病魔根絶計画~助けてとありがとうが言いたくて

作者:澤見夜行

●心の雫
 ――結核。
 世界人口の三分の一が感染しているとも言われる、結核菌によって引き起こされる感染症である。
 現代において、抗結核薬の開発により必ずしも死に至る病ではなくなったが、その絶大な感染力により、日本でも発病する人間が後を絶たない。

 その病室で、少女――芹沢灯華は自らの運命を呪っていた。
 幼少期から結核に蝕まれ、十八歳になる今もなおその症状は続いている。
 症状は重い。所謂、重症患者として院内では扱われていた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
 咳と共に長い黒髪が揺れる。
 痰が絡む咳が続いている。忌々しげに目を細めると、窓の外へと視線を移した。
 落葉し、冬木となった植樹が侘しい。また一枚、木の葉が落ちた。
「ふふ……あの木の葉が全て落ちたら、私も死ぬのかしら」
 それは本やドラマで覚えた言葉。ああ、そうか。この言葉を口にするときはこんなにも空虚なものなのか。灯華は冷めた視線を窓から天井へと移した。
 灯華は諦観していた。
 親は早くに匙を投げ、見舞いにすらこなくなった。当然友人なんてものもいない。
 孤独である。そしてその孤独にも慣れ果てた。
 もはや治ることはないこの病。薬漬けにされてもまるで改善されない。一度しかない青春を病院で過ごしてしまった。きっと一生、隔離されるようにこの病室で過ごすのだ。
 いや、もういつ死んでもおかしくないのではないか。
 合併症が引き起こされれば、それが原因で死に至る可能性だってある。
「えぇ、きっとそうよ……」
 奇跡なんてものは起こらない。死に至るというのなら、いっそすぐにでも楽にしてほしい。
「……まるで悲劇のヒロインね」
 けれど物語のヒロインのように救いはこないのだ。
 灯華は布団に顔を埋めた。
 静謐湛える病室に、静かに嗚咽が漏れ始める。
「うぅっ……いやよ……死にたくなんてない……」
 諦観した心に宿る、一つの願い。
「だれか……、だれか助けてよ……」
 孤独な少女の救済を願う心の雫が、静かに布団を濡らしていく――。


 クーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が集まった番犬達に説明を開始する。
「新たな病魔を根絶する準備が整ったのです。皆さんに今回担当してもらうのは『結核』という病気なのです」
 古くより世界に広まる病魔を、ついに退治することが決まったのだ。病院関係者のみならず気合いが入る。
「手筈はいつもの通りなのです。皆さんには特に症状が重い『重病患者の病魔』を倒して貰いたいのです」
 この重病患者の病魔を一体残らず倒すことができれば、この病気は根絶され、もう、新たな患者が現れることもなくなる。当然のことながら敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまうだろう。失敗しないよう絶対に仕留めておきたい。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、決して緊急の依頼という訳ではないのです。けど、この病気に苦しむ人をなくすため、ぜひ、作戦を成功させて欲しいのです」
 クーリャは資料を読み進め、病魔の詳細情報を伝えてくる。
「今回の病魔、やはり感染が特徴のようで、それに準じたグラビティを使用してくるようなのです」
 複数を同時に毒状態にする空気感染。そして体液を飛ばし毒を感染させる飛沫感染に、自身の菌を活性化し回復と同時に破壊力を上げる能力も持つ。
 しっかりとした対策を練っていきたい所だ。
「今回も、この病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができるのです」
 個別耐性を得られれば、「この病魔から受けるダメージが減少する」のでかなり有利になるはずだ。
「個別耐性を得るには担当してもらう少女とお話することが重要なのですが、今回担当してもらうことになる芹沢灯華さんはちょっと気難しい性格なのです」
 病状について諦観している上に、環境と、素直に慣れない性格が災いしてか誰に対しても心を閉ざし気味だ。
「よーするに、ツンデレのツンの部分が目立つのです。
 けれど、どんなに口で諦めてると言っても心の奥底では助けを求めてるはずなのです。ケルベロスの皆さんの良さや頼もしさを見せて安心させてあげることができれば、きっとうまく行くはずなのです」
 病魔を退治し病からの解放を信じさせてあげることが重要だろう。
 クーリャは資料を置くと番犬達に向き直る。
「薬ができたとはいえ、未だに死者がでる厄介な病気なのです。この病気で苦しんでいる人を助けてあげて欲しいのです。
 そして病魔を根絶するチャンスなのです。確実な撃破をお願いするのです。どうか、皆さんのお力を貸してください!」
 そうしてクーリャは一礼すると番犬達を送り出すのだった。


参加者
ティアン・バ(泥樹・e00040)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)
ノエシア・ファンダーヌ(夕闇に溶けゆく・e31903)
レイ・ローレンス(イラ廃暴走幼女・e35786)
朧・陽葵(不調和オートマタ・e36285)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)

■リプレイ

●救いの手
 病室の扉をノックする音が響く。
「……」
 居留守などしても無駄だというのに病室の主である芹沢灯華はその音を無視した。
 再度、扉がノックされる。繰り返される音は止まる気配がない。
 諦めるように、しかし苛立たしげに身体を起こすと、灯華は「誰……」と低い声を扉に投げかけた。
 その声を入室の許可と受け取った訪問者は、音を立て病室へと足を踏み入れる。
「……誰なの貴方達」
 見覚えのない顔が八つ並んでいる。全員女性だ。
 一体誰だろうか。そもそも自分に面会にくる者などいないはずなのだ。
「やあ、はじめまして。私はノエシアと言う」
 背の低い眼鏡を掛けた女性――ノエシア・ファンダーヌ(夕闇に溶けゆく・e31903)が和やかに声を掛け名乗った。
「……誰なの」
 再度問いかける灯華。その低い声はとても友好的とは言えなかった。
「私達はケルベロス。キミも聞いたことはあるだろう?」
「ケルベロス……正義のヒーロー」
 それは子供の頃の記憶。世界を悪の手から救う為に戦う者達の名が思い起こされた。
「そのケルベロス……さんが、私に何の用なの」
 自分の様な死に体に一体何の用があるというのだろうか。医者がとうとう見放して、ベッドを空けるために寄越した殺し屋なんじゃないかと、灯華は思った。
 警戒心を露わにする灯華にノエシアは微笑みながら一枚の資料を渡し説明する。
「最近、病魔が対峙されつつあるのはご存じかな?」
 見ても意味が無いとメディアを遮断して過ごしていた灯華がゆっくりと頭を振る。
 資料に目を通すと、難病と言われていた憑魔病、そしてハゲロフォビアが根絶されたことが端的に書かれていた。
 話が繋がらない――けど、これはもしかして。
「次は結核を根絶する……つまり、そういうことだ。私達はキミを、暖かな日の下へと導きにきた」
 顔を上げる灯華はゆっくりと頭を横に振る。
「嘘よ……そんな、出来るわけないわ」
「灯華さん……ここまでよく、頑張ってこられました……」
 一歩前にでた白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)が灯華の手にそっと手を重ねる。
「辛い治療も寂しい思いも、全部全部……自分の中にしまってきたのですから」
 優しい言葉に、心が揺り動かされる。灯華の脳裏に過去の出来事が想起され、洪水のように溢れ出した。
 夕璃は枕元に置かれた小説に目を向けながら、言葉を重ねる。
「冷凍睡眠しなくても、今これからを青春に出来るように――私達に力を尽くさせてくださいな?」
「でも、無理よ……勝てるわけないわ」
 自分を苦しめる病の怖さは自分がよく知っている。灯華は資料に書かれた根絶の手順を目にし、無理だと頭を垂れる。
 そんな灯華に話しかけるのは朧・陽葵(不調和オートマタ・e36285)だ。
「……俺もさ、つい最近までは灯華と同じだったんだよ。はは、そうは見えないだろ」
 陽葵は自身もずっと入院生活を続け、自棄になる気持ちも諦めたくなる気持ちもよく理解していた。
 でも、だからこそ、それは今日限りで閉店させる。そう心から思っていた。
「事情は違うけどさ、諦めるなよ。やりたいこと、夢見てた事、なんだって出来る。我儘言ったっていいんだ」
 治ったら、まず何をやりたい? 陽葵は無限に広がる可能性を灯華へと投げかける。
「……私は、でも……」
 信じることができず、決心が鈍り言い淀む灯華に、煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)もまた言葉を紡ぐ。
「私、病気とは違いますけど、とある理由でこの歳まで隔離されて育ったんです」
 強制された療養の日々を想い起こし、カナは静かに語る。
「今までもずっと病室で孤独に過ごしてきたあなたの気持ち、痛いほど分かります。だから、絶対あなたを治したい。こんな寂しい想いをしている人、見たくないんです」
 初めてその身で受ける優しき言葉の数々は、灯華の心に巣くう諦観や絶望といった負の感情を少しずつ洗い流していく。
「夏への扉の本だって、楽しい夏を諦めなかったんだろ? ……灯華はどうしたいんだ?」
 陽葵の再度の問いかけに、大好きな小説へと視線を向ける灯華。
 どうしてこの小説を好きになったのか。表紙の猫に釣られて読み始めただけだったのに、どうしてずっと手元に置いているのか。
 小説の中の主人公と愛猫は様々な苦難に遭いながら、夏への扉を探し求める。
 決して諦めない、暖かな未来を目指して。
「わ、私は……」
 ギュッとシーツを握る灯華。出会ったばかりの番犬達に心を許して良いのかわからない。けれど、初めて触れる人の優しさ。親身に話しかけ、この病を治し未来を与えてくれるという言葉の数々に、感情が溢れ零れ出す。
 誰かに伝えたかった、誰かに聞いて欲しかった。その言葉が喉を突く。
「……助けて、助けてよ……」
 強く瞳を瞑り、顔を紅潮させながら涙する灯華は、確かに「助けて」と番犬達に伝えたのだ。
 その言葉に、番犬達は笑顔で応える。
「ええ、絶対に助ける。助けて見せます」
 嗚咽を漏らす灯華は番犬達に優しく抱き留めながら、今しばらくその暖かさを確かめるのだった。

 一頻り涙を流した灯華が落ち着いたのを見計らって、ティアン・バ(泥樹・e00040)と真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)が灯華の髪を結い、いろいろな髪型を試している。番犬達は灯華を囲むようにして、病室は楽しげにガールズトークの花が咲いていた。
 レイ・ローレンス(イラ廃暴走幼女・e35786)のサーヴァントのホルスが居たたまれなくなって逃げようとするが、レイが逃がさないよう抱きかかえ、その様子を見た灯華がおかしさに笑みを零す。
「よい笑顔です。憂いた顔では病は治りません。病は気からです、そして恐怖は知る事で克服も出来ます。まずは……林檎でも食べてください」
 梔子がそういうと、丁寧に兎型にカットしたリンゴの入った皿がノエシアから手渡される。
 梔子は、免疫力を高める事で病にも薬にも負けない身体作りこそが、病魔に打ち勝ち回復に向かう道なのだと、落ち着いた口調で優しく伝える。
「そして心配を与えないようにちゃんと顔を、目を見て笑顔で」
「……それでもダメならどうするの?」
「そうですね、それでも治らない様なものなら、病を殴ってでも追い出すんですよ」
 真面目な顔して冗談を言う梔子に、灯華が笑う。
 その笑顔を梔子は大切なものだと感じる。灯華には人としてもっと笑っていてほしいと思う。生きているのだから、幸せにならなければ嘘だ。丁寧に髪を結いながら優しく微笑んだ。
「ティアンも本が好きでな、灯華の好きな本の話、聞かせてくれ。皆でおしゃべりしよう、女子会と言う奴だ」
 元気になったら外にもいってみようとティアンは誘う。冬空とは違う、眩しい夏の情景を言って聞かせる。それは常夏の故郷の煌めくほどの碧い海。あの輝きを灯華にも見せたいとティアンは思った。
「そりゃいいな。少し時間はかかるかもしれないけど、街中を歩くことだってできるし、友達だって作れる」
 陽葵の言葉に、「友達……」と目を伏せる灯華。
「あ? 友達の作り方がわからないのか? 相手と話して楽しい、一緒に過ごしたいって思えたら自然となってるのが友達なんだよ! 俺たちとじゃ友達になれないか?」
「友達……なってくれるのかな……」
 上目遣いにためらいがちな言葉。しかし番犬達は当然のように皆笑顔で答える。もう友達だよ、と。
「あのね、ボクも十八歳なんだ。同い年だね!」
 定命化するまでこんな幸せがあるなんて知らなかったとフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)が嬉しそうに言う。
「次の灯華さんの誕生日は友達――ここにいる皆でお祝いしよ!」
 フィーの提案に番犬達が口々に乗っかっていく。
「クロちゃんのお仲間も増やさないと、だから買いに行きましょうなの。本も続きがあるから探さないと……秋や冬、春もあるから。ほら……やる事いっぱいなの」
「猫が好きなら一緒に猫カフェに行きませんか? いい猫カフェを知っているんです。いきなり一緒にどこか行くのが無理なら、まず文通から始めましょう。……文通なんて古いですか? 私、携帯持ってないんです」
 レイの提案に皆が頷き、カナの言葉に「私も携帯ない……」という灯華。なら一緒に携帯見に行くのも良いかもね、と話は膨らんでいく。
「お買い物にいくのなら、お化粧もしましょう。……ほら、今でもこんなに綺麗になれるんですから……ね?」
 夕璃がティアンと梔子が結った灯華の髪に、持ってきたリボンと髪ピンで彩りを加える。
「かわいくして出かけよう。ほら、これだけでも印象が変わる」
 ティアンが灯華に鏡を見せて出来上がった髪型を見せる。
「う……なんか恥ずかしい」
「可愛い服とかも着てさ、もっとかわいい格好して、話題のお店で美味しいもの食べてお喋りしようよ」
 苦しさも、諦める必要もない、普通の日常とちょっとの楽しみが続くそんな未来を、灯華は確かに夢に見ることができた。
「ふふ、その髪型、よく似合ってるね。もっとお洒落をして、キミが笑顔で街中を歩けたら……それはとても素敵なことだと思う」
 穏やかに優しく微笑むノエシア。そんな光景が訪れる日が来るのだろうか。灯華は目を閉じ夢想する。
「だから、私達を信じて、病魔を破るまで待っていて欲しい。お願いしてもいいかな?」
 ノエシアの言葉に、ゆっくりと灯華は頷いた。
「うん……みんなのこと信じる。もうちょっとだけがんばってみる」
 今度はハッキリと、透き通る声で番犬達に答えた灯華。その瞳は何もかも諦観していた最初とは違う、未来を確かに見ていた。
 快復したら皆で遊びに行こうと約束し、フィーが持ってきたしろにゃんこさんを置く。その口には番犬達の連絡先が咥えられていた。
 そうして番犬達は別れを告げると、病魔討伐への準備に取りかかった――。

●病断つ力
 病魔召喚の当日。
 眠ることなく、咳き込みながら病魔召喚に臨む灯華。
 不安げな灯華に、番犬達は一人ずつ声を掛け、不安を取り除いていった。
 そして病魔召喚が始まる――。
「病の根源、取り除かん……。正体を見せよっ!」
 フィーの召喚儀式に合わせ、夕璃が病魔退治に用いる愛刀・大天田元真の刀身で病魔を映し出す。光を放つ刀身が喚び出された病魔を灯華の身体からはじき出した。
 現れた病魔の姿に、梔子は自身の因縁を思い出し顔を顰めた。
「避難を!」
 フィーの一声に、すぐさま待機していたウィッチドクターが動き出す。灯華を支え避難を開始する。
「みんな……!」
 部屋から出る直前、灯華が声を上げた。病魔から目を離さず灯華の声を背で受ける番犬達。
「……がんばって!!」
「任せて!」
 振り返りウインクするフィー。
「皆様とウチ、『サモニング・ローレン』が居ますの。安心して下さいなの」
 レイがキラキラのプリンセスモードで華々しく変身すると、灯華に希望を与える。
 他の面々も思い思いの方法で灯華の期待に応えた。
 避難は完了した。あとはこのおぞましき病魔――結核を葬り去るだけだ。
「なるほど。死の病に恥じない風貌だね」
 魔法で具現化した拳銃から弾丸を放ちながら的確に病魔へダメージを与えていくノエシア。
「けれど、それも今日で終わりだ。――彼女達の苦難も涙も、ここで断ち切ってみせる」
「ええ、これ以上、彼女の人生を奪わせはしません!」
 病魔より撒き散らされる菌に即座に対応し、花びらのオーラを生み出し癒やすカナ。
 個別耐性によりダメージが軽減さているといっても、その力は強大だ。仲間を支えるカナは必死に治癒を続ける。
 紙幣を散布しながら、併走するフィーへ向けた攻撃を庇うティアン。気力を溜め込みながら音速の拳を振るう。
 大人へと近づく灯華を羨ましいとティアンは思う。自分も早く大人になりたいといつも思っていた。きっと大人になれば新しい楽しみが見つかるはずだ。
「やってみたい事、みつけるといい」
 相手の首下目がけて光る刃と共に落下しながら、扉の外で見守る灯華へと言葉を届ける。
「想い描く結末は――もうその掌の中に」
 幻が描き出す、絵本の中の幸いの光景。フィーの生み出す幻想のオーケストラが破邪の音色を奏でていく。
「僕の好みはハッピーエンド。病魔ごときに邪魔はさせないんだから!」
 杖から迸る雷を放ち病魔を追い詰めていった。
「やらせません……灯華さんを治すと、お約束したのですから……だから……悪しき蝕みは……広げさせません……!」
 フィーの破邪の力に合わせるように、夕璃もまた破魔の力を宿す光の羽衣で仲間達を守る。
 そして一気に病魔へと駆け寄ると卓越した一撃でその身体を切り裂いた。
「ミイラ取りがミイラなんてさせないの」
 蔓延する菌に対応するようにレイがオーロラのような光で仲間達の治癒を行う。そして手を休めることなく、次々に敵へ行動阻害を与えていく。
 追い詰められていく病魔。個別耐性を持つ番犬達はしかし、手を抜くことはない。確実に病魔を仕留めにかかる。
 仲間への攻撃を肩代わりしながら、梔子が走る。自身の身体を黒い液体で縫い合わせながら傷つく身体を無理矢理動かしていく。
 病魔へはトラウマがあるかもしれない。死を印象付ける姿は苦手だった。
 病魔を利用しようとしたダモクレス。梔子を地球人から改造してダモクレスにしたもの。
 想起される想いに頭を振るう。
「これ以上は蔓延らせません」
 電光石火の蹴りを放ち、勢いそのままに腕を振るって殴ると、霊力の糸で病魔を捕縛する。そしてそのままブラックスライムで丸呑みにすると上空へと放り投げる。
 それを待っていたのは陽葵だ。
「白き結晶混じりの澄んだ水。空を映す鏡と也て、神秘なる世界を体現せよ」
 水盆に張られた白き結晶を含む水。空を映す一片の曇りなき神秘の鏡が、悪しきを許さぬ全てを祓う浄化の光を放つ。
 光に包まれた病魔はおぞましい呻き声をあげると、光に飲まれ欠片を残すことなく消滅した。
 不治の病とまで言われた結核の病魔の根絶がついに成された――。

●ありがとうと言いたくて
 戦闘が終わった番犬達に灯華が駆け寄る。心なしか顔色が良いように見えた。
 しばらくは検査入院が続くが、退院の日には会いにくるよ、と番犬達は約束した。
 嬉しそうに微笑む灯華。
「さて、それでは帰りましょうか」
「あ、その待って!」
 仕事を終え去りゆく番犬達を引き留める灯華の声。
「その……えっと……」
 言い淀む灯華を見て、番犬達は互いに顔を見合わせ、微笑みながら待つ。
 そして長い長い葛藤のあと――。
「……ありがとう」
 恥ずかしそうに顔を紅潮させた灯華から静かに呟かれた言葉に、番犬達は笑顔で応える。
「こちらこそ――」
 病魔に立ち向かってくれてありがとう。この出会いにありがとう。
 繰り返される感謝の言葉が、一つの病が消えた病院に響き渡った――。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月14日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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