失伝攻防戦~古き学び舎の神隠し

作者:久澄零太

 とある都会の片隅の学び舎。新校舎ができてからしばらく経ち、今となっては誰も近づかなくなった旧校舎の一角に、それはあった。
 バラバラと、崩れゆくモザイクーー極小のワイルドスペースだったそこに残されたのは、ガラスの棺。透けて見える内部には、やたら白い少女が眠っていた。見る者が見れば、凍結保存されていると分かるだろう。
「あぁ、よかった。ちゃんと残ってる」
 ふと、空間が歪む。ゆっくりと姿を現したのは赤いワンピースに緋色の帽子付き外套を纏った少女。モザイクに満たされた籠と猟銃を手にしたソレ、ドリームイーターはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、早速持って帰らなくちゃ……!」

「き、緊急事態だよ!」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は集まった番犬達にいくつかの資料を示しながら、口早に状況説明を始めた。
「ジグラットゼクスの『王子様』をやっつけるのと同時に、東京上空五千メートルの所にジュエルジグラットの『ゲート』が出てきたよ! そしたら、そのゲートから『巨大な腕』が伸び始めたの。この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』じゃないかって言われてるよ」
 一難去ってまた一難、といえなくもないが、逆に言えば厄介事が纏まって来てくれたとも言える。この事態を乗り越える事は大きな意味を持つだろう。
「本当は『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流でワイルドスペース化した日本全土を完全に支配するトドメの一撃だったんだろうけど、皆の活躍でそれを食い止める事が出来たんだと思う。それでもこれって、全世界決戦体制を行わなくちゃいけないぐらい大変な事なんだけど、ジュエルジグラットのゲートを戦場にできるから、ここで勝ったらドリームイーターにかなりの痛手を負わせることができるはずなの」
 番犬が窮地に立たされるという事は、相手もまた相応のカードを切っているという事。お互いにとって譲れない戦いとなることが予想される。
「勿論、あっちだってその事は分かってるはずだよ。『ジグラットゼクス』達は、皆との戦いの切り札として用意していた人達をゲートに集めようとしてるみたい。ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)さんが調べてくれてた、『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だよ」
 え、あいつが? という顔をする番犬もいるが、あの人珍しく頑張ったみたい。
「本当はどうしようもなかったはずなんだけど、日本中で皆が調べてくれてたから予知に引っ掛かって、連れ去られる前に現場に駆け付けられるようになったよ! 隠されちゃってた人達が攫われる前に、助けてあげて!!」
 ヘリオライダーの言葉に頷く番犬達の前で、少女は地図を広げてとある学校を示す。
「ここ、何年か前に校舎が新しくなって、すぐ近くに古い方の校舎がまだ残ってるの。皆にはその旧校舎に向かってほしいんだけど、敵はその隠されてた人をゲートに送ることを目的にしてて、皆に勝てないって判断したら何としてもゲートにその人……予知だと何か箱? に入ってたんだけど、とにかく魔空回廊に押し込もうとするんだ。で、完全に送るのは二分かかるみたい。その間あっちは身動きが取れなくなるから、そこを一気にどーんってやっちゃって!」
 裏を返せば、敵に二分耐えられてしまうと作戦は失敗に終わるという事でもある。いかにも勝てそうな敵を演じるか、最後の二分で一気に畳みかける作戦を考えておく必要がありそうだ。
「それで今回の敵なんだけど、童話の赤ずきんちゃんが長銃を持ったような感じで、皆の武器を弾き飛ばすような正確な射撃と、至近距離をまとめて吹き飛ばす散弾、それから腕に提げてる籠から解毒作用のあるお菓子を食べて戦うみたい。元々は高かった攻撃力を抑えて、勝つ事よりも負けない事を重視してくるから気をつけて!」
 自分の火力をわざわざ抑えてまで転送を目的とするならば、敵がしぶとい事は容易に想像できる。いかに強烈な一撃を当てるか、を重視した方がいいだろう。
「私、今まで捕まってた人の事が心配なの」
 何故突然そんな事を言い出すのか、疑問符を浮かべる番犬達へユキは背を向ける。
「敵は、皆が『その人』を攻撃すると思ってないの。だから、本当にどうしようもなくなったら……ごめん、私ワガママだね。その人に助かって欲しいのに、敵の戦力になって皆が傷つくくらいなら、とも思っちゃうんだ……ごめんね……」


参加者
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)
ソル・ブライン(ファイヤーソルブライン・e17430)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
空舟・法華(回向・e25433)

■リプレイ


 町中の旧校舎。新しい学び舎が新設されてから人が寄り付かず、静寂が支配していた木造の中、番犬達の怒号が響く。
「射線を遮るんじゃない。撃たれたいのかよ!」
「うるさい腰抜け!」
 慌てて銃口を上げた一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)に対して、大剣を叩きつけて夢喰を鍔競り合う白波瀬・雅(サンライザー・e02440)があっかんべー。部隊として問題のある面々に、舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)は深いため息をこぼした。
「戦闘中だぞ……しっかりしてくれ……」
「そういうアンタも棒立ちしてないでさっさと行ってくれ」
 二藤・樹(不動の仕事人・e03613)が前衛を吹き飛ばすように背中から爆破。重力鎖の散布で活性化する番犬達だが、姿勢を崩す者は少なくない。
「ちょ、殺す気っすか!?」
 雅に飛ぶはずだった銃弾の射線に押し込まれて、無数の屑鉄を熔解、鋳造し直した歪な大剣で銃弾を防ぐ羽目になった篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)。その有様に再び雄太が。
「なんで脳筋共に加護を回すんだ! こっちに寄越した方が効率いいだろ!?」
「あんたこそ後ろから撃ってるだけの臆病者でしょ!?」
「そういうお前は一々カッコつけんな!」
「別にいいでしょ?」
 葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)はソッポを向いて、ゆっくりと銃口を敵に向けて片目を瞑り、ジッと見つめて狙い澄ましてから。
「……ばぁん」
 弾丸はあらぬ方向へ飛んで黒板のアルミ部分に当たり、跳ね返るように背後から夢喰に命中した。
「下手くそ!」
「当たったんだから良いでしょ!?」
「誤射したら先にお前を潰すからな!?」
「アタシに傷なんかつけたら承知しないからね!?」
 赤い爪のような鋭い指先を突きつけ、ソル・ブライン(ファイヤーソルブライン・e17430)は相棒ともども唯奈に悪態をつきながら前に飛び出し、銃口を向けられた途端、咄嗟に近くに寄ってきた沙葉を掴んだ。
「何をする!?」
「こっちに来たお前が悪い」
 投げつけて自分に迫る弾を防がせ、自身は机を蹴り飛ばして牽制しながら、跳躍。巻き添えを沙葉が避けた直後、猛禽の爪のようなソルの両足が机ごと彼女を捉え、切り裂くように蹴り飛ばした。
「おい、私ごと潰す気か?」
「ノロマなのが悪いんだよ」
「慎ましさの欠片もないなんて、女として終わってるわね。あーやだやだ」
 沙葉の氷のような視線と、ソルとその装甲兼相棒の見下すような目が交差し、オロオロする空舟・法華(回向・e25433)は小瓶を手にする。
「あの、皆さんもっと仲良く……」
『怪我人はすっこんでろ!!』
「ほげっ!?」
 全身包帯グルグル巻き、しかも術着姿という病院を脱走してきた雰囲気の法華。全員からツッコミを食らって瓶を取り落し、割れた中から粉末のようなものが前衛にまき散らされてしまった。
「ほげぇ……」
「何あれ?」
「邪魔だ退け!」
「ほげー!?」
 きょろきょろして慌てる法華に夢喰が銃口を向けた瞬間、沙葉が彼女を突き飛ばして迫る弾丸を斬り捨てながら大振りの刃で迫るも、振りかぶり過ぎて刀身の根元に敵を捉えてしまい、舌打ちした彼女はすぐさま飛び退いた。
「あーもう、これだから寄せ集めの部隊は嫌だったんだよ!!」
 唯奈は一旦銃をホルスターに納め、苛立ちをごまかすように棒付き飴を口に咥えるのだった。


(演技とはいえ仲間を罵倒するのはつらいもんがあるな)
 雄太は心中で苦虫を噛み潰しながら拳を握り、アイコンタクトだけで佐久弥とタイミングを合わせて、夢喰と距離を詰めた。躓いたフリで一歩出遅れ、膝を着いた彼の頭上を大剣が通過。真正面からの不意打ちで夢喰に直撃を叩きこむ。よろめいた隙に雄太の拳が腹を抉るように夢喰を捉え、黒板に叩き付けて亀裂を走らせた。
「危ねぇな! 俺に当たったらどうすんだ!?」
「そん時はそん時っす」
 佐久弥に掴みかかり、反撃の弾丸に対して彼を振り回すフリをして実際は佐久弥が前に出て射線を塞ぎ、カバーリング。そう、全ては仲間割れを装った連携であり、仲間を身代わりにするようにして盾役に攻撃を集中させているのだ。
「何するんすか……!」
 佐久弥の問いに応えずさっさと自分は後衛に引っ込む雄太。代わりにこそっと佐久弥に隠れる樹が半眼ジト目。
「しっかりしてもらわないとこっちが困るんだけど」
「守って貰っといてその態度っすか?」
 睨み合いともつかない二人の背景で小爆発。前衛に加護が展開されていく。
「いいねぇ、何か勝負っぽい」
 広がる爆炎を荒野を吹き抜ける風にでも見立てたのか、唯奈はホルスターのやや上に手を添えてジッと夢喰と睨み合う。西部劇の決闘さながらの姿に、夢喰が先手を打つべく銃を構えた瞬間、横合いから雅が乱入。足を止めた獲物に床と水平に構えた大剣を突き立てるも、命中と同時に武器を弾き上げられ、続けざまに銃で吹き飛ばされてしまう。
「あっ!?」
 雅が手を離れた武器を追い、甲高い音ともに刃が宙を舞った瞬間、唯奈が銃を二挺同時に抜き、一つは敵へ、一つは大剣へ。二つの弾丸は空間を滑り、一発は夢喰の銃を掠めて本体に命中し、もう一発は大剣を雅の側へ弾き落としながらさらに夢喰の足を穿つという奇妙な弾道を描いて見せた。
 銃口から立ち上る硝煙を吹き消して手の中で銃を回転させた唯奈は二挺同時にホルスターへ収納。ストン、と武器を収め背を向けた勝者の貫禄スタイル。
「西部劇ごっこしてる場合じゃないですよー!!」
「人がせっかく余韻に浸ってるのに……」
 両手を振り回して重力鎖を前衛にばら撒く法華に残念そうなため息をこぼす唯奈。その様子を眺める夢喰が番犬を見回し、手に提げた籠からモザイクを取り出して口にするとその傷が一気に癒えていく。
(これは、バレたかもしれないっすね)
 佐久弥は電動SLの車輪を取り出し、語りかけるように目を閉じた。
「さぁ、悪しき夢を終わらせて、明日に希望を届けにいこう」
 応えるように、車輪が光を放ち線路を編む。虹のリボンのようなそれは教室に張り巡らされ、汽笛が鳴り響く。
「皆、張り切っていくっすよ」
 線路は番犬達へと繋がり、駆け抜ける汽車は傷を癒しながら重力鎖の活性化を加速させ、夢喰は確信する。
「これ以上相手にするのは厳しいか……!」
 見切りをつけた夢喰は番犬を放置、棺を魔空回廊に押し込め始めた!


「棺、いやその中の人をお前達に渡すわけにはいくもんかよぉ!!」
 それまでの姿から一転、雄太は夢喰に手を翳し、集中。
「こっから反撃開始だ! 溜まった鬱憤晴らさせてもらうぜ!」
 虚空を握り込むようにして、獲物を重圧で握り潰す。
「連れていかせなんてしないから……!」
 身動きの取れない夢喰に雅が大剣を振り下ろし、引き裂くようにして一気に振り抜いた。そのまま天井へ武器を投げ捨てて、身軽になって跳躍。空いた射線を沙葉が音もなく通り抜け、敵の目前にて視線と同じ高さに刃を引いた。
「そいつを渡すわけにはいかないのでな」
 零距離からの、更なる踏み込みにより全体重を乗せて肩、肘、手首を一直線に揃えた刺突。撃ち出される切先は夢喰の体を貫通、突き抜けた刃を横薙ぎに振るい深い傷を開かせる。
「さぁ、最後の追い込みだぜ……!」
 急に口調を変えて気配が変わる唯奈は銃を片手に、逆の手で自身の銃を支えるように腕を包み重力鎖を集中。
「吹っ飛びな!!」
 トリガーと同時に跳ね上がる腕を抑えて弾道を補正。低い命中精度を仲間がばら撒いた重力鎖で補い、もはや砲弾と相違ない銃弾が夢喰の体を吹き飛ばさんとするが、敵は未だ健在。番犬達が自己強化に走っていた分ダメージは比較的少なく、かつ刻み込んだ傷は最後のヒールで治されてしまった。
 加護を増幅させる加護の影響で、樹や法華により番犬達の身体能力は飛躍的に伸ばされていたとはいえ、敵の生命を削る前に敵が引き際を見極めてしまい、敵にも余裕があるのだ。
「これは、ちょっとまずいか……?」
「ここまで来たら、何としても押し切るしかないっすよ!」
 冷や汗交じりに樹が爆破コードを入力。召喚されたのは亀甲模様の浮かんだ爆弾であり、起爆と同時に無数の刃と化した破片が夢喰の体を斬り刻んだ。続けざまに佐久弥が床に手を触れる。
「同胞よ――長く時を共にした隣人が為に、今こそ応えろ。ヒトに愛され、捨てられ、それでもヒトを……子どもたちを今なお見守り続ける同胞よ!」

 ――カエセ。

 声が響いた。長く子ども達と共に在り、役目を終えてなお彼らを見守り続ける古きモノの声が。
「今一時、この一瞬、君に姿を与えよう……」
 バキリ、木が捻じ切れる乾いた音。メキリ、木材を捻じ切るような鈍い音。いくつもの異音を重ねて、床が、机が、教壇が……学び舎の付喪神が、人に似た形をとる。

 ――ソノコヲカエセ……!

 無数の付喪神が夢喰に襲いかかり、その身から重力鎖を奪い取った。霧散したソレは付喪神を通して佐久弥に流れ、彼の熱へと変換されていく。
 しかし、普通に攻撃していては間に合わず、傷を抉る形で、ダメージをいくつも上乗せするしかない。そう判断した法華が駆け抜けながら、腕の包帯を解いて隠し持っていた短刀を構える。
「まだ傷は浅い……でも、これならどうですか!?」
 夢喰の体を刃が走り、さらに柄に縛られた包帯を一気に引くことで刃が獲物の体を駆けずり回り、いくつもの傷を更に深く刻み込んでいく。
「押し切れるか……?」
「んなことやってみなきゃ分からないでしょ!?」
 相棒に喝を入れられながらソルが得物を翻し、大剣の腹で獲物を叩き潰した。同時に刻まれていた傷から鮮血を噴き出し、夢喰が苦悶の声を漏らす。


「もう時間がない……一気に畳みかけるっすよ!」
 大きく息を吸うと吸収した熱を喉に溜めて、佐久弥は超高温の吐息を敵に吹きかける。吐息は瞬く間に大気の酸素と反応して轟炎に姿を変えて、夢喰の身を包み込んだ。
「何としても……!」
 法華は短刀を指三本で構えて掌と得物の間に空白を作り、手の中で刃を回転させながら幾度となく傷をなぞるように切り裂いて、刻み込んだ傷を更に深く、大きく悪化させるとトドメに短刀を深々と突き刺した。
「悪い赤ずきんは狼に食べられるのがオチだぜ!」
 雄太は両手を重ねるように構え、内部で逆回転の重力鎖を重ね合わせて錐状の『砲弾』を生成する。
「まぁ、俺たちは狼じゃなくて番犬だけどな……」
 重ねた両手を開いて解き放たれたそれは夢喰の背中から突き刺さり、赤い飛沫を噴きあげ乍ら潜り込んでいくが。
「食い殺してやんよ!!」
 さらに踏み込んだ雄太の掌底が叩き込まれ、傷口に当てた手から押し込まれる重力鎖が気力の砲弾を更に加速させ、デウスエクスの肉体を貫通して風穴を開けた。
「変幻自在の弾丸には、こういう使い方もあるんだぜ!」
 唯奈は装填してある弾丸の全てをばら撒いた。対して狙いも定めず放ったそれはそれぞれが身勝手な方向に飛んでいくが、本来は操られているかのように不自然な弾道を描く鉛弾は引き寄せられるように収束。全てが夢喰に食らいつき、その肉体を穿つ。もはや傷がない部位を探す方が難しいが、まだ敵は倒れる気配を見せない。
「タフだね……でも、諦めない!」
 天井に突き刺さった大剣に両足を着いた雅は膝を深く曲げて、全身のバネを小さく縮める。本来は天高くより舞い降りるその一撃は、ここでは十分な加速を得る事ができないのだ。
「威力が足りないのなら、その分は私が頑張ればいいだけ……!」
 重力鎖が雅の体を包み込み、向日葵色の髪留めが解けて長い髪を揺らす。重力鎖は真紅に染まり、あるいは腕甲に、脚甲に、鎧に姿を変えて、バサリ。スカートを広げたドレスアーマーに換装した雅は大剣を鳴動させて自身に共振させると、その振動の力を自分を撃ち出す力に変えて、大剣を砲台代わりに発射。急加速させながら反転して仲間達が穿った傷跡を蹴りつける。
「この……! まだ足りないの!?」
 全力の一撃を、夢喰は受けきり雅を弾き返した。踏み込むソルが跳び、雅の大剣を抜く。
「借りるぞ!」
 二つの刃を合わせ、それぞれが電極であるかのように稲妻を走らせる。互いを高めるように雷電が交差する度に勢いを増していくそれはやがて一振りの刃と化す。
「そろそろぶっ倒れろ! 必殺……」
 雷は激しさを増し、教室は真っ白に塗りつぶされた。目を開けられる者のいない中、鉄機兵が吠える。
「天雷刃・一刀両断!!」
 実体のない刃はそれそのものがデウスエクスの肉体を貫通。外部と内部、その両面から焼き払い、全身に刻み込まれた傷口から白煙を噴き出させた。
「まだ倒れないのか……!」
 沙葉は収めた刀の柄に手をかけて、踏み込み『ながら』居合抜き。すれ違いざまに縦一閃。更に片脚を進行方向に対して垂直に急制動をかけて、吹っ飛びそうになる慣性に身を委ねながら制御。回転しながら横一閃。得物を納刀すると同時に十字の傷が鮮血を散らした……しかし。
「仕留め損ねたか……!」
 残身を取る沙葉が歯噛みし、樹は目を閉じる。
(あるか分からない希望に賭けるか、ここで人として終わらせるか)
 敵に傷は十分に刻み込んだ。しかし勘付かれるのが早く、振るうべき力も多少誤った。倒せるかもしれないし、倒せないかもしれない。
(俺に……選べるのか?)
「いや、違う」
 目を開けた彼は、いつもの気怠そうな死んだ目をしていて。
「そんなの選ぶくらいなら、今、ここであんたを倒せばいい」
 樹の目の前に電子パネルが展開される。素早くキーを打ち込みながら、自嘲気味に微笑んで。
「選択肢から逃げてる? 現実が見えてない? 現実逃避上等。なんせ俺は『自宅警備員』だよ?」
 最後にキーを叩いた瞬間、箱の周囲が輝き始め、夢喰が青ざめた。
「まさかこの子を!?」
「俺が自宅警備員として守るべき『自宅』。それは『自分らしく在れること』。自分が、そして誰かが……」
 その続きは、爆音に飲まれて消えた。呆然とする夢喰の前を、雅が跳ぶ。その先には。
「とったー!!」
 魔空回廊から弾きだされた棺は既に手遅れだ。だが。
「転送は止まらない。でも、数秒でも先延ばしできれば十分だ」
 微笑む樹の前で、ソルの刃が夢喰を貫き吊るし上げ、唯奈の弾丸が霧散させる。棺は雅の腕の中に残された……。

「皆、ゴメン!!」
 依頼完了後、雄太は土下座していた。依頼の為とはいえ、罵倒したことを心底謝罪したかったらしい。
「それを言ったら俺もとんでもない事してるからな……」
「あんた女の子盾にしたわよね?」
「お前も結構なこと言ってたよな!?」
 ソルと相棒の漫才の傍ら、沙葉はきょとん。
「元々そういう作戦だったろう? 全ては連携ミスの芝居だ」
 沙葉は納得してくれたらしい。
「さて、じゃあ売られた喧嘩買って来るか」
 え? 樹なんでこっちに来……ぎゃぁあああ!?

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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