モミの木の反乱

作者:遠藤にんし


「これでよし、っと」
 モミの木の飾り付けを終え、男性は満足げな声を漏らす。
 今は深夜だから、完成したばかりの飾りを見てくれる人はいない。
 だが、朝になれば、誰もがこの木に目を輝かせるはず……そんな想像をする男性の前へと現れたのは、攻性植物――鬼縛りの千ちゃん。
「おや、君は……?」
 問う男性には答えず、鬼縛りの千ちゃんが花粉のようなものをモミの木に与える。
 モミの木が風に揺れた――否、攻性植物と化し、動き出した。
 せっかくの飾りを撒き散らし、豊かな葉で男性を包むモミの木。
「人は自然に還るのが一番、人助けしちゃったー」
 能天気とも取れる表情でつぶやく鬼縛りの千ちゃんの顔が、男性が最後に見たものになった。


「人型の攻性植物『鬼縛りの千ちゃん』が、モミの木を攻性植物へと変えたようだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)が言うと、ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)はつぶやく。
「広場で大きいモミの木を見かけて、もしかしたらって思ったら……」
 こんなに早く見つかるとは、と憂えるラティエル。
「だが、そのお陰で取り込まれた男性を救うチャンスも出来た。手遅れになる前に、みんなには広場に向かって欲しい」
『鬼縛りの千ちゃん』によって攻性植物となったモミの木は、とある広場の中央に聳える。
 深夜ということもあり、周囲には人はいない――こちらから人を呼ばない限り、誰かが来ることもないだろう。
 戦闘をするにはうってつけの場所だが、今回はただ倒すだけでは望ましい結果が出ないこともある、と冴は言う。
「ただ倒すだけでは、取り込まれた男性も命を落としてしまうんだ」
 彼を救うのであれば、攻性植物は『ヒール不能ダメージ』の蓄積によって倒す必要がある。
「攻撃しながらヒールすることで、ヒールを掛けても癒やしきれない『ヒール不能ダメージ』だけを敵に蓄積させることが出来るんだ」
 もちろん、攻性植物を倒しさえすれば作戦は成功といえる。
 それ以上のことをするかどうかは、ケルベロスたちに委ねると、冴は語り。
「『鬼縛りの千ちゃん』ら、人型攻性植物の動きは活発だ。どうか、気をつけて行ってきてほしい」


参加者
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
火岬・律(幽蝶・e05593)
ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
伊園・聡一朗(アタラクシア・e38054)

■リプレイ


 人の訪れる気配を覚えてか、モミの木の葉がざわりと揺れる。
 ざわめきは不穏。オーナメントに不意に赤い光が宿ったかと思えば、それは訪れたケルベロスたちを討たんとばかりに凶悪さを増した。
「させませんよ」
 光を受け止めたのは皇・晴(猩々緋の華・e36083)。シャーマンゴーストの彼岸は祈りを捧げることで、晴自身は火之迦具土神によって、戦場へと癒しを届ける。
 受けた傷すら見るまに癒す晴の後方、新条・あかり(点灯夫・e04291)は空を見上げる。
 太陽は過ぎ去り、訪れるには早い。深夜になるまで男性が頑張っていたのは、みんなのため――必ず助けたいと気持ちを新たに、あかりはライトニングロッド『タケミカヅチ』で床を打つ。
 途端に溢れ出る雷の力は幾何学的な模様を描きながら広がり、防壁として彼らの前に展開された。
 雷壁の守護、爆煙による力を受け取り、火岬・律(幽蝶・e05593)は精神を統一。
 木を飾ることは一見して不合理、だがそこには、祝いの念と感謝を捧げる気持ちが備わっている。
 その儀式のために間借りした枝――寄生ではないこの形だって、共生なのだ。
 律の紫の双眸がモミの木を射抜くのと同時に、モミの木の枝が引き裂かれる。
 同時に枝は大きくたわみ、枝に引っ掛けられていたサンタ飾りが落下した。白い綿で作られた飾りは、きっと砂埃にまみれてもう使うことは出来ないだろう。
「……勿体無いですね」
 呟く律に、相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)は短く息を吐く。
「殺――……いや、死なねえ程度にぶっ飛ばすか」
 竜人の顔を覆う髑髏面越しであっても眼光の荒々しさが感じられる。地を蹴り、竜人は己の右手へとグラビティを集わせた。
「竜を相手にする度胸はあるか? 逃げたって構わないんだぜ?」
 しかし、逃げるだけの猶予など与える気はない。
 右腕に顕現したのは竜の黒き腕。威圧的な一撃にモミの木が幹ごと震えていることに気付いて、ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)は御業を手繰り、モミの木を守るように施した。
 貫通こそしていないが大穴の開いた幹に宿されるヒール。淡いきらめきを宿しながら幹を塞ぐ御業を操りつつ、ラティエルは男性へと呼びかける。
「あのね、私たち、ケルベロスなの」
 救い出すという意志を伝えたい――そのために言葉を送りたいと考え考え、ラティエルは続ける。
「殺害じゃないからね。人命救助だからね。できるだけ、落ち着いて」
 優しいラティエルの言葉に耳を傾けながら、伊園・聡一朗(アタラクシア・e38054)は光の盾を仲間へと与える。
 夜を照らす輝き、味方を助ける癒しを施すのはマリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)も同じ。
 聡一朗の作り出した輝きは、マリアンネの生み出した雷の火花に縁どられている。時に爆ぜ、あるいは揺らぐ雷は、蝋燭の明かりにも似ていた。
 煌めく翼をはためかせるのはボクスドラゴンのパンドラ。属性と共に希望を振りまくパンドラの隣、歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)はブラックスライムを伸ばす。
 絹糸のように細く伸びたブラックスライムは文字通り束となって襲い掛かる――絡め取られるモミの木へと届けられたのは、めろの声。
「捕まえた!」


 頬を撫でる風の冷たさに、ラティエルは今更ながら冬を感じる。
 空気は研ぎ澄まされて冷え、この空気の中であればさぞクリスマスツリーが温かく、楽しく見えたことだろうとも思えた。
 人が季節の変化に寄り添う時、あるいは贈り物をする時、イベントを開催する時に植物はつきもの。
 いつだってそばにいる植物が人を取り込む――それは悲しいことだ、と思い、ラティエルは独りごちる。
「気軽に楽しめなくなっちゃうでしょうに」
 言いつつ、ラティエルの視線はモミの木へ。
 攻撃の応酬の結果として樹皮は裂け、枝は折れて痛々しい姿を晒してはいるが、その動きはいまだ活発であり、深刻なダメージを負ってはいないことが分かる。
「あまり怖がらないでくれると、助かる。ちょっとだけ、我慢してね」
 伝えるラティエルの上空、星々が瞬く。
「長い長い時間をかけてめぐる星々に力を乞います」
 流れ星が、ひとつ。
「どうか私たちに生きるための、戦うための力をください」
 ふたつ――瞬きと共に星が流れる。
「必ず救い出して、ご覧に入れましょう」
 マリアンネはそう囁いて、刃を手にモミの木へと肉薄する。
「授けられし御業にて。肉を削ぎ。骨を断ち。血を啜りましょう」
 揺れる髪が、星の光を受けて輝く。
「……さあ。ご照覧あれ」
 深々と、刃が突き立てられる。
 ――自然と人間が敵対することもあるということは、マリアンネも知っている。
 それでも、手を取り合って生きて行くことだって可能なはず――それに何より、善良な男性の命を奪われる道理はない。
 果たすべきことのために刃を振るいながらも、マリアンネはあかりへと声をかける。
「まだ、回復不要と見受けられます」
「そうみたいだね。じゃ、僕は……」
 ポジションが同じゆえの連携。うなずいたあかりが差し出したものは、薔薇と呼ぶにはあまりにも醜悪で。
「欲しいなら、あげる。いくらでも」
 肥大したそれから漂う香りはあまりにも過剰。花びらへと呑まれながらも、モミの木は蔓触手を伸ばす。
 蔓触手は前衛を抜けようと走る――中衛に位置する主を思ってか、パンドラの瞳が揺らぐ。
「心配しないで、パンドラ」
 そんなパンドラへと微笑みかけるめろ――代わりに攻撃を受け止めた竜人は、舌打ちをひとつ。
「うぜえんだよ!」
 轟音が戦場を包む。
 砲撃形態を取るドラゴニックハンマーを乱暴に放り投げ、面の中で竜人は顔をしかめる。
 デウスエクスだというだけで殺すには十分な理由だが、これを攻性植物に変えた鬼縛りもまた気に喰わない。
 いつかは殺す、と思いつつ、竜人は飛び退ってモミの木から距離を取る。
「ありがとう、助かったわ」
 護られためろが言うと、パンドラは属性を分け与えに竜人の元へ。
「まったく、困った植物ですね」
 晴は肩をすくめると、花の唄を。
「さぁ、咲かせましょうか。満開の花を」
 菖蒲色の花が散り踊る。
 広がる癒しは十二分、ならばとめろも口を開き、子守唄を口ずさむ。
「羊が一匹、羊が二匹」
 少しずつ増えていく、羊の数。
「――羊がたくさん!」
 弾けるような言葉と共に、巨木の姿がぐらりと揺らぐ。
 彼岸も祈りを捧げれば、味方へ与えるヒールは十分。
 合間を練って繰り返されたヒールグラビティのお陰で、敵への癒しと攻撃のバランスも申し分ないようだ。
 ――ならば、と聡一朗は告げる。
「我が契約者、その根、その葉、その花よ――神威と誇りの儘に咲け」
 樹皮に弾丸が吸い込まれる――同時に発芽したそれは、
「紫色のツリー……?」
 その姿に思わず呟いた聡一朗は、否、とかぶりを振ってその考えを打ち消す。
 紫色のクリスマスツリーのような姿になったと思ったが、その正体は巨大な一輪の花。
 松ぼっくりにも似た形のその花がモミの木の雌花である、と聡一朗がと気付いた時には、既に花の姿はない。
「……なんとも、迷惑な話だ」
 失せた花から目を伏せて、律は独りごちる。
 無茶をすることがなければ、この木は手折られることはなかった。だというのに――そんな気持ちを抱いたまま、律は簒奪者の鎌『黒血』を手にモミの木へ迫る。
 何度がの鍾馗舞によって地面はひび割れ、荒れているが、その程度のことは律の妨げにはならない。
 十数分に渡った戦闘によって、攻性植物にも疲労の色が見える――その姿へと、刃は喰らいつき。
 確かな手応えと共に振るえば、その姿は綿雪のように散って消えた。


「御怪我は御座いませんか」
 姿を見せた男性にマリアンネは問いかけ、癒しを施す。
「助けることが出来て良かった。片づけもしておきましょう」
 晴も安堵して、こちらは周辺へヒールの力を使った。
 聡一朗は、モミの木が失われたことで開いた大穴を埋め戻す。
 新しい土で埋めて、均して、モミの木の苗を植えれば完了。
 ふかふかの土のベッドで眠る木も、やがて大きく育つだろう――そう夢想する聡一朗の横、律は落ちていたオーナメントを拾い上げると、土埃を払う。
 至近でよく見ればかすり傷があるが、高い位置に飾ればそれも見えないだろう。いくつか駄目になってしまったものはあるが、それでも使えるものも少なくはない。
「せめてお仕事の為に、出来る協力はさせてください」
「俺らがぶっ飛ばしたやつで良けりゃあ飾りくらいやってやるよ。面倒ついでだ」
 必要なことだったとはいえ、男性の仕事を無駄にしてしまったのは事実。
 竜人もまた声を上げると、男性より早くめろが顔を輝かせる。
「めろ、クリスマスの飾りつけをするの初めてだわ」
 さっそく飾りを手に、クリスマスソングの鼻歌と一緒に飾り付けを始めるめろ。
 パンドラは飾りの欲しい場所に止まってぱたぱた羽を動かしてお手伝いをしている。
「ささやかだが、大きくなれば盛大に飾ってもらえるよ」
 聡一朗は言いながら、小さな星をつけてあげた。
「竜人君とあかりちゃんは、どう? 一緒にやろ?」
 ラティエルの誘いに乗って、二人も飾り付けに加わる。
 とりあえずという感じで竜人が靴下飾りを並べると、あかりが隙間にリボンを添える。
 クリスマスは恋人とクリスマスツリーを見に行きたいと思っていたから、飾り付けにも自然と力が入る。
 真剣な表情で耳だけをぴこぴこ揺らすあかりに微笑をこぼすラティエルがトナカイ飾りを置けば、賑やかさも加わった。
 ――しばらくすれば、楽しそうな彩りが取り戻される。
「美しいものですね」
 マリアンネのつぶやきに、晴もうなずく。
「楽しいクリスマスになりそうだね」
 冬の澄んだ空気の中で、ささやかな飾りは暖かな光を宿しているように見えた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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