失伝攻防戦~朽ちゆく銀幕の側で

作者:譲葉慧

 かつてこの通りは、街一番の商店街だった。
 しかし、時の移り変わるうちに、人と物の流れもまた変わり、今は開いている店もまばらとなってしまった。
 通りの奥にいたっては、もう営業している店はない。長い間手入れされていない建物が、野ざらしにされ半ば朽ちている。
 さながら葉先が枯れた草のような通りの最奥にある建物は、映画館だったようだ。公開中の映画を掲示する箇所には何もなく、白々と空いたそのスペースが余計に廃墟の虚ろさを強調するかのようだ。
 静寂に眠る映画館跡には、誰も近づかない。したがって中には誰もいない。街の人達はそう思っているだろう。だが、そうではなかった。
 館内、映写室に極々小さいモザイクがわだかまっていたのだ。だが突然それは霧消し、モザイクに隠されていた人物があらわになった。
 狭い室内で椅子に座っているのは、白髪混じりの壮年男性だ。まるで眠っているかのようだが、睡眠というよりも冬眠といった様子だ。
 微動だにしない彼の目の前で、不意に空間が開く。そこから道化師の姿をした者が現れた。
 道化師らしき何かは、眠る男性へと歩みを進める……。


 ドリームイーターの実力者、ジグラットゼクスの『王子様』はケルベロスの手により、倒された。
 これで、ドリームイーターの侵攻をある程度留めることができたが、戦に破れた彼らは、次の手を打ちだした。
 大胆にもジュエルジグラットの『ゲート』を出現させたのだ。場所は東京上空5000メートル。ゲートからは巨大な腕が伸び、東京へと迫っている。いや、その腕が望むのは東京だけではなく、世界全てなのだろう。
 その望みは創世濁流さえ成っていれば叶ったはずであった。だが、ケルベロスの手により、それは叶わなかった。
 ゲートを破壊されれば、ドリームイーターが地球へ至る途は失われる。その危険を承知した上で敢えてゲートを出現させた彼らは、勝利を期すために、伏せていた手札をもう一枚、表にしてみせたのだ。

「東京上空にジュエルジグラットのゲートが出現したな」
 マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242) は、ケルベロス達を前に、口火を切った。
「だが、ゲートを叩く前にやらなければならないことがある。ドリームイーター共の小細工を潰すのだ。二藤・樹(不動の仕事人・e03613)が呼びかけていた失伝調査の件は、知っているな?」
 ケルベロスが現れる前にグラビティを扱うことのできた者達、その調査のため、ケルベロス達は日本全国に散った。
 その能力の断片が判明すると同時に、失伝能力者の末裔達が失踪しているという事実も判明した。そして失踪現場近くで『赤ずきん』らしき者が目撃されている……。
 得心している様子のケルベロスを見、マグダレーナは言葉を続ける。
「ドリームイーター共は、拐した末裔達をゲート防衛戦力に充てるため、連れ戻しに来る。ドリームイーターを撃破し、末裔達を救出するのだ」
 作戦詳細を説明するため、マグダレーナは鞄から資料を取り出した。
 まず傍らのヘリオンに二枚の地図を貼る。片方はどこかの街の地図、もう片方は建物の平面図だ。
「場所はある街の寂れた商店街の奥、映画館跡だ。周辺の店は全て廃業していて普段は誰も近寄らない。失伝能力者の末裔は、凍結され映画館の映写室に隠されていた。そこにドリームイーターが現れるわけだ」
 平面図を見るに、映写室内はかなり狭い。戦闘は隣接する事務所や倉庫などの部屋になる。激しい戦闘で建物を壊すかもしれない。
 ケルベロス達が街の地図をよく見ると、無人の建物に印がしてあり、それは映画館周辺広範囲に及んでいる。建物破壊で人的被害が出ることはなさそうだった。
「次は、交戦するドリームイーターについてだ。クラウン・クラウンという名称で、姿は鎌を持った道化師だな。真っ当な性格をしている様子には見えんが、任務には忠実なようだ。奴は、己が敗北する可能性を認めると、末裔だけは魔空回廊を用いゲートへ送ろうとするのだ」
 そうなれば、どうなるか。ドリームイーターの戦力増強はさることながら、囚われた人を人類侵略の尖兵とさせてしまうこととなる。
 速攻で倒すべきだなと言うケルベロスに向かって、マグダレーナは言葉をかける。
「だが、ゲートを開いた時が、戦況を変える機でもあるのだ。奴は末裔を送るために2分を要するが、この間一切の攻撃ができない。反撃を気にせず戦えるのだ」
 好機ではあるが、2分のうちに倒し切らねば末裔はゲートへ送られる。このクラウン・クラウンが敗北可能性を感じるのは、どんな戦況下なのか。
 問うたケルベロスに、マグダレーナは眉を上げ、すこし渋い顔で頷いてみせた。
「お前達が戦うクラウン・クラウンは、やや慎重な性格のようだ。真っ正直に戦った場合、己の体力がヒールを以ても半減したままの状態に至ると魔空回廊を開くだろう。2分で奴の残り体力を奪い切るのは、正直今のケルベロスをもっても、博打だ……あくまで真っ正直に戦ったならな」
 マグダレーナの言葉の最後の意味を掴みかねているケルベロスに、彼女はにやりと笑いかけた。
「奴に『自分は有利だ、勝っている』と思い込ませておくのさ。少しでも長い間な。図に乗った奴は、退き際を後へ後へとずらしてゆくはずだ。幸い、こちらの言葉も分かるようだし、やりようは色々あるだろう。迫真の演技を見せてやれ、それこそ映画ばりのな」
 牙を見せ、ケルベロスに不敵に笑ってみせたマグダレーナは、資料を仕舞いこみ、ヘリオンの扉を開けた。
「かつてデウスエクスに抗う術を持たない地球を守っていた者達がいた。その末裔を地球侵略の尖兵にするわけにはいかん。作戦は成功させる。そしてドリームイーター共に目にもの見せてやるのだ。行くぞ!」


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
サイファ・クロード(零・e06460)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
大原・大地(チビデブゴニアン・e12427)

■リプレイ


 閉館した映画館は、昼だというのに静まりかえり、時が止まっているのかと錯覚すら覚えるような所だった。入口を封鎖するため打ち付けられていた板が剥がされているのが、ここへ立ち入った者がいる唯一の痕跡と見える。
 入口に立つケルベロス達は、作戦前の最終確認を行う。身振りだけで、スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)は突入進路を仲間達へと示した。作戦説明時に示された映画館の図は全て、彼の頭の中に叩き込んであった。
 救出対象である失伝能力者の末裔と、排除対象であるドリームイーター、クラウン・クラウンは映写室にいる。最短経路で映写室に至り、戦闘を仕掛ける。
 クラウン・クラウンの目的は、ドリームイーターの本星、ジュエルジグラットへ通じるゲートの対ケルベロス防衛戦力として、失伝能力者の末裔を回収することだ。
 失伝能力者は、ケルベロスが現れる以前に、グラビティを操っていたとされる者達だ。探索により、断片的な記録が見つかったものの、その全容は不明。だが、彼らの力は、デウスエクスを滅する術を持たなかった、かつての地球を支えていたものであったらしい。
(「失伝能力者の末裔を必ずお助けしましょう」)
 生明・穣(月草之青・e00256)は眼差しで仲間達へ語った。仲間達それぞれの流儀で同意の応えがある。クラウン・クラウンの回収作戦を阻む手段として、末裔の命を絶つという方法が考えられたが、彼らは、いかなる戦況になり、己の命が危うくなったとしても、その手段だけは断じて使うまいと誓っていた。
 瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)が扉を押すと、重い手応えと共にゆっくりと開く。中は薄暗いながらも、視認可能だ。
 誰の合図も無かったが、一糸乱れぬ動きで、ケルベロス達は静寂を蹴り返し、中へと突入した。

 太陽の大盾を掲げた、大原・大地(チビデブゴニアン・e12427)と灰の二人が先頭となって、廊下を駆け、階段を駆け上る。仲間の守りを担うことになる二人だ。
 廊下の壁に、張り出た大地の横腹が擦れ、若干の熱を持った。
「狭くて横腹がつっかえて走りにくい……」
 彼の泣き言は、これから打つ一芝居の役になりきっているかのようだが、実のところ本音だった。そう言いつつも走る勢いはそのままに、映写室に通じる部屋の扉を蹴破り、中へと雪崩れ込む。
 室内に人型の影を認め、大地と灰は影に対し一足一刀の間合いで踏みとどまった。その背後で仲間達がそれぞれの間合いを取っている気配がしている。
 影――王冠を被った道化師姿の人型は、紛れもなくクラウン・クラウンだ。部屋の奥、映写室に通じる扉を開いていた彼は、流れるような動作で大鎌を構え、間合いを保ちながらケルベロス達へ振り返り、あからさまな値踏みの目線を向ける。
 品定めを終え、クラウン・クラウンは唇を歪め笑った。ケルベロスを侮って見下しているのが、ありありと滲み出ている。そして開いた扉の奥、映写機械に囲まれた中で眠る男性を指し示し、大鎌を引っ提げて大仰な辞儀をしてみせた。
(「助けたければ倒して見せろってか。俺たちをとことん舐めてるのな……むかつく笑いだ」)
 苛立ちを抑え、灰は慎重すぎる程の足運びで、攻めの機を狙う。芝居はすでに始まっているのだ。ケルベロスを侮り、末裔の身柄回収を後回しにした、その自惚れを足掛かりにした、ちょっとした小芝居。しばらくはその自惚れを心地よく満たしてやらなければならない。
 クラウン・クラウンが末裔をゲートへ送るために魔空回廊を開くのに、2分かかると予知されていた。そして、彼が敗北の危険を感じ、魔空回廊を開き始めてから2分以内で撃破することは、真正面から戦った場合、博打とも。
 ならば、彼が正しい戦況判断が出来ないようにすればよい。彼の自惚れに乗じ、ケルベロスがその実力や余力を偽って見せることで、魔空回廊を開く判断を下す時を後へと引きのばすのだ。
 欺罔と見破られないすれすれで、闘いを演出する。朽ち行く映画館における最後の演目にしては、些か狡からいものではあったが、最後を大団円で締められれば、大目に見てくれるだろう。


 嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)の身体で陽炎のように揺らめくオーラが瞬時に収束し、空を裂き飛んだ。皮切りの一撃はクラウン・クラウンに命中し、肩口で弾ける。連携攻撃に備え、彼は衝撃で揺らいだ半身を咄嗟に大鎌で庇ったが、追撃はなかった。
「オレ、応援はするけど、戦闘は無理だから!」
 サイファ・クロード(零・e06460)は、まくし立てて大地の背後へと引っ込んだ。盾にされ、大地はええっ! と頓狂な声を上げる。直後、後光のようにオウガメタルの光が閃いた。仲間の目を射る光は、その衝撃で、感覚を研ぎ澄ます。
 失笑されている気配は、サイファには見えずとも感じられた。だが、それでも構わない。末裔は必ず救う、そう誓った身だ。その為ならどれだけ侮られようと、自分の心に従う限り、矜持に毛ほどの傷すらつきはしない。玄人はへたれの演技も戦いも、卒なくこなして見せるものだ。
 態勢を立て直したクラウン・クラウンは、バトンのように大鎌を振り回し、至近のケルベロス達を切り裂いた。不規則に速度を変え、気まぐれな軌跡を描く刃は、標的の防具諸共に切り裂く。だが、ケルベロス達の装備は、致命の一撃となり辛いものばかりだった。しかし、戦闘力で格上の相手、不意の重傷は充分にあり得る。
「あんな気持ち悪い敵と戦いたくないようーー!」
 大地が半泣きで叫び立てる。だが、望月・巌(昼之月・e00281)には、必要以上の大声が、注意を引き付ける為と分かっていた。その策に一口乗り、巌は大地の側から改造スマートフォンで殴りつける。クラウン・クラウンは躱したが、その視線をこちらに集中させるのが狙いだ。逆側で、末裔確保を試み秘かに動く穣、彼の相棒を援護する為に。
 穣に視線を向ける事すら出来ないが、攻め手である巌にとって、今は穣を信じ、虚実を織り交ぜながら着実に攻めることが、果たすべき役割だった。
 ポケットからスキットルを取り出し、伏見・万(万獣の檻・e02075)は呷った。が、中身は尽きていた。鼻を鳴らし、乱雑にスキットルを戻す。勿論一連の動作は演技だ。視点が定まらない振りをして、一歩離れ戦場全体を見渡す。
「おい万、まさか酒が残ってるんじゃないだろうな!?」
 呆れたような陽治の声が飛ぶ。だが、二人の視線が交差したほんの一瞬、お互いが同じ認識であることを確認する。クラウン・クラウンは、眠る末裔の居る映写室に、常に自分の大鎌が届くよう足運びし、目配りも怠っていないようだ。陽動はあまり効果を奏していない。
「二日酔いには迎え酒っつーだろ」
 万はふて腐れた様子で掌中のスイッチを押す。近接戦闘中の仲間達の至近で、爆音と共に、極彩色の爆発が次から次へと起こる。傍目からは誤爆に見えかねないが、この爆発、仲間の傷を癒し、士気を上げる力を持つ。
 痛い怖いと泣き声を上げる大地、ちょろちょろと近接戦闘中の仲間の後ろに隠れるサイファ、かと思うと、陽治と巌は、同時にクラウン・クラウンに仕掛けようとして、お互いの間合いに踏み込んでしまい、小競り合いを繰り広げる振りをしつつ、その実クラウン・クラウンに痛打を浴びせようと接近している。
 彼らが醜態を演じてみせているのは人命の為だ。末裔の命を奪わないと決断した仲間達を、万は得難いものと思っていた。気振りにも見せないが、追い詰められたその時は、仲間達が身を挺するのを制し、自分の裡の獣を解放すると決心している。
 目まぐるしく動き回る仲間達の隙間に射線を通すべく、スプーキーは照準を定める。戦場とは、特に対デウスエクスのそれは、目まぐるしいのが常であるが、この戦場は趣を異にしている。混沌とした、と言うべきか。だがそれは偽りなのだが。
 作られた混沌の場に、真実味を一匙加えるべく、スプーキーも一枚噛む。役柄が多様であってこそ、劇として成り立つというものだろう。
「出撃前に排泄を済ませて来いと言ったろう……いつまで口から垂れ流しているんだい?」
 決して大声ではない。そして粗暴な言葉でもないが、スプーキーの声色は、永久凍土の冷気が直接心臓を鷲掴みにしてくるようだった。叱咤され大地はしゃくり上げるし、サイファの表情は、玄人の完璧な演技なのか、はたまた本気で怯えているのか判別しがたい。
 双つの銃口から発射された、紫煙を曳く角だらけの弾丸は、仲間達を掠め、クラウン・クラウンの胸へ吸い込まれるように跳んだ。
(「口ぎたない罵倒の方が万倍ましだな」)
 堂に入ったスプーキーの演技に舌を巻きつつ、灰はクラウン・クラウンの動線上へ踏み込み、上段からの大鎌の柄を、妖精弓のしなりで受け流した。鎌の刃先がかすり、血が散る。守りの態勢を取り、装備も整えていた彼にとって、かほどの傷ではなかったが、オウガメタルの輝きによって澄み渡った感覚が鈍った。脅威とは感じていないが、灰は、ここまでの強さだったとは……と、焦りを滲ませ呟いて見せた。
 身を離したにも関わらず、クラウン・クラウンは、呟きを耳聡く聞いたらしく、首を傾げて良い笑顔を灰に向けた。余裕綽々というわけだ。
 笑うクラウン・クラウンが映写室に背を向けたその一瞬を突き、穣は映写室内へ踏み込もうとした。だが、大鎌の柄が跳ね上がり、穣の行く手を阻む。上半身だけ穣に向けたクラウン・クラウンは、穣の鼻先で人差し指を振って見せた。抜け駆けは駄目よということらしい。
 反応のない末裔の男性が心配だが、末裔が害される様子はない。已む無しと穣は大鎌の攻撃範囲から逃れるため、小さく退き、一旦距離を取る。
 クラウン・クラウンの任務は、生存した末裔の身柄確保だ。任務にケルベロスとの戦闘など必要ないが、妨害してきたので倒し、一石二鳥を狙っているにすぎないのだろう。末裔を易々と奪われる下手は打つまい。可能ならば救出、という態勢が通用する相手、そして状況ではなかった。
 潮時だ。これ以上の試みは、即刻クラウン・クラウンに魔空回廊を開かせてしまう危険を孕んでいる。
「戦場で兵士が役に立つとすれば、戦闘でしかないはずだがね」
 まず奴を撃破しよう。スプーキーの提案は、演技上、言葉も口調も冷徹で遠回しにならざるを得ず、彼は内心で仲間達にすまないと謝した。
 幸い、演技が疑われている節は感じられない。その判断ミスを引き延ばせ。それがひいては、末裔を奪還する途となる。
 サーヴァント達も、主の意をくみ、気のない戦いぶりを演じている。ウイングキャットの藍華は、穣から離れ、ゆるく飛び回りながら尻尾のリングを打ちだしているし、同じく夜朱は、接近戦中の灰とは裏腹に後方で気だるげに翼を羽ばたかせている。主と協力する素振りのない藍華と夜朱に比べ、大地の相棒、ボクスドラゴンのジンは共に攻撃を凌いでいるが、攻撃に参加はせず、自分の構成要素を仲間にインストールしている。
 怯懦と連携不足の演技の下で支援効果が積み上げられていくが、クラウン・クラウンの大鎌は、それらを斬り伏せ、掻き消してゆく。そして、巌と穣の二人が相次いで改造スマートフォンから発生させた、毒々しい電波の脳を揺らす波動を、悦に入った何とも得意げな笑みで無かったことにしてしまう。彼は、本来回復支援型の個体らしい。搦め手は効果薄だ。
 だが、それならば力技で圧せばよい。そして、向うもその心積りらしく、一の標的としてスプーキーを定めてきた。遣り取りを見て取り、指令役らしい彼を潰せば、一挙に突き崩す切欠になると踏んだのだろう。ハンマー投げの要領で振り回された大鎌が、遠間から飛ぶ。
「これで防ぐ!」
 突き出された太陽の大盾が大鎌を受け止め、大盾を掲げる大地の膂力によって大鎌は強引に阻まれた。暴れる大鎌に斬られるのも構わず、だん! と大地が一歩進むと、その勢いで弾かれた大鎌は、諦めたように戻ってゆく。
 大鎌が主の手から離れたその隙に、万は冬の月色に光る光球で、大地を包む。そして、クラウン・クラウンが、また小癪な笑みを浮かべるのを見た。回を重ねるたびに、笑みが歪さを増し、笑顔からかけ離れ始めているのは、気のせいではないだろう。
 道化師の衣装のそこここが攻撃を受け破かれ、汚れている。見下したような顔は変わらないが、緒戦では軽々と操っていた大鎌の動きが鈍っている。
 クラウン・クラウンは、退き時を逸している。陽治は確信した。距離を詰め、拳の一撃をクラウン・クラウンの胴、正中に捩じり込む。拳から伝播した波動は、内から臓腑を砕くのだ。
 陽治が秘していた奥義、万象浸透撃。その発動を合図として、仲間達も積極攻勢へと移る。支援も回復も一切捨てての総攻撃だ。
 豹変し、火力を倍増させたケルベロスに対して、クラウン・クラウンはあくまで上から目線の表情を変えなかった。しかし、大鎌を収め、魔空回廊を開こうとする手つきから、流麗さは失われている。
 残り2分。回避不能のクラウン・クラウンに、薬莢をまき散らし、灰と万によるガトリングガンの十字砲火が撃ち込まれる。全弾を命中させ、溜飲を下げた灰は、今までの真面目くさった顔をかなぐり捨て、蜂の巣の道化師を凌ぐ悪い顔で笑った。
「上から目線は嫌いなんだよ」
「その顔一発殴らせろ!」
 巌が改造スマートフォンでぶん殴ると、今度は綺麗に角がクラウン・クラウンに入る。倒れかけた先には穣がおり、やはり改造スマートフォンの角で叩き返す。何やら二人で卓球でもやっているかのようだ。
「ねえ、今どんな気持ち?」
 ひたりとクラウン・クラウンの背後についたサイファが、二人だけにしか聞こえない声で煽り文句を囁きかける。サイファは返事を聞きたかったのだが、叶わなかった。次の瞬間、顔面に両足を揃えた大地の飛び蹴りがめり込み、倒れかけたところを、スプーキーが撃ち込んだ弾が、壁やら柱やらを跳ねまわり、クラウン・クラウンに命中するごとに空中に打ち上げてゆき、そして、地面に落ちたと共に、道化師の輪郭はぼやけて消えてしまったからだ。
 ただ、己の存在が消滅するというのに、厭味ったらしい笑みのままだというのが、ドリームイーターらしいといえばらしい最期ではあるのかもしれなかった。


 怪我もなく無事救助された男性の意識は失われたままであり、穣の呼びかけにも応える気配がなかった。普通の眠りとは性質が違うものであるようだ。連れて帰れば、起こす術もあるはずだ。
 ジュエルジグラットへのゲートが出現している以上、近いうちにドリームイーターの動きがあるはずだ。
 人を一人救い、ドリームイーターの企みを一つ挫いた、その成果を携えてケルベロス達は、閉じた映画館最後の演目を終え、帰還する。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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