失伝攻防戦~青騎士の尖兵、到来する

作者:秋月きり

 夕刻。都内のとある高校の一幕だった。
 少子化の影響だろうか。今は使われていない空き教室に夕陽が差し込み、赤い色を演出していた。
 だが、それも直ぐに夜の帳が支配し、黒く染まる。――その筈の場所だった。
 異変が起きたのは、そんな夕刻の頃合いだった。
 ぴしり。
 空間が割れた。まるで卵の殻にひびが入ったかのように生じた亀裂はぴしりぴしりと広がり、その教室のロッカー――おそらく、何年も使われていないのだろう。薄く、埃が積もっていた――を覆い尽くす。
 やがて、破壊へと至った亀裂は、ロッカーの中身を露わにする。モザイク塗れの空間はそこがワイルドスペースだった証。そして、その中央に安置された少女は高校制服を纏い、身じろぎ一つしない。
「……よく眠っているようだな」
 魔空回廊を介し、空間より現れた異形は少女を見やり、ふんと鼻で笑う。
 これ――目前の少女を回収する。それが、彼のドリームイーターに与えられた役割であった。

「緊急事態よ。ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が姿を現したわ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は上げた声は、むしろ落ち着いているようにも思えた。緊急事態であるが故に、冷静に対処する必要がある。務めて平静を装っているのは、そう言う理由だろうか。
 だが、続く言葉はむしろ、ケルベロス達に戦慄を抱かせた。曰く、ゲートから『巨大な腕』が出現し、地上へと伸び始めたと言うのだ。
「この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高いでしょうね」
 本来ならば創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を、完全に支配する為の止めの一撃だったと思われるそれはしかし、ケルベロス達の活躍によってその目論見を潰す事が出来た。だから、とリーシャは言葉を続ける。
「確かに東京上空に現れた巨大な腕は脅威。打ち破るのには全世界決戦体制を行う必要がある程の危険な代物よ。でも、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝利する事が出来れば、ドリームイーターに対して致命的な一撃を与える事が可能の筈ね」
 勿論、その認識はヘリオライダー――ケルベロス達だけのものでは無い。ドリームイーター達もまた、その意味を理解しているだろう。現にその動きがあると言う。
「ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達はみんなとの戦いの切り札として用意していた人間達を急遽、ゲートに集めるべく、動き出したようなの」
 彼らこそが二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達の様なのだ。
 本来ならば介入の余地が無かった筈の回収作業はしかし、日本中でケルベロス達が探索を行っていた為、連れ去られる前に駆け付ける事が可能になったと言う。
「みんなの頑張りで、私たちの予知に繋ぐ事が出来た。だから、後はもうひと踏ん張り、頑張って欲しいの」
 ドリームイーター達が彼らを回収し、ジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、回収者を撃破して救出して欲しい。それがケルベロス達への依頼であった。
「でね。みんなに飛んで貰うのは、九州地方にある、とある高校の空き教室になるわ」
 そこに凍結された人物が安置されており、それを回収に来たドリームイーターが出現と同時に、ケルベロス達による介入が行える、との事だ。
「凍結された人以外、人気は無いから戦闘に困らない筈よ」
 現れるドリームイーターはジグラットゼクス『青ひげ』配下の精鋭騎士、グロワール騎馬隊の一騎に様だ。騎士剣による攻撃や突撃に注意して欲しいと忠告する。
「あと、注意するべき点は彼の騎士は任務を優先すると言う事ね」
 自身の敗北、或いは不利を悟れば、失伝したジョブに関わりのある人物を魔空回廊からゲートに送り届けようとするだろうとの事だ。その間、2分程度。つまり、その時間の間、敵は無防備になる為、戦闘を有利に運ぶ事が出来るだろう。
「だから、この時間を引き出させる事も戦局を変える手立てになるわ」
 無論、輸送をさせない為に敵の優位を演出し続けると言う方法もある。詳細はケルベロス達に託す為、皆で話し合って決めて欲しいとリーシャは告げる。
「もう一つ言えば、ドリームイーターは、みんなが囚われていた人間を攻撃する可能性は考えていない様ね。だから、彼らの身柄が奪われそうになった場合は、殺害してでも止めると言う選択肢はあるわ」
 ドリームイーターとの決戦を前にした情勢を考えれば、大事の前の小事と断ずる事もあるだろう。その決断を尊重するとの言葉だった。出来れば避けたいけれど、と自身の想いも残して。
「それじゃ、いってらっしゃい。みんなの活躍、期待しているわ」
 そうして、彼女はケルベロス達を送り出すのであった。


参加者
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
水瀬・和奏(火力系女子・e34101)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)

■リプレイ

●青騎士の尖兵
 夕焼けによる茜色が辺りを染めている。それは現れた異形――グロワール騎馬隊の一員たる彼女も例外ではなかった。
「ふん。よく眠っているようだな」
 その容姿はまさしく異形だった。人の上半身に馬の四肢が下半身として繋がっている、いわゆる人馬姿の彼女だったが、もっとも違和感を醸し出すのはその頭部だった。本来の位置である首から上には何もなく、小脇に抱えた顔が先程の言葉を発したのだ。
 異形の瞳が向けられた先には、ロッカーに偽装されたワイルドスペースが存在していた。異形の目的はそこに眠る中身――凍結された少女だった。
 視線の先にいる少女は身動き一つ取らない。ただ、自身の性を主張するような隆起が上下に揺れ、死者ではない事を示していた。
 さて、と異形は少女に手を伸ばす。彼女を連れ出し、魔空回廊を帰れば回収任務も終了。晴れてお役御免。――その筈だった。
 がらりと音を立て、扉が開く。それを為した人物を彼女は知らない。空き教室と知らずに侵入した粗忽者か、或いは異変に気付いた何者が様子見にでも現れたか? と振り返る。いかな人物であれ、目撃者の存在はしかし、彼女の妨げになり得ない。口封じの方法など幾らでもあるのだ。
 ドリームイーターである彼女は地球の法に縛られない。そして、食餌である地球人如きに持ち合わせる情など、彼女にはなかった。
「ドリームイーターっ?!」
 叫びから推測する。どうやら侵入者は後者の様だった。ほうと頷く異形は騎士剣を抜き放ち、値踏みするようにそれを見つめる。
 先頭に立つのはこの学校の生徒と見紛うような年若い地球人だった。身を包む衣装が高校制服であれば、その認識も誤りではないように思えた。
 だが、少女が纏う曲線を強調したボディスーツが、それを否定していた。両の腕、そして腰で支える無骨な兵器たちもその後押しをしている。
 彼女だけでない。続いて侵入する計7人の男女は何れも、得物を携えている。彼女らの目的はおそらく、自分の撃破、或いは凍結中の少女の確保、と言った処だろうか。
「ケルベロス!」
 故に、異形はその名を呼ぶ。
 地獄の番犬ケルベロス。地球守護の要にして、最後の守り。
 それが自身に牙を剥いている事実に、彼女は獣のような笑みを浮かべた。

(「如何なる方法を用いても、あの人を助けないと」)
 大型狙撃銃を構える水瀬・和奏(火力系女子・e34101)は暴れる心臓を宥めるように、荒い呼吸を繰り返す。ヘリオンから校庭へのダイブの後、ここまで全力疾走したのだ。息が上がっても仕方なかった。
(「必ず助け出そう」)
 自分の覚悟に、虎丸・勇(ノラビト・e09789)が目配せで応えてくる。その彼女の隣で、サーヴァントのエリィがエンジン音を奏でていた。
「グロワール騎馬隊……でしたでしょうか?」
 誰何を行うのは二人の隣に立つ天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)だった。だが、首なしケンタウロスと言う風体の異形を見紛う筈もなかった。
「――来たぞっ!」
「問答無用って訳ね!」
 馬の脚力による突撃に、七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)とカレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)が警戒の声を上げた。
 異形の視線が注がれた先はゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)とアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)の二人。否、彼の視線が捕らえたものは妖精族の証である二人の鋭い耳朶だった。
 思わず息を飲むのは、彼女の眼を彩った色が偏執的な物だった故か。
「ごきげんよう。……さぁ、一時の逢瀬、楽しみましょう♪」
 迎撃の為、八つ首の鎖を構えた旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)が淑女宜しく、ぺこりと頭を下げる。妖艶な笑みはこれからの戦いに思いを馳せ、上気していた。
 そして、騎馬が走る。任務遂行の為、その阻害となる番犬達を打ち砕かんと、氷の嵐を振り撒きながら。

●仲間割れ
 騎士剣が一閃する。氷を伴う一撃はしかし、ケルベロス達を切り裂く事は叶わなかった。
 一歩前に出たケイ、勇、そしてエリィが斬撃を受け止めたからだ。切り裂いた傍から凍傷を負わせる魔力はしかし、6人――5人と1体によって生み出された減衰を前に、霧散してしまう。
 仲間達を斬撃から庇った勇に浮かぶ表情はしかし、怪我人を産まなかった安堵でも、仲間を守った誇りでもなく、不満げな色を帯びていた。
「邪魔だよ。下がっててくれる?」
「――?!」
 零れた不平が向けられた先は敵対存在であるグロワール騎馬隊……ではなかった。
 明らかに、彼女が庇った相手――竜華に向けられていた。
「ですよね。どうして私達がこんな苦労を」
 ケイもまた、同じく不満を口にする。
「貴方達なんかに守って欲しいなどと、誰が言いましたの?」
 返す言葉は竜華から。束縛の鎖をグロワール騎馬隊に向けながらも、紡ぐ言葉は二人に向けられている。売り言葉に買い言葉の風でもあったが、むしろ、ここに来て互いの不満が爆発した様にも思えた。
「そうですか。では、勝手に戦って下さい」
 ケイの繰り出す鋼鉄の拳がグロワール騎馬隊の騎士鎧を切り裂く。零れ落ちる青い肌に一瞬、恥辱の表情を浮かべる物の、騎士の矜持はそれを弾き飛ばし、騎士剣を身構えさせる。
 そこに勇によるバールの一撃が突き刺さった。装甲すら切り裂く一撃は騎士鎧の肩口を切り裂き、ずたずたに破壊していく。
「こんな時に言い争いなんて――」
 流星の煌きを纏う和奏の蹴りは悲鳴混じりの言葉と共に紡がれた。
 だが、その悲痛な叫びも続く声に掻き消される結果となる。
「こんな時に言い争いなんて、いやはや余裕だね。ボクには出来ないけど」
 煽りの言葉は飛び蹴りを繰り出すアンセルムから発せられた。自身の叫びが彼の言への補助となってしまった和奏の焦燥など、何処ぞ吹く風。流星の煌きを纏う蹴りはグロワール騎馬隊の下半身を切り裂き、馬の四肢に傷を負わせる。
「やだやだ。なんでこんな人たちを回復しないといけないのよ!」
 治癒の為、オウガ粒子を散布するさくらもまた、不満の声を上げていた。
「さくら嬢ちゃん、もうちょっと真面目に回復してくんねェ? 」
 減衰の壁に阻まれ、超感覚付与の魔力が消失した事を確認したカレンデュラが忠告じみた軽口を叩く。だが、それはさくらの逆鱗に触れたようだった。
「だったら自分でやれば?!」
 言い捨てた。メディックのポジションである自分の立場を投げ出し、憤りを爆発させたのだ。
 子供じみた彼女の態度にカレンデュラが浮かべた物は嘲笑だった。
「いやァ、流石、三十路の大台を越えようとしている方は、態度の大きさも違うねェ」
 グロワール騎馬隊に銃弾を浴びせながらの侮蔑に、さくらもまた、煙を噴出させる勢いで反撃に転ずる。
「うるさーい! まだギリギリ二十代だもん!」
 七星・さくら。29歳と9か月。大台には載っていないと主張したい、微妙なお年頃であった。
「星に、天に、何よりも愛しき貴方に、この歌を捧ぐ。……お願い、『銀色星の十字架』!!」
 騒々しい仲間達を横目に、ゲリンは讃美歌を紡ぐ。ありとあらゆる罪を背負う銀鳥による羽ばたきは、何故か困惑の表情を浮かべるグロワール騎馬隊を強襲。彼女へ銀の煌きと共に不可思議なダメージを与えていく。
「ふっふっふ」
 得意げに笑うゲリンだが、その態度すらも仲間の癇に障ったようだ。
「うるさい!」
「と言うか、スナイパーなんだから、足止めに集中してくれよ」
 痛烈な面罵に言葉を詰まらせるゲリン。その瞳には、うっすらと涙すら溜まっていた。
「……うわーん! みんなのバカー! お空へふっ飛べー!」
 ゲリンの叫びだけが、空き教室の中に響き渡っていく。

●逆転
 番犬達の牙は精彩に欠けていた。――少なくとも、グロワール騎馬隊はそう判断した。
 罵倒、責任転嫁、わがまま、自由奔放。様々な要因が絡み合い、鋭利な筈の牙は、鈍い物に変えられていた。
 音に聞いたケルベロス達の脅威とは、その連携能力ではなかったのか。
 馬の四肢で飛び跳ね、騎士剣を振るう彼女は眉を顰める。
「とろいなぁ。この程度の攻撃も避けられないの?」
「そっちばっかり庇ってこちらは無視ってどう言うつもり?」
「早く回復してよ。面倒ばかりかけないでくれる?」
「うるさいうるさいうるさーい!」
「あははは。爆発ー」
 ……とても、喧しかった。
 騎士剣による斬撃や吶喊はケルベロス達に幾多の傷を与えるが、減衰の壁により、想定通りのダメージを浸透させていない。それが歯痒く思う。こんな連携も取れていないふざけた奴ら相手に一進一退の攻防となっていること自体、認め難かった。
「まじめにやれ!」
 思わず零れた罵声に、しかし返って来たのは重い鉄塊剣の一撃だった。
「私は何方の手も借りません。――私に構わないで!」
 サキュバスの振るう鉄塊剣を騎士剣で受け止め、馬の蹴りで迫る身体を跳ね上げる。振るおうとした追撃の刃はしかし、横から飛んできた地球人二人による斬撃と、バイク型サーヴァントの前輪によって遮られた。群がる三者を跳ね除けるものの、続くヴァルキュリアの斬撃、そして地球人達の弾丸や砲撃によって追い打ちは諦めざる得なかった。
 仲間に続いたシャドウエルフの蹴りを受け止めた彼女は、今まで感じていた違和感の正体にようやく思い至る。
 こいつらは、まさか――。
 氷を孕む騎士剣の一撃はやはり、防御役を担う地球人達によって阻まれ、有効打に至らない。そして、互いに罵声を交わしながらも、連携を崩さずに自身を追い詰める彼らの真意は、つまり。
(「こいつら、私を謀って!」)
 ぎりっと歯噛み音がグロワール騎馬隊の口から零れる。
 同時に、さくらが自身の掌を額に打ち付けていた。
「あちゃー。バレたわ」
 後方を支える者として、グロワール騎馬隊の動向を注意深く観察し続けた彼女だからこそ、気付く事が出来た。だが、二の句は飲み込む事にした。それをグロワール騎馬隊に告げる理由はないと、不敵な笑みだけを浮かべて。
(「――もう遅い」)
 それが笑みの理由。それは願望でもなく、事実であった。
 連携が出来ていないケルベロス達。目に見える情報に惑わされ、殲滅を選んだ彼女の体には、幾度となく皆の攻撃が叩き込まれている。治癒グラビティによって、傷は幾らかが塞がっているものの、被害は深刻だった。
 怒りの為か、それとも甚大な被害の為か、踏鞴踏むグロワール騎馬隊に、肉薄する影があった。
「ま、そう言うこった。観念するんだな」
 リボルバー銃を携えたカレンデュラによる蹴打はグロワール騎馬隊の身体を蹂躙し、打ち砕いていく。
「新聞記者だからって甘く見てると、痛い目見るぜェ!」
 宣言通り、痛い目――零距離から炸裂した射撃は青白い肌に無数の傷跡を残していた。
「悪いけど、じっとしててね」
 続く刃もまた、同じく神速だった。勇の雷を纏う斬撃はグロワール騎馬隊を捕らえ、電撃によって身体を束縛する。そこにエリィによる機銃掃射が殺到した。巻き上がる血飛沫が空き教室を斑色に染め上げていた。
「鬼神の一撃……その身で受けてみますか?」
 そしてケイの掌底が裸の腹を捕らえる。炸裂する勁はドリームイーターの身体を浮かせると、遥か後方へと弾き飛ばす。
「くっ」
 呻き、態勢を立て直そうとする彼女はしかし、それが叶わない事を知る。
 目の前に広がるのは光の粒子。ゲリンによる光翼の一撃だった。
(「このままではっ」)
 ケルベロス達による連撃を受けたグロワール騎馬隊の唇から、一筋の血液が零れる。青白い肌に相応しい濃青色のそれは彼女が異形である証でもあった。
 もはや後が無いと彼女は悟る。ならば、と自身が縋る者は一つ。己の忠誠心だけだった。
 モザイク塗れのロッカーに手を突っ込み、横たわる身体を掴む。これを確保する事が自身の役目。ならば、それを果たすまで――。
「ぴぃぴぃ、ぴりり、ちぃちぃ、ころり……おいで、おいで、雷雛遊戯」
「其は、幾世彷徨う無銘の刃。流離いし汝に微睡を与えよう」
 伸ばした腕は、寸前で遮られる。腕に群がる無数の雛鳥は、さくらのグラビティによって紡ぎ出された使い魔達。そして突き刺さる無数の水晶剣は、アンセルムによって召喚された得物達だった。
 それらが一斉に牙を剥き、彼女の行為を阻害していた。
「炎の華に呑まれ、舞い散りなさい……!」
 そして、グロワール騎馬隊に肉薄するのは、無数の鎖を纏ったサキュバス――竜華だった。炎を纏った鎖は蛇の如く鎌首を擡げ、グロワール騎馬隊の四肢を貫く。遅れて振るう斬撃は、騎馬の身体を袈裟懸けに斬り割いていく。
「塵さえ残さず、焼き尽くしてあげます」
 それは宣言だった。飛び込んだ和奏が突き出すは、炎を纏うパイルバンカーだった。炎と共に打ち出された巨大な杭はグロワール騎馬隊の胸を貫き、生み出された火柱が異形の身体を舐める様に燃やし尽くす。
 響き渡った断末魔の叫びと共に、無数の炎がドリームイーターの身体を侵食していく。やがて炎が消えた時、そこには何も残されていなかった。

●失われた時間は回帰へと
「さてと」
 抱き上げた体は細く、軽く、そして温かかった。
「やっぱり、病院かな?」
 アンセルムの問いに、勇と和奏がコクリと頷く。
 目立った外傷は無く、少女は深い眠りに付いているだけだった。とりあえず、彼女の無事にほっと溜息を零す。
「……ジグラットゼクス『青ひげ』、そして、グロワール……ですか」
 目を細めるケイに、大丈夫、とゲリンが笑い掛ける。色々あったが、今回も上手く行ったのだ。待ち構える敵が例え強大で強力であっても、いつも通りに何とかなると、妖精族の青年は笑顔を浮かべ。
「愉しみですわね♪」
 強敵との戦いに悦楽を感じると言う竜華は、続く戦いを想い、妖艶な笑みを形成していた。
 そして、片や。
「さーくら嬢ちゃーん……あれ、もしかして怒ってらっしゃる? いや、あれは作戦上仕方なく言ったのであってな……」
 カレンデュラの言葉は膨れっ面のさくらに向けられていた。いくら作戦上に必要な演技であっても、不可触領域がある。乙女心は脆く、傷付き易いものなのだ。
「別に怒ってないわよ。だってカレンデュラさんの本心は判ってるもの」
 返答に喜びの表情を浮かべたのも束の間。続く言葉にカレンデュラの表情が青白く染まっていく。グロワール騎馬隊斯くやの顔色に、思わずさくらもぷっと噴き出してしまった。
 ――今度、飲みに連れてってくれるんでしょ? 勿論奢りで。
(「駄目だ。これ奢らねェと許してもらえんヤツだ」)
 カレンデュラが頭を抑え、天上を仰ぎ見る。Oh……と言う呻きすら零していた。
 そんな二人の漫才のようなやり取りに、誰ともなく笑いが零れる。やがて、それはケルベロス全員に伝播していくのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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