冬を待っていました

作者:土師三良

●寒椿のビジョン
 老人は新聞受けから朝刊を取ると、家の中に戻らずに広い庭をゆっくりと歩き回った。
 雪に染まったカンツバキの生垣を鑑賞するためだ。
「うむ。いぃ~い感じになってる」
 花の赤、葉の緑、雪の白――三色で構成された生垣に沿って歩を進めながら、老人は白い息とともに笑みをこぼした。
「雪が花の色を際立たせてるな。こういう綺麗な光景のことを『いんすたばえ云々』とか言うんだっけか? インスタ蠅ってのがどんな蠅なのか知らんけど」
「蠅みたいに小汚いおじーちゃんが消えたら、もっと綺麗な光景になるだろうねー」
「そうそう。小汚い俺が消えたら……って、え!?」
 背後から聞こえてきた謎の声に同意しかけたところで我に返り、老人は振り返った。
 そこにいたのは一人の少女。
 いや、少女の姿をした攻性植物。
「あ、あんたはいったい……うわーっ!?」
 老人の誰何の言葉が悲鳴に変わった。
 何者かに体を掴まれ、内部に取り込まれてしまったのだ。
 その時点で意識を失ったため、老人は知ることができなかった。『何者か』の正体が攻性植物化したカンツバキであることを。
 長方形に刈り込まれていたカンツバキは老人を中心部に収めるようにして己を凝縮し、体の密度を高めていく。
 その様子を見ながら、少女はにっこりと笑った。
「はい、よくできましたー! この調子で他の人間たちも自然に返してあげてねー」

●ヴィヴィアン&ダンテかく語りき
「冬に咲く花っていうのはなんともいえない趣があって良いっすよねー」
 そう言いながら、ヘリオライダーの黒瀬・ダンテが視線を移した。
 白み始めた空から、ヘリポートに並ぶケルベロスたちに。
 そのケルベロスの一人――ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)がダンテに確認した。
「でも、今回の事件は趣とは縁のない攻性植物がらみのものなんでしょ?」
「そうなんすよ。日本各地で攻性植物化の胞子をばらまいている『鬼百合の陽ちゃん』なる女の子型攻性植物がまた現れまして」
「どこに現れたの?」
「岡山県の山中にある小さな集落の民家っす。攻性植物化されたのは、その家の庭のカンツバキっすよ。元は生垣だったんですけど、今は体をギュっと凝縮して、約二百五十センチ四方のキューブ状に変形してるっす」
 そして、そのキューブの中心部には人間が取り込まれている。民家の主の柿崎・恋太郎(かきざき・こいたろう)という老人だ。カンツバキと恋太郎は半ば同化しているため、カンツバキを攻撃すれば、恋太郎もダメージを受ける。
「カンツバキが死んだら、恋太郎さんも死んじゃうっす。ただし、それは普通に戦った場合っすよ。敵を地道にヒールしつつ、これまた地道にダメージを与えていけば――」
「――ヒール不能のダメージが蓄積して、最終的には攻性植物だけが倒れるんだね」
 と、後を引き取った後でヴィヴィアンは尋ねた。
「現場にはそ恋太郎さん以外に一般の人はいないの?」
「その点は心配いらないっす。恋太郎さんは独り暮らしですし、近所の人たちもまだ自宅の中にいますから、誰かを巻き込むような事態にはなりません」
 もちろん、それは敵を倒すことができた場合の話である。ケルベロスたちが敗れたら、カンツバキの攻性植物は集落の人々を襲うはずだ。
 だが、ダンテはそれを口にしなかった。皆の勝利を信じているからだろう。
 その代わり、別のことを口にした。
「敵が名無しだと、いろいろとやりにくいかもしれないっすよね。そんなわけで自分が命名しておいたっすよ。その名も『ツバキング』っす!」
「……」
「ツバキングっす!」
「いや、なんで二回言うの?」
「誰も復唱しないから、聞こえなかったのかなぁっと思いまして」
「聞こえたからこそ復唱しなかったんだけどね……」
 と、ヴィヴィアンは苦笑を浮かべて呟いたが、その声はダンテの耳には届いたいないようだった。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
輝島・華(夢見花・e11960)
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)
貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)

■リプレイ

●Live as if you were...
 曙光に染まる空を横切るヘリオン。
 その兵員室のハッチが開き、ケルベロスたちが次々と降下した。
「雪の日でも白一色ではなく、様々な色が溢れかえっているんですね」
 眼下に広がる山野の美しさに心を打たれているのはオラトリオの貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)。
 彼女を含む大半のケルベロスは武器を携えていたが、中にはデジカメやスマホを手にした者たちもいる。
「空中撮影なんて初めてです」
 輝島・華(夢見花・e11960)がスマホのファインダー越しに覗いているのは地上の小さな集落。倒すべき者と救うべき者がそこにいる。そう、寒椿の攻性植物のツバキング(命名者は黒瀬・ダンテ)と、それに取り込まれた柿崎・恋太郎が。
「恋太郎さんを無事に助け出したら――」
 青い和風サンタの衣装を纏ったオラトリオの遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)も空からの光景をスマホで撮影していた。
「――この写真を見せてさしあげましょう」
 各々の撮影機器がシャッター音を何度も発しているうちに(残念ながら、すべての写真がぶれていたが)ケルベロスたちは地上に到達した。
 着地の際に雪煙が立ちのぼったが、その数はチームの総員よりも一人分だけ少なかった。密着して着地した一組のカップルがいるからだ。赤い和風サンタの衣装を着たサキュバスのヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)と、彼女を抱き抱えていた水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)。
「寒椿はあたしの誕生花だし、いちばん好きな花でもあるんだよね」
 雪煙が晴れてツバキングを視認できるようになると、ヴィヴィアンは鬼人から離れて身構えた。
 本来は寒椿の生け垣だったツバキングだが、攻性植物化の際に圧縮され、緑の地に赤い斑点を散らした巨大なキューブになっている。
 外からは見えぬその中心部に恋太郎が捕らわれているのだ。
「同じ花が好きな恋太郎さん……絶対に助け出すんだから!」
 変わり果てた『いちばん好きな花』をヴィヴィアンは攻撃した。物理的な手段ではなく、グラビティを有した歌声で。
 その声が紡ぐのは『白雪に咲く紅の夢想曲(トロイメライ)』という名のバラード。
 ツバキングの姿が寒椿の花片の群れに包まれた。バラードが生み出した幻の花片。それらはツバキングを斬り刻むと同時にパラライズを付与した。
「ダンテくんの話によると、花を愛でるこのご老体のことを『鬼百合の陽ちゃん』なる者は『小汚いおじーちゃん』呼ばわりしたとか」
 朽葉色の背広の襟を直しながら、西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)が自らの攻性植物を収穫形態に変えた。
「度し難い輩だな」
 と、鈴代・瞳李(司獅子・e01586)も陽ちゃんへの怒りをあらわにした。
「明るく懸命に生きる年配のかたの良さが判らんとは……」
「いやはや、まったくです。無粋というか下品というか……こいつはいけませんよぉ。ええ、いけません。おじさん的には非常に面白くありませんな」
『おじさん』であるところの正夫は攻性植物から黄金の果実の光を放射した。
 鬼人の愛刀『越後守国儔』の白刃がそれを照り返す。
「確かに面白くねえけど、この寒椿に罪はないんだよな。しかも、じいさんが大切にしていた花だ。それを傷つけなくちゃいけないってのは――」
 鬼人はツバキングに絶空斬を浴びせ、恋人が与えたパラライスをジグザグ効果で悪化させた。
「――ちょっと心が痛むよねー」
 サキュバスの桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)が後を引き取り、口紅を塗り始めた。戦場に相応しからぬ行為だが、その実しっかりと目を配っている。敵の状態にも、仲間たちの状態にも。
 彼女と同じく戦況を冷静に見極めつつ、瞳李がオルトロスのイヌマルに指示を送った。
「地獄の瘴気とパイロキネシスの使用は控えてくれ。敵にダメージを与えすぎるわけにはいかないからな」
「がおー!」
 迫力皆無の咆哮で応じ、神器の剣をくわえて跳躍するイヌマル。
 ツバキングはサイコロのように転がり、それを回避した……が、転がった先で小さな物体と衝突し、小さからぬダメージを受けた。ボクスドラゴンのアネリーがボクスタックルを見舞ったのだ。
 間髪を容れず、瞳李が『雨の警鐘』を発動させた。グラビティで生成された何発もの弾丸がツバキングに撃ち込まれ、ワンテンポ遅れて着弾音の代わりに激しい雨音が響く。
 その奇妙な音がもたらした状態異常に機動力を殺がれながらも、ツバキングはまた転がり始めた。
 今度は回避ではなく、攻撃のために。

●...to die tomorrow
 雪煙をあげて転がるツバキング。
 その雪煙に赤い色が混じった。
 キューブ状の体のそこかしこから噴出された毒霧だ。
 それはケルベロスの前衛陣を包み込んだが、彼らが受けたダメージの幾許かはすぐに消え去った。清浄の翼を華麗にはためかせるウイングキャットのヴェクサシオンと、『紅瞳覚醒』を暑苦しく奏でるヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)によって。
「バックアップは任せて」
 背後から声をかけて、比嘉・アガサも護殻装殻術を発動させた。彼女の御業が鎧に変わり、前衛陣の一人――萌花の体を覆っていく。
「さんきゅー!」
 アガサに礼を述べつつ、萌花はツバキングに肉薄した。そして、すれ違いざまに囁いた。ただの囁きではない。魔力を増幅させる口紅(先程の口紅だ)を用いたグラビティ『R.I.P. Service(リップサービス)』である。
 パラライズを伴う甘い言葉に続いて、同じくパラライズを伴いながらも決して甘くはない蹴りがツバキングに命中した。
 朔羅の旋刃脚だ。
「ヒールを!」
「はい!」
 敵から離脱して叫ぶ朔羅に答えて、華がウィッチオペレーションを開始した。
 対象は仲間たちではなく、ツバキング。
 いや、ツバキングの中の恋太郎である。
 鞠緒も恋太郎へのヒールを始めた。猫柄カバーで飾ったスマホをしまい込み、ツバキングに手を伸ばす。
「これは、あなたの歌。想い、覚えよ……」
『昇華の書』の呪文の詠唱に応じて、一冊の本が手の中で具現化した。そこに記されているのは、対象となった者が理想とする己の姿……のはずなのだが、本の中の恋太郎は現実の恋太郎と同じ外見をしていた。クリスマスケーキが入っているであろう箱を持って家路を急ぐ、ごく普通の老人。
 しかし、恋太郎にとっては理想像なのだろう。
 本の中の彼は、きっと家族を失っていないのだから。
「――♪」
 こみ上げてきた想いを声に託し、ヒールの効果を持つ歌を鞠緒は朗唱した。
 慟哭にも似たその歌声を聞きながら、鬼人が愛刀を振り下ろした。刃が月光斬の軌跡を描き、ツバキングの急所を断つ。
「デウスエクスに家族を奪われた挙句、本人まで殺されるとか……そんなこと、絶対にあっちゃいけないよな」
「うん」
 ヴィヴィアンの手から紅色のバラの攻性植物が伸び、ツバキングに絡みついた。
「それに一度助けた人に目の前で死なれたりしたら、やりきれないもんね」
 鬼人もヴィヴィアンも恋太郎と面識はない。しかし、かつて二人は仲間たちとともにこの集落で凶悪なエインヘリアルを討伐したのだ。それによって救われた住人たちの中には恋太郎も含まれているだろう。
「同感だ」
 と、頷いたのは、件のエインヘリアル討伐に同行していた玉榮・陣内。
 彼は風のように駆け抜け、絶空斬でツバキングの傷口を斬り広げた。
 すぐに第二の風が来た。
 縛霊手をつけた瞳李の殴打。
「食らえ!」
 巨大な拳がツバキングにぶつかると同時に網状の霊力がヴィヴィアンのバラの間を縫うようにして広がっていく。
 それらが絡みついた状態のまま、ツバキングはまた地面を転がり、ケルベロスに反撃した。花の一つから赤い光線を放って。
 光線は朔羅に向かって伸びたが、萌花が素早く射線に割り込み、盾となった。
 萌花の前面で小さな爆発が起きる。
 しかし、後方から光が射し、彼女の傷を癒した。正夫の黄金の果実だ。
 その間に朔羅はツバキングに攻撃を命中させていた。瞳李と同じく縛霊撃。
「それにしてもさー」
 萌花もツバキングに突進し、側面の一つに旋刃脚を突き立てた。
「このツバキングって名前はなんというか……」
「所謂『ゆるキャラ』なるものを彷彿とさせる名前だな」
 言葉を濁す萌花をフォローするかのように瞳李が感想を述べた。
 すると、『ゆるキャラ』じみた名前を持つ敵に再びウィッチオペレーションを施しながら、華が笑顔で言った。
「私は、悪くない名前だと思いますの」
「……」
「……」
 朔羅と萌花は言葉を失った。
 いや、他の者たちも。
 いたたまれない空気が流れる中、神崎・ララが逸早く我に返り、命中率が上昇するグラビティ・ソングを仲間たちのために歌い始めた。
「皆の心に、希望の笑を♪ 幸福招来、おいでませ♪」

●Learn as if you were...
「届いて、声よ♪ 雪の冷たさに消えないで♪ 守って、花よ あなたが手を取るその時まで♪」
 ツバキングを死に導く攻撃、恋太郎を死から遠ざける治癒。その反復が繰り返される庭園に幾度目かの『白雪に咲く紅の夢想曲』が流れ、二種の花片が舞い散った。ヴィヴィアンの歌声が生み出した幻の花片と、ツバキングから剥がれた本物の花片。
 そこに第三の花片が降り注いだ。
 歌に合わせるようにして、鞠緒がフローレスフラワーズを舞い踊ったのだ。
 それによって傷を癒された者の一人――鬼人も踊ってみせた。名馬の革で作られたエアシューズで。スターゲイザーのダンスを。
「そろそろゴールが近いようですな」
 鬼人の攻撃を見届けて、正夫が萌花に言った。
「みたいだねー……おっと!」
 ツバキングから発射された光線を躱し、萌花は惨殺ナイフで反撃した。アガサに付与された護殻装殻術は既にブレイクされているが、その後に新たなエンチャントを施されている。
「じゃあ、ラストスパートといこっかな!」
 ナイフの刃がジグザグに変形し、ツバキングの花を、葉を、枝を斬り裂いていく。
 苦しげに体を震わせつつ、ツバキングはなんとか後方に転がり、萌花の間合いから逃れた。
 しかし――、
「太陽よ、輝きを持って世を照らすものよ。世界の秤よ、我が願いによって顕現せよ。一切の浄化を焼き尽くす御柱を立てたまえ」
 ――すぐさま、朔羅に追撃された。
 彼女の詠唱によって発動したグラビティは『輝けるもの・蘇利耶(スーリヤ)』。光の柱が庭園に立ち、ツバキングを焼いた。
 そして、別の光が続いた。
 瞳李がライジングダークを用いたのである。
 白と黒の光を浴びて、ツバキングは転がるのをやめた。だが、動きが完全に止まったわけではない。四角い体はまだ苦痛に震えている。発声器官があるなら、悲鳴をあげていたかもしれない。
 声なき彼(彼女?)に代わり、正夫が語りかけた。
 恋太郎に向かって。
「ご老体。こんな不条理な形で人生を終えていいんですか? いえ、いいわけないですよね」
 言葉とともに気力溜めのオーラが発射され、ツバキングの中にいる恋太郎を癒していく。
 それが戦闘における最後のヒールになることを願いながら、華が初めて攻撃系のグラテビィを放った。
「そうです。終わらせるわけにはいきませんわ」
 腕が突き出されると同時に五指が開かれ、小さな掌から何枚もの花片が飛んだ。
 それらが打ち込まれる度にツバキングの震えは激しくなっていく。
 そして、最後の一片が命中した瞬間、キューブ型の体は崩れ、歪なピラミッド状に変じた。その側面からは皺だらけの手が覗いている。
 恋太郎の手だ。
「ご老体!」
 正夫が素早く駆け寄って手を掴み、ツバキングの残骸から恋太郎の体を引き抜いた。

●...to live forever
 戦いによって荒れ果てた庭園に、グラビティを宿した歌声が流れていく。
 ガールズバンド『quatre☆etorir』の面々――ヴィヴィアン、鞠緒、ララ、ロゼ・アウランジェがヒールのためにミニライブをおこなっているのだ。演目は、サンタのおじいさんに対する子供たちの感謝をテーマにした和風クリスマスソング。サンタのおじいさんならぬヴァオも四人に誘われて演奏に加わっているが、たとえ誘われなくても、しゃしゃり出ていたかもしれない。
 聴衆は他のケルベロスたち。
 しかし、一人だけ一般人がいた。
 一足先にヒールされて意識を取り戻した恋太郎である。
「庭を滅茶苦茶にしてしまい、申し訳ない」
 和風クリスマスソングのメロディに乗せて体を楽しげに揺らしている恋太郎に更なるヒールを施しつつ、瞳李が詫びた。
「やめてくれ」
 と、笑顔で応じる恋太郎。その間も体は揺らしたままだ。
「命の恩人に……しかも、あんたみたいな別嬪さんに謝られたりしたら、俺の立つ瀬がないやね。それに庭はこうやって修復してもらってるしな。少しばかり『ふぁんたすぃ』な感じになっちまったが、こういうのも悪くない。うん、悪くないぞぉ」
「庭だけじゃなくて、こいつも治せればよかったんだが……」
 鬼人が呟いた。視線の先にあるのはツバキングの……いや、寒椿の残骸だ。
 恋太郎も目を向けた。丹誠を込めて育てた花の成れの果てに。
 人生の年輪が刻まれた顔に悲しみの影が滲んだが、すぐにまた笑みが戻った。空元気の笑顔ではない。悲しさや寂しさとともに生きていく術をこの老人は心得ているのだろう。
「まあ、しょうがねえよ。この寒椿のことは天国の女房たちに任せるさ。案外、俺なんかよりも上手く育ててくれるかもしれん」
 そして、恋太郎は拍手をした。
『quatre☆etorir』がクリスマスソングを歌え終えたのだ。
「慌てん坊のカト☆エトサンタが一足早くクリスマスをお届けしましたー……なんてね」
 淡雪色の和風サンタ衣装に身を包んだララが照れくさげに笑いつつ、聴衆に一礼した。
「今の歌、まだタイトルがないんですよ」
 そう言って、薄桜色の和風サンタ衣装のロゼがヴァオにウィンクをおくった。
「ヴァオさん、クリスマスプレゼント代わりに素敵なタイトルをつけてくれませんか?」
「私からもお願いします」
 期待に目を輝かせて、鞠緒が言葉を添えた。期待するべき相手を間違っていることも知らずに。
 彼女たちの間違いを是正することなく(そもそも間違いだと思っていない)、ヴァオは胸を張って、ダンテに勝るとも劣らぬネーミングセンスを披露してみせた。
「よーし。じゃあ、『めりくり讃歌 for はりきりサンタ』ってのはどうよ?」
「……」
「ねえ、どうよ?」
「……あ、はい。ありがとうございます」
 他の三人とともに硬直していた鞠緒であったが、状態異常のパラライズにも似たその症状を精神力でなんとかキュアし、深々と頭を下げた。
「とても良い曲名だと思います。候補にさせていただきますね」
「候補止まり!? 本決まりじゃないのかよぉーっ!」
「ところで――」
 不満げに怒鳴り散らすヴァオから距離を置きつつ、鬼人がヴィヴィアンにデジカメを見せた。
「――今のミニライブの様子も撮ってみたんだけど、『インスタ映え』とかいうのはこんな感じでいいのか?」
「うん。いいんじゃないの」
 微笑を浮かべて頷くヴィヴィアン。
 その横から朔羅がデジカメを覗き今込んだ。
「なるほど。こういうのを『インスタ映え』と言うのですね。でも……そもそも、『インスタ』とはなんのことでしょうか?」
「インスタねぇ」
 陣内がニヤニヤと笑いながら、アガサを見た。
「おい、アギー。どうせ、おまえもインスタなんてものは知らないだろ?」
 かく言う陣内も詳しくないのだが。
「バ、バカにするな。それくらい知ってる。でも――」
 アガサは目を泳がせつつ、別の犠牲者にパスを送った。
「――あたしの代わりにヴァオが詳しく説明してくれるよね」
「え? 俺?」
「まさか、知らないの?」
「な、な、なに言ってんだよ。常に時代の最先端を行くナウい俺様がエンストを知らないわけねえじゃん」
「いやいやいやいや」
 と、正夫が苦笑を浮かべ、顔の前で手を振った。
「時代の最先端にいる人は『ナウい』なんて言わないでしょう。私が二十代の頃には既に死語と化していましたよ」
「では、私が説明しよう。インスタというのは……」
 ナウくないヴァオたちに代わって、瞳李がインスタについて語り始めた。朔羅だけでなく、恋太郎にも教えるために。もっとも、瞳李の知識も一夜漬けなのだが(弟に教えてもらったのだ)。
 彼女の話が終わると、萌花が恋太郎に訊いた。
「ねえ、恋太郎さん。あたしたちがここで撮った写真、ネットにあげちゃってもへーき?」
「へーき、へーき」
 と、恋太郎は口調を合わせて答えた。
「ネットを始めたら、真っ先に見にいって、イイトモを押しまくってやるよ」
「うーん、惜しい! イイトモじゃないんだなー」
「ネットに載せるのなら――」
 華が仲間たちの顔を見回して提案した。
「――みんなで記念撮影をしませんか?」

 十三人のケルベロスと六体のサーヴァントと一人の老人がフレームに収まった記念写真。
 それはお世辞にもインスタ映えしているとは言えない代物だった。
 だが、ケルベロスたちに囲まれて楽しそうに笑っている老人にとっては最高の一枚だろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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