失伝攻防戦~狂気の騎士と氷の牢獄

作者:雷紋寺音弥

●刻の牢獄
 誰もいない、古びた民家の一室にて。
 廃墟と化して久しい、朽ち果てた空き家。その一角を切り取るようにして存在していたモザイクが、溶けるようにして消えて行く。
 極小規模のワイルドスペース。それが消滅した跡に残されたのは、透明な素材で作られた棺だった。
 氷か、はたまた水晶か、それともまったく知らない未知の何かか。その中に安置されているのは、人形の如く身体を硬直させた、細身で眼鏡を掛けた青年だった。
 やがて、完全にモザイクが消滅したところで、突如として部屋の中に魔空回廊が開かれる。その中から出現したのは、蒼き鎧を身に纏い、頭部を片手に抱えた異形の騎士だった。

●失われた力
「召集に応じてくれ、感謝する。ジグラットゼクスの『王子様』を撃破したのは喜ばしいことだが……それに合わせて、緊急事態が発生した」
 非常招集により集まったケルベロス達を前に、事態の詳細を語るクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の口調は重い。それだけ、今回の事態が急を要することであり、同時に重大な内容でもあるということか。
「『王子様』の撃破に呼応するようにして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が姿を現した。そのゲートから『巨大な腕』が、地上へと伸び始めたみたいだぜ」
 この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が極めて高い。本来であれば、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する、正に止めの一撃だったはずである。
「お前達が『創世濁流』を阻止した事で、敵の目論見を阻止することには成功している。確かに、東京上空に現れた巨大な腕だけでも大きな脅威……全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模だが……」
 それでも、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、これはドリームイーターの勢力に大打撃を与えるチャンスでもある。無論、それは相手も理解しているのか、最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、ゲートに集めるべく動き出したようだ。
「ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって探索が進められていた、『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だ。本来ならば、介入する余地さえなかった事件なんだが……お前達が日本中で探索を行ってくれたおかげで、なんとか襲撃を予知することができたぜ」
 クロートの話では、敵が出現するのは東北地方の郊外にある古い民家の中だという。内部には透明の棺のような箱に一人の青年が閉じ込められており、彼を回収するために、首なし騎士のような姿をしたドリームイーターが現れるようだ。
 ちなみに、その民家は凍結されていた青年の実家でもあるらしい。今では誰も住んでいないが、彼にとっては幼き日々を過ごした思い出の場所といったところか。
「出現するドリームイーターは、ジグラットゼクス『青ひげ』配下の精鋭騎士、グロワール騎馬隊の内の1体だ。人体の一部を切り取って集める猟奇的な騎士で、斬撃や突進で攻撃してくる他、刃を掲げて自らの集中力を高めることもできるみたいだな」
 敵は亡霊のように無表情だが、その攻撃力は侮れない。加えて、自分が敗北する可能性が高いと考えた場合、失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物を、魔空回廊からゲートに送り届けることを優先するらしい。
 この行動には、およそ2分程度の時間を要するため、その間は完全に丸腰となる。攻撃の大きなチャンスになるが、しかし捕らわれた人物を敵の本陣に送り届けられてしまっては、元も子もない。
「このチャンスを上手く利用できるか否かは、お前達の行動次第だぜ。あまり初っ端から追い詰めると、凍結された人間を先に送り届けられる可能性が高いからな。相手に負けを認めさせるような行動を取る場合、そのタイミングにも注意してくれ」
 このまま放っておけば、ドリームイーターは彼らを利用してジュエルジグラットのゲートの防衛を固めてしまう。そうなる前に、ドリームイーターを撃破して、捕らわれている青年を救出せねばならない。
「ドリームイーターは、ケルベロスが囚われていた人間を攻撃する可能性は考えていないらしいからな。あまり考えたくはないが、彼らの身柄が奪われそうになった場合……その時は、何を優先すべきなのか、お前達の判断に任せるぜ」
 創世濁流の失敗と『王子様』の撃破。この機会を、ドリームイーターとの決戦の好機へと繋げて欲しい。
 最後に、それだけ言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)

■リプレイ

●凍れる棺
 朽ち果てた扉を強引に開いて古民家へ足を踏み入れると、埃とカビの匂いが鼻の先を刺激した。
 灯りを失った薄暗い部屋。黄色く変色し、細かい亀裂の入った土壁。それらの全てが、この場所が既に人の住まう場所ではなくなったことを、ケルベロス達に示していた。
「嫌な場所ですね……。それに、敵は随分と猟奇的な趣味をお持ちのようです」
「人体の一部を切り取るのか……。私の猫耳も狙われるか?」
 油断なく銃を構えて進む羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)に、富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)が尋ねた。
「人体を切り取って集める、ねぇ……。昔の戦士には自己の力を証明するために、相手の身体の一部をどうこうするとは聞いたことあるけれど、この子たちはどうなのかしら?」
 騎士を名乗っている以上、その行為にも何らかの意味があるのではないか。そんなアーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)の横で、水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)がしばし顔を顰めていたが、しかし彼が言葉を発することはなかった。
 腐りかけた木の板が軋む音を聞きながら薄暗い廊下を進み、破れかけた衾を力任せに開く。足元から埃が舞い立つと同時に、視界の中に飛び込んできたのは、氷のような棺に閉じ込められた青年の姿だった。
「どうやら、あれが失伝ジョブに関係していた人みたいね」
 そう言って、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)が前に歩み出た瞬間、突如として部屋の中央に魔空回廊が開かれた。
「……っ!?」
 迸る緊張。空間の歪みより現れしは、亡霊の如き青白い肌をした、半人半馬の首なし騎士。
「ほぅ……。私の他に先客がいるとは……」
 先回りされたことに対して何ら驚くこともなく、騎士は刃を抜き放った。
 己の任務の障害になる者は排除する。こちらの目的を語るまでもなく、向こうは俄然やる気のようだ。
「ワイルドハントよ! 貴様らの企みはここで潰えると知るがいい! 氷が溶けて消えるように、その野望も崩れて消え行くのだ! 人それを『氷消瓦解』という!」
 この青年は渡さない。棺に捕らわれた彼を守るようにして篁・悠(暁光の騎士・e00141)が立ちはだかるが、騎士はその口上を鼻で笑い飛ばし、不敵な態度を変えることもなかった。
「ワイルドハント、か……。己の役割も全うできず、消えて行った者に興味はない。私は、ただ目の前の障害を排除し、己の任務を果たすだけだ」
 そのためであれば、自身の命さえも惜しくはない。騎士としては正しい忠誠心なのかもしれないが、しかしそれは同時に同胞へ対する義理や情を、何ら持ち合わせていないことも示していた。
「任務のためならば、非情に徹する、か……。ならば、夢を食らう青き騎士よ! 我が爪を以て……貴様達の策謀を破断する!」
 それならば、もはや語ることは何もない。戦斧の切っ先を突き立て、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が堂々の宣戦布告。同じく、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)が長剣を引き抜き、アンクもまた自らの右手を覆う手袋を焼き捨てて、地獄の炎を解放した。
「さぁ、戦劇を始めようか!」
「クリスティ流神拳術、参ります……!」
 廃屋の中で睨み合う、首なし騎士とケルベロス達。
 これ以上、ドリームイーター達に好き勝手をさせてなるものか。その想いを胸に、両者はどちらともなく駆け出して、互いの一撃を激突させた。

●狂気の騎士
 人の身体の一部を集める、半人半馬の青き騎士。ケルベロスの似姿こそしていないものの、その性質と姿だけ見れば、こちらの方がヨーロッパの伝承にある『ワイルドハント』の名には相応しかった。
「あくまで、私の邪魔をするか……。ならば、貴様達から先に葬ってやろう」
 横薙ぎに振るわれる鋭い刃。すかさず悠と白亜が味方を守るべく前に出た瞬間、攻撃を受けた部位の感覚が、一瞬にして無くなった。
「これは……」
「痛みを感じる暇もなく削ぎ落とす……。それで情けをかけているつもりか?」
 悪趣味な見せかけの慈愛に、二人は思わず首なし騎士を睨み付けた。
 見せかけの騎士道。忠誠心の高さに反し、その内実は悪辣そのもの。下衆な感情や悪意を剥き出しにしないで襲ってくる分、性質が悪い相手とも言える。
「後ろはこちらに任せてもらおう。偶には、裏方に回るのも悪くないしね」
 傷ついた二人を鼓舞するようにして、律が手にしたスイッチのボタンを押す。後方で巻き起こる激しい爆発。その勢いに押されてか、悠と白亜はお返しとばかりに同時に仕掛けた。
「穿て!」
「……いただく」
 雷を纏った悠の刃が、降魔の力を宿した白亜の拳が、それぞれ左右から騎士へと襲い掛かる。二人の影が交差し、抜けた瞬間を狙い、続けて紺が手にした拳銃を連射した。
「他人の体を切り離す前に、ご自身の首と体を繋げる努力をされてはいかがですか?」
「くっ……! 小癪な!」
 長剣を振るい、攻撃を捌こうとする首なし騎士だったが、さすがに数が多過ぎるのか全てを払うことはできていない。
「……『人体の一部を切り取って集める』ですか。それをする者は何度も見た事があります。……許すつもりは有りませんよ」
「……ここで勝てば後が楽だものね。気を抜かずにゆきましょう。それに、みどもの存在に掛けて赦せないわね。……殺すわ」
 互いに想うことがあるのだろうか。アンクとジークリンデは無言のままに頷いて、正面から騎士へと殴り掛かった。
 人体の一部を切り取って集める。そのような暴挙を、これ以上は許しておけない。こんなやつに失伝ジョブに関わる者を奪われたら最後、それこそ何をされるか解ったものではないのだから。
「ほぅ……貴様達、既に『半端者』だな。……安心しろ。私は他人のお下がりに手を出すほど無粋ではない」
 だが、攻撃の勢いに押されながらも、騎士は口元を軽く拭い、アンクやジークリンデへと不敵な笑みを向けて来た。
「……聞き捨てなりませんね、それは」
「その言葉……万死に値すると知ってのことか?」
 二人を覆う空気が同時に変わった。あまりに外道な敵の本性。それに気づいたのは、果たして彼らだけでなく。
「どうやら、あなたに名を名乗る必要はなさそうね」
「そのようだな。悪鬼羅刹の如き外道よ……地獄には、貴様一人で行くがいい!」
 高々と跳躍するアーティアとジョルディ。振り下ろされた戦斧が、流星の如き鋭い蹴りが、騎士の身体を直撃する。反動で吹き飛ばされた騎士の身体が衾を破り、廊下を隔てた反対側の部屋まで吹き飛ばした。
「なるほど……少しはできるな。だが、私の任務の邪魔はさせん……誰にも!」
 怒りのままに、こちらへ突撃して来る青き騎士。縦横無尽に走り回る半馬の身体。それは青白き疾風となり、その身に纏った加護諸共に、ケルベロス達の身体を擦れ違い様に斬り裂いた。

●野望断つ力
 廃屋の中で続く戦い。始めこそ優勢に思われた首なし騎士だったが、やはり数の差による不利は埋められなかったのだろうか。
 気が付くと、騎士の鎧は各部が砕け、その身体には無数の傷が刻まれていた。その一方で、対するケルベロス達の被害はそれ程でもない。騎士の攻撃は多数を同時に相手をするのには優れるが、それだけで決定打には欠けていた。
「おのれ…… 斯くなる上は、この男だけでも……」
 突然、刃を降ろし、首なし騎士は未だ棺に捕らわれている青年の方へを目をやった。
 一見して戦いを放棄したに等しい行為。しかしそれは、放っておけば最悪の事態を引き起こし兼ねないことを、ケルベロス達は知っていた。
「戦いよりも、己が役割を全うすることを選んだか。だが、それは俺達も同じことだ」
 こちらが青年を殺すことは考えないのか。そう言って揺さぶりを掛けるジョルディだったが、騎士の動きは止まらない。自分を犠牲にしても、転送の儀式を遂行せんとする勢いだ。
「ふっ……笑止! 貴様達は、この男を助けに来たのだろう? それを殺すなどと……私が本気にするとでも思ったか?」
 地球を守る地獄の番犬が、地球に住まう者を殺すはずがない。首なし騎士にとっては、元より青年は人質を兼ねた扱いだったのだろう。
 だが、だからこそ、そこに付け入る隙も存在する。最悪の場合、この青年を殺してでも儀式を失敗させねばならないが、それはあくまで最後の手段。
「これ以上、好きにはさせないぞ。ここから先は、本気で行かせてもらう」
 儀式に集中して動けない敵を、白亜が音速を超えた拳で殴り付けた。続けて、間髪入れずにアーティアが懐へと入り込み、横薙ぎに刃を叩き付ける。
「あなたが奪ってきたようにあなたも奪われてみるといいわ。天つの風を纏い、彩る想いを迸れ。唸れ、夢想の刃。――風螺旋龍哭刃!」
 凄まじき風の奔流を纏った刃。その一撃に、断てぬものは存在しない。
「立派な身体で悪いけれど、いただいたわ」
「ぐっ……な、なんの……まだ……」
 前脚の一本を斬り捨てられ、さすがの首なし騎士も危機を悟ったようだ。しかし、ここまで来て儀式を止めるつもりもないのか、反撃してくる様子はない。
 ならば、このまま一気に決めてやろう。もはや、小細工も手加減も必要ない。ただ、こちらの持てる全力を、全て注ぎ込んで叩くのみ。
「私は私の言葉で語る。嬉しい(ウレシイ)の。殺意は憎悪(愛)。その命の終焉こそがわが狂喜。獣は吠え姫が嗤うわ。その命の全てを喰らう」
 高まる憎悪。相反する狂喜。絡み合うようにして燃え上がるジークリンデの想いは炎と化し、敵の身体を飲み込んで行き。
「消え去りなさい、あなたの世界は終わりです」
 紺の繰り出す夜色の影が、無数の弾丸の如く敵の身体を貫いて行く。
「ば、馬鹿な! 貴様達、どこにこれほどまでの力を……」
 先程までとは勢いが違うことに、ここに来てようやく相手も気付いたようだ。もっとも、今となっては、時既に遅し。転送儀式に入った以上、本気モードのケルベロス達を止める術はなく。
「さあ、行こうか。そろそろ、グランドフィナーレだ」
「裏方は終わりということか……。いいだろう。我らが力、今こそ見せる時!」
 律の言葉にジョルディが頷き、互いの剣を構えて疾走する。
「未来の友を失うわけにはいかない。その野望は、ここで断ち切らせてもらうよ」
「HADES機関フルドライブ! 戦闘プログラム『S・A・I・L』起動! 受けよ無双の必殺剣! ライジィング……サンダァァァボルトォォォッ!」
 襲い掛かる二つの斬撃。刻まれた退魔の十字を剣で受け止めんとする首なし騎士だったが、それだけでは終わらなかった。
「もう一撃だ! これも持って行くがいい!」
 追い撃ちとばかりに、襲い掛かる悠の刃。二重奏ならぬ三重奏。それは、さながら『夢』を意味する著名な作曲家の楽曲の如く。夢を食らうドリームイーターに与えるには、実に相応しい終曲であり。
「……良い答えは期待していませんが、訊いておきます。人体を切り取り集めるデウスエクス……『パーツコレクター』を御存じですか?」
 既に耐え切れず、押され始めた首なし騎士へ、最後にアンクは改めて尋ねた。だが、攻撃に耐えることで精一杯の騎士には、既に言葉を返す余裕さえないようだった。
 どの道、真っ当な答えが返ってくるとも思えない。ならば、ここは後腐れなく、燃やし尽くしてしまった方が良い。
「……壱拾四式……炎魔轟拳(デモンフレイム)!!」
 斬撃の重なっている中心を狙い、アンクは白炎に包まれた右拳を繰り出した。その一撃が、決定打になったのだろう。
 拮抗していた力が破られ、一気に押し込まれる首なし騎士。律の、ジョルディの、そして悠の剣が降り抜かれ、アンクの拳が胸板を貫く。
「あ……ぁぁぁぁっ!!」
 折れた剣の先が宙を舞い、墓標の如く畳に突き刺さった。斬撃、雷鳴、そして白炎。嵐の如く襲い掛かる猛攻を前に、さすがの首なし騎士も耐えることはできなかった。
「「鉄鴉連撃! 凱火二重葬・絶!」」
「……成敗!」
 律とジョルディが敵を背に刃の先を重ね、悠もまた振り向き様に刃を納める。そんな中、アンクだけは無言で己の拳を見つめ、予備のコートと手袋にて地獄の炎を静かに納めた。

●失伝を知る者
 戦いは終わり、廃屋の中に静寂が戻る。だが、首なし騎士こそ撃破したものの、失伝ジョブに関わる青年は未だ目を覚ます様子はなかった。
「俺達に……敵は無いな!」
「ああ! 後は、この青年をどうするか、だけど……」
 互いに顔を見合わせるジョルディと律。棺桶の様子を見る限りでは、単なる氷や水晶とも言い難く。
「……はて、溶けるのだろうか。自然解凍はしないよね」
 ヒールを試みる悠だったが、そもそも青年は負傷をしているわけではない。案の定、目覚めさせることはできないようで、保険の意味での応急手当以上の効果はないようだった。
「地獄の炎……では危なすぎますか。グラビティを与えるのでは駄目でしょうか……?」
「栄養剤代わりにと思って調合してきた薬とお水があるけれど、起きてくれるかしらね? とびっきりに苦いけれど、三日三晩は寝られなくなるって程に評判よ」
 アンクとアーティアも、それぞれに案を模索するも、どこまで効果があるかは解らない。棺の材質が地球の氷と同じとも限らず、そもそも閉じ込められている青年には、何かを飲ませることもできそうにない。
「敵の増援は……どうやら、ないみたいだな」
 真っ直ぐに張っていた白亜の耳が、緊張の糸が解けたようにして垂れた。青年が目覚めない以上、この場に長居は不要だろう。
「とりあえず、このまま保護するしかなさそうね」
「どうやら、それしかないようですね。皆さん、護送のお手伝いを、お願いします」
 ジークリンデと紺の言葉に、他の者達も頷いて答えた。
 今は、とにかく青年を救えたことを喜ぼう。失伝について知りたいこともあるが、それは青年を目覚めさせてからの話だ。
 かくして、創世濁流より続くドリームイーターの野望は阻止され、ケルベロス達は失伝を知る者の保護に成功した。だが、東京上空に浮かぶ『ジュエルジグラットの手』は未だ消えず、決戦の足音が刻一刻と迫っていることを予感させていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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