マリッジ・ブルームーン

作者:朱乃天

 洋服ダンスの奥に大切そうに仕舞われていた、一着の衣装。
 女性にとっては憧れともいえる、華美に装飾された白地のウエディングドレスを手に取って。彼女は感慨深げに眺めながら感嘆の息を吐く。
 それは彼女がまだこの世に生まれてくる前に、母親が結婚式の日に着たドレス。母親は自分の娘もこのドレスを纏って嫁ぐことを願い、仕立て直して娘に贈ったのであった。
 そんな母親も今は他界してしまい、花嫁姿を見せることは結局叶わなかったが。それでも愛情が篭った花嫁衣装を継いだ娘は、姿見に自分の姿とドレスを重ね合わせて映し出し。数週間後に迎える聖夜の結婚式に想いを巡らせる。
「私ももうすぐ、お母さんと同じように、このドレスを着て結婚式を挙げるのね……」
 娘が白い肌を仄かに上気させ、赤く色付く頬を緩ませながら幸福感に浸っていた時だった――不気味に蠢く怪しい影が、彼女の背後に忍び寄る。
 その正体は二体の魔女だった。突然姿を見せた魔女達が、娘のウエディングドレスを力尽くで奪い、彼女の目の前で容赦なく引き裂いたのだ。
「や、やめて……! ど、どうして……そんな、ことを……」
 穢れのなかった純白が、見るも無残な姿に変り果てていく。彼女にとってはただのドレスではない、母親との想い出や、幸せな未来を描いた夢が詰まった象徴でもあった。
 惨たらしく破り捨てられ、はらりと落ちる白い切れ端に、零れた涙の粒が滲んで濡れる。
 哀しみに嘆いて震える声は、やがて煮え滾るような怒りとなって。唇を噛み締めながら、女性は感情をぶつけるように二人の魔女を罵倒する。
「こんな酷いことをするなんて……私やお母さんの幸せまで台無しにして……許せない!」
 胸が張り裂けそうなほど辛くて苦しくて。泣き崩れて咽ぶ女性を、怒りの魔女は蔑むように一瞥し、悲しみの魔女も同調するかのように頷いて。二人は伏せる彼女に巨大な鍵を突き立てる。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと――」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 魔女達が突き刺した鍵を引き抜くと、女性は意識を失いその場に昏倒してしまう。そして彼女と入れ替わるようにして、二つの影が形を成して顕れる。
 片や炎のように赤いドレスに身を包み、片や氷のように青いドレスを纏った二体の淑女。新たな夢喰い達が生み落とされたその瞬間――二人の魔女は愉悦しながら、闇の中へと消え去った。

 パッチワークの第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテによって、またもやドリームイーターが生み出されてしまう。
「今回魔女に狙われたのは、近々結婚する予定の女性だよ。彼女は母親から贈られたウエディングドレスを着て結婚式を挙げる予定だったけど……その大事な衣装を切り裂かれてしまうんだ」
 予知した事件を伝える玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の言葉は淡々としているが、どこか感情を押し殺しているようでもあった。
 女性の母親は既に他界していて、残されたドレスは言わば形見の品である。その想い出までも踏み躙られた女性の心中は、察するに余りあるものがある。
 こうして『怒り』と『悲しみ』の心を奪って生み出されたドリームイーターは、周囲の人間を襲って事件を起こそうとする。
 まず青いドレスを着た悲しみの夢喰いが、『ドレスを裂かれた悲哀』を語り出す。そしてその悲しみを理解できない人間は、赤いドレス姿の怒りの夢喰いが『怒り』で以て殺害してしまう。
 そのような被害を食い止めるべく、敵を撃破してほしいとシュリはケルベロス達に乞う。
 戦場となるのは女性の家の庭先だ。現場に到着し、敵と遭遇すればすぐ戦闘に突入することになる。
 二体の夢喰いは互いに連携し合い、怒りが前衛を、悲しみが後衛を担う形で攻めてくる。
 敵の攻撃方法は、それぞれ手にしたブーケで炎や氷の嵐を巻き起こしたり、ナイフや銃を使った攻撃を繰り出してくる。
 ちなみに女性は家の中で気絶したままなので、戦闘時に危害が及ぶような心配はない。
「……だけど大切な品を目の前で台無しにされるのは、彼女にとってはとても辛い現実になってしまうよね」
 引き裂かれたドレスを例えヒールで修復したとして、元の形に復元するのは不可能だ。
 失われたものはもう二度と戻らない。しかし何より悲しいことなのは、負の感情によって生まれた夢喰いが、更なる被害を生み出そうとすることだ。
 幸せの象徴である花嫁衣装が、災禍を招く触媒となってしまうことだけは、何としてでも止めなければならない。
 移ろい易い人の心を繋ぎ止めるのは、決して容易いものではない。それでもせめてそこに救いの手を差し伸べられるなら――シュリはケルベロス達に想いを託し、ふと空を見る。
 冴ゆる冬の夜空に浮かんだ月は、眩しいくらいに明るくて。その輝きは未来を照らす光であればと、そう願わずにはいられなかった。


参加者
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
朔望・月(既朔・e03199)
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)

■リプレイ


 魔女達に切り裂かれた花嫁衣装は、単なるドレスというだけではない。
 それは女性の母親が、自身と同じ想いを娘に託して贈った、この世に一着だけの大切なドレスだったのだ。
 幸せに満ちた喜びは、怒りと悲しみの渦に呑み込まれ。間もなく迎える婚礼の祝福が、呪われし供物となって忌むべき怪物達を産み堕とす。
 過去と現在、未来の全てを踏み躙られた女性の心が異形に変じて顕れる。
 憎悪と嘆きの色に染まったドレスを纏った、二人の淑女。彼女達が起こそうとする惨劇を、食い止めるべく立ちはだかるのは八人のケルベロス達。
「風精よ、彼の者の元に集え。奏でる旋律の元で舞い躍り、夢幻の舞台へ彼の者を誘え」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)の凛とした声が風に乗り、精霊が謳い踊るように一陣の風が吹き抜ける。
 気紛れな風の歌声が、蒼の淑女の足を留めさせ、先陣を切った風音に続き、番犬達が夢喰い達に飛び掛かる。
「家族の形見というのが、どれほどの物か分からないけど。大事な物を壊すことは、絶対にやっちゃダメなんだ」
 月が煌めく夜空に舞い踊る影。アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)が曲を奏でるようにステップしながら魔力を高め、赤いドレスの淑女に対し、ダンスを舞うかのように華麗に蹴りを見舞わせる。
 直後に飛鷺沢・司(灰梟・e01758)が黒き残滓の翼を羽搏かせ、空を翔けるが如く跳躍しながら、足元に金翼宿す鋭い蹴りを炸裂させる。
「悪いけど、ここから先へは行かせない。彼女の悪夢を、終わらせる為にもね」
 司の灰被りに灯る金の双眸が、行く手を阻むように二体の夢喰い達を凝視する。
 対峙する夢喰い淑女と地獄の番犬。二体はケルベロス達を敵と認識し、邪魔する者は排除しようと襲い掛かってくる。
「オ前達モ、全部纏メテ灼キ尽クシテヤル!」
 怒りに満ちた形相で、イグニットがブーケを放り投げると。虚空に舞った花弁が燃え上がり、炎の嵐となって吹き荒れる。
 憤怒の炎が番犬達の身体と心に灼けるような痛みを植え付ける。しかし回復役の朔望・月(既朔・e03199)が、すぐさま癒しの力を行使する。
「治療は僕に任せて下さい。すぐに治します」
 上空に振り撒かれた薬液が、癒しの雨となって降り注ぎ、怒りの炎を鎮静させていく。
「私達がいる限り、誰一人として傷付けさせません。皆様に星の加護を――」
 同じく癒し手のチェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)が、剣に星の力を宿して地面に刺して、描く星座が光を放って守護の力を齎していく。
「こいつはさっきのお返しだ。遠慮なくいくぞ」
 纏わりつく炎を払い除け、ノル・キサラギ(銀架・e01639)が心を燃やして巨大な槌に魔力を込める。噴煙を上げて加速しながら振り抜かれる一撃は、緋色の淑女を逃さず捕らえ、高火力の一発を叩き込む。
 想い出を裂かれた悼みと嘆き、怒りを語った心算でも。そこに含まれた幸福や期待、祈りの心もなければ所詮は紛い物にしか過ぎない。
 偽りの感情を、我が身の不幸のように騙る夢喰い達は、リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)には許し難い存在でしかなくて。
 普段は感情を表に出さないリカルドではあるが、燻る思いを堪えるように力を溜めて。腕に纏った攻性植物が、呼応するかのように伸びていく。
「……そんな偽物は、消えて行け」
 リカルドの腕から放たれた攻性植物が、触手のように緋色の淑女に絡み付き、生命を貪るように敵の身体を締め付ける。
 まずは緋色のドレスの方から倒すべく、攻撃を集中させるケルベロス達。しかしもう一体の蒼い淑女が、そうはさせじと嘆きの銃を狙い撃つ。
 そこへ今度は敵の動きを察した村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)が、素早く割り込み身体を張って、冷たき死の凶弾を受け止める。
「これで少し黙ってろ!」
 痺れるような痛みも、柚月は気力で耐え凌ぎ。ライフル銃で蒼い淑女に狙いを定め、敵の力を打ち消す光の弾を撃ち込んだ。
 夢喰いドレスと一進一退の攻防を繰り広げるケルベロス達。女性の想いを穢す悪しき異形を許すわけにはいかないと、心を一つに夢喰い達の野望を打ち砕くべく立ち向かう。


「行きましょう、シャティレ。奪われた女性の未来を、取り戻す為にも」
 風音が緑の小竜を従えながら、二つの弓を重ね合わせて弦を引き絞る。シャティレは主の命に応えるようにコクリと頷き、風音に魔力を注ぎ込む。
 妖精の弓に番えた矢は弩砲の如く巨大化し、手を離して放たれた矢の砲撃が、蒼の淑女を一直線に貫き穿つ。
「――彼の者に、旧き呪いを齎さん」
 司が囁くように詠唱し、最後に指を鳴らして掲げると。光の雨が矢弾の如く降りかかり、込められた呪詛が緋色の淑女の身体を蝕んでいく。
「アア、忌々シイ連中メ……。オ前達ハ一人残ラズ、死ンデシマエ!」
 イグニットの怒りの業火が、ナイフの形を成していく。彼女は鮮朱の刃を握り締め、叫び声を上げながら、見境なく手当たり次第に振り回す。
 狂気を孕んだ刃は、守りに回った風音の腕を掠めて。切り裂かれた衣服の隙間から、薄ら赤く血が滲む。
「わたしは歌う。わたしは願う。あなたへと繋がる『奇跡』があるならば――」
 月の記憶の中に残る言葉の欠片達。それらを繋げて重ね、口遊みながら音に乗せ、心に願う『うた』となる。
「いつか。たどり着くその未来に。この歌が、祈りが、届くように――」
 紡がれる『うた』は祈りに転じ、淡い光が風音の身体を包み込み。月の想いを込めた温もりが、癒しとなって傷痕を残すことなく治療する。
「正義を語る気はないが、お前らは絶対に潰す」
 人の感情を利用するやり方に、柚月は思うところがないわけではない。言いたいことは山ほどあるが、今は黙って災厄の芽を摘み取るのみと。オウガメタルの鎧を身に纏い、心の鬼を拳に宿して力任せに殴打する。
「親との思い出、か……。そんなものは俺には何もない」
 レプリカントであるリカルドは、自らを造られた存在としか認識していない。そんな彼の記憶にあるのは、自身を拾ってくれた者との時間と――示してくれた希望だけ。
 だがそうした小さな輝きすらも愚弄するような、全てを語ることのできない紛い物達に。
「――負けてやる道理など、初めから無い」
 決して表情には出さずとも、言葉に含んだ憤りは隠せない。戦場を駆けるリカルドの足元から風が巻き起こり、嵐の如く全てを呑み込むような豪脚を、緋色の淑女に打ち付ける。
「後もうひと押しですね。どうか頼みます」
 チェレスタの杖から光が弾け、一条の雷がノルに向かって注がれる。その衝撃は、ノルの眠れる力を覚醒し、更なる戦意を滾らせる。
「コードXF-10、術式演算(カリキュレーション)。ターゲットロック――」
 ノルの頭脳に備わった、行動予測プログラムが起動。頭に流れる記号の羅列が、標的の次の動作を解析し、導き出した予測箇所へと瞬時に移動する。
「演算完了、行動解析完了――時剋連撃(スクルド・バレット)!」
 目にも止まらぬ速さで緋色の淑女に接敵し、零距離から絶対不可避の連続射撃が撃ち放たれて、深手を負った淑女の身体がグラリと傾ぐ。しかしまだ、倒れるまでには至らない。
 そこへアンセルムが歩み寄り、瀕死の淑女に向けて手を翳す。
 アンセルムの身体を纏う蔦が脈打つように魔力を供給し、蔦で繋いだ少女人形を触媒として。手から発した光が凝縮し、虚空を彷徨う水晶剣が顕れる。
「――其は、幾世彷徨う無銘の刃。流離いし汝に微睡を与えよう」
 展開された魔術は敵の体内に、剣と通じる異界の門を創り出す。彷徨う刃は収まる鞘を見つけると、引き寄せられるように淑女目掛けて飛来して。そのまま緋色の淑女を刺し貫くと――赤いドレスは炎に包まれ、灰燼と化した夢喰いは、跡形残らず燃え尽きた。

 敵を一体撃退し、残るは蒼いドレスの淑女のみ。ケルベロス達はここが攻め時と、火力を更に集中させて攻め立てる。
「――奔れ、白翳」
 司が間隙を縫って敵の背後に回り込み、身を翻して刃を奔らせ斬り刻む。月に翳した白磁の刃が、光を浴びて煌いて。月光宿した刃の軌跡が、血飛沫散らして弧を描く。
「僕達も続きましょう、櫻」
 月はビハインドの少女に呼び掛けて、息を合わせて同時に動く。月が杖を揮うと鳥へと変わり、敵を狙って撃ち抜けば。従者の少女は霊の力を行使して、淑女の足を地面に縛って鈍らせる。
「これ以上、悲しい思いはさせないよ」
 何故ならこれで全てが終わるから――。ノルが冷気を帯びた戦槌を振り被り、渾身の力で打ち込まれた超重力の一撃は、淑女の生命の刻を凍てさせる。
「ドウシテ……コンナ酷イコトヲ……!」
 嘆きに満ちたリグレットの慟哭が、吹雪となって氷の礫が乱れ降る。身体を引き裂くような冷たい痛みが、ケルベロス達を襲う。しかし敵の死に物狂いの攻撃も、番犬達は動じることなく耐え凌ぐ。
「巡り還る翠色の魔弾! 顕現せよ! グリーンバレット!」
 柚月がカードを取り出し、秘めた力を発動させる。呼吸を整え瞑目し、柚月は持てる力の全てを解き放つ。
 カードに封印された魔法によって、召喚されしは輝く翡翠の球体だ。魔弾が仲間を射抜くと光の粒子となって砕け散り、時を巻き戻すが如く、負った痛みを瞬く間に消し去った。
 更に風音が、勇壮なる調べの歌を響かせて。風を伝って流れる力強い歌声は、仲間の心を鼓舞させて、新たな闘争心を研ぎ澄ます。


「最後はボク達の手で、静かな場所に送ってあげるよ」
 アンセルムが一気に駆け寄り間合いを詰めて、太刀を抜いて振るう一閃は。淑女の虚を突くように死角を狙い、蒼いドレスが刃に裂かれて朱に染まる。
 ケルベロス達の息をつかせぬ猛攻が、蒼の淑女を追い詰める。もはや残った力も尽きかけて、この世に留める姿も薄らいでいく。
「……間近で裁きの雷霆とやらを拝む覚悟は出来たか?」
 リカルドのバイザーに、構築された魔法陣が映り込む。魔法陣から飛び散る光は、高電圧の雷だ。至近距離から放出された雷撃は、爆ぜるような激しい音を轟かせ、電流纏う黒い煙が巻き上がる。
「――夢は現、現は夢」
 殺伐と張り詰めた空気の戦場に、チェレスタの清らかな澄んだ歌声が響く。聖女が想いを歌に託して奏でる物語、其れはお伽話のような美しくも幻想的な曲。
「幼き日の心を携え、とこしえに穢れることなき夢の都へと――貴方を誘いましょう」
 チェレスタの天使のように優しい歌声が、夢喰いの歪んだ心に、罪を咎める楔を穿ち――蒼の淑女は苦しみから赦されるように力尽き、氷のように儚く散って、消滅していった。

 二体の夢喰い達の撃破を終えたケルベロス達。しかし敵を倒しても、魔女によって切り裂かれた花嫁衣装は戻らない。
 勝利に安堵するのも束の間で、一行はすぐに気持ちを切り替え、女性の元に駆け付ける。
 家に入ると、まるで魂が抜け落ちたかのように、呆然と座り込む女性の姿がそこにある。
「……このような目に遭われ、悲しみ尽きぬこととお察しします。ですが……ドレスを託したお母様が望むのは、貴女が素敵な殿方と幸せな未来を歩むことでは、と」
 風音は女性の気持ちを慮って、慎重に言葉を選びながら話を切り出す。
 良ければ助力させて頂きたい――大切なものを失った悲しみは、自分も経験しているからこそ。前を向き、幸せに生きることを風音は誰よりも切に願っていた。
 女性の周囲には、切り裂かれたドレスの切れ端が空しく散らばっている。アンセルムはその一枚を拾い上げ、ドレスを修復してみないかと提案をする。
 とは言えヒールを掛けても、元通りに戻ることはない。代わりに切れ端を集めて縫い繋いでも、継ぎ接ぎを完全に隠すことは難しそうだ。
 それならば、一からドレスを作り直してみたらどうかと、チェレスタが案を提示する。破れたドレスの切れ端は、コサージュに仕立てて装飾すれば、母親の想いも継げられるだろうから――そう一緒に添えながら。
 以前に職人からドレス作りを教わったというチェレスタの案に、女性は申し訳なさそうな顔をしながらも、最後は少し安心したかのような表情で、快く申し出を受けるのだった。
 一年前のクリスマスの日、チェレスタは自分も結婚式を挙げたこともあり、今回の件は他人事とは思えずにいた。だからこそ、前向きな気持ちで幸せになってほしい。そうした真摯な想いは、確かに女性の心に伝わった。
「ドレスを喪われたことは残念ですけど……。お母様の想いは、貴方と共にあると……僕は思います」
 月が女性を宥めるように言いながら、ブルーローズをあしらったサシェを差し出した。
 母親が女性を想っていたように、女性も母親とは強い絆で結ばれている。そんな母娘の愛情が、月には羨ましいくらいに眩しく見えて。
 空を明るく照らす銀の光をそっと見上げて、今は女性が幸せになってくれればと、心の中で呟いた。
 挙式の日がクリスマスだからと、司が用意したのは赤や白、緑等といったクリスマスカラーで彩られたポインセチアのブーケであった。
「人生で一度きりの日だ。忘れられないくらいに素敵な式になるようにと、祈っているね」
 彼女に降りかかった哀しみを、吹き飛ばすくらいの幸せがきっと舞い降りるだろう。その道行きは明るい未来が待っているからと、司は願いを込めて贈り物を手渡した。
 親との絆とは何なのだろう。リカルドは一連のやり取りを眺めながら、ふと考える。
 彼にとって親はどういう存在だったのか、今はそれすら知る由はない。だが家族と呼べる存在と、過ごした時間は掛け替えないもので。何も知らなかった自分に光をみせてくれたのが、彼の全てであると言っても過言でない。
 光が閉ざされたわけではない。道はいつでも切り拓けると、無骨な青年は、諭すように女性に言葉を贈るのだった。
 ドレスを作り直すことにより、形は変わってしまうけれども。込められた母親の願いは、決して変わるものではない。
「その願いを、貴女と、未来で待っている子供の為に繋いでみるのは、どうかな」
 彼女にはまだ歩むべき未来があるからと、柚月はそこに希望を見出すように言葉を綴る。
 母と女性の想いを一つに足して、新しく作ったドレスをこれからの宝物にすればいい。
 ノルもまた、彼女の気持ちに寄り添うように、心に溜めた思いを口にする。
 女性が母親と同じように子を産んで、その子が大きくなって結婚する時に、このドレスを託すことができれば、と。
「貴女はデウスエクスに負けなかった。希望を捨てなかったって……笑って大切な家族に、この物語を伝えていくんだ」
 女性に捧げるノルの言葉は、どこか自分自身にも言い聞かせているようでいて。
 左手の薬指に嵌めた指輪を、月に重ねて仰ぎ見て。『共に歩む』と誓った、あの日のことを思い出しながら――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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