病魔根絶計画~死病の名残

作者:柊透胡

 結核――世界人口の3分の1が感染しているとも言われる、結核菌により引き起こされる感染症。かつては「不治の病」とも呼ばれていたが、治療法が確立した現代では必ずしも死に至る病ではない。それでも、肺から肺へ空気感染する強い感染力により、日本でも発病者が後を絶たない。
 結核の発症は全身の器官に及ぶが、所謂『肺結核』は日本での感染者の実に8割を占めるという。
 大学を卒業して間もなく発病した、田所・久栄(たどころ・ひさえ)もその1人。現代に於いて、結核は抗結核薬をきちんと服用すれば治る病だ。しかし、初期症状が風邪と似ていた事と就職直後の忙しさに受診が遅れた久栄は、倒れた時には相当病状が進行してしまっていたのだ。
 ゴホッ、コホコホコホ――。
 激しい咳と喀血。肩で息をする久栄は常の微熱の為、双眸は潤み、赤らんだ頬と対照的に肌は青白い。登山が趣味で全国の山々を巡ってきた溌剌さは見る影もなく、随分と痩せてしまっていた。
「久栄……」
 そんな彼女を痛ましげに見詰めるのは、幼馴染の婚約者だ。
 病状の重さと空気感染の強さ故に、傍にいてやる事も出来ない……彼女と自分を隔てる病室の窓ガラスを叩きたくなる拳を握り締め、青年はゴメンと小さく呟いた。

「定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 集まったケルベロス達を、静かに見回す都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)。
「本件は、病魔根絶計画第3弾となります。病院の医師やウィッチドクターの努力で、『結核』という病気を根絶する準備が整いました」
 現在、結核患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められている。
「皆さんには、特に強い『重病患者の病魔』を倒して頂く事になります」
 今回で重病患者の病魔を1体残らず討伐出来れば、結核は根絶される。もう、新たな発病も無くなる。逆を言えば、1体でも敗北すれば結核の根絶に失敗する事になる。
「ドリームイーターの情勢に比べれば、決して緊急とは言い難い案件です。しかし、結核に苦しむ人をなくす為、是非、作戦を成功させて下さい」
 尚、結核の病魔召喚は、既に「ミッション14-1 結核治療任務」で行われている。つまり、今回の作戦に成功すればミッション14-1の破壊も叶うのだ。
「結核の病魔は、病気の苦しみを擬人化したような白い異形です。目や口と思しき穴から血を流し続けています」
 この流血は結核菌の塊で、空気感染や飛沫感染でケルベロスを冒す。又、体内の結核菌を活性化する事で、更に毒性を高めるようだ。
「今回も結核の病魔に対する『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運べるようです」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問等で元気付ける事で、一時的に得られるようだ。個別耐性を得ると「この病魔から受けるダメージが減少する」ので、戦闘を有利に進める事が出来るだろう。
「今回ならば、ケルベロスの頼もしさ等で患者さんを安心させてあげれば、良いかと思います」
 担当する重病患者の名前は、田所・久栄。年齢は23歳。大学卒業後、スポーツ用品の会社に就職して間もなく発病したようだ。
「病院に行くのが遅れて、症状が重篤化したようです。家族を早くに亡くされて天涯孤独の身の上ですが、幼馴染の婚約者がいらっしゃるようですね」
 元気な時は登山が趣味で、精力的に日本各地を巡る山ガールだったようだ。健康が自慢だっただけに、現状に不安を募らせているだろう。
「昔は『労咳』とも呼ばれた感染力の強い厄介な病気ですが、根絶するチャンスです。皆さんの手で、結核に苦しんでいる人を助けてあげて下さい」


参加者
奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
ソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)
ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)
クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106)
月井・未明(彼誰時・e30287)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●死病の名残
 隔離病棟へ向かうのは、ケルベロス8名に対してサーヴァントは5体。その種類も様々で、見た目にも賑やかな一行だった。
 この先に、重篤の結核患者――田所・久栄がいる。治療法が確立していようと、結核の『死病』のイメージは根深い。
「もう、死の病だなんて言わせませんわ!」
 子猫に変じるファミリアロッドを握るソフィア・ワーナー(春色の看護師見習い・e06219)。表情豊かなその面も今は真剣そのもの。
「久栄さんを治す為にできる事を精一杯、だね」
 控えめに頷くのはティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)だ。かつて、恋の病魔事件に共に挑んだ誼もあって、意気軒昂なソフィアを見る眼差しは頼もしげであり、微笑ましげであり。主の肩に抱きつくボクスドラゴンのクラーレも、同意するように鳴く。
「……」
 本棟と隔離病棟を繋ぐ渡り廊下に、影が1つ。20代半ばの青年が、一心に隔離病棟の方を見詰めている。
「お兄さん、こんにちは! もしかして、田所・久栄さんの?」
「久栄を知っているんですか!?」
 その青年は空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が思った通り、患者の婚約者だった。
「ここからは、僕達ケルベロスに任せておけ」
 はっきりと請合う事で彼も安心させてあげられれば、と奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)は思う。
(「病魔根絶計画は3度目、僕の参加も3度目だ……成功も、3度目になればよい」)
「今回も頑張ろうか。な、サキミ」
 水のボクスドラゴンは相変わらず無愛想で、ちらと一十を一瞥したのみ。
「そうそう。ケルベロスが助けに来たから、もう大丈夫なんだよ」
 紀美ものんびりの口調で、頷いて見せる。
「ケルベロス……では、あなた達が先生が仰っていた……」
 青年の表情は安堵そのもの。ケルベロスへの信頼を感じ、ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)は思わず頬を掻く。
(「まあ、自信あるいうても、うちの場合、お仕事はまだ2度目やけどな」)
 ぶっちゃけてしまった本音は胸に仕舞う。今日も砂嵐しか映さないテレビウムのてつちゃんと並び、愛嬌ある笑みを浮かべるウーリ。絶対に助けるという心意気に嘘はないから。
「なにか伝えたい事があれば伝えてくるけど、もう少ししたら会えるからね。ほら、お兄さんも元気だして!」
「大丈夫です、必ず彼女は元気になります」
 紀美の明るい言葉に続き、ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)も励ましの笑顔を向ける。
「けど、僕らが出来るのは病を治すところまで。弱った体力を取り戻すには貴方の協力がきっと必要です」
「はい、治ったら必ず……久栄を、どうか宜しくお願いします」
 丁寧に頭を下げる婚約者に見送られ、ケルベロス達は隔離病棟に足を踏み入れる。
「では、供をして呉れ、ノーレ」
 寄り添うビハインドに声を掛け、クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106)は病室の名札を眺める。
(「医者が本業、ケルベロスが副業……私は、本当にただの医者だ」)
 今までは見送ってきた――傍らのノールマンもそうだったように。
(「然しヒーローを、万能の医者を望むというなら。演じきってみせるとも」)
 ひっそりとした病棟の静寂に紛れるのは死の気配と諦観。そんな空気を一掃出来るのは、ケルベロスしかいない。
(「ここが水際なら、踏ん張るだけだ」)
 率直実直、いっそ頑固な気質さえ冴えた陽色の瞳に覗かせ、月井・未明(彼誰時・e30287)は目的の病室のドアをノックする。
「……どうぞ」
 小さな応えに、ウイングキャットの梅太郎も前脚でドアをちょいと突いた。

●不安と癒し
 ゴホッ、コホコホコホ――。
 激しい咳の音が聞こえた。痩せた肩を震わせ、ゆっくり顔を上げた女性――田所・久栄は潤んだ瞳を見開く。
「……駄目、感染ってしまうわ」
 結核は空気感染する。だが、ケルベロス達は感染予防の対策を特に取っていなかった。全員が久栄より若ければ尚の事、寧ろ彼女の方が怯えた様子でマスクに手を伸ばす。
 ゴホッ、ゲホッ。
「大丈夫、私達はケルベロス、ですから」
 思わずベッドに駆け寄ったティスキィは、咳き込む久栄の背中を撫でさする。
 病魔召喚から病魔を倒して結核を根絶すれば、感染の心配もなくなる。まずその説明が先だろう。
「こんにちは。お姉さんの病気、治しに来ちゃいましたっ。ケルベロスなわたしたちにぜーんぶおまかせ! だよー」
 場違いな程に明るい紀美の声音。
(「わたしにできるのは暗くならない事ぐらいだもん」)
「はじめまして、ケルベロスの月井・未明です。きみの病を斃しに来た」
 対照的に、未明は落ち着き払って自己紹介。
「ケルベロスのソフィア・ワーナーです。私もあなたを治しに来ました」
 春色帯びた優しい雰囲気で、ソフィアは丁寧に挨拶する。
「今日まで辛かった事でしょう。でももう大丈夫です。私達が必ず、あなたを治します」
 8人は順々に、名前と共にケルベロスと名乗った。そうして、久栄を治しに来たと明言する。
「まだ身体が辛かろう。楽な姿勢で良い。相槌も必要ない。ただ、僕達の言葉を聞いてもらえぬか」
 地球人であれば隣人力を発揮しただろう気遣いを示し、隔てなく久栄の顔を見て話す一十。
(「病気の辛さ、わかるな」)
 幼い頃に生死の境を彷徨った経験から、咳の止まらぬ久栄にタオルを渡す等、ティスキィは甲斐甲斐しく世話をする。
「もう心配いらんよ。君の事を救う為、これだけの番犬が集まったんだ」
「わたしはただのケルベロスだけど、お医者の先生なケルベロスもたくさんいるんだよ。病魔を召喚して、ちゃちゃっと悪い病気は治しちゃうんだから、すごいんだよ」
 不安を払うべく、言葉を重ねるクラレットと紀美。伸ばされたクラレットの左手が久栄の微熱を和らげる。
「体調崩してる時ってただでさえ寂しなるのに、よう頑張ったな。絶対に治したるから。その為にうちらが来たんやもの」
 繋がれた手の温もりと共に聞こえたウーリの言葉に、久栄は徐に首を傾げる。
「……私、何を、すれば……?」
 病魔召喚とだけ聞いても、ピンと来なかったのかもしれない。久栄の問いに、未明は感心の表情でしみじみと。
「随分と頑張ったなあ」
 重い病気に罹りながらも久栄が不安に負けなかったから、ケルベロス達もこうして手を伸べる事が出来るのだ。
「今日まで頑張ってくれて、ありがとう。苦しさも不安も、ぜんぶ此処でおれに寄越すと良い。必ず、勝ってみせる。なに、ケルベロスは頑丈だ。遠慮せずに頼れば良い」
 未明の宣言に、ケルベロス達も一応に頷く。サーヴァントらもやる気を一杯にアピールだ。その様子に眦を弛めながらも、久栄の表情に差す翳はやはり不安か。
「結核の病魔って、強い?」
「……っ」
 かつて、幼馴染を病魔から救えなかった。昔を思い出すと震えそうにもなる。
(「……恐れるな。不安なのは患者さんの方だ、僕が恐がってどうする」)
 そう、今の自分ならばきっと――葛藤も束の間。ミルラも久栄の手を握り、力付ける。
「病魔根絶計画において既に2例、治療の難しかった病の根絶に成功しています。何も心配はいりません。僕らが必ず貴方を元気にしてみせます」
「これまでの根絶計画同様、此度の結核とて文字通り根絶やしにしてみせるとも。久栄さん、今までよく闘ってくれた。この先は我々に委ねてくれまいか」
 年齢に違うやや古風な口調で一十が請合えば、ティスキィも笑顔で頷く。
「大丈夫、大丈夫、ですよ。久栄さんの病気もきっと治しますから」
 大丈夫――それは、ティスキィの義兄の口癖。彼女自身もずっと聴いてきた安心する言葉だから、祈りのように繰り返し口にする。
「ね、病気が治ったらしたい事は何ですか?」
「したい、事……?」
「ベッドは退屈だろう、わかるとも。よければ、君の話も聞こう」
 クラレットに促されて――例えば、未踏の山の事、これからやりたい事、そして幼馴染の彼の事。
「あのね。婚約者のお兄さん、『治ったら、一緒に富士山のご来光見よう』だって。ずっと誘われていたのに、何だかんだ言い訳して逃げてたって……本当?」
「うん……でも、一緒に富士山行けるなら、この病気になった甲斐もあった、かな」
 久栄の微笑みに、紀美はやっぱりと実感する。
(「たいせつなひとからの言葉が1番の力になるんだから!」)
「うちらが傍にいる間も、外では婚約者さんかて歯がゆい思いしてはる。1人やないからね」
 治った後は嬉しい事も沢山ある。だから一緒に頑張ろうと励ますウーリ。
「外で待ってる婚約者さんに笑顔でただいまって言える手伝い、確りやらせてもらうな」
 ふと窓から外を見れば、渡り廊下には変わらず青年が立っていた。紀美やウーリと談笑する久栄を見守る複雑な表情が見えた気がして、クラレットは内心で呼び掛ける。
(「硝子越しも今日までだ」)
「治ったらきっと、他の山にも行けます」
「久栄さんの想い、きっと叶えますね」
 ソフィアとティスキィにも、久栄は感謝の表情で小さく頷く。
「婚約者さんの事、趣味の事、楽しい事を考えながら待っていてくれ」
 一十の言葉に久栄は静かに瞑目する。彼女をストレッチャーに移せば――さあ、いよいよ病魔召喚の時間だ。

●結核召喚
「……いきます!」
 初めての病魔召喚。緊張の面持ちで、ストレッチャーの傍らに立つティスキィ。
 コホォォォ――。
 濁り切った息が病室に充ちる。出現した病魔は、眼窩と口腔と思しき穴より紅を溢れさせた。
「もうあとは治るだけだから安心してね」
 久栄に声を掛け、ストレッチャーを押す紀美。ディフェンダー達が病魔に立ち塞がる間に、クラレットが病室のドアを開けて外へ逃がす。
 その間に、一十は今回唯一のクラッシャー、ミルラにルナティックヒールを投げる。
「逃さず、そして迅速に終わらせよう」
 幸い、獣性が刃を尖らせる。左胸に地獄が灯れば、指先はもう震えない。ミルラが放つ蔓触手がのたくり、病魔に迫る!
「……っ!」
 本来なら前衛でも命中し易い技。それが、避けられようとは。
 コホォォォ――。
 病魔より広がる紅の霧が前衛を包む。咄嗟に梅太郎が未明を庇うも、ウーリはゾクリと身を震わせる。
 ゴホッ――!!
 血霧は恐らく菌の塊。範囲攻撃と個別耐性、そして盾たるのお陰でダメージ自体は深刻ではない。だが、病毒を放置すれば確実に体力は削がれていく。
「キャスター、だよ!」
 自らもキャスターながら、眼力から知った命中精度の低さに敵のポジション看破するティスキィ。放った轟竜砲は病魔を捕えるも――クラーレと魂を分け合う身では、厄付けにも後れを取り易い。
「くっ!」
 未明も悔しそうだ。本来、ライトニングボルトは得意技とも言えようが、キャスターが相手では。果たして、杖から奔った雷撃は病魔を反れてベッドを爆砕した。
 すかさず、オウガ粒子を放出するクラレット。前衛の感覚を澄ますべく――未明とウーリに効が及んだのは幸いであった。ジャマーの強化は掛かれば大きい。
 ウーリが禁縄禁縛呪を投げるのに続き、てつちゃんがテレビフラッシュで挑発するも、範囲攻撃に使役修正も重なれば、怒りを植付けるのは相当時間が掛かりそうだ。
 他のサーヴァント達も、回復に専念するサキミを除いて、次々と病魔に挑む。今回、大半のケルベロスがサーヴァントを伴う。厄・強化こそ厳しいが、サーヴァントの強味は手数の多さ。ディフェンダーの他にキャスターとスナイパーに配置したのは、命中率の点で巧手と言えた。
 後は、如何に「全員の攻撃が命中する」状況に持っていくか。
「女神フローラよ、どうか私に癒す力をお分けください」
 メディックのソフィアが強く祈れば、煌くオーラも前衛に注がれる。病毒を浄化すると同時に、超感覚をも呼び覚ます。
「うわぁ、なんだか見るからにしんどそうな病魔だね……」
 久栄の避難から戻ってきた紀美は狙いを付けるが……最も命中率の高い催眠魔眼は範囲攻撃。単体の敵には勿体無いと言わざるを得ない。
「汚い怖い病魔はきらい。悪い事するやつは許さないんだから!」
 それでも、スナイパーは反撃の起点。紀美のスターゲイザーは完全には病魔を捕え切れなかったが、クラレットのビハインドも果敢にポルターガイストを放つ。スナイパー双方の攻撃がじわりと病魔の動きを鈍らせば――ミルラのフォーチュンスターを始め、熟練の攻撃も次々と当たり始める。
「緊急、行います!」
 病魔の飛沫感染は専ら後衛へ飛んだが、ディフェンダーと防具・個別耐性に守られる間に、ソフィアのウィッチオペレーションとサキミの属性インストールがが戦線をよく支えた。
「あまり実践した事は無いのだが――」
 病魔がブクリと膨れれば、すかさず一十の拳が強かに打ち貫く。鉄拳鉄貫に続き、ティスキィやウーリのハウリングフィスト、クラーレのボクスタックルが、活性化した菌が撒かれる前に威を殺いだ。
「みえぬものこそ」
 観るなら瞼へ、触れるなら指先へ。一方で、未明の薬は厄付けの不得手を補完する。
 コホォォォ――。
 白い全身を朱に染め、尚も病魔は病を振り撒くべく身を震わせる。
「その道行きに花を」
 終焉は近い。一十が差し出す慎ましやかな白い花束は忽ち大きく花開くや、獰猛に喰らいつく。攻性捕食の軌跡を辿り、サーヴァントの攻撃も次々と。
「久栄さんの傍にいるんはあんたみたいな病やなくて、親しい人と笑顔で過ごせる未来と趣味を楽しめる健康や」
 病魔に手加減は不要。ウーリが険しい顔で掌を打ち鳴らせば、耳鳴りの檻を病魔を捕える。
「つぎはわたしの番っ!」
 射手座のモチーフが紀美に授けるのは、無邪気な射手の加護。ネイルに借りた魔力の矢の軌跡は星のようにきらきらと――ふたりのこれからを願うように。
「ゆめゆめ忘れる事なかれ、君の世は」
 クラレットの左手、平素より冷えた指先が生むのは幻の雪原。その白は病魔をも捕え、永久の冬に閉じ込める。
 風は赦しに、花は祈りに――ティスキィの清らな祈りが風花の舞を喚ぶ。緑の風に巻かれる花びらとシトラスの香りが、病巣を晴らし清涼を運ぶ。
(「未熟は百も承知。でもそれは、目の前の病を諦める理由にはならない」)
 意気も強く、未明が放った雷撃は今度こそ病魔を穿つ。
「パクス!」
 初めて攻撃に加わったソフィアより、愛らしい黒猫が飛び掛る。小さな爪が更に病魔の傷を抉った。
 ――――!!
 伸び上がった病魔の体が、不自然に強張った次の瞬間。
(「届かない弱さに泣くのは、あの日だけで十分だ」)
 ウィッチドクター達の手腕に目を細めるミルラの脳裏に過るのは、『君』の面影。
(「救えなかった君の分をだなんて言わない。ただ、僕は届くものを全て救いたい」)
「おいで、ヨクル・フロスティ」
 ドルイドが燻らせる氷花の香の幻想は、吹雪の白。雪妖精ヨクルの惑わしは、瞬く間に病魔を凍らせ砕いた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月14日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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