失伝攻防戦~コレクティング・ナイト

作者:雨音瑛

●ワイルドスペースの消滅
 今はもう使われていない中学校は、静まりかえっている。
 最初の異変は、教室内に置かれたロッカーを包んでいたモザイクの消滅。
 そこから現れたのは、棺桶のようなもの。
 棺桶の中には、凍結された人間が安置されているように見える。人間は、ちょうど中学生くらいの少女だ。
 眼鏡の向こうには、閉じた瞳。黒い髪は肩口で切りそろえられ、同じように黒いセーラー服はほこり一つついていない。胸元を飾るタイは赤色で、少女の黒髪やセーラー服とは鮮烈なコントラストを成している。
 次の異変は、魔空回廊の出現。
 開かれた転移通路から首を抱えた女が飛び出すと、4本の足で教室の床に着地した。

●ヘリポートにて
 緊急事態だと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。
「ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5000mの地点にジュエルジグラットの『ゲート』が出現した」
 それだけではない。そのゲートから地上へ向けて『巨大な腕』が伸び始めたというのだ。
「この『巨大な腕』こそが『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高いといえるだろう」
 『ジュエルジグラットの抱擁』は、本来ならば創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する、止めの一撃だったのだろう。
「だが、ケルベロスが『創世濁流』を阻止したことで、その目論見をも阻止できていた」
 いずれにせよ、東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威だ。――この腕を打ち破るために、全世界決戦体制を行う必要がある程には。
「しかし、これはチャンスでもある。ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝利できればドリームイーターに対して致命的な一撃を与える事ができるはずだからな」
 当然、こういった状況はドリームイーター側も理解しているのだろう。ドリームイーターの最高戦力『ジグラットゼクス』たちが、対ケルベロスとの戦闘の切り札として用意していた人間たちを急遽ゲートに集めるべく動き出したというのだから。
 そしてドリームイーターが回収しようとしているのは二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』たちだという。
「本来ならば介入の余地がないタイミングで行われる事件だったが、ケルベロスが日本中で探索を行っていたためこの襲撃を予知し、連れ去られる前に駆け付けることが可能となっている」
 ドリームイーターが彼らを利用してジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、ドリームイーターを撃破し、救出する。それが今回の依頼だと、ウィズはケルベロスたちを見渡した。
「こちらのヘリポートから向かってもらう場所は、今はもう使われていない中学校だ。現れるデウスエクスは『ラ・グロワール』の配下『ヴェール』。リーダーとは異なり、緑色の肌をしている」
 『ラ・グロワール』はジグラットゼクス『青ひげ』配下の精鋭騎士。人体の一部を切り取って収集する習性がある猟奇的な騎士達で、青髭の軍勢の主力でもあるようだ。ちなみに『ラ・グロワール』の収集する体の一部は『長い耳』のようだと、ウィズは付け足す。
「今回戦う『ラ・グロワール』の配下は手にした剣での攻撃を得意としており、回復手段も持っている。状態異常の付与を得意としているようだから、対策はしっかりしていった方が良いだろう」
 しかし何より気をつけて欲しいのは、と、ウィズは続ける。
「敵が『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合『失踪していた失伝ジョブに関わりのある人物を魔空回廊からゲートに送り届けようとする』ようなんだ」
 この行動には2分程度を必要とする。その間、敵は無防備となるため、戦闘は有利になるはずだ。
「あとは……そうだな。あまり考えたくないことだが、少女の身柄が奪われそうになった場合は少女を殺害してでも止める必要があるかもしれない。ドリームイーターは、囚われていた人間をケルベロスが攻撃する可能性は考えていないようだからな」
 どのような場合でも君たちを信じていると強く言い、ウィズはうなずいた。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)
水無月・一華(華冽・e11665)
暁・万里(呪夢・e15680)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●眠れる者を連れ去る者
 軋む廊下を駆け抜け、天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)は開け放たれた扉から教室へと踏み込んだ。
「おっと、悪いがそのお嬢さんをもってかせるわけにはいかないんでな。あんた達の目論見はここで潰させてもらおうか!」
 光太郎の言葉に、『ラ・グロワール』配下『ヴェール』は剣を構えた。
「ケルベロスか……邪魔立てをするな!」
 閃いた剣は前衛のケルベロスの肌を撫で、痛みと氷を与える。光太郎は痛みに顔をしかめながらも、盾役を果たそうと仲間の前へと躍り出た。
 庇ったことで二人分の傷を負うが、防具のおかげで痛みは通常の半分だ。
「……ッ、随分なご挨拶だな」
 それでも光太郎は大袈裟に傷口に手を当て、苦笑しながら痛がるそぶりを見せる。そんな光太郎を中心に、光の粒子が降り注いだ。八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)によるその行動の目的は回復ではなく、命中率の向上だ。
「大丈夫か? ――しかし、これじゃまるで手を抜けやしないな」
「ええと……それじゃ、俺も」
 やや戸惑った様子を見せながら、茶菓子・梅太(夢現・e03999)も爽と同じようにオウガメタルから光を放つ。癒し手を担う分、梅太のヒールグラビティによる回復量は多い。しかし自身の行う行動に自信がないというように、梅太は首を傾げた。
 水無月・一華(華冽・e11665)もまた不安そうな顔を浮かべつつ進み出る。
「良いようになど、させはしません」
 ヴェールのかたわらにある棺を一瞥し、一華は精一杯の咆吼を浴びせる。魔力の伝播で空間が痺れるように揺れると、ヴェールは警戒するように身体の前で剣を構えた。
 集ったケルベロスの目的はひとつ。彼の者の凶行を必ずや止め、少女を救い出すこと。
 メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は胸中の思いを確かめるように、星を映す瞳を一度瞬かせた。
「待っていて、すぐ助けるわ」
 巨大なハンマーから撃ち出した砲弾は、直線の軌道でヴェールへと襲いかかる。
「絶対奪わせない――彼女も、彼女の未来も」
「ああ。絶対に、助ける」
 暁・万里(呪夢・e15680)は巻き起こる爆風を気にも留めず、纏う残滓をヴェールへと解き放った。
 それに、とアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が不遜な笑みを浮かべる。
「対ケルベロス戦力を今更準備らしいが……簡単にはやらせねぇよ。――西方より来たれ、白虎」
 一つの弾丸が放たれ、一匹の獣が召喚される。現れたのは、四神白虎。その爪牙がヴェールの鎧ごと切り裂かんと一閃する。
 直後、ヴェールの鎧に走る爪の痕を見てアルシエルは目を見開いた。
「あれを受けて、その程度だと……?」
「ふん、よほど自信があったらしいな?」
 嘲笑するヴェールを見て、光太郎が歯噛みする。
「なかなかに厳しい戦いになりそうだな。よし、それじゃ援護するぜ。限定解除開放、短期予測強化、展開っ!」
 自身を含む列のケルベロス、その瞳にグラビティを纏わせる。敵行動の予測精度を高め、命中率を高めるためのものだ。
 和紙仕立ての和柄桐箱。の、外観をしたミミックが勢いよく飛び出し、ヴェールの4本ある足の一本と噛みついた。
「ふむ。邪魔、だな」
 振り払われ、宙に投げ出されたミミックは主であるニケ・セン(六花ノ空・e02547)の前へと着地する。入れ違いにニケは跳躍しし、ヴェールへと星屑混じりの蹴撃を喰らわせる。
「攻撃はなかなかの威力みたいだけれど……やはり特筆すべきは予知で聞いていた状態異常、だね」
 つぶやき、ニケはヴェールの剣と先にダメージを受けた仲間を見遣る。いくつかの氷が、未だ残っている。ケルベロス側を不利に見せるために多少の演技はあるのだが、厄介なことには変わりなさそうだ。

●意思と焦燥
 焦りを顔に滲ませながらも、攻撃は果敢に。メロゥが暴風を巻き起こすほどの回し蹴りを喰らわせ、敵の様子を見定める。
 浮かぶ笑みは、ケルベロスが苦戦するさまを見ての余裕からか。
「いつまでも、調子に乗らないこと、ね」
「ならば行動で示すのだな」
 ヴェールは教室内を闊歩し、ケルベロスとの間合いを調整する。
 メロゥとて、無傷ではない。不安を隠すように胸元で手と手を重ねれば、不意に触れた小指に冷たい感触。しかし感じた温度とは対照的に心が暖かくなるのは、きっと勇気をもらったから。
 指輪「君結」をつけた手をきゅっと握れば、あたたかな薬液の雨が降り注ぐ。背中の向こうにいる相手からのヒールは、メロゥの身体についた氷を溶かしてゆく。
「必ず、守るわ」
「うん、守りたい。……守ろう」
 小さなつぶやきを拾い、梅太はゆっくりとうなずく。メロゥと同じように指輪「Astral」の温度を感じながら。
「みんなの傷は、癒えてる?」
 梅太は、視線を泳がせつつも仲間の様子を見遣る。
 そんな梅太の静かな動揺――を、するふり――を見て取ったのか、ヴェールはやにわに剣を掲げた。
「自信がないヒーラーとは、とんだ面子だな」
 切っ先から光が降り注ぎ、ヴェールの傷がいくつか消えてゆく。
「攻撃だけでも厄介なのに、回復手段も持ってるとは勘弁して欲しいね」
 万里は眉根を寄せ、攻撃力を高める雷鳴の力で自身を包み込む。
「まったくだ」
 自身より後ろの列、その背後に鮮やかな爆発を起こしながら、爽は棺桶を見遣った。
 もしも棺桶が転送されてしまうようなことがあれば、少女を殺してでも敵の企みを阻止する。この場にいるほとんどのケルベロスが、そう覚悟をしていた。
 が、なるべくならそれは避けたいと思うのも当然のこと。
「現実はハッピーエンド目指して何ボ、バッドエンドは創作の中だけでお願いします――ってね」
「だよ、な!」
 ドラゴニックハンマーを握る腕に激痛が走る。フリをして、光太郎はハンマーを加速させ、ヴェールへと一撃を喰らわせた。
 さらには衝撃に腕が痛むように歯を食いしばり、ハンマーを自身へと引き戻す。
「皆さん、大丈夫ですか? ご無理はなさらぬよう……」
 ひどく不安げな表情を浮かべ、一華は流体金属の光で仲間を照らした。
 ミミックが黄金をばらまくのに続き、ニケはエクスカリバールをヴェールへと投げつける。彼女の身体にはしる傷や仲間の攻撃の具合も勘案し、ニケは小さくうなずいた。
(「ダメージ自体は蓄積できているみたいだねえ。このまま不利を装って敵が優勢だと思わせ、棺桶を奪還したいところだ」)
 そんなニケの思考に、ヴェールはまるで気付いていないようだ。
 そういえば、とアルシエルはヘリポートで聞いた情報を思い出す。
 ジグラットゼクス『青ひげ』配下の精鋭騎士は、人体の一部を切り取って収集するという習性がある。『ラ・グロワール』が収集する体の一部は『長い耳』だ。アルシエルが髪を耳にかけると、ヴァルキュリアの特徴である尖った耳にヴェールの視線が向けられるのがわかる。
「なんだ、気になるのか?」
 耳を弾くように触れ、ヴェールへと言葉を向ける。
「私のすべきことは、これの移送だ。とはいえ、まああ、事が終われば……な?」
 にたり、ベールは舌なめずりせんばかりの笑みを浮かべた。
 事が終われば。それはすなわち、棺桶が敵の手に渡ってしまうことを意味している。
 そうなれば殺害してでも止める――つまり、最悪を想定するからこそ最善は求めないという行動を、アルシエルは意識していた。
「一人で戦ってきたからこその、癖みたいなものだな。不安の芽は早めに断つに限る」
 思考を笑い、アルシエルは弾丸へと精製した霊気を放つ。棺桶に当たらないように、軌道にも気を配って。

●行動と思惑
 ヴェールは、加護を打ち消すグラビティも使用してくる。
「付与した加護をこうも消されるとはな! 棺桶を送るのがそんなに大事かよ」
 光太郎はヴェールを睨みながら、観測者の瞳を前衛へと使用した。
「それが私に下された命令だ」
「くだらない目論見のために何の罪もない人を利用しようだなんて……そんなの赦せない」
 ヴェールに言い返しつつも、メロゥはいったん攻撃を控えようと癒しの言葉を口にする。
「暗闇にきらめく一つ星は、ひとりではないと囁きかける。宵空に手を伸ばせば、きっと届く。孤独な夜など、ないのだから」
 星の光が爽へ降り注ぎ、纏う氷が消えてゆく。が、ヴェールはメロゥを見下して鼻で笑った。
「ヒーラーに任せきれなくての回復か。しかしまだ癒しきれていないようだ、本当に足並みが揃っていないのだな!」
 言い返そうとするメロゥの肩を梅太がぽんと叩き、爽へと霧を放った。
「俺が癒せば、いいんでしょ?」
 言いつつヴェールを見れば、ふん、と前衛のケルベロスを見渡している。
「自信のない割にはよくやった方だ……が、まだ傷が塞がっていない者がいるぞ?」
「なら、俺も手伝おう」
 ニケが呼吸を整え、古代語の詠唱唄を紡ぎ始める。
「汝、朱き者。その力を示せ」
 現れたのは、朱き鎖の影。次々と仲間の影へと伸び、癒しと同時に力を底上げする。
 仲間の視線が時折棺桶に向けられるのにつられるように、ニケも棺桶へと視線を注いだ。
 意識するのは「命を奪う」ということ。
 それは、未来への可能性も潰してしまうことだ。
(「ローカストだって定命化したのだってその一つ。だから後悔しない為にも、ね」)
「絶対に棺桶の命は奪わせない」
 主の言葉に同意するようにミミックは一度だけ飛びはね、エクトプラズムで薙刀を作り出した。そうして主を見上げた後はヴェールの側面へと回り込み、傷を刻む。
 戦況を、仲間の様子を確認するかのようにアルシエルは教室を一瞥する。同時に大鎌へと「死」の力を纏い、息を吐いて踏み出した。
(「不安の芽は断ちたいが……仲間を敵に回す方が、余程損だからな」)
 振り下ろした刃の手応えとは逆の表情を浮かべ、アルシエルは不愉快そうに引き下がった。
「流石に前衛の消耗は大きいな」
 爽は黒板を背に、オウガメタルを展開する。盾役はもちろん、攻め手もそれなりに消耗してきている。
 もしも転移を阻止できなければ、棺桶への攻撃を。
 多く者が心に決めたその意思は。
(「間違いでないことは、わかってる」)
 うなずきもせず、万里は黒い残滓をヴェールへと襲い掛からせる。
「でも不確定な予知を理由に、特殊な家系に生まれただけの罪のない女の子を殺すなんて出来ない」
 ブラックスライムの蠢く音にかき消された声は、万里自身にも聞き取れないほど。
 もう戻れない人ならともかく、いくらケルベロスでも人の未来を摘み取る権利は無いはずだと、万里はブラックスライムを収める。
 いざという時は、暴走を選ぼうかとも迷っていた。でもそれは出来ない。いま隣に立つ一華が絶対に嫌だと言ったからだ。
「……同じように被害者の彼女にだって彼女を絶対に喪いたくないと願う家族や友人がいるはずなんだ」
 今度は、隣にだけ聞こえるような声で。
「最後まで、諦めませんとも」
 ふわり、一華の流れるような所作に追従して髪が舞い、剣の先では加護の星辰が描かれた。

●奪う者と守る者
 ヴェールのヒールの頻度が高い。真っ先に気付いたニケは、ゲシュタルトグレイブ「グラージスピラム」に雷光を纏わせてヴェールを貫く。
「ミミックも、頼んだよ」
 歯をがちがちと鳴らし、ミミックはヴェールの腕へ歯を立てる。
 終始不利な状況を装うケルベロスたちの攻撃を受け続けていたヴェールは、さすがにおかしいと気付いた。
「なぜ、今になってこんな威力の攻撃を……それに、なぜ誰一人として倒れない?」
 まさか、とヴェールは棺桶を、次いでケルベロスたちを見る。
「あれ、気付いてしまったかな? たぶんご想像のとおりだよ」
 うそぶくニケに、ヴェールは舌打ちをひとつして。
「時間稼ぎ、か。ならば、致し方ない」
 ケルベロスたちを睨み、棺桶の転送を開始した。そして転送する棺桶の前に陣取り、ケルベロスたちの前にたちはだかる。
「こうなれば、私を倒す以外に移送を防ぐ手段はないぞ」
 勝ち誇った笑みは、ケルベロスが人間を攻撃することはないと思い込んでいるためか。
「なら話は簡単。お前を倒すだけ、だろ?」
 爽の顔から疲労の色が消える。次いでする行動は、電脳空間に保管してある魔術陣の顕現だ。
「散らばれ 輝け 人魚の泪 王子の心の臓まで刻み込め」
 真珠を溶かした塗料を媒介にあらわれた魔術陣。柔らかな光彩は真珠の輝きをもって、ヴェールの心臓部目がけて放たれる。
 穿たれ、ヴェールはよろめきながらケルベロスたちを慌てて見渡す。
「な……なに!?」
「さっきのは全部お芝居。……楽しんでもらえたかしら」
 その言葉に、ヴェールは歯噛みしてケルベロスたちを睨む。
「メロたち、演技が上手でしょう? 覚悟はできているわよね。やられっぱなしだった分、全部まとめて、倍にしてお返ししてあげるわ」
 強気の顔で一呼吸、詠唱。
「――どうぞ、召し上がれ」
 曇りなき光が、ヴェールを貫くように見舞われる。
「まだ、終わらないよ。……よい夢を」
 無表情ながら落ち着かない様子を見せていた梅太も、迷うことなくヴェールを見つめ始める。緑色の奥に見える悪夢に、ヴェールは表情を引きつらせた。
 数分前とは打って変わって、ケルベロスたちは高火力のグラビティを仕掛けてゆく。猛攻に怯みつつあるヴェールを、アルシエルは容赦なく責め立てる。
「このまま押し切ってやるよ。次、任せられるか?」
 アルシエルの放った光線が止むが早いか、光太郎が惨殺ナイフを構えた。
「当然。オニーサンに任せな」
 光太郎がうなずき、ヴェールへと斬りかかる。
「合わせます」
 まるで躊躇無く、一華は踏み出した。視線と背筋は真っ直ぐに。
「其は、ひらく」
 一華の鋭い太刀筋はヴェールを逃さない。容赦も慈悲も無く。斬る、あるいは倒すという純粋な意思を感じさせるが、繰り出した斬撃は力より技術にこそ目を見張る。
 万里くん、と一華に呼ばれた気がして。万里は道化の手を召喚する。
「開幕だ「Arlecchino」」
 応じる道化がぱちんと指を鳴らせば、床が消え黒板が消え、かと思えば人影が現れ獣が飛び交い、まやかしの舞台は大賑わい。やがて全てを飲み込み始めた舞台は歪み、ヴェールをも取り込んで虚実の夢を描き出す。
 魔法のひとときが終われば、苦痛に顔を歪めながらくずおれるヴェールの姿が。
「くっ、あと少しであったのに……無念……!」
 ヴェールが消え去ると同時に、棺桶の転送が止まる。棺桶ががたんと床につくのを見て、ニケは状態を確かめようと歩み寄った。
「……うん、棺桶も少女も無傷だね」
 中の少女こそ目覚めないが、ひとまずは無事と見ていいだろう。
 万里も棺桶をのぞきこみ、大きく息をつく。
「本当に……良かった」
 まだ痛みの残る手で棺桶に触れ、万里は顔をほころばせた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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