病魔根絶計画~いぬのおまわりさんのたまご

作者:銀條彦

●雪と憂鬱
 窓の外には、ちらちらと、今年はじめての雪。
 これまではずっとコートを羽織るのも忘れて外に飛び出してはしゃぐのがもっぱらだった。去年の初雪の時もそう。
 でも──。
「今年は雪あそびなんてできそうにないね……」
 ベッドの上、か細い喉から止まらぬ咳音をようやく薬で治めた後に少女は呟いた。
「そんなことは、無いさ……。お医者さまも言ってただろう、もうすぐケルベロスがさくらの病気を治しに来てくれるって」
「ケルベロスさんたちが……」
「そうよ。さくらちゃんがずっと憧れていたケルベロスさん達に会えるの。楽しみね」
 聞き慣れたいつもの声は、マスク越し、少しくぐもってさくらの耳に響く。
 並みの他人よりもむしろ健康体で有り余るぐらいだった娘の身に起こった突然の重病発症。いまだ戸惑っているのは父や母も同じだったが、それでも、娘本人の前では努めて不安を見せないよう懸命に心砕いていた。
 だが、誰より近しい者たちのそんな動揺に対して、幼い心は敏感だった。
(「ケルベロスさんたちみたいな、困ってるみんなを助けられるりっぱなひとになるのが夢だったけど……」)
 今はみんなを困らせてばかりだと沈むいとますら与えずに。
 小さな胸の奥、また、肺腑が咳を吐き出す。

●たまご蝕む病
「遂に、結核を根絶させる日がやって参りました」
 今回の病魔根絶計画の標的は結核の病魔であるとセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は切り出した。
 全国の病院関係者やウィッチドクターらの努力、ケルベロスによって粘り強く続けられてきた治療任務のミッションの積み重ねの結果、遂にその準備が整ったのだという。
 現在発症中の患者達が一斉にとある大病院へと集められ、あとは病魔との戦闘準備を進めるのみだ。
「皆さんには、特に強い戦闘力を備えた重症患者の病魔を倒していただきたいのです」
 これらを一挙に叩きひとつ残らず倒せてしまえれば、これまでの病魔根絶計画と同様に、永きにわたって人類を苦しめ続けてきたこの難病すらも消滅し、もう新たに結核に罹る者は現れなくなる筈である。
「医療が発達した現在、不治の病という程の脅威ではなくなった結核の根絶はデウスエクスとの戦いに比べれば必ずしも緊急の依頼という訳では無いかもしれませんが……今こうしている間にも病に苦しむ人々を救うため、皆さんの力をお貸しください」
 そう断りながら頭を下げた後、セリカは結核病魔とその患者に関する説明へと移る。

「結核菌に由来してのグラビティの所為か、この病魔の攻撃方法は生体を蝕む毒素を撒き散らすものとその毒をより強め広めるためのものばかりの様です」
 ケルベロスならば罹患の心配こそないが無策で放置できるほど生やさしい攻撃でも無い。
「それと戦闘を開始する前に今回の患者さん──さくらさんをお見舞いしてあげていただけませんか?」
 今回のような対病魔の戦闘に際して、その前に話し相手となったり看病したり慰問したりといった患者を元気づける行為によって一時的に『個別耐性』といったものが獲得できる。
 特定の病気に対しての『個別耐性』を得た者は『その病魔から受けるダメージが減少する』といった特性に護られ、戦闘をぐっと有利に進めることが可能になるのだ。
「……もちろん『個別耐性』を得ることはとても大切なのですが、それ以上に、弱った体だけでなく心も癒してあげて欲しいのです。さくらさんは人一倍ケルベロスに憧れを抱いている女の子ですから」
 そんな彼女にケルベロスの強さ・格好よさを様々なかたちで見せてあげることが出来ればきっと心の励みとなる事だろう。
 また同時に、彼女のような他人の為に働きたいと自然に考えられるような少女相手ならば、強さ・格好よさだけではない人助けの経験談やそれに基づいた助言なども分かり易く伝えられれば、今ある無力感を打ち消し元気を取り戻すきっかけに繋がるかもしれない。
「……なまじ物心ついた頃からずっと健康に恵まれてきただけに……病気慣れ、していないのだろうな」
 慣れぬに越したものではないがと、セリカの後ろから現れたもう一人のシャドウエルフ、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)が至極真面目な表情でぼそりと評した。
「今回は彼──ウィッチドクターのケルベロスであるエヤミさんを皆さんのサポートに付けさせていただきました」
「……微力は尽くそう」
 おそらくは後方支援が主となるであろう青年を加えて大病院を目指すケルベロス一行を、信頼の微笑み湛えたヘリオライダーが送り出す。
「全ての撃破叶えば、またひとつ、治療困難とされて来た病を無くす事のできるこの好機。皆さんならきっと今回も成し遂げてくださると信じております」


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
シータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)
大上・零次(螺旋使い・e13891)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
香島・アリサ(ナーサティヤ・e32102)
レティ・エレミータ(彩花・e37824)

■リプレイ


 病魔根絶計画が実行される某所大病院へと足を踏み入れたケルベロス達。
 一般病棟からは既に治療を終えた軽症者達が続々と帰途に着き始めていた。
 その内の何人かが赤地白縞のジャージ姿の稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)に気づき握手を求められたり等の遣り取りを経たしばらく後。
「じゃああたしはまず病院関係者に話を通してから病室に行くわね」
 いかにも身だしなみに無頓着らしいボサボサ髪を気持ち整える様に掻きながらそう断りを入れたシャドウエルフの女性が一人別れて医師達が待機する部屋へと向かった。
 少数の重症患者のみが集められた隔離病棟へと至り、自身も医療へ携わる香島・アリサ(ナーサティヤ・e32102)の茫とした灰色の瞳にも自然と真摯たる熱が灯る。
 病室のドア越しに漏れる激しい咳の音。
 そんな苦しみを丹・さくらの内から、そして地球上から一掃する為の『闘病』が今まさに始まろうとしていた。

「こんにちは。馬はお好きかしら?」
 ドレスの裾をそっとつまんで淑女のお辞儀ひとつ。長く艶やかなたてがみが揺れる。
 柔らかな物腰からのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)の呼びかけに少女はゆっくりと身を起こしつぶらな目を瞠った。
 まさに物語に出てくる正義の女騎士そのままの黄金色の優美と勇壮は白く味気ない病室に大輪の華咲くかの様に鮮烈だった。
「さくらちゃん、調子はどう? お話しできそうかな?」
 黒柴犬のさくらや黒馬のエニーケと同様に獣人型ウェアライダーである大上・零次(螺旋使い・e13891)からの優しい心から少女を気遣う声に、痩せ細った少女はこくりと小さく頷く。初対面の一行が何者であるか察したのだろうがあるいは父親を重ねたのかもしれない。
 改めてケルベロスだという説明と簡単な自己紹介の後、小さな大病患者を見舞う交流がゆっくりと始まってゆく。

「これは快癒の前祝いを兼ねてってところかしら」
 晴香が取り出した金ホイルの包み紙の中から現れたのはチャンピオンベルト!
 ──を模した大きなチョコレートだった。食事制限やさくらの体調についての細かな点が不明だった為冷蔵庫へ仕舞われたが、直ぐに食べられるようになれると女子プロレスラーは少女を明るく励ました。
「ケルベロスとしての話と言われれば──やはり始まりについてから語るべきかしら」
 早速ケルベロスカードを渡したシータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)は形から入るのが流儀だと純白のナース服に身を包んでいた。そうする事で難病へと立ち向かう闘志を新たにしているらしい。
「……ダモクレスの実験機として私はこの世に生を受けたの」
 シータは齢幼い子供にも解る様にとかいつまんで自身の過去を語り聞かせた。
 レプリカントと為った自分を受け入れてくれた人々の事についてやケルベロス覚醒の引鉄となった爆発事故後、治療を通して人の心と命の暖かさを知った際の感動や感謝についてを口にする際は、我知らず、いっそうの熱が篭もりついつい大仰な動作を伴ってしまう。
「私には助けたい、守りたい人達がいるわ。さくら……あなたもそうでしょう? 大事なのはね、その心よ。心が強ければ何にも負けないわ……もちろん、病魔にもね」
 神妙な顔で聞き入ってくれるさくらの頭を撫ぜながらシータは話を締めくくった。
「そうだな。地球を守っているのはケルベロスの力だけじゃないし、そんな心を持ってケルベロスを助けてくれる人は警察官以外にもたくさん居る」
 次いで零次が語ったのは家族についてと、そして、そんな強き心を持つケルベロスではない友人達について。
 可愛がっていた黒柴。それを拾った幼い頃の自分。そして元デウスエクスから定命化した母親──零次にとってこのさくらという存在は様々なものを想起させる故どうしても他人事ではいられなかった。
(「ぜってぇ助ける……この子の笑顔も取り戻す!」)
 ごく私的な経緯や思い出、流派等についてを細かに聞かせても仕方ないと割り切った零次は、それでも、最も伝えたい言葉についてを語らずにはいられなかった。
「ふたりの友達はどっちも俺なんかよりずっと強かった。そして、ケルベロスとなった俺の為にと多くの事を教えてくれた。その内でも一番の教えは『正義とは何か』『誰かを助けるために強くなれ』だ」
 今この場でこの少女に語って聞かせるべきはケルベロスの強さについてではなく時にケルベロスという存在すら生み出す程の『人』の強さだと考えるウェアライダーの青年は、誰かを助ける為に頑張る病院の人達だって君自身だって既にケルベロスの助けとなる存在なのだと優しく言って聞かせるのだった。

「自分はさくらの話も聞いてみたい!」
 好奇心いっぱいに橙眼を輝かせたアニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)の溌剌な勢いに反して、小さな肉球ごと包んだ両手の感触は、そっと優しい。
 動物が大好きで自らもウェアライダーに似せたいでたちを好む無邪気なレプリカントは、己は医者のたまごでケルベロスとしてもまだまだ未熟だけど自分達に憧れを抱いてくれるなら少しでも力になりたいからと真っ直ぐにさくらへ笑いかけた。
「そうね、私も聞きたいし何か質問があればできるかぎり答えるわ」
 お話と言われてもと少しとまどいを見せたさくらに対してシータもすぐさま同意を示した後、幼い彼女が語り易いようにと巧みに水を向けてゆく。
「ええと、ね……」
 厚いマスク無しでも感染リスクを恐れずとも済む、久々の話相手。
 しかも元々ずっと憧れていた人達ばかりなのだ。
 最初はおずおずと遠慮がちだったさくらもきっかけさえ与えられれば、次第に、どんどんと身振り手振りもつけて自らあれもこれもと拙くも懸命に何かを伝えようとするお喋りは、とめどなく。
「──でね、おじいちゃんが住む地方でもねっ……、……ッ」
 突然の激しい咳にたびたび中断される言葉。終始黙々と身の回りの看病に徹するエヤミがその都度水の入ったコップや薬を差し出すなどして体をケアし復調を促す。
「ゆっくりでいいんですよ。喉や肺に負担をかけては何にもなりませんからね」
 穏やかにそう宥めながらエニーケは人参キャンディーを手渡した。
「うん……でも、もっともっと話したいこと、いっぱいあるから……」
 エニーケの飴はママの人参のおかずを思い出すと少女は零した。肉好きで野菜をあまり食べたがらない娘の為に母親はいつも人参を甘くおいしくグラッセにしてくれたのだそうだ。

 さくらに気を遣わせず休ませる頃合かもしれない。そんな無言の目配せの後、口を開いたのはレティ・エレミータ(彩花・e37824)だ。
「病気、辛いよね。なのに、誰かに心配をかけるのも、辛い? ……君は優しい子だね」
 乗り出さんばかりだった小さな体に布団を掛け直し寝かしつけながら紅紫纏うヴァルキュリアの脳裡に浮かぶ幾つもの顔。
「私の知るケルベロス達も自分より他人を気遣って、困っている人を放っておけない。そんな人ばかりだった。それは凄い事だと思う」
 幼い黒柴の赤茶の瞳を見つめる唐紅の瞳。レティにとって目の前の少女は庇護すべき弱者である以上に正義の味方の先輩だった。
「君も、凄い。きっと良い警察官になるね──そんなケルベロスを助けたいと信じて応援してくれるその気持ちが私達の力になるんだ」
 尽きぬ地球への興味は、きっと、そこに住まう人々に対しての憧憬。
「……ケルベロスさんたちの、ちからに……?」
「さくらちゃん、まずは警察官になるために一番必要なものが何か知ってますか?」
「ええ!? ええと…………運動とかお勉強とか?」
 不意の八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)からの問いかけに、さくらは丸眉をきゅうと寄せ眉間にシワを集めてしばし真剣に悩んでいた。
 悩んで悩んでそうして少女がひねり出した回答に微笑みつつ、東西南北は首を横に振って黒縁眼鏡を掛け直した。
「勿論そういったものも大事ですが、一番は、「諦めない意志」と「信じる心」です。警察官になったら嫌な事や酷い事を沢山目の当たりにする事もあるでしょうが、それでも、人の善良さとより良い明日を信じ、諦めずに戦い抜かなければなりませんから」
 慎重に言葉を選びつつ、それでも、ケルベロスも警察官も華々しいばかりではないと彼は伝えたかった。
 そして──生来の善良さに加えて今苦しみを知りそれを乗り越えようとしているこの幼い少女ならばそれらもきっと受け止められるはずと東西南北は信じた。
(「何をやってもダメだってずっといじけていたこんなボクだって……ケルベロスになって自分にもできることがあると気付くことが出来たんだ」)
「うんうん! 今はまだ辛かったり苦しかったりするかもしれないがそれでもきみが夢を持っているならきっと叶う! 辛いことのあとには楽しいことが待っていると言うしな!」
 ベッド周りをぴょこぴょこ軽やかに跳ね廻りながらアニーはめいっぱいの応援の声を張り上げた。助けを求めるものの声を彼女は必ずキャッチし手の温もりを差し伸べる。かつて、彼女自身がそうして『心』与えられた様に。
「その通りですね……だからさくらちゃんも病気に必ず勝てると信じてください。ボク達も一緒に戦いますから」
 『楽しいこと』の代わり今はせめてもこれをと東西南北が取り出したお見舞いの品は手作りのスノードーム。掌中の冬景色はちらちらと粉雪舞わせ透き通る白銀。
 ──それはさくらが諦めようとしていたもの。

「……あきらめずしんじなくちゃなんだね」
「ええ、そして君のその優しさと強さを私達に貸してくれないかな? 悪い病気をやっつける為に」
「そっか……ケルベロスさん達のために……さくらも、たたかえるんだね」
 差し伸べたレティの手にぽふりと重なるさくらの手。
『貴女ならきっとできます』
 接触テレパスごし肩に伝わるエニーケの強く優しい言葉。
 ──ガラスの中けっして溶ける事のない初雪はいつまでもまばゆく美しい。


 打ち合わせを終えたアリサも遅れてさくらの病室を訪れた。
「おねえさんもケルベロスさんなの?」
「ええそうよ。キミは元気になったら何をしたいか考えながら待っていて」
 既にこの少女の心だけは病人のそれではないと診立てたアリサは強くそう言い切った。
 雪遊びだとの即答を得て確信は事実となりシャドウエルフの女医は淡く笑む。
「これが終わったら、じきに外に出られるわ。そしたら次は、チャンピオンの私に会いに、会場へ来てくれる?」
 団体公式ジャージを脱ぎ捨てた晴香は真紅のリングコスチュームに身を包みあとは開始のゴングを待つばかりの臨戦態勢。テレビウムから流れるアップテンポな入場曲。
 女性的曲線をこれでもかと見せ付けるデザインは燦然たる健康美そのもの。残念ながらプロレスも晴香の名もさっぱりだったさくらだったが元々が活発なお元気娘なのだ。そんな姿に心惹かれ頷かない筈が無かった。

「病魔召喚は任せる!」
 黒衣纏うエヤミに託したアニーは紙兵を撒いて戦闘という名の治療に備える。手術用電撃杖を構えたアリサもまたメディックとして雷障壁の構築へ集中し始めていた。
 無言で頷き全ての準備が整った事を確認したシャドウエルフの青年は幼き少女の内から病魔を引き剥がす。
『──……アアアアアファァァアアッ!!』
 響き渡る苦悶の悲鳴を撒き散らしのたうちながら白き病魔は顕れた。
 黒々と開いたうろの如き虚ろから鮮血はとめどなく滴り落ちて清潔の保たれていた病室の床をべちゃりべちゃりと汚してゆく。

「あの子に……近づけさせません!」
「さくらちゃんの夢は絶対に守り抜きます!」
 高く跳躍したエニーケと低い姿勢のまま駆け出した東西南北からほぼ同時にファナティックレインボウが炸裂する。
『ァアア──ッ!』
 強き怒りに指向された攻撃衝動は誘われるまま前衛列へ毒素乗せた突風を叩きつける。
「さくらちゃんに守られた俺達にそんなもん効かねぇ! いくぞオニキバ!」
 既に零次の腕へと厚く鎧われていたオウガメタルと共に繰り出されたアッパーは戦術超鋼拳。毒気したたる触手の1つがあっさりとへし折られる。
「この病気のせいで沢山の人がさくらやその家族のように苦しんできたんだね」
 きっと定命化する以前の自分だったら今程の感情を掻き立てられはしなかっただろう。
(「あの小さな体もその夢も……必ずこの手で守ってあげるんだ」)
 有限の命脅かす毒魔をきっと睨みつけたレティの飛び蹴りは流星の瞬きを描いて超重力を叩きつけた。死ではなく生あふれる未来を齎す為にこそ其の光の翼は羽ばたく。

 病室外へさくらを退避させる手筈は万全である。
 エヤミと共に支援の為に参戦したケルベロスの手によってさくらも無事、別の病室に向けて避難させる事が出来た。
「丹さん、負けないで。一緒に戦おう?」
「うん!」
 途中掛けられた言葉に返された笑顔と力強い返答はケルベロスとの交流あってのもの。

「さくらみたいな良い夢持った良い子は絶対に渡さないぞ!」
 壁といわず天井といわず野鹿の如き奔放で跳ね回るアニーから電光石火で繰り出される旋刃脚の切れ味はみるみると触手を切り落とし行動阻害する疵となった。
「──残念でした」
 異常活性した病魔はむくむくと膨れあがろうとしたが、瞬く間、アリサ操る『結晶糸縫合・呪(ストリングカース)』の前に散らされ病勢を削がれてゆく。
 ダメージに再生が追いつかずグズグズと半ば溶解しかかった病魔はそれでも這い回り毒たる己を拡大させるべしとの本能のままに闘う。
「結核ならもう少し暴力的になるべきでしたわね!」
 時に怒りを摺り抜けた病魔の毒は他方へと撒かれる。
 後衛列の一角へと噴射された飛沫は、だが、身を挺して割って入ったエニーケの前に微傷のみを残してあえなく飛散する。
 暴力的と呼べる毒を備えてはいても『個別耐性』と手厚い防御治癒の支援、そしてこの黒騎婦人自身の堅守の前ではその脅威の多くが封じられたも同然だった。

 永き結核との歴史へ今こそ終止符を打つ時。
 高らかかつ底抜けにノーテンキなファンファーレから始まる応援動画はテレビウム小金井の提供でお送りしております。
「意識操作……──拡大、最速!」
 急速に拡大された零次の超感覚が本能任せに暴れる病魔の動きを先読みし、隙無く構えられた双刃から『心眼無双連撃』を浴びせてゆく。
「いつまでもお前達に蝕まれるばかりの私達だと、思わないでよねっ!」
 此処までエニーケや東西南北と共に盾役として受けに徹してきた晴香が魅せるは必殺、正調式バックドロップ。
 重心も部位も無い不定形相手に勘任せの反り投げは、ドンピシャで宙を舞い、どうと広い個室中央の床へと叩きつけられた。
「オーバードウェポン起動!」
 武装白衣を引き裂いて現れたシータの胸部ユニットと大型砲は瞬時に接続され全エネルギーがチャージされてゆく。
 度重なる攻撃とBSとを受け続けた敵病魔はもはや回避不能と弾き出した彼女は『OW・エクスターミネーションザッパー』──射撃戦闘型としての必殺の一撃を解放した。
「ブラスターユニット接続……コード・エクスターミネーション、ディスチャージ!!」
『──ア”アアアアファァァア”ア………──ッ!!』
 そして。
 砲音は夥しい程の命を啜った病魔を断末魔ごと呑み込み高エネルギーの収束へと葬り去るのだった。


 さくらの避難先の別室もまた隔離病棟内で戦場となった病室とはさほど離れてはいない。
「すごい! 本当にもうぜんぜん胸もくるしくないし咳も出なくなったの!」
「応援パワーをお返しだよ、さくら。今度は私達が君を応援する番」
 これからも一緒に頑張ろうとレティはさくらと固い握手を交わす。誰かの為にと、誰かと一緒に頑張れる……そんな幸せをしっかりと噛み締めながら。
「自分も自分も! よーし、なんだか燃えて来たぞ!」
 そんな握手する2人纏めて抱きついたアニーも輪に加わる。
(「もしかするとそう遠くない未来この子と一緒に戦場に立っているかもしれない! 自分たちはこんな子の為にも日々精進しなきゃだな!」)

「あの娘のあんな良い笑顔、久々に見ることが出来ました……」
 深く深く頭を下げるさくらの両親に、ここまであなた達が粘り強くさくらちゃんを支えてきたからこそだと告げながら。
 共に犬の獣人型である彼等が涙して喜びあう様は零次に親しい者達との思い出を過ぎらせる。

 病時の消耗は抜けきっておらず慎重に経過を診るべき段階だがそれでも少女は結核病から完全に解き放たれた。
 ほどなく隔離病棟からの転院そして退院と手続きはつつがなく進む事だろう。
「また苦しくなったらここにおいで。あたしが治してあげるから」
 医療器材へのヒールをあらかた済ませた後アリサが少女に手渡したのはケルベロスカードと医師としての名刺が一枚。
 再会の約束が果たされる日。それは患者と医師としてか、それとも──?

「おまわりさんになったらまた会いましょう。その日を楽しみにしてます。絶対に夢を叶えてください……約束です」
「あ、あのっ、…………はい!」
 東西南北が差し出した小指へ何処かちょっとだけ照れ気味の少女もそっと小指を絡めた。
 まだ見ぬ未来の約束は、黒い犬毛が少しこそばゆい、指きりげんまん。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月14日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。