●凍結のビジョン
ビルの屋上にある三畳ほどのプレハブ倉庫。
一年以上にも渡って放置されているため、誰も気付いてはいない。
そのプレハブの中が極小規模のワイルドスペースと化していることを。
いや、正確には『化していた』だ。ワイルドスペースを構成していたモザイクが消え去り、通常の空間に戻り始めているのだから。
やがて、モザイクは完全に消滅し、そこに隠されていたものが現れた。
胎児のように丸まった初老の男。ぴくりとも動かない。凍りついたかのように。
異変はプレハブの外でも起こっていた。
屋上の端に魔空回廊が開かれたのだ。
そして、その奥から一体のデウスエクスが姿を現した。
大きな鎌を手にした、道化師のような扮装のデウスエクスが。
●音々子かく語りき
「またまた大変なことになっちゃいましたぁーっ!」
ヘリポートに響くのはヘリオリダーの根占・音々子の大音声。
彼女の前に並ぶのはケルベロスたち。
「東京上空五千メートルの地点にジュエルジグラットのゲートが出現して、そこから巨大な腕みたいなものが地上に向かって伸び始めたんですよー! 寓話六塔(ジグラットゼクス)の『王子様』は死の間際に『ジュエルジグラットの抱擁が世界を覆い尽くす』とかなんとか言い残したそうですが……おそらく、それはこのことをさしていたんでしょうね」
本来ならば、創世濁流で日本全土をワイルドスペース化した後、とどめの一撃として『ジュエルジグラットの抱擁』をおこなうつもりだったのだろう。ケルベロスの奮闘によって創世濁流は阻止されたが、だからといって、『ジュエルジグラットの抱擁』が脅威であることに変わりはない。
そう、全世界決戦体制を発令しなくては立ち向かえないほどの脅威だ。
「とはいえ、ピンチはチャンスでもあります。ジュエルジグラットのゲートが戦場となるのですから、勝利の暁にはドリームイーターどもに大ダメージを……いえ、大々々ダメージを与えることができるはずですよ。もっとも、そのことは敵も百も承知。戦争を有利に進めるため、既に動き始めているようです」
ケルベロスとの戦いの切り札ともいえる人間たちをドリームイーターは拉致していた(その人間たちを利用して、創世濁流後の世界を完全に支配するつもりだったらしい)。もちろん、ただの人間ではない。ケルベロスの二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって判明した連続失踪事件の当事者たち――失伝した職能にかかわりのある人々だ。
「失踪者の皆さんは凍結処理され、各地の極小ワイルドスペースに隠されていました。ドリームイーターの目的は、彼らを回収してジュエルジグラットのゲート防衛の戦力を強化することです。それを防ぐためには、ことが起きる前に回収役のドリームイーターを倒し、失踪者を救出しなくてはいけません」
続いて、音々子は救出対象と回収役について語り始めた。
「皆さんのチームが担当する場所は、とあるビルの屋上です。救い出すべき失踪者はそこの守衛をしていた男性でして、今は倉庫のプレハブ倉庫で凍結されています。回収役は道化師みたいなドリームイーター。こいつはジグラットゼクスの『継母』が擁する特殊部隊の一員です。見た目を裏切らないエキセントリックな言動を取りながらも、冷静に状況を判断することもできるという嫌らしいタイプのようですね。それに『継母』への忠誠心も高いみたいです」
判断力と忠誠心を併せ持つ故にドリームイーターは自分がやるべきことを理解している。それはケルベロスを倒すことではなく、失踪者を回収すること。
そのため――、
「――自分の敗色が濃厚になると、道化師は失踪者の回収を優先します。つまり、皆さんとの戦闘を放棄して、失踪者を魔空回廊からゲートに送り届けようとするんですよ。当然、その間は無防備ですから、皆さんが圧倒的に有利になるはずです」
もっとも、その間に道化師を倒すことができなかったら、失踪者は回収されてしまうが。
すべての説明を終えると、音々子はケルベロスたちの顔を見回し、いつになく重い声を出した。
「最悪の場合、皆さんは辛い決断を迫られるかもしれませんが……」
そこまで言ったところで彼女は自分の言葉を打ち消した。
その声はもう重くない。
「いえ、そんなことは起こり得ませんよね。絶対、大丈夫! 皆さんならできます!」
参加者 | |
---|---|
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) |
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634) |
ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730) |
瀬部・燐太郎(戦場の健啖家・e23218) |
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978) |
ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646) |
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829) |
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796) |
●猟犬たちと道化師が行く
ビルの屋上に設置された小さなプレハブ倉庫。
その前に九人の戦士たちがいた。
凍結された失踪者を回収するべく、魔空回廊から現れた道化師のようなドリームイーター。
それを阻止するべく、ヘリオンから降下してきたケルベロスたち。
「月夜の晩に悪い出会いですな、ケルベロスの皆様」
ドリームイーターは有名な芝居の台詞を引用してみせた。このような状況であるにもかかわらず、顔色一つ変えていない。もっとも、白塗りの化粧(あるいはそれが地肌なのかもしれない)をしているので、本当の意味での顔色は判らないが。
「わたくし、ジグラットゼクスが一柱『継母』様にお仕えする『宵っ張りのヨリック』と申します。以後、お見知り置きを」
ヨリックは恭しく一礼したかと思うと、すぐに頭を上げた。
「……と、ご挨拶をしたばかりですが、皆さんのお相手をすることはできませーん。わたくしはすぐに帰らなくてはいけないのですよ」
「会うは別れの始まりってヤツだな」
軽口で応じながら、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が斬霊刀の『シラヌイ』を抜き放った。『情無用』の文字が刻まれた冷たい刀身が月明かりを不気味に照り返す。
だが、その光もヨリックの顔色を変えることはできなかった。
「はい、これでお別れです。皆さん、さようならー。再び会うことがあれば、笑顔を交わし、二度と会えぬなら、これを良き別れの場としましょう」
またもや芝居の台詞を垂れ流しながら、ヨリックはすたすたと歩き始めた。失踪者がいる倉庫に向かって。ケルベロスが見逃してくれるとでも思っているかのように。
もちろん、ケルベロスは見逃さなかった。
「貴方と再び会うつもりはありません」
ドラゴニアンの巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)がヨリックの前に立ちふさがった。
「それに『良き別れ』とやらをするつもりもないよ」
オラトリオの天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)が武器を構えた。独自にチューニングしたガトリングガンだ。
「では、悪しき別れになりますが――」
ヨリックの大きな口が歪み、両端が吊り上がった。
笑ったのだ。
ただし、眼鏡の奥に見える目は笑っていない。
「――よろしいのですか?」
その問いにレプリカントのハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)が答えた。
素早く踏み込み、惨殺ナイフで斬りつけるという形で。
●猟犬たちが征く
「貴様らの企み、オレの地獄で灰に還す!」
ハートレスから惨殺ナイフの一撃『偽・大器晩成撃(イミテーション・タイキーバンセイーゲキ)』を食らい、ヨリックはよろめいた。
よろめくだけで済んだ……はずだった。ライドキャリバーのサイレントイレブンがデットヒートドライブで突進してこなければ。
火の粉を撒き散らして撥ね飛ばされるヨリック。
しかし、空中でくるりと回転し、華麗に(それでいて、どこか滑稽な動作で)着地した。
「灰に還すにはいささか火力不足ですな」
白塗りの顔にまた笑みが浮かぶ。強がっているだけなのか。あるいは本当に効いていないのか。
「だったら、凍ってみる?」
蛍のガトリングガンが火を噴いた。いや、氷を噴いた。時空凍結弾だ。
それはヨリックの体に命中して点の傷を生み出した。
ほぼ同時に線の傷が生まれた。
ケイが『シラヌイ』を手にして駆け抜け、達人の一撃を浴びせたのだ。
「火力不足とか言ってたけど――」
サキュバスの喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)が爆破スイッチを掲げた。
「――これなら、どうだぁー!」
前衛陣の後方でブレイブマインが続けざまに轟いた。
その爆風に背を押されるようにしてヨリックに肉薄するのはギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)。
彼にエンチャントの恩恵を与えているのはブレイブマインだけではない。雷の障壁が前面に展開している。レプリカントのフローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)が築いたライトニングウォールだ。
「あのプレハブの中にいる人を……渡すわけには……いかない」
「ああ、渡せねえよな」
後方から聞こえてきたフローライトの呟きに頷き、ギルフォードは愛刀『明王』の柄に手をやった。
「こんな端役風情によ!」
裂帛の叫びとともに放たれたグラビティは月光斬。黒い鞘から滑り出た黒い刀身が黒い弧線を描き、ヨリックの腱を断ち切った。
それでもヨリックの表情は変わらない。
「わたくしが端役なら、皆さんは悪役といったところですな。そう、かよわきデウスエクスたちを苦しめる冷酷非情な悪役です。ああ、怖い怖い」
そして、『かよわきデウスエクス』は反撃した。
得物は右手の鎌。
獲物はギルフォード。
だが、鎌の刃はギルフォードに届かなかった。
癒乃が割り込み、自らを盾にしたからだ。
「光は紫電と成りて集い、雷電は遍く翔ける天雷と成り、地を慄す震電と化す」
傷をものともせず、癒乃は『龍角の雷衝(プラズマブラスター)』の呪文を詠唱した。額の角から放たれた雷光が槍のようにヨリックの胸を抉る。
その光が消える寸前、サイコフォースの小さな爆発が起こった。
「……へぇーっくしょっ!」
爆発音にくしゃみを重ねたのは、サイコフォースを仕掛けた当人の瀬部・燐太郎(戦場の健啖家・e23218)だ。
「あー、今日はなんだか調子が悪いや」
鼻をすすりながらぼやく燐太郎。
そんな彼にヨリックが優しく声をかけた。
「お大事にー」
「お気遣い、どーも」
燐太郎の代わりに礼を述べつつ、ギルフォードがヨリックを攻撃した。もう一本の愛剣『不動』による雷刃突。
しかし、ヨリックは――、
「いえいえ。どういたしまして」
――素早く体を捻って躱した。『不動』の刃だけでなく、癒乃が同時に投じたファミリアシュートも。
「ヘタクソ! おまえら、どこ狙ってんだよ!」
「うるせぇ! 風邪っぴきで戦場に来るような奴が偉そうことを抜かしてんじゃねえ!」
燐太郎が嘲笑交じりに怒鳴り、ギルフォードが苛立たしげに怒鳴り返す。ヨリックに悟られないようにアイコンタクトを交わしながら。両者の口喧嘩は、敵を油断させるための演技なのだ。
「おやおや。仲間割れですかー?」
飛び跳ねるような動きで後退しながら、ヨリックが大袈裟に肩をすくめてみせた。
「皆さんが怒りをぶつけるべき相手はわたくしのはずですよ」
「じゃあ、ぶつけてあげる!」
と、空から聞こえてきたのは、波琉那の声。エアシューズを履いた足で地を蹴り、跳躍したのだ。
「そして、思い知らせてあげるわ! ケルベロスは決して怒らせちゃいけない相手だってことを!」
炎を纏ったエアシューズのローラーがヨリックに迫る。
しかし、ただ迫るだけで届くことはなかった。いとも簡単にグラインドファイアは躱された。理力性に基づくグラビティを連続して使ったため、見切りが生じたのだ。
「ざーんねん。この分では思い知ることはできそうにありませんね。はい、ここで本日二度目の反撃タイムに入りまーす」
ヨリックは左手を突き出した。
「手よ、我がために語れ!」
広げられた掌から無数の糸が放射され、ケルベロスの前衛陣に絡みついていく。
「その言葉も芝居かなんかの引用か?」
燐太郎がストック付きのリボルバー銃を構えた。糸にダメージを受け、動きを阻害されながら。顔は苦痛に歪んでいる。しかし、その表情も油断を誘うための演技だ。苦痛を感じているのは事実だったが。
「この苦痛のお礼に虚無をくれてやる!」
咆哮の後を銃声が追い、高密度のグラビティを帯びた弾丸『一条の虚無(ヴォイド・ストリーク)』が飛んだ。光を遮断する弾丸であるため、宙に刻まれた軌跡は黒い。
それに平行して蒼白の軌跡も描かれた。ハートレスのフロストレーザーである。
どちらの攻撃も命中したが、ハートレスは自分の成果を見ていなかった。彼の視線の先にいるのは、傷ついた前衛陣だ。
「これはマズいな。思った以上にダメージが大きい。長くは保たんぞ……」
フルフェイスの兜の奥から呟きが漏れた。もっとも、呟きと呼ぶには声が大きい。わざと敵に聞かせているかのように。
そう、この言動も演技なのだ。
演技者の一人であるギルフォードの肩にボクスドラゴンのポヨンが止まり、属性インストールを施した。皆の苦戦ぶりを真に受けているのか、表情に戸惑いが見える。
「本当に苦戦しているわけじゃないから、心配すんなって。でも、敵に悟られちゃダメだぞ」
と、ポヨンに囁いたのは主人のケイ。
彼はそのままポヨンとギルフォードの横を通り過ぎ、『烈風散華(アバヨ)』を披露した。刀を鞘に納め、瞬時にまた抜刀して斬撃を浴びせる奥義。
『シラヌイ』の刃が逆袈裟に跳ね上がり、季節外れの桜吹雪を巻き起こして鞘に戻った。
鍔鳴りの音と同時に桜の花々が燃え上がり、ヨリックを炎で包み込む。
そこに蛍が追撃した。ガトリンガンによる破鎧衝。
「くそっ! とっておきのヒッサツ技なのに、ぜっんぜん効いてねえ!」
「よし! 手応えあり!」
ケイと蛍が同時に叫んだ。前者は悔しげに、後者は得意げに。
だが、どちらの言葉も真実ではない。想定通りのダメージを与えたのに悔しがり、手応えを感じるほどの一撃でもなかったのに得意がる――やっていることは正反対だが、目的は同じ。例によって例のごとく、敵の判断力を鈍らせているのだ。
(「上手く騙されてくれると……いいんだけど……」)
自身もまた不安げに眉をひそめる演技をしながら、フローライトが蛍石の御守を手にして『核活性(コア・アクティベーション)』を発動させた。傷を癒し、ジャマー能力を上昇させるグラビティ(メディックのポジション効果によって、キュアも伴っている)。対象は、最初に攻撃を浴びた癒乃だ。
フローライトだけでなく、シャーマンズゴーストのルキノも必死に祈りを捧げて主人を癒していた。
●道化師が逝く
その後もヨリックが言うところの『反撃タイム』が何度か訪れ、ケルベロスたちはダメージを受け、状態異常を付与された。
皆を最も苦しめたのは、トラウマの幻覚を見せる状態異常かもしれない。
「ルキノ……」
誰もいない場所に悲痛な眼差しを向けて、癒乃が声を絞り出した。『ルキノ』というのは傍らで祈りを捧げ続けてるシャーマンズゴーストではなく、今は亡き友の名だ。
「すまない……皆、すまない……すまない……」
ハートレスも虚空を見据えて、ぶつぶつと呟いていた。『皆』とは、彼とともに定命化し、そして彼だけを残して死んだ同胞たち。
しかし、二人とも本当はなにも見ていない。
フローライトのキュアによって、幻覚はとっくの昔に消えている。
そう、トラウマに苦しむ様も演技だった。
「あららー? なんだか、おかしいですよぉ?」
自分の傷の具合を確かめながら、ヨリックが首をかしげた。
さすがに気付いたらしい。
芝居がかった立ち居振る舞いで剽げていた自分のほうこそ、実はケルベロス一座の芝居を見ているたった一人の観客だったということに。
「もしかして、わたくしはいろいろと見誤っていたのでしょうか? いや、『見誤されていた』と言うべきですかねえ」
白塗りの顔の中で大きな口がまた笑みの形をつくった。
今度は目も笑っている。
「皆さん、たいした道化ぶりですなぁ。すっかり騙されてしまいましたよ。しかし、なかなか楽しかったです。できれば、もっと楽しみたかったのですが――」
ヨリックの左手を風を切った。
「――そうも言ってられませんね!」
掌から無数の糸が伸びた。ケルベロスたちではなく、プレハブの倉庫に向かって。
糸の群れは倉庫の扉を突き破り、その中へと侵入していく。凍結された失踪者を確保しようとしているのだろう。
「おいおい。木戸銭を踏み倒して逃げるつもりかい? こちとら、ボランティアであんたを楽しませたわけじゃないんだよ」
無防備になったヨリックにケイが斬りかかった。
「そうだ。きっちり取らせてもらうぞ。木戸銭代わりに命をな」
ギルフォードも『明王』を振り下ろした。
両者が見舞った攻撃は絶空斬。傷口が斬り広げられ、ジグザグ効果によって状態異常が悪化していく。
そこに第三の剣が加わった。蛍の『レイディアントソード』。地獄の炎から生み出されたプラズマの剣だ。
「さっき、ギルフォードが言ってたように――」
不定形の刃がヨリックを腹部を抉り抜いた。それに反応して、氷結の状態異常が更なるダメージを与えいていく。
「――あんたは端役。華のないその顔はもう見飽きたわ」
「いやはや、辛辣ですなぁ」
血まみれになりながら、ヨリックは苦笑した。左手の糸は倉庫に入ったままだ。『反撃タイム』とやらに移行するつもりはないらしい。優先すべきは失踪者を送り届けること。
「命に代えても使命を果たす……って感じかな?」
波琉那がファミリアシュートを放った。
「だけど、それはこっちは同じなのよね。その人は絶対に渡さないよ」
動物の姿に戻ったファミリアロッドがヨリックに命中した。ヨリックは敏捷性のグラビティに対する回避力が高かったようだが、失踪者の移送に全力を注いでいる状態では躱すことなどできるはずもない。いや、失踪者のことがなかったとしても、足止め等の状態異常が蓄積しているので躱せなかったかもしれない。
ケルベロスたちは容赦なく猛攻を加えた。燐太郎が達人の一撃で、ハートレスがジグザグスラッシュで、癒乃がイガルカストライクで。
そして、ついに――、
「芝居の幕は……もう下ろすから……」
――フローライトのマインドソードで袈裟斬りにされ、ヨリックは倒れ伏した。
ぴんと張っていた左手の糸が緩んだ。その上をすかさずサイレントイレブンが通過し、タイヤで乱暴に断ち切った。
「た、宝がわたくしに……降り注いだところで……目が覚め……」
ヨリックの口から血が溢れ、それとともに芝居の台詞が途切れ途切れに漏れ出ていく。
「……もう一度……その夢が見たくて……涙を、な……」
すべてを言い終える前に哀れな端役は息絶えた。
倉庫の中の失踪者は糸に絡まれており、凍結もまだ解けていなかったが、とくに外傷はなかった。
それを確認して、癒乃が安堵の溜息をついた。
「よかった……本当によかった……」
込み上げる思いが涙になり、双眸から流れて落ちてく。最悪の事態になったら、自分の手で失踪者を殺す――そんな覚悟を持って、彼女は今回の任務に臨んでいたのである。
「戦闘中に悪態をついてすみませんでした。芝居とはいえ、気を悪くされたかもしれませんが……許してください」
口調を普段のものに戻して、燐太郎が仲間たちに詫びた。
そして、更に言葉を続けようとしたが――、
「はぁーっくしょい!」
――口から出たのは言葉ではなく、盛大くしゃみだった。
風邪は演技ではなかったのだ。
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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