失伝攻防戦~暴かれたモノ

作者:長谷部兼光

●隠匿柩
 とある田舎の端の端。蔵を備えた立派な屋敷があった。
 とは言えその屋敷が威容を誇っていたのも今となっては昔の話で、屋敷の来歴を近辺に住まう老爺・老婆に尋ねてみても、やれ山賊に押し入られ一家全員が惨殺されたとか、やれとある豪商の住居だったが商売に失敗して夜逃げした後はそのままずっと空き家だったとか、聞きかじった風聞を語るばかり。
 どうやら、彼らが生まれる前からその屋敷は半ば廃墟であったらしい。
 そんな場所に好んで近づく人間もそうはいまい。
 故に……何かを隠しておくのには都合がよかった。
 古く寂れた蔵の中、張り巡らされていた小さな陰謀――ワイルドスペースが誰に知られる事無く消滅する。
 陰謀が覆い隠していたのは、硝子の如き透明な棺と、そこに眠る和装の少女。

 棺が外気に触れて数分。
 みしり、と蔵が軋み、直後、人ならざる大きな眼が蔵の中を覗き込む。
 ……恐らく暴かれたそれを持ち去るためにやって来たのだろう。
 蔵の外には割れた空と、そこより現れた異形の姿があった。

●柩を暴け
 一先ず、情報を整理しよう、と、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は現状を語る。
 ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5千mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が出現し、そのゲートから『巨大な腕』が地上へと伸び始めた。
 この腕こそが『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』であるのだろう。
 本来であれば、これは、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する終わりの一撃だったと思われる。
「……が、お前たちの活躍で『創世濁流』を阻止できたのは知っての通りだ」
 確かに、かの腕を打ち破るためには、全世界決戦体制(ケルベロスウォー)発動する必要があるだろう。
 しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場とする以上、その戦いにこちらが勝利すれば、ドリームイーターに対して致命的な一撃を与えられる機会になり得る筈だ。
「無論、この状況は敵も理解していると考えていい。だからこそ件の柩を回収しようとしている、と言う訳だ」
 ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達であり、彼らは『対ケルベロス用の切り札』でもあったと想定される。
 本来なら、介入の余地がないタイミングで行われる事件だったが、ケルベロスが日本中で探索を行っていた為、この襲撃を予知し、対応することが可能となったのだ。
「彼らの能力は、ワイルドスペースと組み合わせて初めてドリームイーターの目論見通りの力を発揮するものだったと考えられる」
 創世濁流が失敗した今となっては、その力を十全に発揮することは難しいが、まだ利用価値がある……そういう判断だろう。
 ドリームイーターが彼らを利用して、ジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、回収に現れた敵を撃破して救出してきてほしいとザイフリート王子は言った。
 戦場となるのはとある田舎のはずれにある屋敷。その蔵の周辺。
 敵は全長7mの異形。
 特筆すべき点として、このドリームイーターは『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合、『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』――つまり棺の少女を魔空回廊からゲートに送り届けようとする。
 これの完了には二分程度の時間がかる為、その間敵は無防備になる。
 わざわざ敵の企みをじっと見守ってやる必要も無いだろう。その時が来たら全力で叩けばいい。
 ただし、チャンスではあるが、敵がこの行動を取ろうとすること自体、状況によってはこちらが窮地になると言えなくもない。
 言い換えれば、『残り二分以内に如何にかしないと作戦は失敗する』、と言うことなのだから。
 早いタイミングで負けを認めさせるような――圧倒的な電光石火の作戦をとれば、敵も体力に余裕のある内に棺をゲートへ送ろうとするだろうし、
 逆に接戦を演じればギリギリまで棺を送る行動を後回しにすると思われる。
 ……また、敵は棺の中に捕らわれた人間を、こちらが進んで『殺害』するとは考えていない。もしも交戦中、如何しても救出できる目が無い状態になってしまったなら、『それ』も選択肢として考える必要が出てくるかも知れない。
「……とはいえ、柩に捕らわれている人々は正真正銘の人間だ。お前たちと何も変りはしない。だから可能な限り……よろしく頼む」


参加者
ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
ミザール・ロバード(ハゲタカ・e03468)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)

■リプレイ

●接敵
 それまで熱心に蔵の中を覗き込んでいた夢喰は突如、首だけぐるりと背中に回し、辺りを視る。
 そうして異形が己の眼で異変の正体を認めた刹那、
 ぽたり、ぽたり、と鮮血が夜を濡らす。
「人を攫い、忠実な手駒にしようなど、甚だ不届至極なり」
 認めようとも避け切れず。葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)の放った簒奪者の鎌・猟鬼守が、夜闇に紅の弧を描き、そのまま夢喰の腹を抉ったのだ。
「其の極悪非道の所業、全力を以て阻止致す」
(「ケルベロス。おのれ邪魔するか」)
 影二を睨む異形は忌々しげに唸る。
 全長七mを超える巨体でありながら、その声音は小鳥達の囁きよりもなお小さく、夢喰いの姿形と相まって……歪だ。
「生者を無理やり棺の中へ押し込んで、束縛するなど……当人達からすれば正しく悪夢でしょう。人は物ではないのですよ?」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)は鉄塊剣・ライトキング・ハーデースを夜天に翳し、質量そのまま異形へ振り下ろす。冥府の如き暗黒色のそれが一センチ、また一センチと異形の体へめり込む度に、刀身が帯びる凍気は強まって、異形を蝕んでゆく。
(「面白い。食い物如きが善悪を吟じるか」)
 異形は嘲笑う。甚だ不愉快だが、人など、異形にとっては食料(エネルギー)でしかないのだろう。
 凍てつく異形が大口を開け、白煙をまき散らし大地すら抉りながら祥空に迫る。
 が、祥空――中衛の全てを食らおうとする大口の進路をミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)のシャーマンズゴースト・カエサルが塞ぎ、そのまま祥空の盾となる。
 食まれたカエサルは返礼に爪撃を見舞おうとするものの、夢喰いは手足四つを器用に駆使し、回避する。
「成程。中々の敏速とお見受けしました。ならば……」
 ミシェルを護るオウガメタルが粒子を放出し、前衛の感覚を研ぎ澄ませる。
「失伝ジョブの末裔、ね。こんなことにならなければ彼女も今まで通りの生活を続けられたでしょうに……」
 アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)はドラゴニックハンマーを変形させ、大きな砲塔を創り出す。
 空を振動させる大轟音と共に打ち出された弾丸は夢喰いの機動力を確実に奪い取り、
「だからこそ俺たちの手で取り戻すんだ。彼女の日常を……!」
 その為ならばあらゆる努力を惜しまない。呼び覚まされた超感覚の示すまま、ルーク・アルカード(白麗・e04248)は、足取りの鈍った異形へアルビノの拳を叩きつける。
「ああ。ケルベロスって存在が無かった時代に戦ってくれた英雄……連れて行かせるわけにはいかねぇよな」
 ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)は惨殺ナイフ・オドーラを宙に放って玩び、その柄を捕まえたと同時、異形の舌を切り裂いた。
 黒色のボーンククリが作り出した血飛沫の、その奥で瞬き輝くのはミザール・ロバード(ハゲタカ・e03468)が纏うオウガメタルだ。
 オウガ粒子の輝きが、中衛を援ける。
「上手く助けだせりゃ万々歳だ! 夢の無い結末の押し売りは、御免被りたいところだが……」
 ミザールの言に皆頷いた。全員、最悪のケースが起こった場合の『覚悟』は出来ている。
 その最悪が来るか否かは……ケルベロス達が事前に立てた『作戦』次第だ。
「まぁ、仲間もいるわけだし、なんとかなるだろ」
 鈴木・犬太郎(超人・e05685)は軽く息をつく。
 失踪していた失伝したジョブの関係者。
 ジュエルジグラットの巨大な腕。
 ドリームイーター達の大規模な活動――来るべき『戦争』。
 相手も切羽詰まってきているのだろう。ならば、ここで退いてやる理由はどこにもない。
 己の拳へ魔を降ろし、犬太郎は夢喰いの顎部を下から殴りぬく。
「やってやるさ、相手が強大でも……な」

●不協和音
 異形が吐き出す声は、蚊虫の羽音によく似ていた。
 その上巨躯にも拘わらず挙動が軽やかで、こちらの攻撃を回避する度、見下すように嘲笑う。全てが、鬱陶しい。
 それが夢喰いの性分なのか、それとも作戦なのか、定かではなかったが、不協和音がお望みならば奏でてやろう、と、ルルドは声を張り上げた。
「おい、効いてる様に見えねぇぞ、真面目に攻撃してんのか?」
 ここより一転、序盤の連携は何処へやら、険悪な雰囲気がケルベロス達を覆う。
 そんな言い方は無いだろう、と、ミザールがルルドに抗議しようとした刹那、命を食らう異形の大口がミザールを捉え……。
「……ってぇ……いちいち庇わせんじゃねぇよ、ノロマ。その立派な翼は飾りかよ」
 直前、悪態を付きながらルルドはミザールを庇う。
「はあ? ふざけた事言ってんじゃねぇ! てめぇが邪魔してなけりゃあな、俺の『ドレイン』がカウンターで決まって今頃奴はダウンしてたんだぜ!?」
 ルルドの態度に、彼を宥めようとしていたミザールは堪え切れぬと爆発する。
 そんな二人の様子を見た夢喰いは、愉快そうに眼を細めた。
「良いからヒールくれよメディック。誰かさんのせいで付いた傷が痛んで仕様がねぇ」
「ああ!? ほらよ!」
 ミザールは乱暴な手つきで魔導書を捲り、禁断の断章を怒気混じりに詠唱し、脳髄の賦活をルルド……ではなく、影二へと施した。
 子供かよ、と毒づいて、ルルドは傷ついた体を引きずりながら異形へ降魔の蹴撃を浴びせ、その魂を食らい返した。
 同時にルルドは皆へ向けて小さなジェスチャーを送る。その意味は……。
「素人達が、余計な邪魔を……!」
 影二はルルドの攻撃も、ミザールの回復も、二人の諍いも全てが疎ましいと憎々しげに言い捨てて、鍔なき直刀・天舞を携え、独り異形と相対する。
 天舞を鞘より抜き放ち、瞬刻ばかりの静謐に描かれた月光が夢喰いの急所を断ち切るも、
「今の場合、私の牽制を待つべきだったのでは……?」
 と、祥空は影二の単独行に冷ややかな態度で異を唱える。
 釘を刺す意味も含めてか、祥空は自身の視界に影二と異形を収めると、鉄塊剣・レフトクイーン・ペルセポネーテーを構え、諸共に蹴散らそうとするが如く、超加速突撃を敢行する。
 その踏み込みに一切の躊躇は無く、影二が紙一重で退避すると、異形だけが奇麗に吹き飛んだ。
「やはり……未だ攻撃の通りが悪いように思えます。ここは相手の防御力を……」
「……さて。知らん。そう思うのなら己一人でやれば良いだろう」
 影二が祥空の提案をにべもなく断る。
(「おもしろい、おもしろい。更に罵れ。さらにいがみ合え。三ツ首同士が食い合うさまを疾く見せよ」)
 祥空の表情(かお)が険しい色を浮かべる。異形は自身が受けた傷など意にも介さず、極小の声音で思うさま大笑した。

●相克
「不調和。摩擦。酷い音色です。苦戦を強いられるのも当然の成り行きで御座いましょう。カエサル。最早わたくしが頼れるのはあなただけなのかもしれませんね」
 カエサルのモノクルが映すのは、疲労と血の色に汚れたミシェルの嘆息。
 何れにせよやるしかないでしょう、とミシェルは静かにオウガメタルを腕部に収束し、拳を鋼鬼に変じると、カエサルが喚んだ原初の炎と同時に夢喰いを焼き払い、殴り抜く。
 主従の攻撃を受け夢喰いは数歩後退するものの持ちこたえ、ケルベロスの攻勢を断ち切らんと、ルークへ狙いを定め飛び掛かる。
「ぐッ……! こいつ……エンチャントごと……!」
 異形は一つ咀嚼し肉を噛み、二つ咀嚼し骨砕き、三つ咀嚼し力を喰らう。
 付与されたエンチャントなど夢喰いにとってはドレッシングに過ぎないのかもしれない。美味、美味、と囀りながら、異形は一心不乱にルークを貪った。
「みんな……駄目だ……! 力を……合わせないと……!」
 もがくルークはそれでも『加減』するようにナイフのグリップ部で異形の眼を潰し、一瞬緩んだ咬撃を振り払い距離を取る。白麗の毛並みは血と噛み跡で見る影もなく痛んでいた。
「ええ。勿論。理解しているわ。でも、誰も足並みを揃える気が無いのなら、如何し様も無いんじゃないかしら?」
 アリーセはフェアリーブーツが生み出した星型のオーラをリフティングの要領で弾ませながら、言葉を続ける。
「負の方向には一致団結してるんだけど、これは結局敵を喜ばせることしか出来ないのよ」
 最初からメンバーの相性が悪かったのよね? 同意を求めるように呟くと、アリーセはすらりと伸びた脚でオーラを捌き、異形の腹へ蹴り込んだ。
 ……優勢に見えようとも、戦闘が長時間に及べば消耗は避けられない。ドレインで癒せるダメージにも限度がある。夢喰いはそれを理解しているだろうか。
 それとも……不和と苦戦にあえぐケルベロスを睥睨し、これなら転送前に蹴散らせると、そう考えているのだろうか。
 アリーセは犬太郎へ目配せする。『引き金を引け』と、赤色の瞳は告げていた。
「……そうだな。温存策にもそろそろ飽きてきたころだ」
(「……なに?」)
 犬太郎は鉄塊剣・ヒーロースレイヤーに凍気と炎を奔らせる。
 なるべく遅く、なるべく削り、拮抗を誘い、苦戦を演じ、今まで相手の消耗を待った。
 だからもう、良いだろう。
 ここから先はクラッシャーの本領発揮だ。
 犬太郎の叩き潰すような鋭い一撃が、最終盤の幕を開ける。

●協和音
 犬太郎の斬撃を受け、余裕の表情を崩した夢喰いは、奇声をまき散らして蔵を突き破り、少女を――硝子の柩を天に掲げる。
 直後、空が割れ、異次元の回廊が地上に顔を覗かせた。
 天を仰ぎ、無防備になった異形の首に、影二は背後からそっと猟鬼守の刃を当てて、そのまま地面目掛けて引き倒す。ルークが影遁・暗夜之攻にて間髪入れず、血しぶく首筋に強烈な一撃を重ね、更に祥空が異形を真正面からハーデースが誇る重厚無比の一閃を叩き当てた。
(「何だ……これは? 何故我が追い詰められている? 苦戦していたのは向こうではなかったのか? 不和はどこに消えた? 軋轢は何処へ行ったのだ!?」)
「そんなもの……最初から何処にもありませんよ」
 ミシェルは軽く、服を叩く。偽りの衣の出番は終わった。最早纏う必要などない。
「例えこの事件に関わる人物でなかったとしても、我々は現地に赴いていたでしょう……さぁ、皆様。目の前の少女を――『失伝したジョブに関わりのある人物』を救いましょう。此れが成された時、人類はまた一歩前に進めるのだから」
 全国に散った仲間たちが、一人残らず彼らを救うと信じ、ミシェルはSirene Chansonを唄う。一族に代々伝わるその唄は、敵対者である夢喰いを無限無軌道(ジグザグ)に侵食する。
「全く、窮屈だったぜ! こっちが苦戦を演じてるのを良いことに、遠慮なくあっちこっち噛みつきやがってよ!!」
 言いながら、ミザールは凝りを解すように二、三度首を鳴らす。
「予定調和とは言え、いい気分じゃあ無かったな……さっきのジェスチャー、伝わったか?」
 ルルドが先ほど全員に送ったジェスチャーの意味は、悪態に対する謝罪。
 皆正確にその意図を汲んでおり、即ち一番最初から、どうしようもない節穴だったのは、この場に於いて異形一人きり。
 ――ハゲタカが影を落とすのは、死肉以外にあり得ない。
 不協和音ではなかったが、不完全燃焼ではあるだろう。
 ミザールは過去に邂逅した『赤眼の黒狼』の如き鋭利な観察眼で異形の急所を見抜き、
 ルルドは嘗て相対したウェアライダーの技と忘れ形見、『首狩り』を一つに合わせて必殺の時を待つ。
「食われるのは――」
「――お前だ!」
 二人の過去が交差して出来上がった間隙を辿り、アリーセは呪力に輝くルーンアックスで異形の肉を断つ。
「一つ教えてくれないか。ドリームイーターの宿敵、白い騎士を探している。ジュエルジグラットの中にそいつはいるのか?」
(「知らぬ。知ってたとしても言うものか!」)
 異形は犬太郎の問いに答えない。
 そうだろうな、と、ある種期待通りの『答え』を得ると、犬太郎は自身の拳に獄炎と降魔力を纏わせて、そのまま全身全霊の威力を右掌に込めた神風の如き正拳を鮮やかにぶち当てる。
 夢喰いが大きく怯み、残り一分。
 ミシェルのフォーチュンスターとカエサルの爪撃がさらに異形の体力を削り、ルルドは再び異形の『首を狩る』。
 どうやら、棺の転送を優先している状態では、見切ろうが見切るまいが、回避する事も儘ならないらしい。
 続けて犬太郎が左の降魔真拳で残り少ない異形の命を奪い、ぽっかり空いた命の隙間を哀れに思ったミザールは時空凍結弾で埋め立てた。
「穿ち、啜れ――『狂気を此処に』」
 アリーセが生成した無数の杭。その総てが敵であり贄でもある異形の身を穿ち、やがて贄の逃走を許さない杭は殺意の檻――鮮血の絶対粛清圏を形作る。
(「ひ。ひ。これは夢、夢に違いない」)
 赤き檻の地を、クロームシルバーの流星が駆ける。
 悪寒も、酩酊感も、今となっては一瞬と言う名の過去の話。祥空が数分前に自らへ施したエイムインフェルノによって鋭敏化された感覚は、『最も攻撃を命中させやすい軌道』を容易に割り出す。
「おや。夢を食べるドリームイーターが夢に溺れるとは……終わりが近いのですね」
 暁の如く輝く、オレンジ色の地獄(ひかり)も抱えたクロームシルバーの流星が異形の脚部に当たると、異形は大きく態勢を崩すが、それでも尚転送をやめない。
 柩が徐々に上昇を始め、魔空回廊に吸い込まれようとする。
 ルークはぼろぼろの体に残った気力全てを振り絞り、歪む夜天へ跳躍した。
 鈍く輝くナイフを構え、柩に接触すると、その『分身』は霞のように掻き消えて、異形の死角に現れた『本体』はそのまま残光走る乱打乱撃を見舞う。
 ルークがケルベロスになった理由は誰かを守る為。ここまで来て少女を見捨てる理由などありはしない。
 しかし、最早気力尽き果て地に墜ちるだけ。意識はあれど体は動かない。
「あとは、頼んだ!」
 故に、叫んだ。
「……承知した」
 ルークの言葉を受け取った影二は、螺旋を纏って自身の殺気を消去し、疾駆する。疾走は分身を生み、無数の分身たちが異形を包囲する。
 分身達は一斉に猟鬼守を構えるが、どれが本体なのか、何処から攻撃してくるのか、殺気が無いため敵には見当もつかない。
「消え去るが良い……!」
 葛葉流・螺旋影斬月。異形は四方八方から紅閃く大鎌で斬り裂かれ、最後には地を震わせるほどの絶叫を遺し絶命した。
「……討伐完了」
 後に響いたのは、戦闘終了を告げる影二の一言のみ。

 アリーセが柩を開き、少女を抱きかかえる。
 ……息はある。だが、強く揺すっても目覚める気配はない。
 一先ずはヘリオンに収容し、連れ帰って様子を見たほうがいいだろう。
 アリーセは大きく息をつく。
 満天の星たちは勝手気ままに瞬いて、辺りもしん、とすまし顔。
 ようやく……『最悪』の未来が消え去った気がした。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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