジゼルカであった。
 放たれた無数の槍と剣の刃によって受けた傷口を素早く縫合し、何とか保っている状態だ。
「無理しないでね! ジゼルカも頑張るから!」
「3人が戻るまでは焦らず慎重に行こう」
 相棒のボクスが放つ白橙色の炎に遮られているうちに、ビーツーは詩乃と沙雪からのヒールを受ける。
 そして、ビーツー達が庇い切れなかったダメージを補うのは、緩く、脱力感溢れる羊の神様。この大きな部屋にすら収まり切らず、天井に引っかかりながらめぇめぇと仲間達を癒やしていく。
「ボクたち、まだまだ負けないんだからっ!」
 手厚いヒールによって、戦線は維持されている。だが、それも時間の問題ではある。
「生意気な連中め! どの道、貴様らは全員皆殺しだ!」
「そうはいかないよ! 人間だったあなたには悪いけど、身も心もデウスエクスになっちゃったなら、話は別だ!」
 敵の懐に潜り込むミリムの猛攻に合わせ、葛葉のばら撒く弾丸の嵐が、具現化された無数の剣を撃ち落としていく。
「ぜんぶぜんぶ撃ち落とす! 何なら、このまま蜂の巣にしてあげるよ!」
「やってみろ、この攻撃を凌ぎ切れるならな!」
 激しい火花を散らしながら、飛び交う刃と弾丸がぶつかり合う。
 しかし、撃ち漏らした剣が今一度ケルベロス達を襲った――その瞬間、剣刃の前に飛び出したのは、小さな兵隊のような姿だった。
「……何とか、間に合ったみたいだな!」
 それは、郁がグラビティ・チェインを用いて作り出した小型兵の群れ。
 大急ぎで戦線に駆け付けた郁は、仲間達が守り抜いてくれた戦況を一瞥し、小さく息を落とすのだった。


「お待たせっ、私――よっ!?」
 同時に駆け付けた芙蓉も、エインヘリアルの死角を取るようにして、部屋へと跳び込んだ。
 危うく地面に転がった高そうなお皿や置物やらを踏みそうになりながらも、器用に撃ち込まれる光線は瞬く間に敵から熱を奪っていく。
「っとと! ルリナ、今よ!」
「う、うん! えいっ!」
 深々と蝕む冷気に合わせ、ルリナは竜語魔法による豪炎を放つ。
 身を芯から裂くような冷気と、体を覆う焦熱。そこへ更にミリムが切り込んだ。
「さぁ、ここからが本番だ! 今度はこっちが攻める番だよ!」
「祓い給い、清め給え、百鬼を避け兇災を祓う、四神の名のもとに悪鬼討滅。急々如律令!」
 大きく振りかぶって叩き付けられる大槌の重撃と、印を刻む沙雪の指先に集められた穢れによる一撃に僅かに怯むエインヘリアルだったが、同時に具現化した無数の銃口が反撃に打って出たケルベロス達に狙いを定める。
「小癪な! 少し数が増えたところで!」
 一斉に弾ける銃声。しかし、それらもこれまで積み重ねてきた堅牢な守りが被害を最小限に食い止める。
「今がチャンスだよ。守りは私に任せて、みんなは攻撃に集中して!」
「梓紗、お手伝いするのよ!」
 エインヘリアルの弾丸に撃ち砕かれた守りを、詩乃の飛ばしたドローンが固めていく。
「助かった。敵が立て直す前に終わらせるぞ!」
 そして、初めから前線に立ち続けていたビーツーも、テレビウムの帝釈天・梓紗の応援で何とか踏み止まる。
 手にした剪刀は飽くまでも手術用の道具の1つ。だが、使い慣れ、手に馴染んだ道具であれば、どんな状況でも、それを扱うのは手足のように容易い。
 小さな刃が相応の傷痕を残す。だが、ボクスと自身、二重の熱が刃を通してエインヘリアルの足を駆け巡った。
「ぐぁ! ま、まだだ、この私がこんな所で終わる筈が――」
「そう? なら次はどこを切ってほしい? もっともっと切り刻んであげるよ!」
 次いで、武装の具現化のために掲げられた腕を、葛葉の刃が切り刻む。
 素早く、鋭く、そして的確に。這うように、撫でるように、だが深く。その痛みはエインヘリアルの力を削いでいく。
「私は……超越したのだぞ、人間を! こんな、所、でぇっ!」
 膝を付き、満身創痍の状態で尚、エインヘリアルはその腕を沙雪へと突き出した。
 しかし、放たれる槍にかつての鋭さはなく、それを避けるのはあまりにも容易い。
 飛来する槍を避け、戦いを終わらせるべく霊剣を構える沙雪を、郁とミリムが援護する。
「できれば、こうなる前に救ってやりたかったが……!」
「こうなった以上は全力でやらせてもらうよ!」
 郁が狙うは、合流前よりミリムが当たりを付けていた、鎧の構造的な弱点部分。
 疾風の如き鋭い蹴撃によって砕かれた鎧の内側に、緋色の乱撃が続く。
「せめて、安らかに――!」
 郁、ミリムの猛攻に姿勢を崩した瞬間、沙雪の剣閃がとどめの一撃を繰り出した。
 洗練された技が振り抜く刃は、確実に最後の一瞬を斬り伏せる。
 僅かな沈黙。そして、巨躯は崩れ落ち、激戦は幕を下ろすのであった。


 グラビティ・チェインを失ったエインヘリアルは、言葉も無く消え失せていった。
 彼にとっても、この家に仕える者にとっても、不幸な事件だったと言えるのかもしれない。
 沙雪はそんな不幸を断ち切るように、指を弾く。不浄払いの意を込めた、弾指と呼ばれるものだ。
「……この人も、炎彩使いの被害者に違いありませんよね。できれば、こうなる前になんとかしてあげたかったです」
 戦闘時の激しさは嘘のような静けさで、葛葉が呟いた。
 その視線はエインヘリアルがいた場所から、この戦いで荒れ果ててしまった家内へと移る。
 散らかった料理、調度品の数々、それらを眺め芙蓉とルリナは何とも言えない表情を浮かべた。
「ぅぅぅ……色々と余計な事を考えてしまうのだわ。……勿体無い、勿体無さ過ぎる……」
「うん……ご飯、お片付けするしかないよね。……ちゃんと、ごめんなさいってして欲しかったの」
 シャイターンに選ばれる程度には人間性に問題はあったのだろう。だが、人として生きている内ならば、正す事はできた筈だ。全てを失ってしまっては、それもできない。
 片付けとヒールを続けている間に、ミリムとビーツーに連れられて使用人達も家の中へと戻ってきたようだ。
 惨状を目の当たりにして目を丸くしている彼女達に、話を続ける。
「みんなの今後は何らかの形で保証がある筈だから、安心して……って言うのも難しいかもしれないけど」
「大丈夫よ! 今回はこんな事になっちゃったけど、これだけ立派な料理ができるのだから、アンタ達ならどこでもやっていけるのだわ!」
 憂いは全く無いとは言えないだろう。しかし、使用人達はミリムと芙蓉の言葉に幾分か気も楽になってはいるようだ。
 しかし、事件の影響を受けるのは使用人達だけでは留まらないだろう。ビーツーは事前の調査資料を脳裏に、呟く。
「彼は企業の社長だった筈だな。……会社の方へも連絡を入れる必要があるか」
 僅かに浮かんだ表情は苦々しいものだったが、彼の事を調査する過程で会社の情報もある程度は把握している。適任は自分だろう。
「……仕方がないか」
 そう呟き、使用人の1人に声をかけ会社への連絡役を引き受ける。
 戦いは終わった。だが、事件はまだ解決と言うには遠いかもしれない。
「炎彩使い……あいつらを止めないと、きっとまた……」
 ボロボロになってしまった部屋のヒールを進めながら、郁は拳を握りしめた。
 もしかしたら、今こうしている間にも新たな被害者がエインヘリアルへと変えられているかもしれない。
 それを止めるには、大元である炎彩使いを名乗るシャイターンを叩くしかないだろう。
「うん。できる事を精一杯やろう。これから起こることは、きっと止められるし変えられる」
 詩乃の言葉に、仲間達も頷き返す。
 それができるのは、ケルベロスだけなのだから。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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