知恵の実のこころ

作者:皆川皐月

●ぬくもりの殻
 上弦の月が輝く夜。
 疲れた顔の女性がそっと部屋の灯を落とし、手元のランプを点ける。
 薄絹のようなカーテンがふわりと踊る出窓の縁、蝶番の付いた胡桃が2つ。
 赤いリボンと青いリボンで結び閉じられたそれは、胡桃のドールハウスだ。
 窓辺へランプを置いた女性が赤いリボンを解くと、丸顔のねずみの人形が眠っていた。
 丸いどんぐり顔に、緩く閉じられた手描きの目とフェルト製の大きな丸耳。黒いビーズの鼻。小さな毛布の隙間から零れた革紐の尻尾。
 愛おし気に頬のあたりを指でなぞった女性、柴・渉がゆっくりと深呼吸をする。
 進まぬ研究と滞る実験にささくれ立った心と体が落ち着くのを感じながら、渉は小さなも毛布を優しく掛け直す。
 もう一つ、青いリボンの胡桃も丁寧に開けば、丸顔ねずみと同じように、細面のねずみの人形がくるりと丸まり眠っている。
「いつもありがとう、2匹とも。うん……明日も頑張ろう!」
 よし!と気合を入れた渉の真後ろに、二人の魔女が突如として現れる。
 渉の手元を覗くや否や、嫌な笑みを浮かべて2つのドールハウスを奪い取ると、酷く無造作に放り投げた。
「え?あっ……や、やめて!返して!」
 突然のことに驚き半ば怯えながらも、咄嗟に手を伸ばして叫ぶ渉を押しのけ、2人の魔女は示し合わせたように、胡桃のドールハウスを踏み潰した。
 渉が手に掴めたのは、ドールハウスの破片だけ。
「あ……あ、あ、あぁぁっぁ!!!何よ!どうして!!」
 咽ぶように慟哭した渉が燃えるような瞳で二人の魔女を睨み付けた、直後。
 ずぶりと、二つの鍵が一息に胸を貫く。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 2本の鍵に胸を貫かれた渉は意識を失ってその場に倒れ込む。零れた涙が渉の頬を伝い、カーペットに吸い込まれた。
 渉の代わりに起き上がったのは、2匹のドリームイーター。
 顔を真っ赤にして怒る丸顔のねずみと、青い涙を止めどなく零す細面のねずみであった。

●悲憤の夜
「パッチワークの魔女、第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテの動向が確認されました……」
 肩を落とし、僅かに耳を下げた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が深い溜息をつく。
 この二体の魔女は一般人の大切な物を目の前で破壊し、それによって生じた『怒り』と『悲しみ』を奪い、ドリームイーターを生成する。
 生み出されるドリームイーターは二体で連携して行動し、見境なく人を襲いグラビティ・チェインを得ようとするのだ。
「ねずみさん……可愛いクルミで寝ていた仲良しねずみのお人形さんが!渉さんのねずみさんが壊されてしまうんです!」
 手で丸を描き、こんなに小さくて可愛い!とねむは身振り手振りで説明する。
 事前にねむが配布した資料には、悲しみのドリームイーターが破壊された悲しみを語り、理解されなければ怒りのドリームイーターと共にグラビティ・チェイン回収対象を発見次第殺害するため、その前に阻止せよ。と今回の目的が酷く簡潔に書かれていた。

「えっと、泣きむしねずみさんは顔の細い子で、青い涙をいっぱい流してます。会話は、出来ません……でも、大切な物が壊れたすっごく悲しい気持ちのお話をするんです!でも……」
 やっぱりお話が出来ないから、理解しあうことは出来ないんです。と至極寂しそうに、ねむが小さな声で呟いた。スカートの裾を握り締め、更に話を続ける。
「理解してもらえない事を、怒りんぼねずみさんは顔を赤くして怒るんです。どうして分かってくれないの!って。お願いです、2匹のねずみさんが誰かを殺してしまう前に、倒してください!」
 会話が成り立たなければ決して相容れることはない。
 悲しみのみを語ることも、怒りばかりを叫ぶことも、ケルベロスによって破壊されること以外、終わることはないだろう。
「泣き虫ねずみさんは細いどんぐり頭で首に青いリボンを付けていて、怒りんぼうねずみさんは丸いどんぐり頭で首に赤いリボンを付けています。2匹と会えるのは渉さんの家の裏にある駐車場です。広いし街灯もあるので、障害物や明かりの準備も大丈夫です」
 郊外の夜ゆえに、人気も気にすることはないとねむは言う。
 また、泣きむしねずみは涙と鳴き声を攻撃とし、怒りんぼうねずみはパンチとひっかきが武器だという。

「大切な物を……ううん、心の支えのような物を壊されたら、悲しいし怒るのも当然です。でもきっと……渉さんは、大切な2匹が誰かを傷つけることなんて、望んでない気がするのです」
 ドリームイーターが倒されたら、渉さんが目を覚まします。皆さん、頑張ってください!とねむは力強く皆を送り出した。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
風車・浅木(モノクロ・e11241)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)

■リプレイ

●青い夜
『ひどいちゅ。さむいちゅ。かなしいちゅ……』
『おこったちゅ!ゆるさないちゅ!いたかったちゅー!』
 冷たい凩が吹く中、悲しみに咽ぶ声と怒りに震える声が木霊した。
 野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は心の、胸の中央のあたりで熱がはぜた気がした。鼓動する思いは“むつかしい”。ただ、もうどうにもならないことと、自分達の手で終わらせるしかないことは分かっている。
「怒りも悲しみも、むつかしいねえ」
 錆色の髪を耳に掛けて考えるのは、色形が定まらぬ心はいつまで経っても難解だということ。瞬いた鋼色に、似た角色を持つ人派の竜人が僅かに眉を寄せた。
「ほんと、悪趣味なヤツ」
 風車・浅木(モノクロ・e11241)だ。怒りから生じる絶望も、悲しみから生まれる絶望も、四半世紀の人生の中で、よく知っていた。その胸中を寒風と共に過ぎ去ったのは、やるせなさ。白い息を吐きながら頭を振った身に、そっと小さなパートナーが寄り添う。
「コロル……ありがと」
 浅木の良き理解者たるボクスドラゴンのコロルは、ぎゃうと一声鳴き返した。
 かつりと踵を鳴らしたノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)が、師形見の魔女帽をかぶり直す。
「なんつーマッチポンプ魔女」
 言葉の端々から感じられる苛立ちは、件の魔女達へ向けられたもの。魔女であるのなら、否、魔女を名乗るのならば、このような企ては認められない。
「とことん邪魔して嫌がらせせねば」
「ええ……デウスエクスには分からないのでしょうね。宝物や支えが奪われた時の辛さが」
 切れ長の瞳を伏せ、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は指を握る。幾度も件の魔女達が生み落とした怒りと悲しみの化身を倒してきたが、まだ魔女達の尻尾を捕まえるには至らない。それでも諦めまいと、ヘリポートで悔しそうにしていたねむの分も戦うのだ、と気合いを入れる。
 同じく隣を歩いていた叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)は、徐々に近づく赤と青の鼠を、ぼうっと見つめていた。
 地獄に変わった自身の怒りと、被害者と同じく奪われている悲しみ。共に失われた、と自身に言い聞かせている二つの感情が目前にある。だが、それは自分ではない他人のもの。怒りが生む憎悪も、泣きくれる悲しみも無い自分の心は傷付くことはないはずだけれど、それでも見過ごせない現状に刃を取り此処へ来た。
 思案し遠くを見ていた宗嗣の肩を叩いたのは、差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)だ。よ、と軽く声を掛けて笑顔を見せる。
「なんであれ、人それぞれの想いを踏みにじるのは頂けねぇよな」
「……あぁ、見過ごせないな」
 もう自分に二つの感情はないけれど。それでもざわつくこの胸を、治めることが出来たなら。少し伏せた瞳をゆっくりと起こし、宗嗣は愛刀の柄に手を掛ける。
 太陽のような橙の瞳を細め、ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)は相棒のライドキャリバー、バレの車体を静かに撫でた。ウォンとふかしたエンジン音が、返事のように歩みを促す。
「わざと、生み出された、怒りと悲しみ……。せめてここで、止めましょう。ここで―……」
 受け止めましょう。泣き声を乗せた凍て風に、ココの猫耳がふるりと震えた。

●透明な悲しみ
 青い涙がぼろぼろ落ちる。ひどいとさむいと、ないている。
『ひどいんだちゅ!ひどいんだちゅ!おふとんないと、さむいよ…!』
 壊されることは怒ること。壊れたことは悲しいこと。もっと悲しいのは……。
「誰かに大切にしてもらったモノが何かを壊すようになってしまうなんて、悲しいですよ」
 もう届かないことは分かっていても、それでも思いを届けたくて、八柳・蜂(械蜂・e00563)がぽつりと呟いた。だが、二匹の鼠達からの返答は当然のように無い。並び立ったノーザンライトが厳しい顔でカードを構えた。
「哀しそうだけど……中身が全然伴わない」
 切り捨てるような言葉と共に召喚したのは、氷槍を構えた騎兵。召喚した主に従い、無情な氷結の槍が躊躇いなく泣きむしねずみを貫いた。
『ひどいちゅ!ひどいちゅ!かなしいちゅ!』
 痛いとは、言えない。言わない。ぼろぼろと涙を流す鼠の姿が、イチカの胸中で輝く地獄を疼かせる。
「泣きむしさん、泣きやんで」
 その悲しみが分からないとは言わない。ただ分かるとも言えない。しかし近いものは、知っている。モーターの駆動音が響くと同時、高速回転したイチカの腕が泣きむしねずみを削れば、合せるように宗嗣が駆ける。
「彼女のそれは、返してもらうよ」
 抑揚の薄い声が、流星の尾を引いた一蹴を見舞う。目の眩むほどの煌めきに、泣きむしねずみは一瞬、涙を引っ込ませるも、再び目を潤ませ青い涙を流し続ける。
『ひどいちゅ、ひどいちゅ!さむいちゅ……!』
 拭えない悲しみが虚しさばかりを孕み始めた時、黒いビーズの瞳に燃えるような赤の羽織が映った。寿ぎの紅白梅が鮮やかに、蹴り込まれたのは星のオーラ。目尻にさした紅鮮やかに、恍惚と口角を上げて紫音が笑う。
「言って聞かなきゃ無作法だ。そんな輩にゃさっさと退場してもらわねぇと、な!」
「えぇ、そうね……悲しいけれど、放っては置けませんから」
 一対の避雷針杖を手に蜂が駆ける。震える泣きむしねずみに心が惑ったのは、ほんの一瞬だけ。紫炎を纏った避雷針杖が青いリボンと胡桃の身を打ち据え焼けば、泣きむしねずみの体に深い罅が刻まれた。
『ひどいちゅ!さむいちゅ!さむいちゅ!』
 泣きむしねずみは燃え盛る身のまま、寒いと叫ぶ。零した涙を凶器にケルベロスの武器を戒め、体を傷付ける姿はもう純粋な悲しみではなく、本物の異形である証明。
 戦う前に施したペインキラーのお陰で痛みは誤魔化され僅かしか感じないものの、宗嗣は切れて淡く熱を持った頬を拭った。
 そして眼前で泣く鼠の姿に、しずくは静かに唇を噛む。純粋な瞳の奥で小さく燈るのは悔しさと憤り。渉の宝を壊し、鼠達を生んだ魔女の非情さが許せなかった。叫んでしまいたいほど身の内で猛る思いは、全部全部行動に乗せると決めている。
「ええ、腹が立ちます。……でも、友達の鼠さんを奪われた渉は、きっとわたし以上に怒り爆発ですよ!」
 泣きむしねずみの涙に合わせて怒りのままに叫ぼうとした怒りんぼねずみを、しずくは遠隔爆破で牽制する。知らぬ間に貼られていた爆弾が爆発されれば、怒りんぼねずみは目を白黒させた。
『おこったちゅ!ゆるさないちゅ!いたかったちゅ!』
 きいきいと怒る様は無害であれば愛らしいが、怒りんぼもまた、泣きむしねずみと同様の異形に他ならない。
 入り乱れる戦場を見渡し、ココは慣れた手で前衛へ薬液の雨を降らせる。きらきらと街灯に反射した幻想的な雨粒が、瞬く間に武器の戒めを解くと同時に傷を癒した。
「回復は、任せてください」
 落ち着いた声が仲間達の背中を支えれば、ココの相棒 バレが負けじとエンジンをふかして炎を纏う。激しい駆動音を響かせ、泣きむしねずみを轢き潰した。
『ひどいちゅ!ひどいちゅ……かなしいちゅ!』
「悲しい、ね」
 色の無い淡い微笑みのまま、コンクリートを奔った鎖が描くのは魔法陣。浮かび上がった紋様が、前衛へ守護の加護を与えてゆく。奔る鎖に合わせて飛び出したコロルも、浅木へ自身の属性をインストールする。
「ごめんね。わたしがやれることは、ひとつだけだから」
 隙を生まぬようにと、油断なく鼠達を観察していたイチカが、怒りんぼねずみに流星の一蹴を見舞う。
『いたいちゅ、いたいちゅ、いたいちゅー!』
 泣きむしねずみばかりを狙うケルベロスと、自身を戒める星々の輝きに痺れを切らしたように、真っ赤な顔の怒りんぼねずみが手近な浅木へと飛び掛かる。
「だめよ、やらせないわ」
 怒りんぼねずみと浅木の間に滑り込んだ蜂が、振り下ろされたざくりひっかきを左腕で受け止める。綺麗な切り口から溢れたのは、紫色に揺らめく地獄。
「ありがとう、八柳」
「どういたしまして」
 互いに静かな声だが、交わされた視線は柔らかい。
「蜂さん、傷を見せてください。治します」
 展開された魔術の元、切開からショック打撃へ移るココの手は素早い。迷いのない手が施すは魔的な手術は、瞬く間に蜂の腕を修復してみせた。
 こうしてしっかりと組まれた役割と作戦、整った連携さによって徐々にねずみ達は追い立てられる。特に泣きむしねずみの傷は深く、体の罅割れが徐々に深刻になっていった。
 幾度涙を零しても、どんなにしくしくと声を上げても、その悲しみはケルベロスを傷つけるばかり。とうとうわーんと泣いて放射状に走った罅割れを治そうとも、所詮は焼け石に水。
『ひどいちゅ!かなしいちゅ!!』
 それでも青い涙を零して叫ぶ泣きむしねずみの前に、桃色の髪が踊る。
「あなた達のしていることは、命という大切なものを壊す行為……これが理解できない以上、この星にいてはならない」
 言葉と共にノーザンライトが音速のアッパーを打つ。鋭い拳が泣きむしねずみの芯を捉え、殴り飛した。ごきゃ、と固い物が砕ける音と共に、泣きむしねずみは数メートル上空へと吹き飛ばされる。
 だが、何物も上がれば落ちるのが自然の摂理。打ち上げられた泣きむしねずみは重力に従い弧を描き、倍速で車目掛けて落ちていく。
「あ」
 止める間も無く、車にぶつかると誰もが思った直前。ばぁん!と激しい音を立て、泣きむしねずみは青い紙吹雪と散った。

●頑なな怒り
 ひらりと散る青の紙吹雪は、地面に落ちると雪のように溶け消えてゆく。
「相方が殺られて、ようやく本当に怒ったかな」
 先のちょっと危険な失態はさらりと無かったことにして。容赦の無いノーザンライトの言葉に、赤い顔を尚のこと赤くした怒りんぼねずみが地団太を踏む。
『おこったちゅ!ゆるさないちゅ!ゆるさないちゅ!!』
 丸い脚が力強くコンクリートを蹴った。お返しとばかりに鋭いパンチが撃ち込まれるも、壁となり庇いに入ったバレが代わりに殴り飛ばされる。
「バレ!大丈夫?」
 慌てたココにバレはライトの点滅と駆動音で無事を伝えると、要領よく起き上がってみせた。流線形のボディが大きく凹むほどの強打は、浅木の相棒であるコロルが属性インストールで一生懸命修復してゆく。
 ちらりと隣の宗嗣とアイコンタクトをした紫音が、バレとコロルの横を駆け抜ける。
「間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 一息に怒りんぼねずみの懐へ飛び込み、構えたのは日本刀・無銘とその鞘。
 紫音が独学で編み出した血煙舞踏・塵は、名の如く舞うようであった。鞘で打ち据え、その隙に逆側から無銘で斬り込む。流れるような一連の動作の終いに、宗嗣へ向けて勢いよく怒りんぼねずみを蹴り飛ばす。
「いったぞ宗嗣!」
 抜き身の宵星・黒瘴が逆巻く紅蓮の炎を纏う。上段で待ち構えた刃は研ぎ澄まされ、まるで鼠を喰らう猛禽の嘴のようであった。
「俺の隠し玉だ……その魂、貰い受ける!」
 冴えた一閃。
 バキリと、真っ直ぐ貫いた鼠の体を宵星・黒瘴が貫通し、深々と穴が開く。
『いた、かった、ちゅ!いたかった……ちゅう!』
 それでも怒りんぼうねずみがふら付く足で立ち上がる。
 この怒りはまだ終わらないのだと声を上げようとした時、上空に何の前触れもなく、突然巨大な海の猛者が泳いでいた。
「鳥でも飛行機でもありません……鮫くん、がぶっとやっちゃってください!」
 少し可哀想な気はする。それでも油断は禁物と、しずくが鮫へ指示を出す。
 召喚された巨大な荒くれ者は、迷うことなく怒りんぼねずみを噛み砕いた。

●心の実
 ひらりひらりと、赤い紙吹雪が散る。
 未だ舞う青い紙吹雪と混ざれば、なんとも不思議な空間が形成されていた。
 皆々武器を収め、互いに怪我は無いかと確認し終わったところで、此度の戦場となった駐車場の修復が始まった。
「な、宗嗣。どっかで食ってかねぇか?」
 罅割れ抉れたコンクリートを修復しながら紫音が声を掛ければ、宗嗣は黙ってこくりと頷き、二人は渉の元へ向かう面々と別れて行った。

 ふわりと薄絹のようなカーテンが躍る。
 胡桃の欠片が食い込む痛みで、渉は目を覚ました。
「あれ……?私、どうして」
 何故と目を擦った時、窓辺に誰かが座っていることに気が付いた。切り揃えられた髪を揺らす少女が、こちらに微笑みかけている。
「こんばんは、渉さん」
「こ、こんばんは。貴女は……?」
 よいしょ、と軽やかに侵入してきた少女に追随するように部屋へやってきたのは、彼女と同じく若い少女や女性。誰?と問えば、ケルベロスよ、と返答が来た。
「ケルベロス……そうだ!ねぇ、ねぇ、私の大事な二匹を壊した変な女たちが……!」
 しずくが丁寧に事情を説明すれば、現実を理解した渉の瞳から涙が零れてゆく。どうして、どうしてと泣きくれる渉の手を、体温の低い蜂がそうっと取る。
「ヒール……壊れてしまったドールハウスの修復は、できるのよ」
「元には、戻せませんけれど、貴女が、望まれる、なら」
 静かな言葉をココが継ぎ、ケルベロスのヒールは幻想を含みヒールしたものは元通りにはなりえないことを。
 元には戻らないと聞けば、渉は緩く首を振り覚束無い足取りと手付きで、砕け散った欠片を集め始める。しゃがむ渉へ寄り添ったイチカが声を掛けた。
「ねぇ、渉さん。あのね、少しずつ、べつの大事なものを見つけることってできるかな」
「別の……?」
「うん。でもね、あの子たちを忘れてほしいわけじゃないんだよ。むしろ忘れないであげて欲しいの」
 元機械からのおねがい!と屈託のない笑顔で笑うイチカに、集めた欠片を握り締めた渉は小さく頷く。同じく欠片を集めたノーザンライトや浅木が、丁寧に集めた欠片を渉へ渡す。
「すぐには立ち直れないだろうケド。でも、大切にした事実をなくさないで」
 優しい言葉や気遣う心を受け取るも、やはり心が追い付かない。
 ただただ渉は静かに頷くばかり。

 涙を拭うにはもう少し時がいるのだと、煌々と輝く月が見守っていた。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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