失伝攻防戦~眠れる狐の御子

作者:黄秦


 ある廃ビルの屋上。
 破れた防護ネット、錆びだらけの給水塔。
 寒々とした風景の一点が不意に四角くひび割れ、ジグゾ―パズルを作るように、小さな鳥居と稲荷神社が姿を現した。
 建物自体は多少傷んでる程度だが、朱塗りは褪せ、あちこち剥げ落ちて、何年も風雨にさらされていることを示していた。
 それは、極小のワイルドスペースとなって、世界から切り取られ秘匿されていた空間だった。
 創世濁流がケルベロスによって阻止されたことにより、元の場所に戻って来たのだ。

 再び空間が歪む。
 魔空回廊が出現し、巨大な狼が飛び出した。
 漆黒の毛並みの一部がモザイクに覆われ、牙打ち鳴らすこの獣が、ドリームイーターであることを示していた。
 鳥居を打ち倒し、本殿の閉ざされた扉に、矢じりのような爪を食い込ませて乱暴に掴む。
 少し力を込めて開いただけで、扉は砕け散り、内部が露わになった。
 そこには、狐の耳と尻尾を持ち巫女装束をつけた人物が、微動だにせず座らされていた。
 ドリームイーターは、紅い眼を一層光らせると、その毛むくじゃらの腕を、眠る巫女へと伸ばすのだった。


「緊急事態です」
 言葉通りの性急さで、セリカ・リュミエールは急を告げる。
「ジグラットゼクスの『王子様』を撃破すると時を同じくして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットのゲートが出現しました。
 さらにはそのゲートから巨大な腕が地上へと伸び始めているのです。
 この腕は恐らく、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆いつくすジュエルジグラットの抱擁』だと思われます。

 本来であれば、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配するための、止めの一撃だったと思われます。
 ならば、ケルベロスの皆さんによって創世濁流が阻止された今、この目論見は崩れ去ったと言えるでしょう。
 確かに東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威で、打ち破るには全世界決戦体制を行う必要があるほどの危険規模です。
 ですが、ジュエルジグラットのゲートが戦場である以上、この戦いに勝利出来れば、ドリームイータに対して利銘的な一撃を与えることが出来るはずです。

 無論、この状況はドリームイーター側も理解しているようですね。
 彼らの最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスの戦いの切り札として用意していた人間たちを、急きょ、ゲートに集めるべく動き出しました。
 ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)さんの調査によってその存在が浮上した『失踪していたジョブに関わりのある人物』達です。
 本来ならば介入の余地がないタイミングで行われたはずの事件でしたが、彼の情報をもとに皆さんが日本中で探索を行っていたことで、この襲撃を予知し、連れ去らる前に駆けつけることが可能となったのです。
 ドリームイーターが彼らを利用してジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、ドリームイーターを撃破し、人々を救出して欲しいのです」


「場所はある廃ビルの屋上です。
 ここに商売繁盛祈願のお稲荷様が祀られていましたが、うち捨てられたそれが極小のワイルドスペースになっていたようです。
 本殿は人が一人楽に入れるくいらいの大きさがあり、中には、狐耳に狐尾の巫女装束の、愛らしい面立ちをした少年が仮死状態で座らされています。
 彼こそが、『失踪していたジョブに関わりのある人物』の一人。ウェアライダーではなく地球人ですね。耳と尻尾は飾りのようです」
 その情報に異様に盛り上がる者たち、逆に醒める者たち、反応は様々だった。
 ……ところで少年って言った?
「はい。恐らく13ないし15歳くらい。装束のあわせから覗く小さな膨らみは、正しく喉仏。誰の趣味かは知りませんが、男の子で間違いありません」
 その情報に意気消沈する者たち、逆に超上がる者たち、作込みが甘いと憤慨する者たち、反応はさまざまであった。
「そして、彼を連れ去ろうとする敵は、大きな狼の姿をしたドリームイーター。
 オオカミ型ドリームイーター部隊の一員です。リーダーではないようですね。
 視線に魔力を込めて睨みつけ、相手の足を止めて襲い掛かり、牙を突き立て肉を抉ります。

 このドリームイーターは、少年をゲートに連れ去ることが主目的のようです。
 ですから、自身が劣勢となり勝つ目が低いと知れば、少年を魔空回廊からゲートに送り届けることを優先するでしょう。
 創世濁流の失敗、『王子様』の撃破によりドリームイーターは大きな打撃を受けたはず。今こそ、決戦の好機と言えるでしょう。
 皆さんの勝利を、そして大いなる成果を期待しています」
 言い終えたセリカは、皆をヘリオンへと誘うのだった。


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)
ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)
リノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)

■リプレイ


 廃ビルの屋上。
 中空に魔空回廊のゲートが開き、そこから、黒い狼の姿をしたドリームイーターが現れた。
 ジグラットゼクス『ウルフクラウド』配下、『偏食のカウリオドゥース』部隊の一員である。
 狼は、色褪せた小さな稲荷の社から、狐耳狐尾、巫女装束を着せられた少年を引きずり出す。
 対ケルベロスの切り札として用意されていた『失伝したジョブに関わりのある人物』である彼をジグラットゼクスの元に送るべく、狼は、少年を抱え、魔空回廊へ捧げようとしていた。

 ケルベロスたちが現場に到着したのは、まさに少年が社から引き出されたその時だ。
「ずいぶんと神経を逆なでする真似をしてくれるじゃねぇか、夢喰い!」
 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)が叫ぶ。
 モザイクの毛に覆われた耳をピクリと震わせ、少年をそっとその場に降ろすと、狼はゆっくりと振りむいた。
 禍々しく輝く赤い眼、真昼の影のような黒い毛皮、大きな口からさらに大きな牙が生えている。
 物語の悪い獣を具現化したかのようなカウリオドゥースの狼は、一声天に高く遠く吠えて、ケルベロスらに挑むのだった。


 赤い眼がいっそう妖しく光り、殺気を帯びた視線を送る。
 視線が向かうのは、ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)と田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)だ。
 竦ませ痛みすら伴う視線に、彼らは抗えないようだ。
「もー!この敵痛いのでござるが、痛いのでござるが!今回の何時もより強い気がするでござるよ!?」
 ラプチャーは身を捩ってその場でゴロンゴロン転がる有様だ。
「ううっ、痛いです。怖いですっ」
「……?」
 予想以上の効果で、狼、ちょっとあっけにとられる。
「ふに、常さん、今助けますよ」
 神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)が九尾扇を振り、常に妖しく蠢く幻影を付与する。
 リューちゃん、と呼ばれたボクスドラゴンが常の方へ援護に向かった。
「よくもやったでござるなぁ~! ん!」
 ラプチャーは反撃とばかりに、跳躍すると、重力を纏った蹴りを叩き込む。狼は、巨大な腕を交差させてその蹴りを受け止めた。
「はぁっ!」
 その足が止まったところへ、オウガメタルを纏った煉が、その拳で殴りかかる。
 避けきれない狼の分厚い毛皮を貫いて胴へ見事な一撃が入った。
 重い一撃に狼はよろめく。しかし、巨大で頑丈な肉体にはまだまだ余裕があった。
 牙を打ち鳴らし、煉を威嚇する。
「く、効いてねえのか……」
 ――どうやら、こいつらは威勢がいいだけで弱いんじゃないか。
 気圧されたように後ずさる煉を見て、狼はケルベロスたちを侮り始めていた。
 ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)のチェーンソー剣が唸りを上げる。回転する刃が狼の毛皮とモザイクを切り刻む。散り散りのモザイクが宙に舞った。
 威力は結構なものだが、斬り込みが甘い。狼が反撃と殴りかかるとロージィは慌てて間合いを離す。
「くっ……効いてないんですか……!?」
 ――似たようなこと言いやがって。何しに来たんだこいつらは。
 首を傾げる狼へ、リノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)が召喚した氷結の槍騎兵が突撃する。
「グォオオオオン!?」
 氷属性のエネルギー体である騎士の激しい突きが、狼を凍てつかせた。
「さすがに強敵です! 先に倒されちゃったら、ごめんなさい!」
 気弱な事を言いながら、スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)がシャーマンズカードを投げる。
 それは半透明の鎧となってラプチャーの傷を癒し、破剣の加護を与えた。
 彼女のサーヴァント、ミミックのサイがエクトプラズムを発して狼を攻撃する。そのダメージなど知れたもので、狼はミミックを弾き飛ばす。
 手応えの無さが、狼を苛つかせる。
 ――何考えてるんだか。とっとと全員ぶち殺して、任務を遂行……。
「おりゃああああ!」
 気を散らした狼へ、何の遠慮もなくジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)が斬りかかる。
 計算されつくした一撃は急所に決まる。
 彼として見ればその威力は可愛いものだが、狼の肝を冷やすには充分だった。
「ちょ、ちょっとジョーイさん、無茶しないでくださいっ」
 すぐ横にいたロージィが慌てて声をかけるが、ジョーイは、と吐き捨てる。
「知るかバカ! そんなことより攻撃だ!」
 ――なんだ? 仲間割れか? どうもよくわからない奴らだ。
 狼の中で、このケルベロスたちは連携もなってない、臆病者の集まりという認識になりはじめる。だが完全に騙されたわけではない。
 ――そんな奴らが態々ここまで来たという事は、何か勝算があるのか?
 疑心暗鬼にかられ始める狼を他所に、常が百戦百識陣を敷いて前衛に破魔の力を与えていた。
「大丈夫、焦らず行きましょう」
 不安を押し殺すように、常は仲間を鼓舞している。


 ウォオオオオオオオオオオン!!
 灰色の冬空に狼は吠え猛る。空腹で吠えているのだが、これで傷が癒されるのだから侮れない。
(「ほんと殺し合いをさせたいデウスエクスばかり……嫌いです」)
 内心の怒りを押し殺して、鈴は攻撃に転じる。
 氷結の槍騎兵が狼に突撃し、同様に凍てつかせようとする。しかし、その効果は薄い。
「そんな! 効いてないんですか!?」
 効きが悪いことは分かっていた上での演技である。今は相手に侮らせておいて、ダメージを積み重ねていくのだ。
 ラプチャーの轟竜砲が放たれる。竜砲弾が直撃し、狼はたたらを踏んだ。
 踏みとどまり、体を起こしてラプチャーを睨みつける。が、彼はしきりに首をひねっていた。
「んー、効いている気がしないでござるね。どうにも手応えがイマイチ……もしや、今回物凄くヤバイのでは」
 後ずさり、怖気づいたように言うラプチャーに皆も(若干名覗いて)一歩引いて身構える。
 それでも勇気を振り絞った、という体で煉は『狼牙小刀』で斬りかかる。刃を変形させてその毛皮を引き裂き、傷を深める。
 イヤな痛みに狼は思わず吼えた。傷そのものは深くはない、だが、少しづつ積み重なっていくものがある。
 ――とっととケリをつけてえ。
 苛立ちは隙を生む。ロージーの放つ凍結光線で凍り付いたところへ、リノンのナイフが閃き、かぎ裂きに裂いた。
 さらには纏わる冷気が刃のように徐々に狼にダメージを与えていく。
「ああもう、しぶといですね!」
 こちらも苛つく様子(演技)で、スズナは御業を放ってジョーイを鎧で覆う。その一方で、サイが幻で翻弄しようと頑張っていた。
 かと思えば、どこまで本気なのか、周囲のことなど知るかと言った風情でジョーイは冥刀を振るい、正確に泣き所を攻めていく。
 苦戦を演出するケルベロスたち。
 それはただ戦闘を長引かせるのではなく、最後の大勝負に確実に勝つためのもの。
 九尾扇を振って援護をしつつ、扇の影からそっと常は狼の様子を注視している。
(「訝しんではいるみたいですけど、まだ本当の意図には気づいてない……ですね」)
 化かし騙しで失敗するわけにはいかないのだ。


 侮ってはいても、8対1という数の不利、狼は次にどう動くかを考える。
 ちらりと、眠る少年へと目を遣った。
 ――いざってときは、こいつを先に送らねえとな。
 ケルベロスたちは、同族を殺さない。チャンスとばかり無防備な俺を全力で攻撃して来るだろう。
 体力を消耗するのは拙い。そして、その手数は減らしておくべきだ。……ならば。
 狼は、一声吠えると、ジョーイに襲い掛かる。巨大な口をさらに大きく開け、その牙を肉へと突き立て、食い千切った。
「ぐぁっ!」
 さしものジョーイも顔が苦悶に歪む。斬り上げる刃を狼はかわす。口にした肉を、音を立てて咀嚼して見せた。
「てめえ……っ!」
 怒るジョーイだが、ここは我慢のしどころだ。
 鈴は弾丸を時間凍結弾を精製し、ラプチャーは凍結光線を放つ。
 体中を凍てつかせる氷を払う手段が狼にはない。ただそのタフさで強引に動いている。
 煉は鋼の鬼と化した拳を撃ち込めば、厚い毛皮も剥がれ、脆く破れていく。
「諦めずに戦いましょう、あの男の子のためにも、地球のためにも!」
 ロージーのチェーンソー剣が唸りを上げて脆くなった箇所をさらに斬り刻む。
 リノンは魂を自らに憑依させる。全身に禍々しい呪紋の浮かび「魔人」へと変貌した。
 余計に追い詰めないために、そして次への布石として。
「さすがに強敵です。おねがい、がんばってっ!」
 スズナの真っ直ぐな願いのこもった激励で、ジョーイを癒す。さらに重ねて、常の投げた月の光球が包み込んだ。
 力を得たジョーイはお返しとばかり冥刀を振るうも、その動きは読まれていた。

 狼が吠え、喰らい、睥睨する。
 ケルベロスたちは、劣勢を演じながら、その力を少しづつ削いでいく。
 狼も今は彼らのそれが演技だと気づいているが、引き時を失った。
 倒せる、数を減らせると思い、やっきになればなるほど消耗した。
 気づけば、体中は引き裂かれ、凍てつき、回復も追いつかない。
 ――潮時だ。どうにせよ、任務を果たさなくてはならない。


 重い体を強引に動かし、狼は跳び退いて間合いを離した。
 力をを込めてゲートを広げれば、仮死状態の少年が宙に浮き、引き込まれていく。
 少年を送る2分間、狼は無防備になる。その間にケルベロスが倒すか、狼が持ちこたえるか。……あるいは。

「『…これはあの日の悲しみと誓いの結晶…神殺しの矢…』 」
 鈴が傷を癒す「未来」を消滅させる呪いの矢を精製し、武器に乗せて射撃する。
 矢の刺さった箇所から傷口が爛れていく。
 リューちゃんもボクスタックルで追い撃ちだ。
「正念場でござるな」
 ラプチャーのおどけた空気が無くなり、昏い何かが顔をのぞかせている。
 左腕へ高密度のエネルギーを集中、破壊力を自身の限界まで増幅させた。
 全力で腕を振るえば、その強大なエネルギー弾は無防備な狼へと直撃する。凄まじい衝撃に苦悶する狼。
「命中した……だと……?」
  なんでかラプチャー自身が驚愕していた。
「ぜってぇ助ける……それがケルベロスの務めだ!!」
 そうでないなら、この力は何のためにあるのか。
 ドラゴニックハンマーに地獄の炎を纏わせ、煉はありったけをその一撃に込める。
「ぐぎゅうう」
 脳天に叩きつけられて、何ともマヌケな声が漏れた。よろよろとよろめくも、まだ倒れない。
「撃ち負けはしません、当たるのであればっ!」
 ロージーはそう叫ぶと、バスターライフル、アームドフォートを同時に展開、一斉発射する。
 徹底的に粉砕すれば、狼の片腕が千切れて飛んだ。胴体も蜂の巣だ。あちこちのモザイクが剥がれて虚が見えている。
「極力……いや、絶対に助けるんだ。そのために来た!」
 どうしようもない時もあるだろう。だけど、今をその時にはしない。
 リノンは鋭い槍の如く伸ばしたブラックスライムで狼を貫いた。ボロボロの毛皮に、毒は簡単に滲みこみ汚染していく。
(「その子には聞きたい事、いろいろあるんですよね」)
 そのためにも、絶対助けるのだとスズナはファミリアシュートを放つ。
 おどおどしていたはずのスズナのうって変わった猛攻に、狼は抗議をしたそうだった。
 しかし魔力を宿した小動物が暴れまわりサイがエクトプラズム攻撃を仕掛けてくるではその余裕もない。
「さぁて」
 狼はその眼を大きく見開いた。
 ジョーイは冥刀を背中につくくらいに振り上げながら、ぴたりと動きを止めて見据える。
「ったく、茶番が長過ぎるん……」
 溜める。耳が寝て尻尾も撒いてる狼を見下ろして、更に溜める。溜めて、溜めて、
「……………………だっっっつーの!!!!!」
 キャインと情けない声あげた狼の、頭から胴体まで斬り下ろす。
 ごとり、音を立てて地に落ちるまでは質量を持っていたそれは、ばらばらと崩れ、四散して消える。
 残っているのは顔の下半分。巨大な牙と、だらしなく垂れた舌。
 胴体は蜂の巣、片腕は千切れ、もう一方は肩ごと消えた。それでもまだ生きている。
 狐の巫女は徐々にゲートへ吸い込まれていく。
「だめっ!」
 常は、自分の精一杯の技を使う。
「狐狸妖術、反魂変化!」
 常の姿はまるで”魔”のように変化した。かつて喰らったその魂で、人の身に余る怪異の力を発揮した。
 既にみることは出来ない狼は、その正体を知ることないまま力に飲み込まれる。

 ゲートはまだ消失せず、ケルベロスたちに緊張が走る。
 ほぼ死に体でありながら、狼はゲートを維持しているのだ。
 残り時間は少ない。決断しなくてはならないのだろうか。
「まだですっ」
 鈴がもう一度神殺しの矢を放てば、姉の攻撃と同時に煉も踏み込んだ。
「これが、俺の牙だっ! 奥義『天星狼牙』!!」
 蒼き狼と化した烈火の闘気で右手全体を包み込み疾走する。
 迸る蒼炎、勢いのままに狼へ飛び込み、その右手で貫いた。
 決断と諦めは違う。そう信じてロージーは一斉掃射を続け、雨の如く弾丸を浴びせ続けている。
 リノンはナイフを手にした。奇しくも、この狼たちとよく似た名のその武器を構える。
 斬りつけるのではない。どこからともなく現れた影に、指し示しているのだ――獲物を。
「……狩れ」
 主の命令通り、魔物のシルエットは夢悔いの獣に襲い掛かる。
 喰らいつき、引き裂き、狼は声無き断末魔を上げて消滅した。


 ドリームイーターの消滅と共に、ゲートは消滅し、巫女姿の少年が残された。
 深い安どのため息をついてリノンが振り向けば、殺気消えやらぬ、というか持って行き場を失くしたジョーイが刀を振りかぶった姿勢で止まっている。
「……あーあー! はいはい! わかってらぁ!」
 やっと刀を降ろして、ガリガリと頭を掻くジョーイ。
 あらゆることがギリギリだったと、今更ながらに思う。

 狐耳、狐尻尾、巫女装束。
 改めて見るに、眠れる狐の御子はやっぱりなんというか美少年だった。
 スズナや常が手当てをしても、目を覚ます気配はない。
「仕方ありません、ケルベロスの組織にお願いしましょう。……色々聞いてみたかったですねえ」
 巫女装束の事とか、つけ耳付け尻尾の事とか、誰の趣味なのかとか……とロージーが笑う。
「本当です。意識が戻ったら聞いてみたいです」
 スズナはすごいジト目で眠れる少年を見た。

 いつかきっと、聞けるときもあるだろう。
 彼は生きているのだから。
 ケルベロス組織へ搬送されていく少年を、ケルベロスたちはいろいろな想いを込めて見送ったのだった。

 神代姉弟とラプチャーが、巫女服を着る着ないで色々あったのは、また別のお話。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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