失伝攻防戦~神亡き社を穢す者

作者:皆川皐月

●神亡き夜
 人に忘れ去られた小さな古社。
 連なる鳥居も煤け、ひどく廃れていた。
 そんな忘れられた社の中、ぼやりと浮かんでいた極小規模のワイルドスペースが、突如弾けて消滅した。
 すると、古社の中に静かな音を立て現れたのは白木の棺桶。
 半ば腐敗した小さな社に不釣り合いのそれは、人一人がぴたりと収まる大きさだ。
 ふ、と微かな違和感に虫の音さえ静まった時、鳥居の前に回廊が開く。
 ひたひたと湿った音を立て、四つん這いの巨体がぬるりと現れた。その丈、約4間。
 メートル法に換算して大凡7メートルの巨体が、低い唸り声を上げて古社へ手を伸ばす。
「み、ミ、みーつ、けた」


 慌てた様子でセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が入室する。
 揃ったケルベロスの顔を見るや、一瞬安堵を示すも再び顔を引き締め説明を開始した。
「緊急事態です、ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が姿を現しました。
 そして、そのゲートから『巨大な腕』が地上へと伸び始めたのです。
 この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高いでしょう」
 手元の資料を確認しながら、セリカは慎重に話を進める。
 本来であれば、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する止めの一撃であったと思われる。
 だがしかし、ケルベロスが『創世濁流』を阻止した事で、この目論見を阻止する事に成功したのだ。
 確かに、東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威である。
「この巨腕を打ち破るには、全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模です。
 しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝利する事ができれば、ドリームイーターに対して致命的な一撃を与える事ができるはずです」
 ですが、とセリカは強く言葉を挟み。
「勿論、この状況はドリームイーター側も理解しているのでしょう。
 ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、ゲートに集めるべく動き出したようです」
 件のドリームイーターが回収へと乗り出したのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だ。
 本来ならば、介入の余地がないタイミングで行われる事件。
 しかし、日本中でケルベロスが探索を行っていた事で、この襲撃を予知し、連れ去られる前に駆け付ける事が可能となったのだ。
「ドリームイーターが彼らを利用して、ジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、ドリームイーターを撃破して救出してきてほしいのです」
 それでは次の説明へ移ります、との言葉と共に紙を捲る音が部屋に響く。
「今回、皆さんに戦っていただくのは、ジグラットゼクス『ポンペリポッサ(悪い魔女)』配下です」
 言葉と共に示されたのは四つん這いの人型のようなもの。
 所々モザイクに塗れ、埋め込まれた宝石と体中に浮かぶ顔が異様さを表していた。
「貧欲なる夢喰いは約7メートルと大型で、夢喰いの出現場所は山間部の廃神社になります。人気は無いですが暗いため、明りの準備をした方が良いでしょう。
 そして貧欲なる夢喰いの攻撃についてですが、圧し掛かり麻痺させ周囲を喰らう。大きな手で鷲掴みにして喰らいつく。喰らったものを咀嚼し自身の力とする。と3つです」
「最も注意すべきは、敵が『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合、『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物を魔空回廊からゲートに送り届けようとする』ことです。戦闘より、この作戦の遂行に重点を置いていると思われます。
 しかし、この行動には『二分程度』を要します。その間は無防備となるため、有利になるとも言えるでしょう」
 一息に説明したセリカは手元の資料を閉じ、集まった皆を見て微笑む。
「失伝ジョブの探索がこのような事態になるとを想像していませんでした。ですが、ドリームイーターの切り札をここで奪う事が出来れば、戦いは有利になるかもしれません。
 きっと皆さんなら遂行できるはず。どうか宜しくお願い致します」
 確かな信頼を滲ませ、静かに一礼した。


参加者
連城・最中(隠逸花・e01567)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)
黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)
御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858)
岩堂・立志(木陰土竜・e37337)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)

■リプレイ

●わが毒の妄想
 ひた、ひた、と罅割れた石畳を踏みしめる音が静寂を割る。
 けたけた品無く笑う顔や、イライラしたまま喜びに口角を引きつらせる顔。
 いくつもの歪を携えた黒芥子が壊れそうな社の封印を解こうとした時、眩い光に照らされる。
「ひゃっ!や、やだ……なんか、いたよ」
「あれ、でしょうか……?」
 明かりの主は御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858)と端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)。手を取りあって怯えた様な仕草で身を寄せ合う二人に、黒芥子が頭をもたげた。
『アー……?』
 突如現れた人影がケルベロスだと分かれば、常に減っている腹が疼くのか、べろりと舌なめずりをする。
 うまそう。うまそう。うまそううまそううまそううまそう。はら、へった。
 黒芥子の内で主の指示と空腹の衝動が拮抗する。弱そうな二人ならきっと一口だ。思えば思うほど衝動に抗えなくなり、無意識に社から手を離す。続々と増える声と明かりに心を躍らせくるりと振り返った。
「きゃ!やだこっち見てます―……あっ、すみません!」
「いって。ったく、たかが夜の廃神社……これ肝試しじゃねーんだからさ」
「ありゃ?怖いスか?」
「えー、怖いっスかー?」
 ランタンで足元を照らしながら、おぼつかない足取りと落ち着きのない様子で辺りを見回す赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)が、点かない電灯を弄り回しながら悪態をつく岩堂・立志(木陰土竜・e37337)にぶつかった。
 謝る鈴珠の傍ら、彼を挟んでけたけたと似た調子でからかっているのは、囃す黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)と、間延びした堂道・花火(光彩陸離・e40184)の声。
「やめてください。騒がしいですよ」
「もう!いい加減にして下さい!」
 連城・最中(隠逸花・e01567)が眼鏡を押し上げながら隠す事無く嫌味な溜息をつけば、眉間に太い皺を寄せた綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)が、緊張感に欠けるメンバーに痺れを切らし叱り飛ばした。
『あー、あ……うー、アハハ!アハハハハ!』
 いつのまにか向き直り、じぃっと見つめていたらしい黒芥子が、子供のような甲高い笑い声を上げて、ばちんばちんと手を叩く。まるで不仲を喜ぶような様は醜悪ながら、巨大さに違わぬ質量と圧がにたりとケルベロスを見下ろしていた。
 唐突に黒い両手が、ぶんと振り上げられる。
『あ!アーそ、ボー!』

 ―――釣れた。

●繁栄へ告ぐ
 前衛陣に影が被る。
 瞬きの間を置き、容赦なくのし掛かる上半身が一息に前衛を押し潰し、瓦礫を巻き上げる。あまりの衝撃に、範囲外に居たねむるや鼓太郎、花火、オルトロスのマーブルは足が浮いた感覚さえ味わった。
『アハ!アハハ!ハハハハハ!!』
 そこかしこに点在する顔が、さざめくように笑う。
 まるで児戯のように躊躇いのない蹂躙。冷や汗が伝ったのは誰の頬だったか。
「おもったいんスけど!」
 負けじと肉を抉る勢いで高速回転した白がパイルバンカーで黒芥子の巨体を打ち上げると同時に後方から相棒のマーブルが飛出し、退魔神器で斬りつけた。
 クラッシャーたる黒芥子の破壊力は押して知るべし。我に返り、瞬時に先を読んだ鼓太郎が素早く自身と花火へ厄除けの紙兵を撒き、守護させる。
 癒し手として、この強烈な攻撃との長い戦いに備えねばならない。無意識に虚蒼月の柄を握り締める手が、僅かに汗ばんだ。
「く、これ程とは……」
 震える足を叱責し、焦ったようにケルベロスチェインを手繰った最中は、前衛に魔法陣を描きながら歯噛みする。その様子に、黒芥子がうっそりと笑った。白とマーブルに抉り切られた傷からモザイクを零すことも厭わない、まるで痛みの無いような顔でニタニタと。あからさまに舐めきった顔は、ひどく余裕に溢れていた。
 感情を曝け出し、まるで子供のような黒芥子を最中が冷静な目で一瞥したのは一瞬だけ。内心、目を細める。あぁおかしいだろう。あぁ楽しいだろう。そう、今はそれで良い。
 点した明かりの中に浮かぶ、紺の単衣に赤襷。表情を隠す菅笠は田へ春運ぶ者の出で立ち。本来は春を呼ぶための早乙女衣を纏い、震えて見せたのは括。
 本当は腹で煮え滾る思いを怯えの演技で包み隠しながら、今日ほど眼鏡を掛けて良かったと日はないと密かに思った。
 や、ここの、たり。くさぐさ祓い清めし我が参道―……。
 深く被った笠で口元を隠し、弾丸へ密かに祈りと心を込める。ふわりと芽吹くように織られた御業が抱えるのは、内心で燻る自身の怒りに似ていた。
「お、お、お前になんか負けない!」
「避けないで下さい……」
 震える声と手で撃ち出された弾丸と、石畳を削る微かな音が並走する。蚊の鳴くような弱々しい声は、括よりなお小柄な鈴珠のもの。
 軽やかに空を蹴り煌めきを零す車輪が、夜闇を裂くような眩い軌道を以て僅かに黒い表皮を削り、同時に尾を引く弾丸が肩にめり込む。
『イイー!!いあ、アアー!!』
 痛みと、突如湧いた苛立ちに黒芥子が不機嫌な声を上げて地面を殴る。
 逸れ過ぎてはまずい。慌てて注意を引くように、ワザとらしい大振な動きと共に立志が声を荒げた。
「くっそ!やっぱり付かねぇ!」
「きゃ!お、大きい声、出さないで……!」
 苛立ち紛れのフリでスコップ型のライトニングロッドを突き刺せば、怒れる黒芥子の声におどおどした様子を見せていたねむるが立志の苛立った声に更に大きく肩を震わせた。
 しかしネモフィラ咲く杖を握り締めた手は、静かに秘かに幻の鏡を紡ぐ。
 (「鏡よ、鏡。見せておくれ」)
 唇だけで紡ぐ小さな魔法。前衛陣の視界の端に映る小さな鏡は、揺らめく傷の無い姿を写しとり、圧し掛かられた傷を癒すと共に、各々の武器の切れ味が増す加護を与えてゆく。
 それを気取られぬよう、黒芥子の視線を惹くように声を上げたのは後衛の花火。
「あーなんスか。使えないっスねー!」
 それ。と口には出さず、背後からエアシューズで駆けた花火が、すれ違い様に立志の肩をワザとらしい音を立てて叩く。その勢いを殺さず軽やかに飛び上がると、喧嘩と声に気取られていた黒芥子を、流星の軌跡で縫い留めた。
「うるせーな! 仕方ねーだろ、付かねーもんは付かねーんだから!」
 荒げた声のまま、叩かれた衝撃で前へつんのめるフリ。
 先程スコップで地面を叩き、己の足元に召喚した土モグラが、常と違う顔を見せる主人に不安げな仕草をする。その不安を拭うように立志はそっと囁きかけた。
 (「……本気でケンカしてるわけじゃねーから安心しろ。行け」)
 指示に頷いたモグラは走る。注意を引く主人とは逆方向、前線支援に奔走する後衛陣の元へ。同時、立志達の頭上から複数の大きな笑い声が木霊した。
『アー!アハハ!ヒヒひひひ!!いひ!ひひ!!』
 黒芥子だ。先程の不機嫌が嘘のように大声で笑う。ケルベロスが揉め、仲違いする様子は酷く可笑しく映るらしい。喧嘩していた者たちを指差しながら、尚もげらげらと。
 それでいい。まだ事は始まったばかり。少しずつ少しずつ穴へと誘ってゆく計画は、皆が互いに気遣いあい、目を配りながらの密な連携で成り立っていた。
 他所へ意識をやらせぬよう考えさせぬよう、黒芥子の視線を時に集め、時に逃がしあう……凄まじい緊張を隠したまま、水面下で牙を研ぎ続ける。

『イヒヒ!ひ!あははははははは!!!』
「ああもう、しっかりして下さいよ!」
「余計なことするんじゃねッスよ!」
 黒芥子の笑い声が響く中、鼓太郎の鋭い喝が飛び、花火の返事は拒否の色。
 ワザと前面に出された不快さは演技なれども、つっけんどんな返事や震えた声で返答する仲間の様子が、不仲さにより現実味を帯びさせる。
「あっ」
「なっ?!」
 エアシューズで駆けだそうとした鈴珠がワザとらしく最中にぶつかり、一見弱々しかったはずの拳が、地を裂く破壊力で黒芥子を掠める。
 強烈な地裂撃は掠めただけで何も勘付かれず、ただ連携の無さを浮き彫りにした。
 一方、ぶつかられ足を縺れさせた最中は、バランスを崩したフリで星のオーラを蹴り込んだ。
「危ないじゃないですか、ちゃんとして下さい」
「な、慣れてないので」
 与えられた強打に黒芥子は一瞬顔を顰めたものの、攻撃の要たる二人の連携の無さと険悪な様子を見れば、すぐ笑顔に変わる。目を逸らし縮こまる鈴珠と、冷たく突き放す最中はおもしろい。
「ばーか!」
 分かりやすい悪口と共に括が告死拳銃を黒芥子へ向け振りかぶった時、巨大な黒手に握られ持ち上げられる。
「痛い!やめ、て」
『あ、あーーーー!ハハ!い、しソ。おいしそウ!』
 もがくほど、告死拳銃と体が嫌な音を立てた。がばりと開いた口の向こうは、闇。
 冷や水を浴びせられたように括の背が冷えた時、突如横から蹴り飛ばされた。
「あっ、すいませーん。避けてって、遅いっスか」
 軽い謝罪と不仲の演技を貫く白の声。
 括が落下する中で分かったのは、ぎしりと華奢な背骨が軋む音。鋭利な歯と傷を暴く鍵が抉るように身を裂く様。止めどない赤。
 食まれた後、残り種のように吐き出され白の身は、受け身も取れず叩き付けられる―……その寸前。
「見えねーって……あぁくっそ、ふざけんな!いってーな!」
 目深にヘルメットを被った立志が、まるで不意にぶつかったかのようなフリで受け止める。彼の始祖は地の底で生きる者。僅かでも明りの点在するこの場が、薄闇と真反対の明るさで見えていたからこそ出来る芸当だ。
 受け止めると同時に施術したエレキブーストが、飛びかけた白の意識を繋ぐ。
「ど、どうしよう!全然治らないよ……!」
「何喰らってるんですか!」
 虚像の鏡で、白の治療が上手くいかないように振舞うねむると、鼓太郎の叱責が不仲に拍車を掛ける。
「仲違いしている場合ではないでしょう」
 冷たい最中の言葉が、決定打。
『ハハハ!アハハ!は、はは!いひ!ひ!よワい!!』
 仲間を叱責し、回復に手惑い、自分に向かってくる小さな者たちの足並みはバラバラ。
 痛みより、この小さな者達が揉める様は酷く面白い。齧ってみれば良い味がする。泣いて叫んで怒り合う感情の奔流。面白い。たべちゃいたいくらい。面白い。
 だが、実際は黒芥子の傷も浅くない。多少表皮は塞がれども、抉れた肉はそのまま。細やかな傷から零れ続けるモザイクが、いくつも水溜りを作っている。
 ふと、鼓太郎を中心に清浄な気配が渦巻いた。
「遍く日陰降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え―……」
 先のイライラした様子が嘘のように粛々とあげられる祝詞は、徐々に超常の輝きを呼ぶ。鼓太郎の胸元から溢れた輝きが珠となり、ふわりと白へ吸い込まれた。数多の傷は静々と癒され、異常は祓われる。

 息をついた束の間、おかしな静寂が場を満たす。音がしない。笑い声も、何も。
 仲間の視線を追い、鼓太郎は顔を上げた。
 黒芥子が、否、黒芥子の体にある顔の全てが、こちらを凝視している。
 見開かれ爛々としていた目が瞬く間に怒りを帯びる。ぐるりと踵を返すや、無理矢理引き剥がされた社の扉が、ケルベロスの左右を抜けた。
 分かるのは勘付かれたこと。始まったのは怪しげな詠唱。何もかもかなぐり捨てた行動。
 勝負の二分が、幕を開けた。

「何が何でも止めてやる!」
 ぶつけるのは本来の自分。両腕の義骸装甲から、この一時だけ溢れさせた地獄が唸る。だが、この地獄の炎は力任せだけが取り柄にあらず。斬る。その意思を以て花火が振るう。
「火力全開、手加減なしッス!」
 名を、気炎万丈・旋風斬。無防備な黒芥子の背が袈裟に斬られた。
『アァァァァアアアア!!!うるさい!うルさい!』
 叫べど転移術は中断されず。悲鳴染みた怒りと叫びが木霊した。
 無様にモザイクを零す背に、白銀の鬼が振りかぶる。
「もうお前は怖くねーぜ」
 明かりに反射したヘルメットとテープと、銀の角。鋼纏う拳が黒芥子の身に埋まった宝石を抉り飛ばす。合わせて、鈴珠が駆ける。
「避けないで下さい」
 もうおどおどもしないし弱々しくもない。剥き出しの明確な意志。
 避雷針の別名を持つ一対の杖が撃ち込まれる。眩い白雷。
『イ゛アアアアッァァアア!!!』
 絶叫。神経を焼き切るほどの莫大な雷が寸分違わず黒芥子を貫いた。
 棚引く黒煙が、青い炎を纏う刃に斬り割かれる。
 ふらつく足取りで立つ白が不敵に笑い、シャーマン忍法・分身殺法によって生み出した分身と共にガラ空きの腹を切り飛ばした。
 同時、分身の背後から飛び出したのは流星の煌めきを引く括と、白銀の鬼を纏ったねむる。
「祀る者がいなくなったと言えど、神域を斯様な狼藉に使うなど言語道断じゃ!」
「黒芥子、思う通りにはさせないんだよ」
 一等星が如き輝きが巨体を穿ち縫い留め、躊躇いの無い拳が脚部の顔を叩き潰す。
 もう黒芥子に悲鳴を上げる力さえ無く、競り上がり吐き出されたモザイクが石畳を穢す。
「いけませんね。良くないものが棲み付いています」
 褐色の目が見据えるのは息も絶え絶えな黒芥子。鼓太郎が、愛刀 虚蒼月の鯉口を切る。
「征くぞ、虚蒼」
「神は亡くとも捌きの手は此処にある。これで」
 終わりだ。
 居合抜かれた一刀と咲き乱れた最中の紫電が納刀された時、巨影は露と消え失せた。

●忘却の目覚め
 苛烈な戦いの熱は冷めやらない。
 ただ、危うい綱渡りを成功させた達成感と失伝者を守りきれた現実を噛み締める。
「良かった……本当に、守れて良かった。絶対、助けたかったから」
 胸元を握り締め、深く息を吐いたねむるが呟く。その思いは、皆々口にせずとも同じであった。例え顔すら知らずとも、誰かが犠牲になることなど、人が道具扱いされることなど、誰も望まない。
 人心地ついたところで、もう形だけの社へ足を向けた時。
「あの!オレ、皆さんに失礼なこと言っちゃってすみませんでした」
 いくら作戦っていっても、嫌な言葉や態度とかしちゃったッスと花火が頭をかく。
「何、全て演技じゃ!」
「確かに。心無い言葉は俺も沢山言ってしまいました」
 ごめんなさい。すみません。口々に交わされた謝罪で作り物の不和は清算される。

 丁度辿り着いた社の前、場違いなほど美しい白木の棺桶が8人のケルベロスを待っていた。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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