ぽかぽかおうどん祭り

作者:天枷由良

●おうどん危機一髪
 大きな公園の入口に、全国ご当地うどん祭りとの看板が立てられている。
 敷地内には幾つもの屋台が並び、色とりどりの幟が風に揺れていた。その間で沢山の人たちが、様々なご当地うどんに舌鼓を打っていた。
 もう十二月。冬である。湯気立ちのぼる温かいうどんは、とても美味しい。大人も子供も自然と朗らかな笑みを浮かべて、このお祭りを楽しんでいた。
 ところが。
 突如として大地に突き刺さった牙が、雰囲気を一転させる。
 それは鎧兜を身に着けた竜牙兵に姿を変えて、人々を無差別に殺し始めたのだ。
 白い湯気の代わりに血飛沫が舞う。食欲をそそる出汁の香りも失せていく。
 祭り会場は地獄と化して、肉塊を踏みつける竜牙兵の邪な笑い声ばかりが、冬空に響く。

●ヘリポートにて
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が地図とパンフレットを開く。
「全国のご当地うどんを集めたお祭りに、三体の竜牙兵が現れるわ」
 場所は東京都内。大きな公園をまるっと貸し切って行われるようで、当日の賑わいは想像に難くない。つまり敵からすれば絶好の虐殺ポイントというわけだ。
「ぽかぽかおうどんを楽しみに来た皆を狙うなんて許せないのだ!」
「ええ、本当にね」
 瞳に怒りを滲ませた鉄・千(空明・e03694)に頷き返し、ミィルはさらに語る。
「予知が変わってしまうから、お祭りの中止や事前の避難などはできないのだけれど、敵の出現後なら会場のスタッフたちが指示誘導してくれるわ。皆は敵襲より少し前に現地入りして待機、竜牙兵が出てきたら迅速な撃破を目指してちょうだい」
「もたもたしてると、うどん伸びちゃうもんね」
 フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が呑気に茶々を入れた。

 現場は前述のとおり、大きな公園である。
「屋台や幟が沢山並んでいるけれど、多くの人を入れるために通路は広く取ってあるようなの。皆が戦うのにも、会場の人たちが逃げるのにも支障はなさそうよ」
「……もし屋台が壊れてしまったら、皆で直したほうがいいな?」
「ええ。そうしてもらえたら、お祭りも途中で止めなくて済むと思うわ」
 もっとも、竜牙兵たちは全て剣での単純な近接戦闘に特化しているようなので、派手なことにはならないと予想される。能力自体も特筆すべきところはなく、ケルベロスたちに油断さえなければそれほど苦戦する相手でもないだろう。
「ところで」
 フィオナが千に向き直る。
「鉄さんは、うどん好きなの?」
「もちろん! 私は、しみしみじゅわーな油揚げが乗ったおうどんが好きなのだ!」
「そっか。ボクは揚げ玉とか蒲鉾かなぁ」
 他の皆は? と、説明はうどんトークに変わっていった。


参加者
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
鉄・千(空明・e03694)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)
御影・有理(灯影・e14635)
ラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)

■リプレイ

●守れ、おうどん!
 屋台の一角に短い黒髪のクールビューティーが居た。
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)である。
「寒い冬には、やはり味噌煮込みうどんが最高だな」
 モカが突く小さい土鍋には鶏肉、葱、椎茸。そして真ん中に、とろーり卵。
 どえりゃーうみゃー。それは完成された一つの世界。
「モカの推し麺だけあって、うまそうだな」
「まぁ、イベントで出すくらいだから不味くはないだろ」
「でもいいですよね、味噌煮込み!」
 真向かいから眺めるのは椿木・旭矢(雷の手指・e22146)。
 横でぼやいたのはパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)。
 後ろから覗き込んだのは佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)だ。
「私も食べたいなぁ」
「あぁー!?」
 目移りしていると叫び声が聞こえた。
「どうした、千」
 旭矢が問えば、鉄・千(空明・e03694)はわなわなと震えて言う。
「まだおしごとおわってないのに……モカが、おうどんたべてるのだ……」

 そんな光景を見守りつつ。
 古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)は、フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)に語りかける。
「うちの居候がいつも迷惑かけてるわね」
「ああ、キッドさんとかね!」
「本当にそう呼ぶ人がいるとは思わなかったわ。ともかく非常識な人達ばかりで――」
 ごめんなさい、と言葉を継ぐより先に異音が聞こえた。
 二人は見合ってから人混みを分けていく。
 そこに次々と加わる人影のうち、パーカーが翻すコートで人々は彼らの正体を悟る。

 会場の中心部では土埃が舞っていた。
 見え隠れする三つの大きな牙がスタッフたちを慌てさせる。避難が呼び掛けられ、お椀と箸を持ったままの人々が逃げていく。
「ギギギ……」
 牙が、徐々に鎧兜を纏う骸骨姿へと変わり始めた。
 邪な光を湛えた瞳が逃げ惑う獲物を値踏み――。
「招かれざる奴らが来てしまったようだな」
 冷ややかな声と一緒に空の土鍋が飛んで、骨の一つに打ち当たって割れる。
 鋭い眼光が集中するが、モカは平然とした様子で硬く鋭い刃を両手に握った。
「運動でカロリーを消費して、再び美味いうどんを味わうとしよう」
「味噌煮込み平らげたのにまだ食べるか?」
「まだ食べるさ。うどんは消化も早いしな」
「なるほど……」
 そういうものか。
 そういうものだ。
 千は頷き、拳を構えた。
「よし、千もいっぱい食べるのだ! そのためにも、おうどんの敵め! 覚悟し――」

 ぐるぎゅー。ぎゅぎゅ、きゅう。

「ろ、ぅ……」
 鳴り響いた音で注目を集めてしまい、千は彼方を見る。
「……いっぱい食べたくて朝ごはん少なめでした……」
 綺麗な月色の瞳が、しどろもどろに揺れていた。
 ちょっと間抜けだが可愛らしい。
 御影・有理(灯影・e14635)は実妹同然の千に思わず微笑み、優しい声色で励ます。
「お祭りを楽しむ為に、頑張ろうね」
「もちろんなのだ、お姉ちゃん!」
 気合を入れて仕切り直し。
 代わって音頭をとるのはラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)だ。
「罪無き一般人の血でうどんを茹でさす訳にはいかない」
 熱血漢でなくむしろ低血圧系草食男子のラズリーだが、思った事は素直に言う。
「伸びるのはうどんじゃなくお前たちだ。覚悟しなよ、手討ちにしてやる」
「……ああ、うどんだけに!」
「その突っ込み癖、うちの居候のせいかしら。締まらないわね」
「うどんだけに締まらな――」
「やめなさい」
 るりが魔眼じみた眼差しで、フィオナを牽制した。

 どっこい。戦いはバッチリ締まった感じで。
 ジェミ・ニアや影守・吾連、蓮水・志苑ら、助力に来た者たちが誘導を手伝って避難も予想より早く終わっていた。
 万が一に備え、イッパイアッテナ・ルドルフの小型治療無人機も上空待機中。
 それだけの熱意をケルベロスが見せている理由は一つ。
「うどんがのびるだろうがっ!!」
 誘導から返ってきたアジサイ・フォルドレイズが吼えた後、咳払いを一つ挟んで鮮やかな爆煙を巻き起こす。
 そう、人は逃げられてもうどんは逃げられない。
 急げケルベロス、おうどんを守るのだ!

●守った、おうどん!
 竜牙兵は勇華の手刀で両断され、パーカーのリボルバー銃に撃ち抜かれ、青紫の五弁花咲くラズリーの攻性植物・花子にむしゃむしゃされた。
「雑魚だったな」
「うん。大したことなかったね」
 扱き下ろすパーカー。肯定するラズリー。
 二人も手伝って、復旧作業は滞りなく進む。
 さらにエトヴァ・ヒンメルブラウエを一団に加えて、倒れた幟を起こし、土鍋や骨の破片を片付け、ちょっと傾いてる気がした屋台を直す。
 手作業で済む程度の仕事が終われば、避難していた人々も戻ってくる。
 そして――。
「おうどん祭り、再開である!!」
 千が高らかに宣言すると、旭矢が色鮮やかな爆煙で場を賑わせる。
 拍手が渦巻き、方々からケルベロスを称える声が上がった。

「お疲れ様でした、皆様」
「志苑も、来てくれてありがとな! みんなもな!」
「さ、行こうか」
 有理が差し出した手を握って、千は瞳を輝かせる。
 本当に姉妹のようだ。
 その微笑ましい姿を見やりつつも。
「さーて、どんなおうどんから……あ、味噌煮込みうどん!」
 勇華が早速、目をつけた獲物に近づいていく。
「モカさんが食べてたの美味しそうだったし……うん、最初はこれにしよう!」
「味噌か……俺は酒に合いそうなのがいいんだが」
「私は野菜が摂れるのとか、薄味なのが好きなのだけれど」
「そんなお二人にお薦めなのが!」
 順繰りに幟を眺めていたパーカーとるりに、とんぼ返りした勇華がパンフを見せる。
「ずばりそのままお酒と合う讃岐うどん、野菜たっぷりおっきりこみはどうでしょう!」
「お、おう」
「……うどん、好きなのね?」
「はい! 大好きです!」
 味噌煮込みを手に、勇華は勇ましく二人を案内していく。

「旭矢とモカは何食べる? おすすめあるか?」
「俺か? 俺は――」
「お揚げのうどんが良いと思うな」
 不意に男の声が割り込む。
 それは千や有理だけでなく、一行の何人もが聞き覚えあるもので。
「冬兄!」
「頑張ったみたいだね、千」
 鉄・冬真は飛び跳ねる妹を労うと、愛しの姫君を抱き寄せる。
「ごめんね有理、待ったかな?」
「今終わったところだよ、冬真」
 それだけで諸々察して、一歩引き下がる仲間たちの物分りのよさは都合がいい。
「怪我はないかい?」
「大丈夫だよ」
 穏やかな笑み。頬を撫でる白く小さな手に冬真は一先ず安堵するが。
 一つ消えれば一つ湧くのが心配事。
「随分と冷えているみたいだ。体に良くないよ」
「貴方がいるから、寒くなんてないよ」
「そういってくれるのは嬉しいけれど、ね。さあ、美味しいうどんで温まろう」
 二人は屋台の並びに消えていく。
 ――その前に。
「そうだ、吾連」
 にこやかに振り向いた有理の足元から、黒いボクスドラゴンが駆けてきた。
「リムのうどんには温泉卵を乗せてあげてね」
「ん、わかった」
 また後でね、と見送る吾連の視界から、今度こそ二人の姿が消える。
「いやぁ、うどんも霞む熱々ぶり。いかがでしょう解説の椿木さん」
「仲睦まじいというのは実に良いことだ」
 フィオナからインタビュー風に矛先を向けられた旭矢は、清々しい顔で言う。
 少し前の彼なら、カップルを見て思考の迷宮に囚われていたかもしれないが……。
「俺は俺のモテを行くのだ。――ところで」
 そちらは、と尋ねた先にはラズリーと、ぼんやりうとうとした少年が一人。
「俺の友達の、茶菓子・梅太だよ。折角だから一緒に回ろうかと思って」
「……どうも」
 ゆるーい動作でお辞儀をした梅太は、なんだか見ている此方まで眠くなりそうな癒し系オーラを放っていた。ラズリーと二人並べば、もはや草食系というか枯れ草系だろうか。
 ともかく二人もまた、一行と別れて人混みの中に。

 しかし。いざ回りだすと、意外にきゃいきゃい騒がしいのが男子の常。
「見てこれ、殆ど布だ!」
「わ、ほんとう……布みたい」
「こっちはごんぶと!」
「これはすすれな……どうやって食べればいいんだろう……?」
 ラズリーと梅太は珍しいうどんを求めて、あっちにふらふらこっちにふらふら。
 事実、彷徨うほどの品数がある。ナポリ風にカルボナーラ風といったものから、麺自体に梅やわかめを練り込んだものまで、種々様々なうどんが二人の食欲を刺激していた。
「梅太の気になるうどんは?」
「ええと……あれと、あれと……それから……」
 幟を指したりパンフを見たりと、気付けば積み上がる欲望の山。
「どうしよう、おいしそうなのがたくさん……」
「じゃあ、分けあいっこしてみない?」
「……うん、分けっこして色々食べよう」
 ラズリーの提案に、ぼーっとした梅太の表情も少しばかり和らいだ。
 方針を決めたら行動は迅速に。屋台を巡って小さなお椀を受け取り、適当なところに腰掛けて。あとはひたすら、啜る、啜る。
「でもこれは、やっぱり啜れないね」
「一本うどんだもんね。……ん、洋風うどんはおつゆのと違った味……はっ、これって」
「パスタだよね。あ、こっちの梅を練り込んだやつがさっぱりしてて美味しいよ」
「……ほんとだ。香りもいいし、色も綺麗だね」
 やいのやいのと喋っているうちに、気付けば積み上がるお椀の山。
 しかし今日はお祭り。欲張り上等食い倒れ上等。二人は次なるうどん行列に向かう。
 そこにあったのは。

「お、お揚げのうどん……!」
 ラズリー&梅太が並ぶのに合わせ、千がパーカーを伴ってぴょいと列を抜け出た。
 器の中にあるのは、ただ油揚げを乗せたものではない。
 うどんが揚げの中に入っている巾着うどんだ。うどんにオンでなく、うどんがイン。
「パーカーありがとな。ご馳走してくれて、とってもうれし」
「うん? ああ、気にするな」
 子供に一杯奢るくらい、どうってことない。
(「俺のはサービスだったしな」)
 件のお酒と合う讃岐うどんを手にして、千と戻る先には、おうどん堪能中の仲間たち。
「はあぁ~……この土鍋、お味噌、うどんの和の三重奏の親和性が素敵だよぉ~」
 今にも落ちそうなほっぺたを土鍋に擦り付けんばかりの勢いで勇華が唸っている。
「あったかおうどんも味噌が染みてとっても美味しい!」
「本当に好きなのね。あぁ、これも美味しいわよ」
 るりはちまちまと、おっきりこみを摘んでいた。
「作るのも難しくなさそうでいいわ。和食は得意じゃないのだけれど」
「作る? 皆に食べさせるの?」
「リクエストはされたけれど、あくまでレパートリーを増やす一環、つまり研究よ」
「つまりキッドさんとかのためでは……」
「ないわね」
 断言しつつフィオナの丼を覗き、るりは「蒲鉾が入ると綺麗ね」と言った。

「エトヴァも普通のお揚げのおうどんにしたのだな!」
「エエ、千殿のお薦めト、先日聞きましたカラ」
「先日?」
 ジェミが首を傾げる。
「神戸北野坂の魔空回廊を破壊してきたのですけれど、その時に色々と」
 ミミック・相箱のザラキに蒲鉾の磯辺揚げを放り込んで、イッパイアッテナが答えた。
「だから今日は、その打ち上げも兼ねて、というところでしょうかね。吾連さん」
「そうだね。あの帰り道はうどん食べたくて仕方なかったな」
「そうだったのですか」
 労いと祝福の言葉を足して、ジェミは鴨南蛮うどんを啜った。
「ジェミのもおいしそ! だけど、すごく赤いな?」
「七味たっぷりですからね。少し食べます?」
 千はごくりと喉を鳴らして――器を受け流す。これはきっと、まだ早い。
「でハ、一口……」
 箸を伸ばすエトヴァ。
「……この赤いものハ……辛いのですネ。濃厚な味が致しマス」
「気になるな、私にも分けてもらえるか?」
 モカがついと顔を出す。その手にある器には、澄んだ汁に浸る少し細めの麺。
 エトヴァの好奇がまたくすぐられる。
「それハ?」
「これか? 長崎県の五島列島で作られる五島うどんだ」
 特徴は麺を伸ばす時、表面に島産の椿油を塗ること。そして汁にあごだしを使うこと。
「あごとはトビウオの事だな」
「五島、あごだし……メモリに記録しておきマス」
「エトヴァのメモリがうどんで埋まっていくのだ」
「島とかあごとか、よく知ってんなぁ」
 横で聞いていたパーカーが、器に辛子を入れながら相槌を打つ。
「どうですか、お酒と合ううどんは?」
 私はまだ呑めないので、と尋ねた勇華に。
「美味いぞ。美味いんだが」
 肝心の合わせる酒がなかったんだよな。
 ちょっと物足りなさそうにパーカーは言った。

「ところでモカ、よく食べるな?」
「スイーツと麺類は別腹。いくらでも食べられるさ」
 そういうものか。
 そういうものだ。
 千は頷き、お揚げを突く。
「お揚げ、とても大きいですネ……」
 自分の器に目を落として呟き、エトヴァも丁寧に箸を動かす。
「これも分けまショウ、ジェミ殿」
「わあ、ありがとうございます。……味が染みてて、美味しいですね」
「……エエ、甘くて温かイ……美味しイ……とても、好きデス」
「よかった! お揚げのおうどん、みんなも好きになってくれたらうれし!」
 舌鼓を打つレプリカントたちを見て、千は飛び出た竜の尻尾を楽しげに揺らす。

「そうだ! アジサイ、千に推し麺教えてくださいのだ!」
「いいだろう。最高のおうどんを教えてやる」
「最高のおうどん……!」
「まず茹でたてのうどんに卵を入れる」
「うむ」
「出汁醤油をかける。刻んだ海苔とネギをたっぷり入れる」
「ふむふむ」
「混ぜる。食べる」
「混ぜて、食べるのだ」
「美味い」
「おいしいのだ……」
「時々明太子を足しても美味いぞ」
「待てアジサイ。最高のおうどんは、俺のわかめうどんだ」
 和やかな釜玉うどん講座に、旭矢が割り入った。
「汁にわかめの出汁が合わさっていくとたまらんのだ。食べてみろ」
「おう、ありがとう椿木」
「……あ、全部食べて良いとは言ってない!」
「ああ? 一口だ一口」
「あんたの一口は多すぎるんだ! ったく、それじゃ女子にモテないぞ」
「モテるかどうかは二の次だ。お前こそ、器の小さい男はモテないぞ」
「俺? フッ、俺はもう一度モテたから」
「一度で誇らしげとは。お前のモテ云々とやらも大したことはないな」
「なん、だと……」
 箸がテーブルに落ちて音を立てた。

「椿木さんとアジサイさんはいつも仲が宜しいですね」
「志苑は何にしたのだ?」
「私はあんかけうどんにしました。温まりますよ」
 一口如何です、との申し出に今度は遠慮なく応じる千。
「熱いので、お気をつけくださいね」
「っ、あふ、はふ……」
「ははは言わんこっちゃない」
 抑揚のない台詞を吐いて、旭矢も油揚げを口に運んだ。
「!!」
 じゅわってなった。
 ぐっと堪える旭矢だが。
「ん? お揚げ熱かったか? 旭矢、やけどしたか?」
 千は見ていた。
「……」
「したんだな?」
「……した。したが、大変うまかった。なかなかのイケ麺だったぞ」
 さて次は味噌煮込みだ。
 ふらふらと立ち上がる旭矢の背中に、千は漢を感じた。多分。

「イッパイアッテナ、ザラキ、美味しいのあったか?」
「ええ、千さん。ぶっかけうどんに蒲鉾の磯辺揚げを。コシがあって味の広がる美味しいうどんでしたよ」
「ぶっかけうどん、いいですよね!」
 すかさず飛び込む勇華。
「でも稲庭うどんも、すごく美味しかったです! 次は水沢うどん行ってきます!」

「吾連、カレーうどん一口……って、リム!?」
「ああっ!」
 リムはテーブルにひょいと乗って、千が見つめる前で吾連のカレーうどんを呑み干す。
「私のも食べてみますか?」
「! 志苑、それは――」
 言っちゃいけない、と吾連が言う前にあんかけにも襲いかかるリム。
「もう、食いしん坊だなぁ」
「構いませんよ」
 がっつくリムを、紫苑は微笑ましく見守るばかり。
「仕方ないか、美味しいもんね。……よし、次はわかめうどんにしよう!」
「千もまだまだ食べるぞ! みんなで食べるとおいしいな!」

 ……とまぁ、賑やかな集団から少し離れたところに、あの二人。
「有理は何にしたんだい?」
「私はお揚げが乗ったうどんにしたよ。あの子の好きな味を、しっかり覚えておくんだ」
 妹が聞いたらきっと喜ぶだろう。
 そう微笑む冬真を見つめて、有理は続ける。
「貴方の好きな味も、もっと知っていきたいな」
「それじゃ、良かったら半分どうぞ」
 頑張ったご褒美に。からりと揚がった円状の塊を割って、お揚げの隣に並べる。
 それを見ているだけでも有理の心には温かいものが込み上げた。
 かき揚げを口に運べば、さらに。
「……美味しいね」
「うん、美味しいね」
 はあっと、溢れた白い息が空に溶けていく。
 その何でもない光景が何物にも代え難い理由。
 素朴なうどんが極上の味わいになる理由。
 それは言わずもがな。あなたが隣にいるから。
「いつも傍にいてくれてありがとう」
「私も、傍にいられて幸せだよ」
 二人は視線を交えて、愛してると言葉を重ねた。
 ……その様子は志苑をはじめ、仲間たちがしっかりと見ていた。

 やがて、祭りにも終わりは来る。
「美味しかったね」
「うん。美味しかった」
 うどん坂を全力で上りきったラズリーと梅太が、ベンチに腰掛け一息ついている。
「今日は、有難うね」
「こちらこそ、ありがとう」
 また一緒に遊びに行こうね。
 ぽかぽかと心地よい感覚に浸る二人の姿は、沈む夕日で赤く染まっていた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 6
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